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by ruhiginoue

カテゴリ:社会( 910 )

 時代錯誤の愛国主義や排外主義と民族差別を教育することに対して批判が起きたら、それをやっているのは私学だから何をしても勝手だとか、宗教系の私学だって同じだとか、そういう誤った認識を開陳している人たちがいる。

 とんでもないことで、私学だから何をしてもよいわけではない。宗教系の私学とは、宗教の理念に基づいた建学の精神であったり、宗教団体によって設立されていたりするものではあるが、そもそも学校に限らず世俗の事業を宗教が運営するのは、あくまで、その事業を介して宗教的な理念を社会的に具体化するためであり、宗教の教義とかドグマとかいうものそれ自体を強制することが目的ではない。
 
 これは宗教以外の政治その他でも同様である。その教義や思想それ自体は宗教団体や政治団体がやるべきことで、学校教育ではその基盤に教義や思想があっても、それ自体はついでに一般教養として添える程度にしておいて、そのうち特に興味や必要がある者は専攻すものだ。
 だから、私学で学ぶ者にどこまで押し付けてよいかという問題にもなり、これまでに、挙げていたらきりがないほどの実例があった。

 ついでだが、「瑞穂の國小學院」というのは滑稽だという人たちがいて、それは「國」「學」という字体のためだが、「國學院大學」というのもある。
 ここの体育の授業で、柔道では公立学校と違い道場に神棚もあったが、これに宗教が違うからと礼を拒否する学生もいる。担当教員が「生意気」と怒っていたが、私学で神道系だけど通う学生が強制される義務はない。入ったのはあくまで大学であり宗教団体ではないのだから、嫌なら拒否する自由もある。

 それなら他の科目にすればよいのだが、それに大学側は難色を示していた。なぜなら、宗教以前に体育の選択で柔道が不人気で、自分から希望する人はほとんどおらずジャンケンで負けた人ばかりだったから、宗教が原因で他にしたいと言うのを認めたら俄かクリスチャンや俄かムスリムの学生が現れてみんな柔道から去ってしまうであろうから。
 なので、あまり宗教を強制しなければいいのだが、柔道の講師は「安全祈願」だから必要だと言う。それは指導者が注意するべき義務だ。日本以上に柔道大国となったフランスでも、大統領が黒帯のロシアでも、道場に神棚なんてないだろう。そして精神論に依存する指導力不足から事故を起こしているのが日本の柔道である。

 これと同じで、精神論に依存して敗戦した反省の足りない人たちが、時代錯誤の愛国主義の学校をはじめ、それを贔屓する人たちがいて、国有地をバーゲンセールどころか「もってけ泥棒」のレベルのことをしたのだろう。


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by ruhiginoue | 2017-02-23 12:51 | 社会 | Comments(3)
 昨日、大橋巨泉氏の死去と医師の責任について述べたさい、ネトウヨが大橋氏とその遺族を揶揄したり中傷したりしていたことに触れた。大橋氏が進歩的な立場から社会問題について発言していたことを取り上げ「反日を殺した医者は表彰すべき」などと、品の無い悪口にしても異常なことだったという話だった。
 
 ところが、こういうのはネトウヨだけでなく、左翼それも極左の活動家だったり、重度の障害者だったり、意外な人たちがネトウヨと同じ感覚で同じことをやっていて、そうした人たちは平然と姿を曝しているものだ。
 もともとネトウヨには、うだつの上がらない日常の鬱憤から弱い者いじめをし、そのさい権力にすり寄ったり媚びたりしている様子が透けて見えるものだが、これをより明確にしている極左と障害者がいる。

 まず、極左の中には反体制とか反権力とかいうだけで人権意識の欠片も無い者がいることは周知のとおりで、だから暴力事件などを起こしていることも当然と受け取られているから、傷ついたり死んだりした人を嘲り笑うくらい平気であることも、すんなり受け取られるだろう。

 これについては、前に、爆弾事件で逮捕歴のある赤軍派活動家が国賠ネットワークという団体を作り、ハイジャックで北朝鮮に亡命した赤軍派たちが拉致事件に関与したと逮捕状を出されたことについて、犯人たちを擁護する運動をしてきたという話の時に、その運動の中心人物がギャハハとかゲへへとか指さしあざ笑う事実を紹介した。
 この話を、長年所属してきた中核派から支部まるごと脱退したという人に話したところ「赤軍派に限らず党派とかセクトとかいわれる集団には嫌な奴が多いからな」と言った。

