井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

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テレビの黄昏

Excite エキサイト : 芸能ニュース
 草なぎの「彅」の字はjis新規格として追加された字。表示されない機種もあるので、その方はご容赦を。
 今回の不祥事により出演番組の視聴率低下や仕事のキャンセルで大変な打撃らしい。それにしても、逮捕ではなく保護したうえ厳重注意でもすむはずだが、売れている人への嫉妬もあったのだろう。これがバーニングだったらどうか。少なくともジャニーズの力は落ちている。
 ビートたけしは、擁護するような発言をしている。彼はツービート時代からさんざんモロ出しをやっていて、露出狂と言われていた。自称18センチ(著書などでの発言)だが、見せてから「どうだ、口ほどにもなかっただろう」というのが決まり文句。しばらく自粛していたのは、CMに出るようになってから。ただ、志村けんと組んで「タケシムケン」と称していたときは、相手がやはり『全員集合』時代から尻出し大好きの人なので、相乗効果でまたやってしまった。しかし生放送ではなかったので修正して放送。
 生でやってしまったのが、配下の井出らっきょう。彼はモロ出し常習と評判で、生放送中にやらかしたため警察に呼び出されたことを後輩のなべやかんから暴露されている。だから本件についてそのまんま東が言っていた某芸能人とは、明らかに井手のことだ。
 お笑い芸人はいいが、誠実そうなのを売りにしている人は打撃が大きいだろう。だから草彅氏もCMが相次いで中止に。そもそも「地デジ」はアメリカ企業の陰謀により電波枠を空けろと要求されてのことなのだが、それを誠実そうな芸能人で印象操作しようとしていた。
 こういうことがあるから、芸能人ではなくイラストや漫画やアニメのキャラを使う企業がある。とくに銀行など、昔からそうだ。裏で汚いことをやっている所ほど、用心して最初から芸能人は出さないものだ。
 しかし、チデジになったら、これを機会にテレビ見るのやめようと言う人が多いことを、当局の人たちはどう思っているのだろうか。
 かつて大宅壮一が「犬の交尾をつい見てしまい、実はつまらないことに気を引かれて時間の無駄をしたと、後で気づく」それとテレビが人の興味を引くのは同じだと言い「一億総白痴化」と称した。そこから脱却できたのはホームビデオの普及によってだが、さらにインターネットがとどめを刺した。
 それでも、テレビがこれまでのように人の気を引きたかったら、それこそタレントの公然猥褻を生中継でもするしかないだろう。お笑い系の芸人が問題発言したりモロ出しをするのも、そもそもギリギリのきわどいハプニングを制作側も求めているからだ。たまに踏み越えて問題になるだけ。
 かつて話題になったアメリカの映画で『ネットワーク』というのがあったが、毒舌を売りにしているタレントが視聴率を稼げなくなったので、番組からただ降ろすのではなく、話題作りのため、生放送中に反感をもった人に射殺されるように仕向けるとの結末だった。
 つまり、タレントが不祥事を起こして謹慎となるのは、今が最後の時期ということではないか。

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by ruhiginoue | 2009-04-30 12:57 | 芸能 | Comments(0)

最近の年寄りは

Excite エキサイト : 社会ニュース

 公共の場でマナーを守らず傍若無人の迷惑行為をする老人が目立つと言われて来たが、老人世代の犯罪も増加しているそうだ。
 これはけっこう前から言われて来たことで、本来は、子供が社会道徳を守らないと年寄りが注意したものだが、だんだんと、子供でも守っている社会道徳を年寄りが守らないようになってきた。
 それは、まず、戦後の混乱期になりふり構わず生きて来た世代が言われたことで、それは気の毒な部分もあるから同情されもしたが、その次に、全共闘とか全学連の世代が老人となったから、ただ非常識で生意気で憎たらしいだけになった。
 「そんな老人は角材か鉄パイプでぶん殴るべき」と言う人も多いが、そのうちに実際にやる人が出るのではないか。
 そんな世代の老人たちの度を超した非常識については、既に述べたが、もともとその世代のインチキ反権力ぶりっ子たちは、今のネットウヨにも劣る者が少なくない。だから、人権擁護運動などに熱心なふりして実は妨害ばかりしている。
 また、環境問題についても日本でひどいのは老人。デジカメ持った爺がカメラ小僧みたいにして、立ち入り禁止地区に平気で入っていく。例えば尾瀬のデリケートな環境を保全しようと若者たちが頑張っているところへ、行楽で訪れた老人たちがぶち壊しをする。爺サマが婆サマたちに「撮ってあげるからそこにいて」と言い、踏み荒らしてはいけない明確に表示がある場所へドカドカと入っていき、そこから「ハイこっち向いて笑って」などとやっている。注意されても反発するだけ。これに比べたら、秋葉原のホコ天でコスプレ女らに群がるカメラ小僧たちのほうが、よほど行儀がいい。
 他にも挙げたらきりがないので、この辺にしておくが、真面目な話、早く死んでくれないと社会がダメになり手遅れになるのではないか、と心配している。
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by ruhiginoue | 2009-04-29 20:56 | 社会 | Comments(0)

