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by ruhiginoue

カテゴリ:映画( 189 )

 初詣に行ったら不気味だったと話題になっている。
 その、神社の改憲署名よびかけは、日本会議の存在が注目されたことに加え櫻井よし子のポスターが不気味すぎるということだった。『シャイニング』や『バットマン』でジャック ニコルソンが笑っている顔と酷似していたからだ。

 そういうことが特にあったけれど、もともと神社庁は傘下の各神社に「祝日には国旗をあげましょう」と法制化前から呼びかけるポスターを貼らせるなどしてきた。「宗教に政治を持ち込むな」と言いたいところだが、戦前の役所としての神社庁に戻り国教になりたいという邪心がある。
 これは創価学会も同じで、国教になって他の宗教は無くしてしまうのが目標だと公言していた。だから、ここからできた公明党が自民党と組んでいることで「もし、このまま続けば」(ハインライン)、宗教対立する可能性がある。

 だいたい、神社は知っていても「神道」を何と読むか知らないどころか言葉自体を知らない日本人がよくいるのは、伝統的な信仰に基づくものとはかけ離れているからだ。ユダヤ人で敬虔なユダヤ教徒でも、あるいはそうであるからこそ、シオニズムに反対しイスラエルの蛮行を批判する人たちがよくいて、この事情は日本も同じだ。 

 ところで、ある神主が、参拝に来た人たち皆が二礼二拍手一拝するようになったので神社が余計な混雑するようになったと言っていたそうだ。なぜならこの参り方は明治時代に政府が形式化して広めたらしく、もともとはこんな形に拘りはしなかった。
 そもそも、神様ともあろうものが人が決めたものでしかない作法を守らないからと怒るわけがないし、怒るなら他にもっと怒ることがあるはずだ。

 そういえば、あの『禁じられた遊び』の原作では、十字架を取ろうと教会の屋根に上った少年が転落死し、これは神の怒りに触れたのだ、という結末だったけれど、十字架はしょせん偶像だし、戦争の被害者の子供の無邪気な遊びだったのだから、そんなことに神様が怒るわけない、怒るなら戦争する大人にだろう、ということで映画化では結末を変え、あの戦争孤児たちの悲しい場面にしたそうだ。

 つまり、神様が怒っている宗教がいろいろと幅を利かせているということだ。



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by ruhiginoue | 2017-01-06 18:00 | 映画 | Comments(0)
 Twitterで、1月1日生まれの有名人の話をしている人たちと、今からちょうど50年前はたいへんな怪獣ブームだったという話をしている人たちを、見かけた。

 それで思ったのだが、なんで子供に怪獣があんなにウケたかというと怪獣は大人より強いからだろう。政府や大企業の建物がぶっ壊されたり、自衛隊の戦車が踏み潰されて面白いのは、なにも政治的なことではなく、ただ、大人が作ったものが壊されるのは子供にとって痛快だからだう。子供のころは大人の社会から何らかの抑圧を受けているからだ。
 なのに『シンゴジラ』みたいなのが面白いと感じる人は、きっと育ちが違うのだろう。あるいは後に変節したのだろう。

 ところで、国際放映が製作した子供主役のテレビドラマといえば『チャコちゃん・ケンちゃん』だが、この当時、国際放映で演出をしていた山際永三監督は『チャコちゃん』は撮っていたけれど『ケンちゃん』は撮っておらず、それというのもチャコちゃんはやんちゃな女の子だけどケンちゃんは優等生すぎて共感できなかったからだと山際監督は言っていた。
 それで、後に国際放映で『あばれはっちゃく』を撮ったということだが、大人気だったケンちゃんの時期は円谷プロで『帰ってきたウルトラマン』などを撮っていた。

 この『帰ってきたウルトラマン』には、足の不自由な小学生が怪獣の暴れる様子に狂喜し、何もかも壊してしまえと声援を送るエピソードがある。足が不自由なのは傷害ではなく心因性で、社会からひどく疎外されトラウマを受けていた。今でいうPTSDだが、そんな言葉は当時まだなかったので、田口成光の脚本を読んだ山際監督は専門医に訊いて確認したうえで演出したと言う。
 
