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by ruhiginoue

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 麻生副総理が終末期医療について、「さっさと死ねるように」とか、医療費を国から出してもらうことは「寝覚めが悪い」などと発言し問題になると、それは自分についてだと言い、誤解されたからと撤回したそうだ。
 自分のことだと言えば済むのだろうか。
 例えば、かつてプーチン大統領は、地球温暖化の問題にさいして「地球の温度が少し上がってくれたほうがいい」と発言したため批判されたことがある。スペインなど南ヨーロッパでは、これまでに熱波で何千人も死者が出ているのに、暴言あるいは失言だ、ということだった。
 もちろん、プーチン大統領としては、あくまでロシアの話をしたのであって、寒すぎるから少し温度が上がって欲しいという意味だった。だが、そうは言っても配慮に欠けていることには変わりがない。
 それと同じことで、麻生氏個人の人生観を述べたのであっても、現実に終末期医療を受けている人たちに対して配慮がなさすぎるのではないか、というように報道されている。
 また、政策に関与する政府要人が、わざわざ発言したのであるから、自分個人のことに止まらないと受け取られても当然で、だから外国有力メディアの報道はストレートな表現で、こう報じている。
 「ロシアの声」は「麻生副首相、日本人は早死にせよと呼びかけ」。
 「AFP通信」は「麻生氏は政府に対し、終末期医療を受ける患者らへの支出を減らすよう提案」。
 なのに、麻生副総理は自分のことを言っただけで、それをマスコミが歪めて報じたと擁護する人たちがいる。とんでもない。麻生氏自身のことであるとしても、そうした医療を今まさに受けている人とその家族に対して配慮が無さすぎるのではないか、と報道されているのだから、むしろ歪めているのは麻生発言擁護をしている人たちのほうだろう。
 もちろん、もともとマスコミにも問題は大有りで、誤報も虚報もある。しかし、冤罪事件などの報道は典型的だが、権力を監査すべきマスメディアが逆に権力の広報に成り下がり弱い者虐めの人権侵害しているのを批判するのではなく、権力を持ち責任ある立場の者が批判されて当然のことをしたさい擁護し、そこからマスコミ批判している人たちがいて、それが今回の麻生発言についても相変わらずなのだ。
 なんと、醜いことか。
 
 
 
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by ruhiginoue | 2013-01-28 21:08 | 政治 | Comments(7)
 アフリカに介入するフランスを批判するベルギーのジャーナリスト・ミシェル゠コロン氏の談話が、字幕付きでyoutubeに掲載されている。
 少し長いが、興味がある人はぜひ見て欲しい。

