井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

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 チェコのビール「ピルスナーウルケル」が、ビンのデザインを変えた。より洗練された印象ではあるが、近所の酒屋は「やっと憶えたのに」と面倒がっていた。輸入品の品ぞろえが豊富な店だが、そのぶん銘柄を覚えるのは大変なようだ。

 かなり前のことだが、テレビで志村けん婆さんと田代まさし爺さんのコントがあった。ほとんど座って話し、婆さんがボケて爺さんがツッコむという実質は漫才であった。
 「そろそろビールが美味い季節だな」
 「そうだよな、飲みたいよな」
 「でもよお、最近はいろいろな銘柄のビールがあるだろ」
 「ああ、店にたくさんあって、知らないビールまで置いてあるなあ」
 「外国のビールとかな。有名なのは知ってるけど。例えばハイネケン」
 「あたしゃ志村けん」
 「そうじゃねえよ、外国のビールだよ」
 というような調子だったが、店としても新しい銘柄が入ってきたかと思ったらビンのデザインが変わったというのは、なまじ見慣れているので違うと一瞬混乱するから面倒らしい。
 
 ところで、チェコのビールは美味いと言う人がいる。あの「バドワイザー」は、チェコの「ブドヴァイゼル」からアメリカの会社が商標をパクったらしいが、薄くて味がしないようなアメリカのビールなんかよりチェコのものがよほど美味しいというのは本当だろう。
  
 チェコは同じ西スラブ人のスロバキアと連合国となり「チェコスロバキア」だったが、違いがありすぎて別れてしまった。スロバキアは農業国で酒もワインが中心だが、チェコはドイツ文化圏に属していたから工業国で、ガラス製品が有名だが「ピストル」とか「ロボット」とかが元はチェコ語であるなど伝統的に工業は盛んで、酒もビールということだった。

 そして、昔よく読んだカフカもドイツ文学であった。チェコの首都プラハで公務員をしていたカフカは当時の公用語だったドイツ語で小説を書いていたということは、ずいぶん後になって大学のドイツ・オーストリア文学の時間に習ったのだった。
 また、その語源となったチャペックの戯曲『ロボット』を読んだら、ここでいうロボットとは鉄製の機械ではなく有機体の人造人間で、自然の人間と違うのは感情がないことだけというから、これにフィリップKディックは影響されたのだと解った。
 その『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』の映画化で「強力わかもと」の広告が出てくる。これはビールに入っている酵母とおなじで、飲んで消化を良くするものだったはずだが、『ブレードランナー』では媚薬と勘違いしているようだ。

 それはともかく、チェコのビールは日本やアメリカのビールより美味しいことだけは確かだろう。


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by ruhiginoue | 2015-12-22 17:36 | 雑感 | Comments(0)
 「科学的」という言葉を「権威ある」という意味で使用するようになったのは、マルクスとエンゲルスの「科学的社会主義」のあたりからだろうが、これは、なんてことはなく、要するに、偉い人でも間違うことはあるのだというくらいの認識なら誰でも持つようになったので、「偉い人」を「科学的」と置き換え、自分の誤りを認めず他人に批判させないというだけのことではないか。
 
 この指摘により真っ先に思い浮かべるのは、日本共産党の松崎いたる区議や日本共産党系の新日本出版社が、佐巻健男や菊池誠らと不気味な親和性を持っているという事実だ。
 この人たち言動は、周知のとおり反対意見やツッコミも色々とあるが、それを科学的で議論の余地は無いと強弁することで一切受け付けない。より良い結論を出すことではなく、自らの無謬性を勝手にこしらえてしまうのが目的となっている。

 ただ、左巻のアミノ酸ならぬ左巻と共産は、まず佐巻健男らは商売の為になんでも利用してやろうということがありそうで、これに新日本出版社も乗っかっているようだが、松崎いたる板橋区議となると事情が違う。

 松崎いたる区議は「美術」(美学ではないかとも思われるが)を大学でやったか何かで専門であるとし、それでも科学が解るそうで、なぜなら正しいからで、それは日本共産党だからという転倒した論法を駆使している。素人の自分でも理解できると彼は言うが、そんなことを言ったら、素人だから解りもしないのに解ったと錯覚してるという話になってしまう。そんな当たり前のことに彼は気づいていない。

