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by ruhiginoue

カテゴリ:社会( 963 )

 北海道から去年の台風被害が響いているそうだ。
 昨年その季節に北海道に行ったら大変な被害だった。交通が遮断されてしまい、ホテルとかサウナとかのインターネットコーナーは乗り物と宿泊を探す人が集っていた。用事や行楽で来た人たちはみな嘆いていたが、民宿の経営者など「書き入れ時にキャンセルが相次いで泣きたいのはこっちだよ」と言っていた。

 この台風被害の影響で北海道産のジャガイモが不作となり、材料の確保が難しくなっているとして菓子メーカーの間では、一部のポテトチップスの販売を休止するという。
 すでに「湖池屋」は「125グラムお徳用すっぱムーチョチップスさっぱり梅味」など9商品の販売を休止したうえ「130グラムお徳用ポテトチップスリッチコンソメ」など7商品の販売を終了した。
 また、「カルビー」は今月15日から「ポテトチップス 関東だししょうゆ」など地域限定商品を中心に18商品の販売を終了するほか、今月22日からは「ポテトチップス うすしお味 BIGBAG」など容量の多い商品を中心に15商品の販売を休止すると発表した。

 菓子メーカー各社によると、ポテトチップスの原料となるジャガイモのほとんどが国産で、全体の7割から8割を北海道から仕入れている。ポテトチップス専用の品種は契約した農家に栽培を委託していることが多く、ほかの産地への切り替えが難しい。
 そしてジャガイモは主に夏に収穫されるため、今の時期は保管してあるじゃがいもでポテトチップスを製造していて、それがなくなってきたということだが、農林水産省によれば原料として使うために海外産のジャガイモを生で輸入する場合は病害虫などが国内に入ることを防ぐため法律の規制があり、港にある工場でしか加工が認められていないということだ。

 そういえば、家庭菜園で農地を借りていたことがあるけれど、ジャガイモは簡単だからと植えたら隣接する菜園から嫌がられた。病害虫が付きやすいので周囲に悪影響を及ぼしやすいのだ。輸入なら神経を使って当然だろう。

 そしてお菓子各社は、限られた原料を販売量の多い主力商品に振り向けるため今回の措置をとったほか、新商品の発売数も減らして対応しているが、例年の量のじゃがいもを確保できるめどは立っておらず、来月からは九州地方でじゃがいもの収穫が始まるけれど、例年並みの量を確保するためには、今年の北海道が天候に恵まれたうえ収穫が行われる8月まで待つ、ということなならざるをえないと説明する。

 一昨年の北海道産のジャガイモは、およそ43%がでんぷん用、ポテトチップスなどの加工食品用がおよそ27%、飼料用やタネ用などがおよそ15%、それに、スーパーなどで販売される青果用がおよそ14%という割合の消費ということだ。

 この事態に、ポテトチップ好きは困っているようだが、しかしこれを機会にポテトチップを食べるのをやめる提案したい。 
 もともとポテトチップはダイエットの敵であった。大きいもの一枚を食べるとそのカロリーは階段で五階くらいまで昇れるほどだと言われているから、一袋を全部食べたらカロリー消費するのが大変だ。
 また、ジャガイモを薄く切って高熱の油で揚げるから、ビタミンは壊れカロリーは上がり、味がなくなってしまうので色々と化学調味料などで味を付け加える。つまり自然の恵みを無駄にしている。
 しかも袋のプラスチックでゴミが増える。ごみ処理も有料だったりする。こうなると健康と環境と家計に悪い食い物である。

 このことを環境保護運動をしているイギリス人にきいた。また環境問題とか食料問題だけでなく自分個人のためにも、ポテトチップ食べながらビール飲んだりしてアメリカ人みたいに不健康に太って寿命を縮めるなんてバカだということだった。
 それで、もとは好物だったが一切食べなくなった。ジャガイモが不作なら、なおさらやめるべきだ。不作はやめるいい機会でもある。お菓子会社には悪いが、他にお菓子はいくらでも美味しいものがある。



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by ruhiginoue | 2017-04-11 22:55 | 社会 | Comments(6)
 今話題の「忖度」という言葉は日本的で外国語に翻訳しにくいとかできないとか言われて国際的に話題である。

 この言葉は、最初に英訳されたとき「(想像に基づいて)(…を)推量する、推測する、推量する、思う」という意味の"surmise"とされたが、これだけでは言葉のもつニュアンスが表現できていないという指摘もされた。

