井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

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 従軍慰安婦問題については外交問題の一方で裁判にもなっていて、被害の事実は証拠から明らかと認定されたが、講和条約により相手国への賠償は互いに放棄との約束なので請求棄却されたという判決を、東京高裁に行ったさい見たという話は過去にしたことがある。

 ところが、この従軍慰安婦とは金で雇われた売春婦であり、そこで何か問題があったとしても、民間の業者がやったことだから、兵士が客になったからといって軍は関係ない、と主張している人たちがいるのは、周知のとおりだ。
 もともと管理売春は、金で雇われる人だけではなく、騙されたとか強要されたという被害者がよく出るもので、「従軍慰安婦」の場合、軍は国の機関だから、女衒とか遣り手婆とかヤクザと同じことを国がやった、 ということで国際・外交的責任問題になっており、それゆえ、やったのは軍ではなく民間業者なのだから、国の責任じゃないとの弁解がされたわけだ。

 そうした、慰安婦は民間業者がやったことで日本軍ではない、 というのは月刊誌『正論』が熱心に論陣を張っているが、 その「正論」誌上で、「従軍慰安婦」という国際的・外交的な問題などまだ無かった八十年代に、同誌をつくった張本人であり発行元のフジサンケイの総帥でもある鹿内信隆が連載していた自伝で、鹿内は自らの陸軍経理学校での体験として、一般的なものと違う野戦用だからと、慰安所の建物や備品についての形式や予算と一緒に日本人女性と外人女性の耐用まで要項があり、試験問題にも出たなどと語っていた。
 なのに、どうして今になって『正論』は、民間業者がやったので軍は関係ないと熱心に説くのか。 他の人ならともかく、鹿内信隆だ。雑誌のバックナンバーは大屋文庫にも国会図書館にもあるから、確認できる。
 今の『正論』の主張だと、民間でやったことに軍が関与していたとして日本国を誹謗する「陰謀」であるとか、歴史的に無用あるいは過剰な反省をする「自虐史観」であるとして厳しく非難し、「従軍慰安婦問題は捏造だ」ということなのだが、ではその捏造犯人は、主犯が鹿内信隆で、共犯が『正論』ということになる。

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by ruhiginoue | 2012-04-13 16:31 | 国際 | Comments(4)

木島被告に死刑判決だが

 あの木嶋被告に死刑判決となったけれど、こちらもブズデブ女が男性を騙したとばかり騒がれて、では騙しはしたけど殺害までしたかどうか、被告は否認しているが、証拠はどうかという肝心のことはそっちのけである。
 マスメディアとしては、まともな報道では受けない売れないということなのだろうが、そうだと勝手に決めつけているのは大衆を見下しているからだ。これもオウム事件のときに批判されていた。教団幹部を芸能人のようにあつかったり、その運転者が整形美女などと騒いだり。
 一昨日は市橋被告の控訴審判決があり、一審の無期懲役が支持された。これも、争点は殺意の有無だったのだが、手術で顔を変えて逃亡したことばかり騒がれた。
 また、犠牲者の遺族が出て来て、相変わらず検察側の意向で、死刑があるならそうして欲しいと言わせていたことも、問題になった。被害者の国ではとっくに死刑廃止である。これでは、西洋の文明人が東洋の野蛮人に殺害されたのだから、野蛮人の被告を野蛮国の法律で極刑にするなら結構だと事実上言わせたことになる。
 こんな国だから、国民が自発的に愛国心が湧くことなどないので儀式を強制し、国歌斉唱のさい口もとを監視までしないといけないんだろう。それを最高裁も支持して当然である。そうしないといけない情けない野蛮な国としては切実であるから。
 しかも、よく英会話の講師「ガイジン」について「容姿端麗」「金髪碧眼」という募集をしている「イエロージャップ」だから、女性講師を襲う奴もいて当然だし、劣等感の固まり民族かと疑われる韓国と同様に、日本でも美容外科手術で顔の人種的特徴を変えたがる人が多い、ということになる。
 怪我や病気または奇形、あるいは若作りしたい、とかの事情ではなく、もって生まれた身体的特徴について、何か具体的な問題があるわけでもないのに、それ自体が悪いから手術で強引に変えるというのはナチの発想である。だから強制収容所でメンゲレ博士らが、白人に、アーリア人に、似せようとする手術をやっていた。
 また、武力攻撃もないのに、体制が悪いから軍事介入して変えてやろうと言って滅茶苦茶にしてしまうNATO軍の発想も同様であるが、これを批判できないどころか迎合している日本であるから、民族の誇りも愛国心もなくて当然で、仕方ないから石原サンや橋下サンらが、心になくても上辺の動作だけやれと強制するのだ。
 とくに石原サンなんてベストセラー「NOと言える日本」で反米愛国を訴え、都知事選に立候補したさいの最初の目玉公約は「横田基地返還」であり「どこの主権国が、首都のど真ん中に外国軍基地を居座らせているものか」と、もっともなことをぶちまけてたのだが、それはまるで実現できないので、学校の儀式だけ愛国ごっこしなさいと言い始めたのだろう。
 こうした無様さが、司法にも政治にもメディアにも、反映しているのだ。 

