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by ruhiginoue

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 前に、川島なお美が大学生の時にカンニングをしたうえ開き直る発言をして批判された、という話題を取り上げたが、そのさらに続き。

 それでも、バレるリスクは承知のうえで、カンニングをやるものが大勢いるということなら言える。
 例えば、中高一貫が受験に有利だと人気だが、中学から高校へは篩いにかけるための選抜があり、ここでカンニングする者が絶対いると、卒業した人が言っていたし、大学付属の高校では推薦入学できるかどうかが普段の成績にかかっているので、日常的にカンニングが横行していると、やはり卒業生が言っていた。

 それに、日本だけでなく、世界中で、学歴社会であれば必ず不正入試とともにカンニングが問題になっている。しかも、しばしば親がカンニングに協力している。
 前に某国で、子供に答えを教えようとする親たちが、試験会場のビルの壁にスパイダーマンのように貼り付いているところを、写真に撮られて報じられていた。みんな僅かな凸凹に足をかけて、滑ったら転落だが、命がけで子供にカンニングさせようとする親たちというのだから、それだけ学歴社会が深刻なのだろう。

 あと、まじめにやらない学生が多い私大で、留年させたら飲食店でいう「客の回転率」が悪くなり商売に差し障りがあるということで、みんなにカンニングさせるところがある。試験中に堂々と答え書いた紙が回ってくるから、みんな満点になる。

 そんなところに通っている同級生に、「明日は当てられるのでたくさん予習しておかないといけないから、今日は遊びに行けない」と言って誘いの電話を断っても、その意味を理解してくれないので困らせられたという話を前にしたことがあるけれど、それでも、そういう学費の高い私大を出ていて、それは親がしっかりしているから、という人は、就職で困ることがないようだ。実際にその同級生はそうだった。

 しかし、そうでない人がそんなところを卒業すると、いわゆる「ブラック企業」に就職して情けないことになっている場合がしばしばあるようで、複数のそういう人から、その話を聞いたことがある。


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by ruhiginoue | 2015-12-03 17:30 | 芸能 | Comments(0)
 高校でやる漢文に出てくる「此木以不材得終其天年」は、書き下し文にすると「この木不材なるを以て其の天年を終ふるを得たり」で、現代語訳すると「この木は材木にならないので寿命を全うすることができる」となる。

 続いて、鳴く鳥と鳴かない鳥とでは、どちらかを殺すとしたら鳴かない鳥の方だと説くが、これを聞いた人は、役に立つものと役立たずと、いったいどっちを生かすべきなんだという疑問を呈する。そういう話だ。

 これについてはいろいろな解釈とか説があるけれど、高校の授業に出てきた時、「真っ直ぐでない木は材木にならないけれど、そのおかげで伐られずにすむ。だから人間も、素直であることは良いことのように言われているけれど、実は命とりになるぞ」という戒めだろうと思った。従順でないため就職できなくても過労死しないし、軍隊でも戦死しない。
 なるほどなあと感心していた。

 ところが、教師から怒られてしまった。そんな斜めから見るような発想をしてはいけないと言う。しかし、そうでなければ哲学として語る意味がないし、読んで解釈する面白さがなくなってしまう。
 これは一例で、そんな面白くないどころか面白さを抑圧される授業だから、退屈を通り越して苦痛だった。それなら、とにかく返り点と置き字と再読文字というように受験に特化してくれたほうがまだいいのだが、それはしないで薄く表面の字面をなぞる話を、訓話めいた調子で説かれてしまう。

 それでも、授業がつまらないだけなら我慢すればいいが、この教師は担任でもあり、生き方についてまで、言いなりの流されっぱなしであれという考えを押しつけられるから、これだけでもノイローゼになりそうだった。

 しかし、同じ組だった同級生はこう言う。
 「あの先生には感謝しなければいけないんだ。そうしたご指導があったお陰様で、今こうして可もなく不可もなく平凡で幸せな人生を送っているのだから」
 「人生いろいろ」ってことだろう。

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by ruhiginoue | 2015-12-02 17:52 | 文学 | Comments(10)
 先日、七十年代に団地で起きたピアノが原因の殺人事件をとりあげたが、この時代からの建物の多くはまだ修繕しながら使われている。そのさい例えば窓枠を鉄からアルミサッシに変えるなどする。こういうことは住民も歓迎する。

 ところが、維持費が増えるとなると事情が異なる。特にエレベータの無かった建物に後から設置すると、電気料金の負担が急増するので、住民から反対が出る。もとは、高齢者や身障者が入居するなら低層階にし、高層階に住む人が高齢化したら低層階への住み替えという対応をしてきた。
 ただ、住み替えがうまくいかないことが多いらしい。それで、高層階に住み高齢化した人はエレベータを歓迎するが、そもそも庶民の中でも下層に属する人向けの公営団地なのだから、反対が多く出る。

 しかも、電気代だけでなく家賃まで値上げされる。莫大な公的資金を投入して各地にエレベータが建設されることで業者は喜び、家賃を値上げする口実ができる。このように、公営住宅が商業的経営に走ることは、昔から批判されてきた。
 だから、住み替えをもっと促進し、エレベータの設置をするにしても、家賃は値上げしないようにするか、それも難しいならせめて低所得者への減免を拡大し、すでに減免を受けている人は家賃を据え置きにするようにという要望が出る。

 ところが、この切なる要望を無視し、困ると言っている低所得者をワガママと非難する全体主義的発想をしたうえ、エレベータ設置を声高に叫びビラまきしているのが、日本共産党の議員たちである。こんなことをするから、住民のなかで村八分や嫌がらせが起きてしまう。
 これに対して、弱者への配慮を要望しても、日本共産党の議員や党員の団地自治会役員らは無視する。そして、居住設備をよくすることは基本的人権を尊重する公的責任であるという共産党のスローガン「住は人権」を、まるでオウムか九官鳥のように繰り返す。
 その言葉に意味があるのは、低所得者の負担を増やさずに住宅環境が改善される場合だろう。そんなこと考えずに、共産党員たちは組織の上から指示されたとおり口移しするから「ジューワジンケン」「ジューワジンケン」と咀嚼されない言葉が踊る。

 それにしても、なんで弱者の叫びを無視するのか。
 まず団地には創価学会員が多いので、共産党は縄張り争い票争いで、とにかく設備充実に党が尽力したと宣伝したいから、その中身まで深く考えていないようだ。
 また、低所得の人は困るが、生活保護を受けている人は家賃免除なので値上げは関係なく、設備が良くなるとしか思わない。そんな人たちの支持を得たいだけらしい。

 つまり、福祉の受給者を利権と化し、低所得者を苦しめているのだ。そして、こういうことを日本共産党がしているから、低所得者が生活保護受給者を憎み、そこへ自民党の片山さつきのような者たちが付け入るのだろう。
 

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by ruhiginoue | 2015-12-01 17:50 | 政治 | Comments(2)