井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

<   2013年 08月 ( 18 )   > この月の画像一覧

嫌な都政だなあ

 自分の収入源はおおまかに三種類で、著述、投資、企業からの請負。
 著述は闘いで、危険もあるのに利益は少ない。投資は儲かるが、ようするに博打だからハイリスク。企業からの請負は微々たるものだが堅実。
 つまり座頭市の、居合抜き、サイコロ、按摩、と同じだ。これらを毎日せっせとしながら「嫌な渡世だなあ」と、つぶやいている。
 コストを軽減するためには地方に住んだほうがいい。だけど、慣れていないので大変である。田舎は、のどかなようでいて、窮屈だ。それで、たまに近所付き合いでブチキレる人がでて、時には事件になる。
 だから、仕方なく東京に住んでいる。東京の中で移り住んでいる。東京は、便利ということに加えて、政治的に洗練されているから、田舎のようにイライラさせられることがなく、田舎よりはまだ弱者に優しかったりする。
 しかし、そうも言えないことがあり、このところは知事が駄目なことが色々と影響しているのだ。だから「嫌な都政だなあ」とも、つぶやいている。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2013-08-30 22:19 | 政治 | Comments(10)
 今年も「24時間テレビ」が放送されて、また、偽善のチャリティーなどと批判されている。

 この「24時間テレビ」には、子供の頃にささやかな寄付をしてきたけど、もう見もしなくなった。出演していた女優の宮崎美子が「世界中で軍事費を削るほうが、もっと簡単にもっと沢山のお金になる。例えば自衛隊機の一機だけでも何十億円」と言いかけたら、司会の日テレ徳光アナが遮った。これを見たのがきっかけだ。

 もっとも、徳光アナは、大学生の時は自衛官志望で、「ズームイン朝」の司会では、冷戦を背景にタカ派論客の秋元といっしょに「北の脅威」を連日煽っていたし、原発安全のPRにも出演もしてたから、単純タカ派の彼としては、個人的にも反感を持ったのだろう。後に、イラク戦争でアメリカには疑問を持ったようで、批判したが。

 この時、宮崎美子は、特に自衛隊を否定したのではなかった。放送中のレポートが、低開発国の貧しい子供に予防接種をしようとすれば3000円くらいだから、我々が休日に映画を観て食事をしてコーヒーを飲むくらいのお金で、貧しい国の子供が一人救える、と言って、視聴者に寄付を呼びかけたから、それは変だと彼女は言ったのだった。

 彼女は、こう指摘した。私たちが映画館や飲食店に行くことは、それなりに意味があることで、私たちの日々の生活の営みの中では大切なことだ。比較するべきではない。もし、そういう比較が成り立つなら、軍事費だって意味があることとされているけれど、そのお金があったら、他に命を救うために使える、と言うことができる。

 それに、なにより桁が違う。工夫して節約し捻出できるとしたら、先ず桁が大きいほうを問題にするべきだ。実際に、軍事費は、例えば自衛隊の飛行機だって・・・ということだった。そこで徳光アナにさえぎられたのだ。

 つまり、徳光アナは自衛隊に話が及んだからさえぎったのが明らかだが、宮崎美子としては、たまたま軍事費がもともとよく問題になることであるし、子供の貧困なども戦争が原因であるなどする等の事情から解かり易いので例に出したのであり、むしろ言いたかったのは、寄付を求めるのはいいけれど、庶民のささやかな楽しみと比較して、視聴者に向かって映画を観たりコーヒーを飲んだりする金があるならこの番組に寄付をしろ、みたいな言い方をすることで政治の怠慢を免罪してはならない、ということであった。このことが、見ていて明らかだった。

 だから、これはビートたけしが、「24時間テレビは貧乏人から金を巻き上げる」と批判したことに通じる。ビートたけしは、出演の依頼があったけれど断った事情を説明したさい、チャリティなのに出演料をもらっている芸能人を批判し、商売でやっていることなのに慈善事業を装って一般大衆に寄付を求めている実態を問題にしたのだった。