 そして実際にも彼はそういう情けない話になっている。過去に権威があって現在も否定されていないことに合わなければ間違いでデタラメという単純さなのだ。そして、そのくらいのことは門外漢だが理解できるというお粗末な論法だ。こんな半端な否定では、ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学は何なんだというだけで破たんする。日本共産党の松崎いたる区議は専門外どころか一般教養の水準ですらない。
 そのくせ共産党だからを強調し、同党内に異論があるという指摘に対しては、自分が正しいのだから党内の異論は否定されるべきで、それは議論して論破や論駁によってではなく、「科学的」で正しい自分が政治力によって他の党員にも政治的に強制するべきだということになる。

 これは「科学的社会主義」ではなく「スターリン主義」である。今も日本共産党の一部にはこんな60年代化石脳の党員しかも都議がいるのだ。ここまで呆れさせられる話は極めて珍しい。



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by ruhiginoue | 2015-12-21 17:39 | 政治 | Comments(0)

NHKと弁護士会は同じ

 NHKと弁護士会は同じだ。どちらも、実態は国や役所の下請けなのに、独立して距離をおいているから公正であるという嘘を標榜している。
 また、公正さを確保し自律するために外部の意見を受け付けているとしながら、実際にはそのふりをしているだけだ。それを本当にやる気があるなら、すべて一般公開したうえで、賛同や希望が多いものを公開で審議したうえ、結論を発表するべきだろう。

 ところが、NHKはご意見を伺いましたというだけで終わり。視聴者との懇談会があってもNHKが自らに好都合な話をする人ばかり選んでいる。こうした恣意的な人選によって「シャンシャン総会」という結果になる。アリバイ作り以外に意味がない。

 これとおなじように、弁護士会も不祥事を起こした会員を懲戒請求しても、平気で握りつぶしたり、侮辱的な文書を送付したりで、これを一切公開しないから、その不正が隠ぺいされる。不正をしないようにするなら、プライバシーに関わるなどで請求者が希望しない場合以外は請求内容を公開し、これに対する会員弁護士の抗弁も併せて公開し、そのうえで審議するべきだ。
 ところが、一切秘密にし、たまに金がらみなど単純な不祥事で懲戒されると、それだけを機関誌に掲載するから、それまでに握りつぶした不正は隠匿される。


 これが問題にされると、昔から、国が直接監督下に置くよりマシだという開き直りをすることも、NHKと弁護士会は共通している。普段は国の言いなりになって市民を迫害しておいて、それを批判されたら、権力はもっとひどいことをすると言い出す。
 そもそも、権力から自由になり自律するというなら、市民から監査されなければ意味がない。ところが、市民に対しては御高くとまって上から目線で威張り散らし、権力には弱く、へつらってばかりいる。
 
 これでは、いっそのこと国の機関となり、権力の一部として他の役所と同様に監査を受け、報道の自由とか弁護士の自治とかいう隠れ蓑をなくしたほうが、今よりはまだましだろう。


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by ruhiginoue | 2015-12-20 17:36 | 司法 | Comments(4)
 菅もと総理が、在任中のことで安倍現総理からSNSで嘘を流布されたので名誉棄損で訴えたところ、安倍総理の流布したことは真実だとする判決であった。これを受けて、安倍総理は真実の勝利だとはしゃいでいる。

 しかし、そんな事実は無いという訴えに対し、事実がなくても印象を持ったであろうから真実だという判決であった。あまりの異常さに驚き呆れる人がいるけれど、これは日本の裁判では普通のことだ。
 
 自分の体験だが、SNSの名誉棄損訴訟で、今年は二件の賠償金を取った。これは相手が完全に在野の者である。相手は弁護士を雇い、こちらは雇わないで本人訴訟である。それでも丁寧に立証したら勝てたのだ。
 しかし、その前にやった訴訟は相手が民間人ではあるが政府筋で委員をしているなど権力の側にいて、それを被告もひたすら強調し、まともな抗弁をしなかったが、裁判官は露骨に政治的配慮すると言って法廷でニタニタと笑い、傍聴席から怒りの野次が飛んだ。そして屁理屈を通り越した荒唐無稽な判決であった。
 なんと、東京地裁は、問題になったホームページの記述を、被告は訴えられてから書き換えていて、最初からこう書くつもりだったと思うという一審判決で、控訴審では、東京高裁が無関係な話を羅列して争点に全く言及しないという無茶苦茶なものだった。

