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by ruhiginoue

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 ウクライナ情勢での強硬姿勢により、ロシアのプーチン大統領の支持率が上昇したそうだ。
 もちろんウクライナ当地には、欧米メディアの受け売りをさせられてばかりいる日本の報道とは異なる事情があるだろうが、そもそもロシアでは、ゴルバチョフ大統領・エリツィン大統領の時代に、政治改革はけっこうだが欧米に妥協しすぎではないかという不満が鬱積していて、それでプーチン大統領が強く出ていることで受けている。
 プーチン大統領はKGB(国家保安委員会、現FSB)に勤務していたと知られていて、よくKGBはアメリカのCIAやFBIのライバルとみなされ諜報機関とか秘密警察と言われてきたが、実際は軍の組織であり、だからプーチン大統領は柔道が黒帯とかジェット戦闘機の操縦ができるなどを誇示することで強い指導者をアピールしてきたし、過去の写真のなかには軍服姿のものも公開されている。

 古いハリウッド映画で『テレフォン』という作品があり、ソ連で反乱が起きてアメリカに密入国した者が破壊活動をすることで両国の外交をぶち壊そうとしたため、KGBの将校がアメリカに派遣されて退治するという話だが、ここで主人公に扮するチャールズ・ブロンソンが、密命を受ける場面で軍服姿だったから、正確な描写をしていたというわけだ。

 またロシアの活劇映画『大統領のカウントダウン』では、テロリスト相手に大立ち回りする元諜報部員の活躍がジェームズ・ボンドというよりランボーに近かった。テログループがサーカスのテントを占拠して大勢の観客を人質にした中に離婚した元妻と娘がいて、最愛の一人娘を助けるため引退していた主人公も闘うことにするというのだから、アメリカ映画の『コマンドー』でアーノルド・シュワルツェネガーが扮する元隊長と同じような設定であった。

 ただ、強い指導者はけっこうだが、だから元軍人が良いわけではなく、『エアフォースワン』というくだらない映画でハリソン・フォードふんする元軍人の大統領は空々しかったし、オバマ大統領の支持率低下は、もともとは平和志向でイラク戦争にも周囲に流されず批判した姿勢が評価され、またノーベル平和賞も受けたのだが、大統領になってから次第に流されてばかりいるようになってしまいガッカリされているのだ。

 また、情けないのが安倍総理で、強いのではなく強がっているからみっともない。プーチン大統領は実際に操縦して見せているのに対し、安部総理は操縦席に座ってポーズだけ。そんな写真なら航空ショーでガキのころに撮ったのがあるから、自分でも持っている。持っている人は大勢いるだろう。
 そして今にも下しそうな腹を薬で抑えながら強がってみせる安倍総理は、カツカレーだの天麩羅だのと消化がよさそうではないものを食って話題になっているが、アジア諸国が相手だと強がるけれど、アメリカから反発されると弱腰になるネトウヨ同然の態度だから、このほうがよほど問題だし、恥ずかしい。

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by ruhiginoue | 2014-03-10 19:56 | 国際 | Comments(4)
 サッカーのサポーターが差別的な横断幕を掲げて問題になっているが、電車の吊広告にまで排外主義や人種・民族差別などの下品な本や雑誌が宣伝されているのだから、一部の愚か者だけが問題ではない。
 もちろん、雑誌社が信念で発行しているとは限らない。儲かってないから、そこそこ売れるネタなので、背に腹は代えられないから嫌だけどやっていて、買う奴のことを発行元もバカだと思っている場合がある。

 しかし、そういう風潮も当然だと思わせるのが総理大臣の言動だ。国会中継で安倍晋三首相が「まあ所詮、週刊誌ですから」と言う様子が映ったが、そんな週刊誌と、彼はスタンスがいつも一緒だ。特に週刊文春とか週刊新潮とかの、従軍慰安婦や南京事件を否定して「朝日がー」とウワゴトのように繰り返す姿勢はいつもソックリだし、かつて週刊文春にはPR記事までデカデカと掲載させていた。それも「私が金正日から日本を守ります」と大見出し。そんな安倍氏は、拉致被害者の家族やデヴィ婦人らに批判されていた。後から割り込んできて自己宣伝に利用している、と。

