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by ruhiginoue

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 アニメ化でも人気がある田中芳樹のSF小説『銀河英雄伝説』で、軍人でありながら民主主義の擁護者たらんとする我らがヤン゠ウェンリーが、軍法会議で査問にかけられる。
 「人間なしに国家は存続しませんが、国家なしでも人間は生存できます」
 「君は無政府主義者だったのか」
 「いいえ、私は何主義者でもなく、強いて言えば菜食主義者です。ただし美味しそうな肉料理をみるとすぐに戒律を破ります」
 「ふざけるな」
 また他の場面では、
 「しょせん国家なんてものは道具にすぎない。これを忘れなければ正気を保っていられる」
 と、作者の見識を代弁する。
 
 こうした「銀英伝」の含蓄に共感する人がいる一方で、そんなのは物語ではなく御託だと批判する人たちもいる。あくまで作者の目的は、辛辣な自説を述べながら惚けてみせる人物を描くことではあるが。

 ところがアメリカSFニューウエーブのデックとゼラズニイの共著『怒りの神』では、狂信的な官僚が、
 「国家の機能は一定の生存者がなければ維持されないというのは嘘だ。マイクロ化されたデータのカプセルが安全に貯蔵されていれば愛国的思考形態は残っていく」
 演説で彼はそう主張した。そして人工衛星から無差別爆弾=怒りの神を爆発させ、世界を破滅させたのだった。
 そのうえ、文明の崩壊した世界で生き残った人たちは、そのように世界を変えてしまった狂信的官僚を、今のこの世界を作った創造主であるとし、神と崇めていた。

 この、まさにぶっ飛んだ発想に及ぶ小説はとても少ない。そもそも、人は教訓を得るために小説を読むのではない。現実を越える驚嘆と、現実以上の現実感を求めて読む。それがないから日本文学はSFに限らず物足りないのだ。

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 『怒りの神』もう売ってないサンリオ文庫邦訳を読みたい方には、大切に扱うとお約束いただければ、お貸しします。

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by ruhiginoue | 2014-04-21 00:03 | 文学 | Comments(0)

労働運動の啓発劇

 労働組合のナショナルセンターである連合が、メーデーの集会に自民党へ招待状を出し、安倍首相が出席するという。
 これを問題にしている人たちがいるけれど、しかし連合は原子力業界で働く人たちのため脱原発に反対するという方針を立て、都知事選挙でも舛添支持を表明したうえ、連合の支持を受けている民主党は細川支持しながら、その内容の実質は支援に見せかけた妨害であったという指摘もあるほどである。
 なので、連合がメーデーに安倍総理を呼ぶことはむしろ当然だろう。
 また、連休の都合でメーデーの日を変えようと言い出して実行した連合は、メーデーとはそもそもアメリカで始まったゼネストであるという原点を忘れている。
 
 労働運動の意義が忘れられているけれど、そもそも知らない人のほうが多いはずだ。 
 それを映画『浮草日記』(1955年)は、旅芸人一座を通じて描き出している。戦後間もなく、旅芸人一座が横暴なパトロンから独立するため仕事を探しまわり、労働組合の依頼で運動運動の劇をすることになる。
 この過程で、無関心で知らなかった労働問題を、演じることで理解する。もともとドラマという言葉は、古代のギリシャで演じたり鑑賞したりすることにより啓蒙するものとの意味だった。
 そして監督の山本薩夫は、社会派の内容を面白く描く手腕に長けているので巨匠と呼ばれていたから、旅芸人の一座が労働運動の劇を悪戦苦闘のうえ成功する様子も楽しく描いている。
 たとえば、主人公の女優(津島恵子)が、経営者のお嬢様を演じようとするがうまくできず、座長(東野英治郎)から「普段からオテンバしてるからだ」と叱られ、本番でも「おとっつぁん」と言ってしまった後で慌てて「お父様」と言い直し観客から大爆笑されるのだが、そのあと、労働者の男性を好きになってしまい、勘当覚悟で後を追うさい履き慣れないハイヒールのため転んでしまいまた笑われると、ハイヒールを脱ぎ捨てて走り出すことで庶民の側に行くことを即興で見事に表現し、観客から拍手喝采を受ける。
 また、当時は美空ひばりが天才少女と人気だったから、この真似をして歌のうまい女の子を出演させ唄わせるのだが、それで芸名もあやかって「大空ひばり」。江口寿史より25年も早かった。
 というわけで、お奨めである。

