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by ruhiginoue

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 朝日新聞テヘラン支局の神田大介支局長が、日米首脳会談について「安倍首相、大丈夫かな…またおなか痛くなっちゃうのでは。」tweetしたところ、同総理の病気を揶揄したという非難があったため、同支局長はその意図は無いと釈明したうえで誤解を招く記述であると判断して当tweetを削除した。
 これについて朝日新聞社広報部は「弊社としても極めて不適切なツイートであったと受けとめています。本人も謝罪し、削除しております」と他紙などに対して表明している。

 しかし、総理大臣は公人中の公人であり、その健康問題は当人だけの問題ではない。特に安倍総理の場合は自ら「最高責任者」と称している。その持病がまた悪化したら有事のさいなど深刻だ。
 また、総理の持病は消化器系であり緊張を強いられると影響するから、この病気のため内科と同時に精神科で精神安定剤を処方される患者もいる。
 しかも、安倍総理は無断で議場から便所に出てしまい議長から注意されたばかりである。こういうことがあったのだから、緊張を強いられる会談に影響するおそれを皮肉られても仕方ないだろう。

 この持病は第一次安倍内閣退陣の一因とされ、今では新薬が効いていると後から言いだしたが、ほんとうに治ったかどうか、その後の暴飲暴食から詐病や仮病だったのではないか、などと疑う人たちもいるし、それ以前に、そもそも深刻な健康問題を隠匿していたことこそが、もっと厳しく批判されていなければならなかったはずである。

 だから、病気を揶揄したと非難されても突っぱねるべきだった。一般論として緊張すると腹痛を起こすことがあるから大丈夫だろうかと述べただけで、病気を揶揄したのではなく、現に安倍総理の側が、そういう心配ならもう無いということだったはずだと言えば良い。そうでなければ、病気が完治していないこと及びその隠匿を問題にしなければならない。
 これが何でできないのか。バカ丸出し対応としか言いようがない。

 だいたい、ネットで非難されたと言っても、それはいわゆるネトウヨの下らない騒ぎでしかなかった。それらは紋切り型の騒ぎで、朝日新聞が「反安倍」だから記者が中傷したなど、これこそ朝日新聞が今やっている「ファクトチェック」したら、朝日新聞の姿勢は「親安倍」であり、神田大介という記者は特に安倍総理を賛美してきた、など真逆である。
 ところが、紋切り型は匿名のネトウヨだけでなく、ニュースサイトなどに掲載される署名記事の中にまで同じ紋切り型の牽強付会が現れたから、これにも呆れさせられる。

 これらの問題については、すでに拙書で詳しく述べているので、既読の方にとっては少し重複する部分がある。
 まず潰瘍性大腸炎については『防衛医大の場合は』で、患者に対する医師の態度として問題にしており、またテヘラン支局長については『朝日新聞の逆襲』の中で問題にしている。


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by ruhiginoue | 2017-02-18 10:06 | 社会 | Comments(0)

芸能人と新興宗教

 テレビドラマ出演で活躍していた清水富美加が幸福の科学と名乗る新興宗教に専念するという声明を発表し、これは親が信者だから影響されたのであって本人の意思なのか疑わしいとも言われている。

 こうした宗教と親の影響から揉め事の芸能人というのは、オウム真理教に入り芸能活動から引退した鹿島トモ子のことが知られていた。彼女は引退の背景に健康上の事情があったので、娘を後継ぎのように芸能人にしようと希望した。
 けれど当の娘が芸能にまったく興味がなく、それで相談された教祖は娘に母親の意思を伝え説得しようとした。しかし娘の意思は変わらなかった。そこから揉め事に発展したと伝えられている。

 この点、薬師丸ひろ子のお父さんは偉かった。彼女の父親は霊友会の信者であるうえ職員だった。霊友会は、すっかり落ち目の石原慎太郎と昔から癒着していたことで有名な新興宗教だ。
 この「インナートリップの霊友会」の信者で職員でもあることをマスコミに問われると、薬師丸ひろ子のお父さんは、家族の中で信者は自分だけで娘は関係ないと言い毅然とした対応であった。おそらく教団内部には広告塔に利用したがった人だっていたはずであるが。

 また、幸福の科学と芸能人といえば他にも色々あり、特にロックバンド・ブルーハーツの件はひどかった。熱心な信者となったベーシストがファンに入信勧誘をする公私混同をし、これで社会的信頼を失ってしまったから解散することにしたのは周知のとおり。
 ただ、清水富美加は、仕事で不本意なことをさせられたり給与や労働条件などが劣悪であったことが影響していると言われていて、これについて他の芸能人たちが、この世界はもともとそういうことが珍しくないと証言している。

 このところ芸能人の引退騒動が相次いでいるが、売れない人が諦めたのではなく有名な俳優が姿を消していて、その背景に芸能人であるため独特の苦労や不愉快があり、これで傷つくことがあるけれど、それを我慢してまで芸能人を続けたいとは思わなくなっているのではないかという指摘がマスコミに出ている。
 つまり、みんな芸能というものに意義とか甲斐とかいうものを感じなくなる傾向があり、そもそも芸能それ自体の存在意義が失われてきているということではないか。
 だから、これからもどんどん辞める人が増え、なり手もますますいなくなるだろう。