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by ruhiginoue | 2012-04-13 12:55 | 司法 | Comments(1)

市橋被告の判決

 昨日は、霞ヶ関の東京地方裁判所に行ったのだが、あの市橋被告の控訴審判決があったので、取材や傍聴抽選で混雑していた。
 これは主に殺意の有無が争点となり、有期刑か無期刑かで対立していたのだが、結局は一審判決のとおり重い無期刑となった。
 この被告は、手術で顔を変えて逃亡していたことで話題となっていて、80年の映画『ナイトホークス』を連想させた。手術で顔を変えてアメリカに侵入したヨーロッパのテロリストを、シルベスター=スタローンふんする警官が追いかけ回す話で、顔がわからない敵と戦うものだから、「SFみたいな刑事ドラマ」と言われたものだ。
 そして、その犯人役のオランダ人俳優ルトガー=ハウアーは、つづいて「刑事ドラマのSF」『ブレードランナー』で、宇宙から潜入したアンドロイドを怪演して話題になり、その監督リドリー=スコットは、続いて大阪を舞台にしたSFふう刑事もの『ブラックレイン』を作る。
 刑事もの映画の話はともかく、美容整形とか形成外科では、人相を別人のように変える手術はしないとの不文律があった。あの『ブラックジャック』の第一話では、迫害される人を逃がそうとしてその顔を手術で変えるが、追う権力の側からすれば不都合だ。
 ところが、日本では東京警察病院が形成外科の発祥の地のようになっているのだが、ここで金儲けの美容外科技術を宣伝するさい、運転免許の写真がわからなくなるほど変えられると誇っていた。
 そんな大掛かりな手術はリスクが高く、美容を目的にやって良いとは到底いい得ないのだが、それとともに、警察としては問題であることを警察病院がやるからとんでもない、というか滑稽というか、である。
 もともと形成外科は戦争で発達した技術で、だからアメリカとロシアは技術が進んでいるけれど、それだけ戦争ばっかりしていた、ということだから誇れることではない。
 これらの技術を日本に輸入して研究したのは、負傷した警官の治療などが目的で、この技術を使い警察病院で修行した医師たちは「十仁」の被害者を大勢治療したと言い、ところがその日本形成外科の父と呼ばれる大先生の跡を継いだ息子が金儲けの美容に傾いてしまい、また人柄的にも弟子たちからいろいろと悪口を言われているので、患者たちからは「形成外科の金正日」と呼ばれるようになっていて、そしてその息子も高齢になり第一線から身を引き、今では血縁ではない医師が三代目になっている。
 そして昨日は、美容外科と関連する裁判があった一方で、手術で顔を変えて逃亡していた被告の判決もあったのだった。SF刑事ドラマも、近いうちに現実となるだろうか。

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by ruhiginoue | 2012-04-12 21:33 | 司法 | Comments(5)