 そして、この少年を演じたのが『超人バロムワン』『謎の転校生』で知られる高野宏之であった。この、かつての名子役も成人してからは時代劇に髭生やして出たりしているが、彼は1月1日生まれだった。



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by ruhiginoue | 2017-01-01 03:45 | 映画 | Comments(2)
 『帰ってきたウルトラマン』で、主人公が小学生のころ最も仲良しだった同級生と再会する話があり、その回想場面で「花・太陽・雨」という歌が流れる。
 これは、監督の山際永三氏が思いつき、よく組んでいた脚本家の市川森一氏を通じて萩原健一氏に使用承諾を得たそうだ。当時、市川氏が萩原氏と同じマンションの別の階に住んでいたので顔見知りだったから頼めたとのこと。
 この話は、その同級生が新しい生命の研究をしてついに大発明をしたのだが、それは怪獣と化してしまうという筋。
 その同級生は、小学校のころから成績が良かった秀才で、スポーツが得意だった主人公とは個性は違ったが、なぜか小学生の時に気が合った。
 そして偶然再会すると、同級生は危ない研究に没頭していた。父親から、いくら優等生でも生物学なんて金にならないことに夢中になるなんてバカと言われたことが悔しかったから、派手な成果のあるものを追求したのだった。
 
 この話を思い出したのは、「もんじゅはわが子」「失敗していない」という元所長の発言が報じられたからだ。よくSFで怪獣を作ってしまった科学者が言うセリフと同じだから。そして、この『帰ってきたウルトラマン』のような状態なのだろう。
 ついにSFに現実が追いついたか。


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by ruhiginoue | 2016-12-29 12:09 | 映画 | Comments(6)
 今年は歌手の訃報がやけに多いけれど、そこへキャリーフィッシャーの訃報も。
 キャリーフィッシャーは女優として知られているけれども、父がポップス歌手のエディーフィッシャー、母がミュージカル女優のデビーレイノルズだから、親の影響で子供のころから母親と一緒に舞台に立ち唄っていた。日本でいえば松田聖子と神田沙也加のように。

 その後、英国留学して演劇を学ぶと俳優に転じ、とくに『スターウォーズ』のレイア姫役は映画のメガヒットのため有名で、現役で活躍を続けていた母親が「レイア姫のママ」といわれるほどだった。『スターウォーズ』が初めて観た映画という人の世代ではそうだろう。日本で松田聖子のことを小さい子供は「アナ王女のお母さん」と思っているのと同じだ。

 その後、キャリーフィッシャーが出演した映画では『ブルースブラザーズ』や『メイフィールドの怪人』が有名だが、ウディアレンの『ハンナとその姉妹』では歌の得意な役で出ていて、オーディションで歌う場面もあった。
 また、エッセーやシナリオで活躍し文才も発揮するマルチタレントだった。特に自伝では精神を病んだことなどを率直に語ったり、父がエリザベステイラーと不倫したことについて赤裸々に語りベストセラーになっていた。


 私生活では歌手のポールサイモンと夫婦だった時期があり、ユダヤ教の結婚式を挙げたので、ボブディランらと同様に彼もユダヤ系だったかと日本でも知られた。

 ところが、また新作の『スターウォーズ』撮影終了後に心臓発作を起こして入院中のロサンぜルスにある病院で死去し、共演していたマークハミルやハリソンフォードも驚いていると報じられた。

 かつて『スターウォーズ』のスタッフは、日本で吹き替え上映されたのを観て、このほうがレイア姫の声が良いと言っていた。キャリーの声の芝居は良くないと言って。彼女の声は響きに特徴があって、やはり地声からして歌手のものという感じだった。
 日本語吹き替えは色々な女優がやっていたが、多くの人に記憶されているのは三作通して吹き替えていた島本須美だろう。あの当時はクラリスとナウシカでお姫様の声優といえば島本須美だったから。 
 
 余談だが世代の違いといえば、ホームシアター売り場でドルビーサラウンドについて、77年公開の最初の『スターウォーズ』で、その威力が初めて知られるようになったという話をしたら、若い店員が、そのころからだったのかーと言っていた。
 さらに前の世代の話になると、映画を観たことない人でもどこかで聴いたことがあるほど有名だが、これは「レイア姫のママ」デビーレイノルズが歌っている。




