井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

<   2016年 10月 ( 38 )   > この月の画像一覧

寿司屋と外人とワサビ

 ワサビは瞬間的な辛さであるからスシなど味のサッパリしたナマモノに主に使用し、カラシは持続的な辛さでオデン種などシツコイ味のネリモノに主に使用する、などと辛い調味料にも辛さの特徴から用途が異なってくる。
 なのに、トウガラシを使用した料理を好む国の人だから勝手にワサビを増やしたというスシ店は、言い訳にしても料理を知らなすぎではないか。
 
 かつて『美味しんぼ』の初期に出て来た客より威張っている寿司屋の話は、もともと各方面で何かとネタになっていて、そのひとつを『天声人語』も取り上げていた。深代淳郎が書いたものだが、客を見下して「朝鮮野郎じゃあるまいし」と言った寿司屋は客の若い男に「あんた俺が朝鮮人じゃなくてよかったな」と言い返されて黙ってしまったそうだ。
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ちょうどよく、その画像をネットで拾った。

 長谷川町子の『意地悪ばあさん』の言うとおり、スーパーのパック詰めやカウンター前で回転してるのならともかく、「職人」が握る寿司屋でワサビが粉というのが珍しくない。チューブ入りも添加物がいっぱい。特に香辛料抽出物は癌細胞を活発化させる活性酸素が。また、そういうのは西洋ワサビを使用した紛い物でもある。
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この画像もネットでちょうどよく拾えた。

 それでワサビをいっぱい入れて、嫌がらせではなく良かれと思ってやったと言い訳が話題になってるけども、前に行った寿司屋ではワサビだけじゃなく味の素を必ずふりかけるから、なんでそんなことするのかと訊いたら、こうしたら美味しいでしょうと大真面目に言われてしまった。
 それに、粉ワサビのドギツイ辛さに慣れ切ってしまった人は、本物のワサビを食べても味がわからず、刺激が無いから物足りないと言う。

 あと、寿司はいいのに醤油がダメとかお茶がダメという店がある。醤油がダメなのは店の人の問題だが、お茶は地方によってダメなところがある。
 また、スーパーで刺身を買ってくると袋入りの醤油とワサビが付いている。どちらも美味しくないし、健康に悪い添加物も入っている。バランはビニールで食えないし、大葉は飾りだから園芸用の殺虫剤がタップリしみ込んでいる。大根はかつら剥きして千切りしたものでないから味が抜けている。

 自分の経験からすると、韓国人を食べ物で驚かせるならカライものよりスッパイものだろう。学生時代に一緒にバイトしていた韓国人留学生は、口から火を噴きそうな食べ物は平気だったが、オニギリを食べていたら中のウメボシのスッパサに顔をしかめて驚き、「よく日本人はこんなスッパイものが平気だな」と。

 しかし、それより安倍総理に寿司をごちそうされて政府広報に成り下がった大手マスコミの重役たちこそ、ワサビたっぷりの寿司を食わせてやりたいものだ。


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by ruhiginoue | 2016-10-06 22:04 | 社会 | Comments(0)

知床半島について

 知床半島に行ったら、すっかり観光地化していた。バスがかなり奥まで通っている。
 それで最も奥地の方まで行くと、カムイワッカの滝がある。温泉と混ざって水温が常に三十度くらいのぬるま湯になって湯気が出ている滝である。
 服のまま首まで浸かって「良いかけ流し湯だ」と言っている人もいた。

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 北海道に住んでいる人も言っている。今では展望台が出来て観光客が大挙してやってくるが、もともと知床半島は秘境で、地元の人でも行ったことがない人が多かったそうだ。
 昔、他所から来て住み着いた人たちがいて、農地開拓を試みたものの自然環境の厳しさから挫折して去って行ったということだった。そういう土地だった。

 散策に入ることにしたが、熊が出たばかりなので要注意だと言われる。

 知床五湖と呼ばれる湖は、「一湖」から「五湖」まで名付けられているが、あまりに単純な命名だと地元の人も言っていた。
 富士五湖の西湖のような、奇妙な生物が棲んでいそうな雰囲気はない。そういえば、昔は屈斜路湖に怪物が棲んでいるという噂があったが、今ではまるで語られない。
 とにかく知床五湖の周囲は美しい風景である。

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 前にも述べたとおり、伊福部昭の歌曲『オホーツクの海』や『知床半島の漁夫の歌』の雰囲気は感じられない観光日和だった。

