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by ruhiginoue

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 家庭が経済的に困窮しているため食事にしわ寄せとなっている高校生が、当然ながら学校で力が出ず、それが特に体育の授業に表れたから、担当の教師から
 「おまえスタミナがないな。ちゃんと飯を食っているのか」
 と言われたそうだ。
 それで、
 「実は飯どころじゃなくて」
 と言ったが、そばにいた同級生が
 「そんな話しなくていいよ」
 と注意を耳打ちした。
 「誰だって家庭の事情はあるよ。それをいちいち先生に話したって仕方ないでしょう。先生が飯をおごってくれるわけでもないし、親に何か言ってくれるわけでもないし、言ってくれたとしても、もともと親だってどうしようもないんだから」

 たしかに、そうだ。
 そして、その同級生はこう言ったそうだ。
 「教師の話なんて聞いているふりに限るよ。どうせ言った次の瞬間になんて言ったか忘れるに決まっているんだから。まじめに聞くと頭にきてしまうからね」

 なるほど、教師がよく無責任に偉そうなことを言うので腹が立った思い出が色々とあるけれど、そもそんな話を聞くのが悪い。最初から相手にしないで、聞いているふりだけ。あとは適当におだてておけばいい。そうすれば、その時だけ教師は自分の言葉に酔ったりの自己満足して、あとは「三歩で忘れる鶏のウロウロ」みたいに一貫性のない話を場当たり的に繰り返すのだろう。

 だから、教師が上から目線で言って、これを自分に対して特に言ったと解釈してしまうと、こちらの事情も知らずに無責任だと思い不愉快になるが、そうではない。教師も仕事だから児童生徒一般に向けてひととおり言っているだけだ。面と向かって言っていても、相手かまわず言っているものだ。そして時々偶然、それが役立つ者もいるかもしれず、しかし自分には無関係ということだ。
 この認識があれば腹が立たないし、実際そうしておくのが適切な場合がほとんどだろう。

 その高校生のお陰で、よい教訓が得られた。何かの機会に教師の無責任な説教を思い出すと非常に気分が悪くなったものだが、そういう時には、そんな話をまじめに聞いてしまった自分が悪いのだと思えば、そう腹が立たないし、今後は人と接するさいにそんなことも注意しようという気になる。


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by ruhiginoue | 2015-11-11 17:18 | 雑感 | Comments(1)
 インターネット上でナリスマシの被害に遭ったという人は少なくないようだ。自分でも不愉快な思いをしたことがある。ただし、被害というほどのことではなかったから、今となっては笑い話である。

 かつては、ツイッターやブログがまだ無いころに「ツリー式」掲示板で車座のように騒いだり議論したりが一部で流行っていたが、これに人を誘うためメールを出しまくる者もいた。これがひどい誘い方で、勝手にどこかの掲示板で知り合った者だと言ってきたりする。そういうのは匿名で、堂々と名乗っている者は、少なくとも自分では見たことがない。

 そうした掲示板は、やはり参加してくれる人がいないのだろう、誘っても無視されたらしく、メールを出した相手を騙って腹話術をしたり、仲間がナリスマシをして漫才をしていたりする。これを知らないうちに自分もやられていたことを、たまたま目撃した人に知らされた。言われてみれば、それらしいメールが来たことがある。ふざけた内容だったので、無視していた。そうしたら、掲示板でナリスマシをされていたというわけだ。そして、しばくしたら飽きてしまったのか、立ち消えのようになった。

 また、ふざけたメールは、もともと誘う気がない。最初からナリスマシや自演をするつもりだ。ほんとうに誘う気があれば丁寧で失礼がないようにするものだし、悪意で誘うにしても、それなら最初はまじめにみせかけて、乗ってきたところで態度を豹変させるものだ。

 このようなナリスマシは、送信元が違うのですぐバレるのだが、そのことも考慮しないズサンさだから、今と違ってかつては場所によって光ケーブルが引かれていないとか電波が届かないとかの範囲が広いのに、ありえない送信元から書き込まれていて、失笑させられたものだった。
 