死刑には該当しない

Excite エキサイト : 社会ニュース

 茨城の連続殺人事件の裁判で、被告は動機について、この世が嫌になったから死刑になりたかったと言っている。
 池田小学校事件もそうだが、人生に絶望してしまい死刑になろうと事件を起こす者がいる。そのような者たちを、望みどおりにしてやって良いのかとの疑問はあるが、それは別として、死刑廃止反対という人たちの中には、「死刑が怖くて犯行を思いとどまる者がいるのだから、死刑がないと凶悪犯罪が増える」と主張する人が少なくない。
 それは間違いだとわかったからヨーロッパ諸国が死刑廃止したのだが、それはともかく、少なくとも、凶悪犯罪が増えるから死刑制度があるべきという人に限っては、本件について死刑を求めるべきではない。そうでないと自己矛盾である。
 
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by ruhiginoue | 2009-04-29 00:34 | 司法 | Comments(2)

『名犬ラッシー』

動物好きの英国人にも不況の波、ペット放棄が急増 | Excite エキサイト

 不況の影響で、動物好きの英国でもペット放棄が増えているそうだ。
 あの『名犬ラッシー』も、原作では飼い主の少年の親が失業したため売られたラッシーが、脱走して帰って来る話だった。小説はテレビや映画と違い、不況と窮状の描写が凄くて、小学生のときに読んでビックリしたものだ。ただ、DVDとなっている最初の映画化『名犬ラッシー 家路』は原作に忠実。
 結末は、買ったのに逃げられてしまった大貴族が、ラッシーの忠犬ぶりに感動して、これまでの世話係をクビにして主人公の親をペットの世話係として雇うというもの。なんか釈然としなかった。
 そういうことを書いて、感動しましたで終わらせないから、読書感想文コンクールで一度も受賞しないのだと教師に説教された。

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by ruhiginoue | 2009-04-28 20:33 | 国際 | Comments(0)
 Excite エキサイト : コラムニュース
 インド人は、日本に来ても必ずカレーを食べるそうだ。
 日本のカレーの多くは化学調味料が入っているけれど、気にならないのだろうか。ウディ=アレンの映画『おいしい生活』では、主人公が「化学調味料いっぱいのしつこい味がいい」というセリフがあるが、これは中華料理を皮肉っている。そんな食感が日本のカレーにも少しあるけれど。
 ところで、かつて入院中に、同室にパキスタン人とバングラディッシュ人がいた。
 パキスタン人は、日本で交通事故に遭い骨折の治療中だったのだが、病院で出される食事がどうしてもダメで、兄弟かその仕事仲間が食事を差し入れに来ていた。日本車を輸出する事業をしていて富裕だから、料理を専門店で作ってもらってのこと。するとスパイシーな香りで日本人も生唾が出て来ると、居合わせたみんなが言っていた。カレーなどインド料理と同族だそうだが、具は魚など海産物が多いそうだ。
 バングラディッシュ人は、出稼ぎで来日し、仕事で重傷を負っていた。治っても障害が残る。これからどうするのかとみんな心配だったが、どうすることも出来なかった。どこかの工場が捨てたも同然で手放した、安全装置の無い旧式工作機械を、外国人で稼ぎ労働者に操作させる超零細の町工場だった。そんな所で働いていた人だから、補償もないし、もちろん差し入れもなく、慣れない日本食それも病院の不味い食事を我慢して食べていた。
 このバングラディッシュ人のことを、パキスタン人は気の毒がりながらも「バングラディッシュは貧乏だからね」と、少し見下した口調で言っていた。
 なるほど『ガンジー』という映画に描かれていた。インド独立からパキスタン分離その後はパキスタンの貧しい地区がバングラディッシュとして分離という経緯だったと思い出した。
 それ以来、メイド・イン・バングラディッシュの表示がある衣類を見かけると、つい買ってしまう。細かい細工を見ると、日本や中国より下手だなあと思うけれど、それでも。
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by ruhiginoue | 2009-04-28 19:29 | 国際 | Comments(0)
 ワイドショーで見た印象で「このおばさんが絶対に犯人だと思った」などと言う阿呆どもは論外だが、直接証拠がなく状況証拠で有罪にしていいのかという問題がある「和歌山の毒入りカレー殺傷事件」では、一般的にどうも没論理な人が多くて、そこに検察官と裁判官が便乗したか、あるいは、検察官と裁判官も実は論理的思考が出来ないのではないかと疑っている。
 この主婦が真犯人であっても、裁判で有罪にしたやり方が間違っていたら、その間違いが他の人にも及び、誰でも無実なのに犯人にされてしまう。このことに気づくべきだ。
 
