井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

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 稲田朋美防衛相の白紙領収書が追及されているなかで、政治資金で外食を年間276万円もしていることが報じられている。
 こういうことは昔からあって、特権的な地位にいる人がその立場を利用して庶民から乖離し、そこから様々な社会の不正が発生する原因になっているから問題なのだ。
 
 ところが、高校の頃、政治家が地位を利用し贅沢し美味いもの食っているという問題について話をしていたら、担任教師に叱られてしまった。美味しいものを食べたいと思うから嫉妬心が生じる。慎ましく感謝の生活を心がけていれば社会に批判的にならないと大真面目に説教するのだ。

 また、その先生から気に入られている高校の同級生は、味覚音痴に産んでくれた親に感謝していると言った。何食ったって美味いから貧乏でいい。政治に、社会に、なにも不満がない。自分がよければいいという問題ではないんだが、そこがわかってない。
 しかし、弱い者がさらに弱い者を叩くことはする。
 
 先日、Twitterを見ていたら、精神病で生活保護だという男の実名と顔写真を載せたアカウントがあって、他の生活保護受給者をバカにしていた。例えば、刑務所の献立みたいな自分の食事の写真を載せ、こうやって安く栄養とっていると言い、これができない奴はどうせ生活保護費で酒を飲んでいるんだろうと嘲っていた。
 これは究極的かもしれないが、今の状態に満足していると言う者など、実は無理して思い込んでいるだけで、その証拠に、そんな人は必ずどこかで自分より弱者を見下しているものだ。満足している人なら、そんなことする必要はないのに、絶対にやっている。

 だから、担任教師の言うことに素直な同級生は、社会に不満を持たず政治を批判しないが、弱者を見下すことに悦楽を感じている。
 先日、沖縄の基地問題で弾圧に来た機動隊員が地元住民を「土人」と罵倒したことで官房長官も不適切だとし、やはり沖縄は植民地だと再認識されたが、この時代錯誤の差別用語を、かつてその同級生は会食の席でイラク情勢にからめて使用した。

 「クルド人が難民になって来る土人」そして「ギャッハッハッハッ」と笑った。

 そんなのが面白いと思う人と一緒に飲食したら楽しくないどころか不快すぎて健康に悪いから付き合うのやめた。そのとき同席していて一緒に笑った他の同級生とも。




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by ruhiginoue | 2016-10-21 10:21 | 政治 | Comments(6)
 これまでノーベル文学賞に選ばれたけど受け取らなかったのは二人だが、パステルナークは政治問題になることを恐れて辞退、サルトルは反体制反権威なので拒否、そしてボブ ディランは無視、ということか。

 そういえば、歌詞が文学賞の対象になりうるなら、なぜ生前ジョン レノンは候補にあがってこなかったのだろうかというと、たぶん英国からもらったMBE勲章を返還したから、もしかするとノーベル賞も受け取らないのではないかと考えられたためかもしれない。そう考える人もいる。
 それというのも、勲章を返すさいジョン レノンは英国がベトナム戦争でアメリカを支持したことに抗議すると言ったけど、後に「勲章なんて恥だと思った」と言っているのが記録映画『イマジン』の中にあったからだ。

 そこには他の賞と違い国が与える勲章というものの性質もある。芥川龍之介が「なぜ軍人は酒にも酔わず勲章下げて歩けるのだろうか」と皮肉を書いていたが、ジョン レノンは「戦争の英雄は人を殺して受賞している。人を楽しませたほうがよほど正当な受賞理由」と言って若者の喝采を浴びた。だが、本当の受賞理由は外貨とくに米ドルを獲得して英国経済に多大な貢献をしたからだった。

 また、川端康成が選ばれたのは、他の日本の作家に比べて素直に受け取り政治的に問題ない人だったからとも言われている。大岡昇平は「ノーベル賞に選ばれたのが師匠の川端康成ではなく弟子の三島由紀夫だったら、川端も三島も死ななくて済んだ」と言い、翻訳されて海外に紹介されたらノーベル賞だと言われていた『橋のない川』は、ドナルド キーンらが訳したいと申し入れていたのに、作者の住井すゑは「『雪国』なんかが文学だと思っている人に私の小説は訳せない」と、あいかわらずの毒舌だった。

