井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

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2ちゃんねる登記簿

 2ちゃんねる掲示板に、匿名で卑劣な誹謗中傷を書く者は後を絶たないが、訴えるためには何かと手間暇と費用がかかる。
 まず、仮処分や送信元開示請求に、経営者の登記簿謄本を裁判所に提出が必要である。
 ところが、経営が東南アジアになっているため、登記簿謄本を入手することは面倒である。出かけて行く時間と費用を考えて、コストパフォーマンスから躊躇する人も多いだろう。
 しかし、数年前から執拗にやられているうえ内容が悪質であるため、法的手続きをとることにした。
 そして入手したのがこの謄本である。これは綴りの一番前にあるもので、さらに詳細な書類がこのあとに何枚も続いている。
 もともと裁判所は扱い慣れているし、とくに2ちゃんねるは問題を起こす人がいるので知っている書記官もいるから、手続きはそう面倒なことではなさそうだ。
 

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by ruhiginoue | 2015-01-14 19:19 | 司法 | Comments(6)
 ある会社で、昼休みに社員食堂でビールを飲んだため、勤務中に酒を飲んだとして処分を受けた人がいたが、しかし飲んだのはノンアルコールのビールだったため、これは酒を飲んだうちに入らないと問題になっている。

 ノンアルコールのビールは、ビールのような味をしたジュースであり、酒ではないという指摘がある。
 また、自分のある知り合いは、アルコールがなければ味もビールとは言えず、同じ味なら健康のため誰だってノンアルコールのものにすると言っていて、そう言われれば確かにそうだ。

 ちなみにロシアでは、最近になって法律を改訂し、ビールは一応酒であると規定したそうだ。外国と合弁事業するさい、酒の基準を合わせたからで、それまでロシアでは、アルコールがたかが5〜6%のビールは酒のうちに入らないということだったらしい。ウオッカを飲み付けていると、そうなるのだろう。

 極めつけは、70年代の終わりころ、酒を飲んで勤務にきた裁判官が、それを咎められると、「飲んでなんかいないよ」と言ったが、後になり、出かける前に一杯飲んだと言った。飲んでないと言ったのは嘘だと指摘されると「一杯や二杯では飲んだうちに入らない」と開きなおった。
 さらに、飲酒は仕事に影響すると批判されると「ほろ酔いくらいが良い判決文を書ける」と言った。
 これで騒ぎになってしまうと、取材に来たマスコミに対し「判事やめても酒やめない」と宣言した。





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by ruhiginoue | 2015-01-12 13:07 | 司法 | Comments(2)
 ある週刊誌の記者が、フランスの立てこもり事件を報じたNHKの「容疑者を殺害」に、何となく違和感があると述べていた。
 なぜなら、フランスの特殊部隊が、治安を守るために法に則って人質立てこもり事件を解決したのだから、一般人が犯人をリンチして殺したわけでも、関係がはっきりしない新聞社テロ事件容疑で射殺したわけでもないので、「犯人を射殺」でいいと思うからだそうだ。

 これは明らかに間違っている。
 なんらかの事情により、居合わせた人が状況から犯人に見えた、などなど色々な可能性があるから、いちおう、立て篭りの犯人ではなく被疑者としておくのは当然のことである。
 また、明らかにその行為者ではあっても、意に反して強いられていたとしたら、やらせた者が犯人として責任を追及されなければならない場合もあり、色々な可能性があるわけだから、まだ犯人とは言わずに容疑者と言っておくのは当然のことだ。

 しかし、どんな形であれ犯人を排除してスカッとしたいだけの野次馬にとってはどうでもいいことで、だからその辺りの配慮は無用であり、いい加減で良いということだ。そして、週刊誌は特にそうだ。

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by ruhiginoue | 2015-01-11 14:24 | 国際 | Comments(13)
 桑田佳祐が政府を皮肉ったともとれる歌を紅白歌合戦で披露したと話題になった一方で「永遠の0」なんて映画に主題歌を提供してるじゃないかとも言われた。
 例えば、さだまさし。彼も「二百三高地」にも「ひめゆりの塔」にも主題歌を提供している。
 これは商売だから仕方ないという話の続き。

 「二百三高地」の主題歌は、予告編によって死を美化し戦争肯定という印象を持たれただけだという指摘もある。たしかにそんな印象もうける。また、「二百三高地」の予告編には、映画で使われていないショスタコーヴィチの交響曲が流れていて、少々滑稽な感じもする。

 また、「二百三高地」は映画自体も反戦ではないかという見方がある。これは続けて同じ脚本家と監督によって製作された「大日本帝国」「海ゆかば 日本海大海戦」にも言われることだ。乃木大将や東條英機を国難に殉じた悲劇の人として擁護しているから一見は戦争美化だけど、その裏には、ほんとうの責任者は天皇だという主張がこめられていた。これは脚本を書いた笠原和夫が意図したことであった。
 
