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by ruhiginoue

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 今年で新宿ミラノ座が閉館する。取り壊されて新しい建物が作られ、そのなかに映画館も入居するようになるらしい。

 五十年くらいの伝統がある新宿ミラノ座は、過去に上映して来た人気作を再上映している。大晦日には「ET」を上映する。この映画は昔ここで観た。

 また、先日、火球が目撃されたことで思い出した。「メテオ」というSF映画をミラノ座で観たことを。冷戦中、米ソが不信を乗り越え協力して隕石を破壊し地球を救うという話。ベテラン俳優の勢揃いだった。
 ところが「アルマゲドン」「ディープインパクト」は、隕石が降るから冷戦後も核兵器は必要というプロパカンダだった。特撮は進歩したがドラマは堕落した。
 
 この大きな映画館は、大画面でスペクタクルを鑑賞するのに向いている。だから他にミラノ座で見た記憶といえば「スタートレック」だった。あと年末にここで観た記憶があるのは「グレムリン」だ。

 このようにSF映画の記憶ばかりがあるのは、大画面であることに加え、年少だったからそうした映画を好んで観ていたということだろう。

 そしてミラノ座に限らず歌舞伎町で映画を見なくなっていたのだが、それは西武線を利用しなくなったからだ。
 行かなくなって久しいとはいえ、大きな映画館がなくなることは残念だ。もちろん、西武線沿線に住まなくなった事はとても幸運だが。


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by ruhiginoue | 2014-12-31 12:44 | 映画 | Comments(0)
 「代議士」とは衆議院議員のことで、参議院は違うという話を、かなり前にテレビでやっていたのを見たことがある。選挙されて議論する衆議院の議員を代議士と呼び、これとは違い特権階級による貴族院の議員のことは代議士と呼ばない。
 それで、「民主化」により貴族院が参議院になっても、代議士とはもともと衆議院議員のことなので、というわけだ。

 かつての特権階級とは違う、やんごとなき一族のお嬢様が二十歳になったそうだけれど、選挙権も被選挙権もない。権利が欲しければ結婚して他所に嫁ぐしかない。これも如何なものかと思う。

 ところで、今の国会は衆参どちらも代議士ではなく、特権階級による貴族院の様相だ。今の制度では、金がないと選挙で当選どころか立候補すらできないからだ。そのうえ、議員になれば公費からの支給がある。所属する政党にも助成金が出る。

 これが、お金はなくても選挙に立候補して当選できるなら、その後の活動費を公費から支給しても良いかもしれない。ところが現実は、高額の供託金を納めないと立候補すらできず、そのうえ莫大な宣伝費用がなければ当選できないのが現実だ。
 だから、議員が多いところほど資金をもっている。なのに、議員が多いほど政党助成金が多くもらえる。これでは、やってる事が逆だ。こうして少数派や富裕でない者たちを排除している。
 まったく今の制度は、一票の格差と同様に「違憲状態」である。それで訴訟を起こしている人もいる。

 もともと供託金という制度は、当選する気がないのに売名などで立候補する者を排するため、という建前だ。それなら、外国でやっているように、立候補するには賛同の署名を一定数集めなければならないようにすればいい。
 そのようにしたほうが合理的だし、そのように制度を改めることも簡単である。なのに今の制度となっているのは、悪意によるものとしか思えない。

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by ruhiginoue | 2014-12-30 12:53 | 政治 | Comments(2)
 すっかり衰退して久しいNHK紅白歌合戦は、なんとか持たせようとしてあの手この手だったが、今回はオオトリが松田聖子で特別ゲストに中森明菜ということらしい。

 衰退しているのは番組だけでなく日本そのものだが、それで松田聖子と中森明菜の歌で「嗚呼80年代は良かったなぁ」と、しみじみ思うしかないということだろう。

 ただ、中森明菜は、松田聖子とは違い、歌手としてやっていた事は、その前の山口百恵が活躍した70年代への懐古だった。80年代に成立した消費社会の象徴は松田聖子だった。
 そして、時のスターではなく、時代を体現したスターとして社会学的にも論じられてきたのは美空ひばりと松田聖子だけであった。
 