 あと、大江健三郎はノーベル賞のご褒美に文化勲章という変なシキタリを拒否し、外国の賞はもらっても日本の賞はいらないのかと言われた。同じことを言われたのが黒澤明で、アカデミー賞など世界中の映画賞をたくさん受賞しておいて日本アカデミー賞はボイコットしたためだが、日本アカデミー賞は評判が悪いというだけだ。これは北野武も受賞しておいてその記者会見で皮肉を言っていたほどだ。

 やはり素直にもらっておいて皮肉を言ったのは伊福部昭もそうだった。いまさら国が何の用だと思ったら受賞の知らせなので良かったと思ったが、最初はイラクに行く自衛隊を励ます曲を作れと言われるのかと思ったとチクリ。
 ただ、戦時中は軍から委託というが実態は命令で拒否したら殺されるかもしれなかったという思い出を続けて披露し、笑いを取りながらも冗談ではすまないと言ったのだった。

 その大江健三郎が受賞というさい、ノーベル賞は市民がくれるもので国があたえる勲章とは違うという説明をしていたが、あまり説得力はなかった。
 そんな大江健三郎がせこい処世術をしているという批判は昔からあり、そこで大江を批判してきた本多勝一は賞なんて愚劣なものだとも言い続けてきたが、実は若ころにかなり華々しい受賞歴であり、ボーン上田国際記者賞や日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞その他を受けている。
 ところが、これらを多くの記者たちが得意になってひけらかしているのと違い、著書の裏付けにある著者紹介欄などにも記載しないでいる。
 そして前に受けた菊池寛賞を文芸春秋社に拒否して送り返したり、新聞協会賞はもらっていなかったが、それを「残念」とし、なぜなら今年の選考がひどかったので受賞していたら返して抗議の意思を示せたのにと言ったり。

 ということで、賞はもらうよりいらないというほうがカッコイイが、フランスの勲章として最高位にあるレジオンドヌール勲章を拒否した人は「レジオンドヌールは受賞を拒否するだけでは十分ではない。受賞に値しないことが肝要である」と言っていて、もともと勲章にはそういう性質があるけど、特にこの賞はそれなりの知名度でも俗物という人がもらうものだからというわけだ。
 それで外国人としてもらうのが北野武ということであるから、それだと違和感がない。



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by ruhiginoue | 2016-10-19 22:52 | 国際 | Comments(7)
 よく言われることだが、体育会系の指導者が「やる気がない奴は帰れ」は本気ではなく、その証拠に、本当に帰ると指導者はブチきれるものだ。
 いっぽう文化系などの指導者が「やる気のない人は帰ってほしい」と言うのは、まず本気であり、その証拠に「こちらも迷惑だし、そっちも無駄でしょう」という意味のことを続けて言うものだ。
 ではなぜ、よく体育会系の人にみられるように、本気でないことを言う人がいるのか。これは相手から謝罪を引き出そうとしているからで、このため、しばしばそこから鬱陶しいやりとりに発展してしまう。

 この典型で、そこから深刻な事態になったことが、防衛大で体育の授業中にあった。これは何年も前のことだが、報道もされたので記憶している人もいるだろう。それはプールで水泳の授業をしている時のことだった。
 
 「やる気がないなら帰っていいぞ」と教官が言ったので、ある学生が「じゃ帰ります」と更衣室に向かった。これを教官が追いかけた。
 「本当に帰るな」
 「嫌み言うことないでしょう」
 という喧嘩になり、感情的になった教官が学生を殴ってしまい、これにブチ切れた学生がやり返してしまった。
 これで教官は顔の骨にひびが入るか陥没するかの大けがをしてしまった。屈強な防衛大の学生の力が強かったのか、打ちどころが悪かったのか、両方かもしれないが、このあと学生は自主退学したそうだ。
 そして新聞の記事になり、見出しは「防衛大で教官に学生が反撃」
 これは防衛大でのことだから「反撃」という見出しになったが、先生が先制攻撃してしまったし、生徒が正当防衛ということではなく過剰な報復をしてしまったのだから、どちらにとっても恥ずかしいことだ。

