井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

カテゴリ:映画( 201 )

 英国の名匠ケン ローチ監督がまた受賞したが、これも社会問題を見据えた作品であった。
 かつて彼は日本で受賞したさい、賞の主催者にフジサンケイグループがいることを知ると、社会派を自認する彼は不快そうにしていたが、拒絶するのではなく受賞したうえその賞金をそっくり日本の労働運動に寄付するという粋なことをした。

 ケン ローチ監督を最初に知ったのは『ケス』だった。この映画を最初に観たのはテレビで『少年と鷹』という題名で放送された時で、主人公の少年と鷹ではなく隼の話であるからこの題名は変だ。
 しかも同年にアメリカで製作された『少年と鷹』がある。こちらは原題が山腹の片側というような意味で、明るい冒険物語ふう家族むけ学校の上映会むけという内容だった。

 そして、子供のころにアメリカ映画の『少年と鷹』をテレビで観て面白かったから、また放送されると思って観たら別の映画で、しかも英国の曇って湿った風景の中、切ない話が展開されるから驚いてしまった。

 この邦題については、すでに色々と言っている人がいる。アメリカ映画とイギリス映画で全然違うものに同じ邦題が付いていて紛らわしいものとしては『フランケンシュタインの逆襲』などがあるけれど、この英国映画の『ケス』はアメリカ映画との違いが衝撃的だった。
 そして、『ケス』がケン ローチ監督の作品であることを知ったのは、ずいぶんと後になって、誰が監督かを意識て映画を観るようになってからだった。

 ということで、また同監督の作品を観たくなった。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-05-30 17:31 | 映画 | Comments(0)
 沖縄でまた米軍がらみの事件があって、オバマ大統領の訪日などが控えている時期に最悪のタイミングだと言われているが、そういう問題ではないという批判もある。当然だ。

 貧困のため軍隊に入り除隊後はベトナム戦争体験を語っていた元米兵のアレン ネルソン氏が講演で述べていた。
 米兵の暴力事件が起きると、関係者らはいちおう遺憾の意を表明するが、軍の指揮官は喜んでいる。訓練の成果があったということだからだ。訓練とは武器の使用方法だけではなく、精神を作り変えることでもある。

 スタンリー キューブリック監督の映画『フルメタルジャケット』で、海兵隊の新兵をしごきまくり虐めた部下に射殺される教官役は、自分の実体験に基づいて演じていて、軍隊時代のことで今も悪夢にうなされると言っていた。
 この映画の日本公開で最初は戸田奈津子が字幕を担当したが、それを逆直訳して読んだ監督がダメだと言った。戸田奈津子の字幕は会話がはずむ一方で、戦争映画になると軍事に疎いらしく誤訳をすることがあるけれど、これはそういうことではなく、兵士を鍛えるさい卑猥な女性蔑視の言葉で罵倒するセリフが柔らかすぎるということだった。それで男性の翻訳家に交代した。
 実際に、海兵隊ではこの映画と同じように、人間性を貶めて人命をなんとも思わないようにさせる。そこで女性蔑視や母親を侮辱する言葉を執拗に浴びせる。

 こうして、戦場で躊躇わないよう「一人前」に訓練された兵士だから、暴力や殺人の事件を起こす者もいるだろう。沖縄以外でも、米兵が主婦を殴り殺した事件の犯人は、最初は金を取ろうとしただけだったが、殴ることが面白くなってしまったと供述。執拗に連打された女性の顔は原型をとどめていなかった。

 ところが、今度の沖縄で女性が殺害された事件の犯人は、軍属で現役兵士ではなかったと言い訳めいたことが言われている。
 しかし平成元年の89年に、東京都練馬区の交番にいた警官二人が元陸上自衛隊員と格闘して発砲までしたがアーミーナイフで殺害されたランボーみたいな事件では、犯人が元自衛官だったので、自衛隊が警察に遺憾の意を表明した。