 こういう裁判が、日本の名誉棄損訴訟の通例である。いつも裁判官は、内容ではなく、原告と被告とでどちらがより権力に近いかで判断している。それをしたがらない裁判官もいるが、そうすると、転勤ばかりの裁判官が突然現れて、変な判決だけして去って行く。
 今回の菅もと総理の訴訟の永谷というのも、そんな裁判官だ。法務省から東京地裁にやってきて、無茶苦茶な判決で現総理を庇い、またすぐに去り、しかしご褒美の地位などは得るのではないかと予想されている。

 ただ、この裁判は、菅もと総理の一審敗訴こそむしろ意義がある。こういう現実を、もと総理対現総理の裁判という形でわかりやすく一般に周知させたのだから。


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by ruhiginoue | 2015-12-19 17:38 | 司法 | Comments(5)
 東京都知事選挙のさいに、増山麗奈さんは東京に住んでいないのに都知事選挙に口出しするべきではないと書いたが、これが最近になってアクセスが増加していて、どうしてかと思ったら、その増山麗奈が来年夏の参議院選挙の社民党の東京候補と決まったということだった。

 どうして都知事選挙に口出しが問題かというと、まず増山麗奈は原発事故で関東地方も汚染が心配だからと言ってサッサと逃げ出し、そのさい仕事や健康など事情から逃げられない人を見下すような発言をした。
 そうしておいて、都民の生活に関わる都知事選挙で、その政策は自分にはもう無関係という態度を増山麗奈はとった。いっぽう社民党は、脱原発を唱える候補者のうち弱者の政策に熱心だからと宇都宮候補を支持した。細川候補は小泉もと総理が応援していて、その影響か新自由主義的な政策だった。

 すると増山麗奈は、宇都宮候補を「支持者の集会は赤旗で真っ赤に染まっている」という桜井市長の演説や「世に倦む日々」に共鳴し、自信のSNSに引用した。そのうえ、小泉総理がイラク戦争を支持したことも許すと書いた。

 また、増山麗奈は、それまで左派のメディアにばかり出ていたが、これからはもっと商業的な大手のメディアにもと色目を使うようになり、「週刊文春」や「週刊新潮」といった権力にこび弱いもの虐めする雑誌にまで出たいと言い出した。両誌とも原発に賛成して自民党に賛成して戦争に賛成して身障者を邪魔者扱いして人権を否定して社民党と共産党を攻撃してきたことは、超有名である。

 そして、都知事選挙の結果、宇都宮候補のほうが細川候補より得票が多かった件で、勝てそうな候補を応援しただけで予想が外れたと増山麗奈は弁解した。だが、この弁解が虚偽であることは、選挙期間中に社民党らが支持する候補への中傷行為や変節発言から明らかである。
 ようするに、増山麗奈は東京から自分の家族だけで逃げ出し、仕事の基盤だった東京の拠点を失い、ちょうど子供が入学して金が要り、メディア対応で変節したあげく選挙に出るというのだから、露骨というか典型的な図式である。

 この人選に批判が巻き起こると、社民党は公式ツイートで「戦前は共産党、戦後は社会党の結党に参加した増山直太朗の孫が、『増山麗奈』さんです。増山さんは祖父の思いを受け継ぎ、『戦争しない国』『誰も一人にしない社会』をと立候補の決意をしました」と説明。
 この、これまでの候補者の言動と、立候補の決意との、壮絶な食い違いにも呆れるが、それを血統を持ち出して正当化したことには、やはりすでに批難ごうごうである。
  
 作品ではなく政治で目立とうとして時には権力にもすりよる売れない絵描きを、まず共産党が「いわさきちひろ先生と松本善明先生のお孫さんでいらっしゃるから」と持ち上げ、続いて社民党も、ということだ。