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by ruhiginoue | 2016-12-28 20:49 | 映画 | Comments(1)
 クリスマス映画の定番といえば『素晴らしき哉、人生』だが、これは日本での人気はどうなのだろうか。他にも題名を挙げる人の多い映画は色々とあるが、『戦場のメリークリスマス』という人もいて、これは出演しているデビッド ボウイの死去などもあって、また放送されている。
 
 ところで、その監督の大島渚は「徹子の部屋」に出たさい『戦場のメリークリスマス』に話が及び、映画に俳優として出演したのはコメディしか経験のないビートたけし扮する軍曹が最初は不安だったが役にはまったと言った。 
 あれは勝新太郎や緒方拳も候補になっていたが、決まらないでいるうちに時間が無くなり、いわゆる見切り発車のようにしてビートたけし起用となったらしい。そして、風貌は合っているけど喜劇ではないから雰囲気が合うだろうかと疑問だったということのようだ。
 
 この話に黒柳徹子が「あの役は普段のたけしさんと違って悪い人でしたよね。あれ以来よく悪い人の役をやるようになりましたね」と言った。
 すると大島は「ああ、大久保清とかね。そして本当に悪い人になっちゃったね」
 これは週刊誌の取材に文句を言いに行って暴力沙汰となり逮捕されてしまった「フライデー事件」を皮肉っているのだった。

 このビートたけし扮する軍曹が、映画の最後に「メリークリスマス、ミスターローレンス」と照れながら言うと、カンヌ映画祭では観客たちがみんな立ちあがり拍手したそうだ。
 だが、あれは、ついに理解し合えたという意味ではなく、戦争で日本が物質文明だけでなく精神文化でも敗北して英語とキリスト教をモノマネしたのが痛快だったからだという指摘もある。
 しかも、これはヨーロッパの観客が勝手にそう解釈したのではなく、もともとこの映画はそういう描き方をしていて、だから、戦犯として囚われた元軍曹が英国軍の将校に向ける笑顔は、親しみというより卑屈さであり、そうとしか見えないというわけだ。

 これまで『戦メリ』は、もちろん同性愛の映画だとも言われた。最初は原作者と親しいロバート レッドフォードを紹介されたがハリウッド映画と違い過ぎるとして断られ、そして大島渚はテレビのCМに出ているのを見てデビッド ボウイに持ち掛けたら興味をもってもらえたと言うことだった。
 これは時期からすると宝焼酎「純」の宣伝「ロックでわればジンロックジャパン」だろうが、こうした偶然だったとはいえ、原作者の意図とは異なる同性愛の要素を強調するキャスティングになったし、しかも、監督がこだわってきた日韓問題を組み入れるため原作には無い朝鮮人軍属の話を脚色しているものの、それは同性愛行為で処刑されるという役であった。

 しかし、テーマの中心は戦争であり、戦争の原因を異文化への無理解による衝突とし、和解を模索する話だという解釈が日本では一般的であるが、実は日本が西欧に完敗して当然という話であり、そもそも大島渚は新左翼を自認してきたが、そんな日本の左翼に多い西洋崇拝者に彼も漏れず、特にフランス好きを自称し、そのうえ日本は嫌いだとテレビで明言したことがある。
 なら、『戦場のメリークリスマス』は「反日映画」ということになる。さて、どんなもんだろうか。



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by ruhiginoue | 2016-12-25 22:23 | 映画 | Comments(1)
 今日は、長い間に渡り忘れられたようになっていた映画が、福島第一原発事故の後にDVDになったという話。
 この『悪魔が最後にやって来る』は『オーメン』を意識した内容で、製作と監督が『エクソシスト』を意識した『夢魔』と同じである。だから同じ人たちがホラー映画の二大ヒット作のエピゴーネンとかパチモンを作ったと言われたものだった。

 ところが、『夢魔』は『エクソシスト』の真似であったが、『悪魔が最後にやって来る』は『オーメン』の真似ではなく続編に使えるネタを先取りしたような内容で、続編『オーメン2』より先に製作された。

