井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

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 東京弁護士会と日本弁護士連合会の不正は、その誤りを東京高裁が何度も認定しているにもかかわらず、それを東京地方裁判所の一部の裁判官が歪曲して隠蔽する。そうなるのは、ようするに銀座ファースト法律事務所の田中清弁護士の不正を隠蔽するため不正の上塗りをしているからである。
 この田中清弁護士は、これまで、捏造証拠や法律の曲解などの不正を追及されると、自分は元高裁判事であり退官後も政府の御用達として国賠訴訟で国側代理人をしているなどと「政治的配慮」を求めてきた。それに応える弁護士会と一部裁判官がいるのだ。
 さらに、銀座ファースト法律事務所の訴訟依頼人だったと称する人が、その苦情を匿名で掲示板「2ちゃんねる」に書いたところ、 これを当方が書いたいう嘘を、事務所のホームページに記述することで、業務上の不祥事をごまかした。この依頼人という人は、同事務所に行ったことがあり、そこで田中弁護士の配偶者が働いており、実質仕切っているとか、その奥さんの趣味は声楽であるなどと、具体的かつ詳細に述べていた。これは当方の知らないことで、事務所には行ったこともない。
 だから、田中清弁護士は、事務所に来たこともない者が、そんなことを書けるわけがないことをわかっているはずだ。それについて銀座ファースト法律事務所に詰問したが、ひたすらダンマリを決め込んだ。違うなら、妻は事務所で働いていないとか、声楽が趣味ではないとか、言うはずだ。
 だから、銀座ファースト法律事務所のホームページは嘘ばかり書いてあると問題にしたところ、後から書き変えるなどの醜態をさらしたのだ。そういう事実があったのだから、後になってから、当方が田中清弁護士を中傷したと嘘をつく東弁と、追認した日弁連、および高裁判決を歪曲してまで東弁と日弁連の言うとおりだという東京地裁の一部判事は、当の田中清弁護士の言ったことと矛盾していて、実に滑稽である。
 このように、ごまかそうとして不正の上塗りをするものだから、さらなる醜態をさらすことになる。銀座ファースト法律事務所は、依頼人から苦情があると嘘と濡れ衣の中傷によって誤魔化し、それを元高裁判事とか政府御用達ということによって、隠蔽してもらえるのである。
 また、田中清弁護士は、この件について、事実でないなら、当方を訴えるべきではないかと問われたことがあり、しかし、取り合うほどの価値がないので訴えないと答えたらしい。当人がそう言っていた。それなら、どうしてホームページに嘘を書いてごまかそうとしたのか。問題になったら慌てて書き換えたのか。変ではないか。奥さんのことも、ちゃんと説明するべきではないか。
 そんな弁護士に依頼してしまったら、誰だって危ないと考えるだろう。いくら不正をしても庇ってもらえるのだから、不正のやりたい放題である。もちろん、それでも依頼したい人は「自己責任」だからご自由に、ということだ。
 
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by ruhiginoue | 2013-06-28 20:20 | 司法 | Comments(0)
 もちろん、最初からわかっていることではある。
 弁護士会と日弁連の不正がいくら明らかになっても、それを今のように腐敗しきった法曹界では、弁護士自治を悪用して自浄しようとせず身内の不祥事や不正を隠蔽する。これは医師会よりはるかに悪辣である。
 これを司法に訴えても、裁判官は退官すればほとんどが弁護士になって弁護士会に入会するから、弁護士会は裁判官にとって最大の天下り先であり、もっと醜い対応をする。
 だから、弁護士会の不正を司法の場で追及することは、国家賠償請求訴訟や行政訴訟より困難である。
 