 また、世代的に評判の悪い全共闘世代とか団塊の世代の人たちが、もともと若いころから言動に問題があったところへもって歳をとってボケはじめてさらに異常な言動をしているということは世間の一般的な認識ともいえるが、そんな人たちの中に、やはり病気や怪我の苦しみ痛み、それによる身体障害と家族の苦労と苦悩、あるいは死の悲しみ、といったことに対して嘲笑している人たちがいる。

 そして、障害者にも、同じことをしている人がいて、例えば先の国賠ネットワークに関与している脳性麻痺で全身と言語が不自由な男は、障害者の立場から社会問題を考えているのではなく、苦労や苦悩をしている人を嘲笑し見下すことで憂さ晴らしするのが目的で、不自由な体の動きで付きまといながら不自由な言葉を絞り出し嘲り笑いをしていた。

 こういう人は他にも見受けられるが、これについて障害者の世話をしているという人に話すと、「そんなことはない。障害者への偏見だ」と言う人がいる。
 そう言う人は、たまたま関わった障害者が良い人だったのかもしれないが、あるいは自分が健常者であるから被害に遭ったことがないのかもしれず、後者の可能性の方が高いのではないか。

 というのも、自らも障害者であるなど苦労や苦悩を抱える人になると、そうした被害に遭ったという人がよくいるからだ。障害者が他人の障害などをからかったり嘲笑したり、逆に苦労や苦悩をしていることに対して「そんなの大したことない」など心無いことを言ったり。
 これらのうち後者のほうがその心理を解りやすいだろうが、前者もよくあることだ。ただ、より醜い心理なので理解したくないという気持ちになるのではないか。

 こういう実態があるので、なかなか社会が良くならないのだろう。自民党が生き残っていたり、弱い者いじめが相変わらずだったり、これはなぜかと言う人がいるけど、この現実を直視すればわかるはずだ。


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by ruhiginoue | 2017-02-22 17:34 | 社会 | Comments(2)
 昨年、大橋巨泉氏の死去に伴い、その遺族は、在宅診療をうけたさい医師に不適切な行為があったとし、このことをその後に入院したさい他の医師らに指摘されたと述べた。
 これを週刊誌などが取り上げた。その不適切を問題とされた医師は、大学病院に勤務していた時に行った不適切な手術が原因で医療過誤裁判となり敗訴した過去があり、その後、まるで別の分野へ「にわかに」乗り換えて診療所の経営を始めたという経緯であった。
 このため、その医療過誤裁判の原告であった当方に、週刊誌の記者が取材に来た。
 この話は、すでにこちらで説明したとおりである。

 この問題が、今月の16にNHKの『クローズアップ現代』でも取り上げられた。
 その概要がNHKのサイトに掲載されている。
 http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3936/1.html
 その部分を以下に抜粋して引用する。

 去年(2016年)、この世を去ったタレントの大橋巨泉さん。
 医師が自宅を訪問する在宅医療を受けていましたが、思い描いていたものとは全く違っていたといいます。

 大橋巨泉さんの妻 大橋寿々子さん
 「悔しくて、それで泣いて、それで眠れず、日々過ごしています。」

 10年以上前に、がんと診断されてから入退院を繰り返してきた巨泉さん。
 住み慣れた、わが家で余生をできるだけ家族と楽しみたいと、在宅医療を選択しました。
 「自分で歩いて車に乗って、うちへ帰ってきたわけですよ。書斎で仕事もできる。希望にあふれて帰ってきました。」
 巨泉さんは、医師の支えを受けながら、新しい生活を送れると期待していました。
 ところが、初めて訪れた在宅医から、思わぬ言葉をかけられたといいます。 

 “いきなり僕に「大橋さん。どこで死にたいですか?」と聞いてきた。
 僕は、すでに死ぬ覚悟はできていたのだが、「えっ?俺もう死ぬの?」とぼう然とした。”