 そしてドイツ語には、"unausgesprochene Anweisung"(発言なしの指示)、あるいは"vorauseilender Gehorsam"(先回り服従)という表現があり、これは「権力者の直接的な命令に対する服従ではなく、権力者が期待する行動を下位者が自主的に推測して行う服従」という意味で、これに、今の政治問題に出ている「忖度」は該当するという指摘がされている。

 ところが、これだと今の政治問題についてはそうかもしれないが、「忖度」という言葉の持つ元々の意味のすべてを言い表していないという意見もある。つまり、悪い意味だけになってしまうということだ。

 それで思い出したのが、あの田中角栄総理の話だ。かつて彼は近所の人から、たしか風呂場のことだったが、とにかく自宅の設備が壊れてしまい困っているという相談をされ、そこで彼は仕事がら業者に詳しいから、そちらへ話して修繕できるように手配してあげると言った。
 「ただ…」と相談した人はそこで言いかけた。すると田中角栄氏は「わかった!」と強い調子で言って遮り、「ワシから依頼するのだから立て替えておく」と言った。

 これはもちろん、相手が費用がいくらになるかと気にしているわけで、このことは言わなくても判るということだ。
 そして、続けて出てくる「支払いが心配だ」とか、まして「金がない」なんてことは、誰だって恥ずかしかったり惨めだったりするに決まっている。
 だから田中角栄は言わせなかった。もう察していることは手間を省いたほうが効率が良いし、相手の気持ちも普通に感覚を持っていれば理解できる。

 このように、金とか力を持っている側が、そうでない相手のことを思いやってのことなら、日本人が昔からもっている美徳である。
 それがいつの間にか、逆に弱者が強者の顔色を伺うという意味に変わってしまった。
 だから、「忖度」という言葉を、今の政治問題になっている意味だけに解釈されては嫌だと感じる人たちがいるのだろう。




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by ruhiginoue | 2017-04-08 20:44 | 社会 | Comments(2)
 子供の習い事の調査で、東大生にピアノ経験者が圧倒的に多いという結果だったそうだ。
 そのわけについて東大生に訊いたところ、楽譜を学び手を動かすことで身体で憶えたりすることが他の勉強に役立ち、これが受験勉強にも影響したはずだと言う。また、それを親も意識してやらせていたとのことだ。

 たしかに、受験に役立つ頭の体操ではあるだろう。
 しかしそれ以前に、習い事の月謝やピアノを買うゆとりと置く場所のない貧乏なうちでは進学どころではないだろう。

 もともと、東大生に限らず試験の難しいところへ進学する人は、子供の頃から楽器をやっている人が多かった。
 そうでない人には、まるで楽器に興味が無い人を別にすると、興味をもっても買えないので諦めるか、買えなくはないけど親が反対する、という家庭の事情が目立つ。
 そして、親から反対される人の多くは、勉強の邪魔になると言われることが多い。しかし、実際には成績が良くて進学する子供のほうが楽器をやっていて、逆に親が「勉強の邪魔」と言って楽器をやらせてくれない子供のほうが成績も進学も結果が良くない。

 これは結局、勉強の邪魔になるから楽器はダメだと言うほんとうのわけとは、貧乏でゆとりがないということであり、それを言うと惨めだから勉強を口実に持ち出しているだけで、これが進学にも反映するということだ。
 もともと、こういうことだったのだから、今回の調査を引き合いに出して、勉強に役立ち現に東大生の多くもピアノを習っていると言っても、ダメだと言っている親を説得することはほとんど不可能であろう。
 
 


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by ruhiginoue | 2017-03-28 19:20 | 社会 | Comments(8)
 「餃子の王将」というチェーン店が読売新聞と提携し、紙面に「無料クーポン券」を載せているが、これを図書館の新聞から切り取って持って行く者がいるそうだ。
 このようなことは器物損壊罪になるので、警告を表示する図書館もある。
  
 これで思い出したが、理科の授業で使うから新聞に載っている天気図を切り抜いて学校に持ってこいと言われて、うちで新聞をとってない貧しい家の子が図書館の新聞から切り抜いたという話が昔あった。これは無料クーポン券を切り取るセコイ感じとは違い悲しい感じがする話だった。