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by ruhiginoue | 2014-04-20 09:35 | 映画 | Comments(0)

野口英世の貧困な発想

 昨日に続いて野口英世の話である。
 野口英世は努力しても駄目だった人として記憶されるべきなのに、勉学で努力することにより家庭の貧困を克服した人と美化されてきた。
 昔は、ノーベル医学賞の候補になったとかで名をあげたことが重要だったのだろう。かつてノーベル賞は新人を励ますために授与されたが、後から研究の誤りがわかることがよくあったので、賞の権威を守るために評価の定まった老境の人にばかりとなったそうだ。

 そんなことを言っていたら平和賞なんて間違いばかりで、最たるのは安倍総理の親戚である佐藤栄作総理だが、これは選考委員たちが後から「騙された」と言っていた。そしてゴルバチョフ大統領は、受賞した後に欧米に良い顔していると国内から批判されていて、ロシアからの留学生や移民たちが怒って批判しているのを、大学やカナダで聴いた人も少なくない。それで今ではプーチン大統領があの通りの強硬さである。また、オバマ大統領なんて受賞後に巡航ミサイルを撃ちまくって見事に期待を裏切った。

 なにより野口英世は、今のなんとか細胞のなんとか女史の自己流どころか、光学顕微鏡を覗き見えもしないウイルスを寝るのも惜しんで探し続け、発見したと喜んで発表し、後輩から「ただの雑菌でしょう」と正しい指摘をされて怒っていた。
 これについて、当時は電子顕微鏡が無かったからしょうがないと擁護する人もいるが、ウイルスは電子顕微鏡で見えるようになる前に、菌を通さないフィルターで濾過したのに植物の病気が伝染すると実験で解り、だからラテン語で毒のウイルスに濾過性と付けて「濾過性ウイルス」と名付けられ、これが省略されて呼ばれているわけだ。
 こういう発想ができなかった野口英世は、小学校しか出ていなかったから方法論を知らなかったこともあるだろうが、しかしアルキメデスが「ユーレカ!」(わかった)と叫んで風呂から飛び出したとか、ニュートンがリンゴが落ちるのを見てひらめいたとか、湯川秀樹が「寝床で思いついた」と言っていたように、やはり努力より才能ではなかったかと思わせる事実がいっぱいである。

 しかし、スポーツでも「よくあんな小さい球をあんな細い棒に当てられますね」と言われて「そりゃ、こっちはそれが商売ですから」と言う長嶋茂雄ではなく「一生懸命練習するから」と答える王貞治の、畳がすり切れるほど室内で素振りをしたという話が、子供向けの本には野口英世とともに掲載されていたものだ。
 そうやって子供を洗脳しようとしても、現実には、本当に大変な努力をしたけど駄目だったという人は多く、そういう人たちは口を揃えて「成功する人はみな天才だった。そうでない人がいくら努力しても無駄」と断言する。
 だから、努力とは才能がある人が妬まれないようにするための方便だと、昔から言われている通りではないだろうか。

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by ruhiginoue | 2014-04-18 23:57 | 学術 | Comments(4)
 東京大学など入学試験が難しい大学に多くの卒業生を送り込んで進学校の最たる存在とされる開成高校が、経済的に不利な家庭の子供に学費で配慮することを始めるらしい。
 ところで先日、NHKの取材ディレクターがレポートしていたが、日本の子供の6人に1人が貧困で、中には母子家庭でパートの月収4万円の生活をしている人たちまでいるそうだ。他にも親による虐待や放置などの問題を抱えた子供がいて、これでは勉強するどころではなく、よく昔から言われるように「うちが貧乏でも努力して勉強すれば克服できる」というのは非現実的であると指摘していた。

