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by ruhiginoue

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「医学部に行くな」

 ネット上で話題の、ヘボなレイアウトの広告。
 予備校の宣伝で受験生らしき女性の写真の右側に「医者になるんだ、私。」という文字だが、下には大きな文字で「医学部に行くな」とある。
 やめておけという意味みたいだが、よく見ると「医学部に行くなら」で、最後の「ら」が白い文字なのにシャツの白い襟と重なっているため見えにくくなっている。

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 これをデザイナーの失敗ということで笑っているだけではなく本気にしてしまいそうなのは、このような広告が始まったのが、かつて医者になりたがる人が多く医学部は狭き門という時代からで、しかし、もう医療は斜陽産業だから、古い発想で医学部に行くのはやめておけ、という意味になっても通用してしまうからだ。

 実際に、医師や薬剤師で転職を真面目に考えていると言う人たちがいる。これには色々な意味があって、忙しさと収入の両方の観点から手間暇費用をかけた見返りがないとか、仕事自体がつまらないとか、やり甲斐がないとか、意義がないとか、そうした実態についての指摘がされている。

 それを言ったら、他にも色々な分野の業務について同様に言えるのだが、ついに医歯薬系まで、その兆候がかなりはっきり見え始めたと医師や歯科医や薬剤師たちが言っている。

 それでも、楽しいから大学に行きたいということもある。芸術系の大学に、食えなくてもいいから行く人たちと同じだ。医学部は楽しいだろうか。看護師をやっている女性は「つまんないよ」と言っていたが。

 ところで、上記の「1対1完全個人指導」というのは、料金が高いのではないか。実は数学で受けたことがある。といっても受験ではなく大学に入ってからで、一般教養の分野ごと科目選択で理数系も何教科か履修するさい「数学」があって、これが物理や天文学や生物学と違って実験が無いから人気が無く、履修する人がいつも数人しかいない。だから欠席する人がいるとマンツーマンになることがしょっちゅうだった。
 おかげで丁寧に教わったのだか、受験のときにこれだったらよかったのに、と思った。そうなるとやはり親に金のある人が有利だ。
 
 あと、高校までは基礎知識ということでΣとか∫とか漠然と教えるから無味乾燥になるけど、大学ではコンピューターのプログラムのとき使えるというと面白かったし、経済の問題で金もうけのために利用したら意義があるから血眼になる。
 だから、よく言われるように、この利用法を先に教えるほうが良いと思う。高校の数学の教師は、「とにかく試験で赤点を取らなければいいんだ」だったから、つまらなかった。


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by ruhiginoue | 2017-01-11 09:07 | 学術 | Comments(2)

年賀状が減り続けるわけ

 今年の元日に配達された年賀状は前年比約6%減の16億4000万枚となり、これは8年連続で前年を下回ったことになるそうだ。
 その頂点は1993年だったが、それから4割も減ったことになる。この背景に、やはり電子メールやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の普及があると指摘されている。
 このため日本郵便は、若者層を取り込むためコマーシャルに人気アイドルグループ「嵐」を2年連続で起用したが、それでも年賀状の利用減に歯止めをかけることはできないでいる。
 
 それは仕方ないことだろう。今年も来た年賀状が電子メールばかりだったし、Twitterのメッセージでも、このブログのコメントでも、年末年始の挨拶をしていた。絵を描いて画像添付したメールもあった。
 これでは、いくら宣伝してもダメだろう。

 あと、もともと年賀状に嫌気がさしていた人も少なくない。年を追って枚数ばかり増えていく。そうなると費用がかかりすぎる。それだけの費用をかける甲斐もない。なぜなら、同級生とは疎遠になり、親戚は死んで、その一方で仕事の義理やダイレクトメールの年賀状ばかり増えるから、手間と金ばかりかかってつまらない。
 
 そんな人が多いから、若い人たちにアイドルで宣伝をしているのだろうが、若い人ほどe-mailやTwitterじゃないのか。
 だから、気になるのは安定した経営の財源という観点だけだろう。年賀状の収入が減った分、普段の手紙と葉書の料金を値上げしないといけなくなるかもしれない。
 それでも、料金が高く、郵便の数が少なくなって、しかし確実に届く、というのでも良いと思うのだが。 
 