 歌なら『知床旅情』が有名だが、あと北海道を舞台にした『男はつらいよ 知床旅情』という映画があり、劇中でその歌も唄われる。三船敏郎がゲスト出演していて、このシリーズには志村喬ら『七人の侍』だった人は何人か出ているが、ここで三船敏郎が出たのは山田洋二と自宅が近所だったかららしい。いつものようにご近所の挨拶をしたさい山田監督が「そうだ、三船さん、こんど『男はつらいよ』に出てくれませんか」と言ったら、三船敏郎があの口調で「おっ、寅さんと共演ですか。いいですね」と言うことになった。
 その前は、渥美清と三船敏郎の共演と言えば戦争映画だった。渥美清は庶民の兵士をよく演じていて、三船敏郎は司令官の役だった。

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 三船敏郎のCМで最も有名なのが「男は黙ってサッポロビール」だったが、知床では地ビールが売られていた。
 ちゃんと麦芽とホップだけで作られていると表示されている。そうでないとビールではないのだが、色々と混ぜてあるものが横行している。

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 熊が出たばかりだから警戒するように言われていたところ、何か動くから「出た」と思ったら鹿だったので安堵する。

 しかし熊や鹿からすると「出た」のは人間の方だろう。熊や鹿が棲んでいるところに人間が押しかけて行ったわけだから。
 
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by ruhiginoue | 2016-10-06 15:42 | 自然 | Comments(0)
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 網走刑務所と網走監獄博物館を見学したあとは、網走の北方民族博物館へ。北方民族博物館の建物が面白い。
 北大の博物館はアイヌだけだったが、こちらは北欧の少数民族から北極圏のイヌイットまで網羅している。


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 上は漁獲を象っているらしい。
 再現された熊送り(イヨマンテ)の祭壇もあるが北大の博物館と同じだった。

 イヨマンテの歌は古関裕而の作曲した歌謡曲があるが伊福部昭の方が本当っぽい。
 ただ本多勝一の『アイヌ民族』を読むと厳粛な宗教儀式だけではなく陽気な祭りで男女の親睦にもなり、みんな楽しみとあるから、それなら古関裕而の歌も悪くない気もした。

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 イヌイットの住居の再現。
 本多勝一『極限の民族』カナダエスキモー編にあった描写を確認。ちゃんと犬も寝ている。

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 本多勝一『カナダエスキモー』の犬ソリ踏破は疾走感のある名文中の名文だけど、朝日新聞の社長夫人が犬をペットとして可愛がる女性だったので怒り、その部分が朝日新聞には掲載されなかったという話を思い出した。単行本で読むと見事な描写だ。

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 近くにあるオホーツク流氷館でクリオネを見たり氷点下体験室に入ったりしたあと、その展望台から網走湖を見下ろす。

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 博物館からの帰りに歩いて網走川から網走湖へ二時間ほどかけて歩く。この水も雲も黄昏を待機している。
 本多勝一『北海道探検記』では、網走湖の周辺こそ北海道らしいとされている。魚が多いことは、湖の畔を歩いているだけで魚がたくさん泳いでいる姿が見え、時々、鳥に襲われて食べられた死骸が転がっていることから、よくわかる。
 
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 網走湖畔は観光施設が並んでいて、こういう安易な金任せ観光にはなじめない。
 歩いてやってきたのは、網走の次の駅になる「呼人」(よびと)。
 ここも網走湖などを目当てに観光客が来る。この夜は古い安宿に泊まるが、ここもWi-Fiを入れたそうだ。時々、外国人が来て、Wi-Fi完備でないと不便だと言うから導入したそうだ。
 
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 呼人の無人駅の近くで唯一の店は、ちゃんと朝7時から夕方6時半まで開いているから地元の人は「コンビニ店」と言っていて、昭和どころか70年代の香りがする店である。ここでパンと牛乳を買う。飲み終わったら瓶を戻して30円の返金。これがほんとは健全かも。低温殺菌で美味かったと言うと、店のおばさんは「判るでしょう」と。


 翌日、雨に濡れ立つ無人駅から旭川へと向かう列車に乗る。水害のため帯広と同様に橋が壊れ、その区間は代替のバスに乗り換える。観光の書き入れ時なのにキャンセルが相次いで泣きたい気分だと地元の人たちは言う。


