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by ruhiginoue

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エルピーダ破綻

 日本最大の半導体メーカーが破綻したのは、韓国の安い製品との競合に負けたからで、経団連の米倉弘昌会長は記者会見し、「世界と対等な条件のビジネス環境をつくってほしいというのが切なる思いだ」と政府に注文を付けた。
 つまり、人件費などを安くできるように、使い捨て労働力とかワーキングブアをもっと、ということだ。
 ちょうど、大女優メリル=ストリープが英国のサッチャー首相にふんしアカデミー賞候補の演技で話題だ。経済政策がお粗末で不評だったサッチャー首相は、アルゼンチンの軍事政権と領土問題により戦争となり、これで単純に愛国心を煽られた民衆のため支持率急上昇した。
 そして経済では、国有産業の民営化とともに、主要産業である炭坑が国際競争力を失ったとしてどんどん潰してしまい、安い外国製品を輸入することで活性化させたとするが、ここに問題のからくりがあった。
 実は、危険な労働環境の代名詞みたいな炭坑を、安全対策を充実させて安心して働けるようにしたことで費用がかかったから、英国製品の値段も高くなったのであり、それを、安全対策が不十分なため年間何百人もの死者がでる中国などの外国から購入することで、安くあげたのだった。
 もちろん、英国内の産業は衰退し、頂点の一部の企業の利益と、多くの裾野の人たちの失業という事態となったのだが、利益享受した一部の支持と、その影響下のマスメディアの宣伝と洗脳により、高支持率を維持したのだった。
 そして香港返還にあたり中国の鄧小平に外交交渉で完敗したと自伝で自認したサッチャー首相は、その八つ当たりで中国の人権問題を非難してるのだから、負け犬の遠吠えでしかない。
 これを日本が後追いしていることは、言うまでもない。だから経団連の注文を政府は聞くべきではないし、聞くような政府を国民は支持してはいけない。
 
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by ruhiginoue | 2012-02-28 21:39 | 経済 | Comments(1)
 「紅衛兵だ」
 「とても若いな」
 「関わると危ないよ」
 「見ろ。彼が政治犯だなんて」
 「気を付けろ。近寄っては駄目だ」
 「あの、私はこの人を知っていますが」
 「誰だあんたは」
 「私は一介の庭師ですが」
 「あんたも仲間に入るか、でなければ立ち去れ」
 「この人がいったい何をしたというのですか」
 「彼は罪人だ」
 「そんな」
 「そうだ、そうだ」
 「罪を告白しろ」
 「告白することは何もない」
 「毛主席に謝れ」
 「まってください。彼は良い先生でした」
 「うるさい。あっちへ行け」
  





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by ruhiginoue | 2012-02-27 07:34 | 社会 | Comments(5)
 やしきたかじんを「歌手崩れ」と言ったことに対し、やしきたかじんがヤクザ語調の脅しをしながら事実に反した誹謗をしたのと同じだと非難する人がおり、その非難に一定の理があると思ったという人もいるので、余計だが説明しよう。
 これには、前に石堂淑朗が死去した話のさいと共通点がある。彼が脚本家を廃業してくだらないエッセイもどきを雑誌に書いていたことを指摘したら、現役を通せなかった気の毒な人の無様さをあげつらっていると受け取った人がいた。
 「何々くずれ」の「崩」は「堕」とも書くが、これはある職業や身分のなれの果てという意味で、落ちぶれた状態を指している。
 これは否定的な評価であるが、だからといって差別と直結はしない。例えば「ボクサーくずれ」というのが良くドラマなどに出てくるけれど、それは単に選手を廃業してから転職した人ではなく、一般人に勝る体力と腕力を利用して働いている人であり、それも工事とか運輸などの力仕事ではなく、善良な人を凶悪な者たちから守るのとは逆に、暴力団の用心棒になっていたりするものを指して言っている。
 これと同じこと。石堂淑朗は脚本が書けなくなったから雑誌でエッセイもどきを書くようになったし、やしきたかじんは歌が売れなくなったから関西ローカルお笑い芸人となったけれど、そこでやっていることは「弱きを助け強きを挫く」のではなく逆に権力に媚びて差別と弱い者虐めをして、保身と利益をはかっている。
 そう言う意味で、「ボクサーくずれ」「脚本家くずれ」「歌手くずれ」ということである。
   