 この天気図だが、中学のときに理科の教師が頭にくることを言ったので、今も忘れられない。今日の新聞から切り抜けと言うので、それでは裏面の記事が読めなってしまうから、古新聞で日付を指定して統一すればいいという提案が生徒からあったのだが、その教師は「どうせ天気図の裏面なんて政治や経済の欄だから読まないだろう」と言った。生徒だけでなく親らもバカにしている。

 まあ、大人でも新聞を細かく読まない人の方が多いという現実もあるが、教師がこれでは困る。
 また、理科の教師だから政治や経済なんて無関心だったのかもしれないが、天候は軍事機密だったこともあるし、商売に天気が影響して株価も動く。そういう総合的な視野がなく自分の専門しか興味がない人も少なくない。テレビ欄とスポーツ欄にしか関心がない人は、教師にもいる。

 そういう人たちは、アンチジャイアンツでもない限り読売新聞を読んで、ついでに餃子の王将のクーポン券を切り抜けばいいだろう。
 そうでないハイレベルな朝日新聞は、受験に役立つ天声人語という宣伝をしているが、それでこの広告はなんだろうか。
 
 
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 この場合は「関心」ではなく「感心」じゃないのか。「なるほど」なんだから。アンケートで主婦が書いたことから抜粋したにしても、間違った言葉の使い方を大きく宣伝に使うというのはお粗末だ。
 あと、「本質」は「迫る」とか「捉える」もので、「突く」なら「核心」などになるはずだが、「本質を突く」という使われ方もされていて間違いとは言いにくいが、語彙からすると不自然ではある。
 どうであれ、「なんだろう」というなら「関心」もつだろうが、「なるほど」というなら「感心」するものである。
 こんな広告するなら、天声人語ではなく餃子の王将とか他のどこか飲食チェーン店のクーポン券で売ったほうがいい。
  


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by ruhiginoue | 2017-03-23 17:34 | 社会 | Comments(0)
 顔の変形、痣、傷、麻痺、などにより人とは違う外見の人たちが受ける学校でのいじめや恋愛や就職の苦労などの「見た目問題」について、朝日新聞の岩井建樹記者がその当事者に本音を尋ねる記事を発表した。
 この記事は、細かいところに難があり、例えば、同じような外見の問題でも原因は異なるのだが、それを病気や怪我が原因としか書かれていない記述があり、生まれつきの奇形もあることに触れていないなどの不備がある。

 それでも、このように当事者から率直な話を聴き、その現実を報道することには大いに意義があるので、記者はよくやってくれたと感じる。
 なぜなら、顔に変形や傷跡や痣がある人たちが、やはりそれゆえ悩んでいるということを周知させて欲しいからだ。身体的な問題を抱えていれば色々と不都合があるなどするから悩んで当たり前だが、そんな常識ともいうべきことを否定し、そうすることで人を苦しめたり傷つけたりすることが横行しているからだ。

 この中には、苦悩して当然なのに明るく元気に振る舞っている人、ということで見世物にして悦に入る「感動ポルノ」もあり、そのいやらしさが批判されているけれど、さらにこれを利用していやがらせが行われているのを、よく見聞きする。
 それは、傷跡などが顔ではなく服で隠れる身体の部分の人に、学校の教師などが無神経や時にはいじめ感覚で曝しものにすることだ。不幸中の幸いで服に隠れるというのに、それを「ほんとうの自分を隠すのは良くない」とか無茶苦茶なことを偉そうに言って、それで羞恥や屈辱を味合わせ、いじめの対象にする。

 そして「顔の人は隠せないから気にしないでいる。そんなこと気にしなければいいんだ」と正当化し「気にしないで明るくしている立派な人に、おまえもなれ。いくらいじめられても我慢するんだ」と説教や訓示をし、他人を苦しめ傷つけることで自分が見識をもつ偉い人だと自己満足する。
 これをわかっていてやっている確信犯も明らかにいるが、しかし、よく教師や宗教家などは自分のしていることの罪深さに気づかず本気で自分は立派だと錯覚している。そうすることで手前は幸せなのだろうが、その種の幸せな人は迷惑でしかない。
 
 そういう連中が変なネタにしないように、当たり前のことを当たり前にするための報道をして欲しいということだ。だから今回の記事は有意義である。





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by ruhiginoue | 2017-03-22 17:16 | 社会 | Comments(0)

