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by ruhiginoue

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 TPPの問題で、ほんとうは反対したいところなのだが、日本の農業と国民皆保険制度が崩壊するという批判があり、それで逆に賛成したくなったと述べたことがある。これは皮肉ではなく、実態がひどすぎるので本心である。

 かつて佐高信は「究極の選択」という意味で「ダーティーなハト派とクリーンなタカ派」と言い、前者の代表例として田中角栄総理大臣、後者の代表例として小泉純一郎総理大臣を挙げていた。
 そもそも、こんなことを比較することに意味があるとは思えないうえ、例が事実と違う。田中総理は単に対米追従ではなかったというに過ぎないし、小泉総理のような厚生族の汚さは土建屋の比ではない。
 
 ところで、日本は農業国だったし瑞穂の国ともいわれてるから畑や田んぼがあって当たり前だというけれど、そうなってから貧しくなったとも言われている。労働がきつくなり貧富の差も発生した。これを他民族にも強要し、狩猟民族のアイヌから土を奪い、「同化」と農業を強いておいて工事をするのためなら取り上げ環境破壊をする。

 こんな残酷非道なことを、どうして平気でやるのか。CWニコル氏は「日本人は自然を憎んでいるのか」と言って憤ったが、実際に憎いのだ。農耕をする前の日本人はアイヌのように自然と共生して恵みを受けていたから自然に感謝していたが、苦労ばかりするようになってしまったのだから嫌いになって当然だ。
 とくに「貧農」と言われる人は、憎い自然を破壊したうえ公共事業の利権にありつければ、精神的および経済的に満足ということで一石二鳥だ。田中角栄や鈴木宗男といった政治家たちとそれを支持する田舎の人たちの捻くれた心情である。

 このように農業を全否定も可能だが、それは極論だという立場をとるにしても、今の日本の農業は経営的に問題がありすぎるうえ健康面でも農薬の使い過ぎなど外国よりひどいという認識になる。

 それで、農業は日本にとって諸悪の根源だから、アメリカとそれを支配する多国籍企業の圧力による農産物輸入の自由化は実は救世軍であると、皮肉ではなく言う人が昔からいたのだ。狩猟採取生活に完全に戻ることはできないが、産業化によって農業から日本は解放される。とくに稲作なんてしなくなれば天皇も神道も否定できる。

 これは国民皆保険制度も同様である。(つづく) 



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by ruhiginoue | 2016-05-21 17:53 | 経済 | Comments(7)
 防衛医大の医療過誤で訴訟をしている当時、「そんな人が住んでいたら災害のとき自衛隊が来てくれなくなる」という悪口を言いふらす人がいて、その人はもともと何か口実をもうけて「村八分」のようなことをしたがる困った人であると、地元の人たちが言っていた。

 そして、これに怒ったのが知り合いの自衛官であった。自衛隊の機関も含めて国にもミスはあり、その損害の賠償を求めて裁判に訴えることは国民の正統な権利であり、いやがらせで任務のサボタージュを自衛隊がするなんて許されない。こんな当たり前のことが解らないわけない。自衛隊をバカにするな、ということだった。

 これに対し、あの田母神俊雄という元航空自衛隊の頂点にいた人は、反自衛隊として徹底的に監視するよう部下に命じたと公言したうえ、自衛隊の内部のことについても、セクハラ被害を訴えた女性の自衛官を侮辱していた。
 
 同じ自衛官でも差があるものだが、タチの悪いほうが組織の上に行き、それで思いあがって受け狙いの発言をしたうえ選挙に立候補すると資金の不正を行い、これに支持者たちは落胆し、ついに田母神俊雄は逮捕された。
 後から不正が発覚して裏切られたとか言っても、もともとその言動に問題があったのだから、その問題を見抜けなかったのが悪い。

 村八分をしたがる者や田母神俊雄と同じ陰険な感覚の者が産経新聞にいる。
 ピースボートという社会科見学ツアーが、海賊から自衛隊に守ってもらっていると非難して続けているのだ。ピースボートはNATO軍の御用記者となって侵略戦争を煽る元朝日新聞の川上泰徳が講師として乗り込むなど、今ではすっかり平和を考えるものとしては偽物に堕ちているが、産経の中傷は見逃せない。

