コメントの他に、表示されている著書をクリックしてその感想をアマゾンのレビューに投稿してくださることも歓迎です。おたよりはこちらへruhiginoue@excite.co.jp


by ruhiginoue

<   2016年 11月 ( 30 )   > この月の画像一覧

 トレードマークのカストロ帽といえば日本だと長谷川和彦だった。監督作品『青春の殺人者』と『太陽を盗んだ男』にカメオ出演しているときにもかぶっている。これはネットで拾った写真。

f0133526_15412091.jpg



 カストロで印象的だったことは、まず、キューバの街中で外国のテレビがインタビューしているのに答える市民たちが、けっこう率直にカストロについて語っていて、その政策などについては平気で批判しながら人柄のことになると「ただ、彼は好きだよ」と言って、それが正直なところというふうだったことだ。これはキューバの国民性とカストロのカリスマ性のためだろう。

 また、アメリカの大統領選挙で、ブッシュ父は経験の長さをウリにしたが、若さをウリにするクリントン夫に敗北した件で、どう思うかと問われたカストロは、「経験も若さも大事だ。若いうちに経験があることが理想的だが」と言っていたこと。彼は若いうちから色々と経験したが、後から、あの時もっと知っていたらという思いもたくさんあっただろう。

 ところで、キューバ革命の直後、カストロはアメリカでも英雄とたたえられていて友好的だったが、改革の中で外国人の土地所有を禁止し米企業の利益を損ねたため対立した。これはNHKなども報じた世界の常識だが、米の報道だけ違った。CBSのいつも「リベラルな」マイク ウォーレス記者は、カストロが反対派を処刑したことをアメリカが非難したからだと述べた。


 こういう報道に触れているうちに、アメリカの「リベラル」は全部まやかしだと気づいたし、アメリカの大手報道も、その受け売り拡散をする日本の大手マスコミのことも信じてはいけないと確信した。




[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-30 18:28 | 国際 | Comments(5)
 和田アキ子が紅白歌合戦に落選したという話題は、もっと関心の強い人たちによって色々と言われていることなので、ここではこれをきっかけに個人的に思い出した話をする。

 そもそもアイドル歌手という分野が日本の芸能で確立した七十年代から全盛期の八十年代にかけて、歌の下手な歌手が大勢いたと同時に歌の上手いアイドルもいて、それが女性には特に珍しくないほど存在してきた。

 その中で、松田聖子のように特異な天才は別にして、八十年代前半の中森明菜とか、後半の田村英里子とか、いくらでも名を挙げられる中で、誰が最高の歌の上手いアイドルの女性かというと、おそらく山瀬まみだろう。彼女はいかにもアイドルという歌からアニメの主題歌やコミックソングや舞台のミュージカルまで、歌の特色に合わせて歌声を自在に変化させるから、歌手としてたいへんな技巧派だ。

 それで、歌に自信があるから安心して、テレビの司会やCМでひょうきんな言動をしているのかもしれない。そう思えるくらい歌が上手い。もちろん例の「すぐ泣く」などによってアイドルとしてのキャラクターが本当に崩壊したのかもしれないが。

 そして、山瀬まみと井森美幸のコメディアン化によって、ホリプロではアイドル歌手の路線を保っているのは和田アキ子だけになってしまったと笑い話にされていた。これは後に深田恭子などが出現するまで言われていた。ちなみに深田恭子も歌はかなり上手いと評判である。

 この和田アキ子は、その言動が色々と話題になっていて、それで嫌う人もいるけれど、そういうのとは違って完全に笑い話になっていた人が井森美幸であった。彼女はよくボケ発言をしているが、天然ボケの発言をするアイドル歌手なら浅田美代子や西村知美などが良く知られているけれど、井森美幸のボケ発言は「群馬県は盆地」などトンデモ発言でもあった。

 あの時、オウム真理教事件の話を取り上げていたので、その題名は忘れた番組を見ていたのだが、何かの話のはずみで夏の暑さの話になり、そこでアシスタントのように出ていた井森美幸は、自分の出身地について「群馬県は盆地だから暑いんですよ」と言った。
 これは、内陸で高原ではなく山に囲まれている土地は風通しがよくないので暑いということと、京都や甲府など盆地も同様であることとを、まぜこぜにしてしまったようだ。

 この人は何を言っているのかと思っていたら、やはりテレビ局も電話が鳴りっぱなしで、特に群馬県の人からは、出身者が故郷を語っているときに間違うなんて恥ずかしいと言われたらしい。

