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by ruhiginoue

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 小学生のころ、自宅前の道路の掃除をさせられていた。
 毎日、朝早く起きて、登校する前に。けっこう大変なことだった。
 近所の人が、「お宅のお子さん、感心ですね」と親に言っていて、それを言われいい気分になりたくて、それでやらせていた親であった。
 通勤の人たちとよく会い、通りかかるさい「おはよう」と声をかけてくれる人がいた。
 その一方で、いつもタバコを吸いながら歩いて来て、掃除をしている目の前にわざと吸い殻を捨ててニタニタ笑って見せる嫌な大人もいた。近所に住んでいる人であることは判るが、誰かは知らなかった。
 そのことを言うと、うち親は近所の人たちに、そういう陰険なことをする人がいるため息子が不愉快がっていると不平っぽく言い、また息子には、掃除をさせられるのが嫌で文句を言っていると責めた。
 そうではなく、そいつはどこの子なのか知ったうえで意地悪をやっているのだし、しかも自宅前の道路に吸い殻を捨てるのだから、むしろ親にとっての問題だろう。そいつから親が反感を持たれているか、あるいは舐められているということなのだから、そういうことをするのは誰なのか、隠れて見ていて突き止めたほうがいいのではないかと、子供心に思ったのだった。
 ところがうちの親は、そういうことには気が回らない。そのためなにかと失敗することが多かった。
 子供がいじめられるのは親が嫌われていたり舐められているからであり、それは社会的地位などの力関係だけでなく、当人の人付き合いにおける鈍感とか無自覚が影響しているということは、よくある。
 このことと、自分の昔の体験は共通するものがあると思う。
 
 
 

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by ruhiginoue | 2012-10-29 23:56 | 雑感 | Comments(0)
 石原慎太郎が「チンタロー」と呼ばれる原因となった小説を、当時としては画期的で衝撃的と評した人がいるけれど、同じ時期に諸外国では、その程度だともう陳腐だった。これは国から締め付けが資本主義国より強かった社会主義国でさえ、そうだったらしい。
 それは、文学でも映画でも必然性をもって描写される場合は、よほどのことでも無い限り規制の対象では無かったからだ。
 それとは違い、社会主義国で存在が許されなかったのは産業としてのポルノで、なんでも金儲けにしてしまう資本主義の堕落だからというのが理由だった。
 ところが、最近になって明らかとなった実態だと、ポルノ産業が存在しなかったおかげで、社会主義国は逆にというか性が自由だった。例えば東ドイツなど、西側に比べて性生活が自由だったのに、ベルリンの壁が無くなり統一されてから、社会保障制度が後退したうえ西側からポルノが流入して、性生活が不自由になってしまったと言われている。
 これはどういうことかと言うと、ポルノ産業とは規格化された想像を押し付けるものであるから、その影響により、性生活で不満があったとしても、それは自分が間違っていると思い込んで我慢してしまうのだ。
 ところがポルノが無い社会主義国では、これが満足すべき性であるという押しつけが無いため、自分が実際にセックスをして満足できなければ、正直にそう認識するから、ではどうすべきかと自分で判断して本当の満足を得られやすい。そして、どうしても駄目なら相手を変える。
 しかも、これは恋人だけでなく正式に結婚した場合まで同じだった。旧東ドイツでは西ドイツに比べて結婚が早く離婚と再婚の回数も多く、それは経済的な問題を考慮しなくても良い場合が資本主義より多いからだが、そのうえ離婚の理由で最も多かったのは性生活で相手に満足できなかったというもので、それなら相手を変えようとして、さっさと離婚して再婚することがとても多かったということだ。
 つまり、西側ではポルノを作ったり売ったり見たりする自由があったけれど、それが無かったお陰で東側は、他人がすることを覗き見するのではなく自分で実践して、気に入らなければ気に入るまで相手を変える自由まであったということだ。
 どちらの自由が良いか。人によっては東側が良いと言うだろう。そういう人の方が圧倒的に多いかもしれない。ゴチゴチの反共主義者も転向するかもしれない。
   