 そもそも、なぜ自衛隊の派遣に反対なのか。それは、艦船からして海賊対策としては不向きであるから他の対策をすべきで、非効率にもかかわらず自衛隊を派遣するのは戦争がらみの前例を作る政治的な意図があるはずだ。ということだった。
 なのに決まってしまった。そうしたら、過去に異論を唱えたことで、公的機関からの恩恵は一切受けるな、というのが産経の主張だ。非常識にもほどがある。政府に意見を言うのも公的機関の恩恵を受けるのも、どちらも国民の正統な権利だ。まったく産経新聞はファシストである。

 あの映画『紅の豚』では、飛行艇を使った強盗の「海賊」というより「空賊」が船舶を襲撃すると、元イタリア軍人の主人公が戦闘艇で撃退を請け負うし、船によってはそのための艦載機があり自衛していた。
 その当時のイタリアはファシスト政権になっていて、だから主人公は軍に戻らず「赤」であると自認しているわけだが、もしも、それらの護衛や自衛をやめさせて、ファシスト政権が軍を出動させると言い出し、これに反対した者たちは守られてはならないと言い出したらどうか。産経新聞のピースボート中傷は、これと同じことである。



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by ruhiginoue | 2016-05-20 12:34 | 社会 | Comments(0)
 オリンピック誘致の買収疑惑が持ち上がっているが、もともと何気ない買収ならあったといわれている。
 たとえば、「アンケートにご協力を」と言って、用紙とともに記入用の筆記具が渡され、記入した用紙を回収したら、筆記用具は持ち帰ってけっこうですということがある。こういう場合の筆記具は百円もしない景品用のボールペンなものだが、それが何万円もするモンブランなどの高級万年筆だったりするから、明らかに賄賂である。

 ところが今回の買収疑惑は億単位の送金というから本格的で、そうでもしないとオリンピック開催権を「落札」できなかったのだろう。東京に決まったとき、なぜかと不可解に感じた人は多いはずだ。
「そういうことだったのかと」いうわけだ。
 
 もとは石原都知事が基地問題で「横田基地返還」をぶちあげて、「首都のど真ん中を外国軍基地が占領しているなんて国辱」と息巻き人気取りしたが、その実現が無理なのでオリンピック誘致の話をはじめて話題を逸らしただけだったはずだ。そんなことに都の財政を無視した大金を投じた。

 ここで送金したのは、宣伝をとりおこなう「電通」だったが、外国の報道と違って日本のマスコミは電通の名を出さない。

 日本でも人気があるアメリカのドラマ『奥サマは魔女』で、ダーリンは広告会社に勤務していて、商品の宣伝からひと騒動あるのが見せ場と風刺になっているが、こういうことが日本はできない。日本の業界は広告代理店の競争がなく、電通の独占にちかい状態だからだ。
 これも有名な話だが、かつて日経連の土光会長が東芝の会長だった当時「電通は東芝のために一生懸命やりますと言うが、松下も日立もみんな引き受けているじゃないか」と言った。だから日本では「比較広告」も存在しない。

 それで、広告収入という弱点を握っている電通の名をマスコミは出せない。こうした実態を田原総一朗が『電通』という本にしているが、これが表玄関からの取材なら、裏玄関からの告発調だったのが大下栄治の『小説電通』で、文庫の解説は佐高信だった。「影の情報省」「電通CIA」「マスコミ御庭番」と皮肉られていたし、本多勝一も朝日新聞の記者時代に電通の影響力に言及している。
 
 こうしたマスコミと電通の関係が、オリンピックがらみで外圧もあって暴露されるなら、実に面白い展開であるから、それを期待したい。


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by ruhiginoue | 2016-05-19 17:47 | 体操 | Comments(0)
 オリンピック誘致の買収疑惑が持ちあがっている。日本からヨーロッパに億円単位の送金があったという。フランスの司法当局が捜査しているそうだ。