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by ruhiginoue | 2016-10-05 18:00 | 自然 | Comments(0)
 稲田朋美防衛相は、国会質問で、民進党の辻元清美議員から、8月15日の戦没者追悼式に参加しなかったことを追及されて涙ぐんだ。
 もともと稲田防衛大臣は、「国のために命を捧げた人に感謝と敬意を払わなければならない」と説いてきたのに、その趣旨で催される戦没者追悼式に参加しなかったのだ。自らの信条と大臣である立場の両方から、何をさしおいても参加すべきだったはずだ。
 このため、辻元議員から、歴代は全員参加している事実を指摘されたうえで、言行不一致であると追及されたのだった。

 もちろん、他人に対しては滅私奉公を説きながら、自分は私利私欲の塊という人はよくいて、特に政治家は、その中でも特に自民党の政治家は、そんなのが目立つ。
 ただ、稲田大臣の場合は他にも事情があると指摘されている。彼女が戦没者追悼式に参加しなかったのはジブチに派遣している自衛隊員の激励の仕事があり、これによりスケジュールが合わくなったからだが、では、大臣なら参加するはずの政府の催しがある8月15日にわざわざ海外視察の予定を入れたのはなぜか。

 それは、靖国神社に参拝しないことを、他に仕事があって「できなかった」ということにするためだ。防衛相である彼女が8月15日に靖国神社に参拝すれば、世界各地で騒がれる。特に中国や韓国からは猛反発されるし、北朝鮮も東南アジア諸国もヨーロッパの一部なども騒ぐだろう。それを気にしたアメリカから日本政府は文句をつけられる。
 そんな面倒なことになっては困るから、靖国神社参拝をしないよう政府の指示があったはずだ。しかし、そうすると今度は彼女の支持母体である右派団体から反発されてしまう。
 だからその日に他の仕事が入るようにした。そして出かけて行って、戦没者追悼式にも参加できなくなった。

 そもそも、職務に忠実になら戦没者追悼式に参加して靖国神社の参拝は控えるものだし、自らの思想信条と支持者たちの方を優先するなら防衛相を引き受けず靖国神社に参拝すべきだ。
 ところが、両方にいい顔して、組織票も大臣の肩書も欲しくてアブとハチを両方獲ろうという態度だった稲田氏は、そこを国会質問で突かれてしまい泣きべそかいたのだ。

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 そして稲田防衛相が困っているので安倍総理が援護に出て来た。かつて小泉総理が、中谷防衛庁長官に答弁させようとしたところ、辻元議員が、これは総理が答えるべきだと言って「総理、総理」と連発して話題になったが、これとは逆になったわけだ。

 どうしてこうなってしまったのか。
 もともと稲田朋美という人は、敵を設定したうえで、権力とか集団とか力を持つ人に擦り寄りけしかけ敵を攻撃させ、自分を強く見せかけて地位を得た人だ。売れない田舎弁護士だったが、右派のメディアや団体に売り込んで、戦争がらみの報道で朝日新聞を訴えるようけしかけ、決起集会では朝日新聞を許すなと絶叫調で演説して煽った。
 ところが、裁判の結果は惨敗だった。お粗末な訴訟活動だったから当然だ。これに弁護士として力及ばずと詫びもせず、その場で選挙演説を始めた。だから居合わせた人たちは呆れたと言う。

 しかし、このパフォーマンスにより安倍総理の目に留まり、自民党の応援をうけて議員になった。しかし大臣という責任ある立場になり、野党の議員から直接に質問をぶつけられた途端に、自ら対峙することに慣れていないから涙ぐんでしまったのだ。

 これで思い出したのだが、小学六年の時の学級委員の女子が、この稲田防衛相と同じだった。同じ組で誰でもいいから担任教師から好かれていない者に難癖をつけると、周囲を煽り集団でつるし上げ、そうすることで教室内の秩序を守っているということにして担任教師に取り入っていた。
 しかし気の強い同級生から学級会で反撃されると泣き出してしまう。すると担任教師が割り込んできて庇ってくれるのだ。

 このような処世術によってのし上がって行く人がいるもので、そういう人はだいたい子供の頃からそうなのだ。自ら会得したのか、親に仕込まれたのか、それは人によるのだろうが。

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by ruhiginoue | 2016-10-05 16:03 | 政治 | Comments(5)

♪ここは網走番外地

 知床斜里を発ち、網走に来た。
 網走駅前には先住民族モヨロ人の象が設置されている。
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 よく、観光地には、絵の穴から顔を覗かせて記念写真を撮るパネルが設置されているが、網走駅にあるのはこれ。北海道の人でも知らない人がいて、この写真を見せたら笑っていた。
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 駅から、あばしり川に沿ってしばらく歩くと、網走刑務所がある。
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 網走刑務所を見物しに来る観光客もいるそうで、その向かい側にある売店を訪れ、囚人の作った家具や封筒などを見るそうだが、東京では新宿駅前ターミナルなどで展示会がしばしば催されるから、そこで見たことのある製品ばかりだった。