 これでは自民党のことを言えないだろう。


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by ruhiginoue | 2015-12-18 19:05 | 政治 | Comments(1)

年末の風物詩

 先日、郵便局に行ったら、高齢の女性が局員に話していた。
 「郵便局の人から電話があって、手続きが必要だから通帳を預けてくださいと言われたけど、ここに持って来ればいいのかしら。あとでうちに来るとは言っていたけど」
 「そんな電話はしませんよ。絶対に偽物です」
 と、局員に言われていた。あとは警察に言って張り込んでもらい、そこへ取りに来させるのだろう。
 こういうことがあると、年末になったのだなと感じる。また、多額の現金を持ち歩かないよう、ご用心ということだ。

 年末と言えば、長生きできるようにとのひっかけで麺類を食べる。忠臣蔵の赤穂浪士たちは討ち入り前に蕎麦を食べたそうだが、これは引っ越し蕎麦と同じで、麺類は穀物をいったん細かくしているから消化が早いようだ。だから、試合の前に「敵に勝つ」のダジャレでステーキにトンカツなんて胃にもたれることはせず、麺類が良いということだ。

 また、年末は忠臣蔵だと思っている人がいるけれど、これはNHKのドラマが影響しているといわれる。長谷川和夫の演じる大石内蔵助が「各々方」と言うさい、彼独特の口調のため「おにぉおにょぐぁた」と聞こえ、モノマネのネタだったらしい。
 そのドラマに音楽をつけている作曲家の父親である芥川龍之介は、当時は珍しかったストラビンスキーのレコードを入手してどんなものかと聴いていたら、むしろ息子の芥川也寸志が聴いて喜んでいたそうだ。
 うちにも母親が買った大河ドラマのレコードがあり、芥川也寸志「赤穂浪士」のテーマ、入野義郎「太閤記」のテーマ、武満徹「源義経」のテーマを、小さいころに聴いていた。
 昔の大河ドラマは名曲がいっぱいだったが、最近は池辺晋一郎の曲以外は、あまり面白いものがないと言う人が多い。そんな気もする。その池辺さんに、今年はサインしてもらったのだった。その晩に奥平先生が亡くなったという話もした。


 蕎麦もいいが冬は鍋焼きうどん、だが近所の華屋与兵衛に行ったら、蕎麦だけになっていた。店員によると、最近の路線変更だそうで、事情を知る人によると、昨年から系列の「和食よへい」が、うどん専科ということだそうだ。
 その近所の個人経営の麺類店は、日本蕎麦が中心だがうどんも扱い、さらにラーメンまで。こういう店は時々あるが、普段はラーメン屋なのに年末だけ年越し蕎麦を配達するというのは少女漫画だけだろう。あと、少女漫画だけで現実ではないのが、NATOが正義の味方ということ。


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by ruhiginoue | 2015-12-18 17:35 | 雑感 | Comments(0)

菊池直子さんに無罪判決

 オウム教がらみの爆弾事件で被告となっていた菊池直子さんに無罪の判決が言い渡された。彼女は、自分の運んだものが爆弾に関係があったことを遺憾としながらも、そうであるとは知らなかったので、それについて話をちゃんと聞いてもらえたことは良かったと談話していた。

 菊池直子さんは、爆弾事件で疑惑を持たれた当初、かつてオウム真理教の信者だったことだけでなく、マラソン選手であったことまで揶揄されて、「走る爆弾娘」と茶化す報道だった。マラソン大会に出場したさいの写真に、そのナレーションとテロップを付けられ、さらに変な効果音まで被せて、それをテレビで執拗に流された。
 そもそも、マラソン選手だったことは事件と何の関係もない。それに、結果として無罪判決となっただけでなく、事件に関与した疑いを持たれた段階では、当時信者だった人が関与を疑われていると報ずるのが限界であり、勝手に犯人だと決めつけるなんてことはテレビで放送してはならない。
 つまり、放送法違反をしているテレビ局のしてきたことの方がむしろ犯罪である。