 ところがアメリカが相手だと、なんとかして無関係ということにしたいのだろう。しかし、かえって空々しい。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-05-28 18:01 | 映画 | Comments(10)
 先日、アメリカの俳優マイケル ダグラスが日本の原爆禍に言及したそうだが、彼の父親カーク ダグラスは盟友のバート ランカスターとともにアクションスターであると同時に反骨の人であった。
 その影響を受けているので、例えば原発を告発した『チャイナシンドローム』の製作に加わり出演していた。

 マイケル ダグラスの主演作に『ブラックレイン』がある。これはSFみたいな刑事ドラマだった。監督はリドリー スコットで、その前にSFの刑事ドラマ『ブレードランナー』を撮っていた。音楽はシンセサイザーのヴァンゲリスで、悪役に扮したルトガー ハウアーが印象的だった。
 ルトガー ハウアーはその前に『ナイトーホークス』でテロリストに扮し、シルベスター スタローン扮する主役の刑事を食ってしまったと言われた。音楽はキース エマーソンで、これもSFみたいな刑事ドラマと言われた。

 SFみたいな感じがするのは、ヨーロッパからアメリカに潜入したテロリストは手術で顔を変えて執刀医師を殺害しているため人相が不明という設定のためだ。日本でも逃亡犯が手術で顔を変えていたという事件があり、この映画を連想させるということは拙書『華麗なる美容外科の恐怖』でも写真入りで言及したとおり。

 『ブラックレイン』は、アメリカで殺人事件を起こした日本人ヤクザを追う警官の話で、大阪を舞台にマイケル ダグラス扮する刑事が高倉健の扮する日本の警官から協力を受けて捜査をする。そのヤクザに扮する松田優作の凶暴そうな演技が話題となり、名優ロバート デニーロが共演したいと言うなど国際スターへのきっかけとなったが、そこで病に斃れたのだった。

 この映画の題名は井伏鱒二の小説『黒い雨』と同じで、空襲の後に舞い上がった黒煙のため黒い雨が降るという意味だ。ただし原爆ではなく大阪の空襲である。
 この思い出を語る若山富三郎の扮するヤクザの親分が、戦争で破れた日本にアメリカが自由とか個人の尊重などの価値観を押し付けたので、あの松田優作の扮する佐藤のような仁義もなく利己的な日本人が発生したと、まるで今話題の「日本会議」のようなことを言う。

 それに対する回答として、マイケル ダグラス扮するアメリカ人の刑事は、佐藤を追い詰めて射殺することもできたのに、同僚を殺害されて憎いのだが、その気持ちを抑えて生かしたまま逮捕し手錠をかけて日本の警察署に連行すると、法の適正な手続きに則り被告人の基本的人権を尊重して裁判を受ける権利を行使させる。
 これができなかったから、日本は軍国主義に走り戦争で敗北したということだ。

 この意味が理解できなかった観客もいた。主人公が人道的な行動をとっただけなら、わざわざほんの一場面のセリフ一言が題名になるわけがない。この要点を捕らえ損なうとドラマの本質が解らず面白さが半減してしまう。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-05-17 12:00 | 映画 | Comments(0)
 前回の話題に出ていた同級生は、勉強はできるほうだし運動神経もよいほうなのだが気弱でいけなかった。よく学校では女子にそれを言われて気にしていた。彼は『うる星やつら』ほどではないけど『機動戦士ガンダム』も好きだが、あの場面みたいに「軟弱者!!」と女性からビンタ食らわされそうなほどだった。
 
 さて、その同級生に教わった『ビューティフルドリーマー』というとても面白い映画で、冒頭から出没する謎の女の子が最後に語り出す声は、いわゆるノンクレジットだが島本須美が演じていると昔から言われていた。そう言われてみると声の聴いた感じがそうだった。
 そしてDVDのオーディオコメンタリーで押井守監督が、この女の子の声は誰かという話で「あ、思い出した、宮さんのお気に入りだ」と言った。

 アニメで「宮さん」とはもちろん宮崎駿監督のことだが、この当時は宮崎駿監督劇場デビュー作『ルパン三世カリオストロの城』のクラリス姫が当たり役で、アニメファンの投票で「最も適役のキャラと声優」の男性がルパンの山田康雄、女性がクラリスの島本須美、というように独占だった。これで気に入られて一世一代の大役『風の谷のナウシカ』の主役を演じる。