卒業式とサリン事件

 多くの学校や大学で卒業式が行われる日に、地下鉄サリン事件が有った。個人的には「有った」というより「遭った」というべきだった。あの日は裁判所に行くため地下鉄千代田線に乗っていたが、霞が関駅が封鎖されているので、隣の国会議事堂前駅から行くしかなかった。
 このときは、なにか不明だが薬物が撒かれたためだと言われていた。そして国会議事堂前駅で降りたら周囲には防護服の集団がいて、まるで『カサンドラクロス』だと思った。

 その後、防衛医大の待合室には「サリン事件で被害に遭われた方はご相談ください」という張り紙がしてあり、いかにも専門家がいるように振る舞っているけど、実は俄かに仕立てられた医師が慌てて文献を読み始めたのが実態だと、研修医に聴いた。
 そもそも、軍事的な医学を研究するのではないかという危惧に対して、一般の医学しか行わないと説明していたのだから、後になってから専門家がいるというのでは整合性に問題が起きる。
 つまり、場当たり的にご都合主義の態度をとったということだ。

 ところで、防衛医大にも制服と制帽があり、その卒業式では帽子投げをするのだが、学生の任意によるものなので投げた後で自分で拾うと、卒業生の研修医が言っていた。
 しかし防衛大では恒例行事で、これはアメリカの士官学校のマネだから、みっともないのでやめた方がいいという意見も昔からあった。これは主題歌が大ヒットしたアメリカ映画『愛と青春の旅立ち』の卒業場面でも有名だが、このあたりから『愛とナントカのナニナニ』という邦題が流行したのだった。

 さて、防衛大の卒業式では総理大臣の訓示があるもので、今年は安倍総理がなんだかんだと言っていることに対するいろいろな意見があるけれど、なんであれ自衛隊が重要な仕事をするという趣旨だから、それならもっとまともな防衛大臣を任命してくれと卒業生も言いたいのではないだろうか。

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by ruhiginoue | 2017-03-20 18:06 | 社会 | Comments(3)
 何年も前のことだが、アメリカのテレビドキュメンタリーで、女性が外で働き男性が家事を担当している家庭を紹介していた。そのくらいなら特別に珍しいほどではないが、その女性は車いす生活をする身体障害者で、男性は健常者ということに特徴があった。
 これは、車いす生活で家事は困難だから夫の担当、妻は事務職なのでデスクワークでよいから勤めに出る、ということだった。だから、逆ではないかと思ってしまったら勘違いだ。

 ここで問題だったのは通勤で、電車やバスで毎日だと大変だ。それで、自家用車を改造し、車いすで乗り込み、すべて手を使って運転できるようにしていた。この改造費用に何百万円もかかったが、公費助成でまかなわれた。
 この支出に対して役所の認識は、身体障害者が福祉を受けないようになるからいずれ黒字になり、そのうえ逆に税金を納めてくれるから、合理的だということだった。
 そして、この女性は、ユニークな人生を送っていると言って明るく前向きだった。

 このように、障害者が社会に出て働けるよう自動車を改造するなどの助成が欧米では当たり前のようにあるけれど、日本では金がかかりすぎてもったいないと言い、生活保護や障害者年金を出す。それより働いてもらったほうが何倍も税金を取れるのに、かえって損してる。

 こうした障害者の例だけでなく、アメリカでは女優から司会者に転じたウーピー・ゴールドバーグが下積み時代に、イギリスでは『ハリーポッター』の作者JKローリングがシングルマザーだったこともあり、生活保護を受けていたが、その後、売れたら何倍もの税金を納めるようになり、賞賛された。
 こうした発想が、日本にはない。

 結局、日本人の主流な考え方が不合理になるのは、根本的に発想が陰湿だからだろう。前向きで肯定的になれないうえ、自分がそうだから他人にもそうであるよう強いる。そして弱い者いじめをして暗い悦楽を味わう。
 この陰気臭さを駆逐しないと、この社会はますます沈み込むはずだ。
 
 


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by ruhiginoue | 2017-03-09 17:30 | 社会 | Comments(17)
先日「凶悪ストーカーと友達だという法政大学の左巻健男という教授」の最後で、左巻教授は自分のblog(以下「左巻blog」)で非常識な人権侵害発言をくり返していることを問題にしたが、これについてきちんと説明する必要がある。

 まず、実名を出すべきでない人について左巻教授が配慮していないことを問題にしたが、これは精神病とか未成年とか名を伏せるべき人のことであるから、非はあっても不注意によるものである可能性がある。
 しかし、左巻教授から故意に実名を出されたうえで差別用語を用い侮辱をうけた人までいるから悪質である。

