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by ruhiginoue

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脚本家の発想

 去年、高倉健の訃報のさい、その主演作『野生の証明』を、最初に観た時は理解できなくて、何年も後に見直して理解できたことがある、という話をした。主に政治的背景のことだった。
 それだけではなく、例えば高倉健が帰宅したら薬師丸ひろ子がテーブルに伏して泣いている場面。

 「どうしたんだ頼子」
 「だって・・・お父さんの誕生日だからケーキを買ってきたけど、落としちゃったの」
 テーブルの上にケーキの箱があり、ふたを取って見るとケーキが潰れている。「おとうさん おたんじょうび おめでとう」という文字が、かろうじて読める。
 そのときケーキの欠片が手についたので舐める。
 「美味しいよ。さあ食べよう。もう泣かないで」
 
 物語と何も関係がない日常生活なのに、なんでこんな場面をわざわざ作るのか、最初に観た時は解らなかった。
 でも、DVDで見直したら、このような場面があるから、最後の悲劇が盛り上がるのだと、当たり前のこととして受け取った。脚本を書いた高田宏治は腕が立つので、特に工夫したつもりもなく自然と発想が湧いてきたのではないかとも思う。

 ところでDVDレンタルの店は、だいたい出演者で分類しているが、店によって『野性の証明』は、『網走番外地』などと一緒に置いてあったり、『セーラー服と機関銃』などと一緒に置いてあったりする。しかし、監督別ということはあっても、脚本家別ということはまずない。そういうモノカキ的な興味を持つ人が少ないからだろう。


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by ruhiginoue | 2015-10-29 23:58 | 映画 | Comments(1)
 先日死去した金八先生のモデル三上満さんは東京大学卒だった。ドラマでは、金八先生を演じる武田鉄矢が中退した大学を卒業した設定にしていたが。満を「みつる」ではなく「まん」と読んで「みかまんさん」と呼ばれていたそうで、これがドラマでは「きんぱっつぁん」ということになったらしい。
 このように、生徒から親しまれている下町の名物教師が東大出である現実は何も不思議ではないが、ドラマとなると不似合な印象となるのだろう。ドラマだと、東大出はガリ勉とかエリート臭いとかのステロタイプとして描かれることが多いから。
 
 この一方で、働きながら夜学を出たとか昔は不良だったのが立ち直ったとか、苦労人をステロタイプとしてドラマは描きがちだ。「桜中学B組シリーズ」で川谷拓三が演じる貫八先生や、西田敏行主演の映画『学校』などがある。
 これも現実から乖離していることは、「ヤンキー先公」がとんだ食わせもんで「夜回り先生」に批判されていることなどからはっきりしている。

 また自分の体験でも、小学校と中学校と連続して担任教師は夜学を出た人だったが、ほんとうにひどい目に遭わされた。女性と男性、文系と理系、という違いはあるが他は同じだった。これについて同級生も指摘していた。苦労知らずで思いやりに欠ける人がいるけれど、苦労しているから思いやりがある人とは限らない。気持ちに余裕がなかったり、ひねくれたりひがんだりしている人は、むしろ苦労知らずよりタチが悪い。

 そういう根性の問題もあるだろう。あと、田舎から出てきて働きながら夜学を出たという教師は、そうまでするほど学問に関心が強いというのではなく、そうやって教職というエライ立場に就けたといい気になっていたものだ。

 だから、子供がただ学校の勉強をするだけならよいが、学問的関心や知的好奇心というものを持つと憎悪の対象となり、何かと迫害するし、そこで過去の鬱憤を晴らそうと子供を虐めて悦に入る。悪いことをしていないのに生意気だと難癖をつけて執拗に殴り、最初は興奮して憎悪に目を濡らしてしていたけれど、子供が顔を晴らしたり鼻血を出したり、生徒によってはニキビがつぶれて中身が流れ出たりすると、それを見て薄ら笑いを浮かべ、さらに痛さや口惜しさで涙を流したりという状態になると、もう恍惚とした様子だった。

 これらの教師たちは、共通して、しばらくしたら退職している。学校を去っただけでなく、教職を辞めてしまった。そのうち思い通りにならなくなってしまったら、悩んで、どうしようかと考え努力や工夫をするのではなく、行き詰まったのであっさりやめてしまった。もともと安易に職業を選んでいたということだろう。