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by ruhiginoue | 2012-02-24 21:58 | 雑感 | Comments(0)
 光市母子殺害事件について、社会に責任転嫁して犯罪者を庇ってはいけないと言う人がいるけれど、「社会のせいに決まっている。だから裁判になっている。そんな当たり前のこともわからない奴らがいる」という指摘があった。
 まったくその通りなのだが、常識のはずだと思っていたら解らない人もいるので、ここで当たり前の話をしてみる。
 そもそも裁判とは、社会の中で責任の分担が問題になったときに、それを解決するためにあるものだ。
 ただし、既に責任の分担については決まっていて、社会のせいにする余地がないこともある。例えば民事裁判で、単純に借金を返さなくて訴えられた者が、「それは不景気のせいだから、自分ではなく政府の責任だ」と言ったら「ふざけるな」となる。
 しかし、そんな単純な問題だけではすまないことのほうが多い。借りた金を返さない人よりも、返せなくなる金を貸した側が悪いことだってあるし、それついて金を貸す商売の免許を与えたり監督したりする役所が不正とか怠慢により責任を問われるべきときもある。
 まして刑事裁判は、その分野自体が、関わった当事者だけの問題ではすまない性質なので、だから公的に対処するのであり、そこで社会と人とで責任負担の割合をどうするか決めるのだ。
 だから社会のせいであることは前提であり、あとはその範囲がどの程度かという問題である。
 つまり、社会のせいにしてはならないのは、裁判でなくても解決できることだけであり、裁判でないと解決できないことかどうかを見定めるのは、とても困難だ。そして、現に裁判が成立しているなら、責任の範囲はともかく、何らかの形で社会のせいであることは、間違いないのである。
 
 
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by ruhiginoue | 2012-02-23 22:45 | Comments(2)
 そもそも、この事件について関心をもったのは、たまたま遺族が「出演」したテレビ報道を見たことだった。
 これを見た人たちの中には、ほんとうの遺族ではなく、俳優がふんして演技しているのではないかと思ったと言う人もいた。犯罪被害者の会員に聞くと、本人には何度も会って話したりしたが、とても物静かな人で、あんなテンションとボルテージの高い人ではないとみんな言う。だから、替え玉説も出ていた。
 また、これを薬害事件の広告塔となった「被害者スター川田龍平」のような「遺族スター」だと指摘する人もいて、選挙に立候補するつもりではないかと囁かれていたのは周知のとおり。
 そうした政治的な思惑が背景にあるかどうかはともかく、それ以前に不可解であった。なぜなら光市の事件は一般的にほとんど知られておらず、それが判決後になって遺族がテレビ出演してから大騒ぎになったからだ。
 この事件には誰でもむごい印象を持つだろうが、これと同様か、それ以上にむごい事件は幾らでもある。だから、事件そのものは大した報道がされていなかった。
 ところが、ちゃんと犯人が捕まって無期懲役になったのに、死刑でないのが納得いかないとテレビで遺族が怒りをぶちまけるとは異例である。
 なにか事件があって被害者や遺族を取材し、心情を録画などで報じることは良くあり、その場合、あくまで報道する側の主張である。だから後で編集もするし、なのでカメラ目線はせずに、インタビューする人の方を見て話すようにと収録に当たり指示するものだ。
 なのに、取材によって間接的に伝えるのではなく、直接に訴えるのでは報道でなくなってしまうから報道番組の中でやるべきことではないし、特定人の意見を公共の電波で直接に訴えることは放送上の禁忌であるから、やるときは論評として区別し、当事者が出るなんてとんでもないことだ。
 こうした報道の諸原則を一切無視しているので、これは変だと感じたし、ここまで異例ならば、なんらかの働きかけがあったと疑われる。