 「えって、びっくりして返事をして。主人は首をかしげながら、ひゅーっと小さくなっていくようにがっかりしてしまった。」

 その日を境に、急激に食欲が落ち、生きる気力さえ失っているように見えたといいます。
 その後、体調が悪化し、再び入院。
 3か月後に、息を引き取りました。

 担当した医師は、NHKの取材に対し、「病状が重いと判断したため、最期の過ごし方を確認しましたが、患者側と認識が違っていました。結果的に精神的な苦痛を取り除けなかったことをおわびします」と回答しました。

 これに対して、さまざまな反応が出ている。
 まず、医師が心無い言葉を浴びせて患者を傷つけて気力を失わせたこと、これについて意思の疎通がうまくできなかったと言い訳する医師、というのに驚いたとか呆れたとかいうもの。
 また、先に週刊誌が報じていること、すなわち医師が薬の扱いなどで不適切だったのではないかという疑惑が、他の医師からの指摘および元々専門外だった事実から持ち上がったのだが、そこは突っ込まなかったからNHKはその程度かというもの。

 しかし、こうして報道されてることで、医師や薬剤師などからの意見も現われ、これらをネット上で知ることができるようになったことについては有益だろう。
 最初の頃は、匿名の卑怯者たちにより、「遺族が金目当てで騒いでいるに決まっているw」とか「あの嫁は人のせいにしたがる性格なのだろうw」とか「年寄だから死んでも仕方ないw」とか中傷があり、またネトウヨどもは大橋巨泉氏が進歩的な立場から社会や政治に発言してきたことにこじつけて「反日を殺した医者は偉いから表彰すべきだww」などと、異常な人間性を発揮していた。

 これについては当方も訴訟中から現在に至るまでさんざんだった。大橋氏は芸能人として著名だったから騒がれ、その中で嫌がらせや中傷もある反面、注目されることで公正な扱われ方をされもするし、問題の医師は在野の開業医であり既に防衛医大の講師ではなくなっている。

 その医師が防衛医大に勤務していた当時は現実でもネトウヨと同じ調子で、これを問題にしても「防衛医大」「日の丸を付けている」を前面に押し出し「政治的配慮を( `・∀・´)ノヨロシク」であった。病院の管理責任はあるが、問題は医師個人の資質や体質にかかっていることであるのに。
 だから、自衛官とその家族も、そんな医師がいては不安だと言い、防衛医大に勤務する医師や卒業生の医師たちも、その医師のことを問題にしたのだった。そして、普通なら勝てない国を相手にした裁判で勝訴となり、国も控訴しなかった。

 そして、この度は著名な芸能人だから騒がれてしまい慌てているらしいという話を聴くが、あの医師は相変わらずだなという思いでいっぱいである。
 
 

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by ruhiginoue | 2017-02-21 12:30 | 社会 | Comments(1)
 朝日新聞テヘラン支局の神田大介支局長が、日米首脳会談について「安倍首相、大丈夫かな…またおなか痛くなっちゃうのでは。」tweetしたところ、同総理の病気を揶揄したという非難があったため、同支局長はその意図は無いと釈明したうえで誤解を招く記述であると判断して当tweetを削除した。
 これについて朝日新聞社広報部は「弊社としても極めて不適切なツイートであったと受けとめています。本人も謝罪し、削除しております」と他紙などに対して表明している。

 しかし、総理大臣は公人中の公人であり、その健康問題は当人だけの問題ではない。特に安倍総理の場合は自ら「最高責任者」と称している。その持病がまた悪化したら有事のさいなど深刻だ。
 また、総理の持病は消化器系であり緊張を強いられると影響するから、この病気のため内科と同時に精神科で精神安定剤を処方される患者もいる。
 しかも、安倍総理は無断で議場から便所に出てしまい議長から注意されたばかりである。こういうことがあったのだから、緊張を強いられる会談に影響するおそれを皮肉られても仕方ないだろう。

 この持病は第一次安倍内閣退陣の一因とされ、今では新薬が効いていると後から言いだしたが、ほんとうに治ったかどうか、その後の暴飲暴食から詐病や仮病だったのではないか、などと疑う人たちもいるし、それ以前に、そもそも深刻な健康問題を隠匿していたことこそが、もっと厳しく批判されていなければならなかったはずである。