全体が駄目な自衛隊

 新聞記事のスクラップを整理していたら、小川和久という軍事評論家の談話を久しぶりに見て思い出した。
 防衛施設庁と合併する前の防衛庁が、情報公開請求者を監視するようにしていたことが問題となった件で、彼は「鶏小屋の番を狐にさせるようなもの」と言って批判していた。
 組織防衛のため秘密を守るのは当然だが、そればかりでは、市民の信頼を得られないし、内部でも腐敗の原因になるので、隠す必要がないことは明らかにするというのが情報公開の意義だ。
 ところが、これについて自衛隊は、組織防衛を担当する部署の者が、情報公開制度に関与してしまっていたので、問題が起きた。それで、盗る側と盗られないよう監視する役とを間違えたという意味の喩えをしたのだった。
 そして、こうなってしまうということは、組織の中で人員を適材適所で配置することが出来ていないということだから、問題は情報公開だけにとどまらず、自衛隊全体が適正に業務をこなしていないということになる。
 そして、これを証明してくれたのが例の田母神という、問題発言し目立つことでタレントと化して売り出した人だ。彼は情報公開問題でも、もっと監視すべきだと部下を叱ったのだそうだから、業務の意味内容と適材適所ということがわかっておらず、開き直ったつもりで実は組織人として無能だと告白したも同然である。
 こんな人が航空自衛隊の頂点に居られたとは平和ボケも極まれりだが、これだから自衛隊はもう組織全体が駄目なのは確実で、そうでなければもっと仕事が良くできるはずだ。
 どんな組織でもそうだが、仕事が出来るかどうかは、人員とか予算より、その配置とか配分の影響が大きい。その点では他の公的機関にも問題はあるだろうが、自衛隊はかなり不味い状態であることがわかる。
 これは、他にも、部下が言うことを聞かないのでノイローゼになったとか、業務にあたっての命令で私用を言いつけたとか、仕切る立場の人たちに問題があることを、自衛隊はいろいろと指摘されていることからも、明らかである。
 これも動物の喩えで、「一頭の獅子に率いられた百頭の羊と、一頭の羊に率いられた百頭の獅子とでは、前者のほうが強く狩りが上手」というが、それで言えば自衛隊は後者である。
 
 

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by ruhiginoue | 2012-04-10 20:48 | 社会 | Comments(1)
 田中防衛大臣が、迎撃ミサイルのつもりで「PAC3」を、対潜水艦哨戒機の意味になる「ピー・さん・シー」(P3C)と言ったそうだが、攻撃対象が空を飛ぶものと海に潜るものの区別くらいはつくはずだから、記号を間違えたのだろう。
 しかし肝心の北朝鮮が発射の準備をしている物と目的について、政府の発表とそれをうけた報道は、わざと不適切な表現をしているのではないか。
 この件は、北朝鮮が人工衛星の打ち上げをしようとしていて、これが成功すればミサイル開発など軍事利用ができるので、その威嚇対象となるアメリカが警戒しており、しかし失敗したら落下してくるので、地理的に近い日本は警戒している、ということだ。
 ところが、色々と報道をみていると「北朝鮮が、衛星打ち上げと称してミサイル発射」という表現ばかりである。それを言うなら「北朝鮮の、衛星打ち上げを口実にしたミサイル開発のためのロケット発射実験」である。
 そんなこと多くの国民はわかっていて、あやふやな表現を連呼することでなんとなく危機感を煽ろうという政治的な意図があるのだろうとみんな思っている。だから醒めた雰囲気となっているし、そんな無駄なことをするより、もっとまじめな対応をするべきだとタブロイド紙でさえ指摘している。
 それに、なんであれ間違えないほうがいいけれど、しかし軍事評論家ではない防衛大臣なら、兵器の記号を言い間違えないようにすることよりも、落下事故の危険可能性と開発実験による政治的緊張との区別をすることのほうが、よほど大事である。
 
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by ruhiginoue | 2012-04-09 21:42 | 政治 | Comments(6)