 それで思い出したが、かつてリビアがフランスとの石油事業を有利にするため、とうてい無理そうにな人に選挙資金を渡して大統領にしたという噂があった。そうしたら実際にリビアの実力者カダフィの息子が「サルコジは私が大統領にしてやった。送金の記録もある」と明言した。サルコジなんかが大統領になれるわけないのでおかしいと思った人は多い。アメリカのブッシュジュニアよりひどい不真面目の劣等生だった人だ。フランスはいったいどうしてしまったのだろうか。
 これで焦ったのか、フランスが中心になってNato軍はリビアを攻撃した。

 こういうことがあると日本も何か危ない感じがする。

 また、日本が送金した相手はいわゆるぺーパーカンパニーで、公営住宅の一室にあった。一流のコンサルタント会社だから相談をして相当の料金を払ったというのが日本側の説明だったが、そんな会社が団地の一室にあるわけがなく、賄賂としか思えない。

 これで思い出したが、かつて選挙の前に、日本共産党が北朝鮮と裏で結託しているという「告発本」が出版され大金を投じた大々的な宣伝が行われ、この内容が嘘であると日本共産党は猛反発していたが、その発行元は団地の一室だった。そんなところにある会社に潤沢な資金があるわけないから、どこからか流れ込んでいるのだろうといわれていた。

 ふつう、公営住宅で商売するのは鍼灸や整体で、座頭市のように自身が身障者ということがあるから住宅局も容認しているのだ。しかし団地の一室にある出版社も時々存在している。もともと、本を製造するのは印刷とか製本を外部の会社に委託をしているから、編集作業は机があればよく、あとは連絡用の電話くらいで、さらにパソコンとインターネットのおかげで場所は不要だからだ。
 よく、自宅兼事務所というのがあるが、生活の部屋から仕事用の部屋の割合の分だけ家賃を必要経費とすることもできる。これは自分でもやっていた。最初は知らなくて、よくある起業相談の人に教えられた。
 
 しかし、その程度の事務所の会社に、億単位の入金はないはずだ。あったら如何わしい筋であると思うべきだ。

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by ruhiginoue | 2016-05-18 17:43 | 体操 | Comments(15)
 先日、アメリカの俳優マイケル ダグラスが日本の原爆禍に言及したそうだが、彼の父親カーク ダグラスは盟友のバート ランカスターとともにアクションスターであると同時に反骨の人であった。
 その影響を受けているので、例えば原発を告発した『チャイナシンドローム』の製作に加わり出演していた。

 マイケル ダグラスの主演作に『ブラックレイン』がある。これはSFみたいな刑事ドラマだった。監督はリドリー スコットで、その前にSFの刑事ドラマ『ブレードランナー』を撮っていた。音楽はシンセサイザーのヴァンゲリスで、悪役に扮したルトガー ハウアーが印象的だった。
 ルトガー ハウアーはその前に『ナイトーホークス』でテロリストに扮し、シルベスター スタローン扮する主役の刑事を食ってしまったと言われた。音楽はキース エマーソンで、これもSFみたいな刑事ドラマと言われた。

 SFみたいな感じがするのは、ヨーロッパからアメリカに潜入したテロリストは手術で顔を変えて執刀医師を殺害しているため人相が不明という設定のためだ。日本でも逃亡犯が手術で顔を変えていたという事件があり、この映画を連想させるということは拙書『華麗なる美容外科の恐怖』でも写真入りで言及したとおり。

 『ブラックレイン』は、アメリカで殺人事件を起こした日本人ヤクザを追う警官の話で、大阪を舞台にマイケル ダグラス扮する刑事が高倉健の扮する日本の警官から協力を受けて捜査をする。そのヤクザに扮する松田優作の凶暴そうな演技が話題となり、名優ロバート デニーロが共演したいと言うなど国際スターへのきっかけとなったが、そこで病に斃れたのだった。

 この映画の題名は井伏鱒二の小説『黒い雨』と同じで、空襲の後に舞い上がった黒煙のため黒い雨が降るという意味だ。ただし原爆ではなく大阪の空襲である。
 この思い出を語る若山富三郎の扮するヤクザの親分が、戦争で破れた日本にアメリカが自由とか個人の尊重などの価値観を押し付けたので、あの松田優作の扮する佐藤のような仁義もなく利己的な日本人が発生したと、まるで今話題の「日本会議」のようなことを言う。