 だから、病気を揶揄したと非難されても突っぱねるべきだった。一般論として緊張すると腹痛を起こすことがあるから大丈夫だろうかと述べただけで、病気を揶揄したのではなく、現に安倍総理の側が、そういう心配ならもう無いということだったはずだと言えば良い。そうでなければ、病気が完治していないこと及びその隠匿を問題にしなければならない。
 これが何でできないのか。バカ丸出し対応としか言いようがない。

 だいたい、ネットで非難されたと言っても、それはいわゆるネトウヨの下らない騒ぎでしかなかった。それらは紋切り型の騒ぎで、朝日新聞が「反安倍」だから記者が中傷したなど、これこそ朝日新聞が今やっている「ファクトチェック」したら、朝日新聞の姿勢は「親安倍」であり、神田大介という記者は特に安倍総理を賛美してきた、など真逆である。
 ところが、紋切り型は匿名のネトウヨだけでなく、ニュースサイトなどに掲載される署名記事の中にまで同じ紋切り型の牽強付会が現れたから、これにも呆れさせられる。

 これらの問題については、すでに拙書で詳しく述べているので、既読の方にとっては少し重複する部分がある。
 まず潰瘍性大腸炎については『防衛医大の場合は』で、患者に対する医師の態度として問題にしており、またテヘラン支局長については『朝日新聞の逆襲』の中で問題にしている。


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by ruhiginoue | 2017-02-18 10:06 | 社会 | Comments(0)
 給付型奨学金の制度について老人たちが、「自分たちの世代は苦労したんだから後の世代の人も苦労しなきゃ面白くねぇ」と言っていて、新聞の投書欄には「我々の世代はバイトで稼いだもんだ。自分で獲得する気概だって必要だ」と説く年齢六十代後半という人の話が掲載された。
 
 しかしこれは嘘だという指摘がある。
 「最近の若い者は」ではなく「最近の老人は」になってきたと言われているが、この老人世代は嘘つきの恥知らずが多く、自分たちの世代にこそ凶悪な少年犯罪が多くて、学生は勉強サボってばかりで、学生運動は過激派や暴力学生で無茶苦茶だったのだが、それを逆にして、昔と違って最近のガキは悪いことをしているとか、勉強しないで遊んでばかりとか、政治や経済に無関心とか、平気で嘘をつく。

 そして、昔も勤労学生はたいへんキツかったのだが、その実態を知らないくせに説教したがる奴は、苦学していないか、学歴詐称している可能性がある。こうした爺さんの中には苦学した話だけでなく、ちょっとオダテると戦後生まれなのに軍隊経験を語りだす者までいると笑い話のネタにされている。

 また、「大学の授業料は自分で稼いだもんだ」と言う人が60歳だとしたら、その大学時代の学費は物価を考慮して現在の8万円に相当する。つまり月にたった7千円を稼いだと自慢しているわけだ。これは国立だけでなく、私学でも昔はもっと安かった。
 そのうえ年金にしても、今もらってる老人たちは「国民年金くらい大学生だったがバイトして払った」と言うが、その1970年の保険料は450円で、当時は喫茶店のコーヒーが120円くらいなので、保険料はコーヒー4杯ほど。今と10倍は違うことになる。

 そして、今ではけた違いに高くなっている学費などを稼ぐために働いたら、税金も高くなってしまい払おうとしていた学費や教科書代や交通定期代などを取られてしまうし、昔とちがって大学の勉強は厳しくなっているから付いていけなくなることもある。

 さらに、昔は学歴があることで特別に有利なことがあったから大変でも意義があったのだが、今はそうではなく、これが学歴なんて無意味になっているということなら無理して大学に行くことはないけれど、学歴はあって当たり前という時代になってしまったから、無理してでも行かないと拙いし、そうしても特別に良いことがあるわけではない、ということだから問題が深刻なのだ。



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by ruhiginoue | 2017-02-10 22:14 | 社会 | Comments(5)

尊敬する人は誰ですか

 かつてテレビの子供向けドラマで、尊敬する人は誰かという質問に小学生の同級生たちはみな偉人伝に載っている人たちを挙げていたけれど、主人公はよくあるように親を立てて「自分の両親です」と答えたところ、その意味を勘違いした同級生の話から変な噂になってしまい、主人公の両親は何か偉業を成し遂げたということになって、主人公の両親はわけのわからない噂に振り回されるという愉快な話があった。

