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by ruhiginoue

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 パスポート取り上げ問題で「戦場へ向かうジャーナリスト」たちが集会していた。ここにいるメンツは戦争を告発する格好してるけれども実は戦争翼賛や欧米に好都合になる人が多かった。[戦争批判のつもりで戦争翼賛]の項を参照

 そもそも日本の戦場ジャーナリストたちは、この問題にさいして、欧米的価値観から付け焼き刃の地に足着かない報道の自由を説く。そして、そんな視点で取材している。だから実際の報道は、あたかも「NATO軍記者クラブ」みたいなのがあり、そこから垂れ流されたかのような報道が目立つ。

 そんな『報道」をしている連中から、危険を顧みず現場に赴いた等と自慢されたくない。まるで、イラクで戦闘に巻き込まれてやろうと思ったと自慢して自民党議員になった「ヒゲの隊長」である。人相までソックリな印象だったりもする。

 その集会では「ジャーナリストが戦場に行くから国民は知ることができる」という標題が掲げられていたが、しかし実際にこの「ジャーナリスト」らの「報道」によって国民が知らされたのは、戦闘で死んだ人の悲劇といいつつ、イスラムの独裁者をNATO軍が巡行ミサイルや劣化ウラン弾でやっつけて民主化したから当地の人たちは喜んでいるという話だ。
 そんなことなら軍事介入した欧米諸国の広報があればよい。報道など不要だ。それをちゃんとした報道っぽく体裁を整えようとアリバイ作りしに行くことない。
 
 こうした戦場ジャーナリストどもは偽善者だ。なので、取材制限する日本政府には反対だけれど、ここでそれを批判してる連中にはとうてい賛同する気になれない。だから連帯や応援は他の人とやる。

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by ruhiginoue | 2015-02-19 10:30 | 国際 | Comments(6)
 曽野綾子が、「委員」を「アドバイザー」と表現されたことについて、微妙に意味合いが違うという指摘をするのではなく、1度もやったことがないのに間違った報道に基づいて批判されたとわめいている。このはぐらかしは曽野綾子の常套手段だ。

 例えば86年には、小森義久という右曲がりすぎて毎日新聞から産経新聞に転職した記者が、曽野綾子に怒り右翼誌『正論』で批判した。自分の言ったことに否定的な解釈をされたら「国語力を疑う」と言う手紙を送りつけたそうだ。

 今も、書いた内容を間違って解釈されたと弁解してる。人のせいにする性格らしい。そしてネットでの批判について、ブログやツイッターはまるで縁がないから知らないと言っている。

 昔、小説家は、高級万年筆で原稿書いてると自慢したものだった。次は高価なワープロを自慢し、雑誌の記事や広告に出たりもした。
 これについて曽野綾子も、(どんな機械もそうだけど)出たばかりで機能は単純だが馬鹿でかいワープロを、これ使ってますと言ってひけらかしてた。

 それが今では、ブログやツイッターは知らんとか、電子機器の意味で「エレキ」とか言ってる。下手に歳をとると無様である。
 曽野綾子は、上手に歳をとろうということで、『老いの才覚』という本を書いたが、現実には「老いの錯覚」をしていると指摘された。
 また、同じテーマで、過去に『戒老録』(かいろうろく)という本を書いていたが、今は『耄碌録』(もうろくろく)を書くべきだ。


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by ruhiginoue | 2015-02-18 12:20 | 文学 | Comments(2)
 イギリス人の女性独立記者Lizzie Phelanは、大手メディアが黙殺するなか命懸けでリビアの戦地を取材した。彼女の話をしかけたら、彼女よりずっと年配で中東専門のジャーナリストから、そんなこと言う人は自分の取材した範囲にいなかったと無下に否定された。

 この男性は、最近まで朝日新聞の特派員だったそうだ。なるほど、大手メディアが黙殺し、大手の人たちは危険なところには行かなかったから知るわけが無いし、あの当時、日本の大手メディアでは朝日新聞がもっとも熱心にNATO軍を美化する戦争翼賛報道をしてた。

 それ以外にも、元朝日新聞新聞のフリージャーナリストは、どうもその発言と現実とで違和感や齟齬があると感じるけれども、その疑問に対しては、とにかく自分は現場に行って取材してきたのだというばかり。こういうのをかつて筑紫哲也が「悪しき現場主義」と言って批判していた。
 