 こういうことは、今の水準だと笑ってしまう話だが、当時としては不注意であると混乱したり嘘を
真に受けたりしてしまう人もいたという話なのだ。
 

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by ruhiginoue | 2015-11-10 12:29 | 雑感 | Comments(0)
 昔から言われていることだが、野球は投手ばかりが負担が重く、ほとんど投手と捕手が運動していて、野手は待っているという具合だから、不均衡な球技だ。だから、よく投手は肩や肘を痛めてしまう。
 そこで疑問なのが、なぜ野球は守備のローテーションをしないのか、ということだ。
 九人で九回やるものだから、一回ごとに守備をローテーションし、誰がどこを守備してもいいが、一回やったところは一巡するまで同じところに守備に就けないことにする、という規則にすれば、負担が均衡になる。身体を痛める投手も少なくなる。
 また、誰が投げるかを、投げるのが得意か、右投げか左投げか、などを打者によって、よく打つ相手か、右打ちか左打ちか、などで判断したり、長打者の場合は強肩の人が外野手になるとか、足の速い走者が出たら強肩の人が捕手になる、などの対応をして、その代わり一度やったら延長戦にならないと同じ守備ができないというようにする。
 このようにしたら、意外性が増えて面白くもなるだろう。
 ところが、ローテーションするのはバレーボールくらいで、他の球技はだいたいどこの守備に就いてもよい規則のはずであっても、競技者は得意なものを専門にしてしまっている。これは、競技者が選手となって専門化したためだろうか。
 しかし、ほかの種目と違い野球の場合は守備の負担が不均衡すぎるし、なのにローテーションしないなら、なんで九人で九回なのだろうか。かつてソフトボールでは、学校でローテーションするやり方をした記憶がある。野球もそうしたらどうかと思う。そのほうが「先発」「中継ぎ」「抑え」などと言っているより面白くなりそうな気がするのだが。

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by ruhiginoue | 2015-11-09 07:31 | 体操 | Comments(5)
 前に、田舎から出てきて夜学を卒業し教師になった人の中には、苦学までするほど学問に関心があったとは限らず、教師というエライ立場になって弱いもの虐めすることで、自分の鬱憤を晴らしているだけとしか思えない者がいるという話をした。
 こういう者は、むしろ学問を嫌悪しているといってよいほど、知的好奇心を否定する。そして口実をもうけては、侮辱的な態度をとったり暴力を振るったりする。痛みで泣いたり、それ以上に、立場上抵抗できない口惜しさから涙を流したりすると、それまで殴りながら薄ら笑いを浮かべていたのが、さらに恍惚とした表情になる。

 こういうとき、軍隊式な厳しさと言って正当化する者がいる。しかし、軍隊でも体罰は禁止である。指導力がないから制裁によって従わせるしかない。
 この図式は軍刑務所を舞台にしたアメリカ映画『ラストキャッスル』にうまく描かれていた。日本の映画でも『真空地帯』とか『陸軍残酷物語』が告発していたが、日本の軍隊でも、戦争で負けそうになりいつ犬死にするかというストレスから暴力が横行し、何もないのにいきなり殴るなど体罰どころか罰でもないという状態だった。だから『きけわだつみのこえ』を読むと、上官より先輩という立場の者が無意味な暴力をふるうという記述が色々とある。

 これについて戦争体験のある漫画家の水木しげるは、理不尽な暴力を受けると自分も残酷なことをしたくなる心理があるので故意にやっていたかもしれないとしながら、もともと日本人は大して強くもないのに強がる傾向があるという指摘もしていた。だから小林よしのりの漫画が受けているのではないかとも推測していた。

 こうした軍隊内の暴力は、実は軍隊でも綱紀が乱れているとして問題になっていたらしい。これと同じで、学校で教師が暴力をふるうというのも、体罰の水準にすら達していない、教師の仕事上のストレスや、それですらない個人的感情によるものばかりなのが実態だ。だから、問題になり報道されると、体罰じゃないのに体罰があって遺憾だと言って校長などがごまかすのだろう。
 
