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by ruhiginoue

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 オーストラリアのアボリジニ族の狩猟道具から玩具のブーメランが生まれたが、これはよく誤解されていて、標的に命中したうえ戻って来るという都合が良すぎる武器として活劇に描かれることがあるけれど、そんなことはあり得えない。ほんとうは回転することで弧を描き戻って来るから反復して投げることで鳥などの獲物を追い込むためのものだ。

 どうであれ、ブーメランとは戻って来るものである。そこから喩えとして例えばフランス映画『ブーメランのように』(1976年、原題『COMME UN BOOMERANG』)という題名の作品がある。これはアランドロン扮する元やくざ者の主人公が、今では実業家として成功しているけれど、その地位も財産もなげうって、逮捕された息子を警察から奪還する決意をし、かつての侠気を取り戻すという話である。
 また、西城秀樹のヒット曲『ブーメランストリート』も、「♪ブーメラン」と繰り返した後に「きっとあなたは戻って来るだろう」と唄う。

 ところが、誰が最初に勘違いしたのか、他人を批判した内容が自らにも当てはまるという意味で「ブーメラン」と言っている人たちがいる。もちろんいわゆるネットスラングであり、使っているのは程度の低い「ネトウヨ」ばかりである。
 ところが、これを産経新聞はサイトの見出しに使用していて、しかもネトウヨと同じように政府に媚びて「民進党の批判はブーメラン」と記載してしまう。これは、喩えとして不適切であるうえ、内容が記事にも論説にもなっていない。ただの提灯持ち、それもヘタクソなものだ。
 これが、よく2ちゃんねる掲示板など各地に丸写しされていて、ネトウヨが受け売りしているというより産経新聞の関係者が受け売りされているようにみせる自作自演をしているような、実に情けない状態である。

 これだけなら、一部の愚か者のやっていることですむが、総理大臣がよく口にするから日本は末期的だ。「ブーメラン」という間違った喩えのネットスラングを使用するだけで充分みっともないが、しかも「天に向かってブーメランを投げているようなもの」と身振りまで交えて国会で言っていた。この人は「天に唾はく」というよくある喩えを知らないのだろうか。
 これだから「云云」を「伝伝」と読み違えたりもするのだろうし、上に投げれば何でも落ちてくるが横に投げて戻って来ることに意味があるブーメランを、この人は知らないのかもしれない。
 
 こうしたお粗末は情けないが、それよりも、自分の不祥事を問題にされたら他人のことを言い出すというのが醜い。こういうことは小さい子供が大人に叱られたときにやることだ。これだから「還暦幼児」と言われるのだろう。
 

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by ruhiginoue | 2017-02-28 16:56 | 政治 | Comments(0)
 トランプ大統領のTwitterは、やはり膨大なフォロワー数だが、フォローしている数は少なく、その多くは身内のものだ。
 しかし中には気に入った人のアカウントがいくつかあり、この一つがオライリーというアメリカの人気テレビ司会者だ。

 このオライリーは、ことさらタカ派ぶった発言をすることで受けをとることで知られ、視聴率を稼ぐのでハリウッドスターなみのギャラをもらっている。これは日本のテレビでいうと故やしき、辛坊、などが似たようなものであるが、しかしあくまでタカ派であって、日本のように弱い者いじめで受けているというのとは異なるから、まだ健全と言えるだろう。
 そしてオライリーは、自分の個人的な見解を問われると、「死刑制度なんて野蛮なものは絶対に反対です」とか「同姓婚の夫婦が養子をとることには賛成です。愛情のない両親よりは子供のためになるのだから」などと、本来はリベラルの主張だったことを言う。
 ではタカ派発言は受け狙いだけで本心ではないのかというと、そうではなく、無党派として言いたい放題と標榜していたが嘘で、実は共和党員だった。

 つまり、かつてリベラルとされたものが今では常識となってきたので、リベラル派の唱えることが特に進歩的ではなくなってしまい、特色を失ったということだろう。
 そこで、やはり受け狙いでタカ派発言をしてきたトランプが大統領に上り詰めた。これをリベラルが批判しても特色に欠け、しかも売れていてセレブといわれる芸能人たちがリベラルぶって批判しても庶民からは反発されこそすれ受け容れられはしないと指摘されている。