 そんなことを、和田アキ子の紅白歌合戦落選から間接的に思い出したのだった。また、もともと歌の上手いアイドルがいたから、最近の、アルファベット三文字と二桁数字のアイドル集団の学芸会には辟易している。
 


[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-29 17:41 | 芸能 | Comments(1)
 キューバのカストロもと議長が亡くなった。90歳だったそうで、彼はアメリカが滅びるまでは死なんぞと頑張っていたがトランプが大統領になって夢が叶うと思い逝った、という冗談が言われている。

 ところで、キューバは貧しいというのは派手な商品が出回っていないだけで、医療や教育などの充実まで含めて比較すると、特にアメリカがそうだが、貧富の差が大きくて一部の人だけ贅沢している国のほうが生活の点でダメだという指摘がある。
 そうなると日本もかなり拙いのだが、自分が恵まれていて努力しないでいい生活している人としては、よい国ということになる。

 その最悪の例として、中学のときの学年主任がいた。親から継いだ事業のため働かなくても良い身分だから趣味で教師をしていると公言し、担当の社会科では反共ぶりを発揮して、「ソ連では行列して買い物をする」など、当時の水準としても陳腐な話をしていた。
 だから「作りすぎて余らないようにするのが悪いのか」と質問されても答えられず、「庶民が貧しいのは宇宙開発や軍事の予算が多すぎるからではないのか」と、よく言われることを質問されても、「防衛費は多ければ多いほどいいんだ。日本も徴兵制度を復活させるべきなんだ」と頓珍漢な反応だったが、特に呆れるのが「医療や教育が無料であることは良いのではないか」という質問には、「私はうちが金持ちだから関係ない」と。

 この程度の教師はよくいるから、今でいう学校リスクの一種なのだろうし、当時はモスクワの行列についてマスコミが政治的意図から宣伝していたので、鵜呑みにしていたり洗脳されている人も少なくなかった。

 後に、例えば宮崎駿は「肉なんて本来は行列して買うくらいが健全でしょう。そのほうが地球は綺麗ですよ」と言って、不自然な大量生産が汚染を引き起こしていることの象徴として引き合いにだしていたけど、そういうことが言われるより前の時代ではあった。
 もちろん、それよりもっと前から指摘はあった。それが『ノストラダムスの大予言』の映画化にも出てきて、人口の増えすぎで食糧難になるという問題を話し合う国際会議でアフリカの代表が「人口増加というが、世界中の農業で生産されている穀物があれば全人類が飢えることはない。ところが、その穀物を家畜の餌にして食肉に変えるからロスが生じて、鶏だと二割、豚だと五割、牛だと七割が、ロスになる。こうした欧米を中心とした一部の国の贅沢が食糧難の原因である」と発言する。
 
 すると、こういう話をしていると今度は国語の女性の教師が出て来て叱る。「SFなんてくだらない」「古典や名作を」「不安を煽るものではなく、心が豊かになるものを」と言って、「はるはあけぼのようようしろくやりゆく・・・・・」を丸暗記しなさいなどと強要するのだった。これも学校リスクではないか。

 しかし、昔から不可解と言われていたのは、モスクワの行列で、そもそも金が無いとか店に商品が無いというなら買い物に行く人がいないはずなのに、なんで行列するのかということだった。
 それで、直接見た人たちの証言によると、特売品のようなものが来た時は、みんなが買いに来て混雑し、それが無くなると店の棚がほとんど空になり、それをわざと西側のテレビなどが撮影して悪宣伝に使っていたということと、あの行列は買い物ではなくその会計であったということだ。料金計算してその場で支払をするのではなく会計が別窓口で、そこに一気に客が来るから行列になっていた。
 これは日本だとよく病院がそうであるが、このほうが計算しやすくていいのだけど客は二度手間になる。しかしモスクワのスーパーは日本の大学病院と同じで、客の手間を省いてやろうという発想がなかったということだった。

 どうであれ、当時から違和感はあったけれど、主観的願望で語る社会科教師のような人と、社会性のない国語教師のような人(理科などにもいるが)がいて、そんな人たちのほうが、洗脳されやすい人を作るには好都合だから権力が重宝がる、という図式なのだろう。

 


[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-28 17:37 | 国際 | Comments(1)

プロレスと国会とAV

 成人向けの録画「アダルトビデオ」(AV)に描かれる痴漢や強姦は、それが悪いことにされてない内容なので、影響されて模倣犯になる人がでるのではないかという危惧をする人がいる。
 しかし、これは映画『それでもボクはやってない』にも出て来たように、陥れるために何か持っていたらこじ付けることのほうが多いのではないか。コロンバイン高校の乱射事件から銃社会アメリカを告発した記録映画『ボーリングフォーコロンバイン』の題名は、銃社会の問題から目を逸らして犯人がファンだったロックの歌詞に影響されたとこじつける人たちがいたので、ではボウリングもやっていたから何か関係があるのかという皮肉だった。