 ただ、これだけ騒ぎになったのは、犯人が未成年者だからだ。やはり報道に疑問を感じた人たちに聞くと、だいたい同じ意見だった。
 すなわち、暴力団などがもっと凶悪な事件を起こしていて、時にはマスメディアが問題にして騒ぐけれど、まるで盛り上がらない。それは、暴力団などなんらかの力を持つ対象を糾弾すると恐いが、駄目な親をもつ子供なら本人も非力だし後ろ盾もないから安心して騒げる、ということだろう。 
 実際、光市事件が騒がれたのと同じ時期に、罪もない大学院生がゆきずりの暴力団員たちから壮絶な暴行をうけたうえで惨殺され、警察の不味い対応を含めてマスメディアが騒いだのに、世間は沈黙であった。この騒ぎと沈黙との差が実に激しく、つまりこれは、少年事件で大騒ぎした人たちのほとんどが、暴力団には目を伏せた、というわけである。
 その前には、埼玉県の桶川駅前で通学途中の女子大生が、ストーカーと化した男のヤクザな兄とその仲間たちに殺害された事件があったが、そのさいは警察とマスコミによって被害者はふしだらな女性だと嘘を流布され、だから被害に遭ったので自業自得だと誹謗された。これにより一般人の多くは、特殊な被害者だから自分とは無関係だと思って安心し、誹謗のデマを受け容れてしまったと言われている。つまり凶悪さが甚だしければ、加害者を糾弾するのではなく被害者を貶めるわけだ。
 さらにその前、足立区で女子高生が監禁集団暴行のうえ殺害され、遺体がコンクリ積めにされ捨てられた事件では、死体処分の手口から暴力団の関与が疑われ、逮捕された犯人も自分がヤクザ者だと言って被害者を脅したと証言したから世間は戦慄したが、実はヤクザのふりをした高校中退の不良少年たちだとわかり、未成年者だったとなると途端に世論は攻撃的となった。
 そして少年法に挑むと言って実名報道をすることで売りあげをのばしたのが、売るためにはなりふり構わずで知られる花田編集長時代の『週刊文春』であった。実名糾弾するにしても、暴力団ではなく少年事件なら、事務所や自宅に銃弾を撃ち込まれる心配がほとんど無い。
 この花田編集長は続いて、ナチのユダヤ人虐殺は無かったという記事で国際的な問題を起こしたり、東電からお金をもらって原発事故擁護をやっているのは周知のとおり。ヤクザじゃなく少年だったなら叩き、ナチを庇い、東電を庇う。 
 つまり、短気で気の弱い者が相手をみてキレるのと同じだ。「家庭に事情があろうと、未成年であろうと、そんなのは言い訳だ。本人の責任だ」と言うことなら、どんな臆病な人だってできる。そんな人が日本には多い。
 だから、この事件はこれだけ盛り上がったのだ。
  
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by ruhiginoue | 2012-02-22 00:34 | 司法 | Comments(4)
 予想したとおりの光市事件判決も、報道は中東情勢と同じ。
 前に繰り返して述べたが、対立があるなら、その双方の言い分を紹介して、比較のうえ判断できるようなものでないと、情報を得たことにはならない。これはすべてに渡って共通することだ。
 中東情勢は、NATO軍の側から一方的に垂れ流される報道まがいばかりだ。
 光市事件も、検察側から一方的に垂れ流される報道まがいばかり。遺族を表向き立たせ利用しているとの批判もあるが、それ以前に、対立する双方の言い分を紹介していないから、この事件に関して垂れ流されるほとんどが報道まがいだ。
 一部の新聞が、裁判での検察側と弁護側の主張を漠然とした図にして掲載したことがあるだけで、読んだ人はだいたい、これでは何のことだか解らず、アリバイ作り以外ほとんど意味がない。
 また、検察側(表向きは遺族側)に立った報道は、嘘が目立ったのだが、それは問題になっていない。逆に、その嘘に基づいて弁護側を非難している。 
 例えば、犯人が「ドラえもんに、なんとかしてもらいたいと思った」と発言したことについて、どこがどう悪いのか指摘もなく、ふざけていると非難した話は有名。
 橋下のデタラメ発言が出た番組では、ここで歌手崩れの関西ゴシップ芸人「やしきたかじん」が、ヤクザ顔負けで「ゴルァ」と恫喝していた。
 被告は確かに「ドラえもん」とは言ったが、それは、とんでもないことを仕出かして気が動転してしまい、テレビの人気アニメで困った主人公がドラえもんに泣きつく場面を連想した、というだけのこと。だから、本当にドラえもんがいると思ったのではないと明確に証言している。
 ところが、やしきたかじんは、ドラえもんがいるわけないという趣旨で、弁護団全員を一人で論駁できると言い「俺が独りで相手になってやるわ」。もちろん口だけである。ガンになるより何年も前のことだ。
 こんなのは論外だが、テレビ朝日では、朝日新聞の記者が、弁護団は死刑廃止運動のためデタラメを言ったと完全な嘘を放言した。弁護団に死刑廃止運動に関わっている人も含まれているが、そうでない人もいるし、だいたい、弁護の方針と死刑廃止とはまるで関連がない。
 また、犯人は遺族を「調子づいている」と言って誹謗しており反省していないと報道されているが、これは犯人が文通している中で、遺族は言い過ぎではないかと指摘されたさい、「自分は何を言われてもしょうがない立場だ。遺族が言っているのもマスコミに煽られてのことだ」という話だから、遺族を誹謗したのではないし、批判の対象は明らかにマスコミのほうだ。
 こうしたマスコミの嘘宣伝に隠されて、とんでもない判決になっている。要するに、「殺してしまったが、わざとではないし反省している。なのに、わざと計画的にやったことにされてしまった。とんでもないことだ。そう言える証拠もある。やったことについて罰を受けることは当然だが、罪を重くしようと脚色することは許されない」という弁護に対して、「素直に死刑にならず、死刑を避けようと弁護を受けたのが悪いから、死刑にしてやる」という趣旨であることがわかる。このような判決は、日本の刑事裁判では珍しくないから、いまさら驚くことではないが。
 これでは、日本国民みんなにとって、明日は我が身である。例えば交通事故を起こしてしまったさい、わざとぶつけたことにされるなどの応用が、いくらでも出来てしまう。裁判の結果は一人歩きする。被告と自分は違うと思ったら、大間違いである。
 