 これについて、上意下達で服従するのが当然だという者が必ずいる。これはどこに問題があるかをわかっていないからだ。
 そんなこと言うまでもなく、もともと、ある枠組みの中では指導者に従って当たり前だ。法的には「特別権力関係」というが、指導する立場の者であれば、その権限があるのだから厳しく評価したり命令したりしてもいいし、それに納得できるかどうかとは別に、まずは指導される者が甘んじなければならないものだ。
 ただ、人の上に立って指導する者に嫌味や皮肉は相応しくない。軽い気持ちで使用する常套句としても、本気ではない分いやらしくなる。だから「もっと気合を入れてやれ」と言うべきところで「やる気がないなら帰ってもいい」なんて言うべきではないということだ。

 これは、指導を上手にやらないといけない、指導者には威厳と品位が必要だ、というだけの問題でない。よく、わざと人に不快な思いをさせて、それを我慢させることで自分の立場の優位さに酔う自己満足をする人がいる。これは指導的立場にありながら不真面目なのだ。
 だから、逆に、嫌味や皮肉を上から下に向かって言う人こそ、やる気がないなら去るべきではないか、ということになるのだ。




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by ruhiginoue | 2016-10-18 21:45 | 雑感 | Comments(4)
 外国人観光客を迷惑がる態度により寿司屋と市電が問題になっているが、これは後から態度が豹変するはずだ。外国でも、最初は観光客を煩わしく思っていても、利益になるので後から歓迎の態度に変わった例がある。
 例えばアメリカの日本に対する態度がそうだった。アメリカ人は、日本人の観光客がカメラぶら下げてやってくるのに対して好感をもっていない人がよくいたものだ。

 その中で、かつてハワイは日本で憧れだった。景品の一等賞とかクイズ番組の優勝賞品といえばハワイ旅行という時代もあった。芸能人は休日をハワイで過ごすと自慢していたもので、これをエバラ焼き肉のタレのテレビCМがネタにし、女優の浅茅陽子が正月に一家でハワイに行った設定で焼肉をしながら「芸能人みたいだね」「芸能人は浮き沈みが激しいの」とギャグめいた調子で話していたし、プロレスラーのジャイアント馬場はハワイに別荘を所有し、寒い時期は温暖な地で過ごしながらトレーニングしていたということで、これをラッシャー木村に「ハワイでグアバジュース飲みながら鍛えてるんだろう」と言われていた。続けてラッシャー木村が「俺は日本でポカリスエット飲みながら鍛えている」と言ったので観客席が爆笑となったものだ。

 そして、ハワイは日本人ばかりになったとアメリカ人は言い、「真珠湾攻撃以来の日本人大襲来だ」とも言われていた。先日、京都に住んでいる人が「今の京都は中国人でいっぱい」と言っていたが、それと同じような感じだ。
 もともとハワイは世界各地から観光客がやって来るところだったが、最近では火山の噴火や気候の変化で過ごしにくくなり、観光地としての地位が危ないのではないかと言われている。

 その後、日本人観光客にウザいという態度をみせることもあったアメリカだが、外国から観光客が来て外貨を使ってくれると経済にとってたいへん有益であることから、より積極的に観光に誘うようになった。情勢が変わり海外旅行もしやすくなったので、懸賞や商品も外国旅行よりグルメ券になっていた92年に、当時のブッシュ大統領(父)は自ら日本むけのテレビCМに主演して、アメリカに観光旅行に来ませんかと呼びかけ、風光明媚な所があると言ってせっせと紹介していた。 

 それで、観光客が来てくれるとありがたいというのは北朝鮮も同様のようで、こんな華人むけポスターがある。面白いのは右上の売り口上で、ISのテロがない、治安がよい、スリがいない、地震が発生しない土地、というもの。
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 もともと北朝鮮は外国人に対して閉鎖的であったが、観光客の受け入れには態度を変えている。そして北朝鮮は冬は寒いが夏の避暑には良くて山や湖など景色の良いところがあるということで北海道と同じだが、あと酒が好きな人には良いという人もいる。行った人によると、酒は色々と美味いものがあるそうだ。
 そして美女がお酌してくれる。日本で「東男に京女」というように、朝鮮半島では昔からイケメンは南、美女は北、といわれる。韓流スターというと男が主だし、スポーツ大会でやってきた北朝鮮の美女軍団というのも話題になった。
 それで、観光客に美味しい酒を出したうえ美女がお酌してくれて、赤坂や北新地よりずっと安いから最高だということだ。これも、外国人が観光に来たら金を使わせて外貨を獲得すれば経済に有益だからだ。