 東京弁護士会の不正について追及してきたことは、すでに報告した。東弁が当ブログを中傷した件について、東弁の非難は根拠が伴っていないと、東京高裁が判決で明確に示したが、同時に、東弁の間違いについては日弁連に訴える制度となっていると指摘した。
 ところが、それについて、日弁連は、何も根拠を挙げることなく、東弁が正しいとした。これを訴訟にしたところ、東京地裁は、東京高裁判決は根拠にならないと判決した。なぜか。まず東弁は、当ブログが法曹批判をする中で、違法な内容を記述したと、具体的な指摘も根拠もなく文書にした。それを原因にして訴訟としたところ、東弁は、当ブログのどんな内容が違法なのかと問われて、時期は提示したが、その証拠はなく、どのような内容であるのか具体的に指摘することもなかった。
 だから、東京高裁は、証拠が伴っていないと判示したのだった。これを無視したとして日弁連を相手取って訴訟としたところ、なんと東京地裁判決は、東京高裁が証拠が無いと判示したのは、東弁が提示した時期についてのみだから、他には有るかもしれず、無いという証拠が無い、だから東弁は正しく、追認した日弁連も正しい、という屁理屈にも満たない異常なものだった。
 どこにも存在しないのに、それでもあるというなら、時期と内容と証拠を述べよと追及された東弁が、時期を言っただけで内容も証拠も出てこなかったのであり、このことはすでに裁判の中で指摘されているのだが、それを無視したうえ、滑稽なほどの出鱈目を東京地裁は書いたのだった。
 この恥知らずな判決のさい、村上正敏裁判長は、こちらに一度も視線を合わせず、主文を告げると逃げるように退廷して行った。
 しかし、これはまた東弁と日弁連を追及する材料にもなる。日弁連は同じ内容の不正を他にもしているのだから。 

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by ruhiginoue | 2013-06-27 20:16 | 司法 | Comments(3)
 ロシアと日本の良好な関係を妨げているのは領土問題だけではなく、日本人の意識に根付いているロシアに対する偏見があり、この冷戦時代からの偏見を克服するのは容易ではないと、元駐日ロシア大使を務めたことのあるアレクサンドル・パノフ氏が指摘する。
その偏見は、日本のメディアによるロシアについての否定的な報道と、その背後にあるアメリカのプロパガンダマシーンが、かなり効果的に作用していることによるとのこと。
 戦争で、ロシアは日本にひどいことをした事実があり、しかしそれはアメリカも同様である。また、戦後にアメリカが日本に対してよいことをした事実もあるが、ロシアも同様に、日本に良いことをしており、だから実際に、日本人はアメリカにもロシアにも信頼はあったのだが、日本の親米ロビーは非常に強い力をもっているため、なんでもアメリカは良くてロシアは悪いというように誘導されてしまったと、具体的な事実を挙げて指摘する。
 これについてモスクワ国立国際関係大学のドミトリー・ストレリツォフ教授は、誤解を少なくすることは可能だろうが、偏見は数十年の長きにわたって形作られてきたものだから、すぐに何かひとつのことによって変わるということはありえない。ただ、誤解と不信を克服するためには最初の一歩を踏み出さなくてはならない、と前向きに努力するべきとしている。

 それはもっともな部分もある。挙げられた歴史的事実は確かに存在する。だが、旧ソ連の宣伝戦略が下手というか、ひどすぎた。それを、まずロシアは反省するべきだろう。今この論調を知ったVOICE OF RUSSIAは、客観的な情報を発信しているが、かつてのモスクワ放送などソ連政府の公式見解を垂れ流すだけの退屈なものだった。
 あと、ときどきここでも紹介しているロシア政府がスポンサーの英語のテレビRT(ロシアトゥデイ)は、世界情勢から経済まで、アメリカの傀儡である日本の報道とは大違いの貴重な情報を提供してくれる。投資にさいしてプロ投機家がやる「日経逆張り」といわれる日本経済新聞のいんちき報道の裏を読むさいも、ロシアの英語放送は有益だ。
 また、今でこそCIAの告発をしてアメリカ政府から逃れた人をかくまっているが、昔は迫害を逃れて助けを求めた人がスパイと疑われたり粛清されたりしたのだから、それを改めて、アメリカやイギリスやフランスや日本と何かあったらロシアにかくまってもらえるようにすることで、ロシアが信頼を得ることだろう。