 その事件について、おさらいしてみると以下のようになる。
 
 和歌山で、夏祭りに提供されたカレーによる死傷者が出た。集団食中毒ではなく、人為的に混入させないとありえない毒物が原因だった。 問題は、誰による混入かということ。

 そこで近所の主婦が被疑者となった。
 なぜなら彼女は、夫が仕事で同じ種類の毒物を使用していた。
 その夫は、その毒物を悪用して、 自作自演で保険金の騙し取りをし、そのため詐欺罪で刑務所に入った。つまり、夫の毒物に対する姿勢は、その扱いと管理に慎重さと真面目さが欠けていたから、そこから妻が持ち出して入れた可能性は考えられる。

 では、可能性ではなく実際に、その主婦が混入させたと考えられるか。

 彼女は事件の直前、現場に居合わせていた。そのさい独りだった時もある。それを示す目撃証言もある。

 だから彼女は、毒を入手できるうえ現場にもいて、そのような人は他に見つかっていなから犯人だと考えられる。

 しかし「そう考えることが出来る」ということと「そうとしか考えられない」のは違う。

 毒物について。
 これは工業製品だから他にも入手できる人がいる。ただし、緻密に鑑定したところ、同じ種類であるだけでなく、同じ製品であるとの結果だった。
 担当した鑑定者が信用できるのか、などの不信はぬぐえないが、方法的には、それなりに信頼できるものではある。
 だから鑑定がそれなりだとしても、種類的にも製品的にも毒物の同一性が確かだったことをもって直接証拠なき有罪の根拠の一つとするからには「 他の人が入手する可能性は一切ありえない」ということでないといけない。 同じ所で一緒に作られた製品を入手した者は他にいないか。また、いったん被告の家で手に入れられたものが他の人の手に渡っていないか。扱いがずさんな夫だったなら、流出して誰かの手に渡ったこともありえる。

 現場に独りで居合わせた唯一の人物ということについて。
 見たという人はいるけど、防犯カメラに写っていたなど物的証拠ではないので、確実ではない。 目撃の状況からも、これではハッキリとは見えなかったはずであるとか、他の人と見間違えた可能性があるなどと指摘されていて、見たのはほんとうだとしても、あまり正確とは言えないのではないかという疑問がある。
 もちろん、毒を入れていたのを見たというのではない。
 そのうえ、他に立ち入った人が具体的に見当たらないからといって、立ち入った人が居なかったと決めつけることはできないはず。

 つまり、毒物の入手と混入どちらも、怪しさが一定以上だけれど確実ではない。すなわち、状況証拠は存在するが直接証処は存在しない。
 
 ところで、直接証拠がなくても、状況証拠が合わさることで間違いないと言えるなら、それでも良いというのが判例である。それに該当しているから、本件は有罪とすべきという判決だった。

 しかし、そこに問題がある。

 判例の意味は、状況証拠が合わさることで他の可能性が排除できるなら、直接証処が無くても良いということだ。
 これは、連立方程式とか証明問題のように、合わさることで意味が生じるから結論を導き出せるということであって、ただの羅列や集積による強調とは意味が全然違う。(ここを理解できない人が多い。これは、判決を批判している人にも多い。ただ証拠不十分だとかマスコミが騒ぐなどと言うことしか出来ていない人が、かなりいる。)

 さて本件では、
1、他の人が毒を入手することは不可能ではないが困難である。
2、他の人が毒を混入させることは不可能ではないが困難である。
という問題について、 「1と2を合わせれば、他の人では不可能だとの結論になる」と言いうるなら良いが、 そうではなく、単に「他の人である可能性が低下した」ということだ。
 他の人である可能性が排除されたのではなく、疑いを濃くしただけ。 灰色を重ねたら灰色が濃くなったにすぎない。あくまで疑い。