 そのうえ、悪魔の化身の壁画を女性ジャーナリストが主人公に教えるとか、悪魔の分身の謎を解いた者が電話で主人公に知らせようとしたが機械の誤作動で室内に閉じ込められたうえ逃げようとして密室内で機械に胴体を挟まれて死ぬとか、『オーメン2』と共通するものがあり、本家の方が影響されたのではないかと思えるほどだ。

 さらに、悪魔の申し子が成長してイケメンの経営者になって権力にも接近し、世界を破滅に導く陰謀をその事業の中で実行しようとするところなど、『悪魔が最後にやって来る』が先にやってしまったため、第三作『オーメン最後の闘争』でダミアンはやることがなくなってしまい、大きなことをせず暗殺ばかりしているかのようだ。

 その大きな陰謀というのが、黙示録の怪物といわれる七つの頭を持った悪魔の獣を思わせる七基から成る巨大原子炉の建設であった。黙示録の怪物が火を吐いて世界を炎上させるように、七基の原子炉は爆発したら連鎖反応で地球を焼き尽くす。
 最初、建設会社を経営している主人公は、エネルギー危機に対応するためと言って乗り気だったが、跡取り息子の推進する計画がまるで黙示録であると神父などから警告され、息子は本当に自分の子供なのかと疑い、計画をやめさせようとする。

 しかし、計画に疑問を抱いたり反対したりする者たちは次々と不可解な惨死を遂げる。主人公は、反核団体や環境保護団体が叫ぶ建設反対のシプレヒコールを、最初はウザいと思っていたが、次第に不安になってくる。

 こちらのほうが『オーメン』の完結よりはるかに面白い。もちろん、製作したのがマカロニウエスタンのイタリアだから、やはりエピゴーネンとかパチモンとかの映画ではある。
 そんなものに、よくカーク ダグラスが出演したものだと言われたが、彼はこの当時『フューリー』というオカルトがかったスパイアクションにも出演していた。
 そして、息子のマイケル ダグラスは『チャイナシンドローム』で真面目な原発を告発していたが、もっと大スターの父カーク ダグラスがオカルトで原発批判していたというのも面白い。

 また、イタリア映画音楽の巨匠エンニオ モリコーネの音楽も素晴らしい職人技である。『エクソシスト2』とともに、彼のホラースコアの傑作だ。




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by ruhiginoue | 2016-12-01 19:00 | 映画 | Comments(0)
 漫画家の江川達也が、ヒットしている映画『君の名は。』を、受けるのは解るがプロから見ると軽くて面白くないとテレビで発言したことにより誤解されている。
 この発言のため、最近はヒット作が無いくせにと非難する人たちがいて、それとともに江川氏が最近ではタレントの真似ばかりしていて本業の漫画が劣化しているという指摘もされた。

 たしかに江川氏は『タモリ倶楽部』などテレビ出演してコメントでウケをとっているが、その一方では、漫画の連載が好評でも中途半端でやめてしまったことが何度かあり、また、見るからに絵が手抜きっぽくなっているとして評判がよくない。
 このため、晩年の赤塚不二夫のようになっているのではないかと疑われているわけだ。

 そして、かつて江川氏は自作の漫画が実写とアニメの両方で映画化テレビ化してヒットしていたのに、最近ではそれがなく、それでいてヒット作にケチをつけているから、自分でヒット作ができないくせにと言われたり、その作品を知らない人からは、テレビでコメントしている江川氏とは何のプロなのかと皮肉ではなく本気で言われたりするわけだ。

 しかし、それは関係がないことだ。あくまで江川氏は、『君の名は。』がヒットしていることに理解はできるが、それはウケるように考えて作られているからで、そのことが自分のように漫画と映画に関わってきた経験のある者なら判るとしたうえで、そんな「プロ」の立場としては、ウケ狙いばかりしている志の低さに好感を持てないし、その軽さゆえ儲かっていることが面白くないと言ってるのだから。

 もちろん、商業作品なのだから利益を出さなければいけない。特に費用が莫大になる映画では、その責任が重いと言える。だからといって、ウケることばかりでは、作家など無用である。それでウディ アレン監督主演の映画にも、失明した監督が映画を撮ってしまう話があって、これはウケるパターンが決まり切っているハリウッド映画に対する皮肉であった。
 