 こういうことで、アメリカでも北朝鮮でも共通して外国人観光客は歓迎しているのだから、日本も外人ウザいとか言ってないで「サービス、サービス」で金を使わせるべきなのだ。




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by ruhiginoue | 2016-10-17 19:51 | 国際 | Comments(7)
 この、マンガの一ページを画像として転写して、あちこちに送り付けている人がいる。それを、さらに受け売りする人たちがいて、一部に拡散されている。

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 このマンガには、ツルピカ頭の陰険おじさんが主人公の若い人に、無報酬で働くなんてのは必ず無責任になると言って善意の申し出を拒絶する場面があり、この画像を得意になってTwitterなどに持ち出す人たちがいるわけだ。
 それはいかに馬鹿げた話かと複数の人たちがすでに指摘している。

 例えば、舛添都知事が公私混同を批判された時、反省して無報酬で働くから任期を全うしたいと言ったところ、このマンガを持ち出す阿呆がいた。公人がその責任や使命感について社会的名声や政治的生命をかけて決意を述べるのと、バイトの若造がいきがって言うのを一緒にしているわけで、そんな愚はTwitterでもすでに呆れられている。

 こちらにも、このマンガの画像が送られてきたことはある。金だけ取って無責任な仕事をする弁護士がいる一方で、冤罪事件などで使命感や義憤から手弁当で駆けずり回り闘っている弁護士もいるという事実に対し、フィクションのマンガを反論としてぶつけてきた馬鹿がいたのだ。

 そもそも、現実の中の具体的な事実に対して、作り話のマンガを反論としてぶつけることからして滑稽だが、このマンガだって、あくまで登場人物の中の一人が持論を述べたにすぎず、しかも、ある条件の下に限定した話である。そんなことすら読んで理解出来ない人たちがいるわけだ。

 この問題で結論を言うと、法律的には、やると約束した以上は責任があり、報酬の有無とは関係ない。これは判決も既にあるが、社会通念上も常識だと言える。

 このマンガに出てくるのは金で人を従わせることでしか信用できない人であり、そんな悪役が極論を吐いたことを金科玉条のようにする人の感覚は滑稽なのだが、そんな人たちはもしかして底辺低賃金労働者ではないかという指摘もある。
 つまり、底辺で低賃金の労働をしている人たちが、自分たちも責任をもって働いていることに変わりはないのだから正当に報酬を寄こせと主張しようとして、そこへ政治家の無責任が問題になっていることも加わり、使命感とか義憤から報酬とは無関係で頑張っている人たちまでも綺麗事に思えてしまっている、ということだ。

 そうなると、個人的な怨恨の感情いわゆるルサンチマンでしかなく、社会の現実を直視しているつもりで実は社会を良くしようという思いに対して冷笑するだけの嫌な奴になってしまうのだ。これは誰もが気を付けないといけないことだ。
 




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by ruhiginoue | 2016-10-16 20:02 | 雑感 | Comments(0)

ノーベル賞と嫉妬

 ノーベル賞は世界でもっとも有名な賞(ショー)だから、注目されるのは当然だし、賞金もなかなかの額なので、もらえれるなら結構なことだと思ってる人もいる。サルトルのように、それでも要らないと言ったカッコイイ人もいたが。
 
 それで、ノーベル賞のたびに、授賞者を出せる国や社会の環境が話題になる。
 前にノーベル賞を受けた人が、大学などの研究室ではなく民間企業に勤務していたことで話題になったことに加え、その受賞した開発で会社からもらった報奨金が少なく、受賞してからボーナスが出たことでも騒がれた。ノーベル賞に選ばれたら文化勲章というように、日本が自ら評価しないことが原因といわれる。