 もともと、「家が貧乏でも努力して勉強すれば」というのは、非現実であるだけでなく嘘の宣伝であり、その最たるのが千円札の野口英世である。戦前の修身でも、戦後の偉人伝でも、勉学で貧困を克服した人とされているが、実際には、貧困を克服しようと猛勉強したが、結局は貧困が原因で駄目だった人である。貧乏なので小学校を出ただけで大学に行けず、そのため医学者になりたかったが研究室に入れず、それで渡米して頑張ったが、研究のメソッド知らないので発表した研究は間違いだらけだった。
 これらの事実は、子供のころに読まされた本を鵜呑みにしている人以外には常識である。この野口英世の大嘘に比べたら、今叩かれているなんとか細胞のなんとか女史など大した問題ではない。

 それで開成高校のようなことが盛んになれば少しは改善するだろうが、しかし問題のある家庭は学費だけ困っているのではなく、子供も働かないといけないので勉強する暇がないという場合が多い。
 また、学費のために母親がパートで働いたり子供がバイトしたりで貯めておいた金を、父親がふんだくって賭博や風俗に使ってしまうという家庭もある。宿題をやっていたら、勉強してるなんて生意気だと飲んだくれの親父に酒の瓶で頭をぶん殴られて重症を負われさた人もいる。

 嘘の美談で子供を騙して幻想を持たせたり、その幻想を社会で共有し現実を紛らわすのは、もうやめたほうがいい。今日、買い物の支払いのさい、千円札を見て、消費税とともに二重に不愉快になってしまった。
 
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by ruhiginoue | 2014-04-17 21:48 | 社会 | Comments(3)
 「井筒とマツコ 禁断のラジオ」の 2014年03月13日放送で、原発問題が取り上げられていた。最後の方でマツコデラックスが指摘した被災地への帰還問題はもっともな意見だと思ったので、興味がある人は最後まで聴いてくれたらいいのだが、ここで特に問題としたいことは以下の部分(12:00から)である。

マツコ「監督あれどう思った?あたしさぁ、もう都知事選終わったから言えるけど、宇都宮さんだけだったら良かったのよ、あの主張だったら。やっぱさ、細川さんがさ、要は政争の具に使ったわけじゃん、福島を」
井筒「そうだよ」
マツコ「それだけじゃん。あれでちょっとなんかさぁ逆に興ざめしちゃった人多くない?その原発問題に対して」
井筒「だから、あれで余計話を隠してしまいやがったのよ、あの小泉と細川で」
マツコ「これ前から言いたかったんだけど、選挙中はさあ、言えないじゃん。だから言わないでいたんだけど」
寺島「公職選挙法で」
マツコ「なんかあれをやられたことで、全然嬉しくなかったんだよね」
井筒「そうだな」
マツコ「余計問題をさ、ごまかしてない?っていう」
井筒「ごまかした。薄めやがった」
マツコ「いやもう本当ねぇ」
井筒「かき回した挙句に、濃度を薄めやがったのよ、ものすごい大事なことを。福島の原発どないすんねん言うことと、沖縄のことと、2つしかないんですよ日本の国って。他に何にもないの。靖国の参拝もへったくれもあるか。福島の1234、4号機あれなにガタガタガタガタ取り外ししてるよね。使用済み核燃料の。どれだけ進んでんのやろか。はたまたどれだけが溶けまくってんのかなんにもわかってない状態ということを毎日のように言えよ。さすがに最近東京でも人逃げなくなったもんねぇ。芸能人でもすぐ田舎に逃げよったやついっぱいいたからねぇ」


 さっさと逃げた人について、この二人の会話では、名前を出す出さないとか、逃げたことが悪いかどうか、という話をしているが、さっさと逃げた人の中で、逃げたから都政とは無関係になったのに、都政に口出ししている人がいることは、当ブログでも指摘した。