 そして、アニメ界の大ベテランで大御所の杉井ギサブロー監督が「映画はエンターテイメントなのだからヒットしないと意味がない。しかし、ヒットしそうにないものをヒットさせたいよね」という言葉が示すように、いくらウケる方法には熟知していても、それだけではクリエーターとして足りないということだ。

 そういう意味で江川氏が発言したことは明らかである。舌足らずではあったかもしれないが、彼が本業においてはいかがなものかという状態であることとは関係がなく、クリエーターとしては普遍的な問題なのである。





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by ruhiginoue | 2016-10-14 20:55 | 映画 | Comments(8)
 庵野秀明が大ファンだという岡本喜八監督が倉本聰の脚本で映画化した七十年代の映画『ブルークリスマス』は、SFのようだがポリティカルサスペンスのようでもあり実質は怪奇物で、出演する俳優は豪華だが、おどろおどろしい雰囲気と後味の悪さが際立っていた。
 個人的には、小さいころにテレビで予告編を見たが、不気味な感じで映画館に行けず、かなり後からビデオで観て、そのきもちわるさに子供の頃に観なくてよかったと思ったものだ。

 この話は、世界各地で空飛ぶ円盤のようなものを目撃したという証言が相次ぎ、その光を浴びた人は血液中にあるのが鉄ではなく軟体動物のように銅に変化して青い血になってしまうというもの。日本でも、光る飛行物体を追跡した航空自衛隊機の操縦士をはじめかなりの人たちが青い血になっていた。庵野秀明のアニメ『ヱヴァ』に血液型は青という意味の表示が出るのは明らかにこの映画へのオマージュだ。
 
 ただし、血の色の他には何も問題はない。それでも変化した人たちを予防的に排除しておいたほうが良いのではないかという意見が、世界中の権力の中枢で主流になり、その準備が着々と密かに進行してゆく。
 その一貫として、日本政府は国民全員に一斉血液検査を実施すると発表する。表向きは健康のためだが、恐ろしい伝染病の流行など何か背景にあるのではないかと疑う人も当然いるし、ファッショ的な気配を感じた学生たちは検査反対のデモ行進をする。

 しかし、クリスマスの日ついに世界各国で大虐殺が始まる。日本でも自衛隊が出動し、青い血の人たちを皆殺しにしはじめる。劇中では国防隊と言っていて、さすがにフィクションでも無抵抗の自国民を虐殺する場面で自衛隊という呼称はできなかったのだろう。

 最後に、恋人まで射殺しなければいけなくなった隊員が、その直後に発狂したようになったため同僚に射殺され、雪の積もった白い地面に赤と青の血が流れる。この場面が予告編になっていたので、きもちわるくて映画館に行く気がしなくなった。後で知ったが映画館の客の入りは悪かったそうだ。

 この映画を思い出したのは、庵野秀明が総監督という『シン ゴジラ』という映画のためではなく、麻疹騒動のためである。どうして今さら騒ぐのか。もともと予防は不要だった。なんで予防接種を強制するのか。ワクチンが効かないのはどうしたことか。決められた通りに接種していても発病した人がいるのはなぜか。にも拘わらずきちんと接種しない人が悪いというのは奇妙だ。ほんとうは他の事情があるのではないか。などなど、ここで鳴り響く狂騒曲が物語の構図と酷似している。

 もちろん、物語の設定はあくまで架空の超常現象だから、それと麻疹はぜんぜん違う。そこで起きた騒動の不可解さと気味の悪さが似ているということだ。




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by ruhiginoue | 2016-09-10 11:37 | 映画 | Comments(0)
 昨日、地震があった。ところが地震速報をラジオでやらなかった。結構大きかったのに。これが大雨だと土砂崩れに警戒という話をFM放送で音楽を中断して繰り返すのだが。津波の心配がなければやらないということだろうか。

 それで連想したのだが、漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で、主人公が作った将棋のゲームソフトを将棋の得意な上司がやってみて「こんなの楽勝だ。所詮は両津のプログラムだ」と笑って言っていたら、王手をかけようとすると急に「地震だ」の文字が出てきて画面が揺れ駒がめちゃくちゃになるから「汚ねえなあ。やっぱり両津のプログラムだ」と呆れる話があって、可笑しかったことを思い出した。