 また、強くもないのに強がる日本人という水木しげるの指摘は、小林よしのりの場合、自分が銃を持っている漫画を描いているけれど、実は虚弱体質で軍隊では到底使えないという笑い話だが、生徒児童を殴って悦に入る教師というのも、やはり自分の劣等感のためであろう。


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by ruhiginoue | 2015-11-08 06:45 | 社会 | Comments(0)
 先日、戦争反対で人権反対の芸人たちについて述べ、このような人たちは行き当たりばったりで語るから不見識を露呈させるという話になった。
 ただ、こういうことは一般的にわかっていない人が少なくない。

 これは前に、アメリカ海軍の潜水艦が日本の水産高校の実習船と衝突して沈没し死者を出した「えひめ丸事件」にも反映していた。
 事件があったさい、当時の森総理はたまたまゴルフをしていて、知らせを聞いてすぐに駆けつけるのではなくゴルフ場に留まっていたから、よほどゴルフが楽しかったのだろうと皮肉を言われていた。その様子をキャディは見ていたと週刊誌に騒がれていた。
 その後、アメリカは事故の責任を明らかにするため、艦長を裁判にかけた。この結果、艦長の指揮に難があったとし、ワドル艦長は名誉除隊(日本でいう引責辞任。懲戒免職なら不名誉除隊)となった。
 この裁判が始まるという時、知らせを聞いた遺族は、テレビのインタビューで、「アメリカは犯罪者を守る国だから」と言って裁判が被告に甘くなるのではないかと危惧していた。

 しかし、そもそも、軍隊の責任を追及できるのは、犯罪者を守る国である。どちらも権力を抑制することであるから、同じことであり対立することではない。
 もちろん、潜水艦の事故は、あくまで現場の責任ということだから裁くことができた、ということではある。ベトナム戦争の「ソンミ村虐殺事件」では、責任者のカリー中尉をニクソン大統領が有罪判決に対して政治的に免責を与えてしまった。これは最終的な指揮者にあたる大統領にも責任が及ぶ可能性があったからであると指摘されている。
 そういう問題や限界はあるが、だからこそ公的機関とくに軍隊の不祥事を追及できる国かどうかは、権力の暴走をどれだけ抑えられる国になっているか、ということにかかっているのだ。

 このような、ごく当たり前の仕組みを、まるで理解していない人がいる。それが芸人や一般庶民だけでなく、記者や弁護士や裁判官や法学部教授などにもいて、わかっていない者もいるが、わかっていて無視するたちの悪いやつらまでいるから始末に困る。


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by ruhiginoue | 2015-11-07 07:35 | 社会 | Comments(1)
 落語の桂歌丸が、戦争への危惧を表明したそうだ。もともと彼はそういう関心を持っているから出てくる発言をしていて、長年出演している演芸番組『笑点』でも、たびたびだった。
 ところが、その一方でファシストも同然の発言をしてきた。同じ番組の中で、手錠をかけられている姿にぼかしを入れているのは不要だとし、犯罪者に人権は無いと説く。そもそも、疑われただけで犯罪者かどうかは不明だ、というのが手錠姿をさらしものにしない理由なのだから、桂歌丸は訳も分からずに言っているだけで、本当にファシストということではないようだ。
 
 彼の前に同番組の司会をしていた三遊亭圓楽も、番組内で談話するさい宇都宮徳間議員の著書『軍拡無用』を手にして、読んで感銘を受けたと言っていたことがある。特定議員の宣伝にもなってしまう行為で、批判されたり軍拡派から圧力を受けたりする恐れもある。それでも信念を貫いたということだろう。
 しかし、その一方では、大柄な体格にものをいわせて、自分の子供は暴力で屈服させてきたと自慢し、自分の気に入らない意見を言っただけで、生意気だからと有無を言わさず殴ったと、得意になっていた。それで、石原慎太郎と癒着している新興宗教の「霊友会」の宣伝にも登場し、石原が他人に説きながら自分の息子らにはしなかった体罰を、自分の子供には容赦なくやっていると三遊亭圓楽はうそぶいていた。