 ところで、その尊敬する人は誰かという話で、あの川田龍平という人が「いない」と答え、なぜなら「人は変わるから」と言っていた。おそらく小林よしのり等が念頭にあったのだろう。そして、川田龍平という人自身も変節したとか元々が紛い物だったとか色々と言われている。

 この一方で、尊敬する人は誰かという質問は思想調査など不純な目的に利用される。
 先日、ある派遣業務の集団面接で尊敬する人は誰かと問われて、歴史上の人を挙げた者が採用されず、芸能人を挙げた者は採用されたから、しょせんは派遣業だから何も考えない人が便利だということだろうと言っていた人がいる。
 しかし、これは派遣だけでないから深刻だ。

 これは前に佐高信が批判していたが、紀伊国屋書店は面接で好きな作家は誰かと訊き、名を挙げた人は採用しないという作家が石川啄木など何人か決まっていて、なぜならそれらの作家が好きな人はだいたい情熱的であるとか理屈っぽいとかで使いにくいだろうから、ということだった。

 もっと深刻なのは朝日新聞だろう。面接で尊敬する人は誰かと問われて本多勝一とか筑紫哲也とか言ったら、どんなに優秀でも絶対に落とされると言われていて、実際に本多勝一は、朝日新聞に入りたかったら面接で自分の名を出してはいけないと明言していた。
 これについては朝日新聞も情けないが、周知のとおり稲田朋美という弁護士に嫌がらせをされたりするから逃げ腰なのだろう。
 
 しかも、その弁護士は裁判で負けてばかりのヘボぶりだが、嫌がらせしたことがエライということで安倍総理から気に入られて大臣になり、仕事はダメダメの連続なのだが色々と利権は得ているということだから、日本という国が末期的な状態ということだ。
 もう終わったという人も少なくない。
 

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by ruhiginoue | 2017-02-04 18:12 | 社会 | Comments(9)
 先日、山本太郎議員が国会質問のなかで世論調査とか意識調査とか呼ばれるものについて問題にしていた。回答できる人が限られている方法で調査した不公正な結果に基づいて政府の結論を正当化しているという趣旨だった。

 こうした、結果が偏る調査方法の問題だけでなく、他にも例えばマスコミを装い支持政党を訊くことを企業に委託されてやったという興信所の内部告発もあり、だから電話でマスコミだと名乗られても確認できないから、就職活動している学生などは警戒して与党を支持していると回答するので、本当に調査をしたとしても与党の支持が多くなる。

 また、調査会社から電話がかかってきたら、まるで誘導尋問のようだったとか、政府与党の政策に反対とか野党を支持しているとか言うと途端に切られたとか、そういう証言が色々とあるけれど、そもそも固定電話が少なくなっていて、今どき固定電話があるのは地方や老人の宅だから、そういう一定の傾向がある所にばかり電話で世論調査すれば、その回答もそうした一定の傾向になるものだ。
 だからインターネット上でアンケートを取ると、固定電話へかけたアンケートとは大きな違いが出ている。

 しかも、あの「共謀罪」について、「テロなどの凶悪犯罪が起きないようにしなければならないので、悪いことをしようとして話し合うことを取り締まる法律を作ることが提案されていますが、これについて、あなたは賛成ですか」というようにいきなり質問されて咄嗟に答えを求められたら、その持つ意味を咀嚼して考えることなど不可能で、だいたいは賛成だと回答するに決まっている。
 
 これはンターネットにも起きることで、まずインターネットをやっている人ばかりではないし、多重回答もあるだろうし、ほんとうに問題の意味を理解したうえで回答している人がどのくらいいるか、という疑問も常にある。
 ここには、インターネット上でのクリックなど結構いい加減という実態がある。あのTwitterの「いいね」は周知のとおりハートのマークをクリックするけれど、これが多いから賛同が多いのかというと、そうとはいえない。問題が解っていないことがあるからだ。

 例えば、クリミア情勢についてどう考えるかということが語られていても、かなりの人たちは、そこに掲載されているナタリアポクロンスカヤさんの写真を見てハートマークをクリックしているはずである。