 その『こち亀』も、連載40年単行本200巻で完結すると話題である。赤塚不二夫に代表されるようにギャグ漫画は極端にデフォルメされたり動物が喋ったりと非現実的だったが、もともとシリアスな『光る風』を描いていた山上たつひこが『がきデカ』で普通の漫画の中にギャグを展開し、そのファンだった秋本治が山止たつひこの筆名で『こち亀』を描いて、この筆名は次の作品からはやめようと考えていたのだが思いがけない両さん人気でロングランし、そのため山上たつひこから苦情を言われて連載100記念で本名にしたという経緯だったらしい。

 まだ本名で描く前のころ、両津の後輩の中川の実家が並外れた大金持ちで、大邸宅の中に私設軍隊やジェット戦闘機まであるのを両津が目の当たりにして驚く挿話があり、これを小さいころに読んで可笑しかったのだが、そのあと高橋留美子の大ファンの同級生に借りて『うる星やつら』を読み、主人公のライバルの面堂終太郎の家の非現実的超大金持ちは明らかに影響を受けているなと思ったものだ。

 あと、アニメと香取慎吾の映画は語られても、せんだみつお版は忘れられているようだ。初主演映画だったが作者が気に入らなったからビデオにならないのではないかと、せんだみつおは言っていたそうだ。この映画には所ジョージ作詞作曲の主題歌があり、このレコードを持っている人が同級生にいたから知ってる。
 「♪亀有公園前派出所、異常なし。華の東京、探し物が見つからない・・・」「♪ただいま本官は、け、け、けっけっけっけっけっ競馬の真っ最中である・・・」「♪だから、ほっとけ、ほっとけ、ほっとけ、ほっとけ、かっかっか、か、か、か、管轄違いである」
 というもので。曲の調子がいかにも所ジョージで、ジャケットはせんだみつおが警官の制服姿で敬礼している写真であった。その同級生には、まだレコードをもっていたらYOUTUBEに投稿して欲しい。


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by ruhiginoue | 2016-09-08 08:38 | 映画 | Comments(3)
 石破茂元防衛大臣は『シン・ゴジラ』を観て、ゴジラ出現が天変地異であり自衛隊が防衛出動する対象ではないので納得できないとブログに書いていた。
 また、ある現役の自衛官は、ゴジラが生物であるなら、動物園から逃げた猛獣とか山から人里に降りて来た野生動物と同じように、まず猟友会に打診し、それで対処不能という場合に警察さらに自衛隊という順番のはずだと指摘する。

 しかし、もしもゴジラのようなものが出ても、生物かどうか判らないはずだ。『ゴジラ』の一作目と同じ監督らによるSF映画『地球防衛軍』では、モゲラに警官が発砲し拳銃で駄目だと言う話になって、その後モゲラが自衛隊と交戦した後にロボットだったと判明する。
 このように、初期の映画では怪獣などに先入観が無い。後に映画がシリーズ化されたり連続テレビドラマになったりで量産されると、怪獣などが出て当たり前という世界へと変わり、だから出るなり怪獣だと認識する。そうでなければ認識できないはずだ。

 また、ゴジラが生物だとしても普通は存在しないものだから人工的と考え生物兵器と解釈もできる。これはSFのネタとして昔から多く、平成ガメラもそういう設定にしていた。そうなると自衛隊が防衛出動ということも簡単だ。

 逆に、気象兵器や地震兵器など人工の天変地異がSFには昔からあるわけで、『地球防衛軍』では宇宙人が人工的に地割れや水害を起こしすし、同じスタッフの『海底軍艦』では地震兵器攻撃で自衛隊が壊滅する。気象兵器はゴジラも撮ったエメリッヒ監督の『スペースノア』の題材だった。ハリウッド進出する前にドイツで撮ったSF映画だったから、石油目的で戦争するアメリカの陰謀として描かれていた。

 こういうことだから、SFのネタであることも考慮したら分類ができないし、もしも現実の中にSFネタのようなことが出現したら何なのか判らない。つまり『シン・ゴジラ』は土台無理な話なのだ。前にも述べたとおり、あれは俳優が顔を出しているだけでそれ以外はすべてアニメなのだ。


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by ruhiginoue | 2016-08-22 21:12 | 映画 | Comments(0)