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 網走刑務所の職員たちが出てきた。

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 こちらは網走監獄の歴史を展示した博物館。網走刑務所から見上げる山の中にある。
 手前の人形は、網走監獄から六回も脱獄した名物囚人「五寸釘の又吉」。不運にも落ちていた釘を踏んで怪我をし、それでも走り続けたことから渾名がついた和製パピヨン。

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 監獄の外観。

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監獄の内部。

 解説によると、最初は内乱のため軍事犯と政治犯が多かったが、その後は暴力団関係者が多くなり、入れ墨の囚人が目立つようになったとのことだ。
 そして工事現場で強制労働など、近代化の過程で世界各地で行われたことが日本にもあったというわけだ。
 また、フランスの刑事政策を参考にしたとのことで、だから、やけに『パピヨン』と似ているわけだ。
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 懲罰独居房の再現。7日重湯だけ。二重扉で真っ暗。『パピヨン』と同じ。
 パピヨンことアンリ シャリエールは「『フランス人権宣言』なんて糞食らえだ」と当時の刑事政策の人権感覚を批判していたが「なるほど」である。
 
 政治的な迫害のため偽名で書きつづけた名脚本家ダルトン トランボを描いた映画『トランボ』が話題だが、『パピヨン』もトランボによる脚本で、彼はカメオ出演もしている。囚人に「おまえたちは国から厄介払いされたのだ」と言い放つ官僚の役だ。

 いつか脱獄してやると言って身体が鈍らないよう独房の中で腕立て伏せをしていたり、脱走して「ザマミロ俺はここだ」と叫んだりする主人公。昼に工事現場で働きながら夜はタイプライターに向かい、偽名で書いた脚本でアカデミー賞を受けたトランボが反映しているのだろう。
 
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 こちらは本物の蝶々。
 敷地内の花壇を舞うクジャクチョウ。関西以南は生息せず、関東地方では山や高原に生息し、北海道では平地にもいるということで、見かけない蝶が北海道ではそこらの花壇にも乱舞しているというわけだ。

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by ruhiginoue | 2016-10-04 15:54 | 自然 | Comments(8)

北海道で巡った神社

 北海道で稚内に向かう電車に乗ると、その途中に塩狩峠がある。ここであった実話を基にした小説『塩狩峠』は、三浦綾子の作品のなかで『氷点』に次いで有名だが、かつて受験英語を習っていた司法試験浪人の塾先生が敬虔なキリスト教徒で、入学祝いに『新約聖書』と『塩狩峠』を贈られた。ただ、入学したのは國學院である(笑)
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 「塩狩峠記念館 三浦綾子旧宅」の看板が、美しい木々の中に立っている。聖地巡礼のようにして来た人たちがいた。
 この小説の主人公は、母親の影響で父親に続き入信し、猥談もしない道徳的な男になり、病床の女性との純愛のあと結納の当日に列車の暴走から他の乗客を助けるため犠牲になった。しかし実話を基に脚色を加えた美談としか思えなかった。
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 日本のキリスト教徒に三浦綾子のファンは多い。敬虔な信徒ほど三浦綾子の小説に感動し、曽野綾子は好きじゃないと言う。曽野綾子ファンはミッションスクールで信仰ではなく礼儀や躾と嗜みという感覚の、少女漫画で主人公を虐めるお嬢様みたいな人が多い。


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 函館山のふもとの函館護国神社の鳥居から市街と海を臨む。夜になると夜景を観光のウリにしていることで知られる。
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 そして暗くなると、函館山の展望台からこの夜景。自撮り棒で頑張ってる人たちは、フラッシュ有りでは背景が写らず、フラッシュ無しだと自分が真っ黒い影になり、悪戦苦闘していた。
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 大学での神道レポートがきっかけで、先々で神社があると見たくなる。これは函館護国神社。ここも函館戦争で政府軍兵士の招魂から始まった。新しい看板に「縁結び」。どこの神社と寺でも商売でやっている。しかし戦争で引き裂かれては…