 そういうわけだから、お金を沢山もっている「セレブ」な人は、24時間テレビに寄付すればよいが、そうでない人は、無理することない。みんなで「24時間テレビ」に寄付するより、みんなで選挙の投票に行くほうが、よほど福祉が充実するはずだ。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします

[PR]
by ruhiginoue | 2013-08-28 22:00 | 社会 | Comments(0)
【東京地裁の医療集中部で部総括判事を勤められた、貝阿彌誠裁判官が、長野地裁・家裁所長に栄転されたそうで、おめでとうございます。で、平成23年1月29日の中日新聞記事「適正で迅速な裁判環境づくり進める 長野地裁・家裁の貝阿弥所長会見」に記載されていたインタビューからなんですが、「患者が高水準の医療を期待する一方、医師はわれわれが思う以上に一生懸命で、両者の調整が悩ましかった」・・・私も、「医療裁判、医療訴訟」のコーナーを書くに当たっては、国民や当事者が高水準の司法を期待する一方、裁判官はわれわれが思う以上に一生懸命で、どのように気を使いながら書いたものか、悩ましく思っています。】

 これは、ある裁判傍聴記のサイトに書かれていたものだが、どう見ても皮肉だろう。
 つまり、医療裁判を担当する裁判官が、医者は一生懸命にやっているのに、患者が高度な医療を求めすぎると、ケチをつける。裁判官も想像以上に一生懸命やっている。国民や当事者は高度な司法を期待するが、裁判官が一生懸命なのは利権とか出世とか。そして目出度くご栄転。
 この貝世阿爾誠裁判官は、裁判官になってから、ずっと、順調に出世街道を登り進み、この後もさらに昇進している。だから魚貝類だが貝類ではなく魚類である。いわゆるヒラメ判事の典型である。
 この人は、医師の団体から買収されていると言われてきた。それくらい、医療裁判での偏向した態度が露骨だからだ。この人の「調整」とは、被害を受けた患者への恫喝である。お医者のすることに文句言って訴えるんじゃねえ馬鹿、ぶっ殺すぞ、などと、今にも言いそうな凄まじい顔をする。
 実際に、裁判では凄まじい偏向であり、医師が訴えられたり敗訴したりした腹いせに、患者の個人情報を漏洩してネットに流出させるなど、技術水準どころか人間性が疑われる行為でさいも、屁理屈で擁護してきた。部下の裁判官が公正な訴訟指揮をしていると、それで医師や病院が不利になってきたら、割り込んできて、「私は部下と違って患者に甘くはないですよ」と平然と口にする。
 だから、すごい悪評だし、他の裁判官にも嫌われているはずだ。現に、貝阿彌誠の恫喝に居合わせた部下の裁判官は、嫌悪感を露にしたり、立場上仕方ないのでうつむいていたりする。
 それでも平然としている貝阿彌誠。自分がやってきたことは、すべて、社会的に成功者となるための当然のことだと確信しているのだろう。こういう人は、特に官僚に多い。このような人間性も問題ではあるが、可哀想な人でもある。だから、本当の問題は、そんな人が居心地良い世の中の仕組みのほうだろう。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2013-08-26 17:47 | 司法 | Comments(4)

8.15と神道と血脈

八月十五日に、靖国神社の問題をツイートしたら、特に以下の部分に反響が多かった。 

 國學院大学神道学科の先生が、靖国神社は戦死者が祟らないよう怨念を鎮めるのが本来の宗旨だから、英雄と祀り戦争を美化し政治的に利用することは靖国の神に対する冒涜だと指摘する論文を書いたら、神社本庁が大学に圧力をかけた。「学問の自由は尊重すべきだが国家護持運動の妨げは駄目」と、矛盾もいいところの無茶苦茶だった。
 神社本庁に屈した國學院大学当局は、クレームをはねつけずに遺憾の意を表明してしまい、「建学の精神」を政治で歪めた。これのどこが「国の基を極むる処」(校歌)なのか、これでは曲学院大学だ、と批判されたのだった。
 「学問の自由は尊重すべきであるが」と言うなら、政治的な意図からの介入や干渉こそ駄目なのだけど、その矛盾が理解できない人たちがいる。文句があるなら、反論する論文を書いて発表するべきなのに、そうではなく、学者が勤務する大学にクレームというのが不当だ。
 この、靖国神社の論文で神社本庁から不当な弾圧を受けた國學院大学の先生は、当時は助教授(今では准教授というらしい)だったが、後に教授になれたので、圧力に屈した大学にも五分の魂と言われた。