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by ruhiginoue | 2012-10-27 00:05 | 国際 | Comments(7)
 防衛医大の医療裁判をしているとき、「そんな人が近所にいたら大変だ」「災害のさい自衛隊の給水車が来ない」と言って騒いだ人たちがいる。その中心は地元の自治会役員をやっている人だった。
 そのあと、郵便受けに「出て行けバカヤロー」「迷惑だ」などと書いた紙が投げ込まれていたこともある。これを警察にもって行き見せたら、暴力を示唆した文言が含まれているため脅迫罪になりうるということで、指紋を調べたところ二種類付いていて、一つは手に取ったさいに付いた自分のもので、もう一種類は書いた者のだろうけれど、前科者ではなかったから誰だか判明しなかった。
 なにか少しでも変な事があったら連絡するようにと警察で言われたが、ただ、この内容からすると臆病者が強がっている調子を感じるとも指摘され、実際にその嫌がらせだけだった。
 この話を、友達の家族にいる自衛官(二佐)に話したところ、「防衛医大と自衛隊は別だ」「災害のさいに差別なんてしないし、してはならない」「公務員にあるまじきこと。それ以前に人間として恥ずかしいことだ」「もしそんなことをする者がいたら、自分の部下なら叱りつけるし、同僚はもちろん上司でも注意する」「それで喧嘩になってもいいし、そうしたら自分に加勢してくれる者もたくさんいるはずだ」と言った。
 これに対し、個人の良心があったとしても限界があるから、まだ不信感は拭いきれないと言う人もいるだろう。だが、そうした政治的な見地によるものではなく、変な噂を言触らしたり嫌がらせをする者は、何かに付けておどおどびくびくしているだけで、政治的な視点は持ち合わせていない。
 そして、最初に変な噂を言触らした連中は、その住宅とか身なりとか暮らしぶりを見ると、明らかに平均よりかなり下である。服装など、質素だが小サッパリしているというのではなく、いつもみすぼらしい感じだった。
 だから、この人たちは社会の下層にいるため、自分たちが被支配の立場にあるとの意識が強く、また支配されることに慣れきってしまっていて、いわゆる奴隷根性に凝り固まり、権力とか御上に大して過剰な畏怖をもっている。
 そして、惨めな自分の気持ちを紛らわすために、なんでもいいから誰か不運な人をこき下ろしたり、権力にすり寄って(すり寄った気になって)、権力と対峙したり対立したりしている者に嫌がらせなどをする。そうすることで、自分が強い側にいるという錯覚をして、一時の快感を覚えるようだ。
 それは、自分の出自と向き合い方が間違っているわけで、これはあの橋下徹もそうだが、しかし彼は上昇志向を発揮して、それなりの成功をしているわけだから、それすらも出来ない人たちがいるということで、上には上があるのと同じように、下にも下があるのだ。
  
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by ruhiginoue | 2012-10-23 22:56 | 社会 | Comments(2)
 シリアの内戦により難民が流出していることを報じる毎日新聞の記事は酷すぎる。
 民主化を求める穏健なデモや集会に対しシリア政府は武力弾圧をし続けた、という欧米のプロパガンダを、報道として垂れ流してきたのが、NHKから各新聞までの日本の大手マスコミだったが、それが嘘であることは当時から指摘されていた。
 そして今では、普通の市民に政府が一方的に武力弾圧してきたはずなのに、内戦状態となっているという辻褄の合わない報道を平気でしている。外国から持ち込まれた武器によって叛乱がそそのかされ、内戦となっていることを、きちんと報じない。
 そのうえで、特に酷い『毎日』は、難民となったシリア国民が、シリア政府とアサド大統領を打倒するために軍事介入して欲しいのに、中国などが反対したことを非難していると報じている、というより宣伝している。
 中国などが拒否権発動したのは、もちろん利権も考慮しているが、その前にリビアの前例があったばかりだからだ。欧米の産油国侵略と、そのさいのNATO軍の蛮行による悲劇があったからだ。
 これについて、欧米の大手以外の外国報道をネットで調べると、国連で各国がどんな意見を述べたかきちんと報道されていて、それを知ったうえで考えることができるようになっている。
 ところが日本では、そうなっていない。大手マスコミは情報を提供せずに一方的な宣伝ばかりしている。そのうえで『毎日』は、取材に行ったら難民から厳しい態度をされたけど、それは中国人かと思われたからで、日本人だとわかると歓迎されたという、もう2chでネトウヨが言えば良いことを、記事として垂れ流している。
 どうしてこんなことがまかり通るのか。もちろん記者の無知や怠慢もあるし、石油業界からの圧力もあるだろう。しかし、牽強付会でも何でもいいから中国非難にもっていこうという風潮もあるだろう。
 このところ、領土問題などで対立があるけれど、だから国交断絶とか飛躍しすぎた話を唐突に始めるむきがあり、とくに経済の分野で中国と提携するなと必死な感じで言っている。
 これは、中国と険悪になれば空洞化した産業が戻って来て、自分の仕事につながると期待している日本人が、少なくないからだろう。そんなものは幻想だろうが、そのカスミにすがって生きている下層の日本人と、その支持を期待する政治家がいる。
 だから、中国でなくても、日本にだって、低賃金や人権無視でも唯々諾々と働く者が、たくさんいるということにしないといけない。自由だ権利だと自己主張するものは排除しないといけない。そのための準備を学校教育の段階からしないといけない。インターネットも規制しなければいけない。その名目として、まずは愛国心とか違法ダウンロードなどを表向きの理由に挙げなければいけない。
 このような方針は、民主も自民も維新も共通している。それをどれだけ熱心にやるかを競い合っている。そして、これは切羽詰まった下層の国民から支持されているのだ。この認識を、まずしっかり持たなければならない。