 また、田舎の庶民からすると切実な問題について、都会で成功した人たちの語ることは絵空事に見えてしまう。ここから生じた「地方の力」によって、惨敗に決まっていると言われていたトランプが当選したのだという指摘があるけれど、これで思い出したのは『ベストヒットUSA』の司会をしていた小林克也が「アメリカは広大な田舎なんです。みんなアメリカというとニューヨークやロサンゼルスといった大都会をまず思い浮かべるけれど、それはアメリカのごく一部で、他はどこまでも続く田舎なんです。そういうところで聴かれている歌がヒットチャートの上位になるんです」と言っていたことだ。

 かつて田中角栄総理が都会でどんなに批判されていても地方で支持されているという問題につて、大手マスコミが金脈問題やロッキード事件などで田中角栄批判の大合唱の中、朝日新聞は本多勝一記者が「田中角栄を圧勝させた側の心理と論理」を掲載した。
 いくら「列島改造」など田中総理の政策は大企業のためで地方は豊かにならないという実態を告発して批判してみせたとしても、地方の人たちはこう言う。
 「他の候補者は口先でよく公約しますよ、こんなに融資するの、生活を楽にさせるの。バカこくなって言いたいのう。カネは天から降ってこんし、地から湧いても来ないに。天からは雪ばっかし降ってくるし、地からは地震や洪水だわさ。田中先生は違う。夢みたいな公約などせんで、道が狭ければ広げる、雪があったらどかす、これだ」

 そして本多記者はこう指摘する。
 「角栄だけがなぜ悪い―この、中央政界やマスコミへの不信感は、角栄に投票しなかった住民の間にさえ一般的である。自民党の他の派閥のリーダーたち、福田赳夫や中曾根康弘や『大平』『三木』等々は、果たしてカネにどれだけキレイだというのだろう。『田中金脈』に熱中したジャーナリストにしても、田中以外に決して追及の手を広げようとはしないし、『自民党』を追及しようとしない。『角栄』だけに必死でしぼっている。これでは自民党内の他の派閥なりアメリカCIAなりに操作されている出版社に、かれらが利用されているだけだと噂されても仕方がない。こんな連中の『金脈追及』などチャンチャラおかしいとみる人々に対して、田中批判は何の説得力も持ち得ないのだ」

 まったく、国境に障壁を作ると言ったり、大手マスコミと対立して見せたり、というトランプ大統領と同じような図式ではないか。
 さて、トランプ大統領をアメリカのセレブに合わせて批判している朝日新聞を含めた日本の大手マスコミは、こうした認識を持ち合わせているだろうか。


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by ruhiginoue | 2017-02-27 17:38 | 政治 | Comments(12)

文系の顔と理系の顔

 大学で文系の人は丸顔で理系の人は面長だと言っている人たちがいる。そんな印象があるれど統計をとったわけではなく、おそらく理系の人は頬がこけているからで、顔の形が違うのではないだろうとか、頬がこけているように感じるのも錯覚で、太っている人もよくいるから、神経質そうな顔つきによる印象だろうとか、いろいろな指摘がある。

 また、女性が男性に対して、イケメンは文系の方に多く、理系はオタクっぽい、という偏見をもっている人もいるが、これは文系に比べて理系にはオシャレしない人が多く、なぜなら実験などで服が汚れるからだと言う指摘がある。ちょうど芸術系で、音楽学部はオシャレする人が多いけど美術学部は汚れてもいい恰好をしているというのと同じことのようだ。
 
 このように、他の事情による印象が大きく影響していると言える。

 かつて83年だったと思うが、NHKのトーク番組『YOU』で、文系と理系というテーマだったことがある。その当時は不明だが、この直後は司会が糸井重里になっていた。
 この番組の中で「文系の顔と理系の顔」ということで大学生たちの顔を比較していたが、文系は良く言えば優しそう悪く言えばオットリという人相で、理系は良く言えばキリッと利発そう悪く言えば冷たそうという人相だということだった。
 これもサンプルが少なすぎて比較にならなかったが、ことさら極端な例を挙げていて笑い話にしており、つまり真面目なものではなかったのだろう。