 オペラのヒロインでは、カルメンやジョコンダなど人気の役があるけれど、ブリュンヒルデのように物語の世界観を丸ごと背負った女性は一世一代の大役と言われる。それがアニメ映画では、人気のあるヒロインというと、『宇宙戦艦ヤマト』の森雪、『銀河鉄道999』のメーテル、『うる星やつら』のラム、『ルパン三世』の峰不二子、『タッチ』の朝倉南、など大勢が挙げられるが、物語の主題と世界観を丸ごと背負っているヒロインはナウシカだけではないだろうか。その後も今に至るまでいなのではないか。

 それで、あの同級生はナウシカが苦手だったとも考えている。彼は男性が憧れる客体となるヒロインには「萌える」のだが、主体だと退いてしまう。そういう性格だった。



人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-05-02 17:14 | 映画 | Comments(2)
 前に東洋医学の話で、治療に行った先が『らんま1/2』の東風先生みたいな整体という話をした。これに興味をもった同級生が、ちょうどスポーツで挫いたのを診てもらいに行った。知り合いが行ったところなら安心かもしれないというのにくわえ、彼は高橋留美子の大ファンだったからだった。
 「白骨標本のベティちゃん」なんて無いと言ったのだが、雰囲気に満足していたし痛みも治ったそうだ。
 
 その同級生に教えられるまで「コミケ」と「漫画の森」の存在をまったく知らなかった。そんなもの知らなくてもいいかもしれないが、ただ、彼が推奨して高橋留美子の『うる星やつら』という漫画とそのアニメのビデオを貸してくれたおかげで、押井守監督が『ビューティフルドリーマー』というとても面白い映画を作っていたことを知ることができた。

 しかし彼は『ビューティフルドリーマー』と同じ時期の『風の谷のナウシカ』には、まるで無関心だった。またディズニーのアニメにも無感覚と言ってよかった。アニメ以外の映画でも、SFや活劇は好きだが、社会派とかヒューマンとか恋愛とか人情とか「ドラマ」というものがまるで苦手だった。
 
 それで気づいたが、他にも高橋留美子のファンは同様の傾向があり、それは高橋留美子のマンガは「ドタバタ」とか「スラップスティック」とかの類いではあるが物語というものではないからだろう。だからビデオゲームは大好きである人と重なる部分が大きい。
 
 こういう人たちが幅をきかせていたが、それも最近は少し変わってきたのではないか。あくまでも、なんとなくの印象だが。どうなのだろうか。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-05-01 17:07 | 映画 | Comments(0)
 『風の谷のナウシカ』のDVDで、製作に参加していた庵野秀明が語っていたうち、気になることがあった。

 まず、風の谷に墜落した大型機の残骸から、飛行中の窓から見えた少女が瀕死の状態で発見される場面。
 それを介抱しようとしたナウシカが諦めることについて、服をめくったら重症で手の施しようがない傷であったという描写なのに、服に血が染みていないのが作画の手抜かりではないかと話していた。

 しかし、墜落あるいは落馬とか自動車の事故とかで重症を負い死亡する人は、血が出ていないことがよくある。肋骨が折れて内臓を圧迫していたり突き刺さっていたりで、変形していることが外見からも判る。こうなると出血している場合より対処が困難だ。
 そうなのだと映画を観て思っていたのだが、絵を描いて表現する立場の人からすると、一目瞭然というようにしないと解りにくいということなのだろうか。

 また、主人公を引き立たせるために、登場する人たちにナウシカと同世代の人が少なくなっているが、それ以外の人たちは子供と老人ばかりで極端であると言う。
 しかし、この物語で設定された世界は、汚染によって人間は細々と生きているという世界であるから、出生が少ないうえ生存率が低く寿命も短いということではないか。そして、そんな中で大人になるまで生きられた人たちは年齢よりずっと老け込んでいるということではないか。

 この映画が公開された時のプログラムによると、ナウシカが16歳、クシャナ殿下が25歳、その参謀クロトアがあれでまだ27歳、剣士ユパが45歳、ナウシカの父ジルは50歳、ということである。