 同じく元朝日新聞記者の筑紫哲也がその言葉を使っていたのは、イラクに行ったと言う記者や政治家を批判する際だったけれど、それ以前から、自分は現場に行ってきたと殊更に強調する人はむしろ信用できないと言われていた。
 そして、少なくない戦場ジャーナリストと称する人たちは、その見解や認識に疑問を感じざるをえないことを指摘されても、とにかく自分はそこに行ったんだと言い張ってばかり。
 そうした報道はどれもヤラセ臭かったり、偏りや違和感を覚えたりする。

 戦争でなくても、自分の取材にした結論に疑問や異議があった場合に、どう対応するかは大事だ。そのさい「現場に行った」を振りかざす人は信用できない。その一発で嘘つきと断定してもよいくらいだ。命懸けと言っているが実は偽善者という人は多い。

 このような人たちに共通するのは、その国の政治指導者も悪いと強調することだ。そりゃ、政治家だから聖人君子ではないし、緊張感の強い情勢では綺麗事ではすまないだろう。
 しかし、それをあげつらうことにより、何よりまず産油国を侵略するため人々の生活を破壊し生命を奪った欧米こそ批判するべきなのに、「どっちもどっち論」を展開する結果とになる。

 そして、戦争を告白するつもりで戦争翼賛となる。さらに、アルカイダやイスラム国など過激派が幅を効かせる流れに竿さす。
 だから、イラクやリビアやシリアで悲惨なことになり、捕られた日本人が殺害された責任は、もちろん日本政府にもあるが、翼賛報道をした日本のマスコミおよび戦場ジャーナリストにもある。


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by ruhiginoue | 2015-02-17 22:33 | 国際 | Comments(3)
 曾野綾子のトンデモ発言は、ツッコミどころが多過ぎるので話題にする人がよくいる。
 例えば、福島の原発事故。曾野綾子は、被災したといっても、もともと住んでいた人と、原発が出来た後に住んだ人は違うと説く。
 なら福島の不動産は「原発が爆発するかも知れないのでお安くしておきますよ」と言う売り口上だったのか。絶対安全だということだったのではないか。その絶対安全の宣伝を、曾野綾子も業界から金を出されて一役買っていたのではないか。

 こういうのツッコミはいくらでもネタがある。だから、どうしてこんなお粗末な言葉ばかり吐く人が偉そうにしているのかというほうが問題だ。
 
 まず、前に指摘したとおり、曾野綾子は確信犯的に権力に擦り寄り弱い者いじめばかりしているから、ちょうど文革時代の中国みたいに、文壇の江青女史には触らぬ死神に祟り無しとマスコミも批判できないだけなのだが、それを知らない庶民が、政府とか総理とかの委員みたいなのをしているので偉い人なのだと短絡的に考える。そして、その説教を、SMの女王様に鞭打たれてるような感覚で悦ぶのだ。
 
 また、強いものにへつらい弱い者いじめすることは潔くないという感覚を、持ち合わせていない人が多いこともある。

 今回の差別発言を撤回しないという曾野綾子は、これまた勇気のないメディアの一つ毎日新聞の取材に対し、キリシタン弾圧や赤狩りなど歴史上の権力による弾圧に屈しなかった人たちと同じだとしている。つまり、強者の横暴に命懸けで闘った人たちを引き合いに出して、自分も信念にしたがって断固として弱い者いじめをするぞ、ということだ。
 これは、権力と暴力によって迫害されても信念を曲げない勇気と、道理を説かれても自分の間違いを認めない身勝手を、曾野綾子は区別ができないということでもある。
 これを毎日新聞は、「筆を曲げない人」と書いている。ここには皮肉のニュアンスが無いので、地方紙の記者が「毎日」に呆れているツイートがあった。これは残虐な方向に根性が曲がっているということで、筆を曲げないのではない。
  
 現実に、曾野綾子は今回の発言で社会学者の上野千鶴子から「この人まだ懲りないのね」とツイートされていたが、上野もと東大教授がその地位に付く前、学者というよりマスコミ人だった当時、曾野は上野を週刊新潮誌上で批判したが、それに反論されると、指摘された数々の間違いを認めるでも反論するでもなく、週刊新潮でこの話はもう終わりだと一方的に宣言したうえ、上野が書いたことを「下品な文章ですね(笑)」と締めくくった。
 この曾野綾子の態度のほうがよほど下品であり、他の雑誌で第三者からも曾野綾子は批判されていた。しかし、自分より強い魚に追われるとイソギンチャクの中に逃げ込む魚がいるのと同じで、曾野綾子は週刊新潮など権力に媚び売り弱い者いじめを専門とするイソギンチャクメディアに逃げ込む。こういうことしかしない人が、迫害に信念を曲げない人であるはずがない。