 湯島天神だって、昇進試験で出世しようとしたら藤原一族の陰謀で島流しにされた菅原道真の死後に自然災害が起きたので祟りではないかと心配し、学問の神様と祭りあげ、おだてて供養した。それがなぜか受験祈願の場になって、お札やお守りから必勝鉛筆まで販売してる。それで受かれば塾はいらない。
 お岩大明神も、恨みを慰めるため。なのに、もしも政治的に利用したら。たとえば社民党の女性たちが、男社会の抑圧と闘う女性の神様と祭り上げて拝んだら、それこそ祟りがあるだろう。

 そして、個人的な話もした。
 この問題にレポートで触れたためか、大学の一般教養で、神道概説だけ評価Bだった。他は全部Aだったのだが。
 しかし、神道系で保守的な國學院大学にも進歩的な教授はいる。その同じ先生に習った先輩の女性で、卒業後に神社の巫女を経て共産党に入り今では市議という人がいる。宗教大学を出て宗教家になりかけたけど、今では共産党の政治家だから「スターリンと同じですね」と言ったら、彼女はムッとしていた。
 その大学の先輩の共産党女性市議は、皮肉を言われてムッとしただけマシで、この話に、同じ議会の社民党の女性市議は「え?スターリンって宗教家?」と言った。共産党も無知は多いが、社民党には敵わない。スターリンはもともと神学校を出て聖職者になるつもりで、悪名高いスターリン主義の粛清は、宗教裁判や異端諮問を政治組織運営に持ち込んだ、ということを、知らない人は多いが。

 問題となった論文では、人間がそう易々と神になれるわけがなく、なれるとしたら、それなりの資質を持った血脈とか血統の人だけである、と説いていた。

 そのツイートをしてる時、FM放送で伊福部昭の曲を放送していた。行方不明楽譜発見で復活した「プロメテの火」は貴重な演奏機会。「日本の太鼓」は聴きなれた「ジャコモコジャンゴ」と違った楽器の構成なので少々違和感が。この曲は所々ストラビンスキーの「ぺトルーシュカ」に似ている。
 作曲家・伊福部昭を祭った「伊福部神社」をご子息が私的にやっているけど、これこそ神になる血統だろう。なんといっても伊福部家は、大己貴命(大国主)を宗祖する因幡の古代豪族で、武内宿禰を祭る因幡國一の宮・宇部神社の神官を明治維新に至るまで代々務めてきた。昭の代で67代。
 代々神官を伊勢の地で勤めていたのに、明治時代に北海道へ渡ったのは、国家神道政策でスポイルされたから。先祖代々の神官が、東京中央から派遣された官僚に取って代わられたりしたため。それで雅楽に背を向けて、アイヌなど近代日本に蹂躙された民族を取り上げた。

 伊福部昭の民族的音楽が印象的な映画「鯨神」は、官能小説に転じる前の宇能鴻一郎の芥川賞作品が原作で、漁場を荒らす大鯨を西洋人宣教師は「悪魔」と呼ぶが、日本人の猟師たちは「鯨神」と呼んで闘い、勝利して殺し、重症を負った漁師は死ぬ前に「これから俺が鯨神になる」と言う。独特な宗教観だ。
 もともと日本の神は怖い存在。死者を怖がる習慣は世界中にある。ただ日本では怖いから神だと言う。しかし外来宗教思想の影響で、神は正義の味方になった。神社の神様も外国かぶれしている。「大魔神」も最初は神の領域を侵した人を罰しただけなのに、続編では悪い権力者を退治する正義の味方になった。

