井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

<   2007年 03月 ( 34 )   > この月の画像一覧

懐かしいガリクソン投手

 88年に来日したかと。
 190センチ100キロの巨体でした。
 メジャーで101勝、ひたすら投げまくり「馬車馬」と異名を取る。
 打球を足で止めたり、素手で取ろうとしたり、打球が弱いとほんとうに素手取りしてしまったりして、危ないと言われながら怪我しませんでした。
 あのカズシゲが、初ホームランを奪った相手でした。
 真面目な紳士としてふるまってたけれど、本性は違い、その証拠に、アメリカで一番仲が良かったのはアニマル投手というのが笑えました。
 アメリカに帰ってからは、デロイトタイガースだったと思うけれど、最多勝になったとかで、日本での経験が役立ったと言っていたらしい。
 来日中に産まれた息子のミドルネームにクワタと付けるほど気があったというのも、話題だったのを覚えています。その息子が今は19歳になり、野球やっていてピッチャーですか。
 なつかしい。
 

Excite %u30A8%u30AD%u30B5%u30A4%u30C8 : %u30B9%u30DD%u30FC%u30C4%u30CB%u30E5%u30FC%u30B9
[PR]
by ruhiginoue | 2007-03-11 01:01 | 体操 | Comments(0)
 「アフリカ人を拉致して奴隷にしたのは、奴隷商人たちが行ったことであり、アメリカは、あくまで売っているのを買っただけである」
 この主張は、最近こそ公然とは言えないようだが、人種問題で揉めに揉め、かのキング牧師やマルコムXが活躍し、暗殺された時代と、それからしばらく後までは、アメリカでかなり強い調子で叫ばれていた。
 同時に、奴隷を使用していたのは一部のアメリカ人にすぎないとも言われた。南北戦争で奴隷解放が一つの大義とされたのは、奴隷に依存する南部を批判するための口実であったわけだし、その南部でさえも、奴隷を使用して莫大な利益を上げているのは一部の富農たちであった。
 このことは、その時代を背景に、黒人奴隷の誇り高い血統を描いた感動の大河ドラマ「ルーツ」にも描かれた。「ルーツ」は、「マルコムX自伝」で知られるアレックス・ヘイリーの同名著書が原作であるが、テレビドラマ化に当たっては、原作には出てこない白人貧農が、ちょうどスタインベックの「怒りの葡萄」のように登場する。
 つまり政治的な理由から、「ルーツ」をテレビ化するためには、黒人奴隷はアメリカぐるみの犯罪ではないというエクスキューズを挿入せざるを得なかったのである。
 だからアメリカは日本を非難する資格があるか、というのではない。今ちょうど日本内部で議論されていることは、アメリカとしてはすでに経験済みのことであり、その上で日本に話を持ってきたのである。このことを日本はもっと考慮して対応すべきである。