 日本はロシアに親近感もある。ロシアの文学は人気がある。ドストエフスキーもトルストイも。音楽も人気がある。民謡から、チャイコフスキーやショスタコーヴィッチまで。ジェット戦闘機のミグやスホーイも人気がある。大ヒットした日露戦争の映画「二百三高知」で、ロシアの文化を愛しながら戦死した主人公が、学校の黒板に書いた「美しい国、日本」「美しい国、露西亜」の文字だけ残っている場面で、観客はみんな泣いたものだ。
 
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by ruhiginoue | 2013-06-26 18:55 | 国際 | Comments(6)

都議選で共産党が倍増

 数学者で大道芸人のピーター フランクルが言ってたのを思い出した。
 「僕は共産主義が嫌いで、家族と別れてハンガリーからフランスに亡命した。でも日本で選挙権があったら迷わず共産党に投票する。自民党か新進党かの選択肢では政権交代があっても一党独裁と同じだ」
 この発言の当時、やはり小沢一郎氏が活躍して「新進党」ができて二大政党を目指すと言っていたが、これは「民主党」に置き換えられる。しかも、その民主党に雇われて代表となって政権交代を再び実現した小沢氏も、せっかく政権交代したのに自民党と同じか輪をかけたような民主党に愛想が尽きて出て行ったのだ。
 そして都議選で共産党が躍進したが、自民党と公明党は全当選だから良くないという見方がある。しかし民主党は選挙の時だけ独自候補を立てるが、いつも都議会で石原都知事と自民党と公明党に何から何まで賛成していた。だから自民公明が圧勝してしまっても、民主が減って共産が増えただけまだマシではある。
 これについて東京新聞が報じるところによると、「議席を伸ばした日本共産党に投票した人をみると、共産党支持者47.4%、支持政党なし25.4%、民主党支持層が9.6%、自民支持層も5.1%いた」そうで、支持者以外の投票が多い。やはり有権者のバランス感覚が働いたのだろう。
 しかし今後の共産党は、他党と協調しながら妥協はせずに独力で与党を目指す努力を忘れるべきではない。前は、民主党が自民党の亜流あるいは輪をかけて悪いということを見抜けず、民主党がギリギリで政権に付けそうなら連立を組む用意があると言ってしまい、支持者および支持者ではないが民主党が嫌いな者から反発されたうえ、民主党からは、そんなことを共産党に言われると保守票が逃げると忌避されてしまった。
 そのさい鳩山由起夫は、共産党とは絶対に組まないと理由として、こう言った。
 「共産党はアメリカ帝国主義とか言うから」
 そして、原発とTPPで鳩山が間違いに気付いた時には遅く、民主党によって政界から追放されたも同然となってしまったのだった。これが東大出の元学者の頭の程度ということなのだろう。
 