 ここでSF作家の小松左京がゲストに出ていた。外国語を専攻した立場から科学を題材にした小説を書いているということで話をしていた。
 また、このとき彼が原作と製作をしていたSF映画『さよならジュピター』の話をして、その場面も一部紹介されていた。走りだったCGを本格的に使用したりと凝っていたが大赤字を出してしまったという映画だ。『日本沈没』のようなヒットを期待して引き受けて災難となった東宝は、続けて久しぶりにゴジラの新作を同じ監督で作り、これで取り戻したということだった。だからおそらく製作年度から83年の放送だったと推測している。

 しかし番組が面白くなかったのでテレビを消してしまったのだが、なのに同級生が興味深々で観たと言っていたから不可解だった。おそらく、学部と人相とか言っていて真面目な番組ではないと思った否かの違いだろう。
 やはり顔なんて関係ないはずだ。



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by ruhiginoue | 2017-02-26 16:11 | 学術 | Comments(2)
 幼稚園児のころ、うちの母親から「日本で一番偉いのは天皇陛下で二番目に偉いのが皇后陛下」と教えられたので、その話を幼稚園で他の園児たちと話していたら、そうではないと担任の女性の先生が言った。
「みんなのお父さんお母さんが、みんな同じくらい偉いのよ。そういう意味で天皇陛下と皇后陛下がいるのよ」
 つまり民主主義とか象徴とかいう難しい言葉を使わずに園児たちに教えてくれたのだった。

 これをTwitterに投稿したら途端に、この部分だけあっという間に100以上retweetされ、そのあとに続く話は無視されてしまった。
 まあ、そのあとの話とは「これ以来なにかにつけて、うちの母親はダメだなと思うようになった」という個人的な話だから仕方ないが、そのうえで「今話題の塚本幼稚園だったら、うちの母親の言うとおりだと言うだろう」と、皮肉のつもりだったのだ。

 その、自分がかつて通い卒園しているところは音楽大学の付属で、先生はその音楽大学の卒業生だったから、政治には素人ばかりだった。なのでむしろ単純明快に園児でも理解できるように教えられたのかもしれない。
 また、これは憲法の規定に沿った説明だ。今の日本の社会は建前として、偉い人とそうでない人の違いは無く、天皇がいて皇后がいるのは夫婦や父母ということだから敬われ、敬われても特別に偉いということではないし、もちろん偉さに順序がついているのでもないということだ。
 
 だからこそ今ちょうど議論になっている女性が天皇になることなどが色々と関わってくるが、それは別にして、いちおう今の憲法に規定されているとおりに教えるのが、幼稚園も含めて、また私立であっても、先生の仕事のはずだ。
 それに、この方が今の社会にとって自然に受け入れられるし、親しまれやすくもあり、反発されにくいはずだ。逆に、塚本幼稚園のようなのは社会と親和性が乏しく強引になりがちで、反発を買いやすく、反対しやすい。だから、こういう極端なことをしたがる右派は偽保守の偽装左翼ではないかと疑う人まで出るのだ。

 余談だが、幼稚園くらいのころは叩き込んだり刷り込んだりしやすいというのは本当で、だから塚本幼稚園では教育勅語を暗唱させたりするのだろう。音楽大学の付属幼稚園では、みんなで唄うのはドイツ民謡を音名で、そうやって憶えさせられたものだった。
 「♪ドレミファーソ、ソ、ラファドラソー」と、後で考えるといかにもという音階である。日本では「子ぎつねコンコン山の中」などの歌詞がつけられている。
 これら、あまり真面目にやってなかったけど、完全に憶えている。やはり幼稚園くらいが身につきやすいということだろう。

 
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by ruhiginoue | 2017-02-25 09:12 | 社会 | Comments(5)

鈴木清順監督死去

 鈴木清順監督が93歳で死去したとのこと。

 その難解な作風に怒った映画会社の重役が独断で解雇したため問題になったことがあり、そういうことがあったためか、鈴木清順監督は円谷プロの作品にも関与していた。俳優としての出演もよくしていたが、その中で円谷英二にふんしたこともあった。
 円谷プロの作品には、政治的も含めて色々な事情から干された人が関与したものが少なくなく、このため前衛的だったり社会派だったりと深みがあって面白かったものだ。
 その中に『怪奇劇場アンバランス』があり、これに鈴木清順監督は参加していたが、そのさい別の挿話を担当した山際永三監督は、その市川森一脚本で唐十郎が主演し子供時代は名子役の高野浩之という話が、他の人から難解だと言われていたうえ鈴木清順監督にまで解らないと言われてしまい困ったそうだ。