 つまり、もともと日本は「長いモノには巻かれろ」とばかり言い、相手が強くても毅然とすることを立派だと感じる文化が無いから、このような話がまかり通るのだ。それで、弱い者いじめの放言を、自由に意見していると勘違いし、その種のマスコミ人も安泰だったのだ。


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by ruhiginoue | 2015-02-16 22:47 | 社会 | Comments(5)
 曾野綾子の人種隔離発言が海外で問題になっているのは、自民党の歴代総理大臣が「ブレーン」として重用してきた人だからだ。一介の物書きが暴論を説いただけだったら、外国が騒いだりしない、

 ところが、これだけ海外で問題になっているのに、なぜ日本の大手メディアはちゃんと批判しないのかという疑問を、ネット上でよく見かける。それは、もともとそのために権力にすり寄ってきた人だからだ。

 それで、文壇の江青女史に逆らうと恐いのだ。そして、そうした業界の仕組みに詳しくない一般庶民が、総理や政府なんかの委員みたいな仕事をしているので、多分この人は偉いのだろうと短絡的に考える、という構造である。

 そんな読者に受けた曾野綾子の著書に『戒老録』というのがある。かつて年配の女性に売れたものだ。老いてからの戒めを記録しておくという意味で、今となっては皮肉でしかない。今回の件を前向きに捉えるなら、自分はあんな年寄りになるまい、という自らを戒める材料にすることだという指摘も見かける。
 なるほど、毛沢東が説いたように、閑職にして悪い手本とする「反面教師」が、曾野綾子には似合っているのかもしれない。


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by ruhiginoue | 2015-02-15 21:56 | 文学 | Comments(7)
 南アフリカ共和国の人種差別政策「アパルトヘイト」が世界中から非難されている時、経済制裁どころか日本は貿易が世界一多く、これが国際世論から批判されていた。
 そのうえ、貿易による利益により日本は南アフリカ共和国から感謝の気持ちをこめて「名誉白人」の称号をもらっていた。むしろ侮辱というべきだが、鹿鳴館さらに敗戦による白人コンプレックスで「バナナ」「家畜人ヤプー」と化していた日本人は、いい気になっていた。
 
 それを受けて、「南アフリカ共和国に人種差別政策があると批判する人がいるけれど、他のアフリカ諸国に比べたら黒人も良い暮らしをしている」と言ったのが、加瀬英明という「外交評論家」で、右翼文化人として、またオノヨーコの親戚として有名な人。
 この人も右翼文化人の必須課題である朝日新聞批判の本を出していた。題名は「日本の良識をダメにした朝日新聞」

 そして、その朝日新聞の本多勝一記者が、南アフリカ共和国に取材のため入国を申し入れたら拒否された。日本の外交官か誰かが、朝日新聞の本多記者は、よく人種差別を告発する記事を書いているので入国させない方が良いと忠告したから。

 こういう日本だったが、時代は変わっている。しかし、80歳を過ぎて耄碌した後期高齢者は、過去と現在とで記憶が混濁しているのだろう。だから産経新聞で曽野綾子が人種隔離を主張したと考えられる。

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by ruhiginoue | 2015-02-14 21:16 | 国際 | Comments(4)
 安価な立ち食いフードコート「阪神百貨店梅田本店」地下1階「スナックパーク」が17日で閉鎖となるそうだ。
 これは建物全体の建て替え工事に伴い、売り場環境や品揃えのさらなる充実を図るためのものだという。17日までの営業後、18から20日までの3日間は全館一時休業し、21日からは店舗面積を約4割縮小して百貨店の営業を続けながら工事を進めていく計画だという。
 「東京の友達に自慢できたスポット」「閉鎖は残念ですわ~」などと常連利用客らは言っているとのこと。

 かつて東京都豊島区池袋にも、「すなっくらんど」というのがあって、似たようなものなのだけど全体に貧相で子汚く「ビンボーくせえフードコーナー」と言われていたが、それでなのか西原理恵子『恨ミシュラン』でも紹介された。

 また、バブルのころは店員が外人ばかりで、人種の展覧会だった。

 そうした安かろう悪かろうの内容と場所柄から、味覚オンチの埼玉県民が客に多かった。「ダサイタマ都民」にとって盛り場といえば池袋。西武線と東武線で休日になると大挙して上ってくる。
 そういう人の集団から「ここ安くて色んなのいっぱいあるよー」とか「食えればなーんだっていいんだ」などと無理矢理付き合わされてとても嫌な思いをしたことがある。