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by ruhiginoue | 2013-06-24 18:23 | 政治 | Comments(6)
 FM放送で、リヒャルト シュトラウスの歌劇『アラベラ』の全曲をやっていたので録音しておいて聴いた。先日亡くなった、ウォルフガング サバリッシュの指揮だった。
 サバリッシュと言えば、NHK交響楽団を指揮していた記憶が強いが、その他には歌曲のピアノ伴奏でも印象的だった。そして、実はリヒャルト シュトラウスが得意だったそうだが、あまりレコードとかCDを店で見かけなかったので、録音物をまったく持っていなかった。それが最近は追悼でよく放送され、聴いたら良かったので、そのことをこれまで知らなくて損した感じだ。
 ところで、リヒャルト シュトラウスといえば、少年時代に日比谷の映画館でリバイバル上映されたさいに観た『2001年宇宙の旅』の『ツァラトウストラはかく語りき』が最初だが、そのあと長さなどから比較的聴きやすい交響詩に親しんだ。
 それに比べると、歌劇は長大だから、よく聴く機会があるのは、有名な一部分だけだった。例えば『サロメの踊り』とか『薔薇の騎士のワルツ』などだ。そして、リヒャルト シュトラウスの曲は後期ロマン派らしくブルックナーやマーラーと同じように大編成の管弦楽曲ばかりだと思っていた。
 しかし、リヒャルト シュトラウスにとって交響詩はオペラを書く練習みたいなもので、物語を表現する音楽ということでは同じだが、交響詩は舞台から演奏者が一部はみ出す大編成でも、オベラは劇が中心だから、その舞台下の窪地すなわちオーケストラピットに収まらないといけない。それで、少人数で鳴らすように編成を工夫するようになる。
 という話は、大学でドイツ語の時間に余談として聴いた。ドイツ語を習ったマイスターは、専門がオーストリア文学だったので、リヒャルト シュトラウスの『アラベラ』『薔薇の騎士』などの歌劇で相棒だった劇作家のフーゴ ホフマンスタールにはとても詳しかった。
 そして、『薔薇の騎士』で一番有名な音楽はワルツだが、その時代にワルツは無かったとか、世紀末ウイーンは芸術が盛んな一方で「泡沫会社時代」と言われ、それが今で言う「バブル経済」と同じであり、次の世紀に入ったら戦争ばかりの時代になったので、それも繰り返されるのではないか、という話もしていたものだ。
 そんな話ばかり夢中になり、『ウイーン世紀末文学選』(池内紀 訳 )などを読みふけって、ドイツ文学では評価Aをもらったが、ドイツ語文法では接続法一式と二式に苦労してしまいBしか取れなかった。
 また、そういう話など文学や社会学のほうが楽しかったのだが、実用からやむを得ず法学や政治学や経済学のほうを専攻しなければならなかったので、ある意味ではとても残念である。 
 なんてことを、ラジオを聴いて思い出した。

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by ruhiginoue | 2013-06-22 20:19 | 音楽 | Comments(0)
 先日FM放送で、芥川也寸志の『交響三章』を放送していた。ガキだった78年にCMで作曲者が指揮している形で流れていた。それで知って気に入り、題名は何かと学校の音楽教師に訊いたけど、知らなかった。
 後でわかったことだが、音楽教師はだいたい日本の作曲家を知らない。89年に芥川也寸志が死去したとき、学校とは別についていた音楽の先生にその話をしたところ少し考えてから「ああ、題名のない音楽家の」と言った。
 その黛敏郎といえば、三島由紀夫の『金閣寺』をオペラにしたり、映画化で音楽を担当していたが、鈴木邦男氏ら三島大好きの方々とお話する機会があったとき話題にしたけど、知らないと言われてしまった。 
 また、三島由紀夫がワーグナーを愛好していて、自作自演映画『憂国』では『トリスタンとイゾルデ』が流れたことも、意識してなかったそうだ。読書好き文学好きの人たちは、音楽を意識してないことがよくあるから仕方ない。『潮騒』の「その火を飛び越えて来い」だって『ジークフリート』だと言っても、読書一辺倒の人には通じない。
 ところで松本零士もワーグナーが大好きで著書もあるが、だからメーテルはブリュンヒルデだと言っても、アニメしか見ないオタクには通じない。つまり三島崇拝者はアニメオタクと同じだと思う。
 では音楽家はどうかというと、芥川也寸志が大江健三郎、黛敏郎が三島由紀夫、というように、作品をオペラにするなどしながら思想的に傾倒した事実は、音楽家が文学や政治を自らの頭で考えることが出来ないということだろう。その点ワーグナーは例外かもしれない。逆にニーチェは、哲学者だがワーグナーにならって音楽を作っていたが、残っている楽譜によると、それはひどいものだったそうだ。
 ところで、芥川さんが出てこの曲を振っていたCMは、なんの宣伝だったのか、知っている人がいたら教えてほしい。
 
 この曲の出だしが使われていた。そのあとクラリネットが和風ののどかな旋律を奏で、続いてズンタッタッタ、ドンタッタッタと鳴るのは伊福部昭先生の影響がモロだ。 

 

 