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by ruhiginoue | 2017-01-10 06:23 | 国際 | Comments(5)

成人式と兵役

 毎年、マスコミや老人たちが「荒れる成人式」を楽しみにしている。今年はどんなふうに暴れたりするのかと面白がっているくせに、「これでは日本の未来が心配だ」などと心にもないことを言うわけだ。

 もうひとつ、成人式というと昔のように兵役をするべきだと言うオッサンがいつの時代にも一定いるものだ。そうやって鍛えろとか躾けろとか、偉そうに説く。
 これを中学の学年主任の右曲がりの年配教師(当人は若いつもりらしい)が授業中に抜かした。
 これに対して反対する生徒もいたが、それを待ってましたと言わんばかりに、その教師はボルテージを上げた。言葉と語気だけで中身は同じだが。

 だから、賛成だと言った。反対しそうだと思われていたようで、怪訝そうにされた。それで説明した。徴兵があれば、みんなで決起してリビアのカダフィ大佐みたいに体制を転覆させられるじゃないか。そしたら、その教師は黙ってしまった。

 ところで、リビアでもイラクでも今のシリアでも、大手マスコミは欧米のプロバガンダを受け売りしているが、この批判に対して当の大手マスコミ記者らが反発している。
 しかし、いつも記者クラブから垂れ流される「情報」を「報道」と称し受け売りすることに慣れ切った記者たちが、戦争の時だけ命がけで情報操作に抗するなんて奇跡が起きるものか。

 ということで、大人になるためには教師にもマスコミにも騙されないようになる訓練を早くからしておくことだ。 
 
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by ruhiginoue | 2017-01-09 12:53 | 社会 | Comments(4)
 菅野完著『日本会議の研究』によって名誉毀損されたという訴えに対し、裁判所が販売の差し止めを命じたと報じられている。
 これは、一か所だけ真実とは認められない記述があるということだった。他の争点では、すべて著者側の主張が認められたということだ。だから、著者と出版社は、言い分のほとんどが裁判で認められたことを強調している。

 それなのに、一か所だけの問題で販売差し止めになるとは、どういうことか。その、真実とは認められないというのは、あくまで根拠が薄弱ということであり、客観的な事実に明確に反しているということではない。
 だから、文句のある人が反論するべき程度であり、このような場合は、一部に問題があるけれど他はおおむね正確であるから違法とまでは言えないというのが、過去の名誉毀損の通例である。
 つまり、出版の差し止めを命じる要件を満たしていないのに、販売差し止めを命じたのであり、これはやはり、政権に対して日本会議が大きく影響力をもっていることから、裁判官が政治的配慮をしたとしか考えられない。

 これと次の例を比較してみよう。既に報告したとおり、2012年に杉山功郎弁護士(虎ノ門法律経済事務所)を訴えた。この人には色々な方面から批判がある。
 この結果、同年8月9日にあった東京高裁判決で、杉山功郎弁護士が書面に記述したことは、「事実として認めるに足る証拠が無いものであるといわざるを得ない」と認定された。
 ところが、これが故意であるか明確でないというので、損害賠償が認められなかった。普通、故意でないとされるのは、結果として間違っていたが、しかし、いちおうの根拠がある、という場合だ。なのに、これは被告に甘い判決である。
 このとき、杉山弁護士は東京弁護士会の役員をしていた。弁護士会は裁判官の天下り先であるから、その違法行為を裁判所は断罪したがらないことは周知のとおりだ。

 これとは違い、前にインターネット上で嘘を書かれたので訴えた複数の裁判では、相手が権力を持たない一般人だったので、どの裁判でもこちらの主張がすべて認められて賠償金も得ている。

 このように、名誉毀損の訴訟は社会的・政治的に不公平なのだ。
 



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by ruhiginoue | 2017-01-08 08:25 | 司法 | Comments(2)
 TOKYO MX『ニュース女子』という番組は、女性のタレントたちを相手に「識者」ふうのおっさんたちがネトウヨとまったく同じヘイトやデマの説教をしており、沖縄の問題など現場を知っている者にとっては見るに耐えないひどい内容で、BPOに訴えると言う人たちもいるほどだ。
 この番組を制作したのは悪名高い『そこまで言って委員会』と同じだから、こうなって当然だという指摘もあるけど、スポンサーが美容液のDHCということで、この会社がこのところウヨ番組の提供をしていることから、不買運動を呼び掛けている人たちがいる。
 もっとも、この商品は派手な宣伝とともに無料サンプルがあると謳っていて、これを工夫して何度も手に入れさえすればいいとか、そうして手に入れたものをネットで安く売る商売をしている人たちもいるから正規に買うのはバカとか、そんなことも言われている。