 だから、「疑わしきは被告人の利益に」という大原則に反しているし、 状況証処の評価についての判例にも違反している。判例違反を審議すべき最高裁が、没論理によって判例解釈を誤ったのだ。だから 「冤罪であり被告は潔白だ」とは断言できないが、「判決が間違っている」とは断言できる。

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by ruhiginoue | 2009-04-28 04:27 | 司法 | Comments(2)

防衛医大教授と植草氏

 植草もと教授について、冤罪を訴える被告や支援者らの言い分は、そちらを直接参照して各々が考えるべきことだが、ここで問題としたいのは、同様の事件で防衛医大教授が最高裁で逆転無罪となったこととの整合性である。勤め先への「政治的配慮」ではなかったかとの疑惑でいっぱいだ。
 植草もと教授の件では、真実は不明としても陥れられるだけの政治的背景はあるというのが大方の見方だろうし、少なくとも同じ証拠のレベルで、見方によっては防衛医大教授のほうが有罪立証のレベルが高いと言えるのだが、なのにここまで最高裁の対応が異なるとは露骨である。
 現実の体験として、医療裁判において防衛医大の弁護士が恥も外聞も無く政治的な対応を請求する姿を目の当たりにした者としては、植草氏についてはよく知らないけれど、この裁判については憤りを感じる。
 ちなみに、前の現場となった品川駅の事件だが、そこのエスカレーターに乗ると、対抗側のエスカレーターの乗客たちから丸見えだから、悪いことが出来る環境ではない。
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 唯一の証拠である警官の証言は、階段から目撃したというもので、その場からだとエスカレーターとの間に仕切りがあって見えず、物理的にありえない内容だった。
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 しかも、防犯カメラの録画を弁護側が証拠申請し、これはやましかったら絶対に申請できないが、そうしたらなぜか録画が消えていた。普通は当分保存しておくし、まして現行犯逮捕があった現場では警察が保全するのだが。
 他にも奇妙な点がいろいろあり、不可解な有罪となった。これでは「国策捜査」及び追認の裁判だと勘ぐられても当然だろう。
 それはともかく、個人的な感覚では、有罪とした裁判官が、扱っている事件とは別の事情により植草氏に反感を抱いていたことだけは間違いないと思っている。そのような場合、不利な判決にするだけではなく、判決文に汚い言葉を書くことが多いからだ。
 実際に植草氏を有罪とした判決文では、極端な言葉が使用されていた。「犯行」について、そもそも鏡でスカートの中を覗き見するのは子供のやる悪戯で、有名な例では『チャーリー&スーピー』というスペイン映画で主人公の悪ガキたちが靴の爪先に鏡を付けて覗きまくっていたけれど、だから「いい大人が子供の悪戯と同じことをして迷惑行為だ」と批判するならともかく、ここで引用するのがためらわれるような気色の悪い表現で、ようするに被告は変態だと罵っていた。
 つまり、行為からだけではわからない内心について論証不在の人格攻撃をしていたのだ。こんなことは、有罪にするとしても不要だ。
 このようなことは他の裁判にも見受けられ、差別的な表現まで用いられることが最近では目立ってきた。ただし、それで憤激する人はいても屈する人はほとんどいない。そこが裁判官たちの甘いところである。


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by ruhiginoue | 2009-04-26 03:12 | 司法 | Comments(0)
 読めない当て字の命名が増えているそうだが、ここで危惧されるのは、親の独り善がりによる凝り過ぎの名前が子供にとって迷惑な場合もあることだ。
 最近、死刑執行された囚人のなかに、変わった名前のため学校などでイジメに遭いつづけてひねくれてしまい、あげくに凶悪犯罪を起こしてしまった人がいた。もちろんこれは極端な例だが、そこまでいかなくても、親がほんとうに子供を思っているとは考えられないような行き過ぎの命名があり、親の命名権を剥奪しろという意見もある。
 逆に、凝った姓名にしたくても、法律で字が制限されていて出来ないこともある。
 これについては裁判にもなっていて、その最高裁の判断では、姓名とはあくまで身分関係を公証するものだから、それ以外ではどんな姓名を名乗ろうと禁止はされていないので、戸籍法の規定は合憲というものだ。(最高裁裁判集民事一四〇号一〇九頁を参照)
 つまり、好きな姓名を名乗りたい、逆に、嫌な姓名を名乗りたくない、ならば、通称を使用すればいいということだ。人を欺く意図があれば偽名として問題になることがあるけれど、通称はかまわないし、かなり広い範囲で使える。
 だから、政治家でも不破哲三とか森田健作とか、さらに横山ノックだのコロンビアトップと名乗っていたりする。タレント議員の野末陳平という人がいたが、彼には『姓名判断』という著書もあって、それによると、もとの戸籍名は野末和彦だったが、選挙に出るには通りが良い芸名を名乗り、本名は占いの字画から不運なので芸名を本名に変更したそうで、タレントとしても政治家としても通りが良いことから、家庭裁判所に申し立てしたら直ぐに通ったそうだ。
 また、政治家は公人なので通称だけでなく戸籍ではどうかということも明らかにしなければならないが、私人であればプライバシーとか個人情報なので、当人が自ら明らかにしていないのに暴露しては違法となる。
 ということなので、みんな好きに名乗ればいいのだ。 