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by ruhiginoue | 2013-06-20 19:24 | 音楽 | Comments(7)
 竹内 均(たけうち ひとし1920年7月2日 - 2004年4月20日)というタレント学者がいた。専門は地球物理学、理学博士。彼が生きていたら、原発事故について、何と言ったのだろうか。きっと、政府と業界のために、安全だと強弁するだろう。そうしている姿を想像している。
 彼は、もとは東京大学教授で、後に名誉教授となるが、大学を退職してから本格的な活躍を始めた。科学雑誌『Newton』を創刊し、初代編集長となる。科学を判り易く解説し、取っ付きにくいと思っていた一般人を啓発した功績を評価されている。
 ちょうどSF作家で科学解説者としても活躍したアイザック アジモフのようで、メディアへの露出も多く、サンダーバードを設計したブレインズのようなふちの厚いメガネがトレードマークだった。
 この人を最初に見たのは、映画『日本沈没』だった。地殻変動を説明する科学者役というそのままの設定で出演している。また、CIA謀略雑誌のリーダーズダイジェストが発行している地学のビジュアルな冊子で解説をし、そのさい付録の(なつかしい)ソノシートで、喋べくり解説もしていた。これから数年後に、リーダーズダイジェスト日本は、組合潰しの偽装倒産をした。そんなメデイアにも出ていたが、Newtonも、読むと如何わしかった。企画を通し資金を集めるには、それなりの政治力が要るが、そういうことに長けた学者が、東大にはよくいる。
 そんな竹内均は、タレント学者の先輩である寺田寅彦が残した「天災は忘れた頃にやってくる」という言葉を胸に抱き、関東大震災以降、災害に、特に地震に無頓着であった日本国民に警鐘を鳴らし続けたという。
 それでは、震災によって原発事故が起きたことについて、竹内均が生きていたら、どうしただろうか。彼は昔から、原子力業界のテレビCMにも出演していて、原子力施設から発生する放射線は、自然界から常に浴びている放射線より、遥かに微量だと言って安全だと強弁していた。
 これは比較すること自体がすでに変なので、すぐにイカサマだと判る低劣さだが、これより前に、既に、映画にもなった『原子力戦争』で、テレビのバカ司会者に成り下がる前の田原総一郎が、事故の危険と管理のずさんさの実態などを詳しく述べていて、だから危険が指摘されていたのだ。それに対し竹内均は、反論ではなくゴマカシていた。
 この『原子力戦争』に、宇井純教授が推薦を寄せていた。この宇井純教授は、もちろん「公害原論」で有名だが、彼は小さい頃から天才と称賛され、学校でも成績優秀で当たり前のように東大に入るが、そこで科学のイカサマや御用学者の醜さに気付いて、東大で非公式の講座として「公害原論」をはじめたら好評で、東大も規則違反だが黙認していたという。
 そうした宇井純教授と竹内均は対極にあるが、他にも竹内均は修身教育の復活を提言したりと、当時の自民党の古い人たちに積極的な迎合をしていた。今でも、理系だけど政治もわかるというポーズをとる人が、どこかの受け売り丸出しの薄っぺらなことを、よく言っている。その先駆けが竹内だ。
 そして、困ったことに、そんな中高生でもわかることを、理系独特の無知で解らない理科の教師が、竹内先生の解説が解りやすいとかNewtonが読むとためになると授業で言う。これに対し、自分も含めた生徒たちは、もともと、竹内均なんて政治力を備えて虚名をまとったインチキ学者だと怒っていたので、教師がくだらないことを授業中に言うので、イライラしたものだ。
 その後も、やはり竹内と同じ発想をする人がいるから、やはりイライラしてしまう。竹内とは違うけど、竹内のようなセンセイに教わって素直に学位をとったという人は、悪気はなくても竹内式の発想をしていて、それが正しいと信じているうえ、自分は学位をとったのだから、素人に言われる筋合いは無いと思い込んでいる。
 しかし、学位をとったことで素人以下になるという現実もある。どんな分野でも共通することだ。それを証明しているのが、名をあげて地位を築いたセンセイたちである。簡単にわかることだが、センセイにくっついて勉強してしまった人は、理解できなくなってしまうのだ。そういう人を、誰でも身近で見かけて、時にはイライラさせられるのではないだろうか。
 