 ただ、これは歌手の大槻ケンヂが指摘していたことだが、AVはプロレスと共通していて、見世物にするための演出があるのに真剣勝負であるように見せかるものだから、その暴力性の嘘臭さに気づいていれば娯楽だが、そうでなければ真に受けてしまう人がいる可能性ならある。
 もちろん、これはいつも面白可笑しく話す大槻ケンヂのことだから、その大袈裟さに疑いが生じるということについて「馬場さんの脳天チョップは本当に効いているのかな」と言うなど、真面目一辺倒の話ではなかった。

 ところで、国会の与野党のやり取りをプロレスに喩えたため批判を受けて撤回と謝罪した自民党議員がいた。
 もともと、大袈裟で派手という意味でプロレスを引き合いに出すことはアメリカのテレビなどでもやっていることだ。しかし、その自民党議員は「田舎のプロレス」と表現したため、田舎にもプロレスにも失礼だと指摘された。プロレスの地方興行を観戦したことのある人なら知っていることだが、その試合を盛り上げるための迫力は、普段からの大変な鍛え方がなければ成り立たない。

 それに、田舎ではなく中央の中央である国会で、自民党は大仁田厚とか松波健四郎とかレスラー崩れたちを議員にして野党の議員たちに対して乱暴させてきた。松波など女性の議員に対して暴力をふるっていたことは、被害者の一人である辻本清美議員や周辺にいた目撃者などが証言している。

 そもそも、国会をプロレスと言うなら、もっと面白くやっているべきだろう。何か言うにしてもラッシャー木村のよう聞いていて楽しい話をしたらどうか。それすらできないで、下手な喩はやめるべきだ。
 


[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-27 12:54 | 体操 | Comments(2)

運転免許自主返納の特典

 過日、高齢者の起こす交通事故について話題にしたが、こうした高齢者の交通事故が相次ぎ死者が出ている事態について政府が対応を協議し、運転免許の自主返納した人の生活の足を確保すべきという指摘があったと報道された。

 これは、かつて国鉄分割民営化など公共交通手段を虐待しながら、同時に、高齢化社会が来るからと消費税を導入しておいて、交通のことは考えてなかったということだ。
 そもそも、国鉄に代表されていた全国規模の組織化された労働者の存在は権力にとって邪魔だったから潰したというだけのことだ。これは言うまでもない常識だが、無関心の人たちが多く、そんな人たちには問題の構造が見えてこない。あの当時は井上ひさしや野坂昭如が熱心に訴えていたが、理解不能人なほうが多かった。そして二人ともすでに故人である。

 今、運転免許の自主返納をしたら、自治体が特典を与えることにしていて、その多くは次のようなものだ。
 
「タクシー代補助」
「廃車費用無料」
「買い物代行サービス」

 この他、「ヤクルト400プレゼント」もある。直接的ではない景品という感じだ。
 すごいのが大阪府であった。
 
「生前遺影写真撮影料・10%割引」
「遺言・相続・成年後見等の相談料無料」
「葬儀・基本コースから5%割引」

 それなら、なかなか引退しない政治家にも適応すべきだったろう。国鉄分割民営化で労働運動つぶしに成功したと自慢する中曾根もと総理とか石原もと都知事とか。





[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-26 14:19 | 社会 | Comments(3)

パセリの悪循環

f0133526_15592595.jpg

f0133526_15595400.jpg


[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-25 18:44 | 雑感 | Comments(3)

地震と猫と雪

 11月としては半世紀以上ぶりに雪となったが、まだ「♪雪ダルマ作ろー」というほど積もってはいない。積もったら人参を買ってくることにしよう。

 このところ暖かかったので、夜に布団をかけて寝ていたら大汗かいて目が覚めたことがあったけど、今日は予報のとおり急に気温低下した。屋外ではけっこう寒いようだが、なぜか軒下に鳩たちが寄って来る。雪のために食べ物が見つからず、それで、前にこぼした穀物を軒下に、鳥が食べればいいと思って置いておいたから、それを見つけたのだろうか。

 このような気候だと、寒いのが苦手な猫たちは色々な対応をしているらしいが、『夏への扉』を探す猫もいるけれど、手っ取り早くどこかに潜り込む方が多いようだ。昨日はブラッドベリの話題だったが、日本ではSF小説の人気投票をすると、『夏への扉』『火星年代記』『アルジャーノンに花束を』が必ず上位になる。そして、これらはSFなのだろうかと疑問に思う。