 ここで笠原和夫は、「二百三高地」「大日本帝国」など戦争映画の脚本を書くにあたり、日本が悲惨な戦争の連続となったのは、そもそも明治維新によって出来上がった政治体制に問題があり、その中心は天皇だから戦犯を追及しても本質に迫れないと考えていた。これは彼が随筆でも述べている。

 これについて疑問を感じる人もいる。戦前の日本が極めて好戦的だったのは事実であるが、戦争の悲劇の原因は天皇制よりむしろ官僚の縦割りが行き過ぎて、全体を統括できる機能が無かったせいだという見方だ。
 ただし、その統括する機能が天皇という大日本帝国憲法に問題があったとする主張もあるが。
  
 この官僚制の問題は、『誤算の論理』で児島襄が指摘しており、日本の軍制で陸主海従』なのか『海主陸従』なのかで、陸海軍が延々とイニシアティブ争いをしているという、他国には類例のない政争が太平洋戦争に負けるまで続いた。これは世界的に見ても類例がほとんどないという。

 そして、「二百三高地」を東映が制作してヒットしたら、対抗して東宝は、むこうが陸軍ならこちらは海軍だと言って「連合艦隊」を制作した。この映画では、戦争は組織の誤算という設定となっていて考証として児島㐮が参加していた。

 これは、泥臭いことを好む東映と、洗練さを好む東宝との、体質の違いによるものだろう。

 ところが例の「おすぎ」は雑誌に、「連合艦隊」は「二百三高地」がヒットしたから真似して戦争映画を作っただけで何の主張もないとし、こんな映画は要らないと書いたうえ、テレビに出たさい「大日本帝国」は戦争の悲惨さを描いてはいるがその責任を追及していないと非難していた。

 これは、賛否は別にして、映画が何を主張しているのか、ということ自体を理解できていないのだ。このあたりから、おすぎの映画評には不信感を持ち始めた。そして、さらに確信が深まることになる。
 
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by ruhiginoue | 2015-01-10 12:46 | 映画 | Comments(2)
 佐村河内守を「さむらこうち・まもる」ではなく「さむら・こうちのかみ」だと思った人がいるけど、これは時代劇中毒だろう。
 ところが、某同級生は「“ノベンバーステップス”って、中国人がよく日本の伝統楽器を使って作曲したね、“北斗の拳”は武術の話だからわかるけど」と言っていた。
 彼は、武満徹を「たけみつ・とおる」ではなく「ぶ・まんてつ」だと思っており、またチャールズ・ブロンソンにあやかって漢字をあて武論尊というペンネームにしているのを「ぶ ・ろんそん」だと思っていた。

 それはともかく、代作騒動の佐村河内守という人は、新垣隆という人に曲を売ってやると働きかけ、話題作りのため、病気で耳が悪くなっていたのを利用して大袈裟に騒ぎ「現代のベートーヴェン」と売り出したわけだ。

 これに乗った新垣という人は、大学の音楽学部で講師をするなど専門知識は豊富だったが、一般的には無名だった。こうした、実力はあるが運がなくて売れない人に、売ってやるという話をもちかけることは珍しくない。

 そして、これをネタにした恐いテレビドラマがある。例えば「怪奇大作戦」には、京都の老舗の古物商が裏家業として贋作づくりを売れない陶芸家にやらせていた「呪いの壷」があったし、「ダークゾーン」には、スチーブン・キングの原作で、受れない小説家が黒魔術を使って売り出してやるともちかけられる話があった。

 「呪いの壷」では、贋作づくりをやらされていた陶芸家の息子が復讐する。陶芸用の土を掘っていたら偶然に、旧軍が隠して埋めていた化学兵器を掘り出し、これを壷に仕込んで殺人事件を起こす。

 スチーブン・キングの方は、小説が売れるようにするため生け贄が必要で、最初は小動物だったが、次第に大きな生け贄を求められ、言う通りにすればするほど売れるから言いなりを続け、最後は大ベストセラーとするには自分の妻の命を捧げよと言われ、これに迷わずしたがってしまうという辛辣な風刺であった。

 まあ、成功した人は、どこかで似たようなことをしているものである。


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by ruhiginoue | 2015-01-09 13:08 | 音楽 | Comments(0)
 1月8日はエルビス・プレスリーとデビッド・ボウイの誕生日だそうだ。これも、たまたま同じだっただけだ。
 しかし山本直純はベートーヴェンと同じ誕生日だったため、音楽家だった彼の父親が、息子は音楽家になる運命だと思いこんで英才教育を施し、期待に応えた息子は父親より有名な音楽家になったとのことだ。
 
