井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

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 「もうやめた。お前たちと話しても面白くない」
 映画監督の大島渚が、何かの番組で怒ってしまい言った言葉だ。何かのきっかけで、俳優の大竹まことが「多数決の原理というけど、多数が正しいとは限らないから、疑問だ」と言ったら、同席していたタレント政治(性事)学者の舛添要一が「それでも多数決は民主主義の基本原則だ」と指摘した。
 そこで大島が言った。「多数決はそれ自体が問題ではなく、それをどこまで適応させるかが問題になる」
 ところが、大竹が理解できず、舛添に至っては「多数決で少数が否定されて全体が統一されるのが民主主義だ」と、品の悪い暴論を言い出すものだから、大島が怒ってしまい、「もうやめた。お前たちと話しても面白くない」と言ったのだった。
 議論とは内容が発展して、込み入った話から次第に明確な回答が導きだされるので面白い。これは数学と同じだ。なのに堂々巡りや変な結論になることがあるから、そうなっては面白くないのだ。
 この件で、また例の橋下徹がやってくれた。国歌斉唱口元監視という滑稽な事態を朝日新聞の論説に批判されたところ、「朝日」が、増税議論で政府がどうしても必要と確信するなら異論があっても最後は多数決で押し切る覚悟も必要と説いたことを引き合いに出し、自分の変な条例も多数決で決定されたのだから、自分への批判はダブルスタンダードだとツィターで発言した。
 国歌や増税にどう考えるかとは別に、問題となるのは、それらが多数決の対象なのかである。このことが橋下にはわかっていない。彼はほんとうに面白くない。

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by ruhiginoue | 2012-04-30 23:59 | 社会 | Comments(0)
 人気声優の平野綾がツイッターで、「さっき乗ったタクシーが本当に怖かったの」という話を発したことが話題になった。
 それによると平野は、降車を告げたものの運転手が怒鳴るばかりで降ろしてくれなかったために恐怖を感じ、信号が赤になったところで降りようと試みたが急発進されてしまい、ドアが開いたまま走り続け、警察に電話してようやく交番近くで停車したそうだ。
 その後、事情聴取を受けた彼女は、運転手から「こいつが頭おかしいんだ」「女は泣くからいいよな」と暴言を浴びせられ、「いきなり怒鳴られて怖かった。こういう仕事してるし事件だったらどうしようと思った」と述べている。

 これについて、彼女を信じて運転手に怒る者ファン、彼女の話に疑いを持つ者、双方の言い分を聴かずに判断すべきでないと慎重な者、などの反応があるのだが、これと似たような話を直接知っている。 
 もう過去の話だが、実は声優をしている女性とつきあっていたことがある。平野綾のような売れっ子ではなく、アニメより披露宴などの司会者のほうが多かった人で、彼女がうちを訪ねてきて、そのさいうちの近所に住む「1ラウンドじゃねえ、1分だ」の名台詞で知られる大先輩から、その自宅で講習を受けようというときのことだった。
 夜遅くなったのでタクシーに乗ったところ、言うことを無視されて違う方向へ走られてしまい、携帯電話で助けを求めて来た。そこで進行方向をこっちの車で封鎖すると聞こえるように大声で言い、脅しをかけて停止させて降ろさせた。
 よく言われることだが、悪質な運転手がわざと遠回りして料金をぼったくろうとしたり、悪徳運転手仲間たちの口コミで知られる「レイプスポット」があり、車を乗り入れたら両側の塀など障害物によってドアが開かなくなってしまう、とくに夜は人目の少ない場所に、連れて行くこともある。
 もちろん決めつけはできない。婦女暴行事件があると、警察がタクシー運転手を疑い、適当に目星をつけて証拠も無いのに任意同行させ、弁護士も伴わない録音もしない取調室で強引に自白調書に署名させ簡単に事件解決と同時に冤罪も一丁上がりということが現実にあるのだから。
 ただ、そのような「日本と中国の司法制度は先進国とほど遠い」とアメリカから名指し非難される現実もあるが、まずタクシー運転手を怪しんで目を付ける警察の対応は、そうした偏見が生じさせる一部の不良運転手がいるとの現実もあるからなのだ。
 