 それに対する回答として、マイケル ダグラス扮するアメリカ人の刑事は、佐藤を追い詰めて射殺することもできたのに、同僚を殺害されて憎いのだが、その気持ちを抑えて生かしたまま逮捕し手錠をかけて日本の警察署に連行すると、法の適正な手続きに則り被告人の基本的人権を尊重して裁判を受ける権利を行使させる。
 これができなかったから、日本は軍国主義に走り戦争で敗北したということだ。

 この意味が理解できなかった観客もいた。主人公が人道的な行動をとっただけなら、わざわざほんの一場面のセリフ一言が題名になるわけがない。この要点を捕らえ損なうとドラマの本質が解らず面白さが半減してしまう。

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by ruhiginoue | 2016-05-17 12:00 | 映画 | Comments(0)
 石原都知事の税金を使っての豪遊にマスコミは及び腰であったが『赤旗』は徹底追及した。しかしそれで勢いづいた共産党を『週刊金曜日』が攻撃した。同誌の佐高信が、共産党が支持を広げるくらいなら石原を応援するというような態度だったと某編集者に聞いた。
 これについて、同誌の副編集長が否定しようとしているようなツイートをしていたが、おかしな話だ。誰が言ったのか心当たりがあるからわざわざ言及したのかもしれないが。
 それが前回だった。

 その続きである。
 もしも、この話に対して否定しようということなら、まるで無意味なことだ。この件で同誌に勤めていた人の受け止め方について、それが誰であり当を得ているかというのは問題ではなく、当時の同誌面が周知のとおり実際にそんな内容であり、佐高信は石原慎太郎に対峙したらオドオドビクビクしていたことは語り草だし、佐高信と同じかそれ以上に似非左翼として悪名高い山口二郎の非常識な誌上発言などがあり、非建設的でムダな対立を煽るだけだったことが問題なのだから。

 また、『週刊金曜日』には辻本清美議員の国会報告が連載されていたが、国会議員の議会報告をするなら超党派とか各党とかの方が読者にとっての情報として有益だと指摘や進言が編集者からあったそうだ。当然のことだろう。
 しかし実際には佐高信の贔屓する社民党の独断場となっていた。こんな事実も同誌の編集者から聞いている。

 それに、佐高信の似非反権力と反共という態度は彼の前職である総会屋雑誌そのもので、それが反映したような誌面を、まともな社会派雑誌を志向する編集者なら憂慮して当然だ。しなかったとしたら、そのほうがむしろ問題だ。
 なにより、実際に佐高の影響である以外にほとんど考えられない形で週刊金曜日の誌面が異常なほど非常識になっていた周知の事実があるのだから、それを関係者が嘆かわしく言うのは当然すぎる。
 これを副編集長が否定したがるとしたら、そのほうがよほど奇妙である。

 しかも、その後も佐高信は都知事選挙で、週刊金曜日の仲間であり贔屓の社民党も支持する宇都宮候補を「成仏しないでまた出て来た」と公然と侮辱し、やはり週刊金曜日の仲間であるはずの本多勝一が70年代すでに虚飾の偽物と指摘した「むの・たけじ」と一緒になって細川と小泉の猿芝居を応援していた。
 このような佐高であるから、その態度を週刊金曜日の関係者が批判して当然であり、しないほうが不自然だ。

 そして、今度は舛添都知事が問題となったら、石原はもっとだったという話になり、そのさい大手マスコミと違ってちゃんと追及した共産党を週刊金曜日は攻撃したという動かしがたい事実が蒸し返されるというわけである。

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by ruhiginoue | 2016-05-16 17:35 | 政治 | Comments(1)
 舛添都知事が別荘に行って仕事するついでに温泉にも浸かるさい公用車に乗っていたと批判されると、職場に戻らないで自宅に帰るなら乗らないなど自分なりにケジメをつけていると釈明していた。
 これを橋下徹元府知事が批判したから、そういう手前はフィットネスクラブに行くさい知事の公用車を使って批判されていたくせにと指摘されているし、舛添都知事の政策を支持するかどうかは別にして、橋下知事と石原知事および後継者の猪瀬知事なんかよりは仕事ぶりが真面目だという指摘もされている。