 だから、例えば「♪好きなものは」「♪サンドイッチ」「♪ボクも同じだ」というアナ王女の歌のようにはならず、サブウェイに行くのを嫌がる。一度行ったらもう嫌だと言う。何を挟むかなど色々と好みを訊かれるからだ。タマネギはどうするかと言われても、それで味がどう違うのかサッパリわからないので、どう返事していいか困ってしまう。それがタマネギに限らず総てにわたっているし、サンドイッチに限らず料理すべてにわたっている。

 もちろん埼玉県民が全員そうだというわけではなく、そんな人たちが池袋でうろうろしているということである。

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by ruhiginoue | 2015-02-14 12:39 | 社会 | Comments(0)
 日本は人権意識が低いどころか人権は悪だと信じている人のほうが多いくらいなので、女性差別や人種差別の発言が問題になることは少ない。
 だが日本は外圧に弱い。それで外国で騒がれることに配慮しないと失敗する。橋下徹の慰安婦と風俗、都議会のセクハラ野次、曽野綾子のアパルトヘイト、国内では一部から顰蹙を買っただけだが、海外にも紹介されて炎上している。

 ところで、筒井康隆の小説『大いなる序走』の映画化『文学賞殺人事件』で、堕落した出版界が話題作りのために、聖心女子大の馬鹿っぽいお嬢様が趣味で書いただけの小説を受賞させてしまうけれど、これは曽野綾子をからかっていると昔から指摘されてきた。
 しかし現実の曽野綾子は、そんな受賞すらしていない。文学賞には無縁で、受賞したのは「正論大賞」というお粗末。
 そして、あの竹田恒泰が祖先は明治天皇とか言ってマスコミで馬鹿なことやるから皇室はさぞ迷惑しているだろうと言われているけど、その前から曽野綾子が聖心女子大で皇后と学友だったを売りにしていたから、さぞ迷惑していただろう。

 そうはいっても、南アフリカ共和国のアパルトヘイトは、もともとキリスト教会が説いた宗教右翼思想に基づいているのだから、幼稚園から大学まで聖心の曽野綾子が右翼新聞の産経紙上で説いたことは、むしろ当然のことだ。
 また、曽野綾子のトンデモ発言により、カトリックの印象が悪くなるとか、あんな人は本当のカトリック信者じゃないとか、言う人がいるけど、あの狂信性を発揮していることを指して「日本を代表する作家」と持ち上げたのは、上智大学のデーケン神父である。
 
 さらに、曽野綾子は、チェルノブイリ原発事故より妊娠中絶の方が死人が多い、などと狂信的な発言を繰り返してきたが、これを言うカトリック信者はとくに珍しくない。原発より中絶が悪いとし、どんな命も神が授けた大切なものだ、と言いながら、従って他所の神を信じたり神を信じない者すなわちイスラム教徒などの異教徒や共産主義者などの無神論者は殺してよいという逆立ちした発想を真顔で説いたりする人も一人や二人ではない。
 つまりカトリック信者には曾野綾子のような人がざらにいるのだ。
 
 これは教会の中でそういう役割を担っている政治的勢力がある影響だ。今も辺野古で大変な沖縄では、軍事基地に土地を取り上げるため教会が地元を懐柔する役割を果たしてきた。我慢すれば共産主義との戦争に協力したとして死んでから神様に褒められて天国に行けると説教してきたのだ。

 それで昔から、こういうジョークがある。
 神父と異教徒の会話。
 「改宗しなさい。天国に行けなくていいんですか」
 「天国って、そんなにいい所なのかい」
 「もちろんですよ」
 「じゃあ、行きたくないね。そんなにいい所なら、とっくにあんたの国の植民地にされてるだろうからね」



追記
「教会の中でそういう役割を担っている政治的勢力がある影響」と書いてるのに「B!」で「カトリックに対するヘイトスピーチ」という人がいて、やれやれ。


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by ruhiginoue | 2015-02-13 23:09 | 社会 | Comments(15)
 『ビートたけしは死ななきゃ治らない』という本は、ビートたけし著『女は死ななきゃ治らない』の題名をからかったもので、たけしは女性を見下しながら女好きなので「フライデー事件」など不祥事を起こしている様子を暴露している。
 