 こういう現実があるのだから、ドラマみたいなステロタイプは否定しておかないと見誤って大変なことになる。


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by ruhiginoue | 2015-10-29 00:09 | 社会 | Comments(9)

長谷川和彦監督の新作

 何か政府に批判的だと「在日」という罵声を浴びせる人がいて、兄弟に対してまで言う者がいたから、まるで兄弟漫才で「バーカお前の母ちゃんデベソ」「一緒や」というボケとツッコミだが、権力にすりよって何も考えなくていいから楽でいい。それで「半島へ帰れ」という手軽な悪口となるのだろう。
 これを最近の風潮のように言う人をネット上で見かけるけれど、何十年も前からあった。東西冷戦時代も「ソ連に帰れ」というのが紋切り型だった。そして、うだつのあがらない鬱憤で政治青年になる人にとっては便利だった。

 これが八十年代後半には、今では知事の舛添要一も、当時不遇な政治学者で、いちおう東大助教授だったが、面白くないことがあって辞めてしまったという時期に、似たようなものだった。ただ、それなりに勉強した人なので、もう少し気の利いた言い回しをしようとしてはいた。

 この人が出ているスタジオの一般視聴者席に右翼学生が数人いて、見るからにという感じだったが、在野の活動家なので御用学者の舛添とは微妙に違った。そのためだろう。気に入らない発言にヤジを飛ばし「ソ連に帰れ」と言っていたら、共演していた映画監督の長谷川和彦が、「お前らが言っていることは、三里塚の農民に機動隊が言っているのと同じだ。恥を知れ」と一喝した。公務員である警官ともあろうものが右翼学生と同じだから恥を知れではなく、逆に在野の活動家なのに農民をしいたげる権力の側と同じとは恥を知れということだ。これで右翼学生たちは黙ってしまった。

 ただ、内容に反論できなかったというより、「ゴジ」こと長谷川和彦の風貌や巨体の威圧感によるものだったようでもある。その翌年、長谷川和彦がビートたけしの番組に出たが、たけしは「おっかない」と言っていた。「映画監督が出るというから、大島渚じゃなきゃいいと言ってしまって、しまったことをした」と。

 ところで、前に冤罪事件の会合で、周防正行監督が来ていた。『それでもボクはやってない』は前作から十一年経過している。裁判の傍聴をしたりと脚本のため取材していたからだが、そうとは知らない人たちが、『太陽を盗んだ男』から新作がない監督みたいになりはしないかと噂していたという話をした。このことに、周防監督は「いくらなんでも長谷川和彦と一緒にしないでほしいな」と言っていた。撮ると言いながらいっこうに撮らない監督とは違うということだった。

 このところ浅間山荘事件の映画が何本も公開されているが、これらの監督らは「長谷川和彦が撮ると言いながら撮らないから自分が撮った」と言っている。それで、長谷川和彦監督は永山事件を題材に新作の企画を立てているという噂も聞く。こんどこそ実現してほしいものだ。

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by ruhiginoue | 2015-10-27 20:43 | 映画 | Comments(0)
 フィリップKディックのSF小説『未来医師』は、医療が禁止されたに行った医師の話だが、そこは若い人ばかりの社会だった。
 医療がなくて、生物本来の自然に生きて自然に死ぬのなら、若い人ばかりの世界になるだろう。そして、死亡率が高いので子供もたくさん作る。これで少子高齢問題は解決である。
 また、手塚治虫のブラックジャック先生も危惧していたとおり、医学があるから人口が増えすぎて食料が足りなくなったり資源の奪い合いで戦争になったり、薬の生産と消費で汚染や環境破壊が起こる。しかし医学がなければ、こんな心配は要らない。TPPの影響などしなくなる。

 そのうえ、医療は産業と化して金がかかるようになり、命の尊厳が不平等になってしまうし、本来なら死んでいる者が生きて、本来は健康に生きていられた者が犠牲になってしまう。
 では、医療があったお陰で生きられるものと、医療が原因で死んだり健康を損なったりする者と、どちらが多いのだろうか。正確に数えて比較することは不可能に近いくらい困難だが、医療が存在しなければ生きられない人は自然のままなら死んでいたし、医療の犠牲さえならなければ生きられた人は自然のままで生きていけたわけだから、実は医療とは全体的に人を助けるものではなく苦しめるものであるとだけは言える。

