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by ruhiginoue

カテゴリ:映画( 189 )

 雑誌界の名(迷)編集長の花田紀凱さんが、『シン・ゴジラ』の感想を述べている。
 花田さんは小さいころに第一作『ゴジラ』(1954)と続編の『ゴジラの逆襲』(1955)リアルタイムで観て気に入っていたそうだ。そして『シン・ゴジラ』は気に入らないと言う。
 
 >これではゴジラがあまりにもかわいそうだ。
 >最新兵器を駆使して、寄ってたかってゴジラを殺すだけの映画ではないか。

 それを言ったら、『空の大怪獣ラドン』(1956)なんか最後はラドンがあまりにもかわいそうでしょうがないんだけどね。

>ゴジラに何のドラマもない、と言ったら、いや、あれは大災害を表徴しているのだ。庵野秀明監督は東北大震災や原発事故を頭において、その時、政治がどう動くか、政府がどう対処するかを克明に、かつリアルに描いている傑作だと反論されてしまった。ゴジラという国難を乗り越えた人々の映画だと。
>それなら、相手は何もゴジラでなくたっていいではないか。台風でも大地震でもいい、その時の政治、その時の政府の対応ぶりを描けばいいのだ。
 
 このように、花田さんは国家の危機に対応する政府と政治の話を作るなら怪獣じゃなく自然災害だっていいじゃないかと言うけど、そんな映画を誰が入場料払って観たいもんか。
 そういう映画を作ったとしても、商業主義の要請から途中で突然地面の下から怪獣が出て暴れ出すんですよ『妖星ゴラス』(1962)みたいに。

 それにしても、この談話と一緒にヤフーのサイトに掲載されている写真を見ると花田編集長も歳食ったね。
 昔、文芸春秋社に入社した当時はたいそうなイケメンで、女性社員からモテモテで、他の部署の女性社員たちが仕事中に覗きに来るほどだったんだけどね。


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by ruhiginoue | 2016-08-16 21:37 | 映画 | Comments(4)

鳥越俊太郎とゴジラ映画

 鳥越俊太郎が、惨敗の都知事選を振り返り、インタビューで「ペンの力って今、ダメじゃん。だから選挙で訴えた」と述べたことに対しかなり厳しい反応が見られる。
 「今」が「ダメ」と言っているだけだと擁護する者もいる。「今、ダメ」で昔はどうだったか。鳥越俊太郎が編集長の週刊誌が総理大臣のセックススキャンダルを暴露し、アメリカの有力紙も追いかけ、これに対し自民党御用評論家の三宅久之らが必死で擁護したが自民党は選挙で敗れ総理大臣は直後に辞任ということもあった。これは今は昔の話。

 しかし、そもそも「ペン」とは言論のこと。だからマスメディアであろうと選挙演説だろうと同じだ。つまりペンがダメだから選挙で訴えると言うのは間違い。新聞やテレビがダメだから選挙で、と言うべきだ。なのに、なんでこんなおかしな表現をするんだろうか。

 これだから、言論とか報道は無力なので選挙に出たという意味になってしまい、特に同業者から批判されたのだ。
 
 「ぼくはもうこの件を書くのやめます」 
 「じゃあ、お前さんの負けだ」
 「新聞はあくまで報道で、命令権も裁く権利もないんですよ」
 「お前、何年記者やっているんだ。新聞は大衆の味方だ。権力者に成り上がってどうする」
 「あいつらはいくら書いても平気で、逆に宣伝になって良いとまで言うんです」
 「お前のペンに力がこもっていないからだ」

 『モスラ対ゴジラ』(1964)で宝田明ふんする記者が上司に怒られる場面。
 鳥越俊太郎はこの怪獣映画の宝田明の記者よりもデスクよりもはるかに年上なのだが。

 それにしても、この映画で関沢新一の脚本は、簡潔ながら真を突いたセリフとかダイアローグが多いと評価されている。脚本家であると同時に作詞家で、演歌とか銭形平次の主題歌でも有名だ。
 それに比べて今のゴジラでは喋ってばっかりだが、それはまあいいか。