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by ruhiginoue | 2012-02-20 20:27 | 司法 | Comments(26)

有名人と同姓同名

 あるサイトのコラムで、有名人と同姓同名の苦労や笑い話が紹介されていた。
 小林旭という人が、未成年者が夜遊び中かと疑われたのか警官に声をかけられ、名乗ったらふざけていると思われ怒らせたが、本当だとわかったら急に態度が変わったうえ、対応が親切になったから、もしかして警官がファンだったのか、という話や、お父さんが鈴木宗男というそうで、職場では汚職問題のさい部下に大変ですねとからかわれ怒り、息子は父が建てた自宅を「ムネオハウス」と呼んで面白がった話など。
 
 それで思い出したが、同級生に酒井昌明という人がいた。転校生で、担任が「さかいまさあき君」と紹介したさい、冗談かと思い本気にしない人がいた。そしてもちろんあだ名は「マチャアキ」になった。
 また、同級生のお姉さんに「まつだきよこ」さんがいて、漢字では松田聖子と書くから、本人は苦労したそうだ。70年代まではそんなことなかったのに、80年になってからというもの、名乗るぶんには良いが署名では本気にしてもらえないし、「まつだせいこ、さん、とおっしゃるのですか」「いいえ、きよこ、です」と、何回言ったかわからないほどだそうだ。

 他にも色々あるが、政治的に睨まれている人とか、抗争している暴力団の関係者などでは、同姓同名で間違えられて、笑い話ではすまず、命にもかかわり、殺された人もいるらしい。
 
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by ruhiginoue | 2012-02-18 23:01 | 雑感 | Comments(0)
 シリアを非難する国連決議について、また日本の報道は、自由がない属国の御用報道・世論操作であることを示した。
 これは安保理とは異なり全会一致ではなく、したがって賛成多数により可決された。だから、これを報道するなら、棄権した国と反対した国が合わせて29で、反対にはロシアと中国が含まれているけれど、拒否権行使ではないという説明になるべきものだ。
 ところが日本の報道は、ロシアと中国が反対したと報じ、その反対理由も、他の反対や棄権した国々の言い分も無視し、反対した12国のうち、わざわざ北朝鮮も反対したと1国だけ付け加える。
 また、シリア政府というべきところで「アサド政権」、反政府活動については、暴徒化もしているし外国から武器が搬入されてもいるのに、「民主化要求デモへの武力弾圧」と書き、これにカッコを付けず客観的事実として扱う。
 暴動を起こしている者がいることはシリア政府だけでなく諸外国の報道でも指摘があり、アメリカの高官でさえアルカイダがいると公式に証言しているのに、「反政府テロ集団」はカッコ付きにして、客観的事実ではなくシリア政府の言い分とする。
 あまりにも作為的で、報道には値しない。
 これは、シリアとかアサド大統領などをどう思うかとは無関係に、報道と言論の自由において問題ということだ。

 ただ、このアサド大統領は、自業自得という部分もある。政治が悪いからではない。実は国民の支持が高い。少なくとも欧米のプロパガンダで言われてるよりは遥かに高い。
 ただ、かつて中東諸国の会議で、リビアのカダフィが
 「こうして話し合う機会をもったのだから、ただの会合とか親睦ではなく、実効性のある方針を議論して決めないといけない」
 「なのに我々は、だらしなさ過ぎる。だからその報いで、私だってフセインのようにいつか殺されるだろう」
 「彼やお前さんと違って自分は大丈夫だって言いたいのかもしれないが、イラクの何処に大量破壊兵器があったのか」
 と、ぶちまくっていたのだが、そのときアサド大統領は笑いながら「カダフィは相変わらずだな」というような顔をしていて、明日は我が身とは思っていなかったのが明らかだった。
 