ベルギー人ジャーナリスト。ミシェル゠コロン氏のフランス批判 1

ベルギー人ジャーナリスト。ミシェル゠コロン氏のフランス批判 2

 コロン氏が、シリアやリビアについて語っている時も指摘していた「戦争プロパガンダ5原則」が、上記の談話でも強調されている。
 「利害を隠す。歴史を隠す。犠牲者のふりをする、あるいは犠牲者を弁護するふりをする。敵を悪者にする。討論を独占し妨害する。」
 コロン氏は、大手マスメディアを批判しているとともに、そこに登場する御用コメンテーターについても問題にしている。
 公式に発表されたものに疑義を差し挟むと「陰謀論」で片付けようとする人がいる。
 しかし、それ以前に、意見や見解が分かれているなら、両者を紹介したうえで判断できるようにするのが常識であり、それをしないで一方的な宣伝をしていることからして既に、政府とその御用と化したメディアが間違っていることの証明である。
 その指摘は、当然、学術会にも該当する。当然だ。名門官学を中心にした「學士會」の機関誌『學士會会報』2012年発行896号の巻頭に掲載されている山内昌之・明治大学特任教授・東京大学名誉教授の「中東危機の現状」(五月午餐会講演録)など、その典型である。
 それらに対抗し、日本の大手メディアでは報道されていない海外のジャーナリストによる良心的な取材や、それをささやかな抵抗で紹介している外国の一部メディアの報道などを、拙ブログでさえも協力しながら邦訳や紹介をしているくらいだから、そうしたネットや独立系紙誌の活動は、世界的にも活発となっている。
 もちろん、老人ばかりの中では若手の部類となる会員に言わせると、名誉教授なんてとっくに現役を退いた残りカスなので、最新の動向などろくに知らなくて当然だろう。
 ただ、その講演録を読むと、この人はもともと、公式発表された内容をつぎはぎ辻褄合わせするのがメソッドになっていることが明らかで、明らかに事実ではないことをたくさん鵜呑みにしたうえ未消化なまま吐き出しているが、自分は権威あるとされるところに身を置き、また強者に媚びているから、それでもいいのだという慢心が露骨に表れている。
 そして、真実を追及することで平和と幸福を希求しようという姿勢がまったく欠けており、学問とすら言えないものだ。これが横行しているから、学術の世界は空虚で無力と言われるのだ。
 また、他の高齢のセンセイ方も、芸能人なみにドアップの写真を載せ、シワとシミだらけの顔でニタニタしながら自慢話をしまくり、そのナルシストぶりは気味が悪いほどである。
 こんなものをおつきあいで購読させられる若手の研究者たちには、同情を禁じ得ない。  
 
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by ruhiginoue | 2013-01-26 17:58 | 学術 | Comments(2)
 大島渚監督の死去に山田洋次監督は、同世代の監督が亡くなって寂しいと談話していたが、大島監督がセンセーショナリズムによって脚光を浴びている一方、同じ松竹で山田監督は地味にデビューし、次第に人気監督となったという経緯だった。
 この二人は政治的には対立していた。山田は作品に直接政治性を込めることはしないが、個人的にはよく選挙で共産党を非党員の立場から応援し、大島は逆に映画で直接政治的主張をし、そのさい新左翼の立場から共産党をこき下ろしてきた。
 そうした大島の代表作なのが『日本の夜と霧』だった。この映画の主な主張とは、安保闘争が上手く行かないのは大衆から支持を得られないからで、そうなってしまった原因は、全学連の過激派が暴力をふるったことより、陰険な共産党員がいるせいだ、というものだ。
 この脚本を書いた石堂淑郎は、後に大島と決別宣言してからTVで主に子供むけのドラマを書いていたが、その演出をいくつも手がけ、いわゆるコラボを何度もしていた山際永三監督は、大島の作品で『戦場のメリークリスマス』は良かったが、『日本の夜と霧』はいただけないと言っていた。
 この山際監督は、かつて新東宝で映画を撮っていたが、そのさいの労働運動で共産党系労組の態度に頭に来ることがあり、それから何十年も怒りがおさまらず、そのうえ共産党員の映画批評家・山田和夫から共産党の機関誌『前衛』誌上で「トロツキイストの山際永三」と書かれたため、共産党には怒り骨髄である。
 しかし、『日本の夜と霧』のように、悪い共産党員を描いても、そんなのはどんな組織にも必ず居るのだから、批判にならない。本当に批判するなら、むしろ一生懸命に活動している無名の善良な共産党員の姿を描くことだ、と言っていた。
 たしかに、その方が共産党にとって手厳しいだろう。組織の末端にいる党員たちがこんなに頑張っているのに、上層部の連中は何をやっているのか、という話になるのだから。
 ところで、大島は自分で監修と編纂をした日本映画史のTV番組で、山田洋次監督の人気作の数々を一切無視したうえ、自分の作品は複数紹介しているから、不公正だと批判された。先出の山田和夫など、この大島の態度を厳しく追及していた。
 それで思い出すのは、アメリカン・ニューシネマで代表的なマーチン゠スコセッシ監督がアメリカ映画史を語ったTV番組だ。これは翻訳されて日本でもNHKが放送していたが、スコセッシは60年代までのアメリカ映画について多様な作品を紹介しながら延々と語り続けると突然、自分の話はここまでだと言い出した。
 なぜなら、70年代になったその時から彼は、自身が映画界に入って作品を発表するようになったので、自分も当事者の一人となってしまったから、ということだった。もちろん色々と語りたい作品はたくさんあるが、他の人たちの作品を客観的に語ることは出来なくなったのだから、語るべきではないと言う。
 スコセッシと大島は、同世代で、過去の映画に異を唱える新しい作風で注目されたことでも共通しているし、自身がタレントのように目立っていたことまで一緒だが、人物の大きさという点では大違いだった、ということだろう。 
 