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 知床斜里の黄昏は、紫だちたる夕焼け。
 
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 斜里の神社。無表示だが石狐があり稲荷らしい。
 鳥居が丸太ん棒のままだが、ちゃんと細くなっている方をしめ縄と同じ向きにしている。大学で神道の講師が全国神社の鳥居を研究し形を分類していたが、それで給料もらっているのかと学生たちに言われていた。学究なんてどの分野も似たようなものだが。

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 これは↑網走監獄二見湖畔神社。豊作祈願する。

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 宗谷岬神社↑は日本最北端の神社だが、宮司がいる神社という意味で、無人駅と同じ神社はもっとたくさんあり、そんなところこそ自然の中にあり神々しいものだ。
 これは他所から移転してきた神社らしく建物が新しい。左右にいる陰陽を示す阿吽の像は狐ではなく狛犬だ。

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 ノシャップ岬の近くにある岬神社↑。


 まあ、神社に関心の無い人には、どうでもいいことか。



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by ruhiginoue | 2016-10-03 16:22 | 自然 | Comments(0)
 先週、北海道を一周したさい、北海道出身の作曲家・伊福部昭の作品に因んだ土地を巡った。

 伊福部昭は北海道帝国大学卒で、理科系の研究員だった。ロシアのボロディンと同じで、科学者だったが民族主義的な作曲をしていた。そのような作曲家は、他にも日本には例えば箕作秋吉がいる。

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 札幌の北大は、ほんとにだだっ広い。やはり北海道。

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 昔、「青年よ大志を抱け」「老人は墓石を抱け」というギャグで、ビートたけしが受けながらも顰蹙を買っていた。自分が老人になったときどう思うかと。いま彼も老人になったが。

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 北大には医学部もあるが、札幌医大は「札医大は殺意大」と皮肉られるとおり人命軽視の体質がある。この話をすると地元の人は苦笑いする。

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 主に釧路にいたという伊福部昭の作品に『釧路湿原』がある。四季を謳い上げた曲だ。
 釧路湿原を見るとフィンランドを連想するが、知り合いのフィンランド人はシベリウスの名前は知っていても曲を知らない。
 よく北海道の人も伊福部昭は地元から出た有名人とは思っていても曲は知らない人が多い。ただし「♪ジャジャジャン、ジャジャジャン(ドシラ、ドシラ)」は大体知っている。

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 伊福部昭は、北海道から樺太方面にかけての少数民族を題材にした音楽をたくさん作曲している。
 しかし少数民族については札幌の北大資料館や網走の北方民族博物館で知ることになる。もう存在しないと極論というか暴言を吐いて批判される人たちがいる。

イヨマンテの熊をかたどった祭壇。これは北大のほうの展示。

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 古い記録映画も上映され、これを見て残酷だと言う人もいた。こちらは伊福部昭の音楽や本多勝一の著書で知っていたが、そうした予備知識がないと野蛮に感じもするのだろう。

 アイヌは熊を殺すのを囲んで見て残酷だと言う和人で思い出したが、スペインの闘牛を英国人は残酷と言うが、命がけで庶民の祭り儀式。一方、英国の狐狩りは貴族の嗜みとしてやるもので犬を放ち追い詰め虐殺。残酷とは?

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 実際には霧につつまれることは少ないらしいが、布施明の『霧の摩周湖』が観光地化をもたらしたから、この歌を地元の人はみんな知ってるそうだ。
 しかし更科源蔵と伊福部昭は知っていても『摩周湖』はほとんど知らないそうだ。流行歌でなく芸術歌曲だし、和人に迫害されたアイヌの悲劇を唄う悲しい内容だからだ。

 作詞・更科源蔵の詩、作曲・伊福部昭の歌曲『摩周湖』は、倭人に息子を殺されたアイヌの女性の悲しみが小島となったとの言い伝えを唄う。二千年前に噴き出した溶岩の塊らしいが。

 沖縄もそうだが、日本は南北で少数民族の迫害をしてきた。

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 更科源蔵・伊福部昭『知床半島の漁夫の歌』の「♪死滅した〜」という歌い出しとは大違いの「観光日和」の知床半島。

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 オホーツクの海を臨む。
 更科源蔵・詩、伊福部昭・作曲、『オホーツクの海』の「♪暗澹たる〜空の〜叫びか~」という歌い出しと大違いの「観光日和」だった。

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 伊福部昭の歌曲『苔桃の実拾う女』にも謡われる名物も、観光客むけのジュースやソフトクリームにまでなっている。美味しかったけど。

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 北海道で伊福部昭の曲に関わる場所を巡ると、あとは樺太の少数民族だが、こちらは政治的外交的な事情から行けない。やあ、やあ、困ったね。「アイ〜アイ〜ゴムテイラー」だ。