 監督だけど俳優もする人としてジョンヒューストンとかフランソワトリフォーがいるけれど、鈴木清順監督はよく他の監督の作品に俳優として出演していた。そして逆にというか鈴木清順監督の作品『夢二』には悪役で長谷川和彦監督が出ていた。武久夢二に扮する沢田研二とは『太陽を盗んだ男』では監督と主演だったが、それが共演者になったのだった。
 その前には『ツゴイネルワイゼン』が話題だったが、こうした前衛芸術的な作品の前には日活で活劇を主に撮っていて、また『肉体の門』『河内カルメン』『けんかえれじい』は名高く、アニメでは『ルパン三世』に関与していた。

 『けんかえれじい』のヒロイン役は後に大橋巨泉と結婚したことで話題となったが、彼の死について医師の対応に問題があったことを語っていたことは、先に述べた通りである。

 この『けんかえれじい』には原作にも脚本にも無い脚色がしてあり、特に印象的だったのは北一輝と遭遇して主人公が影響される場面だった。喧嘩ばかりして放校された主人公は、転校先の校長がバンカラ型だったから理解されたりもする。
 このように主人公は政治に関心があるわけではないけど心情右翼というところで、公開当時は学生運動が盛んで、大学生から熱烈な支持があったという。
 ここで鈴木清順監督は、喧嘩だろうと学生運動だろうと若くて元気なんだから当たり前という姿勢で描いていた。
 ところが、弟のNHKアナウンサー鈴木健二は、著書で学生運動を批判しつづけ、それは、まじめに勉強しないでケシカランという単純なものだった。

 こんなに兄弟で違うのは意外だが、鈴木健二の大ベストセラー『気くばりのすすめ』がテレビで取り上げられたとき、かつて鈴木健二は、職場の後輩と暴力団組長の愛人が恋に落ちたとき、追って来たヤクザたちを相手に懸命な説得をして分かってもらったという武勇伝を語り、その再現ドラマ(鈴木健二の役はケンちゃんに引っかけて宮脇康之、組長は所ジョージ)が放送され、自慢話にスタジオ内は辟易ぎみだったがケチはつけられないので我慢していたが、そのときゲストで出演していた鈴木清順監督は、司会者から「お兄さん、どうですか。弟さん偉いですよね」と言われると恍けた調子で「親分が良くて、良かったですねえ」と言ったものだからスタジオ内が爆笑となった。
 
 そんな、色々なことを思い出した。


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by ruhiginoue | 2017-02-24 15:08 | 映画 | Comments(0)
 時代錯誤の愛国主義や排外主義と民族差別を教育することに対して批判が起きたら、それをやっているのは私学だから何をしても勝手だとか、宗教系の私学だって同じだとか、そういう誤った認識を開陳している人たちがいる。

 とんでもないことで、私学だから何をしてもよいわけではない。宗教系の私学とは、宗教の理念に基づいた建学の精神であったり、宗教団体によって設立されていたりするものではあるが、そもそも学校に限らず世俗の事業を宗教が運営するのは、あくまで、その事業を介して宗教的な理念を社会的に具体化するためであり、宗教の教義とかドグマとかいうものそれ自体を強制することが目的ではない。
 
 これは宗教以外の政治その他でも同様である。その教義や思想それ自体は宗教団体や政治団体がやるべきことで、学校教育ではその基盤に教義や思想があっても、それ自体はついでに一般教養として添える程度にしておいて、そのうち特に興味や必要がある者は専攻すものだ。
 だから、私学で学ぶ者にどこまで押し付けてよいかという問題にもなり、これまでに、挙げていたらきりがないほどの実例があった。

 ついでだが、「瑞穂の國小學院」というのは滑稽だという人たちがいて、それは「國」「學」という字体のためだが、「國學院大學」というのもある。
 ここの体育の授業で、柔道では公立学校と違い道場に神棚もあったが、これに宗教が違うからと礼を拒否する学生もいる。担当教員が「生意気」と怒っていたが、私学で神道系だけど通う学生が強制される義務はない。入ったのはあくまで大学であり宗教団体ではないのだから、嫌なら拒否する自由もある。