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by ruhiginoue | 2016-08-13 10:54 | 映画 | Comments(0)
 伊福部昭の存命中、世田谷区尾山台にある伊福部邸前を通りかかった。当時は自分も世田谷に住んでいた。玄関先には、駐車違反しないようという訪問者むけの注意書きがあり、庭にゴジラの人形。

 
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 そして共産党製の有事法制反対のポスターが塀に貼ってあった。おそらく目立つ場所だから頼まれたただけだろうが、反感なら断ったはず。それに戦争を知る世代で、その発言もあった。もしも緊急事態条項を主張するプロパガンダムービーだと指摘されている『シン ゴジラ』を観たら、どう思っただろうか。

 一方、反戦映画のようで実は戦争プロパガンダムービーもある。典型的なのは『ビルマの竪琴』だ。最初の映画化では伊福部昭が音楽で、『きけ わだつみのこえ』と『ゴジラ』の祈りと同じモチーフが使用されている。
 これは原作に欠陥があり、再映画化で隊長役の石坂浩二が「東南アジアでは仏教が盛んで僧侶の戒律が厳しく娯楽は一切禁止で歌うことすら不可だから楽器を持っている坊さんが居るわけがない」と指摘していた。そういう考証以前に、戦争で最前線に行ったのに合唱ばかりしている兵隊というのが非現実的で緊迫感がなく、これのどこが反戦映画かと可笑しく感じたものだ。

 記録映画『ゆきゆきて神軍』では、同じく東南アジア戦線の話だが、軍歌の練習と称して空腹なのに歌わせるのは拷問同然だという場面があり、この陰険な上官は戦後に元軍医から「あいつまだ生きていたのか。とっくに殺されていると思っていた」と言われ、それくらい恨まれていた。

 やはり東南アジア戦線の話に、大岡正昇の小説『野火』があり、『ビルマの竪琴』と同じ監督・脚本(市川崑と和田夏十の夫婦)でモノクロ映画化されていたが、これはガッカリの仕上がりで、ずっと後の世代によるカラーのリメイクのほうが良かったと言われる。

 そして『ビルマの竪琴』は同じ監督が同じ脚本を使ってセルフリメイクと言っていたけれど、実は旧作では日本軍が東南アジアの人たちから敵視されていたのに新作では友好的に改変されていた。監督は、ルビーの出てくる場面がモノクロでは色を表現できないのでカラーにしたかったと言っていたが、和田夏十の死後に再映画したら、見事に政治的な改変がされていた。

 これは製作がフジテレビなので、フジサンケイの圧力だろうと公開当時言われていたし、当時はフジサンケイがグループを挙げて応援していた中曽根総理大臣が靖国神社公式参拝を強行していたから、戦没者追悼と兵士水島を重ねる意図ではなかっかのか。
 また、そもそも原作者の竹山道夫はドイツ文学者でゲーテやニーチェの翻訳をしていたが、米軍原子力空母の日本寄港を支持するなど政治的発言をし、『ビルマの竪琴』の作者がなぜと驚いた人もいたが、逆にあんな小説を書いている人だからというべきだった。

 しかし、昔は戦争の悲劇を涙ながらに語りはしても、その原因の追及する発想が乏しく、それでただのメロドラマが反戦映画だということになっていたのだ。


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by ruhiginoue | 2016-08-09 15:09 | 映画 | Comments(0)
 『シン・ゴジラ』はブロパガンダムービーだと言う人たちがよくいて、確かに内容は完全にそうなっている。ただし、作者が狙ったのは『インディペンデンスデイ』や『バトルフィールドアース』のような「バカルトムービー」の路線のSFで、そのため悪名高い政治家たちと広告代理店の協力を受けたうえ、その見返りとして作劇で媚び字幕でも名を出し、「サービス、サービス」ということではないか。
 
 かつて核戦争プロパガンダとして作られ、これを製作元も認めていて、東映の労働組合がボイコットし外注され反対運動も起きた『FUTURWAR198X年』の物議にさいし安彦良和は、アニメのリアリズムは嘘の塊であるアニメをもっともらしく見せる道具に過ぎず現実を描くのにアニメは不向きと指摘したが、庵野秀明もアニメ作家だから虚構をもっともらしくする意図だったのだろう。