 なのに犯罪者であると断定できない人を犯罪者として報道してしまい、そのうえ結果は裁判で無罪となっているし、しかも報じ方はまるで悪ふざけで、なんでそんなことをしたのかというと、ただ事件と無関係のことをこじつけて面白おかしくしようとする下らないものだった。そんなことをテレビはやっていたのだ。
 これに限らず、オウム教事件の報道で、特にテレビはその不真面目さを当時から指摘されていた。また、新聞のテレビ欄の投書には、そんなことして受けると思っているなんて、番組の製作をしている人たちは視聴者をバカにしているという指摘が載っていた。

 このように、95年のオウム教事件のころから、マスコミ特にテレビの信用失墜は著しくなっていて、つまらないし下らないし腹立たしいとまで言われるようになった。
 ほぼ同時に、コンピューターのウインドウズ95によってインターネットの時代が始まり、数年後には爆発的な拡大となり、テレビはマスメディアの王座から転落したのだ。それに、新しい技術が実用化されただけでなく、テレビは業界の構造からどうしても下らない番組が主流にならざるを得ない現実が見えてしまったのだ。
 
 ということで、菊池直子さんの無罪判決は、テレビの墓に立てる線香のうちの一本である。 



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by ruhiginoue | 2015-12-17 17:37 | 司法 | Comments(2)
 東京都が開発の三年物の債権を売り出していて、完売したらしいが、これはリスクがとても少ないので堅実な人が買っていたようだ。
 建設などの再建となるとオリンピックがらみかもしれないと言われるが、それで残念だったのがトルコだ。猪瀬都知事のイスラム教偏見発言で東京ではなくトルコに決まるかと思ったら意外にも違った。それで安堵した猪瀬知事だったが違法献金で辞任することになった。どちらにしても、トルコは期待が外れ多いに落胆してした。
 
 そして、今度はロシアと揉めている。撃墜事件で怒ったロシアはプーチン大統領が経済制裁すると言って息巻いている。
 もともとトルコとロシアは間に挟まった国の戦争がらみで険悪になることがあった。例えばセルビア戦争では、ロシアは同じスラブ系のセルビアを助けるため出兵し、トルコと戦っている。このとき兵士を励ますためチャイコフスキーは「スラブ行進曲」を作曲した。
 そういう歴史があるから、NATO軍がユーゴを空爆したさい、ロシアは激怒し、当時のエリツィン大統領が厳しく批判したうえ、右翼民族派といわれるロシアの自民党はジリノフスキー党首が義勇兵を送ってNATO軍と戦うと言い出した。
 このとき日本では、サッカーのストイコビッチ選手が試合中にNATO軍を批判するパフォーマンスをして話題になった。彼はセルビア人で、紛争のため試合に出られず日本に来ていた。そうでもなければ、あんな大選手がJリーグに、それもグランパスなんかに来るわけないと言う人もいた。
 
 ロシア軍のSU24を、トルコはアメリカから買ったF16で撃墜したそうだが、それなら今度からロシア軍はSU27の護衛付きに、というように小学生のころだったら発想しただろうが、石油がらみであろうことはまでは考えなかったろう。
 「スラブ行進曲」は、ロシア五人組と違い西洋志向のチャイコフスキーが珍しく民族主義的な曲を作ったものだが、高校生のとき、チャイコフスキーのファンの同級生に、チャイコフスキーの作品で好きな作品は何かと問われ「スラブ行進曲」と答えたら顔をしかめられた。伊福部昭の曲みたいで良いと言うと、さらに顔をしかめられた。
 そんな思い出がある。

 それはともかく、少し前に、信託銀行も兼ねたメインバンクから奨められてトルコに投資したが、ちっとも儲からなかったという人の話を聞いた。そして最近、どうもトルコはこのところツイてないのか、どうなっているのだろうかという感じだ。


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by ruhiginoue | 2015-12-16 17:33 | 国際 | Comments(0)

オカマふうのバイト仲間

 ラジオから英国のロックが流れていたので思い出した。

 かつてバイトの職場にオカマ風の同僚がいた。それが気持ち悪い型のオカマふうで、前にオカマクラブで働いていたことがあると言う。そして、その店で知り合った人たちも、そういう感じの人たちで、時々テレビにも出るオカマタレントという人がいるけれど、そういう人とも彼は顔見知りだった。