 
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by ruhiginoue | 2013-06-19 07:47 | 学術 | Comments(24)
 作家で精神科医のなだいなだ氏が6日に83歳で死去していたことが9日に分かったと報道されている。
 なだいなだ氏の著書は、十代のころに熱心に読んだが、それらはすべてエッセイの類いだった。数年前に、ネット上で意見を申し上げたら、きちんと返事をくださったので、嬉しかった。
 その、なだいなだ氏が書いたうち、最も印象に残っているものが、朝日新聞に連載されたコラムのうちの一つであった。これは老人が過去を美化してしまう危険について述べたものであった。
 なだいなだ氏がまだ老人ではない年齢の時、もっと年上のすでに老人となった人が、コインロッカーに赤ん坊が捨てられていたという報道に、「最近は道徳が廃れている。昔はコインロッカーに子供を捨てる者はいなかった。昔は良かった」と言う。しかし、昔はコインロッカーがまだ無かっただけで、捨て子は昔からあった。それに「昔は、農家に人買いが来ませんでしたか」と、なだいなだ氏が尋ねたら、そのお爺さんは思い出したらしく、急に涙ぐんだという。
 昔から捨て子はあったし、育てられなくてこっそり捨てるどころか、堂々と人身売買が行われていた。特に貧しい農家が、労働力や買春に、未成年の子供を供給していた。そこに多くの悲劇があった。なのに、昔は捨てなかったと言ったら、昔は売れたから捨てなかったのだろうと皮肉の一つも言われるだろう。
 また、過去の辛いことを思い出したくないからと忘れて美化し、昔は良かった、今は悪くなった、などと、実際とは逆に言ってしまうことが、他にもいろいろある。これはとても危険だ。その最悪なのが戦争についてだ、ということを書いていた。
 これを読んだうえで世の中を見渡すと、確かにそういう危険がいっぱいある。例えば、昔は貧しかったので子供が犯罪に走ることが多く、少年法も無かったから更生もなかなかできなかったのに、それを、昔は厳罰にしたから少年犯罪は少なかったのに、更生させるという少年法が甘いから少年犯罪が増えた、などと言う人たちがいて、それに司法まで振り回されている。
 そして、例の橋下とその周辺の連中のえげつない認識と発言であり、これはもう説明するまでもないだろう。
 告白すると、自分でも、子供の頃に親とか教師とか周囲の大人たちが言うから、昔は良かったのに今は不道徳になったと思っていた。その認識が変わったのは、なだいなだ氏の書いたものを読んでからだ。
 だから、とても感謝している。感謝しても、し足りないほどだ。なだいなださん、ほんとうに、ありがとうございました。 
 
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by ruhiginoue | 2013-06-15 17:32 | 文学 | Comments(1)
 先日、用事で東京地方裁判所立川支部に行ったのだが、辺鄙な場所にあった。
 これはかつて八王子にあり、移転したので建物は新しく奇麗だが、駅から歩いたら30分くらいかかる。それが嫌なら、バスに乗るかモノレールを利用する。モノレールは快適で安全だが利用金が高く、駅は裁判所から歩いて5分から8分くらいの距離が離れている。バスだと立川の駅から裁判所の前までだ。
 この建物に入ると、霞ヶ関との違いは警備の厳重さだ。正門に警備員は立っているが、霞ヶ関のように金属探知機による検査がない。田舎の裁判所と同じで、緊張感が乏しい。しかし、危ない人が被告のこともあるのだから、これで大丈夫なのだろうか。
 もっとも、霞ヶ関ではたちの悪い被告とともに特に高裁にたちの悪い裁判官がいるから、特に警戒しないといけないという事情があり、それとは異なる裁判所では、特に何かありそうな場合だけ対処するということなのかもしれない。
 その点を職員に尋ねてみたら、書記官をしている人から、当事者から申し入れがあった場合は裁判官と相談して決めることになっているとのこと。なんとなく「行き当たりばったり」という感じがして、あの、のどかそうな周辺から、そうなっているのかもしれないと思った。今度行くことがあったら、その撮影をしてきて紹介しようと思っている。
 