 最近では、週刊文春が従軍慰安婦問題でまた朝日新聞を中傷しているので、朝日は広告を掲載するさい一部伏字にした。これを言論の自由の問題という愚者がいるが、とんでもないことだ。ちょうど騒いでいる政治家たちの尻馬に乗って攻撃するのは言論の自由なんかではない。逆に権力に便乗しての言論への迫害である。
 そんな週刊誌や、やはり人権侵害報道を権力側に擦り寄って繰り返しているテレビ番組から仕事を得ている伊藤隼也について、前にブログに書いたが、この男は先日、ロシア政府系英語衛星テレビ「ロシア・トゥデー」の女性ニュースキャスターが「プーチン大統領の行動をごまかす」テレビ局の一部にはなれないと言って辞職したとされる報道を引用しながら「NHKの職員に爪の垢を煎じて飲ませたい」と書いていた。
 つまり安倍人事で批判されているNHKへの批判に便乗してみせたつもりだろうが、手前は権力に媚びて弱いもの虐めのメディアで仕事しているのに、よく言うよ。
 前に、彼は昔から駄目だったが今も駄目だと批判したが、訂正する。あいつは昔から糞野郎だったが、今も最低の糞野郎だ。

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by ruhiginoue | 2014-03-09 20:39 | 社会 | Comments(0)
 ロシアにも自民党があって、国内外の報道で「極右政党」だといわれるが、これに対して代表者のジリノフスキーという人は「中道政党」であると反論していた。
 ロシアは日本とは逆で、共産党が政権与党であった長い間に腐敗堕落したと自民党が批判しているわけだが、ロシアの自民党がどうして嫌われながらも支持を得たのかというと、ジリノフスキー党首の発言が下品であると顰蹙を買いはするが、非常に明確でわかりやすいからだった。
 例えば、治安を良くするには犯罪者はみんな死刑にしようと言い、経済を良くするには武器輸出をしまくって儲けよう、などとジリノフスキー党首は言う。とんでもない単純さで、これではむしろ非現実的なのだが、その単純さのため非常に解り易い。
 この日本版が田母神俊雄という人で、言っていることはジリノフスキー党首と瓜二つと言って良いだろう。だから都知事選挙で若い人からの得票が多かったのだ。若者が右傾化しているという人たちがいるけれど、そうではなく、とにかく解り易いので、あまり政治に関心が無かった若い人でも簡単に理解できる単純明快さだったからだ。

 ただ、単純明快がただちに悪いわけではない。数学の証明問題だって、複雑な問題の正解は必ず簡潔である。ただ、それが1+1は11だというような単純さだから、上記の二人は困ったものなのである。

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by ruhiginoue | 2014-03-08 22:37 | 国際 | Comments(0)
  今日の東京の天候は、晴れていたのにしばらくしたら黒雲が出てきて、これが空を覆いきっていないから日の光で明るい部分もありながらなんと雪が降ってくるという奇妙さだった。
 また、急な書類作成に手間を取られていて、やっと食事というとき電話がかかってきて空腹をこらえながらの対応だった。やっと落ち着いたところへ記事を書いた雑誌が届き、仕上がりを確認する。このところ裏方の仕事が連続しているが、手堅く稼げるので実は嬉しい。
 ところで、あの佐村河内守の記者会見があったが、裏方の人と非難の応酬が興味深かった。これは表方の人が楽しみすぎたので裏方が裏方に徹しきれなかったのではないかと考えている。
 かつて大島渚が『戦場のメリークリスマス』の出演の交渉をしにニューヨークまで赴いたのは、デビッドボウイがブロードウェイの舞台に出演していたからで、これを観た大島はボウイを歌手としか思っていなかったので、演技が上手すぎると驚いたそうだが、この好評だった『エレファントマン』を演じるにあたり、障害に対し安っぽい同情をする人たちを冷笑していたという解釈だったとボウイは言っていた。彼は日本の小説で三島由紀夫をよく読んだと言っていたから、おそらく『金閣寺』の影響だろう。
 これと同じように、佐村河内守も、地味な音楽大学の講師の曲を売ってやるということとともに、安っぽい同情を加えた評価をする人たちを冷笑して楽しんでいたのではないだろうか。