 しかしゴジラはアニメじゃない。それに、自分が子供の頃に面白かったものを今やるなら、今の子供が面白いように脚色するべきで、それを大人が面白がるようになんて発想は精神的に成長していない人のやることだと思う。
 しかし、結果は興行として好調らしいから、それはそれで良い。儲かることがまず大事なのだから。
 
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by ruhiginoue | 2016-08-06 17:53 | 映画 | Comments(0)
 トルコでクーデター支援勢力の摘発が始まっているらしいが、日本の二二六事件でも参加した者だけでなく煽ったとされた者まで処刑された。その代表格の北一輝は、映画『けんかえれじい』だと眼光鋭く怖そうな人だったのに、『戒厳令』で三國連太郎が扮した姿は情け無い人となっていた。本当の人物はどうだったのだろうか。

 歴史上のではなく架空のクーデターが描かれた映画で最高傑作といわれるのは、英国とカナダの合作『パワープレイ』で、ファッショ的な政府に市民が迫害されていることに憤った軍人が政治学者の助言を受けながら反乱を起こし成功するが、協力を受けていた戦車部隊長に裏切られ、権力志向の隊長が独裁者となってしまう。この隊長をピーター オトールが怪演してた。
 日本での興行は不入りで、すぐに打ち切られてしまい、代わりに『2001年宇宙の旅』リバイバルして穴埋めしていた。当時『2001』は打ち切り映画のピンチヒッターと言われていた。この前年にブルースリーの『死亡遊戯』が公開されていたが、このように『権力の遊戯』とでも邦訳すればよかったのではないか。『パワープレイ』だとスポーツみたいだ。後にテレビで放送されてから評価が高まった。DVD鑑賞お奨めである。

 和製の代表作『皇帝のいない八月』は、渡瀬恒彦が叛乱を起こす役を面白がり熱演したため、対峙する市民の代表役の山本圭が押され気味だったと、叔父である山本薩夫監督は著書で悔いていた。
 しかし当時の荒船官房長官が見て「こんな狂った自衛官がいるか」と怒っていた。いたらヤバイという話だが、ここでも三国連太郎が上官役で出ていて、その娘にふんする吉永小百合がらみで最後はポリティカルサスペンスなのにメロドラマになっている。ここが松竹らしいかも。

 映画ではないが、半村良の小説『軍靴の響き』は、政情不安の国に向かう石油船団の護衛に自衛艦が出動し、そこから既成事実が積み上げられてゆく。時代を先取りした内容だった。かわぐちかいじがマンガにし、そこからさらに大ヒットした『沈黙の艦隊』が発想される。
 『軍靴の響き』では、革新首長が水害で出動要請したところへ自衛隊の極右分子が付け込むのだが、水害を描いた往年の人気ドラマ『岸辺のアルバム』のモデルである東京都狛江市の多摩川の場合どうするか、当時の矢野市長に訊いたことがあり、それでも制度がそうなっている以上、首長として出動要請は決意していると言った。
 ただ、結論はどうであれ、こうして市民と直接対話するところが良い市長だった。無所属の市長だが昔は共産党の市議会議員だった、けれど無党派にも保守派にも支持されて長期政権になったのは、このような人だったらで、その後継者を共産党が出しても器でなかった。この人材難が共産党の最大の問題だろう。

 そんな話を前から知っている共産党のもと狛江市議と先日話した。かつて狛江市に住んでいたけれど、その後、荷物をまとめて出て行った様子を近所の人が見ていたそうで、その話を元市議は聞いて、引っ越しを知ったということだった。近所の人としては挨拶もしないでと言いたかったのだろう。引っ越して来たときは挨拶するが、引っ越して行くときもするものだろうか。世話になったならともかく、そういうことが何もなかったのだが。


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by ruhiginoue | 2016-07-21 20:48 | 映画 | Comments(4)
 イランの名監督アッバス キアロスタミが死去したとのこと。『ともだちのうちはどこ』や『黄桃の味』が印象的であった。