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by ruhiginoue | 2009-04-25 05:03 | 司法 | Comments(0)

『CSI 科学捜査班』

 井の頭公園切断死体事件は、迷宮入りのまま時効になった。
 アメリカのようにして時効を無くせという意見もある。
 しかし、ただ長く捜査しても、不可能が可能になるわけない。科学捜査が進歩して解決できるようになるかもしれないが、むしろ証処が散逸してしまい駄目ということのほうが多いだろう。
 また、冤罪事件として有名な「徳島ラジオ商殺し事件」や「弘前大学教授夫人殺し事件」は、時効になることで真犯人が名乗りでた。
 そんな現実の中で、時効撤廃がどれだけ有益だろうか。
 死体損壊の殺人というと日本でも放送されたアメリカの人気テレビドラマ『CSI科学捜査班』を連想するが、これを観ていると、日本の現実が情けなくなる。日本は科学捜査が進んでいるというけれど、それにしては解決しない事件や、とんでもない冤罪事件が多すぎないか。
 『CSI』に描かれる、科学捜査を重視して推理や自白よりまず物的証拠という登場人物たちは、理想の姿を表現したフィクションだが、その中で当たり前のように浮かび上がる意識の違いはどうか。
 例えば、殺人事件の証拠とされる凶器について、裁判になったさい問題が起きる場面の描かれ方。
 CSI捜査官が鑑定の結果間違いないと法廷の予備審査で証言するが、では、それを被疑者が持っていたのはどうかという話になったら、被疑者の自動車の中にあり、交通違反で警官に止められたとき見咎められたとのこと。
 だけど、その際、警官が令状の申請を忘れていたため、押収ではなく勝手に持ってきたことになってしまった。よって違法収集証拠につき採用できないと弁護士は主張し、これを裁判官も支持。警官のうっかりミスのため、決定的かと思われる証拠が無くなってしまい、別の証拠を探さねばならくなる。
 あくまで手続き上のことなのに、それで被疑者を追及できなくなりCSIの面々は悔しがる。
 しかし、公権力が行使されるに当たっては、手続きをきちんとすることは当然のことであり、でなければファシズムにつながる。それに比べれば、殺人犯を逃そうと、まして自分たちのメンツが潰れようと、大したことではない。だから前向きに気持ちを切り替えて新しい証拠を探すべきだと捜査官たちは決意する。
 これはストーリーの核心とかテーマではなく、話が進行する前提としてさりげなく出て来るだけのこと。そこが日本とは大違いで、たいへん激しい意識の落差がある。

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by ruhiginoue | 2009-04-23 09:49 | 社会 | Comments(0)

防衛医大と創価学会

 当ブログの紹介欄は、アマゾンで「この本を買った人はこんな本も買っています」というのに倣ってみたのだけど、拙書『防衛医大の場合はードキュメント医療裁判』を買って下さった方々が他に買った本に、創価学会を批判・告発する本が何冊も並んでいた。
 医療とか裁判や司法あるいは自衛隊の関係ならわかるのだが創価学会とはなぜか。本の中の一部に出て来ただけだが実はこれがけっこう受けていたので、そのためだろうか。
 その部分とは、創価学会員の医師がいて患者に「折伏」なる勧誘と説得をしていたという話だ。もう退職しているから良いだろうと書いた。そこで、集会に来ないかと誘うさいに大真面目に「山本リンダが来るよ」と言っていた部分を、深刻な内容の本なので笑ってはいけないとわかっていても吹き出してしまい腹がよじれてしまったと言ってきた人たちがいる。
 そんなに可笑しかったかと意外だったが、他に学会系芸能人ならたくさんいても山本リンダには特別に受ける要素があるようだ。
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by ruhiginoue | 2009-04-23 00:23 | 雑感 | Comments(2)