 かつてインチキ政治改革でB層から高支持率だった売国総理たちは、さらなる老害をまき散らし始めたことについて美化報道されている。ジョージAロメロ監督の映画を観れば解るが、ゾンビはもともと死んでいるので身体を撃っても動き続けるから脳天をぶち抜かないと駄目だ。



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by ruhiginoue | 2014-04-16 19:45 | 社会 | Comments(2)
 「体罰」で高校生が自殺した事件があった。これは実際には体罰ではなかった。何も非の無い生徒が執拗に殴打さてれていたからだ。部活の顧問が恐怖支配するためにキャプテンの生徒を見せしめにして痛めつけていたのだった。

 この事件について、先日、犯人の部活顧問と同世代の男が、悲劇だと言いながら、かつて自分が野球部員だったとき、顧問から理不尽に殴られた話や、同じ部にはヘルメットで頭を殴られ、頭部を守るべき物によって逆に脳に重症を負わされ、一生障害が残る人までいたという話をしていた。

 ところが、その話をしているさい、怒りが込み上がってくるような様子ではなく、やけに懐かしそうで、楽しい思い出を語るという調子でさえあった。ちょうど、戦争と軍隊の体験を語る老人のようだった。
 いちおうは、とんでもないこととして話してはいるのだが、問題意識にまでは達していないということだ。過去のことであり、今後のことは自分とは関係ないというわけだ。こういう人は、前に他でも見聞きしていたから、少なくないはずだ。

 これだから、軍隊でも学校でも、悲劇が発生しつづけるのだろう。


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by ruhiginoue | 2014-04-15 21:17 | 社会 | Comments(2)
 住宅地の側の道を歩いていたら、政党のポスターが貼ってあるのが目に付いた。その一つに共産党のものがあって、こう書いてあった。

 「アメリカの言いなり もうやめよう」

 もっともだし、右翼とか左翼とかの人たちも同感だろう。自民党などにいる一部の媚びて利益にしている人と、権勢とか強者に擦り寄る性質の人たちを除けば。

 ただ、これを実行するにはプーチン大統領のようにしなければ無理ではないか。共産党はクリミア情勢でロシアを批判しているが、あれくらいのことをしなければ、アメリカの言いなりになるしかないのではないか。

 これが一昔前の冷戦時代だったら、アメリカからの従属を脱しようとすれば、田中角栄総理のように中国との関係を深めて、これが原因でアメリカにより失脚させられたというわけだし、いっぼう共産党はアメリカを批判すればソ連の手先だと誹謗され、自民党とマスメディアと統一教会などの右翼カルトから総攻撃されて、警察が選挙運動の妨害をしたうえ、それを民主主義と自由を守るためだと正当化されたものだった。

 だから、その昔の記憶があるので、共産党はロシアを批判していて、時代遅れの印象を与えている。そして、口で言ったりポスターに書いたりするのは簡単だが、実現する具体的な策が無いという批判に曝される。

 これは自民党も同じで、例によって石破茂氏が、自衛隊を外国に派遣するのと同じだと牽強付会してロシアを擁護するような発言をし、これを共産党に批判されたが、石破氏の意図は集団的自衛権の口実にするためロシアがウクライナ情勢でしていることを引き合いに出しただけで、集団的自衛権はアメリカの要請なのだから、結局はアメリカに従属ということであり、滑稽でしかない。
 また、国連でアメリカが同調させた国々とともに非難決議をしようとしたが、ロシアは拒否権を行使して潰してしまった。これが日本には出来ない。そういうことまで石破氏は考えないで口から出任せの発言をしている。

 また、イラク攻撃をやめるよう「私ならブッシュ大統領を説得できる」と大見得をきった小沢一郎氏は、その前に、病院に乱入したイラク兵による乳児大量虐殺を目撃したクウエート人少女の涙の証言という捏造ヤラセに基づいて、実質はアメリカである多国籍軍とイラクが戦争をしたさい、その戦費の130億ドルをアメリカに要求されたうえ、金額に驚いたら脅迫までされ、すると自民党の幹事長だった小沢氏の決断により言いなりに金を出した。これでよくも「大統領を説得できる」と抜かせたものだが、自民党から喧嘩して出たら途端に自分がやってきたことを批判し、原発に反対するなどし始めたのだから、そういう人なのだろう。