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by ruhiginoue | 2012-10-22 18:49 | 国際 | Comments(0)

橋下徹と野中広務の落差

 橋下市長は、朝日新聞への取材拒否を解除する意向であるとツイッターに記したそうだが、おそらく自分に間違いがあることに気付いたからだろう。
 彼は週刊朝日の記事に怒って、その発行元が朝日新聞社だと錯覚したようだが、それを記者会見で指摘されると、発行する出版社に朝日新聞社が出資していたというだけで「トンネル会社」と朝日新聞の記者に向けてデタラメ暴言を吐いていた。
 それを後から確認して、自分の早トチリにバツ悪くなったようだ。だからスポーツの試合にたとえて「ノーサイド」と言い誤摩化した。週刊朝日の側は、不適切な記述があったと認めて謝罪したのだから、橋下のほうも、原因を作ったのは相手方なので謝罪まですることはないとしても、自分に間違いがあったと認めたうえで取材拒否解除宣言をするべきだ。
 そもそも、その記事が不適切だったのは、生い立ちそれ自体が原因で橋下という人の人間性が悪くなったのだから、その子孫も、また同じ出身の人たちも、そうなると受け取られる書き方をしたことだ。
 そうするのではなく、橋下徹という人に限定して、彼は生い立ちとの向き合い方が良くなかったという点を強調するべきであった。そのうえでなら、同じ事実に基づく記事でも趣旨が大きく異なるものとなったはずだ。
 実際に、これまでの橋下は、生い立ちの悔しさをバネにして努力するのはいいが、それで何をしたかと言えば、上昇志向と権力すり寄りと弱いもの虐めとその劣情を刺激しての人気取りであった。つまり政治家になって何かがしたいのではなく、虚名が欲しくて政治家になったということだ。
 これは、同じく非差別地域出身の野中広務が、自民党の実力者となって権力の中枢に食い込んで行きながらも、差別をなくすために政治家になったのだと言っていたのとは、対照的である。
 だから、名門中の名門の出身である麻生太郎から出身地の侮辱をされた野中は、相手が吉田総理の孫で党の実力者であるにもかかわらず、毅然として抗議している。また、その強面にしては戦中派のハト派だったので、それに関した発言をするさいは、自分の立場を悪くしそうな場合でも堂々と発言していた。
 こうした野中とは違い、橋下は、いろいろと週刊誌の記事に食ってかかることなら出来るが、それ以外だと常に強いものに媚びて弱いもの虐めするのであった。
 このたび橋下は遊説先で「けんか」には自信があると言ったそうだが、彼には「けんか」と「いじめ」は違うということが、わかっていない。

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by ruhiginoue | 2012-10-20 17:11 | 政治 | Comments(0)
 読売新聞が、「iPS細胞と森口尚史の虚偽」についての報道で、失敗したと認めている。
 『読売』は医療報道に熱心で、その点は医師会の手下に成り下がったと批判されてきた『朝日』より良心的と言われてきた。
 これを言って、『朝日』の本多ではなく本田の方の名物記者を怒らせたことがあるが、『毎日』の記者も医療については『朝日』より『読売』が良心的だと評していた。
 そんな『読売』だが、前にも2000年5月20日夕刊で「防衛医大講師が研究」した画期的な治療は「劇的効果」という社会面の大きな記事で、釣られた多くの患者に散財させた。研究した大学の病院ではやってない治療を、その伊藤講師が個人開業した診療所で、無保険自費の高額で行い、その待合室には『読売』の当記事が掲げられていた。