 ほかにもいろいろと考えることができるが、圧倒的多数の人が医学への幻想を抱いているので、これから先ずは目を覚ましてほしいものだ。


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by ruhiginoue | 2015-10-27 17:30 | 社会 | Comments(6)

人は見かけによらぬもの

 去年、高倉健が死去したさい、その主演作の一つ『野生の証明』の話をした。これは森村誠一の小説が原作だけれども、結末は全く違う脚色がされていた。
 この脚本を書いたのは『日本の黒幕』などの高田宏治で、この人の脚本で原作と違うといえば『鬼龍院花子の生涯』の名セリフ「なめたらいかんぜよ」がある。
 これは夏目雅子の演技が話題になって、原作にあると思っている人もいるようだ。『徹子の部屋』に原作者の宮尾登美子が出たときも、宮尾作品の激烈な女性という話のさい、黒柳徹子がこのセリフを引き合いに出したので、宮尾登美子が少し困ったような様子だった。
 
 原作にない名セリフと言えば、『野性の証明』で映画デビューした薬師丸ひろ子の代表作『セーラー服と機関銃』の「快感」がある。原作の赤川次郎の小説には無かった。映画の脚色だったけれど、薬師丸ひろ子の演技が受けに受けて、公開されて大ヒットした当時、漫画などで何回パロディになったかわからないくらいだ。
 このため、後に同じ原作が別の出演者でテレビドラマになっても、主人公が制服でマシンガンを撃ったさい「快感」と言っていた。言わないと視聴者が納得しないからだろう。

 ところで、去年も触れたけれど、『セーラー服と機関銃』の大ヒットの後、薬師丸ひろ子は大学進学などの準備で芸能活動を休止していたが、これは『野生の証明』の撮影のさい高倉健から大学まで行ったほうが良いと助言されたからだそうだ。
 高倉健は明治大学、大前均も明治大学、『野生の証明』にも出ている成田三樹夫は東京大学と山形大学、渡哲也は青山学院大学、その弟で『セーラー服と機関銃』の渡瀬恒彦は早稲田大学、菅原文太も早稲田大学、というように、映画でヤクザの役を得意にしていた俳優たちは、学校ではまじめに勉強して成績もよくて大学まで行っている。

 かつて、本物の暴力団員たちに、ヤクザ映画で活躍している俳優たちで本物っぽいのは誰かと質問したら、圧倒的に多かった回答は渡瀬恒彦で、目つきがそれらしいということだった。渡瀬恒彦は『皇帝のいない八月』と『戦国自衛隊』で、叛乱を起こす危ない自衛官を演じている。 
 『皇帝のいない八月』は小林久三原作のポリティカルサスペンスだが、映画を観た荒船官房長官が、こんなヤバイ自衛官がいてたまるかと怒った。これは監督の山本薩夫が、共産党員であることを公言しながら政治性とともにスペクタクルも得意で「赤いセシルBデミル」と異名をとっていたから、監督のためだと官房長官は思ったのだろう。
 しかし、山本薩夫の著書によると、一般市民を代表して対峙する役が勝っていなければなならなかったのに、その役を演じる甥の山本圭が渡瀬恒彦に押されてしまったと悔いていた。山本圭は『鬼龍院花子の生涯』など気骨あるインテリをよく演じていて、『野性の証明』にも同様の役柄で一場面出ていたが、最近では『永遠の0』なんかに出ているくらいだから、しょうがないかもしれない。
 
 渡哲也は、いつも弟のほうが成績が良かったと言っていた。また、『セーラー服と機関銃』では薬師丸ひろ子がブリッジから一回転して起き上がって見せる場面があり、よくそんなことができるものだと話題になっていた。映画で女の子がブリッジするなら『エクソシスト』が有名だが、それを上回る驚きで、実は薬師丸ひろ子は床運動とか器械体操の類が得意なのだそうだ。
 人は見かけによらぬもの、ということか。
 