 その前にも有名な映画監督の訃報があった。ベトナム戦争の傷痕を見事に描いた「アメリカ人の自己憐憫映画」でアカデミー賞のマイケル チミノ。

 良かったのは音楽だけとも言われる映画『ディアハンター』で、最初ジョンウイリアムズとは『スターウォーズ』の作曲家だと勘違いして「ギターひくのか」と言われたが、アメリカの作曲家ではなくオーストラリアのギタリストで、反核運動にも熱心だった。

 そのマイケル チミノ監督『ディアハンター』はアカデミー賞作品だからと少年時代に池袋の映画館で観たが、一緒の同級生は長ったらしくて寝てしまったから内容を覚えていないと言っていた。たしかに三時間もの長尺にしては中身は薄かった。
 そして、居眠りはしなったが、ベトナムが悪者でアメリカは被害者となっていたから呆れてしまった。後に本多勝一や淀川長治が同じ指摘をし、アメリカでも批判があり、スタンリー キューブリックもロシアンルーレットなんてと言ったので安堵したものだ。

 ところが、朝日新聞の記者がツイートで訃報に対して好きな監督だと述べていたから、やはり朝日も堕ちたものだとさらに確信した。
 だいたい、『ディアハンター』は、アメリカ軍がやっていた住民虐殺をそこにいるわけがない北ベトナム兵がやっていて、それをアメリカ兵が退治する場面があるなどしているからアメリカでも批判があったし、朝日新聞の本多勝一編集委員も指摘していた。これは『殺す側の論理』(朝日文庫)に収録されている。
 また 淀川長治も、ベトナム人ばかり悪く描いているなどからその年のベストテンに入れなかったと述べていた。

 そしてマイケル チミノは『ディアハンター』の成功のあと『天国の門』で大失敗し、再起不能かと思われたが『イヤー オブ ザ ドラゴン』で起死回生となった。ミッキー ロークとジョン ローンはカッコよかったけど、それくらいの映画だった。
 このときマイケル チミノはオリバー ストーンに『プラトーン』に協力するとの条件で脚本執筆を依頼しておいて約束を破ったからストーンは怒っていた。危険のある場所に取材に行かないと書けない内容だったからだ。
 
 ということで、マイケル チミノには良い記憶がないのだった。

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by ruhiginoue | 2016-07-05 16:20 | 映画 | Comments(0)
 小林節・慶応大名誉教授が代表を務める政治団体「国民怒りの声」が、俳優の宝田明らを比例代表候補として擁立すると発表した。
 なぜ小林教授が選挙に出るというのか。色々な推測がされているけれど、それは別にして一般的に、発言が注目されているだけでは満足できず「お山の大将」になりたがる人が多いことは確かだ。

 ここで賛同している有名人たちは、声明を発表するのに好都合だから乗っかったのであって、新しい政党を作って選挙で投票しようとする対象とは違うだろう。

 やはり、今の時勢のため発言を広めたがっている人は多いようだ。例えば保阪正康は毎日新聞のインタビュー「 特攻70年:『特攻は日本の恥部、美化は怖い』と指摘していたが。もともと保坂正康はヒステリックな保守主義者だったはずだ。リベラル派を目の敵にしていた。それが小林節と同様に昨今の風潮を批判している。これは百田尚樹とか日本会議が大きな顔してるからだろう。無理もないことだ。

 また、宝田明は、芸能人として八方美人をしてきたが、それで良いのかと自問自答するようになり、実は戦争でかなり悲惨な体験をしていて、そこからの想いを語るべきだと決意したと言う。ところがNHKでは発言を遮られた。これはかなり話題になった。
 これだから危機感を抱く人が多くて当然ということだ。