 
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by ruhiginoue | 2012-04-28 22:42 | 芸能 | Comments(0)
 人気漫画『ブラックジャックによろしく』が、まだ売れているのに絶版になるそうだ。理由は二次使用権がらみらしいが、もともと作者が出版社に不満を言っていたことから、軋轢があったのではないかとも言われている。
 この作者が騒いだため。漫画の作品は売れているのに作者の収入は乏しくなっていることがよくあるという問題が、世間に知られるようになった。
 それより前に、この問題を知り合いの弁護士から聞いたことがある。これは漫画家が出版社から正当な報酬を受け取っていないからであり、このままでは新人たちがやっていけないからと転職して後継者がいなくなってしまうと、ベテラン漫画家たちが憂慮したそうだ。
 それで、手塚治虫亡き後トキワ荘の世代も次々と他界し、自分たちがやらないといけないと追い詰められた気持ちになったのが松本零士とちばてつやであった。
 だから松本零士が、その一連の言動から著作権の問題で疑心暗鬼になりすぎていると批判されているが、これは問題を抱えこむことになり神経質になっているからだと思われる。
 そして、一方ちばてつやは法的問題について弁護士に相談していたというわけだ。ちばてつやは松本零士と漫画家同士でもっとも仲良しであることは、昔から知られている。
 ところで、以前、ある出版社が松本零士にインタビューしたくて、その出版社としては付き合いが無かったので、その出版社の編集者の友達で、当時松本零士が連載していた漫画雑誌を発行している別の出版社の編集者に、紹介してくれと頼んだが断られたそうだ。友達でも会社が違う同業者だから仕事では商売敵ということだった。
 それで、松本零士ともっとも仲が良いちばてつやに頼もうということで、ちばてつやと知り合いの弁護士の知り合いである自分のことろへ、編集者から頼みがあったのだが、弁護士としては、正規の業務として法律相談を受けていたのだから、何度も会って顔なじみとはいえ職業倫理にかかわるから駄目だと言われた。『笑っていいとも』の「友達の輪」とは違うということだ。
 それはともかく、漫画家たちが以前から、出版社にボッタクリされているという不信感を深めていた、ということである。