 その左巻blogには、共産党を除籍になった板橋区の松崎という議員の件で「松崎さんをツイッターで攻撃する人ら(共産党員・共産党支持者):ツイッター過激派」と、2ちゃんねる掲示板の受け売りも含めて列記されているが、その中には顔写真も掲載した実名のアカウントを明記したうえで「大阪のナマポ」という説明を記述していた。
 そのTwitterのアカウントは、大まかな居住地とともに、ほんとうの氏名と顔写真を掲載していることが確認されている。

 その人が実際に生活保護を受けているか否かとは関係なく、これは名誉毀損として不法行為である。2ちゃんねる掲示板の無責任な匿名の落書きなら鵜呑みにする人はまずいないが、有名な大学の教授が署名入りで記述しているblogであれば、その記載内容を信じる人が出る可能性もあるだろう。
 そして、もちろん事実でなければ経済的な信用に関わるし、(あくまで仮にだが)事実であっても世間の目というものがあり、プライバシー侵害である。 
 また、もしも本人が受給者だと自ら公言していたとしても、縁も所縁もない他人から勝手に言われることではないし、それ以上に問題なのは、正当な権利に対して「ナマポ」という侮辱語・差別語を記述あるいは受け売りのコピペをすれば重大な人権侵害である。
 これが大学に勤める教育者の行為であることに唖然とさせられる。

 これについて共産党員に訊いてみたところ、もちろん教育者として、それ以前に人間として、左巻教授の行為は最低であるが、とくに日本共産党の党員・支持者という立場としては、弱者の人権を守る日本共産党の理念とは到底相容れないとし、そんな人から「科学」云云されたり、問題を起こし除籍された左巻氏と仲良しの区議のことで物申されたり、そんな筋合いはないと言った。
 また、その「ナマポ」と中傷された大阪の人も、問題は自分が悪口を言われたことより、基本的人権・生存権を否定する左巻という人の姿勢のほうだと認識しているそうである。

 このことがTwitterで問題にされた直後に、左巻ブログは「ナマポ」の部分を伏字にしたと聞き、確認したらそうだった。「屁を放って尻すぼめる」ということだろう。キャッシュには残っているからみんな保存したそうで、政治的に気に入らない発言者に対して差別用語を用いて誹謗中傷をした左巻教授の犯罪性は変わらない。
 その大阪の人から訴訟を起こされたら、左巻教授の敗訴だけは確実であろう。また、損害論で賠償金は少ないとしても、教育者としての倫理が問題になる。

 こんなことを公然と行う左巻健男教授について、勤務先の法政大学は何も処分しないつもりだろうか。最近の法政大学は学生運動を迫害していることで知られるが、教員による非倫理的かつ違法性まである発言の反復については放置している大学当局の見識には大いに疑問がある。

 とにかく、「科学的になれば差別がなくなる」という早野龍吾とか菊池誠とかの大学教授たちの非常識はちゃんちゃら可笑しいレベルだという指摘が既に色々されているが、さらに左巻健男教授が彼らのバカげた間違いを自ら証明してくれたというわけだ。



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by ruhiginoue | 2017-03-08 16:06 | 社会 | Comments(6)
 このところ、東京都小金井市で起きたストーカー殺人未遂事件にからんで述べてきたが、その小金井市にある法政大学に勤務しているという左巻健男という教授は自らのblogに、別の事件のストーカーと友達であると記載しているそうで、これを知らされて確認したところ事実だった。
 そして驚いたことに、左巻教授の発言はそのストーカー行為の一環に乗っかっていたのだ。

 そのストーカーは、小金井市の事件の犯人と同様に関西から東京に来て、武蔵野市に居住している。同市は小金井市の事件の被害者の住所だった。これらは偶々だろうが、この事件で警察の対応のまずさが指摘され、隣の三鷹市で数年前に起きたストーカー殺人事件から教訓を得ていないという批判もある。このため、地域性について検証してみた方が良いかもしれない。
 