 ところで、雪の描写といえば『闇の左手』の踏破の描写がすごかったが、北海道に住んでいる人によると、北海道の冬は猫が凍死しているのを見ることが珍しくないそうだ。暑いときに猫のいるところが涼しいと昔から言われているが、寒さには弱い。
 今年は暖かすぎるので「冬への扉」を探して北海道に行ったが、函館でまず「あ、涼しい」と思った。そして帰りには青森でジメジメした感じがして、東京でもっとジメジメしていて体調が悪くなった。だからまた本当に北海道に行こうかと考えたが、冬は観光客が少なくて空いていて、特に高い山のない北部はスキーやスノボの客がおらず流氷見物の客ばかりだから空いているけれど、寒さは覚悟したほうがいいと宗谷に住んでいる人に言われた。

 そして地震があったけれど、猫を飼っている人たちによると、地震の前も最中も寝ていたそうだ。動物の中には地震を予知するものがいるけど、猫は海の時化は気づくことがあると漁村の人が言っていたが、地震には無関心のようだ。 
 
 そもそも猫には災害の予知が無用で、なぜなら逃げ方が上手だからだ。したがって自然災害のとき猫の後に付いていくとまず助かると昔から言われているが、狭いところをすり抜けたり高い所に飛び上がったりできる猫の後に人間が付いていくことはほぼ不可能だとも昔から言われている。

 余談だが、22日、名古屋市の路上で下半身を露出したとして、愛知県警は県警外事課の30代の男性警部補を公然わいせつの疑いで書類送検したと発表した。その警部補は「(下半身を)しまい忘れた」と話しているという。猫の舌じゃあるまいし。



[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-24 17:52 | 文学 | Comments(2)
 あることをきっかけに中学の同級生のことを思い出した。彼がブラッドベリの小説『華氏451度』を読んだという話をしていた時、その筋を追っているだけで物語についてほとんどわかっていないのではないかと思ったものだった。
 そして、彼はどんな小説を読んでも理解できないでいて、ただ暇をつぶしているだけであることが、その話から判った。それでも楽しいのなら良いかもしれないが。

 それはともかく、後に自分でも『華氏451度』を読んだのだが、その前にトリフォー監督の映画化を観ていて、少々違った印象だった。
 この物語は、読書が禁止されている世界が舞台で、主人公は焚書の仕事をしていたが、たまたま本の面白さを知って密かに読書するようになる。これについて、原作だと言論弾圧という印象であったが、映画化では読書が他人の考えに惑わされて自分を見失うものだという禁止の理由に説得力を持たせているような印象だった。

 この読書に否定的な印象は原作からの他律的なもので、映画化で強まったけれど監督がとくに意図したというほどではないような感じもする。つまりもともと原作にあったことだ。
 それに、ブラッドベリの小説でもう一つ有名なのが『火星年代記』だが、ここでは最後に主人公が自ら書物を燃やしてしまう。「わたしは、いま、生き方を燃やしているのだ」と。
 これは核戦争で破滅した地球から火星に逃れ、地球と決別する決意をしたから、地球から持ち込んだ本を燃やしてしまい、続いて地球の地図も火に投げ込む。

 あの、ショーペンハウエルの警告「読書とは他人に考えてもらうこと」を連想するが、それとも少し違い、『華氏451度』では「大事なのは人間の考えたことで、それを忘れないように書いておくのだ。本はただの紙だ」という趣旨の言葉が出てくる。
 それで、考えたことについてどうなのか、ということになり、権力が読ませないように燃やすこともあれば、自分で読まないように燃やすこともある。

 そんな感じがした。しかし、あの同級生のように暇つぶしで充分楽しいという人もいる。




[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-23 16:11 | 文学 | Comments(2)
 報道の中で「無職」とされている人は、いったいどうやって生活しているのかと考えたことがある人は少なくないだろうが、その場合だいたい思い浮かべるのは、親とか恋人などに付いているニートとかパラサイトとかいわれている状態であるか、親などの遺産がある人のことだろう。

 ところが、仕事をして稼いでいるのに、それを認められないで「無職」にされている人がいる。そういうと、売春とか暴力団とか非合法な場合を想像する人が多いはずだが、そうではないのに、社会一般的には職業として認知されていても、権力からすると職業のうちに入らないとされることがある。

 あるマンガに「男色家とは職業ではない」というセリフがあり、もちろんギャグとして言っているのだが、国家資格のある専門家ではなく趣味の延長の専門家でも、それを収入につなげている人たちがいるから出てくる言葉だ。