 これらの諸国はイスラム教の戒律で酒は禁止だから、日本ほど醜くはない。
 日本では人権擁護などの市民運動や住民運動で、「会合」をしても「議論」にならず「実効性のある方針」を決められず、「もういいよ。早く飲みに行こうぜ」ということになり、そこで酔っぱらって赤提灯談義とか愚痴こぼしや悪口の言い合いになる。
 そもそも、ダムで村が水没とか、原発誘致とか、そういう大事なことで議論なんてできず、そのまま説明会に行って、酒を振る舞われて気が大きくなったところで署名させられてきたものだ。


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by ruhiginoue | 2012-02-17 19:24 | 国際 | Comments(1)

ヘッドホン交通事故

 警視庁が東京都内において今月10日に行った、自転車への一斉街頭指導の結果を16日に発表したが、注意を促すための「指導警告票」が交付された1571件のうち855件はイヤホンやヘッドホンを装着したままの「聴きながら運転」だった。続いて信号無視(159件)、携帯電話使用(156件)という。

 都道路交通規則はイヤホンにより聞こえない状態での運転を禁じており、警視庁は「違反という認識が低いが、危険なので控えてほしい」と呼び掛けているが、携帯音楽プレーヤーのイヤホンをして自転車を運転していた世田谷区の男子大学生(21)は警察官に「何が悪いんだ、みんなしている」と話したという。

 このことを『毎日』が報じているのを読んだが、かつて同紙の記者の息子が自転車の運転中に自動車と衝突して亡くなって記事になっており、ヘッドホンをしていたらしい。
 この、亡くなった人は小・中学の同級生で、一度も組が一緒になったことが無かったので知らなかったが、近所の特に仲が良かった同級生が同じ組で親しかったため、そこから付き合いだし、「友達の友達は友達」ということになった。
 うちの近所にあった『毎日』の販売店が潰れてしまったので縁がなくなっていたが、『毎日』のこども向け新聞『くりくり』を、彼にもらって読んでいた。
 それは当時『くりくり』に松本零士が連載していたからで、それだけが目的だから古新聞で良かった。それで、お下がりをもらっていた。これで思い出して調べたら、まだ『くりくり』は、あるらしい。
 それは個人的な思い出だが、自転車でヘッドホンは交通事故につながるので、みんなやめよう。
 

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by ruhiginoue | 2012-02-17 00:07 | 社会 | Comments(2)

ハイド・パーク

 The voice of Russiaの報道によると、プーチン首相はロシアの大学の学長らと会見した際「将来ロシアにも、大衆がそこで集会を開けるようなロンドンのハイド・パークのようなものを作る必要がある」と述べたそうだ。
これは、日本でもやるべきだと鈴木邦男氏が主張してきたことだ。ハイド・パークでは、誰でも自由に集会したり発言したりする場となっていて、この公園が公共の場から英国の民主主義を草の根で支えているとも言われる。
 ただし、ロシアの無認可野党の代表者は、ハイド・パークなんて頭のおかしい人たちが無責任に放言しているだけで、そんなのを真似ても無意味だと批判している。
 たしかに、英国の民主主義なんてイカサマで、ハイド・パークはそのガス抜きでしかないとも言える。
 しかし、実態は幻想にすぎないとしても、理想としての精神は見習うべきではある。この点で、なんと日本の中学の道徳の教科書に、ハイド・パークを題材に皮肉としか言いようが無い小話が載っていたことがある。
 アメリカ人の旅行者が、ハイド・パークでいろいろな人たちが発言しているのをロンドン名物として見物していると、警察批判の演説をしている男性がいた。そこへ警官が歩いてくるのが見えたので、これは面白いことになりそうだと自動車を近づけた。
 すると、警官は演説をしている人の前を通り過ぎてアメリカ人のところへ来て「もしもし、エンジンを止めてください。あの紳士の演説の邪魔ですよ」と注意した。
 アメリカ人は驚き、警官の度量と言論の自由を尊重する姿勢に感心しながら、自分の野次馬根性の卑しさを恥じ入った。
 この小話は、自分と違う立場の他人の意見を尊重する大切さを主題としているのだが、外国の話を利用して間接的に日本の警察を批判していることが明らかだ。著者と文部省もなかなかやるものだ。
 ところでソ連時代には、市民の集会は禁止と外国から思われていたが、実は自由であった。ただし、たまに開催されると、プーチン首相の元勤務先が日本の公安と同じように参加者の写真を撮るから、ごく一部の蛮勇がある人しか参加しないので目立たないというのが実態だったようだ。
  
 
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by ruhiginoue | 2012-02-15 22:29 | Comments(0)