 ところで、松田聖子は中森明菜を忌避していると、よく言われる。逆に中森明菜は松田聖子への崇拝の念が強いというのに。この松田聖子の態度は手塚治虫と似ている。
 
 80年に松田聖子が登場したことで、翌81年に日本中の芸能プロが「可愛い女の子はいないか」「歌の上手い女の子はいないか」と言い出し、そのためさらに翌年にはかつてない大量の女性アイドル歌手がデビューした。これが「華の82年組」である。

 そして「82年組」の頂点に立ったのが中森明菜であり、彼女からすると松田聖子は憧れであり目標だが、松田聖子からすると中森明菜は自分に追いつき追い越そうとする忌むべき存在であった。
  
 だから82年組といわれるアイドル歌手の女の子たちにとっての松田聖子は、トキワ荘の漫画家たちにとっての手塚治虫のようなものである。「最も尊敬する人は手塚治虫先生」とか「手塚治虫先生に憧れて漫画家になった」と言いながら後輩たちがヒット作を発表することに対して手塚治虫が神経質になっていた話はよく語られる。水木しげるが手塚治虫を念頭にして書いた短編「一番病」だ。常に一番でなければと気にする病気だが、それを当人は楽しんでいるということだ。

 これと同様なのが松田聖子だが、ただ、80年代というと世界的には、芸能だとマイケルジャクソンとかマドンナとかシルベスタースタローンなど、政治的にはレーガン大統領にサッチャー首相に鄧小平にゴルバチョフ大統領にミッテラン大統領、と分野毎になるが、日本では全ての分野を合わせて最も存在感があったのは松田聖子だった、ということになるのではないだろうか。

 それで、失われた時代を安倍総理では「とりもどす」ことはできないので、せめて思い出に浸ろうとNHKが拝み倒して松田聖子に登場してもらい、ついでに中森明菜も、ということだろう。
 
 だからヒット曲など無用である。ノスタルジーなのだから。ヒットしたというなら神田沙也加のほうがアニメでよほど大ヒットしている。見事に世代交代していて、自分の娘なら本望だろう。

 
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by ruhiginoue | 2014-12-29 09:22 | 芸能 | Comments(6)

カボチャの頭の山本太郎

 かつて、「保守系無所属」ではなく「無党派」を売りに当選した無所属の議員を、自民党が引っ張り込み、その議員はもちろん自民党も批判されたが、このとき、自民党の御用評論家の三宅久之がテレビでこう言った。
 「自民党は勢力が衰えてしまい、とにかく頭数が欲しいんだ。カボチャの頭でも欲しいんだ」
 これが本音だ。誘われた人は「あなたが必要だ」などと、おだてられてただろうけど。山本太郎も同じだろう。

 そんな山本太郎に対して、その愚かしさを嗤うだけでなく、すっかり落ち目の小沢一郎と組んだことを政策の観点から問題にする人たちがいる。この中には共産党の議員や党員らも含まれていて、盛んにツィターやブログなど自分のウエッブサイトから発信している。

 こうした意見に対して文句を言う人たちがいる。
 このうち、政党助成金をもらうために頭数を揃えて何が悪いという「カボチャの頭」論は、コケにされた山本太郎議員自身の問題だ。
 そうではなく政策論で、「反自民」や「脱原発」で仲間なのに批判するなという奇妙な非難がある。
 けれど、そもそも先に山本太郎がブログで共産党を侮辱したうえで小沢一郎と組んだという事実がある。だから文句なら連帯を呼びかけず侮辱した山本太郎に、先ず言うべきだろう。これはどの政党とか議員を支持するかとは関係ない、物事の道理とか筋という問題だ。

 他にも、特定の政党と関わらなければ偏らないと考えて支持した有権者たちへの裏切りではないかという問題もある。

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by ruhiginoue | 2014-12-29 07:57 | 政治 | Comments(4)
 弁護士から政治家になった人は世界中にいっぱいいる。
 しかし、今の日本では、弁護士として駄目だったから、政治家になって権力で無理を通そうと言う人がいる。
 