 そのことで、田中という受賞者の方が勤務している会社を気遣って「ちゃんと給料をくれて自由に研究をさせてくれた」と記者会見で言ったところ、その部分だけ取り上げ「それに比べ中村という人はもっと金をよこせと会社を裁判に訴えてケシカラン」と非難した人たちがいた。
 そして、彼がアメリカの大学で教鞭をとるため米国籍になり、蓮舫代表で話題の二重国籍が日本は認められないので日本国籍を失い日本人ではなくなったのに、その開発によりノーベル賞を受けたら「日本の誇り」と騒いだ。
 こんなところが日本人の情けなさというか醜さというかだ。

 あと、文学賞のボブ ディランのことをかつてジョン レノンとデビッド ボウイは歌詞の中で本名で呼んでいたことを思い出したが、これで候補だった村上春樹はまた逃したわけだ。
 ある松本清張の小説に、大手出版社が主催する文学賞に選ばれた人を同人誌の仲間たちが「おめでとう」「我々も誇りに思うよ」と口々に言うけど実はみんな心の中では妬んでいて邪魔しようとする話があったけれど、これはノーベル賞でも、文学賞以外でも、同じだろう。

 だから、ノーベル賞のたびに研究環境の充実などが課題であるといわれ続けてはいるが、授賞者が日本からでても、表向きでは喜んではいても内心では僻みと妬みばっかりだから、研究環境が良くなることは、おそらく無いだろう。



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by ruhiginoue | 2016-10-15 19:38 | 学術 | Comments(4)
 漫画家の江川達也が、ヒットしている映画『君の名は。』を、受けるのは解るがプロから見ると軽くて面白くないとテレビで発言したことにより誤解されている。
 この発言のため、最近はヒット作が無いくせにと非難する人たちがいて、それとともに江川氏が最近ではタレントの真似ばかりしていて本業の漫画が劣化しているという指摘もされた。

 たしかに江川氏は『タモリ倶楽部』などテレビ出演してコメントでウケをとっているが、その一方では、漫画の連載が好評でも中途半端でやめてしまったことが何度かあり、また、見るからに絵が手抜きっぽくなっているとして評判がよくない。
 このため、晩年の赤塚不二夫のようになっているのではないかと疑われているわけだ。

 そして、かつて江川氏は自作の漫画が実写とアニメの両方で映画化テレビ化してヒットしていたのに、最近ではそれがなく、それでいてヒット作にケチをつけているから、自分でヒット作ができないくせにと言われたり、その作品を知らない人からは、テレビでコメントしている江川氏とは何のプロなのかと皮肉ではなく本気で言われたりするわけだ。

 しかし、それは関係がないことだ。あくまで江川氏は、『君の名は。』がヒットしていることに理解はできるが、それはウケるように考えて作られているからで、そのことが自分のように漫画と映画に関わってきた経験のある者なら判るとしたうえで、そんな「プロ」の立場としては、ウケ狙いばかりしている志の低さに好感を持てないし、その軽さゆえ儲かっていることが面白くないと言ってるのだから。

 もちろん、商業作品なのだから利益を出さなければいけない。特に費用が莫大になる映画では、その責任が重いと言える。だからといって、ウケることばかりでは、作家など無用である。それでウディ アレン監督主演の映画にも、失明した監督が映画を撮ってしまう話があって、これはウケるパターンが決まり切っているハリウッド映画に対する皮肉であった。
 
 そして、アニメ界の大ベテランで大御所の杉井ギサブロー監督が「映画はエンターテイメントなのだからヒットしないと意味がない。しかし、ヒットしそうにないものをヒットさせたいよね」という言葉が示すように、いくらウケる方法には熟知していても、それだけではクリエーターとして足りないということだ。

 そういう意味で江川氏が発言したことは明らかである。舌足らずではあったかもしれないが、彼が本業においてはいかがなものかという状態であることとは関係がなく、クリエーターとしては普遍的な問題なのである。





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by ruhiginoue | 2016-10-14 20:55 | 映画 | Comments(8)
 「ジャイアンツ」と「アンパイア」を掛け合わせた造語で「ジャンパイア」という言葉があり、審判が巨人に有利な判定をしているのではないかという意味だ。
 これが、10月8日のCSファーストステージ第1戦で疑惑の判定があったため、また話題になった。