 つまり、自分の戦争体験から辛辣に権力を批判してみせるが、自らは権力者としてふるまい、特に社会の弱者である子供には、暴力弾圧で屈服させるべしと狂信的な言動を平気でする。
 ほかにも落語家以外の芸能人では美輪明宏がそうで、被爆者として、また同性愛者という少数派として、反権力反体制を標榜しながら、未成年者でも死刑にしろ、少年法はいらない、更生させることはない、子供が逆らえばどんどん殺せと平然と言い放つ異常さであった。
 ただ、美輪明宏の場合は自称霊能者であるなどオカルトに傾倒しており、そういう人はファシストになりやすいものだ。

 この美輪明宏も時々出演している作品の宮崎駿監督は、そういう矛盾について指摘していたことがある。平和憲法を守れと言いながら、家庭では妻子に対して暴力親父であるという人が少なからずいる、と。
 そういう体質であるとともに、この種の戦争反対で暴力崇拝の人たちは、ただ行き当たりばったりで発言しているから、物事を総合的に考えることができないのだろう。


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by ruhiginoue | 2015-11-06 01:07 | 芸能 | Comments(3)

佐木隆三の死

 作家の佐木隆三が亡くなったそうだ。
 もっとも有名な作品は『復讐するは我にあり』だろう。実話に基づいており、今村昌平監督による映画化がある。
 他にも、沖縄戦を扱ったものなど、実録に基づいた彼の著書には、良心的とか力作とか言えるものがあった。ただ、そういうものほど地味であった。
 また、大学に行っていないことで見下されて悔しい思いをしたことを語ってもいたし、本屋で自分の本があると、誰か買わないかとしばらく見ていたが、手に取って買っていく客をついに見ることがなかったと、ほほえましいことを語ってもいた。


 その一方で、自分でも認めていたことだが、よく暴力沙汰を起こしていた。モノカキというけれど半分ヤクザだったといも言われていた。それで、著書やその映画化は面白かったが、テレビに出ていた佐木隆三を見て、感じが悪いと受け取った人がいるのだろう。
 また、彼は「オウム裁判傍聴記」というのを書いていたが、最初は、サリン事件の被害者で第一通報者が犯人扱いされているのに乗っかっていた。後でその問題がテレビで扱われると、その第一通報者と同席しながら、自分も報道加害者の一人だとして謝罪するかと思って見ていたのに、それはついになく、話をそらそうとしてばかりで、時には相手に失礼な発言までしていた。ひどいものだった。

 そういうことなので、死んでから映画化された作品のことばかり語ってもいられないという人である。


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by ruhiginoue | 2015-11-05 02:07 | 社会 | Comments(1)

美容外科医のブログにて

 美容外科に詳しい形成外科医のブログで、いくら手術をして顔を希望通りにしても満足しない女性の話が書かれていた。精神的な問題を抱えているから顔を変えたいのであり、そうなるとどうやっても不満ということになる。
 
 そういう人は確かに存在する。あのマイケル=ジャクソンがそうだった。やりすぎではないかと言われたが、実は自分を嫌っていた父親に似ているのが嫌だったと、のちに語ったとされている。
 また、韓国の「扇風機おばさん」と言われる顔になってしまった歌手の女性も、歌が売れないのは顔のせいだと思い込んでしまったので、いくら顔を変えても満足しなくなったと言う。

 しかし、これは同時に、失敗したときの医者の言い訳にもなっている。満足しないのは精神的な問題だと言って、すべて片づけてしまう。成功したが満足できないのと、失敗とでは見て誰でもわかることだと思っている人が多いけれど、それが間違いであり危険なのだ。

 医学的に成功したかどうかは、今の医学の水準で多数派を形成して正しいとされていることをしたかどうかである。
 だから、どんなに悲惨な結果となっても、ちょうど、イラクなどが劣化ウラン弾で汚染されていても、赤ん坊の死亡率が高いことと因果関係は証明されていないとか、文化財が強奪されても欧米の価値観からすると無用の長物であるとか、欧米の価値観から正しい政治体制にして、石油を大手企業が勝手にしている状態が、正義の戦争の結果であるとかいわれ、そうだとマスメディアが大宣伝する、というのと同じことだ。