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by ruhiginoue | 2017-02-03 17:00 | 社会 | Comments(0)
 先日、自殺した中学生が「仕返ししたい」と言い残していたと報道されたが、死ぬ気なら刺し違える覚悟でやれるはずだ。
 しかし、仕返したら親に迷惑がかかるから自分が死ぬほうを選ぶ子供がいるし、仕返しで世間体が悪くなるよりは子供に死んで欲しいと思う親がいて、そのように追い詰める社会の圧迫感がある。
 これは、具体的な事情がある場合と、そうではない場合があり、例えば同級生に虐められて仕返ししたくてもその同級生の親が自分の親の上司だった、など具体的な事情がある場合はわかりやすい。
 ところが、そうした具体的な事情は存在しないけれど雰囲気がそう思わせて追い詰めることがある。よく言われる「空気を読め」というやつで、これにより自分が死ねばいいと子供は判断する。

 また、高校の同級生が言っていたけれど、高校三年の時に大病をして入院したことで不安だったが、その不安の原因は、もちろん病気が治るかということが先ずあり、次に出席日数が足りなくなって卒業できなくなるのではないかということだったが、これら当然すぎることに加えて、親に殺されるのではないかという圧迫感があったと言う。
 その人の親に会ったことがあり、いい人だし、たいへんな子煩悩で、甘やかしすぎじゃないかというくらいだった。そして病気のことは治療費から介護まで熱心だった。なのに、なんでそんな圧迫感を覚えるのか。
 それは、親も本意ではないけれど、しかし大病をするような出来損ないの子供を作って世間様にご迷惑をおかけしていないかという委縮した心情が垣間見え、そのため思い詰めた先には子供を殺して刑務所に入ろうかと悩む姿がうっすらと見えたということだ。
 
 こういう話をすると、そうした何となくの不安はやはり感じると言う人たちがいて、そう言った人たちは次にこう言う。これは日本独特のことで、外国には無いのではないかと。
 そうなのか、世界中を確認することまでは出来ないけれど、しかし他の解決方法は模索するにしても、自殺するくらいなら相手と刺し違えると外国人は普通に言うから、自殺に追い込む圧迫感が日本には特に強いのではないか。そして自殺者の数自体も日本は多い。

 


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by ruhiginoue | 2017-01-28 19:55 | 社会 | Comments(6)
 『通販生活』は客を選んだ。原発再稼働まっぴら戦争まっぴらというのが嫌なら申し訳ありません今までご購入ありがとうございました、と言った。
 だからアパホテルだって、南京大虐殺がなかったと言うのが気に入らない人は泊まってくれなくて構いません、と堂々と言えば良いわけだ。

 たとえば、ヨーロッパのホテルには「使っていないシーツやタオルは洗濯しません。経費の節約になるし洗剤の使用量が減り環境にも良いのです。ご理解いただけるお客さんに泊まっていただきたい」と表示してマナーの良い客を選んでる所がある。

 前に旅先で、ちょうど近くのアパホテルは経営者の体質を知っているから避けてスパの仮眠室の雑魚寝で泊まったことがあるけど、客が選ぶ、客を選ぶ、どちらもあってよいはずだ。
 ただし公共性が高い業務の場合、誰でも利用できるようにするため一定の配慮をしないといけない場合がある。宿泊施設の場合、内容的に非常識なものを置いてはいけないと法規制があるけれど、ポルノなどとちがって政治的な問題になるものは微妙だ。アパホテルに置いてある冊子は政治的主張という水準ではなくヘイトであるという批判もあるが。

 ほんらいは、民間で勝手にやったことだから政府は知らないと言えばいいことだった。なのに、慰安婦像で民間が勝手にやったことなのに政府が合意に反するとか文句を言うから、それなら南京事件だって日本の政府が公式に非を認めているのだから、民間で勝手にやったことでは済まないだろうと言われてしまうのだ。これはそもそも政府の不手際だ。