 また、税金を使うのだから、なるべく節約しないといけないと思って、いつも飛行機はエコノミークラスを使用しているという県知事の発言も注目されている。東京都と大阪府で、こういうことがあるからだろう。

 それにしても、舛添都知事は石原都知事に比べると遥かに控えめである。かつて、石原都知事が税金を使って豪遊して回り、都庁舎に登庁するのは週に3日くらいだということで批判されたが、この時マスコミが脅しや懐柔をされて追及しなかったことも問題になった。

 しかし、日本共産党の機関誌『しんぶん赤旗』は石原都知事が税金を使い贅沢三昧している実態を厳しく追及し、これで石原都知事はかなり困っていた。これをとりあげた週刊朝日は見出しを「慎太郎は『赤旗』に白旗か」と付けたほどだった。

 ところが、これで勢いづいた共産党に対し『週刊金曜日』が攻撃を始めた。共産党が何をしても無駄とか邪魔なだけだから引っ込めとかいうひどい中傷だった。
 これについて、機会あって同誌のある知り合いの編集者に問いただしたら、中心になっている評論家の佐高信が社民党びいきの共産党ぎらいがゆきすぎで、石原批判によって共産党が支持を広げるくらいなら石原の応援をするほうがいいと言うも同然の逆立ちした発想に陥っていると言っていた。

 これについてツイッターで触れたところ、同誌の副編集長が否定しようとしていると思われるツイートをしていた。それを知り合いに教えられて読んだら、具体的に名指しはしていないが、そうかもしれないという内容ではあった。
 この副編集長とは大勢いるところで同席したことはあるが、もし否定しようとしたなら無意味なことである。これは次回に述べる。

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by ruhiginoue | 2016-05-15 17:33 | 政治 | Comments(0)
 冨田勲がFM放送に出演して作曲の勉強をしていた当時の話をしていたのが印象的だった。彼は付属から慶応大学に進み、音楽大学ではなかった。
 彼が付いていた先生は、冨田勲の習作の楽譜を見て、このような楽器編成にしたらこんな感じの響きになると言い、似ている曲を的確に判断してレコードをかけて聴かせたそうだ。これが大変に勉強になったと言っていたが、ほんとうによい先生だと思った。そんなふうに指導してくれる人はなかなかいない。

 あと、冨田勲の曲は開始の冒頭が良いが、特に『新日本紀行』やSFの主題歌のイントロが強烈だった。『キャプテンウルトラ』『マイティジャック』『空中都市008』など爽快だ。
 観た記憶がほとんどない『008』は、なぜかレコードが自宅にあった。これは『サンダーバード』を意識した小松左京原作のSF人形劇で、中山千夏とか松島トモ子など声の出演をする人たちが主題歌と挿入歌を唄っていた。
 そこで『アラームロボットの歌』というユーモラスなメロディとノリノリのリズムの歌もあり、小学生のとき気に入って唄っていると、なぜか親や教師から叱られた。こんな歌だ。

 ♪子供は、子供で、子供だから気ままに愉快に暮らすが良い。勉強したくないときは、無理して勉強することない。コンチクショーと思ったときは、先生の言うこときくことない。
 ♪嫌いなオカズの夕ご飯、無理して食べたりすることない。コンチクショーと思ったときは、オヤジやオフクロ知ったこっちゃない。
 ♪子供は、子供で、子供だから気ままに愉快に暮らそうよ。

 昔はNHKもこんな歌を許容していたのだった。


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by ruhiginoue | 2016-05-14 17:30 | 音楽 | Comments(0)
 作曲家の冨田勲が亡くなった。

 作曲家であると同時に電子音楽の名手としても知られていた。
 その代表作はホルストの組曲『惑星』をシンセサイザーで演奏し4チャンネル録音したレコードだろう。これを幼稚園から中学まで一緒だった同級生が持っていて、彼の自宅で聴いた。それより後から元の管弦楽版を聴いた。