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by ruhiginoue | 2015-10-26 16:46 | 映画 | Comments(4)
 昨年、インターネットで嘘を書かれたことを名誉棄損の訴訟とし、立て続けに賠償金を取ったという話をした。
 また、2ちゃんねる掲示板の経営会社の登記簿を東南アジアから取り寄せ、これがそうだという画像を載せたが、これを使って情報開示の仮処分をし、送信元から犯人を確認した。
 ところが、この犯人に郵便が届かず、郵便局によると、元の住所からいなくなっているということだった。そこで、役所に裁判の書証を提示して住民票の第三者請求をしたら、転居したらしいが、その届けを出していないということだった。
 夜逃げのようなものだった。

 前にした話と重なるが、この犯人は、証人がいて確かな事実を書いただけだと抗弁していた。しかし、その犯人を裁判所に連れてきて証言させたら、顔からして異様な形相で、法廷で提示された証拠の写しをひったくって破ったり奇声を発したり、行動も正常ではなく、証言内容も奇妙だったり不自然だったりで、まったくまともではなかった。そうしたら、精神障害者で手帳も持っているということだった。閉廷してからも喚き続け、弁護士に力づくで引っ張り出されていた。裁判所の職員が、危険だから原告側に別室に退避して待つように指示したほどだった。
 こんな「確かな証人」の話を鵜呑みにして、確認もせずにネットに書いてしまったということで、被告には賠償命令の判決というわけだ。

 その後、判決を不服として控訴したと書記官から知らされたが、その書記官も呆れたような様子であった。あの証人を見れば当然だろう。これについて、自分の裁判があったついでに傍聴していたという人が、あんな証人を出せば敗訴して当然だと指摘していた。
 そのうえ、しばらくしたら裁判所のほうから、控訴が取り下げられたと知らされた。本人が一人で裁判所に来て、その旨の届けをしたいと言い、書記官が教えたとおりの形式で書いて提出したらしい。弁護士が降りてしまったからだそうだ。自信があるというので引き受けたら、あの証人だったというのでは、無理もないだろう。

 それにしても、被告が精神障害者の言うことを真に受けたうえ、確かめもしなかったのはなぜか。法廷で尋ねられた被告は、次第に言葉づかいが乱暴になり、最後には身体に痙攣も見られた。
 もともと精神病により十数年前から薬を使用しており、公費助成も受けていたが、不眠なので寝る前に少し飲む程度だと言う。これは矛盾した話で、大量に少しだけと言っているも同然の話だ。
 つまり、精神病の被告と精神障害者の証人ということだった。

 これだけでなく、他にも被害者が複数いた。裁判になった事件もあった。そして賠償命令を受け、慰謝料を払ったりしていたが、その中には暴力行為による治療費も含まれていた。ところが、弁護士費用から賠償金まで、そのたびに母親に泣きついていると聞いた。そして懲りない。裁判で何度も賠償金を払って、同じことをくりかえし、夜逃げのようなこともする。
 だから母親も母親だということになる。
 実際に、悪質すぎるとして警察に訴えられてもいるが、警察としては、精神病が原因だろうから刑事には馴染まないという。成人しているなら、当人が責任をとるものだし、親が出るならちゃんと法的に補佐人になり、事後に金を出せばよいというのではなく、事前に異常行動を防止するようにするべきだということだ。

 このような人から迷惑な行為をされて不愉快がっている人の話は、他にも聞く。やはり始末が悪いそうだ。そこでよくあるのは、もともと知り合いで、病気のことも知っていて、同情したり心配したりで、気遣いだけでなく時には経済援助までしていたが、恩を仇で返されたということだ。
 やはり、こういう難しい人たちには、専門知識のある人が仕事と割り切り距離をおいて対応するべきなのだろう。


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by ruhiginoue | 2015-10-25 12:10 | 社会 | Comments(0)
 前に、ある人がツイッターで、議員のツイートは政治の話ではなく食い物の話ばかりしているという文句を書いていた。今日は何を食べたとか、用で出かけた先でこんな店に入ったとか。そういう話を、政治活動の合間にするならいいが、主になっているという。
 これを読んだ人たちがリツイートしてかなりの数になっていたし、まったく同感だというコメントがいくつも寄せられ、そこで自分の知り合いの議員もそうだという話が披露されていた。
 ところが、ツイートした人は、自分の知り合いの議員について文句を書いただけで、一般論のつもりではなかったと言う。そして、こんな反応があるということは、同じような議員がいっぱいいるということかと嘆いていた。
 