 ところで、マスコミでは「映画『ゴジラ』などへの出演で知られる俳優の宝田明さん」と、よく紹介されている。しかし、彼は三本目の映画出演となる『ゴジラ』一作目から同シリーズとその他の東宝特撮映画にたびたび出演しているが、それらの出演「も」あったというのが一般的な認識だったはずだ。
 ところが『ゴジラ』は知名度が高いので今では代表作のように言われていて、一方やはり東宝が得意としていた会社員物は忘れられているということだろうか。もともと、地方むけの東映が時代劇や任侠物が得意分野だったのに対し、東宝は都会的というべき作風だったから、サラリーマン物は東宝にとって文芸物と特撮物とともに得意分野だった。
 そこでは宝田明ふんする主人公の会社員が仕事に社内恋愛にとハッスルしていて、ライバルのエリート社員はもちろん平田昭彦。平田昭彦は東大を出て東京貿易(後の三菱商事)に就職するが、兄が映画監督であるため影響され俳優に転じる。そして二枚目であると同時に知的な雰囲気だったので、サラリーマン物ではエリートの役、SFでは科学者の役ということだった。

 それはともかく、選挙で話題づくりして無関心層を喚起するなら結構なことではある。ただし野党票を奪わなければ。

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by ruhiginoue | 2016-06-13 19:22 | 映画 | Comments(0)
 英国の名匠ケン ローチ監督がまた受賞したが、これも社会問題を見据えた作品であった。
 かつて彼は日本で受賞したさい、賞の主催者にフジサンケイグループがいることを知ると、社会派を自認する彼は不快そうにしていたが、拒絶するのではなく受賞したうえその賞金をそっくり日本の労働運動に寄付するという粋なことをした。

 ケン ローチ監督を最初に知ったのは『ケス』だった。この映画を最初に観たのはテレビで『少年と鷹』という題名で放送された時で、主人公の少年と鷹ではなく隼の話であるからこの題名は変だ。
 しかも同年にアメリカで製作された『少年と鷹』がある。こちらは原題が山腹の片側というような意味で、明るい冒険物語ふう家族むけ学校の上映会むけという内容だった。

 そして、子供のころにアメリカ映画の『少年と鷹』をテレビで観て面白かったから、また放送されると思って観たら別の映画で、しかも英国の曇って湿った風景の中、切ない話が展開されるから驚いてしまった。

 この邦題については、すでに色々と言っている人がいる。アメリカ映画とイギリス映画で全然違うものに同じ邦題が付いていて紛らわしいものとしては『フランケンシュタインの逆襲』などがあるけれど、この英国映画の『ケス』はアメリカ映画との違いが衝撃的だった。
 そして、『ケス』がケン ローチ監督の作品であることを知ったのは、ずいぶんと後になって、誰が監督かを意識て映画を観るようになってからだった。

 ということで、また同監督の作品を観たくなった。


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by ruhiginoue | 2016-05-30 17:31 | 映画 | Comments(0)
 沖縄でまた米軍がらみの事件があって、オバマ大統領の訪日などが控えている時期に最悪のタイミングだと言われているが、そういう問題ではないという批判もある。当然だ。

 貧困のため軍隊に入り除隊後はベトナム戦争体験を語っていた元米兵のアレン ネルソン氏が講演で述べていた。
 米兵の暴力事件が起きると、関係者らはいちおう遺憾の意を表明するが、軍の指揮官は喜んでいる。訓練の成果があったということだからだ。訓練とは武器の使用方法だけではなく、精神を作り変えることでもある。

 スタンリー キューブリック監督の映画『フルメタルジャケット』で、海兵隊の新兵をしごきまくり虐めた部下に射殺される教官役は、自分の実体験に基づいて演じていて、軍隊時代のことで今も悪夢にうなされると言っていた。
 この映画の日本公開で最初は戸田奈津子が字幕を担当したが、それを逆直訳して読んだ監督がダメだと言った。戸田奈津子の字幕は会話がはずむ一方で、戦争映画になると軍事に疎いらしく誤訳をすることがあるけれど、これはそういうことではなく、兵士を鍛えるさい卑猥な女性蔑視の言葉で罵倒するセリフが柔らかすぎるということだった。それで男性の翻訳家に交代した。
 実際に、海兵隊ではこの映画と同じように、人間性を貶めて人命をなんとも思わないようにさせる。そこで女性蔑視や母親を侮辱する言葉を執拗に浴びせる。