 昔から、このての女性むけプロパガンダの番組はあった。有暇マダムの無知につけこむ世相講談師と皮肉られた元週刊ポスト記者・竹村健一の「奥さん、朝日新聞なんかには書いてないから知らんやろけどね」とか、『レディス4』で男性司会者が「週刊新潮や週刊文春に書いてあるとおり中国の日本軍は侵略者どころか地元の人たちにとても好評だったんですよ」と言うと女性たちが「ふーん知らなかったわあ」と大袈裟に言うなど、テレビのウヨ番組は女性に上から目線というのが相場だった。

 それに、もともと美容は広告がものをいう業界だからプロパガンダが入り込みやすい。あの高須クリニック院長の一連の言動と同じ構造である。ただ、今は昔と違って批判がネットで拡散と連帯するようになった。その点では昔のテレビが一方的の時代よりも良くなったと言える。

 それに、企業が商売のうえでポリシーを持つことも結構なことだ。だから『通販生活』誌が「原発まっぴら戦争まっぴらが左翼なら、左翼で結構です。良い商品が欲しいだけで政治の話は嫌なら、申し訳ありません。今迄ご購入ありがとうございました」と言ったわけだ。
 これとDHCも同じだ。もう買わなければいい。もともとサンプルで済ませられる商品だし、他に良い商品はいくらでもある。

 ただし、雑誌と違って公共の電波でやるなら「何を言おうと勝手」とはいかない。購買とは別に内容を問題にしていかなければならない。



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by ruhiginoue | 2017-01-07 12:21 | 社会 | Comments(2)
 初詣に行ったら不気味だったと話題になっている。
 その、神社の改憲署名よびかけは、日本会議の存在が注目されたことに加え櫻井よし子のポスターが不気味すぎるということだった。『シャイニング』や『バットマン』でジャック ニコルソンが笑っている顔と酷似していたからだ。

 そういうことが特にあったけれど、もともと神社庁は傘下の各神社に「祝日には国旗をあげましょう」と法制化前から呼びかけるポスターを貼らせるなどしてきた。「宗教に政治を持ち込むな」と言いたいところだが、戦前の役所としての神社庁に戻り国教になりたいという邪心がある。
 これは創価学会も同じで、国教になって他の宗教は無くしてしまうのが目標だと公言していた。だから、ここからできた公明党が自民党と組んでいることで「もし、このまま続けば」(ハインライン)、宗教対立する可能性がある。

 だいたい、神社は知っていても「神道」を何と読むか知らないどころか言葉自体を知らない日本人がよくいるのは、伝統的な信仰に基づくものとはかけ離れているからだ。ユダヤ人で敬虔なユダヤ教徒でも、あるいはそうであるからこそ、シオニズムに反対しイスラエルの蛮行を批判する人たちがよくいて、この事情は日本も同じだ。 

 ところで、ある神主が、参拝に来た人たち皆が二礼二拍手一拝するようになったので神社が余計な混雑するようになったと言っていたそうだ。なぜならこの参り方は明治時代に政府が形式化して広めたらしく、もともとはこんな形に拘りはしなかった。
 そもそも、神様ともあろうものが人が決めたものでしかない作法を守らないからと怒るわけがないし、怒るなら他にもっと怒ることがあるはずだ。

 そういえば、あの『禁じられた遊び』の原作では、十字架を取ろうと教会の屋根に上った少年が転落死し、これは神の怒りに触れたのだ、という結末だったけれど、十字架はしょせん偶像だし、戦争の被害者の子供の無邪気な遊びだったのだから、そんなことに神様が怒るわけない、怒るなら戦争する大人にだろう、ということで映画化では結末を変え、あの戦争孤児たちの悲しい場面にしたそうだ。