 というようなことが少々気になった。しかしコメント全体は作画と動画について非常に興味深い話ばかりで面白かった。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-04-25 17:52 | 映画 | Comments(2)
 高畑勲監督の『かぐや姫の物語』は、監督の年齢からすると最後の映画になりそうだということで、監督自身もたいへんな意気込みであったし、スタジオジブリもそんな創設者のためだから採算度外視で製作すると発表していた。
 このため大変な力作となっていて、練りに練られた構想と丁寧な仕上げが観て感じ取れる。高畑勲監督のアニメーション映画の中で、最も良く出来ていて見ごたえがあると言ってもいいだろうし、また、これまでいろいろとあった『竹取物語』の映画で最高だと言うこともできるのではないか。
 少なくとも、沢口靖子のかぐや姫より遥かに傑作だ。もちろん市川崑監督の下で丁寧に作られていて、衣装もセットもしっかりしている。しかし下手なSF解釈と下手な特撮が興覚めだったし、何より訴えかけるものが無かった。
 
 これは監督の責任ではないが、沢口靖子のかぐや姫はテレビでの宣伝のため化粧品会社とタイアップしていたから、顔がまるで現代風のメーキャップなうえ、眉毛をそのままにして額に墨を入れているから滑稽であった。

 これが高畑勲監督のアニメでは、眉毛を抜くのを嫌がるかぐや姫が「汗が目に入る」と言うのに対し、作法係の女性は「高貴な女性は汗をかくことをしない」と言う。
 かぐや姫は、都に来て屋敷に住み綺麗な着物をまとって面白がっていたが、そういう上流階級の生活につきまとう嘘臭さを感じるようになり、それに比べると小さいころに竹藪近くの野山を駆け回っていた生活のほうが本物ではないかと思い巡らせる。そのさいの夢か幻想か不明な非現実というか超現実というかの描写をアニメならではの技法を駆使して表現している。
 
 また、市川崑監督の『竹取物語』は、製作が東宝特撮と同じなので仕方ないとしても、それでこじつけ無理してばかりいるので物語が破綻している。
 最後の月からの迎えが『未知との遭遇』などハリウッド製SF映画の亜流になっているのも失笑だったし、龍を討ちに船で出撃したら大嵐という場面でも、それを特撮で描いて見せては、そんなもの実在しないものだという話と辻褄が合わない。
 それに対し、高畑勲監督のほうはアニメならではの表現により、欲ボケした男の妄想と恐怖としていて見事だった。

 このように、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』は、技巧と訴えかけとの融合が成功していた。これは良かった。話のテンポもよくて何度くりかえし観ても飽きない。これはほんとうに良かった。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-04-23 17:15 | 映画 | Comments(4)
 『日本沈没』の最初の映画化で、東京が大地震に見舞われ大火災が発生し、逃げ場を失った人たちが皇居の周りに集まる場面がある。消化活動をしていた自衛隊のヘリコプターが上空から俯瞰すると、燃えていないのは皇居だけで、そこを取り囲む群衆の外側では倒れたりうずくまったりする人たちがいて、熱風の影響だろうと無線で報告する。

 しかし皇居の門は閉ざされたまま。避難者たちは中に入れてと叫び、せめて子供だけでもと言う女性の懇願も無視され、押し寄せる群衆に対し自衛隊の重火器を使用するよう要請がある。
 これに激怒した総理大臣(丹波哲郎)は、緊急回線を使って宮内庁に電話をかける。「ただちに門を開いて避難者を宮城内に入れてください。これは内閣総理大臣の命令です」

 さて、現実の総理大臣は、このような場合どうするだろうか。
 そんなことを地震があるたびに考えていたら、先日、大地震で大変だというとき週末の渋谷にいたという安倍総理は赤い顔をして出て来たのだった。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-04-22 17:29 | 映画 | Comments(1)
 安保法制が施行されたが、防衛大で任官拒否者が増えたことと関係があるだろうと指摘されている。これは、危険になったからというより、自国のために命をかけるのではないことのバカらしさによるものだろう。そうでなければ、最初から入学しないはずだ。