 インドネシアのクーデターで危なかった時は日本政府に助けを求めていたくせに、イスラム国に捕まった人に死ねと言い放ったデヴィ夫人と同様、ビートたけしも虚勢をはってはいるが実態は違う。おいらは達観してて死ぬのは怖くないと言っていたのに、顔面麻痺のバイク事故では病院のベッドで助けて死にたくないと叫んでいたそうだ。

 そして、たけしはテロが気になるらしく「おれ、今度フランス行くんだぜえ。もう、やだよ~」と言っており、実は気が弱いことを露呈していた。
 また、ビートたけしは飛行機が嫌のかもしれない。彼は高所恐怖症で、『タケチャンマン』の撮影で上から釣られたら1メートルもない高さで顔面蒼白。それで床に這いつくばって撮影した。だからタケチャンマンの飛んでる合成画面は腹が潰れて映っているのだった。

 あのピケティが300万部近く著作の売り上げがあったことについて、「60~70%は税金であるが、私は90%でもいい。この本は自分1人で書けたわけではなく社会に還元するのは当然。いい給料も貰っているし、それ無しで生活も子供の教育も可能だし」と言っている。
 実に健全な考え方と誰でも思うだろうが、ピケティの発想と逆なのがビートたけし。「税金は、金持ちほど少なく、貧乏人ほど多くするべき。オイラのような高額所得者はたくさん働いている。貧乏人は怠けているから、それだけで得をしている」
 こんな芸人を庶民が支持してる。

 初期の頃のビートたけしは、羽仁五郎が指摘したように、挑発することで問題提起していたけれど、後は逆説ではなく本気になって右旋回した。一つには彼が成金になったこと。もう一つはお笑い芸人として枯渇してしまったからだろう。
 また、たけしは、週刊誌で消費税は庶民に不公平と批判し、やや堅めの月刊誌では高齢化社会の福祉財源に増税が必要と説いて見せる二枚舌である。漫才ではババアの首絞めろと言って苛めネタで笑いをとっていたのに。

 ようするに、彼は使い分けているのだ。テレビに出ている人たちの発言を真に受けてはいけない。それも日本ではお笑い芸人だから許容されてるけど、映画監督と思われてる欧州でこれをやったら大顰蹙だろう。

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by ruhiginoue | 2015-02-13 22:30 | 芸能 | Comments(1)
 元朝日記者の植村隆が、櫻井よし子らを提訴した。故意に捏造した記事を書いたなどと根拠もなく非難されたからだ。
 これに「言論人は言論で応じろ」という櫻井の横柄な返答だが、ならば、まずは、同記事に対する集団訴訟を起こし、言論に威圧や嫌がらせをしている身内の渡部昇一らへ、それを言ったらどうか。
 そもそも、懲りない櫻井よし子がまた訴えられたのは、脅迫や暴力を煽り言論を迫害したからだ。なのに、何を逃げをうっているのだろうか。

 一方、曽野綾子が産経新聞で、日本はアパルトヘイトをやるべきと主張した。外人隔離して住まわせたうえで労働力に使用せよという、かつて南アフリカ共和国が世界中から非難された人種隔離政策だ。このため、南アフリカ共和国と貿易が世界一多い日本も、一緒に批判されていた。
 かつてチリのピノチェト将軍による軍事クーデタで、大弾圧と大虐殺があったことは世界中を震撼させたが、これを支持したのが産経新聞と曽野綾子。だから人種隔離の主張なんてまだ穏健な方だ。

 他にも挙げていたらきりがない曽野綾子と櫻井よしこの弱い者いじめは残虐性が度を越しているので、ただ商売で権力に媚びすり寄り利益を得ようとするだけではなく、人を傷つけることに生理的快感を得る性格つまりサディストではないかと感じられる。
 それが発言の内容にはっきりと現れているが、それ以上に人相に現れている。あの目つきと厚化粧は、まるでダリオアルジェント監督の映画に出てくる殺す方の女性だ。
 しかし、昔うちの母親はあの人たちを擁護していた。あの人たちがそういう発言を始めたのは、年齢がちょうど閉経後の更年期障害で苛立ちやすい時期だ。これをマスコミが利用しやらせている。マスコミは男社会。ということだ。
 たしかに、使うほうの責任が重大だ。しかし、使われているほうも無報酬ではないはずだから、けしかけられてやらされていても、当人に責任がある。 

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by ruhiginoue | 2015-02-13 12:46 | 社会 | Comments(5)