 つまり、神様が怒っている宗教がいろいろと幅を利かせているということだ。



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by ruhiginoue | 2017-01-06 18:00 | 映画 | Comments(0)
 給付型の奨学金制度が話題になっているが、これは奨学金の名を騙る高利貸しが大手を振ってきたことが問題になったからだ。

 しかし、私立大学と違って国立大学は、このような問題から外れている。私大の学費は大学によって金額が異なり、かなりの差があるけれど、国立大学では学費が一定に決められていて、私大に比較して安いし、出身家庭の経済状況によって減免の制度がある。
 そして、ここで問題となっているのは、制度が解りにくくて利用しにくいということだ。このため、制度の改善が必要だが、その前にまず、利用すれば有効な人たちに周知させるべきだと提言をする人たちがいる。

 ただ、それをやっても受益者は多くないだろう。そもそも、大学で学びたいけれど学費がないという人は、まず国立大学の入学試験に受かることができないからだ。大昔と違って、入試の競争に勝てる人は親に金がある人で、そうでない人は例外的だ。

 また、その例外的な人について、身内の一人が言っていたのだが、その身内は東京大学の学生だったとき、よく寮の人たちと交流があり、ここには地方から出て来てうちがかなり貧しいという人までけっこういたけど、そんな人たちは、親が貧乏ではあるが意識が高い人だった。学者肌とか芸術家肌で売れないから貧乏というような人が目立つ。
 そんな人たちは、平均より所得が低くても学問に対する関心や理解の度合いが高い。だから金が無いなら工夫して成績を上げて進学して、ということを追求して当たり前だった。
 このような人たちは少数派だろう。

 また、親に収入はあるが賭博や愛人で散財するから子供の学費が無いという人は、いちおう収入があるので減免の審査で撥ねられてしまうし、徹底的に収入が無くて生活保護だと、義務教育ではないから進学不可とされてしまう、という実態があり、こちらのほうが深刻な問題ではないだろうか。




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by ruhiginoue | 2017-01-05 17:53 | 社会 | Comments(0)

8½は八っか二分の一

 フェリーニ監督の映画『「8 1/2』は、「ハチ(ッ)カニブンノイチ」と読み、これは当時「と」より「か(箇)」が主流だったからで、明治時代から両方の読み方で良いとされ、戦後の教育では1970年位までは「か」、それ以降は「と」と教えるようになったらしい。
 
 ところが、小学五年生のときのこと、「か」と言っている教師がいたし、この映画の題もあって算数の時に「か」と読んだら、女性の担任教師に叱られてしまった。
 
 これが、「昔は二種類の読み方をしたけど今は[と]で統一することになっている」というのではなく「そんな言い方は無い」と決めつけた。

 その後も、何かにつけては授業中に「三と四分の一、井上に言わせると三か四分の一、ね」と嫌味を言った。
 しかし、この小学校の他の教師にも「か」と言う人がいるので、その教諭の嫌味に同調して笑う児童は少なかった。担任に睨まれたくないから黙っている人が多かった。

 この教師は他の分野でも変なことばかり言っている人で困ったし、嫌な思い出がいっぱいある。のちに専業主婦になるからと教師を辞めたそうで、それなら俺の担任になる前に辞めといてくれと言いたかったが、さらにのち離婚したという噂をきいて、教職に戻るんじゃねえよと思ったものだった。

 こんなことを『ゴッドファーザー』の放送で思い出してしまった。音楽が同じイタリアの巨匠ニーノ ロータだからだ。
 この幻想的な(人によっては訳の分からないという)映画は、かなり人気がある。そしてこの音楽も。





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by ruhiginoue | 2017-01-04 17:25 | 学術 | Comments(2)
 「『紅白歌合戦』なんてやめちまえ」という人たちがいるけど、そうじゃなくNHKが放送を全部やめちまえばいいのだ。
 例えばもう一つの年末恒例FMのバロイト音楽祭は、かつてはこれで聴くのが貴重な機会だったが、後に録画が発売され、買わなくても上野の資料室で鑑賞できるようになり、今は動画サイトでいつでも色々と鑑賞できる。他の文化でも同様だ。だからNHKなんて無用になったし、そのうえ報道は政府広報だから、いらなくて当然だ。