 そして防衛大では任官拒否した者は卒業式に出られなくなるという。しかしどこの大学でも、卒業式なんて面白くないから出ない人は少なくないから気にしないのではないか。
 防衛大の卒業式といえば最後に制帽を投げることが知られていて、これはアメリカのウエストポイント士官学校の真似だから、それでどうも不自然だという人がいる。

 一方、防衛医大のほうでは学生たちが任意で制帽を投げるそうで、「ウオーッ」と叫びながら投げるが、そのあとみんな自分で拾うのだと卒業生が笑って言っていた。

 ウエストポイント士官学校の制帽投げは映画『愛と青春の旅だち』で知られるが、同じころに、『ランボー』も公開されていた。『愛と青春の旅立ち』と続けて観ると『ランボー』が反戦映画に思える。主題歌も、『愛と青春の旅立ち』は明るい(松崎しげるがカバーしてた)歌なのに対し『ランボー』の主題歌は悲壮である。

 前にカラオケで♪It's a long road~~~と唄ったら、居合わせた若い男から「それ『ロッキー』の主題歌ですね」と言われてしまい「『ランボー』だよ」と教えてやったことがあるけれど、『愛と青春の旅立ち』も知らない人がいるだろう。これはデュエット曲として当時は人気があったのだが。

 『ランボー』の出だしはかなり悲惨だった。
 ランボーが戦友を訪ねると、その家にいた年配の黒人女性が不審そうにするので、住所を書いた紙を見せる。
 「たしかに息子の字だ」
 「彼は」
 「死んだよ」
 「えっ」
 「癌だった」
 「まだ若いのに」
 「きっと化学兵器のせいだよ、軍は認めないけどね」

 そういえば、地下鉄サリン事件からずいぶんと経過して風化してきたと言われていたが、あの当時、防衛医大では「地下鉄サリン事件で被害に遭われた方はご相談ください」と張り紙していた。
 そして慌てて文献を漁って俄かに専門家に仕立て上げられた医師がいる。これを防衛医大の同僚医師は笑っていた。
 しかしテレビではアナウンサーやコメンテーターが「だから冷戦が終わっても自衛隊は必要ですね」とプロパガンダしていた。その一人に日テレの福留アナウンサーがいたのを記憶している。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-04-05 17:42 | 映画 | Comments(0)
 イタリアの作曲家で映画音楽の巨匠と呼ばれるエンニオ モリコーネがハリウッドで殿堂入りしたそうだ。
 彼はイタリアだけでなくハリウッドなど外国映画にも音楽を書いていて、そのうちには日本の映画もある。例えば『エーゲ海に捧ぐ』では、彼が得意な女声スキャットで「♪ララルー、ララルー」にソロバイオリンが伴奏する。
 これがきっかけでバイオリニストと原作者の縁結びということになったが、池田万寿夫は下積み時代を支えた糟糠の妻を捨ててしまい「有責配偶者」となって裁判で離婚が認められず、三船敏郎とともに「有責配偶者」の双璧となったのだった。
 これはモリコーネの責任ではないが、モリコーネはこの映画を気に入っていたそうで、力作となったらしい。

 この一方、モリコーネは「マカロニウエスタン」とか「スパゲッティウエスタン」といわれるイタリア西部劇や犯罪サスペンス「ジャロー映画」を多く担当している。しかしこうした映画について彼は、仕事でやっていたけれど暴力的だから好きではなかったと言う。
 そういえば、ハリウッド映画音楽の巨匠ジェリー ゴールドスミスも、西部劇や活劇によく音楽を書いているが、初期にアカデミー賞の候補となった『いつか見た青い空』についてインタビューで、とても良い映画だとし「I loved it」「No Killing.No Violenceing」と言っていて、しかしその翌年には『ランボー』の音楽を担当していた。

 こうした巨匠たちの後の世代の作曲家たちは、バジル ボドリスとかマイケルカーメンとか活躍していたのに早死にしている人が目立ち、過日はジェームズ ホーナーが墜落死である。
 そして大活躍のハンス ジンマーの曲は映画音楽というより効果音みたいで、これは作曲家の手法なのか演出のためなのか、どちらにしてもあまり好きになれないのだ。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-03-01 17:30 | 映画 | Comments(0)