ビートたけし世代

 前に「ビートたけし庶民の出」という話をしたが、お笑い芸人らのファッショ的体質について先日コメントを頂いたので、もう少し話すことにする。
 笑いは権力に対抗する武器にもなるが、それをしないで強者に媚び弱い者いじめの劣情による笑いをとる者もいる。その代表がビートたけしだが、彼は初期の著書『たけし吠える』で、日本に政治批判の笑いは不要だと述べていた。
 その内容はお粗末すぎて、題名の「吠える」に相応しい。よく石原慎太郎が週刊誌で話題作りを意識して暴言を吐くさいも見出しが「石原慎太郎吠える」となっていたもので、「弱い犬ほどよく吠える」「野犬は唸るが飼い犬は吠える」という格言のとおりだろう。
 さて、そのビートたけしの著書によると、まず、笑いで皮肉るのは政治を直接批判できない独裁者に対してすることで、日本は自由に政治を批判できるから無用で、日本が政治的発言が自由である証拠に、右翼の街宣車が大騒音をまき散らしてもおとがめ無しであり、日本は良い国だという。
 まず、独裁者を笑いのネタにすれば命が危ないし、マスコミに政権与党や官僚から圧力がかかったり、市民が公安警察や自衛隊調査隊(情報隊)から監視されたり逮捕されたり、機動隊の暴力でデモ隊に死者が大勢出ている事実は動かしがたく、暴力団をやとってにわか右翼に仕立てた岸総理ら政治家の偽装愛国運動だから傍若無人にふるまえていることは言うまでもない。
 つまり、たけしの言うことは三重に間違っているし、それは権力にこびる醜いものだ。ただ、たけしはフライデー事件のあとに右翼の街宣車からさんざん嫌がらせされて迷惑したそうだが、それは自由な日本の証だから受忍したようで、おかげで自分は大嫌いな島田紳助とは違うと言うことができたのだろう。
 あと、ビートたけしの政治的自由というのは、主張の内容ではなく、自己満足で他人様に無用な迷惑をかけることだ、という発想が見受けられる。
 実際、彼が明治大学の学生だった当時、学生運動が盛んで関わりはもったものの醒めていたと彼はよく語っているが、彼がゲバ棒をもってキャンバスを歩いていたという目撃談があり、当時の明大は「ブント」の拠点で、これは左翼運動と称してはいるが、実質はあの早大レイプサークルとして話題になった「スーパーフリー」と同じようなものだったと、当時の大学生や大学教員らは証言するし、他の党派も大同小異だった。
 そんな中にいた彼は、手段ではなく目的としての暴力が楽しかったのではないか。それが彼の自作自演映画に反映しているのではないか。
 そして、これは当時の学生運動全体に共通していて、目的のための手段により結果として騒動となり他人に迷惑がかかってしまったのではなく、傍若無人な振る舞いでことさら騒動を起こし他人が迷惑がるのを悦楽とする倒錯したものであった。
 だから、天安門事件について、学生運動を弾圧したという批判が事件当時に比して減っているのは、もちろん中国の経済発展もあるが、それとともに現在、日本の学生運動世代が醜い老害を及ぼしていてるためで、その世代は若い頃から無茶苦茶な者が多く、ビートたけし個人だけの問題ではないということだ。