 そういえば、女性の議員で主婦という人が、やはり政治の話が乏しく食べる物の話ばかりツイートしていて、それが外食した記録に写真を撮って載せるのではなく、自宅で普段の食事を作ったというものをいちいち写真に撮って掲載していた。
 だから特に写真を撮るほどの内容ではないのだが、自分の子供に作ったということで写真とともに「ごはんだよー」という言葉を毎回添えていた。
 そして、面白みがないだけならともかく、まったく美味しくなさそうなのだ。これは撮り方が下手なのか、盛り付け方が下手なのか、料理そのものが下手なのか、もちろん写真からは判らない。ただ、見た感じがグチャグチャ・ドロドロという感じで、盛り付けで印象が悪いことだけは確かだと思った。

 前に、飲食店で働いていた時、従業員の賄いで昼食を作り、きれいに盛り付けてあったのだが、そこへ、食器洗いの初老の女性が、太っているにしては小食で、量が多いから他の人に分けると言い、サジで自分用の皿から他の人の皿に、勝手に、それも上から落とすようにした。
 だから盛り付けが台無しになってしまった。食べる人が見たら、なんというひどい盛り付けかと思ってしまう。作ったほうとしては唖然としていたら、それに気づいて初老の女性は「ああ、汚くなくなっちゃったけど」と平然として言った。
 この、作った人も食べる人も不愉快ということが理解できない人の話をすると、多くの人は「そういう人はいやだねえ」とか「その人もかわいそうだね」と言うが、ある同級生は「いいじゃない、そんなこと」と言った。話の趣旨がまるで理解できない様子だった。
 この同級生も、グチャグチャとかドロドロの盛り付けが好きな人だった。それでもよいのではなく、そういうのか好きなのだ。井上ひさしの小説『吉里吉里人』に親子喧嘩の話があり、カレーライスを食べるときに先ずかき混ぜる人がいるけど「味がよく混ざったほうがいい」「見た感じが汚らしい」という対立だったが、そういう感覚の違いかもしれない。
 


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by ruhiginoue | 2015-10-24 20:04 | Comments(3)
 ブラック企業と呼ばれる無法な職場で働いている人で、辞めることもできるのに働き続けている人がいて、そういう人は、自分がいなくなったらその分さらに職場の仲間に負担がかかるので、悪いと思って辞めることを躊躇していることがよくあるそうだ。
 そのような無法な職場でなくても、職場の管理者側の不備や怠慢から、同僚に迷惑がかかるから休暇をとれないことがあり、本来は正当な権利が侵害されてしまう。

 ところが、もっと程度の低い話もある。

 かつて、ブラックに近いことがまかり通っていた職場で働いていたことがあり、いつ辞めてもいいと思っていたから、ある時とうとう我慢の限界で抗議した。そのさい、健康や学業に悪影響だと言う話をしたところ、なんとバイトの同僚というべき立場の奴が割り込んできて、無関係なのに勝手に口を出してきた。
 それが、同僚として一緒に抗議するのならともかく、自分も不満をいつも言っているブラックな職場を擁護しだし、バイトだって責任があるだとか、だから学生は無責任だとか、的外れのふざけたことを言い出した。
 そいつは、親もとにいてプータロ―でフラフラしていたから、学費とか生活に緊張感がなく、むしろ辞め易い立場だった。仕事ぶりも決して熱心ということではなかった。
 なのに、どうも変なことを急に言い出したのだ。
 
 結局そいつは、苦労していたり真面目だったりする者に嫌がらせをしたかっただけのようだ。それで、その場の権力にすりより、自分だって嫌な思いをさせられている相手に媚び、説教めいたことを言って悦に入っていたということだろう。
 そんな奴がそういうことをできる貴重な瞬間がやってきたわけだ。
 これに限らず、不正と向き合いさいは、そのこと自体の苦労にくわえて、こうした卑屈で卑劣な人たちによって不愉快となることを覚悟しないといけないものだ。そして、こちらのほうが、実害はほとんどなくても、気持ち悪さが長く残るので困ってしまう。  