 こうして、戦場で躊躇わないよう「一人前」に訓練された兵士だから、暴力や殺人の事件を起こす者もいるだろう。沖縄以外でも、米兵が主婦を殴り殺した事件の犯人は、最初は金を取ろうとしただけだったが、殴ることが面白くなってしまったと供述。執拗に連打された女性の顔は原型をとどめていなかった。

 ところが、今度の沖縄で女性が殺害された事件の犯人は、軍属で現役兵士ではなかったと言い訳めいたことが言われている。
 しかし平成元年の89年に、東京都練馬区の交番にいた警官二人が元陸上自衛隊員と格闘して発砲までしたがアーミーナイフで殺害されたランボーみたいな事件では、犯人が元自衛官だったので、自衛隊が警察に遺憾の意を表明した。

 ところがアメリカが相手だと、なんとかして無関係ということにしたいのだろう。しかし、かえって空々しい。


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by ruhiginoue | 2016-05-28 18:01 | 映画 | Comments(10)
 先日、アメリカの俳優マイケル ダグラスが日本の原爆禍に言及したそうだが、彼の父親カーク ダグラスは盟友のバート ランカスターとともにアクションスターであると同時に反骨の人であった。
 その影響を受けているので、例えば原発を告発した『チャイナシンドローム』の製作に加わり出演していた。

 マイケル ダグラスの主演作に『ブラックレイン』がある。これはSFみたいな刑事ドラマだった。監督はリドリー スコットで、その前にSFの刑事ドラマ『ブレードランナー』を撮っていた。音楽はシンセサイザーのヴァンゲリスで、悪役に扮したルトガー ハウアーが印象的だった。
 ルトガー ハウアーはその前に『ナイトーホークス』でテロリストに扮し、シルベスター スタローン扮する主役の刑事を食ってしまったと言われた。音楽はキース エマーソンで、これもSFみたいな刑事ドラマと言われた。

 SFみたいな感じがするのは、ヨーロッパからアメリカに潜入したテロリストは手術で顔を変えて執刀医師を殺害しているため人相が不明という設定のためだ。日本でも逃亡犯が手術で顔を変えていたという事件があり、この映画を連想させるということは拙書『華麗なる美容外科の恐怖』でも写真入りで言及したとおり。

 『ブラックレイン』は、アメリカで殺人事件を起こした日本人ヤクザを追う警官の話で、大阪を舞台にマイケル ダグラス扮する刑事が高倉健の扮する日本の警官から協力を受けて捜査をする。そのヤクザに扮する松田優作の凶暴そうな演技が話題となり、名優ロバート デニーロが共演したいと言うなど国際スターへのきっかけとなったが、そこで病に斃れたのだった。

 この映画の題名は井伏鱒二の小説『黒い雨』と同じで、空襲の後に舞い上がった黒煙のため黒い雨が降るという意味だ。ただし原爆ではなく大阪の空襲である。
 この思い出を語る若山富三郎の扮するヤクザの親分が、戦争で破れた日本にアメリカが自由とか個人の尊重などの価値観を押し付けたので、あの松田優作の扮する佐藤のような仁義もなく利己的な日本人が発生したと、まるで今話題の「日本会議」のようなことを言う。

 それに対する回答として、マイケル ダグラス扮するアメリカ人の刑事は、佐藤を追い詰めて射殺することもできたのに、同僚を殺害されて憎いのだが、その気持ちを抑えて生かしたまま逮捕し手錠をかけて日本の警察署に連行すると、法の適正な手続きに則り被告人の基本的人権を尊重して裁判を受ける権利を行使させる。
 これができなかったから、日本は軍国主義に走り戦争で敗北したということだ。

 この意味が理解できなかった観客もいた。主人公が人道的な行動をとっただけなら、わざわざほんの一場面のセリフ一言が題名になるわけがない。この要点を捕らえ損なうとドラマの本質が解らず面白さが半減してしまう。

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by ruhiginoue | 2016-05-17 12:00 | 映画 | Comments(0)