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by ruhiginoue | 2014-03-07 23:08 | 音楽 | Comments(2)
 「戦争をさせない1000人委員会」が発足したとのことで、これについて「どの面さげて」「鎌田や瀬戸内は都知事選で戦争賛成肯定する馬鹿に加担したくせに」と批判が巻き起こっている。

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  こういうことは昔からあった。有名人たちが群れて、記事にさせて、自分の宣伝をタダで。進歩的文化人たちは昔からいつもそうだ。
 あの、頭部を銀色に塗ったら『ジャイアントロボ』の悪役みたいだが塗らなくても『サンダーバード』の悪役みたいな、スキンヘッドに黒眉毛の百田尚樹だって、言う内容が違うだけで、目立とう精神と無料自己宣伝をしようとしていることには変わりない。

 こういう問題を、前衛舞踊家の花柳幻舟が著書に書いていた。
 かつて彼女は、親しくしていた羽仁五郎という有名なタレント学者から誘われて、革新自由連合という団体に参加したが、最初に話を聞いた時は気が進まなかったそうだ。有名人ばかりなので嫌だ。そのうえ、それだと会費が高そうだから尚更嫌だ。
 だから、そういう人たちばかりではないように、色々な人に参加して欲しいという羽仁五郎は、特に彼女とは一緒に運動をしたいから、会費も自分で二人分出すなどと熱心だった。なので、彼女は受けることにしたそうだ。
 すると、やはり彼女が危惧したとおりで、有名な進歩的文化人といわれる連中の行状には呆れさせられたそうだ。みんな、事務所で自分が飲んだお茶などの容器も、自分が吸った煙草の吸殻入れも、片付けない。だらしなさ過ぎると思いながら幻舟が片付けをしようとすると、ある進歩的文化人が言った。
 「そんなことしなくていいよ、やらせる女の子を雇っているから」
 この言葉に益々不愉快になった幻舟が無視して片付けを始めると、そこである大学教授の男性だけがハッとしたようになって、一緒に片付けをしたのだそうだ。

 これが今も続いているから、都知事選挙でも、我々有名人サマが言うとおりにせよという横柄で思い上った態度をとるものたちがいて反発され、その支持を受けた細川・小泉の元総理コンビは三位に終わったのである。得票を詳しく調べたら、細川候補の得票は富裕層が多い地域ばかりで、他は、舛添候補にも、宇都宮候補にも、一部では田母神候補にも、負けていたのだった。


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by ruhiginoue | 2014-03-06 18:32 | 社会 | Comments(4)
 橋下市制の文化補助金削減については、すでに色々と言われていて、外国からも驚きと批判の声が上がっている。
 その標的にされた文楽には、カラクリに鯨の身体の一部が使用されていて、食べる以外にも伝統文化に寄与しているということで、捕鯨を野蛮と非難する一部欧米の感情的な環境保護団体に対し、冷静な欧米人が反論してくれた事実がある。
 その文楽を否定した橋下徹は、日本が外国に叩かれればいいとでも思っているのだろうか。
 橋下という人は、その姓にも反映されているとおり、被差別地域の出身だったから、反動により上昇意向と権力志向が強く、弱いもの虐めを好むと指摘されている。それを週刊誌に書かれて怒ったが、しかし批判されるのは、それなのに弱者への視点が欠落しているからだ。

 下層とか被差別の階層から特権階級の文化に反感を持つのは当然としても、しかし差別地域では、食肉が原因で差別を受けたが、それに伴う皮革の加工によって、太鼓など文化に貢献してきた。神社の祭りで叩く太鼓だってそうだ。過日、東京音楽大学民族音楽研究所で催された演奏会でも、プラスチックの膜を貼った太鼓では駄目だという話がされていた。

 つまり橋下という人の問題は、視野が狭すぎるということだ。

 ところで黛敏郎の「無伴奏チェロのための文楽」という曲があったのを思い出した。チェロで文楽を模倣するのだが、右翼ぶっていた彼は、橋下を支持しただろうか。
 もっとも、先日の「猿回しの猿論」のとおり、音楽家はだいたいが自ら政治を語れないものらしくて、それは確かにそうだと思わせるのが、芥川也寸志が大江健三郎、これに対抗したつもりで黛敏郎は三島由紀夫、というネタを使っていたことだ。