 ところで、新宿ミラノ老朽化で閉館というリバイバルの一貫として再上映された「戦場のメリークリスマス」にボウイが出演したのは、監督の大島渚が、たまたまテレビの宣伝に出ているボウイを見て台本を送ったところ、「会いたい」と返事が返って来たと言ってたが、その時期からすると宝焼酎純の「ロックで割ればジンロックジャパン」だったのではないかと思われる。

 その後、ボウイがコンサートで来日したら、「戦メリ」でボウイを知っただけで歌は解らない人が大勢詰めかけたと、昔からのファンが不快感を示していたものだ。
 その意味を理解できなかったが、70年代に来日したデビッドボウイが「ヒーローズ」を歌う様子を録画で観る機会があり、なんで彼が80年代に「レッツダンス」で変節したと言われるのかが解った。
 その時の歌い方は、ベルリンの壁がある権力構造と、その社会に置かれた個人に力点が置かれていた。その後の歌い方では、場所がベルリンなだけで、ただの逢引の歌になっていた。
「time may change me, but I can't trace time.」ということか。

 
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by ruhiginoue | 2015-01-09 12:38 | 音楽 | Comments(4)
 排外主義を、不景気な出版社の週刊誌や書籍が煽っている。
 これは、適当に書き散らせばいいから安上がりに出来て、相手は外国だから訴訟リスクが乏しく、そこそこ売れるからだ。
 こうなると、道徳とか倫理に訴えてやめろと言っても無駄。

 なので、在日外国人が、みんなで国連に人権侵害として訴えるべきだ。騒ぎになればそれだけで出版社は驚くし、そんな出版社の雑誌などへ広告を出すなと外国の企業が言い出せば、日本国内にある系列の会社や取引をしている会社が同調することがあり、出版社は焦る。

 また、石原慎太郎のババア発言問題で年配の女性たちが石原を裁判に訴えたように、在日やその家系の人達も排外主義を煽る出版社を訴えてもよい。
 そして石原の裁判と同様、賠償請求は棄却されても道徳的に問題ありと認定されれば有意義だし、そもそも訴訟になることは出版社にとって負担だ。

 こうした出版社は、もともと信念ではなく安易な金儲けとしてやっている。だから、経済的な負担や精神的な労苦になれば、ほとんどはやめてしまうだろう。

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by ruhiginoue | 2015-01-09 12:14 | 司法 | Comments(3)

宮尾登美子さんの死去

 作家の宮尾登美子が老衰により亡くなったのは昨年12月30日だったが、「松が明けて」からと配慮して発表したらしい。
 
 自宅が多摩川の土手のに面した所にあり、その周囲の自然を愛し、「みんなの土手の会」にも支援をしていた。
 かつて自分も、その近所に住んでいたから、多摩川の土手を散歩したさい、宮尾邸の前をよく通ったものだった。
 
 その自宅がある東京都狛江市の広報で、市長の新春対談に登場したときも、宮尾登美子は多摩川の自然について語っていた。
 また、矢野市長時代には「赤旗」のインタビューで、かつて教師だったとき、進歩的すぎると非難されたことがあると言っていた。そして、後に疑問を感じやめたが、その当時は社会党員だった、と。そして「共産党でなくてすまないけど(笑)」とも。 

 周知のとおり宮尾登美子の小説は気丈な女性に特徴がある。
 ただ、それでよく引き合いに出される「鬼龍院花子の生涯」での夏目雅子の有名な台詞「なめたらいかんぜよ」は、映画化のさい脚本家の高田宏治による脚色だった。

 この高田宏治は、「極道の妻たち」の映画化権が松竹から東映に譲られると、松竹らしい女性メロドラマ仕立てだったものを、東映らしい任侠劇に仕立て直さないといけないので、岩下志麻に「覚悟しいや」と言わせた。

 だから、ヤクザの養女としてタンカをきる「なめたらいかんぜよ」は、宮尾文学の気丈な女性の特徴を示すものではない。
 むしろ同じ高田脚本により宮尾作品が映画化されたものとして原作に忠実なのは「蔵」のほうだろう。これはよく出来ていた。

 また小説を読み、映画を観たくなってきた。
 
 それはともかく、心からご冥福をお祈りしたい。

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by ruhiginoue | 2015-01-08 12:34 | 文学 | Comments(2)
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 橋下徹の上記発言が話題になっている。
 未成年者に手を出して刑事事件になった芸能人の復帰を応援しているのだが、被害者のことを思いやったら、そう簡単に応援することは出来ないのではないかと疑問が呈されているのだ。
 