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 国立の大学で研究したことなのに、どうしてこんなにお金がかかるのかという患者がいたが、それも当然だ。そして、読売新聞で大きく取り上げられたら信用したのに、とも言われていた。
 あのあと『読売』の「医療情報部」の記者は、防衛医大ではなく講師が個人開業し、あくまで研究なのにそれをネタに商売したうえ、集客に『読売』の記事を利用している事実を知ると驚いていた。
 その意味では、『読売』も気の毒ではあるが、悩む患者に過大な期待を抱かせないよう、センセーショナルな報道にならないよう注意するべきだ。
 それに、伊藤講師は自ら行った人体実験のような手術で医療裁判の最中だったが、後に伊藤講師の言い分は破綻して完全な敗訴のうえ学会でも除名せよという意見が出たほどだったけれど、当時は「新聞に大きく取り上げられるような研究をする医師が間違いをするはずが無い」と、伊藤医師の訴訟代理人弁護士が、記事を利用して言っていたのだ。
 そもそも「大学で研究し付属病院で実施した」と自画自賛している医師の言うことは、東大(ハーバード?)の森口センセイだろうと防衛医大の伊藤センセイだろうと、眉に唾して聴かないといけない。
 また、読売新聞の誤報は、セカンドオピニオンを求めなかったことが原因だ。取材も医師の診察と同じで、専門家と称する人がそれらしいことを語っても、他の専門家と称する人たちに同じ質問をして一致する部分が有るか、有ったならどの程度か、別の見解は無いか、という確認が必要だ、それを怠ったわけだ。


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by ruhiginoue | 2012-10-16 19:47 | 社会 | Comments(0)
 去年8月、愛知県一宮市でモデルとして派遣された女子大学生が殺害された事件の裁判員裁判で、名古屋地裁は殺人などの罪に問われた男に対し懲役27年を言い渡した。
 この被告は、猥褻行為に及ぼうとして抵抗されたため。刃物で首を刺し殺害したが、その後に自首していた。
 これに検察は無期懲役を求刑していたが、自首したことなどを考慮して期間の長い有期刑とした。
 この長さでは終身刑に近いが、犯行は身勝手で残酷であると被告を強く非難しながらも、無期よりは減刑しており、自首したのに減刑しないのでは自首する者が居なくなってしまい、犯行を重ねたり逃亡したりと、いろいろな悪影響があるからやむを得ない。
 ここで、遺族は求刑より重い死刑を求め感情に訴えてきたのだが、それは裁判官と裁判員は受け付けなかった。
 当然だろう。いくら遺族が犯人を憎んでいても、それに合わせてしまい自首したのに死刑では、このあと大変深刻なことになってしまう。自分の家族が殺害されて悲しく悔しく憎いとしても、後に同様の悲劇があった場合、犯人が捕まらなくなってしまったら、どうか。
 自分の感情だけ充足されれば良い、ということはできないはずだ。似たような犯人が死刑どころか無期どころか懲役27年どころか逃亡してしまったのでは、被害者は浮かばれず遺族はもっと悲しく悔しい。
 また、判決で遺族は、「法律家では無い人たちの判断を期待していたのに残念だ」と述べたそうだが、裁判員だって法律を無視することはできないし、素人でも感情を排し合理的な判断をしなくてはならない。
 今回の判決は、その意味では間違っていない。