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by ruhiginoue | 2013-01-24 19:02 | 映画 | Comments(0)

子供を言い訳にする醜さ

 先日死去した大島渚が、かつて著書の中で述べていた。
 本心から離婚したいと思っているのに、子供がいるからしないのだ、と言う人がいる。それを機嫌が悪い時に聞かされると、ムッとしてしまうそうだ。
 なぜなら、大島は小学生のころに父親と死別していて、配偶者の小山明子も中学生のとき母親を亡くしているからだ。このように、離婚でなくても片親になる子供はいくらでもいる。
 そして、両親が揃っているのはよいけれど、夫婦仲が悪いため家庭内が険悪になっているよりは、父親だけとか母親だけのほうがよいだろう。
 だから、離婚したいのに子供がいるからしないというのは理由になっておらず、自分のことなのに決断と行動ができない言い訳として子供を持ち出すのは卑怯だ、というのが大島の言う趣旨だった。
 確かにそうだ。前に、両親がDVを原因に離婚しているという人から、進学のさい学費がないけど母子家庭ということで支払いを猶予してもらったという体験談を聞いた。この一方で、父親が不倫をして愛人に貢いでしまい学費を出してもらえないという人は、それでも形式的には親がいて学費を出す経済力があるということになって奨学金の審査をはねられたりしてしまう。
 このため、学費で苦労したり、泣く泣く進学をあきらめたりした人たちが現実にいて、その母親はだいたい、子供がいるから離婚できなかったと言うものだ。子供のためになっていないどころか、子供の人生を滅茶苦茶にすることにもつながるのに、子供のために離婚しなかったと言って恥じない。
 この他にも、経済的な問題だけでなく、家庭の雰囲気が情操に良くないとか、いろいろと悪影響があるのに、子供を言い訳にする人がいる。例えば大島の映画に出た縁で葬儀にも来たビートたけしは、不倫を週刊誌に探り回られたことに怒って暴力沙汰を起こし逮捕されたが、不倫のうえ愛人が未成年者であったため、民事・刑事で問題になりかねないので堂々としていられず、裁判で言うに事欠き、子供に悪影響が及ぶから焦ってしまったと言い訳をした。自分で家庭を壊す原因を作っておいて、それを追及した週刊誌が悪いというのだ。
 これと同様なのが橋下徹で、普段は他所の子供を虐めまくっているくせに、自分が困ると、自分は公人だけど自分の子供が可哀想だと言い出す。
 ほんとうに、みっともない話だ。それに比べたら、大島は家庭を大事にして円満であった。ただ、彼は普段から太宰治の「家庭の幸福は諸悪の根源」という格言を信奉しているようで、家庭が幸せだとエゴイストになって社会性を無くすという主張を説いたり作品に込めたりしていた。
 だから大島渚の映画と発言の声高さは、自分の後ろめたさによるものだったのだろう。