 それなら他の科目にすればよいのだが、それに大学側は難色を示していた。なぜなら、宗教以前に体育の選択で柔道が不人気で、自分から希望する人はほとんどおらずジャンケンで負けた人ばかりだったから、宗教が原因で他にしたいと言うのを認めたら俄かクリスチャンや俄かムスリムの学生が現れてみんな柔道から去ってしまうであろうから。
 なので、あまり宗教を強制しなければいいのだが、柔道の講師は「安全祈願」だから必要だと言う。それは指導者が注意するべき義務だ。日本以上に柔道大国となったフランスでも、大統領が黒帯のロシアでも、道場に神棚なんてないだろう。そして精神論に依存する指導力不足から事故を起こしているのが日本の柔道である。

 これと同じで、精神論に依存して敗戦した反省の足りない人たちが、時代錯誤の愛国主義の学校をはじめ、それを贔屓する人たちがいて、国有地をバーゲンセールどころか「もってけ泥棒」のレベルのことをしたのだろう。


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by ruhiginoue | 2017-02-23 12:51 | 社会 | Comments(3)
 昨日、大橋巨泉氏の死去と医師の責任について述べたさい、ネトウヨが大橋氏とその遺族を揶揄したり中傷したりしていたことに触れた。大橋氏が進歩的な立場から社会問題について発言していたことを取り上げ「反日を殺した医者は表彰すべき」などと、品の無い悪口にしても異常なことだったという話だった。
 
 ところが、こういうのはネトウヨだけでなく、左翼それも極左の活動家だったり、重度の障害者だったり、意外な人たちがネトウヨと同じ感覚で同じことをやっていて、そうした人たちは平然と姿を曝しているものだ。
 もともとネトウヨには、うだつの上がらない日常の鬱憤から弱い者いじめをし、そのさい権力にすり寄ったり媚びたりしている様子が透けて見えるものだが、これをより明確にしている極左と障害者がいる。

 まず、極左の中には反体制とか反権力とかいうだけで人権意識の欠片も無い者がいることは周知のとおりで、だから暴力事件などを起こしていることも当然と受け取られているから、傷ついたり死んだりした人を嘲り笑うくらい平気であることも、すんなり受け取られるだろう。

 これについては、前に、爆弾事件で逮捕歴のある赤軍派活動家が国賠ネットワークという団体を作り、ハイジャックで北朝鮮に亡命した赤軍派たちが拉致事件に関与したと逮捕状を出されたことについて、犯人たちを擁護する運動をしてきたという話の時に、その運動の中心人物がギャハハとかゲへへとか指さしあざ笑う事実を紹介した。
 この話を、長年所属してきた中核派から支部まるごと脱退したという人に話したところ「赤軍派に限らず党派とかセクトとかいわれる集団には嫌な奴が多いからな」と言った。

 また、世代的に評判の悪い全共闘世代とか団塊の世代の人たちが、もともと若いころから言動に問題があったところへもって歳をとってボケはじめてさらに異常な言動をしているということは世間の一般的な認識ともいえるが、そんな人たちの中に、やはり病気や怪我の苦しみ痛み、それによる身体障害と家族の苦労と苦悩、あるいは死の悲しみ、といったことに対して嘲笑している人たちがいる。

 そして、障害者にも、同じことをしている人がいて、例えば先の国賠ネットワークに関与している脳性麻痺で全身と言語が不自由な男は、障害者の立場から社会問題を考えているのではなく、苦労や苦悩をしている人を嘲笑し見下すことで憂さ晴らしするのが目的で、不自由な体の動きで付きまといながら不自由な言葉を絞り出し嘲り笑いをしていた。

 こういう人は他にも見受けられるが、これについて障害者の世話をしているという人に話すと、「そんなことはない。障害者への偏見だ」と言う人がいる。
 そう言う人は、たまたま関わった障害者が良い人だったのかもしれないが、あるいは自分が健常者であるから被害に遭ったことがないのかもしれず、後者の可能性の方が高いのではないか。

 というのも、自らも障害者であるなど苦労や苦悩を抱える人になると、そうした被害に遭ったという人がよくいるからだ。障害者が他人の障害などをからかったり嘲笑したり、逆に苦労や苦悩をしていることに対して「そんなの大したことない」など心無いことを言ったり。
 これらのうち後者のほうがその心理を解りやすいだろうが、前者もよくあることだ。ただ、より醜い心理なので理解したくないという気持ちになるのではないか。