 
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by ruhiginoue | 2012-04-27 21:34 | 司法 | Comments(7)
 小沢一郎氏に無罪判決となったが、これによって強制起訴について色々と言われている。
 これまでに本件も含めて二例とも、問題があったことは間違いない。
 しかしたった二例によって、制度そのものを否定するわけにはいかない。制度それ自体ではなく、その運用に問題があるのかもしれないし、考え方は良くても実践してみると課題があることが判ることもあり、どんなことも反復することで上達とか向上とかいうことになっていくものである。
 もちろん小沢一郎という政治家を、どう評価するかは別に問題となる。例えばなにより本件のように、そもそも政治家とは政策などとは別のところで何億円も動かすものなのかという根源的な疑問。
 ところで、ちょうど自分の裁判の手続きがあったのだが、これは杉山功郎という弁護士が法廷で虚偽を述べたことを訴えたもので、東京地裁の堂薗幹一郎裁判官が、法廷で起きたことなのに弁護士会内部で起きたことにしてしまい、弁護士会内部のことだから裁判所は判断しないという、故意の事実誤認により逃がしたことに対する控訴である。
 この問題の弁護士と裁判官は仕事で馴れ合いしていたから、という指摘もあるが、この件により、ますます杉山功郎弁護士の危険な体質が明らかになったと言えるだろう。
 これについて控訴ではどんな反応があるか、楽しみである。
 そのなかで、東京高裁からわざわざ特別送達で通知があったのだが、指定されたとおり郵便切手を予納しておいたのに、それでは1040円不足なので追加して納めろというもの。
 これは不可解だから、不明な点は問い合わるようにと書記官室の番号が記載されてるので、そこで担当書記官に尋ねたところ、この連絡をするため特別送達の費用1040円を使ったからという回答。
 バカじゃないかと思ったが、このさい「期日呼び出し状」を同封したので、これは大切な通知だから「特別送達」にしたと言う。しかし、これまで当事者双方が都合がつく日について裁判所からファックスで問い合わせがあり、フアックスで返答していたのだから、普通はその回答に基づいて裁判所で日時を決めると、ファックスで当事者双方に連絡し、連絡を受けたことを確認のため「期日請け書」を当事者が裁判所にファックスで返送するものである。返送が無ければ、届いたか電話で問い合わせられる。これなら簡単かつ確実な上はるかに迅速で安価である。
 なのに、通例に反して、必要も無いのに、よけいに手間と時間がかかるうえ送料が高額な特別送達を利用してしまった。そして、指定されたとおり納めていたのに、これで足りなくなったからその分を追加して納付しろ、という連絡事務を同封したということだ。
 こちらから指摘を受けて、不手際に気づいた書記官は「あーっ」と言って明らかに「しまった」と言う様子であったが、謝りはしなかった。違法行為ではないし、公務員は個人責任を持たない。
 たいした金額ではないが、しかし1040円あったら裁判所の地下の不味い食堂(これは弁護士がよく言うこと)ではなく、少し足せば隣にある弁護士会館の地下で和食か中華に出来る。
 やれやれ小沢一郎氏と比べるとケチな金額だが、役人が市民から納められたものをうっかり無駄遣いしてしまって責任無し、ということに、むしろ不愉快であった。

 
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by ruhiginoue | 2012-04-26 20:15 | 司法 | Comments(8)
 京都18歳少年の無免許運転事故で、搬送先の救急センターがブログに「マスコミが霊安室前にカメラをかまえ家族を無断で撮影」という非難を載せたそうだ。
 これについて言えることは、まず、そのような傍若無人な取材をする者はよくいるから、事実である可能性はあり、しかし、一方の言い分であるから鵜呑みにしては駄目だし、しかも、もともと医療関係者は、不祥事を騒がれるなどで神経質になっているから、基本的に報道関係者を敵視しているので、なおさら検証抜きで信じてはいけない、ということだ。
 一方この事故では、一部の報道が、警察も捜査中で事実関係が詳しくわかっていない段階なのに、事故を起こした自動車に乗っていた者が現場で平然として携帯電話で話していたと非難めいた内容を伝えていた。
 これは内容的にも疑わしい。自分が乗った自動車が事故を起こした直後にそう平然としていられるはずがなく、まるで動揺しないというのは不自然だ。また事故があったさい不安を訴えたり相談したりするため現場から携帯で通話している人の姿は、よく見ることだ。
 つまり、救急搬送センターの一部マスコミに対する非難も、一部マスコミの事故当事者への非難も、相手側の言い分を聞かない一方的なものだ。前にも指摘したことだが、対立する関係者がいたら、双方の言い分を紹介して比較検討できるようでないと、情報を伝えたとか得られたとか言うことにならない。
 ところが、内容をよく見聞きして知ろうとせず、相変わらずの型にはまった反応をする人たちが、ツィターなどネット上に多く見受けられる。報道関係者に苦情があったとなると「マスゴミー!」と喚き、そんな「マスゴミ」のずさんな報道に乗せられて、事件に未成年者が関わっていたというだけで「少年法はいらなーい!」と喚く。
 これは本当に情けない。こういう問題について、前に元サッカー選手の中田氏が自分のウェッブサイトで「みんな自分を持って欲しい」言っていたが、まさにそのとおりである。

  
 