 最近でも弾く人がいるのだね。





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by ruhiginoue | 2014-03-05 18:46 | 音楽 | Comments(0)
 『じゃりんこチエ』で、主人公の小学生チエが、父親の経営するホルモン焼き屋の店番どころか店をきりもりしていて、それは父親が仕事をほったらかして博打をしに行ってしまうからなのだが、そこへたちの悪い客がつけこんで、代金を誤魔化そうとし、しかしチエは床に落ちている串を見咎めて喧嘩になる、という場面があった。
 そもそも父親がとんでもないし、児童労働も問題だし、そのうえ客も客で、いったい大阪の人は何を考えているのかと、他の地方の人は吃驚してしまう。もしもそういう店に入ったら、代金をちゃんと支払ったうえ、頑張っている健気な子供にチップを渡し、これは親には内緒にしておけと言うものではないか。これを大阪の人に言うと、あの通天閣の界隈は特殊だと言うのだが。

 『天才バカボン』では、バカボンが靴磨きでやけに稼いでいるのに気づいたパパが様子を探って見ていると、バカボンは両親が死んでしまったから働いているということにして同情を誘い、代金のほかにチップをもらっていた。それでパパは真似して稼ごうとするのだが、両親が死んだ話に「あんたくらいの歳なら珍しくないことだ」と客にあっさり言われてしまうから、見ているほうは大笑いであった。

 これが大島渚監督のデビュー作『愛と希望の街』では、主人公の中学生が母子家庭で貧しく、母親が靴磨きをして細々と稼いでいたが病気になって寝込んでしまい、それで息子が代わりに仕事に出るのだが、やってきた警察官にとがめられてしまう。同じ場所で働いている同業者が、事情があって息子が代役をしていると説明してくれるが、警官は、営業許可を受けた本人ではないから違反であると官僚的に言う。そのうえ未成年者だから児童労働でも違法行為になると指摘する。
 それなら、役所に行って生活保護を申請するよう指導するべきだが、それは警官の仕事ではない。違反の取り締まりをするだけ。もちろん役所は、申請したところで難癖をつけてなかなか受理しない。困った少年は詐欺まがいのことで金を稼ぎ、一時をしのぐ。これが原因で、卒業後の就職が駄目になる。これを中学の担任の教師が抗議するけれど、会社は、貧困な事情があっても駄目なものは駄目だと突っぱねる。

 この映画は、大島渚がまだ若くて元気だったため、彼の気骨が反映していた。しかし社会が安定してきたため、社会性のあるメロドラマは受けなくなった。そして彼を中心とした「松竹ヌーベルバーグ」は終わったのだった。
 しかし、どうも最近の風潮だと、またあの時代と同じことになりそうな気配である。

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by ruhiginoue | 2014-03-04 19:44 | 映画 | Comments(1)
 3月5日は、プロコフィエフとスターリンの命日で、同年同月同日の4時間違いだったそうだ。
 プロコフィエフはロシア人だがウクライナで生まれた。今、ロシアがウクライナに介入して緊迫しているが、当地は昔から複雑な事情を抱えていた。
 プロコフィエフは、革命の混乱を避けてシベリアから日本経由でアメリカに亡命し、アメリカさらにヨーロッパ各地を渡り歩き、作品が受け容れられなかったので新生ソ連に帰り、すると代表作といわれる曲を次々と発表して元気を取り戻したが、政治に翻弄されもしたから、スターリンが死んでからも生きていれば、彼はどうしたかという話題にもなる。
 ただ、彼の亡命生活は、ほんとうに亡命と言うべきかという議論もあり、それは社会の混乱をさけて演奏旅行に出かけて、曲が売れずに借金を踏み倒すため夜逃げのように帰国しただけだ、という説もあるし、そもそもプロコフィエフは「革命」の意味が理解できなかったとも指摘されている。5歳から作曲を始めて音楽ばかりだったから、政治なんて解らず、政府が転覆したなんて話はチンプンカンプンだったということだ。