 ツイートの反応は、確かに日本の神は怨みに基づいている、靖国神社は、国(政府)が死なせた戦死者が後々国(政府)を祟らないように祭っているものだ、自ら殺めた者をカミとして祭るのは国譲り以降のヤマト人国家の慣習、この国ではタテマエを否定するのは罪、政治的に神道は歪められている、宮司は靖国神社を私物化、それで昭和天皇も参拝しなくなった、など、など。

 そんな中で、厳しく批判しても、そこに母校と神道への意識と拘りがわかり、興味深い、という人もいた。まさに血筋で、逃れられないものだ、と。
 そうかも知れない。困ったことに、特に母親は熱心すぎた。それで、スチーブン・キングの小説をよく読んだ。他人事ではない気がしたから。「キャリー」とか。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2013-08-23 16:34 | 雑感 | Comments(2)

橋下とコンサート

 例の橋下徹市長が、コンサートで座ったままだった、という記事を通信社に書かれて、退屈してたのではない、などと反論したそうだ。
 これが、橋下徹は「君が代」に座ったままだった、ということなら大ニュースだが、サザンオールスターズで座ってたことを記事にして報道する意味があるのだろうか。
 ところで、ロックコンサートで総立ちになるのは、前の席の人が立つから、後の席の人は立たないとステージが見えなくなるので仕方なく、ということにすぎない。外国のロックコンサートでは、演者が入退場するさいに拍手する時など一部の場面以外は、だいたい座って鑑賞している。その点は、クラシックの演奏会と同じだ。
 なのに、日本のコンサートは事情が違う。これは、谷村新司が考案して始めたことの影響だという説がある。舞台と客席と、客と客とで、連帯感とか一体感とか言って、「さあ、みんな立ち上がって手をつなぎ一緒に歌おう」とけしかけた。これをビートたけしが、幼児番組のお遊戯みたいだと言って、コンサートではなく「ロンパールーム」と皮肉った。
 もちろん、コンサートの盛り上がる場面で客席総立ちは良い。だが、じっくり聴く曲では、座って落ち着いて聴くものだ。歌手の鈴木ヒロミツが、ポール・マッカートニー来日コンサートで、曲の内容と無関係に、無理に盛り上がろうとする人がいて不愉快だったそうだ。そして、「イエスタディに手拍子するな。ヘイジュードで踊るな」と言っていた。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2013-08-22 17:53 | 音楽 | Comments(7)