 プロ野球でも大相撲と同様に八百長が行われているという話は、昔から言われてきたことで、あの『巨人の星』のテレビアニメ化でも「野球なんてイカサマ試合ばっかり」と言われて主人公が激怒してしまうことがある。
 あと、外人助っ人として来日した選手の中で、日本のプロ野球は不正をしていると言う人がいた。
 ここでよくあるのは、例えばストライクゾーンの違いに馴染めないことから変だと文句を言うだけの選手だが、それとは違い、87年に一期だけの契約で来日したアメリカの超大物強打者ボブ ホーナー選手は、回顧録で日本の審判は巨人を勝たせるため不正な判定をしていると明言していた。

 このホーナー選手は、アメリカのメジャーリーグでも大選手だった。その強面と巨体から「レッドデビル(赤鬼)」とあだ名されていたが、彼はフリーエージェント宣言したら契約金が高騰して移籍先が決まらないでいたところ、日本のスカウトに声をかけられて、三億円という破格の年俸でヤクルトスワローズに一年契約でやってきた。当時の現役メージャーリーガーには一億数千万円もの高額な年俸を受け取る選手がいたが、その倍くらいである。
 そして圧倒的な力を見せる。アメリカに比較して日本の球場は狭く、とくにヤクルトスワローズのホームグラウンドになっている神宮球場は狭いから、ホーナー選手は打つと一塁に向かって走ろうとしたがホームランになることがよくあった。ホームランになるか二塁打くらいになるかきわどいからだが、それが狭い球場ではみんなホームランになり、ホーナー選手は一試合に二本も三本もホームランをかっ飛ばすので驚かれた。

 それで話題になったので、ヤクルトのテレビCМに出てヤクルトを手にし「もう一本」と言ってまたギャラを受け取り、来年また三億円でと提示されたが断り、帰国してアメリカのチームで活躍する。
 それから数年して引退すると、これまで得た金で財テクにいそしみ、いつもパソコンで株価のチャートを見ているということだった。

 そのボブ ホーナー選手は、帰国してから日本で活躍したことについて回顧録を出版した。その邦訳が日本でも出たので読んだところ、日本のプロ野球は巨人を勝たせるために試合をしていて、他のチームとの試合ではボールの判定となるのが巨人戦ではストライクと判定されていしまい、仕方なくなんとか打とうするから巨人戦では他に比してよく空振りをしたと言う。そして、いくら人気チームでもフェアに試合して勝つべきであり、不正には付き合いきれないと言っていた。

 それから今までも、審判が巨人を贔屓して不正をしているという疑惑は相変わらず言われているということで、今年もまた、ということだ。

 こうした審判の不正疑惑の他にも、色々と読売ジャイアンツが汚いことをすると言われてきた。例えば、かつて日本シリーズで西武ライオンズの森監督が退任することになったと試合前に東京ドームの電光掲示板が表示し、汚いやり方だと非難がおき、これについて森監督は、確かに、これから試合というとき意欲に冷水をかけられたような感じだったと言っていた。 
 こういうことがあるから、東京ドームでは空調で巨人攻撃の時だけ外野側に空気が流れるようにして球が飛びやすくする「ドームラン」があるなどと言われるのだ。

 では、審判の不正は実際にどうなのか。あくまで悪口として言われているだけだという否定論とともに、人気チームだから有利にしないといけないような心理的圧迫があると言う元審判もいて、この雰囲気が特に東京ドームでは強いから、なにかきわどいときに影響が表れてしまうこともあるのではないかと指摘されている。

 となると、これは選挙で自民党が有利になるというのと同じなのかもしれない。あの集計機の「ムサシ」がどうたらいう陰謀論は一部の人が面白おかしく言っているだけだが、選挙活動の違反について警察の対応が恣意的であることは昔から周知の事実で、これについて警察官とか元警察官が、こうしろと上から命令されたわけではないが、そうしないといけないような雰囲気があると言っていた。

 また、司法でも「ヒラメ判事」がいるし、そのなかには国が望んでいないのに勝手に贔屓する裁判官がいる。なかでも滑稽なほど典型的な例として、自衛隊基地の騒音で防音などの補償を求める訴訟があったとき、自衛隊としても住民のために補償をしようと考えていて、裁判で国に命令する判決となれば予算も出せると考えていたのに、裁判官が国に気を利かせて勝手にゴマスリ判決をして請求棄却してしまい、これに国側も驚いてしまい、自衛隊としては国民から評判が悪くなってしまうと危惧した、という事件があった。