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by ruhiginoue | 2012-04-24 18:46 | 社会 | Comments(2)
 政治家と政党、警察や自衛隊あるいは他の役所でも大企業でも、批判されなければ腐敗してしまうというのは常識だ。例の外務省の佐藤という人が指摘していたが、彼は自分が「国権派」で「人権派」とは対立する立場とし、しかし「人権派」が熱心だから「国権派」も熱心になるわけで、例えば刑事裁判でもあの安田弁護士のような人がいるから検察だって批判されないように正しく頑張るということだった。
 これは暗に問題の橋下を批判したうえ、橋下のような者を取り上げるマスコミは佐藤自身としても報道被害者として憎いから出た発言であるのだろう。

 いずれにしても、監査する意義として批判は必要だが、そのためには正しい内容でないといけない。しかし問題だらけだ。それで、社会で権力を監査する機能として存在意義があるのに、そのマスコミには問題があるからと法規制しろと、とんでもないことを言う人がいる。ほんとうは内部で相互監視するべきだが、それがまったく駄目なのは弁護士会の懲戒制度と同じである。意義はあるが実施において駄目ということだ。
 
 報道について、古いけれど時期がちょうど今の季節だったし、わかりやすいから例に挙げる。
 当時「バブル経済」で、成金趣味としてスキューバーダイビングが流行していたが、よく観光客の一部に不道徳な者がいて遺跡や文化財や自然に落書きするけれど、それと同じように海底の珊瑚に落書きしたダイバーがいたと朝日新聞が写真つきで報じた。いかにもありそうな話だったので話題になった。
 ところがその写真とは、カメラマンによる自作自演であった。それによりカメラマンは首にされ、掲載した新聞社としては社長が辞任することで責任をとった。社長は就任したばかりだから不可抗力ではあったが、カメラマンが問題になったあとも嘘をついてごまかそうとしたため社の対応も混乱し、そこに責任を認めたということだ。

 これについて、中野翠と林真理子の仲良しエッセイスト(二人とも政治的には保守に近いノンポリ)が某雑誌で対談したさい話題になり、「『朝日』の不祥事で『文春』は大喜び」と茶化しながら「この程度で不祥事になるのだから新聞は可愛そう」「雑誌はこの程度だと不祥事のうちに入らない」と指摘していた。
 また、とんでも記事ばかりで縮刷版が作れない『産経』が非難してるのも笑われたものだし、あとはやはり陰険なでっち上げ記事で知られる『新潮45』で、俵孝太郎とか曽野綾子といった強者への媚と弱いものいじめばかり陰険にやるのが得意で嫌われている連中が、相変わらずの下品な文章を載せていた。
 そもそもこの問題になった記事は社会問題というより巷の話題という程度のものだった。なのに政治的な問題と牽強付会して、『朝日』の報道姿勢や論調に反感を持つ者たちが非難したわけだ。政治的な問題ならいくらでもネタがあるのに、こじつけは説得力を損なう。報道姿勢や論調への反感があるなら、それに対して堂々と批判や反論をするべきであり、不祥事につけ込むのは虚しいだけでなく卑怯者のそしりをうける。
 もちろん、不祥事は不祥事であるから、擁護はできない。そこにつけ込んで、もともと反感を持つ者がはしゃぐのは当たり前のこと、とまでは言えないが、そういう奴はそうするだろうな、と誰でも思う。
 ただし、そうしてる奴はみんなからどう思われるか。良い印象を持たれないだろう、とだけは言える。これは他の個人でも団体でもなんでも同じだ。自分が悪いと認め土下座して詫びている人の頭を踏んだり蹴ったりしたら、詫びられている本人が怒りが収まらなくてやったとしても「気持ちはわかるが、だからといってもそんなことはしては駄目だ」と、たしなめられるものだ。
 まして、第三者とか野次馬が横から出てきてやったらどうか。言うまでもないだろう。仮に自分としても何か別に反感を持っていたとしても、他人に謝っているところへ便乗するな、謝られている人にも失礼だぞ、と言われるし、直接利害がないただの野次馬だったら、非難されると同時に、そんなことをして悦に入るしか出来ないなんて相当心が病んだ可哀想な人だと言われるはずだ。
 こんな当たり前のこともわからない人が少数だがいたわけだ。
 