 例えば稲田朋美は、弁護士として朝日新聞らにデタラメな訴訟を仕掛けて負けたが、その「功績」により自民党の政治家になって、朝日新聞にデタラメな攻撃をしている。
 
 他に、橋下も谷垣もそうだが、理や論では敵わない弁護士が政治家に転じ、権力でねじ伏せようとする野蛮が横行している。

 これは司法の危機というだけでなく、知の危機だ。同じ次元のことは自然科学の分野でも起きている。だから小保方某女史が自民党から選挙に出て当選し、政治家になって権力で「なんとか細胞はある」ということにしてしまうことだって、決して不可能ではない。
 

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by ruhiginoue | 2014-12-28 12:58 | 司法 | Comments(3)
 このごろの出来事は、死んだ大島渚のことを思いださせる。

 まず、安倍総理のイヤホン外し。
 大島渚は、日韓シンポジウムで韓国側の司会に怒って通訳のイヤホンを外してしまった。これに司会の金さんは日本語で食い下がった。
 大島「なに言ってんだ馬鹿野郎」。
 金、日本語で「馬鹿野郎、なに言ってんだ」

 ろくでなし子の逮捕もそうだし、かつての大島渚が「猥褻、なぜ悪い」と応じた『愛のコリーダ』の時もそうだった。本気で向き合うなら犯罪で、興味本位や劣情なら御構い無し。
 これは性に限らない日本の特色だ。まじめに考えることは悪なのだ。

 この度、共産党に属する国会議員になった人が、ロックを愛好していると、なぜか話題になったが、おそらくこれは、大島渚の退屈な映画と志位委員長のために、共産党員はショスタコーヴィチが好きなのだと思われているから、意外に感じられたのかも。
 その退屈な映画とは、大島渚が松竹を喧嘩して辞めるきっかけになった『日本の夜と霧』。「ショスタコーヴィチは社会主義リアリズムに於いて」とか言って共産党員が録音を聴いている場面があるが、ステレオタイプのお粗末な脚本と演出だった。

 大島渚監督の映画は失敗作ばかりだが、それゆえ話題になっているから、仕方ないことだ。

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by ruhiginoue | 2014-12-27 12:09 | 映画 | Comments(4)
 インターネット上での名誉毀損を訴訟にしていた話の続き。
 前回まではこちらをクリック

 先ほど東京高裁に期日などについて問い合わせるため連絡したところ、担当部から、相手方の本人が裁判所に来て控訴を取り下げた、と言われた。その通知書を昨日出したので、今日か明日にこちらへ届くとのこと。
 そして、こちらの勝訴判決が確定することになるとも言われた。

 おそらく、弁護士に辞任され、自分で書類を書く知識はなく、引き受けてくれる弁護士はいないし、居ても金がないし、逆転勝ちはとうてい無理だし、付帯控訴されたら賠償額が増える可能性があるし、ストーカーの話までされたら不利になるうえ恥曝し、だから諦めたのだろう。

 ようするに、あれだけ派手に不当判決と喚いて控訴しながら「ケツまくった」ということだ。
 あとは賠償金と利子と訴訟費用の支払いをちゃんとするかどうか。もう一件の和解金のこともある。早く払わないと、容赦なく差し押さえするつもりだ。そこに金が有っても無くても、裁判の事実がそいつの周辺に伝わる。


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by ruhiginoue | 2014-12-26 12:40 | 司法 | Comments(2)
 よく、内容に問題があるとして上映反対運動が起き、それが宣伝になって映画は大ヒットし、実は反対運動は宣伝のための自作自演であったりする。
 例えば、本物の殺人を撮影したといって売る「スナッフ・フィルム」がそうだ。とんでもないと怒った良識ある人たちの反対運動は製作や配給の会社が仕掛けたヤラセで、もちろん映画の内容もヤラセ。

 これと同じで、金正恩の暗殺を笑い話にした映画に怒った北朝鮮がアメリカにサイバー攻撃したとか、事勿れ主義の対処をしたソニーに批判が巻き起こったとか、これら一連の騒動は全て宣伝のため製作側の自作自演ではないかと疑うこともでき、実際にそれで話題になって、公開したら映画館は大盛況というのだから、なおさら怪しい。

 ところで、東京駅で記念Suicaの発売に大勢が殺到し混乱したさい、テレビの報道の中にヤラセ臭い映像があったといわれてるが、そもそも発売の混乱それ自体が宣伝のために仕組まれたものだったかもしれない。