Excite %u30A8%u30AD%u30B5%u30A4%u30C8 : %u653F%u6CBB%u30CB%u30E5%u30FC%u30B9
[PR]
by ruhiginoue | 2007-03-11 00:24 | 政治 | Comments(3)
 無様にも原告は「不当判決」と負け犬の遠吠えをしています。手前のお粗末を棚に上げて。「君が代」を国歌に法定させてしまった政治的敗北を司法で解決しようとしても駄目。
 自分の思想信条に反することを仕事で強いられることは、どんな職業にもあります。公務員は特にでしょうし、裁判官など最たるものです。個人的に死刑制度に反対でも、最も重い刑罰が相当という場合は、その制度がある以上、死刑判決とせざるを得ません。団藤重光元最高裁判事の著書「死刑廃止論」を読んで、死刑制度廃止すべきと考えるようになった裁判官はけっこういるはずです。この本は極めて説得力があり、これを読んで反論したうえで死刑制度存続を主張した人は、まずいないほどですから。
 自分の信念に反して職業上の義務から「こいつを殺せ」という命令をしなければならないことに比べたら、嫌悪する国歌の演奏に協力させられることなど、もちろん苦痛ではあろうけれど、比較的軽いものだと考えることができます。
 そうなると、当該判決が「信条に反する行為を業務としてさせられたからといって信条そのものの否定とはならない」というのも、屁理屈とばかり言ってはいられないでしょう。裁判官の身になれば、認めてくれると考える方がどうかしてます。
 だから、藤田最高裁判事の反対意見のとおり、「拒否する者にわざわざやらせなくても済んだかどうかで差し戻すべき」を、最初から原告の方で主要な争点とすべきでした。そのうえで、「君が代」が気に入らないなら、どうやって国歌の地位から引きずり落とすかを別に考えるべきです。ついでに言うと、藤田さんは保守反動ですよ。もともと行政法学者だし。行政法学界は、塩野宏さん(御用学者とはこの人のための称号)が、日本一偉いところです。それと藤田さんが相容れない人ではありません。だけど行政法学者出身判事だから、行政法コメンタール発想をしただけです。同じ発想を、原告もすべきでした。
 ところが、「君が代」の歴史的経緯と政治性と芸術的嗜好というぐあいに、裁判で必要不可欠とは言えない問題を、どうしてもしたくてしょうがなかったようです。 個人の信条と公務員としての義務の関わりが争点のはずなのに、それを横に退けて、思想とか世界観の話を、ついしたくなる心情は解りますが、裁判は勝つか負けるかの駆け引きの世界ということを、原告らは忘れていたようです。
 あきらかに、原告側の戦術的失敗でした。
 そのうえ、完敗で敵を増長させてしまうし、生徒の親たちからは、「会社だったら即刻クビなのに教師は甘いな」と言われ、生徒たちからは「生徒には不合理で屈辱的な校則に決まりだから従えと言っているくせに」などと突き放される。
 社会的影響という戦略でも失敗でした。

 人気ブログランキングへ


 
[PR]
by ruhiginoue | 2007-03-10 01:56 | 司法 | Comments(2)
 霞ヶ関に行ったら、原告団がビラを配布していた。
 周知のとおり、東京大空襲は、無差別爆撃により多数の市民が犠牲となった。
 同じく第二次大戦で空爆による多数の犠牲者を出したイギリスとドイツは、国が個人レベルまで補償をしているのに、日本は軍人と軍属にのみ補償をし、一般人は「受任論」すなわち「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」つまり我慢せよということで、国は補償を拒否した。
 そんな恥ずかしい態度を改め、国は被害者とその遺族に補償すべきと迫る国家賠償請求だ。
 それならアメリカに請求すべきという人がいるけれど、そんな人たちは義務教育の社会科で習ったはずのことを忘れている。講和条約によって、戦災の国民への補償はそれぞれ自国で行い、旧敵国への賠償請求は放棄するという約束である。
 それゆえ同様に、ドイツとイギリスは、戦争で互いにロンドンやベルリンを爆撃したが、そこで生じた被害にはそれぞれ自国で補償している。
 また、戦争終結を遅らせた時の政府の責任も、原告は問うている。これは広島と長崎に共通する問題だろうが、しかし広島と長崎は東京より軍事都市の特徴が強いという事実もある。アメリカ軍も、東京爆撃作戦は、民間人虐殺で戦犯に問われないかと危惧していたほどだ。
 それでも日本政府が降伏を拒否し続けたから、攻撃をエスカレートさせるしかなかった、というアメリカの言い分のとおりなら、日本政府の責任が問われるだろう。
 ところでベトナム戦争では、東京をはるかに上回る数と性能の爆弾が投下されたが、犠牲者ははるかに少なかった。それは民間人用の防空壕が軍によってしっかり作られていたからだった。日本は、皇居と大本営だけ軍によってしっかりした防空壕が作られ、民間人用は各自で掘れということだったから、お粗末で、逃げ込んでもほとんど無意味だった。
 そのうえ、バケツリレーで火災を消そうというアホウとしかいいようのない訓練をさせられていて、真面目にやった人たちは逃げ遅れて死んだ。
 そのアホウをやらせた役所の官僚とは、鈴木俊一。後の東京都知事である。この人は731部隊で働いていたこともある。
 こういう事実を、なんで野党は選挙の時に突かなかったのか。
 今は都知事選の話題が盛り上がっているが・・・
[PR]
by ruhiginoue | 2007-03-09 21:11 | 司法 | Comments(0)