図書室の本

 漫画『はだしのゲン』が、原爆の惨禍にかかる描写が児童生徒に与える影響が大きいとして、学校や図書館での閲覧が制限されていると、問題になった。そうだとしても適切な措置ではないという意見があり、また、それは口実で、政治的な意図からの措置ではないか、という指摘もあった。
 この騒動のため、アマゾンではコミックの売り上げランキングで急上昇しベストテン入りしたという皮肉な影響もあった。
 小学生のとき、同じようなことがあった。
 『カムイ伝』の、磔や斬首などの処刑場面が、教室で話題になった。これに「残酷な場面があるから、子供が読んでは駄目」と言う教師がいた。これに同調する教師がいる中で、一人の教師が異を唱えた。そして、児童にこう言った。
 「江戸時代までは本当に行われていたんだよ。反省したから、今は法律で禁止なんだよ」
 あとは、何が言いたいか、解っていただけると思う。
 かつて、学校の図書館に置いていいのかと、思った本はある。高校の図書室で読んだ『太陽の季節』という小説だ。でも、今の感覚だと、たいしたことは無いのだろう。発表当時はセンセーショナルだったらしいが。
 ただ、読んだおかげで、納得したことがある。どうしてこの作者は「石原チン太郎」と言われるのか、が。
 この人は、男は歳をとっても生殖能力があるけれど女は役立たずだからババアは生きていても無駄、の発言で問題になったが、そういう自分は現役なのだろうか。注射器で精液を採取することはできるが、そういう意味なのか。そうではないなら、生きている以上、証明に障子紙破りの実演をしてみたら、と思う。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2013-08-22 09:42 | 社会 | Comments(8)
 戦争は、怖いとか悲惨とかいわれる現実があるので、それが戦争を起こさないでいる。
 それを逆手にとって、「抑止力」と称し、戦争の準備をしているのに、戦争をしないためなのだと、軍備が正当化されることもある。
 では、「はだしのゲン」が駄目だという連中は、核抑止力をなくしたいのか、と皮肉のひとつも言いたくなる。
 これは、かつて80年代に、丸木美術館の「原爆の図」の写真を掲載した教科書が、検定で「悲惨すぎる」と不可になったのと、よく似ているが、原爆の恐ろしさを知らなければ、抑止力にならない。
 これは逆に言うこともできる。前から指摘されてきたことだが、核兵器の恐ろしさを訴えることが、それによって核兵器の恐怖による大国の支配に利用され、これに対抗して、小国が密かに開発する危険が指摘されてきた。
 ひとつだけではなく、他にも皮肉を言いたい。
 自体験から戦争物を書いた小説家で、『俘虜』『野火』『レイテ戦記』などで知られる大岡昇平は、戦争が起きないように、戦没者たちに化けて出て欲しいと発言したことがあり、また、『火垂るの墓』『戦争童話』の野坂昭如は、戦死者は膨大だから、どんなに供養してもある程度は化けて出るはずなのに、全く出ないから、霊は存在しないと確信し、神社に参拝しなくなったと書いていた。
 だから、戦没者の追悼などせず、平和のために、戦争で死んだ人たちは供養しないで、化けて出てもらったほうが良いのではないか。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2013-08-20 13:48 | 雑感 | Comments(3)