 しかし宗谷の人に見せてもらえた『樺太写真帳』に、少数民族ギリヤークについて写真と解説があった。この人たちが『♪アイ アイ ゴムテイラ~』と謳っていたーわけではないが、気位が高く隣人のオロッコ族を、伊福部昭の歌のように揶揄していたということだ。


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 少数民族の問題はもちろん、自然環境も観光地化が進行している北海道という現実に触れて来たような印象であった。




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by ruhiginoue | 2016-10-02 15:42 | 自然 | Comments(4)
 本多勝一の『北海道探検記』で、北海道を再訪したら自然破壊と観光地化が進んでいたというエピローグが添えられているが、そこに札幌の時計台のことも触れられていて、高い建物の谷間に埋もれるようになっていると述べられている。
 そして行って見ると、ほんとうにそうだった。

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 地元の人たちと話すと皆が、時計台はほとんど忘れられていて、関心を持つのは観光客ばかりだと言う。せっせと写真撮影している観光客に、中国人や韓国人も混ざっている。

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 通りを挟んで時計台の向かい側には「道新」こと北海道新聞社があり、ここに、ちょうど開催中の「ゴジラ展」のポスターが掲示されている。
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 ゴジラといえば、東京のど真ん中にも存在感が薄れた和光時計塔がある。これは、昔は鳴ったけれどゴジラに壊されて今は鳴らないと冗談が言われてる。1954(昭和29)年の第一作『ゴジラ』で、音に反応したゴジラに破壊される。時計塔側は東宝に猛抗議したそうだ。

 『ゴジラ』などSF映画の科学者役が有名な平田昭彦は、東大を出て東京貿易(後の三菱商事)に就職したが、兄が映画監督であった影響からエリートサラリーマンの道を捨てて映画界に入り、よく言われるように東映が地方向けなら東宝は都会向けだから、サラリーマン物で宝田明ふんする主人公のライバルのエリート社員役を演じ、東宝特撮物では科学者役など知的な役を得意とした。
 また、彼の母が世田谷区で旅館を経営していて、そこはよく映画関係者が打ち合わせに利用したから、それも影響したという。そのさい、学生だった平田昭彦は家業の手伝いをしていたら、彼を見かけた女優が俳優だと思って監督に話し、
 「そんな俳優は来てないよ。君が見たのはここの従業員だろう」
 「いいえ、すごいハンサムな青年でしたよ」
 なんてことがあった。平田昭彦は二枚目だった。
 
 その旅館はのちにアパートになったそうだ。交通などの事情から人の流れが変わり、旅館がアパートに転業することはよくあるが、その逆もある。最近では外国人観光客の急増で俄かにマンションをホテルにするところがあり、人の出入りで煩くなり住宅として使用していた人が迷惑し、問題になっている。
 これは、中国と韓国の庶民のゆとりのある人たちの間で、近場の外国観光地として日本が手ごろでちょうどよいと流行しているためだ。だから北海道でも中国人や韓国人を大勢見かけた。そして中国は人口が圧倒的に多いから、京都の人など「中国人ばっかりになった」と言うわけだ。かつてアメリカ人が「ハワイは日本人ばかり」と言っていたのを思い出す。このハワイは貿易風が吹かなくなったとか火山のためとかで湿気が多くなり快適ではなくなりつつあり、観光地としての地位が危ぶまれているそうだ。
 
 ところで北海道は涼しい。京都は暑い。京都から来たゆきずりの人と話したさい、前に五月の京都に行ったら真夏みたいに暑くてたまらなかったと言ったところ、盆地だから暑いのは当たり前だと言い、それよりうざいのは外人ばっかりになったことだそうだ。中国人は数が多いから目立つが、欧米人もたくさん来ているそうだ。それで旅館が足りなくて当然ということだ。そして、どこでも必ずWi-Fi完備にしているという。「こんな古い安宿が」と驚くところまでがWi-Fiを導入していて、そこに宿泊したらちゃんとつながって、次の宿などの予約をしたのだった。


 これから寒くなると北海道は観光客が激減するから、スノボやスキーをする高い山があるところ以外では宿などであまり困らないらしい。『北海道探検記』では、避暑で人が多い夏より冬のほうが風情があり、北国らしい自然にも触れられると述べられている。
 さて、どうしようか。


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by ruhiginoue | 2016-10-01 21:19 | 自然 | Comments(0)