 心が病んでいる人たちは、そいつらだけで群れているなら放置するとして、問題なのはこちらである。当時、週刊文春が的外れな非難記事を載せてた。「環境保護が聞いて呆れる」という見出し。
 なに言ってるんだろうか。これでは非難どころか『朝日』をもちあげすぎだ。その近くでは珊瑚礁一帯を全滅させる埋め立て工事が反対を押し切って行われてしまったが、これを当時一部マスコミも批判していたし、日テレの一部番組はとくに熱心に報道していた。
 そういう情勢の中で、『朝日』は一面トップに総天然色の写真つきで、観光のさい落書きする不届き者が約一名いるという記事によるお茶濁し。権力への監査が必要だから報道の自由は大切という原理からは程遠い。その程度の記事だから、カメラマンも手抜きして自作自演で済ましたのだろう。
 なのにどこが「環境保護」と関係あるのだ? 批判するならそうした『朝日』の怠慢な報道姿勢じゃないのか。橋下サンの言葉を借りれば「バカ文春」は、怠け者の『朝日』を持ち上げ、それを批判することで自分も立派になったと錯覚した怠け者じゃないのか。
 こうした怠け癖は、ますますひどくなって、マスコミも政治家も経済界も医学界も法曹界も共通している。 これを覚悟したうえで、社会と向き合わないといけない今の時代である。

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by ruhiginoue | 2012-04-23 19:52 | 社会 | Comments(0)
 近所の専門店で、店の人と背広の仕立てについて話していたさい、同じ形のものを同時に何着も仕立てるかどうかという話になった。
 あのアインシュタインは、同じ背広を何着も持っていたが、これは出かける前に何にしようか悩まないようにするためで、そんなことに脳細胞を煩わせるより研究など他のことを考えるのに頭を使いたかったらしい。
 これとは違い、仕事用だと同じものを何着も持っていると有用だし、しかも寸法を測って型紙を作るまでがけっこう手間暇かかるから、そこから同じものを何着も仕立てれば費用が安上がりということである。
 これと同様に、何か開発するとしても、設計図を作るまで研究する手間暇費用が莫大であるから、そうした研究開発に比べれば、そこに基づいて製造と組み立ては大したことではない。
 これについて、小学生のころに読んだ松本零士のSF漫画を思い出した。なかなか完成しない主役の戦闘メカについて、開発製造の中心となる科学者が主人公にプラモデルを示し、これを作るとしたら完成まで時間がどのくらいかかるかと問い、そのまま組み立てれば一時間くらい、パテを盛ったり色を塗ったりしたら二〜三日、と主人公が答えると、では部品の材料のプラスチックを流し込む金型と金型を設計する図面の段階から作ったらどうか、比較にならないほどの時間が必要だろう、と言う会話となり、そうすることで、作るよりその前の段階が大変だという説明となる。
 だから、北朝鮮がミサイル開発に役立つロケットを研究開発して人工衛星の打ち上げとして発射したが失敗し、これで莫大な費用の損となったけれど、懲りずに再挑戦すると言っていることを非難しても、むしろここでやめるほうが大損であるから意味が無く、他に支障が生じなければ、成功するまで続けるはずだ。
 これは道徳の問題ではなく、損得の問題である。
 