 しかし、ここで問題なのは左巻教授の発言である。
 そのストーカーと左巻教授はFacebookで友達になったとのことで、その他にも個別の交流があったとしている。
 このストーカー男性のストーキングとは、勝手に友達とか親友とか女性の場合は婚約者ということにしてしまい、嘘八百を言触らしたうえ抗議を受けると脅迫や嫌がらせに及ぶのである。
 その数多い被害者の一人が当方なのだが、インターネットで何度も中傷され、最初は様子を見ていたが、同時に他の人たちにも同じようなことをしたうえ暴力事件まで起こし、それも繰り返しであり、逮捕されるなど何度も警察沙汰と裁判沙汰になったため、これは見過ごせないということで訴訟を起こしたのだった。
 これらの訴訟は当方の勝訴となるか、あるいは被告が何も抗弁できず非を認めたので判決ではなく和解として金を払うことになった。被告が他で起こした暴力事件でも、逮捕された件は反省しているということで起訴猶予となり、その他は治療費と慰謝料を被告は被害者に払えという判決であった。

 これらの事件で共通しているのは、被告を助けようとした者が「恩を仇で返された」ということだ。被告は中学卒業後に無試験の定時制高校に入ったが卒業できず仕事は何一つ務まらない、という情けない状態だったので、これからは真面目にやるという約束で、仕事を世話してやり、その仕事の出来は他の人たちがやり直さないといけないほどひどいものだったが、それを見ることで勉強して次はもっとまともにできるようにと指導し、そのうえちゃんと報酬も払ってやったのだ。
 ところが、それを被告は逆に、こっちが仕事をやってやったのだと公言する。例えば、某社長に彼は自分から「金に困っているので貸してください。あとで仕事で返します」と頼んておいて、仕事で返す能力など無いことはわかっているが同情した社長が金を渡し、後で仕事を回してやるが、また全部やり直しということになり、社長らは呆れながら少しは向上して欲しいと願うのだが、その努力を当人がせず、そのうえ「前払いでもいいから貴方に是非やってくれと社長が懇願した」という嘘を言触らす。
 
 こういうことが何度もあったので、彼は相手にされなくなった。すると嫌がらせを執拗にしたうえ無関係の社員に暴力をふるって負傷させるなど狂暴化しはじめた。
 これと同じころ、やはり仕事を世話しながら色々と教えてやった人たちに対し「報酬を踏み倒された」など嘘の中傷をする。そして「親友」などと勝手に言い、信じていたのに裏切られたとか仲違いして冷たくされたとか、嘘をつきまくる。
 さらにネットでの嫌がらせである。これだから、仕方ないということで皆が訴訟にしたのだった。そして被告はすべて敗訴し、抗弁すらできないということもあった、という次第だ。
 
 さらに、彼は女性に対してストーキングをはじめ、小金井市の事件のように一方的に贈り物をしたり、自宅に押し掛けたり、メールを執拗に送信したり、それを嫌がられると女性の周囲に中傷のメールを送信した。
 その女性が悩んで相談した相手の女性に対してまで、その仕事を妨害するためにわざわざ専用のブログまで作成するという執念深さであり、これに怒って女性が抗議すると認め、この会話は証拠として録音されていて、データーとして関係者に送られ周知のこととなったのだった。
 こんなことをしておいて、さらにその男は被害者の女性を勝手に「婚約者」だと言い出し、自分と結婚しないなら慰謝料を払えと脅す始末。勝手に「親友」でも迷惑だが、「婚約者」ではたまったものではないだろう。そして、女性の訴えを受けて警察では彼をストーカーとして監視対象にしたのだった。
 この男が女性にストーカー行為をしたのは初めてではなく、前にも女性の写真を勝手に撮影して自分のサイトに無断で掲載したうえで、この女性の周囲の人たちから縁談を持ちかけられたという嘘というより妄想を記載していた。


 このように、その犯罪者によって多くの者が多大な迷惑を被っており、特に女性は恐怖のどん底に陥れられて心身ともにボロボロ状態に追い込まれたのだが、そんな男の妄言を左巻健男教授は紹介ないし受け売りしている。
 これでは、ただでさえ異常心理を発揮しているストーカーを煽るようなものであり、非常に危険である。受け狙いなど軽い気持ちなのだろうが左巻教授は認識が甘すぎる。自らが勤務する大学のある小金井市で、女子大生がストーカーに襲われ意識不明の重体となった事件の判決が先日あったばかりであることを真面目に考えるべきだ。