 もともと橋下徹という人は性犯罪に寛容であった。そして、性犯罪は風俗営業の活用によって防ぐべきで在日米軍の兵士たちも、と発言したため外国でも問題になり、アメリカ政府の女性報道官から、とんでもない発言と厳しく非難されたのだった。
 こうした橋下発言は、女性の尊厳性を無視したうえ、男性の理性まで貶めている。

 また、日本は取り返しがつかない犯罪をした者にも再チャレンジを認めている、というのは事実に反している。日本には死刑制度があり、これは決して、反省せず同じ凶悪犯罪を繰り返した場合だけに適用されるのではない。
 
 しかも、親に虐待され異常をきたした未成年者の死刑はおかしいと立ち上がった弁護士らを、例のたかじんの番組で実名挙げて呼び捨てにして誹謗中傷し、訴えられたり懲戒されたのは誰か。弁護士のくせに裁判の記録も閲覧せずデタラメを言って、後で謝罪することになったのは誰か。
 
 この橋下という人が問題発言をしたのは上記事件だけではない。上記では弁護士会に懲戒処分されたが、その前に他の件でも彼は懲戒請求され、懲戒処分するほどでないが弁護士たるもの法に関わる発言には気をつけるようにと弁護士会から注意されたことがある。

 さらに、橋下という人は出初めの訓辞で「ばかな政治家のために命を落とす必要はないが、市民のためには命を落としてほしい」と発言したとのこと。
 もちろん言葉の表現もひどいが、消防団の新人研修は「絶対命を落とすな」と言われるし、「出動したら皆で帰ろう」が消防というものだそうだ。

 また、これには明確な規定がある。同じ公務員でも、警察と消防には職務に命を賭ける義務はない。一方、自衛隊には「賭命義務」があり、職務に命を賭けると入隊時に宣誓させられる。
 
 ほんとうに、橋下と言う人は弁護士だったくせにいい加減だ。

 知り合いの弁護士が、テレビに出て何度か法律の解説をしていたが、その時は事前によく調べ、知っているつもりのことでも改めて文献に当たるなど確認をしなければならなかったから大変だったと言っていた。

 それなのに橋下という人は、その場その場で適当なことを言い散らしたり、反射的に受け答えしたりする。実に困った人である。

 
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by ruhiginoue | 2015-01-07 13:44 | 司法 | Comments(5)
 マルティン・ニーメラー牧師の「ナチスが共産主義者を攻撃した時・・・」を、小沢一郎の盲信者が勝手な引用をし、支持者でなくても小沢一郎を助けるべきだと喚いた。
 もちろんあの裁判は、問題にする時期がズレすぎているため政治性が疑われた。しかし、内容からナチの迫害とは違う。
 もし喩えるなら、自民党を出た小沢一郎は、ヒットラーと仲違いして亡命したヘス副総統だろう。立花隆が朝日新聞に「ちゃんちゃらおかしい」とコメントしたとおり、小沢一郎は自民党を批判しているが、その中身は自分がもともと自民党の中枢にいてやってきたことだ。
 
 そもそも、検察審査法を改訂するときに小沢一郎は賛成していた。このとき反対したのは共産党だけだった。なのに、自分に都合が悪くなったからと言って検察審査制度を批判する資格は小沢一郎に無いだろう。

 また、山本太郎議員が、安倍総理とマスコミ関係者との会食について質問趣意書を出すのは結構だが、だから山本太朗が小沢一郎の率いる党に入ることが問題になるのだ。小沢一郎は自民党の幹事長だった頃、自民党または自分にとって都合の悪い報道に対して「アカ新聞」だの「菓子折もってこい」だのと権力を振りかざし迫害したのだから。寿司を食わせて懐柔するより露骨であった。
 
 他にも小沢一郎は、ニートの親は動物以下と侮辱したり、カジノ法案に賛成したり、生活保護法改悪に賛成したりと、庶民の敵としか言いようがない言動をしてきたし、立候補するには300万円という世界でも希な多額の供託金が必要だが、これを緩和すべきという議論が起きたとき、彼は存続を強硬に主張していた。

 この小沢一郎に拾ってもらったと喜ぶ山本太郎のことを、AVで有名な村西とおる監督が嗤っていた。昔からよく言われてきた小沢一郎の下半身問題を笑い話にしながら、それと組んだ山本太郎を「原発事故の焼け太り」と皮肉ったのだ。
 つまり、原発を批判して自分の利益にしているだけ、ということだ。

 それも確かに言える。セレブな文化人たちが格好付けて脱原発を気取る仲間入りをしたうえ、政治家という虚名まで手に入れたわけで、だから庶民の生活などどうでも良い態度が取れる。そして庶民の敵というしかない政治家と平気で組む。
 こう考えれば、とても辻褄が合う。
 
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by ruhiginoue | 2015-01-06 12:55 | 政治 | Comments(6)