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by ruhiginoue | 2013-01-22 12:54 | 映画 | Comments(0)
 故人の悪口は言わない習慣により、大島渚とは『愛コリ』『戦メリ』の監督というばかりだけど、実のところ彼は新左翼を自称し、自分より遥かに演出手腕の長けた山本薩夫を共産党員というだけで否定したり、反権力姿勢で作品を作る一方で「猥褻なぜ悪い」「バカロー」と過激発言したりと、自分が目立つために他者との差異をひたすら求めていた人だった。
 そうしておいて、TVタレントと化し、自分で批判していたはずの商業主義に積極的な迎合をし、政治を語るふりした討論番組で「天皇ちゃん」と言って右翼に脅迫されると、途端に「陛下」と言い、また昭和天皇の戦争責任についても、それまで厳しく追及していたのが突然「陛下もご苦労なさったのだ」と言い出す気弱さで、他人に厳しく自分に甘い男だと呆れられていたのが実態だった。
 これらの発言は、『原子力戦争』を書いた後TVのバカ司会者に成り下がったと言われた田原総一郎と「朝生漫才」をしている時のことだった。この世代の同類項の人たちには石原慎太郎も含まれており、反権力を気取り、カッコつけ終わったらサッサと変節することが共通している。
 そして、大島は「松竹ヌーベルバーグ」で、石原の「太陽族」と同様、敗戦によって教えられてきた価値観が崩壊したため、何も信じられないから勝手なことをしようと若者を煽動して受けたが、それはすぐに行き詰まった。
 そのころ西崎義展は、自分もまったく同様の体験をした世代だと言いながら、しかし敗戦により見下された日本も、努力の甲斐あって今では外国からお手本にされたり、指導性を発揮して欲しいと求められるようになったと説いた。彼が製作した『宇宙戦艦ヤマト』の劇場公開版第3作のプログラムでのことだ。
 これは西崎が、受け狙いでナショナリズムを込めたためで、だから松本零士と激しく対立することになったのだが、受け狙いは的中した。この点では、大島は失敗者だが西崎は成功者だ。
 ただ、この当時は日本が上り調子だったからで、しかし今では下降線をたどっており、その鬱憤によるナショナリズムが流行り出している。
 そんな中で、過去の世代が次々と鬼籍に入っているというわけだ。その醜さを後世に語り伝えなければならない。


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by ruhiginoue | 2013-01-18 16:16 | 映画 | Comments(0)
 自民ゾンビ政権は、さっそく生活保護を減らすと言い出したが、生活保護以下の人たちをまずなんとかしないといけないのに、以下の人たちを相対的に上にしようというのでは話にならないとすでに指摘されてきたし、経済政策でデフレをなんとかしろと言われ続けているけど、生活保護と年金生活者が余裕なのもデフレのためなのだから、余裕ありそうなのが憎たらしいなら、まず何をしないといけないか、言うまでもないだろう。
 また、生活保護はギリギリの支給だから溜め込まれずにきっちり消費されて、これほど景気の刺激に役立っているものはなく、かつて自民公明政権がやった定額給付とか地域振興券といった空振りに終わった政策より、よほど役に立っている。
 ここで医療費も多いに使われるのだから、業界は潤ってきたはずだ。自民とともに息を吹き返した医師会は、自民の比例から候補者を立てるそうなので、医療費の抑制につながることに反対が身内から起きて、また一悶着あるだろう。
 揉めるだけで解決にならないことを繰り返してばかりだが、いったい何を考えているのだろうか。

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by ruhiginoue | 2013-01-16 22:20 | 経済 | Comments(2)

自衛隊と国防軍の大違い

 自衛隊は英語表記するとSelf-Defence Force なので、対外的に既に国防軍と謳ってるのだから、実質は同じではないか。何の意味があるのかと疑問を持つ人がいる。
 これに対して、自衛隊から国防軍への変更は漢字文化圏には大きなインパクトを与えると、あの宮台氏が指摘していたそうだ。
 たしかに、意訳されて紹介される国々と、漢字そのままの中国・韓国・朝鮮とでは、受け止められ方が違うだろう。
 しかし、漢字でも意味が異なる。国防軍だとSelf=自が抜ける。
 自衛隊の前身である警察予備隊と保安隊は、米国が、在日米人を暴動から守るため作らせたものだった。そうではなく、これからは日本が「自らを衛る隊」に変わるのだ、という意味で、防衛隊と言えばいいのを、わざわざ自衛隊としたはずだった。
 それを否定しようという人たちは、抱き合わせで集団的自衛権と言っている。ということは、逆戻りしようとの意図があるとしか解釈できない。
 つまり「国防軍」は厳密には「米国防軍」の意味で、そうするつもりなのだろう。安倍一族は祖先から、そういうことをして地位を保って来た人たちだったのだから当然の発想で、近所の塀にまだ貼られたまま残っているポスターの「日本を取り戻す」は「日本を取り上げる」の誤植だったのだろう。