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by ruhiginoue | 2012-04-19 17:27 | 経済 | Comments(2)
 女性へのストーカー行為をしていた駅員の男性が、勤務先で女性のパスモ使用記録を覗き見していたため問題となったそうだ。
 これは個人情報の問題であるが、技術の進歩が監視社会を作ってしまうとの問題でもある。おそらく、ストーカーの駅員がやるくらいだから、公安警察や自衛隊情報隊は、もっと本格的に、組織的に、政治的に、やっていることだろう。
 この報道で、テレビのインタビューに出ている女性たちは、知らない間に見張られているのは不気味だと言っているが、ここで実害が無いから良いじゃないかと言われたら、きっと怒るだろう。
 では、警察とか自衛隊など公的機関が監視していたら、今のところ実害が無いから良いとか、「お役所」「お上」「お国」だから安心だとか思うだろうか。個人の権利より全体の治安のほうが優先だから我慢するべきだとか、一部の特殊な人と違い自分は政治的な方面と無関係だから良いなどと言うだろうか。
 パスモだって、不正乗車を監視するために職員が記録を見ることができるし、警察が捜査に利用したり、逆に捜査された側がアリバイを主張することもできる。ところがストーカーに利用した職員がいたから問題になった。
 これと同様の問題を、警察や自衛隊も起こしている。正当な業務の本来の目的から逸脱して、不真面目な職員が職権濫用することが問題なのだ。
 それをわかってない人がいて、警察や自衛隊は業務から特別だと言ってしまう人たちがいる。それでは、ストーカーがやりたければ警察か自衛隊に入れば良いことになってしまう。
 他の機関でも実際にあった。極秘任務を隠れ蓑にして好意をもつ女性を付け回した一例として、政治的な理由から監視していたはずの女性とは「工藤静香」という現在キムタク夫人のアイドルタレントで、ファンだったから勤務中に仕事してるふりして付け回していたのがバレて職場で問題になったと、もと内閣調査室の野田敬生氏が教えてくれた。

 これは前に、与党になって変節したような枝野さんという話で紹介したけれど、不正にするから問題なのに、公的機関がやる分には良いから批判するなと言う人たちがいるから困ったものである。
 その後、防衛医大から美容外科に転じて女性相手に商売している医師は、複数いるという現実だってある。



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by ruhiginoue | 2012-04-18 12:49 | 社会 | Comments(0)

笑っていいとも

 フジテレビの昼の長寿番組『笑っていいとも』の中心となる「テレホンショッキング」は、「友達の友達はみな友達」「友達の輪」と称して出演者が次の出演者を紹介し、番組中で電話をかけて直接出演依頼するものだったが、それをやめてしまった。
 すでに形骸化していて、あらかじめ話を通しているから突発的なことが無くなり「ハプニング」の面白さが消えたうえ、映画や舞台などの宣伝のために紹介するようあらかじめ依頼しているのがはっきりわかっていて空々しくもなっていたのだが、そのうえ先日ついに女性の出演者が、友達紹介なのに「友達ではない」と明言したうえ電話で「はじめまして」と言ってしまい、このことが決定的だったとも言われている。
 その前にも、ある芸能人が自らのサイトで出演する予定を公表してしまったと話題になっていたが、そのようなことはもっと昔から頻発していて、電話をかけた相手が「駄目なんです。いま予定表を見たら、明日の昼はフジテレビに出ることになっているので」と言ってしまったこともあった。
 これでは面白くない。最初の頃は出演が不可能もあれば拒否もあり、とくに面白かったのはある女優がタレント批評家の竹村健一に電話すると言い、趣味のテニスで知り合ったとの話に司会のタモリが、
 「竹村健一さんがテニス?あの顔でえ。アッハッハハッ」
 そして電話では
 「どうも。タモリでございます」
 「今、見とった」
 「明日、来てくれるかな」
 「行かんよ」
 なんて面白いことがあったものだ。
 実はタモリは竹村健一について「お茶の間の無知につけ込む人」とコケにしていたそうだから、嫌いだったわけだ。
 「奥さん、知らんやろけどね」と言いながら、たいしたこと無い話を偉そうに講釈することを指しているわけだが、そんな竹村健一とは週刊ポストのしがない記者からタレント批評家として売れっ子となった人であり、そうなるために自民党ベッタリの発言ばかりして自民党ベッタリのフジサンケイを主な活躍の場としたのだった。
 しかしフジテレビで最も人気がある番組の司会をしてきたタモリは、かつて同局お抱え政府御用批評家への嫌悪を公然と示していたのだった。そうした一面もあったことが、『笑っていいとも』の面白さだった。そんな毒気はもうとっくに消えているが。 