 また、選挙について「投票したい政党がないから棄権しました」とインタビューで言ってるテレビなんかも、そうじゃないだろうか。

 それはともかく、記念Suica騒動に対して「日本人は政治的抑圧や人権問題では大人しいのに、こんなことで大騒ぎするのか」と言う人がいる。そんなツイートなどをいっぱい見るが、なに言ってんだか、と思う。これは「ガス抜き」だろう。よくプロ野球のファンが騒ぐのと同じだ。
 つまり、しがらみだらけで政治的問題に声をあげることができないから、その鬱憤を、こうして「客」とか「消費者」として囲い込んだ中で発散させるわけだ。

 もともと、マスメデイアを通じて騒がれていることは、仕組まれたものが多い。真に受けては馬鹿を見ることになる。


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by ruhiginoue | 2014-12-25 12:20 | 社会 | Comments(0)
 岩波書店が、慰安婦問題に関する歴史修正主義への反論本を発行した。かなり分厚い本である。価格は2700円。
 これについて、慰安婦に対するヘイト本が大体1500円以下であるから、比較すると2700円という値段はあまりにも高過ぎると文句を言う人がいる。そして、高すぎるから、大型書店の専門書コーナーに数冊在庫がある程度で、慰安婦について熱心に調べている人でもない限りはほとんど読まないだろうと言う。

 しかし、そのボリュームから2700円なら安い。また、安易に作られたものと違い労作でもあるから、なおさらコストがかかっている。文句を言うべきではない。
 ただ、自分もかつては、良心的社会派の本は、コストや部数から割高であるとは知らずに、高すぎて不当だと感じていた。

 そして、内容を支持するから買いたいし、関心もあるから読みたい、とは思うが、こんな高い値段を出して本を買うならCDが買えるとか映画が見れるとか思って買わないできたら、いつの間にか、値段が安くて内容は下品な本が本屋の店頭に平積みされるようになってしまったのだった。

 だから、事情を知らずに文句を言っている人のことをとやかく言う資格はない。今は買うようにしている。

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by ruhiginoue | 2014-12-24 06:25 | 雑感 | Comments(9)
 知人が、以下のような指摘をしていた。
 ネトウヨの特徴は被害者意識の強さだが、リアルな被害ではなく被害妄想に近い。この人たちに向けて「お前たちはサヨクと日教組によって嘘の歴史を教えられてきた被害者だ」というニセの被害者意識を植え付けてきたのが、小林よしのりと右翼論壇だ。元慰安婦や戦争被害者等のリアルな被害よりも、自分たちの「被害」こそ重大だとする。
 
 ただし、この視点から語るとしたら、ネトウヨの発想にも微妙な違いがある。
 まず、その被害者意識の原因は、社会が悪いと言う他罰的傾向は同じであるが、「在特会」など排外主義の市民団体の場合、社会に出てから、自分がうだつの上がらないのは外国人がいるからと責任転嫁するものだ。ところが、小林よしのりや右派メディア論壇とはやや趣が違う。
 
 小林よしのりの場合、社会人として決してエリートではないが、一応は成功している。だから、自分の過去を問題にする。彼には、学校で一応は真面目にやってきたが優等生ではなかった、というコンプレックスがある。これは彼のデビュー作「東大一直線」に見事に反映している。
 ところが、やはり優等生ではないから、英語や数学その他に文句を言うことができず、社会科なら政治的ケチをつけ日教組が悪いと言える、というわけだ。

 そして小林と右派メディアは一緒になって朝日新聞の悪口を言う。なんてことはない、優等生が入る大手新聞社が、そのゆとりから進歩的な態度をとることに対し、左翼偏向した学校教育の中でエリートになった奴らだからダメということによって否定し、自分の劣等コンプレックスを紛らわしているだけだ。
 それで、昔から「文芸春秋社には朝日新聞の入社試験に落ちた奴がいっぱい」という笑い話となる。これは実際にそうだとも言われる。

 ここで問題なのは、うだつのあがらない僻み根性を持つ人たちが、今では政治の世界にまでいることだ。昔と違い、そうした人たちが親の威光や資産によって地位を得てしまう。これが現在の日本の諸悪の根源といっても過言ではない。
 


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by ruhiginoue | 2014-12-23 08:26 | 社会 | Comments(5)