宮崎アニメと喫煙の問題

 映画『風立ちぬ』は、堀辰雄の小説にオマージュを捧げた題名らしいが、宮崎駿監督の映画としては異例だ。
 これまでは『カリオストロの』、『風の谷の』、『天空の』、『となりの』、『魔女の』、『紅の』、『ものの』、『千と千尋の』、『ハウルの』、『崖の上の』、というように『~の』という題名ばかりだったが、今回は違う。
 この映画に喫煙の場面が多いという苦情が出ているが、映画では煙の臭いや吸殻の被害が無いので、映画の描写の意図が何かという以前に、あまり関心が持てない。それより、隣人の、マナーを守らない喫煙によって現実の被害を受けていて、そっちの方に怒るので忙しい。そのたびに、携帯電話などで証拠写真を撮っているのだが、すると、気配に気づいて逃げる。つまり、悪いとわかっていて、やっているのだ。
 こういう人が少なからずいることこそが、問題なのだ。
 ところで、宮崎作品と喫煙といえば、高校生の時、文化祭の役員をしていて、プログラムの表紙にイラストを入れようということになり、「アニ研」の人に頼んだら、文化祭に行こうとルパン三世を誘うクラリス姫を描いてくれた。 ところが、上手く描けているのに、教師から苦情が出た。ルパンが煙草をくわえているのが駄目だという。
 これがクラリスの方だったら問題だろう。映画を観た人なら憶えているだろうが、「ロリコン伯爵」というセリフがあるから、絶対に未成年だ。しかし、吸っているルパンの「おじさま」は絶対に成人だ。
 ただ、文化祭は不特定多数の人が出入りし、学校なのに喫煙する者がいては問題になる。大人なのに無神経な人および未成年の不良である。それで、どうしても神経質にならざるを得ない。
 結局、学校内全面禁煙の通達を来校者たちに徹底することで、イラストはそのままで通った。すでに大量に印刷してしまったという事情もある。
 というわけで、それ自体では目くじらたてることもないけど、背景に色々な事情があって、過敏になってしまうことも、現実である。難しいことだ。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2013-08-18 17:39 | 映画 | Comments(3)
 無謀な戦争によって多大な犠牲を出した日本は、そのおかげで繁栄しているのだから、戦争を反省し、戦没者に感謝しないといけない、などと言われきたが、それはどうも辻褄が合わない。違和感を持つ人も少なくない。
 そんなに、負けて良かったのか。勝ったおかげで繁栄し、しかし勝つための犠牲が多かった、というならわかる。そうではない。では、仮に戦争がなかったらどうなっていたのだろう。
 もしも戦争をしなければ、戦前の全体主義が続いたままだったから、犠牲は多くても戦争をして負けたおかげで、支配体制が崩壊し、農地解放や税制改革によって封建制度の名残が一掃された、という人がいる。当時のことを知っている世代の人に多い見解だ。
 しかし、これでは日本人が自らは何もできないということになってしまうし、単に近代化が促進されただけで、それが発展に間接的な寄与をした、という説明にしかならず、納得できない。 
 やはり妥当な見解は、以前から指摘されていることだが、資本主義の特質が決定的な要因だろう。つまり、資本主義とは、国家の崩壊を前提として発展する、ということだ。だから、日本とドイツは敗戦によって経済が栄えたし、戦勝国アメリカは覇権国となったが、このため国の実権を政府ではなく大企業・大資本が持つようになった。
 それに、「あの戦争の犠牲があったおかげで、今の繁栄がある」なんて言っていられたのは、対日貿易赤字で悩むアメリカから「日本は戦艦大和や零戦では負けたが、ソニーやトヨタで勝ったじゃないか」と言われていた昭和時代までのことで、今では、原発、沖縄、TPP、など敗戦で属国となった現実を見せ付けられてばかりだ。
 つまり、戦後の日本の繁栄は、一時の仇花に過ぎなかったということだ。あれは、取り戻そうと思っても、無理だ。それに気づいていないオッサンやオバハンたちなど無視して、若い人たちは自分たちで新しいことをしよう。あまり若くなくても分別がある人は、若い人のように、新しいことをしよう。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2013-08-16 14:15 | 社会 | Comments(1)
 安倍総理は、靖国参拝で外国からの批判ばかり気にするから駄目だ。
 だからと言って、外国を無視して参拝しろと言うつもりはないし、やはりあの人は統一教会と癒着していると、今さら言うつもりもない。
 この件で、ほんとうに問題なのは、外圧は気にするのに、国内は無視も同然という政治家たちの態度だ。日本では、大臣がその立場で特定の宗教に肩入れしてはいけないと決まっているのだし、それは靖国神社でも統一教会でも、同じことだ。これは外国から批判される以前の問題だ。
 そして、外国から批判されるのは、戦犯を英雄としていることだが、これは日本にとっても問題だ。日本と戦争した国にとっては不快だろうが、日本にとっても、戦争を指揮した政治指導者には、敗戦の責任があるはずだ。
 あの戦犯たちは、戦争自体に反対した人を弾圧しただけでなく、戦争をやるにしても、勝てるように上手くやらなければいけない、という人たちにまで迫害をしていた。だから近衛首相は、陸軍ら強硬派の圧力で辞任に追い込まれて「どうしても戦争するなら、だれか自信がある人がやってくれ」と捨て台詞を残した。
 そして、よく考えもせず、多分なんとかなるだろう、というようにするお粗末の連続で敗北し、悲惨な結果となったのだった。
 それでも英雄として扱われるなら、そんな国は戦争しても勝てない。それ以外の分野でも、外国との競争に負けるだろう。それでいいのか。
 これが一般の兵士なら、気の毒な被害者ではあるけど一生懸命だったから英雄ということにしても違和感はまだ少ないが、それと政治指導者を一緒にするのは明らかに変だ。
 これは、今でいうブラック企業が、とんでも経営の末に破綻し、経営者は夜逃げに失敗して自殺、従業員は、まさか勤め先の経営がこんなひどいとは知らずに働きつづけて、中には過労死した者がいて、それらをみんな一緒に葬り、会社に尽くしたから偉いと讃える、というのと同じではないか。
 それでもいい、と事実上言っているのが、靖国の戦犯を気にしてない人たちである。こういう人たちがいると、日本と敵対する外国は大喜びだろう。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2013-08-14 13:49 | 政治 | Comments(3)