 これも年末の恒例らしいが、「西野カナさんが初受賞」とは何かと思ったら「レコード大賞」だという。
 「誰?それ」という声はよく聞くが、「えっ!レコード大賞なんてまだあったの?」というのが正直なところだし、「レコードとかCDなんてものがまだあったの?」と驚く人も多いし、そもそも「何か録音したものを受る商売がまだあったの?」と驚くべきかもしれない。

 まだあったのか、というべきものに年賀状もある。
 かつて本多勝一氏は、年賀状を割引料金にすべきと主張してボイコットし寒中見舞い状にしていたが、自分は逆意見で、独立採算制の公共事業を維持するため年賀状の料金は高くて良いとしていた。
 しかし民営化で意味がなくなったから、その時から年賀状は一切やめてしまった。もっとも、これは自分だけでなく、今では新年の挨拶もe‐mailの人が多いはずだ。年賀状は古い人か義理のある人だけのものになっているのだろう。

 ところで民営化といえば、今、かつての民営化路線の綻びの件で、歌手で元国鉄職員の藤井フミヤは、労働運動もしたけど原宿や渋谷の楽しさを知ってしまい辞めて芸能に行ったことを新聞のインタビューで語っていた。
 たしかに、彼が人気を博した80年代に、渋谷や原宿は若者を堕落させて刹那的で保守的にさせる場所だと言われていた。そして若者は消費と恋愛だけで刹那的かつ保守的になるように仕立てられた。その象徴がチェッカーズと松田聖子だった。
 これは日本だけではない。デビッドボウイも80年代に見事に変節したし、ジョン レノンも死ななかったらたぶん同じか、もっと醜いことになっていただろう。

 また、国鉄分割民営化とは、労働運動の脱線に付け込み、政治が原因であることまで末端の労働者が悪いというプロバガンダが大手マスコミによって大々的に行われ、時事通信の屋山太郎と竹中平蔵の先輩の慶応の加藤寛がデタラメを言って煽り、これに対して井上ひさしや野坂昭如などが反対していたが、しかし財界の圧力と当時のレーガン・サッチャー民営化路線が日本にも響いていたから抗しきれなかった。

 そのツケが、今になって回ってきたのだが、ここで生き残るためには、これまでの文化を全否定するところから始めないといけない。今まで楽しいとか価値あると信じていたものは全部嘘で間違いだったと。そうしないと、政治や経済だけでは解決できない。
 こう発想を転換すると、気持ちが楽になる。みんなそうするべきだ。

 

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by ruhiginoue | 2017-01-03 08:53 | 芸能 | Comments(9)

年末年始のしらけ酉年

 年末年始といえば、まず、前に住んでいたところで、除夜の鐘をつかせくれるという寺があるから行こうと同級生に誘われ、先着108人だろうから早めに行ったら、そうじゃなくて来た人全員に好きなだけつかせてくれるということだった。だからこの寺の除夜の鐘は毎年何千回と鳴り、近所に住む人はうるさくてしょうがないそうだ。
 このような寺は他にもあるそうで、大晦日に来る人の数だけ煩悩があるというわけだ。

 また、「一家団欒を大切にし、食事のときはテレビを消そう」と言いながら、年に一度の団欒で親戚まで一緒にすごしたりもする貴重な時に「紅白歌合戦」だの「ゆく年くる年」だの「スターかくし芸大会」だのを観ている人たちがいて、うちの親もそうだったから、子供のころから疑問だった。
 ところで、紅白歌合戦に、なんでこんな歌手が出ているのかと毎年の話題で、芸能事務所の「枠」があるからだが、ウイーンのニューイヤーコンサートの指揮も、務めれば栄誉といわれるが、後ろ盾の有無で決まり人気と実力ではない。どんな分野でもみんなそうだ。しらけてしまう。今年は酉年だが、小松政夫の名ギャグ『しらけ鳥音頭』を思い出す。

 ところで暦のことだが、元号は政治的な云々より不便すぎて実用的ではなくて、それよりははるかに西暦が便利ではあるが、これが良いことにもならない。イスラム歴なども同じことだ。
 だからメートル法みたいに世界共通の暦を作ってみんなで使用し、実用ではなく文化として使用するさい、それぞれの暦を利用するようにすべきだと前から思っている。誰か国連に提唱してくれないか。



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by ruhiginoue | 2017-01-02 21:16 | 雑感 | Comments(19)