 こういう実態があるので、なかなか社会が良くならないのだろう。自民党が生き残っていたり、弱い者いじめが相変わらずだったり、これはなぜかと言う人がいるけど、この現実を直視すればわかるはずだ。


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by ruhiginoue | 2017-02-22 17:34 | 社会 | Comments(2)
 昨年、大橋巨泉氏の死去に伴い、その遺族は、在宅診療をうけたさい医師に不適切な行為があったとし、このことをその後に入院したさい他の医師らに指摘されたと述べた。
 これを週刊誌などが取り上げた。その不適切を問題とされた医師は、大学病院に勤務していた時に行った不適切な手術が原因で医療過誤裁判となり敗訴した過去があり、その後、まるで別の分野へ「にわかに」乗り換えて診療所の経営を始めたという経緯であった。
 このため、その医療過誤裁判の原告であった当方に、週刊誌の記者が取材に来た。
 この話は、すでにこちらで説明したとおりである。

 この問題が、今月の16にNHKの『クローズアップ現代』でも取り上げられた。
 その概要がNHKのサイトに掲載されている。
 http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3936/1.html
 その部分を以下に抜粋して引用する。

 去年(2016年)、この世を去ったタレントの大橋巨泉さん。
 医師が自宅を訪問する在宅医療を受けていましたが、思い描いていたものとは全く違っていたといいます。

 大橋巨泉さんの妻 大橋寿々子さん
 「悔しくて、それで泣いて、それで眠れず、日々過ごしています。」

 10年以上前に、がんと診断されてから入退院を繰り返してきた巨泉さん。
 住み慣れた、わが家で余生をできるだけ家族と楽しみたいと、在宅医療を選択しました。
 「自分で歩いて車に乗って、うちへ帰ってきたわけですよ。書斎で仕事もできる。希望にあふれて帰ってきました。」
 巨泉さんは、医師の支えを受けながら、新しい生活を送れると期待していました。
 ところが、初めて訪れた在宅医から、思わぬ言葉をかけられたといいます。 

 “いきなり僕に「大橋さん。どこで死にたいですか?」と聞いてきた。
 僕は、すでに死ぬ覚悟はできていたのだが、「えっ?俺もう死ぬの?」とぼう然とした。”

 「えって、びっくりして返事をして。主人は首をかしげながら、ひゅーっと小さくなっていくようにがっかりしてしまった。」

 その日を境に、急激に食欲が落ち、生きる気力さえ失っているように見えたといいます。
 その後、体調が悪化し、再び入院。
 3か月後に、息を引き取りました。

 担当した医師は、NHKの取材に対し、「病状が重いと判断したため、最期の過ごし方を確認しましたが、患者側と認識が違っていました。結果的に精神的な苦痛を取り除けなかったことをおわびします」と回答しました。

 これに対して、さまざまな反応が出ている。
 まず、医師が心無い言葉を浴びせて患者を傷つけて気力を失わせたこと、これについて意思の疎通がうまくできなかったと言い訳する医師、というのに驚いたとか呆れたとかいうもの。
 また、先に週刊誌が報じていること、すなわち医師が薬の扱いなどで不適切だったのではないかという疑惑が、他の医師からの指摘および元々専門外だった事実から持ち上がったのだが、そこは突っ込まなかったからNHKはその程度かというもの。

 しかし、こうして報道されてることで、医師や薬剤師などからの意見も現われ、これらをネット上で知ることができるようになったことについては有益だろう。
 最初の頃は、匿名の卑怯者たちにより、「遺族が金目当てで騒いでいるに決まっているw」とか「あの嫁は人のせいにしたがる性格なのだろうw」とか「年寄だから死んでも仕方ないw」とか中傷があり、またネトウヨどもは大橋巨泉氏が進歩的な立場から社会や政治に発言してきたことにこじつけて「反日を殺した医者は偉いから表彰すべきだww」などと、異常な人間性を発揮していた。

 これについては当方も訴訟中から現在に至るまでさんざんだった。大橋氏は芸能人として著名だったから騒がれ、その中で嫌がらせや中傷もある反面、注目されることで公正な扱われ方をされもするし、問題の医師は在野の開業医であり既に防衛医大の講師ではなくなっている。