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by ruhiginoue | 2012-04-06 20:15 | 芸能 | Comments(0)
 平和主義者とか反戦主義者としてふるまっていながら実はとてもファッショ的な人が少なくないという話のなかで美輪明宏のことも例に挙げたが、この美輪明宏は「霊能者」を自称していて、それも美輪がファシストであると言うことができる根拠である。
 この霊能者というものが非科学的という批判もあるが、それとは別に許してはならないことがある。
 かつて、歌手としての初期の美輪の支持者だった野坂昭如が、霊能力者としてタレント活動している宜保愛子について厳しく批判していた。
 野坂は宜保について、死んだ人と話ができるというだけなら面白いので否定はしないが、テレビの興味本位な企画に乗っていろいろとくだらないことをして稼いでいるうちに、『アンネの日記』の「霊視」により「アンネの証言」を引きだすとして、その陳腐な内容から口からで任せであるのが明らかなことを言っていたので、そんなネタに戦争の犠牲になった子供の史実を利用するとは、とんでもないと糾弾していた。
 野坂の作品でもっとも有名なのは『火垂るの墓』だが、この話とは戦争により死に追いやられた自分の幼い妹の事実が基になっていて、その小説が売れて金を稼いだことは後ろめたいのだが、しかし戦争の現実を知ってほしいと真摯に願って書いたから、なんとか許されるのではないかと語っていたことがある。
 そんな野坂だから、安易に『アンネの日記』をオカルトのネタにしたことは許せなかったのだろう。
 また、霊を呼び出すという「降霊術」が、ことごとくトリックであるとタネを暴いたことでも知られるマジシャンのハリー=フーディーニ(箱抜け脱出芸の元祖として有名)は、同じトリックでも、自分のように人を楽しませるためにやるならともかく、愛する者を亡くして悲しんでいる人の気持ちにつけ込み騙すなんて最悪だというのが、オカルト退治の動機だった。
 これと同じ悪しきオカルティストが美輪である。霊能者を自称して口からで任せを言うだけではなく、極右的なオカルト団体の集会に招かれて出席して客寄せに協力したり、舞台で共演したり同性愛関係でもあったらしい三島由紀夫に、226事件の将校の霊が三島の背後に立っているのが見えると言って、あの狂気の行動をけしかけた。
 もちろん三島は、美輪なんかに言われなくても、あの行動に走った可能性はあるが、その後ことあるごとに、美輪は三島をそそのかしたことを自慢していた。
 周知のとおり、オカルトとか神秘主義はファシズムに結びつきやすい。根拠もなく人を不合理に従わせるものなのだから。
 そして、最近では、あのいかがわしさの極みとして色々と告発され、放送倫理・番組向上機構(BPO)で問題視されたことまである「スピリチュアルカウンセラー」の江原啓之を持ち上げまくっている。
 だから美輪が、少年法について「えせヒューマニズムよぉ」と執拗に言い、大人社会に逆らう子供は殺せと宣うたのも当然である。江原は、「子供は親を選んで生まれてくる」と説き、常識と逆であると批判されたが、この理屈だと、不遇な子供は自業自得であり、悪い環境で育った影響で子供が非行に走っても、それは自ら望んだことになってしまうわけなのだから。
 こうしたオカルト信奉者が、少年犯罪について執拗に食ってかかる狂信的なコメントをしてきたことがある。
 それはともかく、被爆者だから反戦主義者だとか、権威に反抗しての女装とか、それらは美輪の方便でしかないのが明らかだが、一般論としても、戦争反対と言う一方で実はファッショという人も少なくないのである。 