 ついでに、アパホテルのことで思い出したけど、『西部警察』の第一話に出てくる、あの装甲車で暴れまわる右翼の爺さんは、ホテルをたくさん経営していて金持ちという設定だった。「日本よ、目覚めよ!」と狂信的に叫び、大門軍団の刑事は「あの爺、なに寝ぼけたこと言ってやがるんだ!」
 このように、不動産がらみの富豪で政治的野心を持つ人は現実にもいて、このたび就任したトランプ大統領もその一種だろう。
 また『西部警察』には、その後も右翼が悪役で登場することがあった。もともと任侠映画では暴力団と右翼の関わりが描かれてきたから、テレビの刑事ものにも普通に出て来て、石原プロの作品であっても例外ではなかったのだ。

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 今は亡き超個性派俳優・伊藤雄之助がふんしていた極右の狂信者の富豪。『太陽を盗んだ男』の影響が明らかだ。



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by ruhiginoue | 2017-01-21 17:54 | 社会 | Comments(1)
 生活保護受給者の自立支援を担当する神奈川県小田原市の複数の職員が、「保護なめんな」「不正を罰する」などと、受給者を威圧するような文言をプリントしたジャンパーを着て各世帯を訪問していたことが問題になった。
 これは職員が自費で作ったとみられており、市は不適切だとして使用を中止させた。また専門家は「生活困窮者を支えようという感覚が欠如している」と批判している。

 同市によると、このジャンパーを着ていたのは生活保護受給世帯を訪問して相談に応じるなどする市生活支援課のケースワーカーで、在籍する25人の大半が同じジャンパーを持っていたということだ。


 このジャンパーの背面には「我々は正義だ」「不当な利益を得るために我々をだまそうとするならば、あえて言おう。クズである」などの文章が英語で書かれていて、これが報道されて映されると英語の滑稽さが指摘された。


 また「あえて言おう、クズである」は、どうやらアニメ『ガンダム』のギレンのセリフが基のようだと指摘されているのだが、否定すべき悪役の発言として語られた言葉であることが明らかなのに肯定的に使われてしまう現象が、このところ目立つ。

 あの「ラーメンマンガ」で、主人公の熱意を否定し、自分は金で縛ることでしか人を信用しないと嘯く目つきの悪いスキンヘッド経営者の「金の介在しない仕事は絶対に無責任なものになる」を肯定的に使用している人たちも、そうだ。

 これを引用して、舛添前都知事が残った仕事をこなしたいので報酬を返上してでも任期を全うしたいとか、トランプ次期米大統領が自分は大富豪で使命感から政治家になったのだから報酬は受け取らないで働くとか、そうした政治家の発言や、ひどい場合はボランティア活動にまで、的外れな非難を浴びせている人たちがいる。


 この調子では今ごろ、このジャンパーを見てNHKが真似して作ろうと考えているのではないか。「NHKをなめるな」「こちとら日の丸つけて君が代ながす放送局だ」「あえて言おう受信料不払いする者はクズである」というジャンパー作って、みんな着て訪問しようって。

 このジャンパーは2007年に制作したものだそうで、この前の2006年に「美しい国づくり」を掲げ安倍内閣成立し、2007年には北九州で生活保護を打ち切られた病気の男性が「オニギリを食べたい」と書き残し餓死している。なんと美しい国であるか。


 もともと、生活保護の不正受給と財政負担は、特に問題にしなくても良いことが数値から明らかなのに、なぜこのように変な騒ぎ方を、無知な素人ならともかく、詳しいはずの役人たちがするのか。これが問題だ。
 これについて唯一可能な説明は、福祉の仕事している人たちの中に弱い者いじめをして面白がる奴がいるということだ。前にも話題にしたことだが、福祉の仕事を志望したのは相手が弱者だから威張れるとか虐めてやれるとかいう不純な動機の人が時々いるのだ。
 そういうこと言ってる人を実際見たことがあるけれど、学校でいじめられっ子だったとか、出た高校が定時制だとか大学が夜間部だとか、そんなことを変なコンプレックスにしてる人だった。
 あの片山さつき議員が、自分は東大を出て大蔵省に入ったと誇り、年収400万円台の庶民たちを見下して悦に入り、それが良いから支持している有権者たちがいるけれど、それよりさらに社会の下位にいる者たちが、上に向かって怒りの声をあげることができず、労働運動も頼りないので、弱い者がさらに弱い者を叩くということになるのだろう。


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by ruhiginoue | 2017-01-19 15:58 | 社会 | Comments(0)