 また、美的な問題は主観であるから、化け物とか妖怪とかいうのような状態にされても、それが美しいと強弁されたら、違うと言うことはできない。裁判に訴えて、裁判官もひどいと思ったとしても、そう判決文に書くことができない。あくまで主観的印象なのだ。
 では、鼻を何センチ何ミリで縦かける横かける高さにするという契約をできるかというと、それは不可能だ、そんなことは今の医学の技術では無理だ。

 なので、美容外科の医師が、患者の主観と言っていることは、別の意味で危険があるから要注意である。 
 
 

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by ruhiginoue | 2015-11-04 06:05 | 学術 | Comments(5)
 「ものごとを損得で考えてはいけない」と、得意になって説く人がいるものだ。そういう人は、だいたい薄っぺらい。本当に大切なことこそ軽々しく言うものではないのに、それを解っていないからだ。
それに、そう言う自分はどうなのか。そもそも、一切の損得勘定をしないで社会生活を営むことは、ほとんど不可能だろう。それがまた軽々しさと薄っぺらさを感じさせる。

 ただ、幸いというべきか、そういう人には社会で一人しか出くわさなかった。インチキな商品を売りつけるセールスレディで、新人の二十二歳というから大学新卒かと思ったら高卒で、四年の紆余曲折があって変な所に就職してしまったらしい。
 で、よく、投資話だと「確実に儲かります」とか、「お得です」「損はさせません」などと言って問題になるが、そうならないように、「ものごとは損得ではない」と言うのだ。それが変だと気付いていないから「痛い」人だった。「商品」は丁重にお断りしたが、そう穏やかに言うのに忍耐が要った。それくらい不愉快だった。

 それより前に、高校の担任の教師が同じことを何度も言う人だったので、これを思い出してしまったことが、不愉快の原因だったかもしれない。そうでなければ、ただの駄目営業でしかなかったのだから。
 もちろん、学校と社会生活とでは異なる。そこで教師が説くことは、世俗の現実ではなく徳育に限っての空々しいものだったということで、事情が違う。それでも、担任教師の説くことは、薄っぺらだった。もともと、実質の伴わない言葉だけが虚しく踊っているような人だったと、同級生が指摘していたし、ほかの同級生の評価だと、人はいいけど頭がよくないということで、それは責められないためかえって被害が大きいから困るということだった。

 実際いろいろと困る先生だった。担任というだけでなく、担当の教科が古典だからだ。「ものごとは損得ではない」というのも色々あって、お金などわかりやすい損得とは違うものがむしろほんとうに大切なのだという意味にも解釈できるし、目先の損得だけで判断すると将来の結果は逆になるということも言える。「人無遠慮必有近憂」ということでもあろう。こういう方向に発展していく前提を欠いているから、古文と漢文の授業の内容に深みがない。
 それで、この担任の先生との会話は、せいぜい、遅刻しそうになり教室に駆け込んで照れ隠しに「春眠暁を覚えず、というやつでして」「一瞬の光陰軽んずべからず、だぞ」という他愛のない会話くらいだった。

 こういう話をして、自分の行った高校が駄目だったと言ったら、近所の同級生で他の高校に行った人が「うちの高校もそうだったよ。どこもそうじゃないの、教師なんて」だった。



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by ruhiginoue | 2015-11-03 00:24 | 雑感 | Comments(0)
 先日、2ちゃんねる掲示板などに匿名であまりにも嫌らしい嘘を執拗に書かれたので、東南アジアから謄本を取り寄せて送信元を明らかにしたが、夜逃げのようにされたという話をした。
 この犯人からは、前から裁判に訴えることで繰り返し賠償金を払わせていたが、自分の他にも嫌がらせや暴力行為を受けた人たちがいて、中にはストーカー被害を受けた女性までいた。
 それらの行為によって、慰謝料を支払ったり警察沙汰になったりと、ほんとうにひどい犯人であるが、かなり重篤な精神病で、これが影響しているとしか考えられない異常さだ。また、その友達も精神障害者で、妄想を互いに吹き込んでいたことが、裁判で明らかとなった。そういう話だった。
 