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by ruhiginoue | 2015-10-23 20:07 | 社会 | Comments(2)
 「ヤンキー先公」の義家という人が、過去の暴力行為を自慢して、これを批判する人も多くいるが、そこには、そもそも彼を売り出したのは日本共産党だという怒りがある。
 これは、同党の機関紙『しんぶん赤旗』が、彼を徹底的に美化した記事を掲載したうえ「人生相談」という連載までやっていたことを指す。いろいろな人物を紹介した中に、たまたまいた一人というのではなかった。
 そして、こうなったのは、彼が後から変節したのだと言う人もいるし、最初から彼は悪意で、それに共産党の方が騙されたと言う人もいる。
 どちらにせよ、狡い人が調子よく合わせてきたら、それに対して甘かったということだ。
 
 この反対に、同じ立場の人へ難癖をつけることで強引に差異をつけようとする悪癖も、日本共産党の機関紙誌にあって困ったものである。これは昔の名残りというべきもので、まだ克服できていないということだろう。

 例えば、チェルノブイリ原発事故の後、月刊誌『文化評論』は、反原発派の中で有名ということでは最たる広瀬隆を攻撃し、彼が言うように事故が怖いからというのは感情論で程度が低い反対だと説いて、悦に入っていた。広瀬が怪談ふうに原発の怖さを説くことは、モノマネのネタになっていたし、不安を煽るばかりではなく政策論も忘れてはならないが、他をこき下ろして偉そうにするのでは、反感の方が大きい。

 その前にはベトナム戦争で、朝日新聞に連載されて大反響となっていた本多勝一記者の『戦場の村』を、『民主文学』が非難していた。ベトナム戦争を政治的に批判するだけでなく、地元の民衆に分け入り生活を共にした体験を交えていることに難癖をつけていた。

 このように、昔からのことである。これについて、知り合いの『赤旗』の若手記者は、古狸みたいなのが残っているため、その直接の老害および後世への悪影響だと、困った様子で言う。ただ、その様子も、なんとかなる、なんとかしてみせる、という明るいものだったから、救いがあるというべきかもしれないが。



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by ruhiginoue | 2015-10-21 20:18 | 政治 | Comments(4)

 「難民しよう」のヘイトイラストを描いた人が非難されている。女性だと聞いた。
 困っている人を社会で助けようという当たり前のことに対して、そうるすと他人の金を目当てする者がいるという発想は、片山さつき議員の生活保護叩きと共通している。
 そういうふうに先ず考える人は、自分が何か抑圧されていて、それを弱いもの虐めで発散しているものだ。
 ところが、これについて言及すると、差別であるとか、同情することないとか、そのように非難する人たちがいる。上辺の現象だけ非難して、その原因を究明しないのでは、問題に関心をもっているようなふりをして実は問題から逃げているのだが。

 そもそも、難民について今もっとも深刻なのはシリアの内戦によることだが、ここでは難民への同情とか人道とか言うことで、ほかの議論を封じられている。
 ヘイトなイラストみたいに人道的見地から受け入れることを嫌とか迷惑とか言うのではなく、そもそもこの内戦は欧米に責任があるのだから、欧米が負担して当然ではないのか。叛乱に資金援助して内戦を発生させたサウジアラビアやカタールと、その裏にいる欧米が悪いのではないか。
 すると、シリアのアサド大統領に味方しているとか、悪いのはイスラム国だとか、そういう罵詈雑言で応じられる。難民にヘイトスピーチする人たちではなく、それを批判している人道的なことが大好きなリベラルな人たちから、非難されてしまうのである。
 こちらには、問題から逃げている似非リベラルの人たちだけでなく、政治的な意図を持つ確信犯の偽装リベラルの人たちもいる。

 こうしてみると、「難民しよう」のヘイトイラストなど、描いた人がただの愚か者でまだ罪が軽いと思うし、抑圧されているだろうから同情の対象かもしれない。むしろ、これを非難している人たちにこそ、疑いの目を向けるべきだ。



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by ruhiginoue | 2015-10-20 16:12 | 国際 | Comments(1)