 プロコフィエフの「戦争ソナタ」



 
 かつて、ある音楽大学の先生から言われたのだが、音楽家になる人は子供のころから音楽ばっかりの人であり、これは、単に始めるのが遅れると技術の習得が難しいというだけでなく、頭の中が音楽だけで政治や経済など無関心の人でないと駄目だという意味だった。いわゆる「猿回しの猿論」だ。
 また、その当時、本多勝一著『NHK受信料拒否の論理』を読み、それまで放送に対し感じていた疑問に答えてくれたと思ったのだが、当時ついていた先生には「NHKを批判したら日本のクラシック音楽の世界では生きていけないんですよ」と叱られてしまった。そういう問題もある。
 とにかく、今のウクライナでも、音楽ばっかりの人たちはもちろんのこと、多くの人たちが、ロシアが介入しようとしまいと、自分の生活などができれば、どちらでも良いと思っていることだろう。


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by ruhiginoue | 2014-03-03 20:43 | 音楽 | Comments(0)
 山際永三監督は、かつて新東宝で映画を撮っていたが、そのさいの労働運動で共産党系労組の態度に頭に来ることがあり、それから何十年も怒りがおさまらず、そのうえ共産党員の映画批評家・山田和夫から共産党の機関誌『前衛』誌上で「トロツキイストの山際永三」と書かれたため、共産党には怒り骨髄である。

 しかし、ずいぶんと昔の話である。
 一方、知り合いの若い『赤旗』記者が「山田和夫って言うことが古い」と言っていて、確かに、二言目には『戦艦ポチョムキン』だから、山際監督の『逢びき』よりもっと古い。

 もちろん古典は重要だから、淀川長冶が解説に出てきて「はい、チャップリン、面白いね」「はい、ヒッチコック、こわーい」などと言っているシリーズのDVDを鑑賞するようにしている。

 つまり、歴史認識の問題と同じで、古い話を引きずっているのは良くないが、過去を忘れても駄目ということだ。

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by ruhiginoue | 2014-03-02 17:13 | 映画 | Comments(4)
 一昨日、ある人のブログを見たら、そこで紹介されていた人の中に知り合いがいた。過去に何度も会ったことがあるけれど、最近は何年も会っていない人である。
 その人から言われて今も納得できないことがあり、それはフリーランスのジャーナリスト寺澤有氏に外見が似ていると言われたことだ。その当時は寺澤氏に会ったことも写真などを見たことも無かったので分からなかったが、後に会ったら似てない。
 そんなことは、どうでも良いことなのだが、この寺澤氏は、映画監督で人権擁護運動に熱心な山際永三氏について、面識がある人だけど考えが古いので意見が合わないという趣旨のことを言ったことがある。少し前にも同趣旨のことをツイートしていた。
 確かに、もう80歳の人だから古いと感じることはあるだろう。自分も同監督と映画の話をしたさい、それはあった。
 『ドクトルジバゴ』という映画について、物語の背景であるロシア革命の話題だったのだが、そのさい音楽が有名という話に及んだ。民族楽器のバラライカが使われていて、この作曲者モーリスジャールはフランスの作曲家だがハリウッドなど外国映画の音楽も作曲しており、そのうち何作かは日本映画も含まれる。
 そしてアカデミー賞を三回受けているが、どれもイギリスのデビッドリーン監督の作品で、同監督最後の『インドへの道』ではシタールが使われていたという話をした。
 すると山際監督は「『ドクトルジバゴ』の監督はデビッドリーンだったか」と言い、「デビッドリーンの映画で良かったのは」と言うので『アラビアのロレンス』か『戦場にかける橋』と言うのかと思ったら『逢びき』だった。
 確かに『逢びき』は有名だし、ラフマニノフのピアノ協奏曲が効果的に使われていたことでも知られるし、影を利用した演出も印象的であったが、モノクロ時代の映画である。
 しかし、問題なのは社会的な発言に対するものだ。これについて寺澤氏は言っているのだけど、この問題は後日ということに。

 『ドクトルジバゴ』も『逢びき』も、要するに不倫の話であることは同じ。




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by ruhiginoue | 2014-03-01 19:07 | 社会 | Comments(0)