 その医師が防衛医大に勤務していた当時は現実でもネトウヨと同じ調子で、これを問題にしても「防衛医大」「日の丸を付けている」を前面に押し出し「政治的配慮を( `・∀・´)ノヨロシク」であった。病院の管理責任はあるが、問題は医師個人の資質や体質にかかっていることであるのに。
 だから、自衛官とその家族も、そんな医師がいては不安だと言い、防衛医大に勤務する医師や卒業生の医師たちも、その医師のことを問題にしたのだった。そして、普通なら勝てない国を相手にした裁判で勝訴となり、国も控訴しなかった。

 そして、この度は著名な芸能人だから騒がれてしまい慌てているらしいという話を聴くが、あの医師は相変わらずだなという思いでいっぱいである。
 
 

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by ruhiginoue | 2017-02-21 12:30 | 社会 | Comments(0)
 保育指針改定案に、3歳以上の幼児に対し「保育所内外の行事において国旗に親しむ」と明記されたというので、お子様ランチを食べさせるとは結構なことだと早とちりしたが、そうではなかった。
 これについて、菅義偉は記者会見で「従来、小中高校において、国歌や国旗の意義を理解させ尊重する態度を育てるよう指導している。学校教育への円滑な接続を図る点からごく自然なことだ」と発言した。
 つまり学校に入る前に洗脳しておこうということだ。

 これで思い出したのが鈴木邦男氏の指摘だ。鈴木氏は、自分が右翼になったのは高校がミッション系だったことが影響していて、賛美歌を無理強いされて反発したと言うことだった。ただでさえ反抗期なのに強制すれば当然だから、強制する政治家たちは子供たちを左翼にしようとしているとしか思えないと言っていた。
 それで、反抗期になる前からあらかじめ「親しむ」ことで刷り込もうということなのだろう。

 しかし、それなら子供をみんな保育園か幼稚園に入れなければならないから増設するべきだが、それは政府が無策なので、保育園に落ちたうえ「親しむ」こともなかったら「日本死ね」と思う人たちが増えるだろう。
 なにをやっているのか、日本の政府は。無能すぎる。 

 そして、今は亡き右翼の有名な赤尾敏氏は、自身が日の丸と君が代が大好きだったが強制には反対していて、それは、権力によって嫌がることを強制するべきではないというのが大原則であるはずだし、また、政治家の仕事ではないということだった。政治家の仕事は、国民に国旗を掲げて国歌を唄えと命令することではなく、国民が国旗を掲げて国歌を唄いたくなる国にすることだと指摘していた。
 まったく実にごもっともである。

 ちなみに、自分が幼稚園の時は、運動会の万国旗をみんなで描きましょうということになり、図鑑を見ながら好きな旗を描くよう先生が言ったら、圧倒的だったのは日の丸であった。クレヨンで描くのには簡単だから。サウジアラビアなど誰も書かなかった。
 こどもは単純なものに親しむが、日の丸をカッコイイと言う人はいなかった。世界各地の旗に付いている星のマークの方がカッコイイとみんな言っていた。


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by ruhiginoue | 2017-02-20 17:36 | 政治 | Comments(6)

  はじめに。(追記)

 左巻blogのリンクから来た方は、こちらもお読みいただくようお奨めします。
 



 かつて、よく知らないけど大学の教員らしい左巻健男という人が講演をするという時、そこにゲストとして呼び発言させる予定の人はいろいろと問題を起こしているから、そんな人を呼ぶのはやめたほうがいいと述べたことがある。あの松崎参(いたる)板橋区議会議員だったからだ。

 もとはといえば、そういう話だった。
 もちろん、ここでそう忠告したところで「はい、そうですか」とやめるとは考えられない。だから、どういう関係なのかという疑問のほうが主だった。
 
 その後になって知ったことだが、この二人は家族ぐるみの付き合いがあることをうかがわせる内容をSNSに掲載しているので個人的に親しいのだろうと言われていた。それを人づてに聞いていたが、そうしたら最近になって、左巻という人は自らのSNSで、松崎という人とは友人であると明記したそうだ。
 これについて確認したところ、前から左巻という人がやっているというブログに記載されていた。これと同じ趣旨のことを彼がその前にも公言していたかは不明だが、それなりに親しいことは確かではないかと考えられる。
 ただし、友情と社会的な活動とでケジメをつける必要はあるし、友人の味方をするにしても不正な方法で擁護することは許されない。これは常識だ。