 この件で小沢氏を批判していた石原慎太郎氏だって、『NOと言える日本』という本を書いて(口述筆記らしい)反米ナショナリズムを煽りながら、いざとなったらNOとは言わず、イラク戦争を積極支持していた。

 つまり、アメリカに従属するなと言うけど、日本の政治家たちは言うだけで実行する気はなく、それはまともにやっては不可能であるからで、だから本当にアメリカの言いなりにならないようにするためにはプーチン大統領のやっているようにするしかないということの、これは証明ではないだろうか。


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by ruhiginoue | 2014-04-14 22:20 | 政治 | Comments(7)

桜の花で歌

 安倍総理が新宿御苑で花見会を主催し、暇な芸能人も呼ばれて来ていたが、その中に俳優の坂上忍の姿もあり、かつて名子役として活躍したが最近では俳優の他に潔癖性で笑いを取っている彼は、もし安倍総理と握手したらどんなふうに手を洗うのだろうか。
 
 そこで安倍総理は、一部大企業だけ賃上げがあったことを能天気な歌にして「給料の上りし春は八重桜」と読んでみせたが、ほとんどの国民は給料が上がらず消費税だけ上がっているのに、よくもそんな歌を読めたものだとひんしゅくを買ったと同時に、歌の表現の下手糞さと、そんなものを得意になって読んでいる痛さで、呆れられてもいた。
  
 ところで桜の歌といえばこんなのがあった。
 「姥桜、買われず飛び込む、水の音。それにつけても、金の欲しさよ」 
 オールドミスが売れ残りを苦にして入水自殺した。この悲劇、美容外科やアンチエイジングの費用があれば防げたかな、という意味らしい。
 「それにつけても金の欲しさよ」は、何にでも付けられるということで知られているが、買われないのが日本の株や国債で、これを苦にして飛び込むほど繊細な感覚を、総理は持っていないだろう。



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by ruhiginoue | 2014-04-13 18:57 | 政治 | Comments(2)
 埼玉県県立高校で、50代の女性教諭が、長男が通う別の高校の入学式に出席するため、担任を務める1年生の入学式を欠席していたことに対し、新入生の保護者の中から「今の教員は教え子より息子の入学式が大切なのか」と言う人がいて、教育長が学校に注意したり、県会議員が非難したり、という事態になったそうだ。

 この入学式では、担任紹介の中で校長が女性教諭の欠席理由を説明し、同教諭は「入学式という大切な日に担任として皆さんに会うことができないことをおわびします」という文章を事前に作成し、当日、別の教諭が生徒らに配ったという。  
 また、県内の他の県立高校でも、担任教諭が子息の入学式出席を理由に休暇届を提出してて勤務先の入学式を欠席した人が3人いた。

 これに関して、非難に同調する人たちがいる一方で、きちんとした対応をして生徒たちも理解しているはずだし、個人的な事情で休暇を取ることは権利として認められているのだから非難すべきでないという意見がある。
 また、そんなに式が大事なら、子供が入学する教師は一年の担任にしないなど人事で工夫するべきだし、届けがあって認めたことを後から問題にするのも変だから、校長ら学校の対応に不備があったという指摘もある。

 そして、日本では家族より職場が当たり前だったが、働くのは自分と家族のためという欧米では、日本の常識が驚きをもって受け止められてきたことを連想した人もいる。仕事があるから子供の学校行事に行けないということはもちろん、プロ野球の外国人選手が、大事な試合があるのに息子が重病で死ぬかもしれないと看病していたことまでケシカランという日本に、アメリカ人がびっくり仰天したということもあったくらいだから、子供の入学式に出たことを非難する人たちがいるのも当然だろう。