 彼は都内にある工業高校を卒業していると言っていた。工業科は男子校と決まっているものだが、学校では昼休みに編み物ばかりしていて、それで当時からオカマ呼ばわりされていたという。編み物は女性のすることだと決まってはいないが、あのニットの天才広瀬氏は、初心者のころに学校へ通っていたが、男子トイレがないので他所で済ませてから登校したと語っていた。
 
 さて、工業高校を卒業した彼はオカマクラブで働いていたが、事業を興す決意をして辞すと、資金を稼ぐためにもっと給与が良さそうなバイトを始めたという。また、彼は政治や経済にも関心があり、自宅では日本経済新聞を主に読んでいるが、これは保守的なのでバランスをとるために一般紙を併読する他に赤旗も購読していると言っていた。
 そして選挙でもちゃんと投票していると言っていたから、では先日の選挙では誰に投票したのかと質問した。やっぱり東郷健さんかと訊ねたら、「やっだーっ」とオカマ調で言い、あの人の御託は疲れるなどと批判をはじめ、その内容から会ったことが何度もあることが判った。

 また、好きな歌手はフレディマーキュリー、好きなバンドはデッドオアアライブ、と彼は言うのだが、デビッドボウイやイギ―ポップには無関心で、それは哲学的などと言われる歌詞を好まないからだった。
 そして、仕事で彼が連絡帳に書くと平仮名ばかりなので読みにくく、それも簡単な漢字が書けないから、職場の仲間たちから呆れられていた。さらに、電卓でお金の計算をするのは早いが、帳簿に記入するさいチョンボすることが多く、始末書ものであった。
  
 それで、ラジオから流れる歌を聴いて彼を思い出したのだった。果たして、事業の方は成功したのだろうか。


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by ruhiginoue | 2015-12-15 17:44 | 音楽 | Comments(4)
 都立松沢病院といえば、広い敷地に大きな建物の精神科で、それに付随して各診療科がある。ほとんど揃っていて歯科まである。
 このすぐ近くに大宅壮一文庫という雑誌図書館がある。ここにあるのは、精神病院があるからと敬遠する人がいるので、世田谷区内で土地が安くなっていたことに大宅壮一が目をつけたからと言われている。

 かつて、この近所に住んでいたため、よく大宅文庫に調べものをしに行った。このついでに、松沢病院で痛みの治療薬を得ていた。慢性の痛みに精神安定剤が効くことがあるという話は、前回したとおり。
 そして、当時はまだ医薬分業がされてなかったから、病院内の薬局で受け取れた。

 このとき目撃したのが、事故などで重傷を負った患者だけど、その痛みではなく、もう治らないという絶望感により精神を病んでいる人たちだ。障害のために失業し、社会復帰もできないという人が、自殺しないように薬を飲んでいる。
 また、自棄酒どころか自棄食いもできない人たちもいて、自分で口に運べない、口に入れられない、入れたとしても咀嚼できない、飲み込めない、消化できない、などの状態である。

 こういう人たちは、早く死のうと言うか、長生きしたいと言うか、両極端だった。

 事故など原因の始末と身辺整理が終わったら、あとは何もできないので、ほんとうに何もできないし、楽しいことも絶対にありえない身体の状態だから、さっさと死のうという人。

 太く短くは生きられないので、細く長く生きるしかないのだから、しかも細さが半端じゃないから、最短でも百二十歳は生きるつもりだし、もっと長く、できれば二百歳まで、それが無理でも百五十歳くらい生きてやるという人。 

 どちらかと言えば後者が興味深かった。
 楽しくないのに長く生きていても、もしかすると科学の進歩でクローン再生かサイボーグになれるかもしれないし、核戦争か汚染で人類が滅亡するのを見物できて、自分は子孫を残せないけれど滅亡するなら同じだと思える、ということだった。
 これは決して、ふざけているのでも、皮肉を言っているのでもなく、極限状態の人が突き抜けた想いに到達しているのだ。これに比べると、多少の達観など薄っぺらく感じるのだった。
 

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by ruhiginoue | 2015-12-14 17:33 | 雑感 | Comments(6)