 その、左巻という人が松崎という人と「友人」と明記したさい、こちらに名指しで変なことを書いていた。
 それは昨年末の12月27日付で「井上静氏は何をしたいのか?」という題になっているものだった。
 「執拗に松崎板橋区議に対して非難を続ける井上静という人がいる。松崎さんと友人のぼくに対しても執拗に非難する。」
 という書き出しだが、そもそもこれは、先述したとおり松崎区議が色々と問題を起こしているなかでついに裁判に訴えられたことに触れたもので、その後、松崎という議員と左巻という人は揃って、この問題について虚偽を連発したため色々な方面から批判をされており、それについてこちらでも言及したというだけのことだ。

 つまり、彼らは自分で原因をこしらえているだけなのだが、そこを理解できないのか隠しているのか、ただ文句を言うだけで反論しない。
 ただし喚き散らすばかりの松崎議員とは違い、左巻という人はいちおう反論めいたことをしたことはある。それは「これでほんとうに大学の先生なのか」と呆れるほど程度の低いお粗末なものであったことは、既に述べた。

 そのお粗末さが、続く文にも表れている。

 「共産党を揶揄する投稿も多い」

 と書いて、当方のTwitterのアドレスを記載しているが、Twitterでもblogでも、共産党の政策について賛否を述べたことならあるが共産党を揶揄したことはない。左巻という人は「揶揄」という意味を勘違いしていないか。彼は前にも言葉の意味を勘違いして頓珍漢な発言を書いたことがある。このことは前にここで指摘したとおりだ。

 

 さらに、左巻という人はこんなことを書いた。

 「何をして生活しているのかわからない人。」

 これはどういう意味だろうか。生計を立てているという意味なのか、日常生活の態度という意味なのか、それ以外にも色々と解釈ができる。

 もしかすると、以前に、法学部卒後は法律関係の資格としては比較的簡単な方である「宅建」(宅地建物取引主任者)の資格を取って不動産業をしていて、著述とどちらが本業なのか不明だが、とにかく某不動産屋で働いているのを見たと噂をされたことがあり、このことを指している可能性もありうる。

 たしかに不動産の仕事をしたことはあって、このことはこのblogでも何年か前にハッキリと書いているし、通帳には給与振り込みの記録があるが、今はその店に居ない。

 とにかく、具体的に公表しているのは著述のことなのだから、それ以外はプライバシーだし、何となく不信な人であるように思わせようとしていることは卑怯である。

 つまり左巻という人は反論とか批判ではなく印象操作で対抗しているわけであるから、これは事実上の敗北宣言であろう。


 また、左巻という人は続けてこんなことも書いている。

 「井上静氏の投稿をRTしている人らのメインは松崎さんが板橋ホタル館不正を問題にしていることに反発している人ら。それとニセ科学の批判をされることを嫌う人ら。」

 まず、前半は下にリンクしている地元紙の記事にあるとおり、左巻という人が応援する松崎議員の完全敗北という様相である。



 また、後半はあからさまな嘘である。

 この松崎議員は、所属していた日本共産党の議員団と対立したうえ除籍されたから党員らに批判されているが、これと「ニセ科学」はまったく関係がない。

 また、そのさい党員らは、

 「疑似科学が蔓延らないように批判することは結構だが、科学という以上は理路整然と、節度と品位を保って行わなければならない。なのにニセ科学批判と称して騒いでいる一部の人たちは下品な言葉づかいで罵声を浴びせたりヒステリーを煽ったりしており、それを注意されると『バカをバカと言って何が悪い』という意味の居直りをするから、これでは科学的な姿勢に程遠い」

 「日本共産党の不破議長はその著書で『共産党は科学的であるべきだ。そして共産党員にとっての科学的とは、自然的分野でも、政治経済など社会的分野でも、科学的な視野を持つべきという意味であり、自らを正当化したり押し付けたりするために最初から我こそは科学的と強弁する怠け者に好都合なものとは違う』という趣旨を説いている。ところがニセ科学批判を叫んでいる人たちには、この怠け者が目立つ」

 などの主張をしている。

 これと同趣旨を当方も主張しているからRTされているのである。




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by ruhiginoue | 2017-02-19 18:51 | 政治 | Comments(4)