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by ruhiginoue | 2012-04-05 20:44 | 芸能 | Comments(2)
 4月2日、中国・河南省項城市が展開する春季取締まり促進キャンペーンで51人の犯罪被疑者を拘束したが、彼らを縛り上げ首に縄をかけた上、公衆の面前を引き回して見せしめにしたことが「人権侵害ではないか」と問題視されているそうだ。
 同省のある弁護士は「市公安当局の今回の行為は不当だ」とし、被疑者を公衆の面前でさらし者にしたり、市内を引き回したりすることは容疑者の人権を侵害していると指摘。裁判所が判決を下すまで、被疑者の人権は守られなければならないとしている。
 この弁護士の指摘は言うまでも無い常識だが、日本では警察の意向を受けてテレビが協力している。
 そして問題になったから、手錠をかけたところだけボカシを入れるようになった。しかしそんなことをするのは馬鹿げている。連行される場面を映す意味などまず無いのだから。伝えるべき正当な関心事は、どんな事件があって、どうしてその人が疑われたか、ということなのだから。
 それに、手錠をかける意味があるのは、暴力をふるう恐れがあるか、逃げ出しそうであるか、なんらかの拘束する必要性がある場合で、そうではないのに手錠をかけるのは、まだ罪人だと決まっても無い被疑者を貶める目的である。その証拠に、有名人が逮捕されると、拘束されて連行される場面を、積極的にカメラの前に曝す。
 これは封建時代よりたちが悪い。江戸時代の引き回しだって、有罪となり刑場に送られるさいのもので、マスメディアなんて無いから、たまたま出くわした人たちの目にしか触れない。
 ところが、この手錠ボカシすら要らないとテレビで言った人がいる。晒し者は人権侵害だから手錠だけ隠しても駄目だという意味ではない。「犯罪者に人権は要らない」からだそうだ。これは人気長寿番組『笑点』で、桂歌丸が番組開始最初の出演者挨拶で言ったことだ。それからしばらくしてから、彼は司会者に昇進する。
 もともとお笑いには、権力に楯突くものと擦り寄るものと両極端二種類あるが、『笑点』は後者ということだ。ただし、初代司会者の立川談志や、その真似をしているビートたけしとは、すこし違いがある。
 まず桂歌丸は自衛隊を皮肉るなど何かと平和志向の笑いがあったし、また前の司会者の三遊亭円楽も冒頭の司会者談話で宇都宮徳馬議員の著書『軍拡無用』を持ちながら「この宇都宮徳馬先生の『軍拡無用』を読んで、私はたいへんな感銘を受けました」と言い、特定の現役政治家の応援として問題になりかねないことまでしていた。
 しかし、その一方で円楽は石原慎太郎の支持母体の宗教団体・霊友会の広告に出て「私は子供を殴りますよ。そうやって躾けるのが当然です」と言い、石原と完全一致していたし、体格が良い彼は普段から、ちょっと自分と違う意見を言った息子を生意気だからぶん殴ったと自慢していた。これは弱いものいじめをしたのがどうしても許せないから殴ってしまったというのとは逆である。
 つまり、普段から平和とか言っている者が、実は自分より弱いものには権力者として振舞うことが、よくあるということだ。これについては、前に美輪明宏が、長崎の被爆者だから反戦歌をよく歌い、左翼雑誌の『金曜日』にも登場するが、核武装以外では石原慎太郎と意見が一致しているようで、子供が逆らったら殺すべきだと『徹子の部屋』出演時にオカマ言葉で執拗に繰り返していたことと共通している。
 この美輪が声優として出演しているアニメの監督・宮崎駿は、戦後の平和主義者・民主主義者に如何わしい人たちが大勢いると言って「『平和憲法を守れ、と声高に叫んでいながら、うちへ帰れば家族に対して暴力親父なのがいるでしょう、社会党左派の連中なんかに」と指摘していたことがある。
 これは「自分は平和を愛する偉い人だ」と信じてはいるが、しかし権力と戦う勇気はないので、その憂さ晴らしに自分より弱い立場の者にむかって「偉い俺様に従え」と言っているから、こうなるのだろう。これだから、抵抗勢力が無い日本の権力としては、人権侵害やりたい放題なのである。
 これをまず自覚し、そして改めないといけない。 
 

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by ruhiginoue | 2012-04-03 21:45 | 国際 | Comments(4)

あの老人がまた騒動

 今日は官庁街に行ったのだが、霞ヶ関の裁判所前でなにやら騒々しいので覗いたら、あの裁判所前の迷惑な老人であった。
 入り口のところで警備員ともめており、相変わらず訳がわからないことを喚き散らしていた。
 裁判所に抗議するなどして逮捕されたとは伝えられていたが、釈放されてからまた騒動を起こしている。
 抗議のため騒動を起こすことをすべて否定はしないが、敵の本丸に矢が当たらないからと門番に八つ当たりしているようなものである。
 司法への不信をもつ人たちも、最初はなんとなく共感していたが、次第に老人の言うことが間違いだと気づき、今では呆れて相手にしくなったという人が多い。
 しかし、この老人は、騒ぎ立てれば自分の思うように判決が変わると信じている。そう信じる根拠とは、光市の本村氏が実現したじゃないか、ということだった。 

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by ruhiginoue | 2012-04-02 21:07 | 司法 | Comments(0)