 そして、前に実際にあったことだが、政治的な活動により指名手配され「過激派」と呼ばれていた人が逮捕され、警察の尋問で職業は「革命家」と答えた。政治を飯のタネにしている人がいて、これはよく似非右翼ないし似非左翼と呼ばれ、「運動屋さん」「右翼屋さん」「左翼屋さん」と皮肉られることもある。
 しかも「職業的革命家」は、革命に成功すれば権力の側に立てるが、そうでなくても寄付金などで生活していけるから、まじめに仕事しない方が安全で楽だということで堕落する人もよくいるものだ。

 こうした極端な存在は別にしても、宗教家、音楽家、画家、小説家、作家、著述家、あるいは著作者、役者、キリスト者、というように「家」「者」である人が仕事で「屋」になることもあり、こういう存在一般に対して、権力とか体制とかいう側は認知しないことが少なくない。
 
 それで、ある人が家族が亡くなり法的手続きをしているさい、警官から職業を訊かれ「ライターです」と伝えたら「じゃあ無職ですね」と言われ書類にも記入されたので、警察は人をそういう分類しているのかと思ったそうだ。
 そして、ニュースで「無職」と言われてる人も実は何かやっているのだろうなと思ったそうだ。

 ただ、自分の経験だと、自由業とかフリーランスとかいうものを「個人事業者」だと言えば無職と受け取る人はそういないが、「請負業」と言えば無職だと受け取る人がかなりいる。
 また、個人事務所を会社形式にしている人は、もちろん節税のためにやっている人もいるが、信用されやすいということもあるのだろう。不動産賃貸とかクレジットカードとか審査がある場合にも有利になることがある。

 また、高校の同級生に交通事故で死亡した人たちがいるのだが、二人で同じ自動車に乗って衝突してしまい、これが派手なぶつかり方だったので新聞の地方版に記事が載ったところ、二人とも受験浪人なのに、一人は予備校に通っていたので肩書が「予備校生」、もう一人は自宅で勉強する「宅浪」だったので「無職」とされてしまった。
 
 こういうこともあるから、何かに所属しようということになるのだろう。



[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-22 18:34 | 経済 | Comments(2)
 欧州の50歳の建設作業員の男性が、「エナジードリンク」を一日に4から5本を飲み続けて3週間したところで急性肝炎を発症したという話をきいた。
 この男性の症状は、エナジードリンクに含まれるナイアシンとして知られるビタミンB3の大量摂取によって引き起こされたと考えられている。

 この建設作業員の男は、いつもの食生活をしながら、毎日の仕事への活力を補うべくエナジードリンクを飲み始めたが、その後まもなく、彼は異常な疲れと腹痛を覚えるようになり、吐き気や嘔吐の症状が出はじめたという。

 このとき彼はインフルエンザかと思ったが、黄疸が出た時に別の異常であると気づき、病院で検査を受けたところ、慢性C型肝炎を示す高いレベルの量のトランスアミナーゼ肝臓酵素が認められ、重症肝炎が明らかになった。


 このような症例は過去にもあり、このため過剰摂取の危険がまた指摘された。しかし、以前同様のケースが報告された時は1日300mgのナイアシンを摂取していたのに対し、今回の彼の1日のナイアシン摂取量は約160~200mgで、これは毒性を引き起こすと予想されるレベルを下回っていたから、毒性が蓄積されたと医師はみているとのこと。


 かつては、薬と違って栄養剤だと余分でも排泄されるので安心だと言われていたが、そうではなく過剰摂取は悪影響があると言われるようになってきた。

 これについて、もう10年くらい前に知り合いの医師から、診断ではなく私生活上で指摘をされていた。このとき、通販で色々と買って持っていたので、それを注意されたのだった。


 そして最近のことだが、ドラッグストアで働いている薬剤師が言っていた。
 「薬店に勤務している立場からは言いにくい事実だが、そもそも栄養を人工的な工業品であるサプリとかドリンク剤で摂るのは不自然なことで、内臓への負担も指摘されている。もともと病気中や手術後など健康上の具体的な事情がある場合に、緊急的とか一時的とかいう使い方をするものだ。それ以外ではなるべく避けるべきで、少なくとも、これを飲んでいれば安心だとか、より健康になれるとか、そんな勝手な思い込みや宣伝に載せられたりで日常的に取り入れることは絶対にやめるべきだ」

 というわけで、サプリメントなどに依存しないよう、普段からの食生活に配慮することにしている。それはそれでけっこう大変なのだが、そのほうが楽しい。



[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-21 17:55 | 学術 | Comments(3)