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by ruhiginoue | 2013-06-14 11:32 | 司法 | Comments(6)
 先日、ブラック企業が儲かる事情の一つについて語ったが、それより大きな原因は、もちろん不景気だ。景気が良い時は、消費者の財布の口が緩むので、そこが狙われるものだ。そのさい悪いことをして儲けようとする者は、粗悪品を売るなど色々と騙しをする。それが不景気だと難しくなる。
 そこで労働者を食い物にする。不景気なら、商品がいちおうで、それにしては安い値段、というものに消費者は飛びつく。そんな商売をするには、法に触れることもお構い無しに従業員をこき使うことだが、不景気なら人を集められる。
 このような図式なのだから、「アベノミクス」で好景気になると大宣伝している一方で、ブラック企業の最たるものといわれる居酒屋の創業者が自民党から参議院議員選挙に立候補するというのは、大いなる矛盾だ。これから好景気にするとか言いながら、不景気につけ込む商売をしている人を担ぎ出すというのだから。

 ところが、安ければ良いというだけではなく、こき使われている従業員を虐める側になるのが嬉しいという人がいて、その感覚が、あくどい経営者やインチキ政治家にとって支柱の一つとなっている。それが先日の話だった。そういう人は、大忙しで働いている従業員に「早く持ってこい」と威張って命令するのがたまらないということだ。
 そういう人も含めて一緒に食事に行った時のことだ。少ない人数で多くの客に対応し、見るからに大変そうな従業員に対し横暴な態度をとるので、可哀想だからよせと言った。すると彼は「こっちは客なんだ」と怒気を含んだ声で言った。客であっても感じが悪いことはすべきじゃないと穏やかに言ったが、すると「店員なんだから我慢して言う通りにするもんだ。お前は喫茶店やファミレスでバイトしたことがあるから、わかるだろ」
 逆にこっちが店員に横柄な態度をとって注意されて、さのさい、お前だって店員として働いたことがあるから、その苦労がわかるだろう、と言われたならともかく、このひっくり返った発想と人を見下す言葉は何か。
 じっさいに自分は飲食店で働いたことがあり、忙しいだけではなく客のわがままに困らされたり不愉快だったことがある。それでも我慢して働いたのは、教科書などの教材や通学定期券を購入するためだった。だから、従業員は客の横暴にも我慢するものだと身を以てわかっていて、それゆえ同情したのだった。また、友達が醜いことをするのは見たくないので、やめて欲しかった。
 しかし、この人は十代のころから、親から学費を出してもらうのはもちろん、買い物も飲み代も親子カードで支払って、そのさいクレジットカードを見せびらかし、「これからは、こういうものを持たないと駄目なんだよ」と得意になって言い、まるで自分がゴールドカードの審査に通ったと錯覚しているかのようにしていた人だから、苦労している人を見下すのも、むしろ当然なのかもしれない。
 そんなところは困った人だけど、それ以外だと、彼はとても善良だ。何処かの国の総理大臣だって、直接会ったことはないが、きっと善良な人だと思う。ただ、善良に育った分、苦労を知らないから、意識しないで心ない言動をしているのだと思う。
 でも、あのとき居合わせた人からは、後でこう言われた。
 「俺は君の親とか先生ではないし、もともと人に説教する柄じゃない。ただ、あんなことがあっても君がまだ彼を友達だと思うなら、俺は君とは付合わない」
 こう言われたが、それとは関係なく、自分の努力や苦労を無意識に見下す人は友達ではないなと自分で判断したのだった。それと同じことで、安倍総理なんて絶対に支持しない。
 
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by ruhiginoue | 2013-06-12 08:32 | 政治 | Comments(1)