 この他にも、その言動が非常識すぎるため不可解とまで言うべき水準の者がいるという話をしたことがあるけれど、その原因はやはり病気や障害であるという指摘を受けた。
 
 例えば、これは既に紹介したことだが、脳の障害で言葉と全身の動きが不自由な男が、裁判の傍聴をしたり集会にやってきたりして、事件の被害者を侮辱する言動をしている。
 不自由な動きと言葉で懸命に付け回したり不快な言葉を吐いたりと、いやらしいことをしては引き攣った笑みを満面に湛える。昭和30年生まれと自分で言っていて、確かに頭は白髪だらけで顔は皺だらけなのだが子供っぽく、知的障害もある場合が多く、それだろうと社労士をしている人が指摘した。

 また、同じ集会によく来る元赤軍派の老人たちの非常識さの話もした。
 ハイジャックで北朝鮮に亡命した赤軍派が日本人の拉致事件に関与していたことは彼らの身内も認めて謝罪しているが、そのため逮捕状が出たら、それを撤回して精神的苦痛を受けたので慰謝料を払えという国家賠償請求訴訟を起こして敗訴した。北朝鮮の首都の平壌にいるので、日本にいる支援者が代役を務めたが、同じく赤軍派に属していた人たちだ。
 「よくそんな裁判を仕掛ける気になったな」と呆れる人が多いけれど、これだけなら、過激派世代とか全共闘世代とか団塊の世代とかいう評判の悪い世代の人たちだから、もともと狂信的とか非常識とかいうべき人が少なくない世代だ、ということで理解できる。

 しかし、この一方で、ほかの冤罪など権力犯罪の被害者を嘲笑して悦に入っている。その様子が実に狂気じみているから、政治性だけでなく人間性を疑ってしまう。
 ところが、これについても、病気が原因だという指摘がある。それによると、その代表はかつて爆弾事件で逮捕されているそうで、そのさい警察の厳しい取り調べで責められた後遺症により、精神に異常をきたした可能性がある。それが歳をとって抑制できなくなり次第に露呈しはじめた。しかも、ちょうど言動の異常さがはっきりしはじめた当時、その赤軍派だった老人は前立腺の病気で入院手術し男性廃業しているから、もともと好色なうえ女性にセクハラするのも好きだったような人だから、精神的打撃が強かったのだろうということだ。非常識な言動との因果関係は不明だが、前立腺の病気は後で確認したら本当だった。
 
 さらに、近隣トラブルの暴力行為で逮捕された人が、そのさい警察の対応が不公平だから「これは国策捜査だ」と喚いて誰にも相手にしてもらえなかったという話もした。
 この人は家族から周囲の人たちまで、心配している人たちに対し、自分の言うことに全面的に賛同しないから許せないと怒っていた。それでブチ切れた様子で罵倒したり、失礼なことを言ったり、むちゃくちゃだった。同時に、まったく同じ内容が2ちゃんねるに書かれていたことがある。
 これには自分も被害に遭ったので、殴りに行こうかと本気で考えた。内容がひどすぎるし、被害に遭って怒っている人が多いから、そのうち一人や二人が殴っても、誰かやったか皆目見当がつかないだろうから。
 だが、この人も病気で、頭の血管にコイルが入っている。脳血管障害は、変なこだわりを生むので、この人の言動はまさにそれだと、病院勤務で大勢の患者を観察した人が断言していた。

 というわけなので、病気や障害では仕方ない。対応にも限界があり、すくなくとも頭に来たからぶん殴ることはできない。倫理的に問題があるうえ、こちらの感情がどうであれ、相手にはまるで自覚がないのだから、報復とか制裁とかの意味が生じない。無駄なのだ。

 それで、どうしたらよいのか、仕事がら詳しい人に相談したところ、大いに同情してやることだと言う。そして、最大の同情とは避けたり無視したりすること。これは、怒らないでやるのと、刺激しないでやるのと、両方の意味があるそうだ。
 
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by ruhiginoue | 2015-11-01 00:34 | 雑感 | Comments(4)