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by ruhiginoue | 2012-10-16 19:21 | 司法 | Comments(3)
 今回のノーベル文学賞は、日本の村上春樹と中国の莫言のどちらかが受賞するだろうと予想され、結果は莫言だった。この人の小説は読んでなくても映画化なら観たという人は日本に多いのではないか。映画化はたいへん好評だったから。
 ところで、受賞を逃した村上春樹だが、受賞している大江健三郎よりも日本では人気があるのではないか。
 いっぽう大江健三郎は、日本よりも、翻訳されて北欧諸国やロシアと旧ソ連の国々で出版された方が売れて来た。発行部数は桁違いだ。だから北欧でやっているノーベル賞に選ばれたのも、当然といえば当然だろう。
 さて、受賞した莫言は、社会的発言が進歩的のようでいて、しょせんは体制側であると批判する中国人がいるそうだが、これは大江健三郎も同様だ。そのなかでもっとも有名なのは、朝日新聞の記者だった本多勝一による批判だろう。
 しかし、その前から批判はあった。大江健三郎の『飼育』を映画化した大島渚と同様に、日本の「進歩的文化人」は見せかけだけと批判されている。この二人については音楽家の高橋悠治も指摘していた。
 ただし、高橋悠治の批判は、大江や大島が、売り出すときに進歩的な発言で目立ち、後に保守化した時勢に迎合して転向したとの趣旨だった。
 それとは違い、本多勝一の大江健三郎批判は、大江が姑息な処世術で八方美人をしているという趣旨だった。それも、もとは批判ではなかった。
 しがらみがあって言いたいことも言えない言論出版の問題として、本多が大江に意見を伺いたいと頼んだところ、大江から漠然とした返答があり、芥川賞の選考委員を辞任したのは、賞に関わっている文芸春秋社に右翼過ぎる者がいて、その人が社内で昇進して不愉快だったからだと言う。
 なのに、それを公言しようとしないのだから、やはり大江は商売への差し障りを気にしているのだろうと本多は指摘したのだった。
 そのあと、大江が朝日新聞に短期連載した随筆の中でこの件に触れ、本多に「転向」したと批判されたと書いた。転向したなら八方美人ではない。曲解に基づいた記述であるから訂正しろと本多は求めたけれと、大江はあやふやな態度に終始して、それでいて、本多に批判されてしまったということだけは、愚痴めいた調子で書いた。それからというもの、本多は怒ってしまい大江に対する批判がきつくなった。
 おそらく、大江は高橋から受けたのと同じ批判をされたと思い込んだのではないか。昔からさんざん批判されてきたので、また同じだと早とちりしたのではないか。
 とにかく、今回受賞した中国の莫言については、もう少し中国の事情を調べてからでないと、何とも言えないだろう。
 

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by ruhiginoue | 2012-10-15 18:29 | 文学 | Comments(7)
 前に、朝日新聞をネタに騒ぐ愚かな人たちの話をしたが、それも70~80年代にかけてのことだったら、いちおう日本の代表的な新聞として外国でも知られることだし、その良識ぶったところを進歩的と決めつけて、それを保守ぶった立場から非難すれば、当時はまだ冷戦構造があったから「右vs左」のように見せかけた話を作ることができた。
 だから、 そうすることで自分が目立とうという手法が一部で流行っていたが、今となってはとっくに時代遅れだ。それでも、90年代半ばまでなら、カタログ落ちした商品をオープン価格で売るようなこともできた。
 例えば、子供むけタカ派雑誌「SAPIO」で、昔売れない推理作家・井沢元彦が、偽ユダヤ人のイザヤ=ベンダサンを騙った山本七平の受け売りをして「イザヤ元彦」と嘲笑された時期までなら、ぎりぎりセーフだった。
  その以降は駄目だろう。すぎやまこういち81歳なら、とっくに化石文化人だから発想が古くてもしょうがないけど、後から売り出そうという青山繁晴とか池田信夫なんかがやっていることは、ほんとうに滑稽である。

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by ruhiginoue | 2012-10-14 16:26 | 社会 | Comments(2)
 拘置所で被告に接見したさい、被告の写真撮影が認められなかったのは弁護士業務の妨害にあたるとして、東京の弁護士が国に対し、およそ1000万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。
 これは、被告に接見した国選弁護人の竹内明美弁護士が、体調不良を訴える被疑者の様子を撮影しようとしたところ、東京拘置所の職員に制止されたうえ接見も中止され、過去に同様にして撮影された写真が裁判で証拠採用されたこともあるのだから違法ではないと抗議したところ、逆に東京拘置所から弁護士会に懲戒請求までされたという経緯である。
 これに対し、弁護人が被告の利益のためにする正当な行為を妨害するほうが違法であるとして、弁護士が反撃に出たのだった。
 もともと、取調中に警官から殴られたので傷を撮影してと被疑者が訴えることがよくあり、これ以外に撮影禁止のまともな理由は見当たらない。つまり、これからも拷問で有罪にするデタラメ司法をしたいという事実上の告白である。

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by ruhiginoue | 2012-10-13 13:50 | 司法 | Comments(0)