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by ruhiginoue | 2013-01-14 10:48 | 政治 | Comments(1)
 かつて、大学の一般教養課程で必須科目の保健体育の授業を受けていたさい、担当の、体育大学を卒業して保健体育が専門という年配の教授が言ってた。
 スポーツの指導は、大人と子供とでは異なる。大学生や社会人といった大人が対象では、指導にそれ相当の技術が要る。ところが、少年スポーツといった子供が対象の場合には、しょせん子供の水準なので、とにかくシゴクだけでそこそこ成果が出る。シゴケばシゴクほど、いちおうはより多くの成果がでる。
 そのため、よく、素人に近い部活の顧問が、自分に指導力があると錯覚してしまい、問題を起こす。
 学生時代に担当の種目をやっていたけど、指導者としては未経験で技術や方法論を持ち合わせていなかったり、時にはその種目をまったく自分ではやった事が無かったりするのに、熱心にやってシゴキになったところ一応の成果が出たので、自分には指導者の資質があると思い込んだり、自分はスポーツ指導の天才ではないかと誇大妄想したりする。
 そして暴走が始まる。大阪の高2自殺事件でも、生徒を体罰の暴走で死に追いやった顧問は、次第にその部が強くなって来たものだから、止まらなかったし、周囲も止めなかった。そして最悪の事態になった。
 しかし、昔から保健体育の専門家が指摘していた問題なのだから、その認識が常識になっていなかったことが、むしろ本当の問題であり、事件の原因ではないだろうか。

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by ruhiginoue | 2013-01-14 10:27 | 体操 | Comments(12)

元体罰教師の告白

 元体罰教師で現否定派という人が告白しているのを聞く機会が、かつてあった。
 その男性ベテラン教師は、よくあるインチキ体罰つまり感情的になって暴力を振るっただけなのに指導のための懲戒だと誤摩化すこと、とは違い、ほんとうに指導のため必要だと考えて生徒を殴っていたという人で、悪ガキは平手打ちしてやらないと駄目だと硬く信じていたという。
 しかし、長年の教職体験から気付いた。殴られるのは悪い子ではなくトロい子だ、と。
 教師に殴られてしまう子は、要領が良くないから、教師にバカ正直な態度をとってしまったり、なにかあったとき逃げ遅れてしまったりする。
 それとは違い、要領の良い子は、教師ごときに殴られたりはしない。なのに、自分程度の人間なんかにむざむざと殴られてしまう子を痛めつけることで、自分は厳しいとか熱心だとか思い込むなんて恥ずかしい。
 この現実に気付いた時は愕然としたが、どんな現実でも知らないでいるより知ったほうが良いに決まっている。気付いてよかった。だから、他の教師たちも眼を覚まして欲しい。
 そう言っていた。

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by ruhiginoue | 2013-01-13 13:41 | 社会 | Comments(1)
 不正選挙を告発して訴訟に訴える具体的に動いている人について、知人から聞いた。
 選挙が行われてから騒ぐのではなく、事前に国際監視団を要請するべきだと選挙前に主張していたので、後からだと手遅れではある。
 また、こういう訴えをしても、裁判官が判決で認めることはまずないだろう。
 しかし、事実認定の部分で、確かに訴えの通り疑わしいという記述をして、<裁判官が良心からささやかな抵抗をすることもある。
 また、こういう動きが繰り返されることによる揺さぶりの効果はある。一度や二度では駄目だが、簡単にいくと考えるのは甘い。どんなことでもそうだが、根気よくやってはじめて結果を待つ資格を持てる。
 



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by ruhiginoue | 2013-01-13 13:18 | 政治 | Comments(2)