 こうした「ありがためいわく」は、プロスポーツの審判にもあるのではないか。



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by ruhiginoue | 2016-10-13 22:04 | 体操 | Comments(6)

青森の夜

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 青森でも新幹線の新青森でも弘前でも、SuicaとPASMOが使えない。駅員に聞いたらダメだと言い、弘前ではその貼り紙がしてある。
 東京ではちっぽけな駅でも使えるけど。
 それで撮影していたら、駅員が撮ってどうするんですかと訊くのでtwitterに載せて田舎は不便だと呟くと言った。
 それなりの大都市でないと使えないらしくて、東北地方だと仙台くらいらしい。

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 あちこち歩いた後は甘いものとコーヒーをドーナツの店で。
 学校帰りの女子高生たちが来ていて、自分が高校生の時のことを思い出した。
 あのとき少し離れた席から同じ学校の女子が聞えよがしに言いやがった。
 「男のくせに甘いものが好きな人っているよね」
 「うるせーな、いいじゃねえか」と食いながら呟いた。という思い出。


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 青森駅前の「ねぶたの家 ワ・ラッセ」のある建物の「多目的室」で地元の高校生たちが熱心に勉強している。
 北海道と同じだ。
 やはり北のほうに行くほど勉強熱心なんだろうか。


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 駅前の展示館「ねぶたの家 ワ・ラッセ」の常設。


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 青森の埠頭。ここでもライトアップしていた。時々、色が変わる。

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 青森で最も高い建物・青森県観光物産館アスパムもライトアップしている。三角形の建物が街の中心にあるのは平壌が有名だが、あれはホテルだ。

 青森は良い所だけども、残念なのは、飲食店が他の地方と同じものでも細かいところで配慮がないということだ。
 唯一まともだったのはホテルのビュッフェだった位だから。

 眠くなったので、東京駅行き夜行バスに乗り、寝ながら帰ってしまおう。


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by ruhiginoue | 2016-10-13 12:29 | 雑感 | Comments(0)

弘前の城と蕎麦など

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 青森といえば、ねぶた祭りだが、小さい頃に読んだ漫画で「寝豚」と書いて豚が寝ているハリボテのギャグがあった。異民族の大騒ぎを見て「なんだ あれは」のアイヌ語「ネプ タア」だという説を聞いたことがある。伊福部昭のピアノ曲『日本組曲』では「佞武多」と書いている。

 伊福部昭 のピアノ曲『日本組曲』に「佞武多」(ねぶた )があり、祭りの太鼓と笛と掛け声を表す音形が重なるから演奏に難儀する。手にかなりの負担がある。前に、伊福部昭が学長をしていた音大を出てレッスンプロしてる女性が弾くのを聴いたら、何度かしくじっていたので、つい安堵してしまった。


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 弘前市内にある掲示板のポスターだが、こんなのに入場料払うのかよ、と疑問符の催しも。田舎の人にはまだ威光あり?


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 弘前昇天教会のアンティークな建築は由緒ある趣。


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 杉大橋の朱色が緑の中に映える。これを渡り弘前城の本丸へ。


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 弘前城の本丸に辿り着く。また遊歩道を戻り弘前駅に。


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 堀は緑に囲まれていて落ち着いた美しさ。
 鴨と一緒に白鳥までいる。


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 弘前の紀伊國屋書店。
 かなり大きいが、新宿や梅田に比すると小さい。梅田の紀伊國屋書店の売り上げは、全国の出版社が売り上げの目安にしている。そのような規模ではない。駅から遠く、役所など市の機能との中間に位置している。


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 弘前駅の「幻の津軽かけ蕎麦」。
 昔、材料が不足していたのねで豆を混ぜるなど水増ししていたと言うものの再現らしい。
 たしかにすぐ切れる。底の方には短く切れた麺が沈んでいる。




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by ruhiginoue | 2016-10-12 19:43 | 雑感 | Comments(0)