 この『惑星』のレコードは輸出されて、かなり人気があったらしい。
 そのためだろう。『地獄の黙示録』の音楽は全編シンセサイザーだったが、フランシス コッポラ監督は冨田勲に依頼したいと考えて実現せず父親である音楽家のカーマイン コッポラが作曲した。

 また、『エイリアン』の撮影現場では雰囲気づくりに『惑星』を流していたから、リドリー スコット監督は冨田勲に作曲を担当してほしいと希望したが、製作者が知らなかったのでハリウッド映画の作曲家が担当することになり、その後、音楽の使い方の齟齬から担当したジェリー ゴールドスミスをリドリー スコットが怒らせてしまい、スコットは非を認めて謝罪したのにゴールドスミスは納得しないどころか「火に油」だったという。
 そのため、『エイリアン』のDVDでは音楽の違いが比較できるようになっている。昔、どうして映画とサントラ盤とで音楽がこんなに違うのかと疑問に思ったものだった。

 そのような電子­の駆使から、冨田勲はSF映画の音楽をよく書いている。あとは手塚治虫のアニメや『新日本紀行』が知られている。これらの作品は人気があるので新しく録音されたが、このさい冨田勲は言っていた。昔は演奏に難儀する部分も今の人たちは上手で楽々だったと。確かに、FM放送で新進の演奏家のライブを聴くとみな上手で、それに比べると昔の「名盤」の「名演奏」「名録音」はどれもヘタクソだ。SEALDsの若い連中と全共闘の老人くらいの差があるのだから仕方ないだろう。

 次回も冨田勲について続く。

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by ruhiginoue | 2016-05-13 17:42 | 音楽 | Comments(2)
 前回に続いて『かわいそうなぞう』の話。

 この「実話に基づく反戦童話」は、自分の小学生の当時に教師から教室で読んで聴かされた記憶がある。しかし、のちに色々な本や映画や新聞記事から、この話は事実と違うし問題があると知った。

 まず、軍の命令に抵抗する飼育係もいて弾圧された事実があり、これは少年雑誌に掲載された漫画ですら描いていたし、仔象の花子の映画では殺害を命じる軍人に飼育係が「身体は大きくても花子はまだ赤ん坊です。赤ん坊まで殺さないと日本は戦争に勝てないのですか」と命がけで抗議している場面があった。

 また新聞の記事も詳しく検証していた。当時同盟関係だったナチスドイツの役人ですら「檻が破れるほどの爆発があれば中の動物は絶対に死んでしまう」と指摘し、日本軍のやっていることは無意味で不合理で残酷だと呆れかえったこと。動物が死んだことを可哀想だとしながら敵を憎めというプロパガンダがなされ、それにそそのかされた若者から、戦争で頑張って戦うという手紙が来たことを軍が広報していたこと。などなど。

 ところが、戦後になって学校では『かわいそうなぞう』が重用されていた。これは戦争責任を誤魔化す政治的な意図もあったかもしれないが、それより教師という職種には特に蒙昧な人が多かったということではないかと、教師たちの他にも色々ある呆れた言動から感じてきた。

 そしてテレビドラマでは、学校ドラマの人気番組『熱中時代』で水谷豊の教師が『かわいそうなぞう』を教室で読んで聴かせると児童たちは涙ぐむだけでなく、給食で好き嫌いをしていた児童が反省して嫌いな野菜も食べるという下らないオチがついてガッカリした思い出がある。

 しかし『ドラえもん』の特番長編は良かった。「とても可哀想だったけど戦争だったから仕方なかった」という父親らの話にのび太が激怒し、ドラえもんの力を借りてタイムマシーンで象を助けに行く。そしてインドの山中に逃がす。何年も経った後に象と再開する感動のオチもあった。

 ここで重要なのは、タイムマシーンは非現実だが、それは問題ではなく、大人が理不尽に対して変にものわかりがよくなってしまい、これに優等生ではない主人公がそれゆえ怒るという部分だ。 

 だから優等生であることはやめるべきだ。


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by ruhiginoue | 2016-05-12 18:04 | 社会 | Comments(10)