 これらについて左巻教授は、あくまで聴いた話だとアリバイのようなことを付記してはいる。しかし客観的事実が裁判によって証拠の裏付けとともに明らかなのだ。だから、これを確認すればその男の話は嘘であることがすぐ判るはずである。
 それをしないのだから、左巻教授は、あの板橋区議員が訴えられた件で的外れ(これを江戸時代から俗語で『スカタン』という)な発言をしてしまう。その間違いにいっこうに気づかないというのも、裁判の書面すら読まないからだ。既に彼は指摘を受けていたけれど、これをさらに裏付けるのが、このストーカーの一件だ。
 
 また、一連の件は前にも、このblogの他いくつかのサイトで取り上げられているが、凶悪ストーカーとはいえ精神科に通い治療の公費助成を受けているのだから、いちおう匿名としながら事実だけを周知させ警鐘としている(このことは当blogにおいて前にも明記している)のに、左巻教授は実名を平気で記載してしまう。
 他の人についても、実名を出して人権侵害をしている。こっちは犯罪者でもない人のことだから、より悪質である。


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by ruhiginoue | 2017-03-06 19:20 | 社会 | Comments(6)
 作家の山崎朋子が講演をしている音声をラジオが放送していたことがあったそうで、それを知り合いがたまたま聴いて、そもそも話の内容に興味があったわけではなく、講師についても名前を知っている程度だったが、つい聴き入ってしまい、そのまま最後まで、ということになったそうで、それは非常に話し方が上手だったからだ、と言っていた。
 もともと山崎朋子は芸能志望だった人なので、喋繰りが得意なのかもしれない。

 かつて山崎朋子は、雑誌のモデルをしながら女優を目指していたが、ストーカーに襲撃されて重症を負い、顔が傷ついたので断念したという。当時は傷を縫うのにナイロン糸が実用化されていかったので絹糸が使われ、これは生物によるものだから身体が拒絶反応を起こし、縫った場所が悪化するという悲惨な状態になってしまったそうだ。
 この犯人の男性は、当時二十歳代の山崎朋子が働いていた喫茶店に来て、そこでウエイトレスをしていた彼女に好意を持ち、それでいきなり刃物で斬り付けたという。これを警察から聴いた新聞記者たちは、フラれたからだと勝手に解釈したようだ。それなら確かに解かりやすい。そこから、交際を申し込んで断られて逆上したとか交際していて別れ話がもつれたとか、さまざまに書かれてしまった。
 こうした記事を読んで、山崎朋子は驚き呆れ困惑したという。交際を申し込まれていないから、当然ながら断っていないし、まして別れ話なんてわけがない。

 こんな経験をしている山崎朋子も、自分が書いた本では勝手な解釈を事実としてしまっていた。
 その代表作で映画化もされた『サンダカン八番娼館』で「からゆきさん」と呼ばれる外国へ娼婦として売られた女性の悲劇を描き、また抑圧された女性をライフワークとしてきたが、その後『サンダカンの墓』で「からゆきさん」たちの墓標はみな日本に背を向けた方向に立っているので、自分を売り飛ばした故郷にはもう未練がないということだと書いていた。
 ところが、これを朝日新聞の本多勝一記者は、読んだときはそうなのかと思ったが、実際にその場に行って見たら、墓地が急斜面にあるため墓標を反対側に向けて立てたら表側が地面に向いてしまうという立地条件で、だから、この場所の急斜面に立っている墓標は、日本人以外の墓もすべて同じ向きであったそうだ。
 そして、このような場合は、あたかも、そうであるような感じで、みな背を向けて立っている、というように記述するべきだと指摘していた。(『ルポルタージュの方法』朝日文庫)

 これは取材して書くことの姿勢と技術の問題で、不明なら、あくまで主観的印象であるとか、あくまで誰かの推測であるとか、そういう書き方をしないといけないということだろう。
 ただ、不明である対象が心理それも異常心理となると不可解すぎて、つい勝手な解釈をしてしまう失敗をしがちである。山崎朋子が斬られた記事については、警察も記者も理解できなかったのではないだろうか。
 今なら不十分とはいえ昔よりは理解できる。それでも、多くの人たちは、一方的に好意をもって、それを打ち明けて、その結果によってどうするか、ではなく、好きになったからいきなり危害を加える、という心理に対して不気味とか怖いとか感じるばかりで、分析するどころではない。
 そして、対応する警察でも、よく判らないから、正しい対応をしたり指導したりもできないということになってしまうのだろう。


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by ruhiginoue | 2017-03-05 18:38 | 社会 | Comments(0)