 ただ、色々な意見はあるが、すでに過ぎたことは穏便に済ませて、問題があるなら今後は解決するように考えるものだ。ところが、わざと大騒ぎしている人たちがいて、それは教育長とか県会議員とか、なにかと威張りたがって口出しするのが好きな人たちなので、こういうことになったのだろう。

 これで思い出したが、自分の小学校のころの卒業式に、父親が行くと言って出かけたまま来なかった。どこへ行っていたかというと、近くにある他の小学校の卒業式であった。といっても隠し子がいたわけではなく、自治会長をしていたので来賓として招待状が来ていたからだった。
 これは、同じ日に卒業する子供がいるとわかっていて、わざと招待状を出したらしい。なのに、馬鹿だから来賓として議員らと一緒に威張って出てみたくて、そっちへ行ってしまった。そして後から、まんまと意地悪にはまった結果、偉そうにしたくて自分の子供の卒業式をすっぽかして他の小学校の卒業式に出ていたという悪口を言われてしまった。
 だから、卒業式に来てくれなかったことより、そういう罠にはまる愚かな親を持ったことが嘆かわしかった。ちょっと自治会長をしただけで「俺はもしかして政治家に向いているかも」と真顔で言うので、「向いてないよ」と言ったら怒っていたけど、向いてないに決まってるだろう。そしてうちの母親は「お父さんは反面教師にしなさい」と言ったのだった。

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by ruhiginoue | 2014-04-12 21:40 | 社会 | Comments(2)
 『亡国のイージス』は、原作だと艦長が叛乱を起すのに、それではイージス艦を撮影させてもらえなかったので、副長が反乱を起して艦長を殺害するというように変えたそうで、自衛隊が叛乱を起こす話だと撮影に協力しないという話を前にした。

 それより昔の70年代にも、絶対に撮影の協力が受けられない映画の最たるものとして『皇帝のいない八月』があり、ここではその中心となる役を渡瀬恒彦が面白がって熱演したため、監督の山本薩夫は、市民を代表して対峙する役の山本圭(監督の甥)が、押され気味になってしまったと著書で述べていた。
 ここで渡瀬恒彦が熱弁をふるうセリフは三島由紀夫の「檄」を真似たような内容で、そういう思想をからかっているのだが、真迫の演技によって狂信者ぶりが凄いことになり、映画を観た当時の荒船官房長官が、こんな異常な自衛官がいてたまるかと怒ってしまい、映画の宣伝に一役買った。
 いたらヤバいという架空の話であるから、大人は判断できる。心配なのは子供で、真に受けてしまうことがあるから、自衛隊が神経質になっているのは政治サスペンスより怪獣映画だ。90年代の映画『ゴジラVSモスラ』で、自衛隊の戦車部隊がゴジラではなくモスラを攻撃してしまい、別所哲也ふんする主人公がやめろと怒鳴り、その小さい娘もやめてと叫ぶのだが、やめない。逃げ遅れた人がいると知った指揮官が、やむを得ずという感じで攻撃中止命令を出す。
 これに怒った子供が防衛庁に電話をかけて「モスラはいい怪獣だからね、攻撃しちゃ駄目だよ」と真面目に言ってくるから、「あれは映画だから本当の話じゃないんだよ」と懸命に説明しなければならず、ほんとうに困ってしまったらしい。それで、善玉の怪獣は攻撃しないという条件で協力するという。

 映画は森林伐採の問題に軽く触れているだけだが、プログラムでは音楽の伊福部昭が「森林は大地が呼吸するための肺も同然なので」と解説していて、映画より面白かった。伊福部昭はもともと農林生物学を専攻していて、箕作秋吉とかボロディンと同様に理科系の作曲家であった。
 そして怪獣が暴れるのは自然の怒りとして音楽も表現していたが、音楽が変わってから、自衛隊の協力を受ける都合もあり、怪獣は「有事」となってしまった。
 これではつまらない。政治的な問題や自然の問題とは別に、子供がどうして怪獣が好きなのかというと、大人より強いからだ。普段、大人から抑圧を受けているからだ。


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by ruhiginoue | 2014-04-11 22:47 | 映画 | Comments(9)