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by ruhiginoue | 2012-04-14 22:13 | 芸能 | Comments(3)
 死亡7人重軽傷11人という多大な被害となった京都祇園でのワゴン車暴走事故は、死亡した運転者が癲癇(てんかん)の持病があったことから関連があったのかと騒がれている。
 これについて、運転者の家族は、よく車の運転をする仕事なので、危ないから転職すべきだと進言していたと言い、勤務先の社長は、五年ほどの勤務の中で発作は一度も無く、発作を起こしやすい疲れている状態で運転するような勤務にはさせてなかったと言い、かかりつけていた病院の医師は、車の運転は駄目だと明確に禁止していたと言う。
 つまりみんなで責任回避しているわけだが、差別や偏見があるから周囲で隠蔽したり当人が強がってみせたりして、よけいに危険があるという問題は、過去に述べたことがある。

ケネディ暗殺犯の殺害犯もてんかん

児童のとき刺されて救急車で病院に

 しかし、運転中に発作を起こしたのなら意識が無いはずだが、そのワゴン車は追突してから後退したうえ追い抜いたり、クラクションを鳴らしていたりと、運転者に意識があったとしか思えない暴走の仕方であったという目撃談もあり、原因はまだ謎である。
 もしかすると、治療の副作用だったのだろうか。アメリカのテレビドラマで『誤診』という作品がある。これは今またアカデミー賞の名女優メリル=ストリープがエミー賞の熱演で話題の作品で、彼女が扮する主人公の息子が癲癇の治療により副作用で異常な行動をとり、周囲の人たちに無差別な暴力をふるうなどして暴れ回る。
 それと同様の原因が祇園の事故にあるかどうかは不明だが、どうであれ医療業界の圧力によって真相は隠されるだろう。 
 
 ところで、日本では誤訳どころか内容に合っていない邦題が批判されているドラマ『誤診』では、高額で副作用ばかりの治療をやめて、医師の反対を押し切り昔から行われていた断食療法によって息子は回復するが、これについては断食療法に過度の期待を抱かせるという批判もある。効果があってとても良くなった人たちはいるが、副作用もあるし、効果についての根拠も明確ではないからだ。
 もちろん、そのため劇中で医師も反対するのだが、しかしドラマが問題にしているのは治療の優劣ではない。〝医学界で認められた療法〟を受けたら弊害ばかりなので、文献をあさり独学した親が、他の治療法にかえてほしいと訴えるのに、保険制度と医師の権威を傘にきて拒絶する病院の人間不在を問題にしている。
 例えば癌の治療にしても、「丸山ワクチン」を試したいと患者が言って賛成する医者はまず居ないだろう。効いたという人もいるので、試すことは可能だが、そこまで行くには大変である。
 また『患者よがんと闘うな』という医師による治療告発本が話題になるなどしても、手術や抗がん剤を信奉する医師もいるし、信奉してないし自分だったら断固拒否だけど金をとれるからと患者には推奨する医師もいる。
 そういう背景があるのだから、よくこのドラマを物語の主題ではなく医学的見地から批判している人がいるけれど、それは薬や手術の擁護者であって不純さが感じられる。これだから、今回の交通事故にしても、治療の副作用が原因ではないかという発想は禁忌であろう。

 
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by ruhiginoue | 2012-04-14 07:07 | 社会 | Comments(2)