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by ruhiginoue | 2017-02-17 12:11 | 芸能 | Comments(0)

 役員に昇りつめる人たちを観察すると、みんな食事で米粒一つ残さず箸の先だけを使って上品に食べていたそうだ。これは求人案内企業の社員による証言である。

 もともと、米に限らず食べたあとの食器に食べカスが汚らしいのは下品とされていて、これは見た目の印象だけで多くの人が感じることだろう。ただし、そういう感覚を持ち合わせていない人もいる。


 また、米は主食であるため、米粒を残さず大事に食べるということが、食事作法として広く認知されているはずだ米粒については禅宗が云云している。

 この云云を「伝伝」と間違えた人は食事作法についても評価が良くないが、何を食べるにしても箸の使い方が下手なのは下品とされていて、これは『美味しんぼ』でも海原先生が息子を叱っていた。

 

 さらに、米粒を箸でかき集めるのはケチ臭いとか貧乏ったらしいとか卑しいとかの感じだと言う人がいて、しかし食べてる過程で米粒がはぐれているのがそもそもダメで、だから最後の一口の時点で茶碗に米粒が残っていてはいけないとされる。


 あと、残さないことに囚われてかき集めると音がして耳障りであるから、小さいころから箸を使う練習をし、だんだん上手になっていけば音が立たないし汚らしい残し方にもならない。きれいに食べれば片付けのときも不快ではないし、食器洗いも楽になる。だからといって猫のように皿を舐めてはいけないが。

 

 この他、作ってる人に失礼だから米粒を残すなと教わったという人、米粒一つでも残したら目を抉られると戒められたという人も少なくないだろう。

 もちろん外国では作法も異なるし、お招きにあずかった場合もまた異なる。例えば、ごちそうさまのさい、たくさん頂いたことに感謝する意思表示としてわざと食べ残す作法が中国などにある。


 これらの食事作法を「教育型」「宗教型」「機能型」「文化型」と名付けて分類する方法もあるけれど、どれであれ上品な食べ方をする人は、家庭での躾がしっかりしているので他のことでもちゃんと教育されているとか、下品な人よりは確実に好感をもたれるとか、そういうことで出世などに影響もするということなのだろう。


 ところで、うちは「宗教型」だった。

 うちの母親は生家が水田地帯で稲荷神社があったから、一粒でも食べ残すと神様からの御恵を冒涜した罰として目が潰れると食事のたびに戒めら(脅さ)れた。

 しかも、小さいころ丼物を食べきれなければ載せたものを全く食べずに飯だけは残すなと母親に厳命され、そうしないと「オメメがつぶれますよ!」と凄まじい形相で言われた。

 だから、まだ食が細いときは鰻も天婦羅もトンカツも全く食べられなかった。汁が染みた飯を食いながら具を見て悲しい思いをしていた。なぜ最初から小分けしないのか不可解に思われるが、そうやって極端なことにより米を残すなと強調する一種の狂信性だった。


 これは、うちの母親が『キャリー』のママ型だったことによっていて、だから他のことでも同様だったから辛かったのだが、そうでなくても日本では収穫された米は神なのだ。だから御神体として祭る神社が各地にあるし、天皇は毎年必ず田植えをして見せる。『七人の侍』だって米ために戦った。

 そして昔から、米所の生産地から消費地に行くと、米も金で買ったものだから所有者に権利があり食べ残したり捨てたりするのも勝手だという発想に直面し、これに仰天する人が大勢いたのだった。


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 北海道の稲荷神社。狩猟民族のアイヌに稲作を強要した歴史があるけれど、この問題は別の機会に。



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by ruhiginoue | 2017-02-16 12:56 | 雑感 | Comments(3)
 先日、給付型奨学金について「我々の世代は学費くらい自分でバイトして稼いだもんだ。甘やかすんじゃねえ」と言っている老人たちの妄言が批判されているという話をした。
 そういうことを言っている六十~七十歳代の老人たちの時代とは違い、今では学費が桁違いに高くなっているうえ勉強も厳しいから給付型奨学金が必要なのだが、この現実を老人たちは知らない。あるいは認めたがらない。

 また、「自分たちの世代が苦労したんだから後の世代の人も苦労しなきゃ面白くねぇ」と言う老人たちは本当は苦労していない、という指摘がされていることも前に述べたけれど、それとは別に、後の世代がなにかしら良くなることへ嫉妬して嫌がらせしていることもある。

 これは隣の韓国で兵役がなくならないのと同じだろう。自分たちは若いころに兵役でつらい思いをしたから、それを後の世代には無くしてあげたいと思うのではなく、同じ嫌な目に遭わせてやらないと不公平だという不合理な感情である。
 これにより、もっとも伸びる時期に水を注されてしまい、人材の育成にとって妨害となり社会の発展にも悪影響し、これは昔から指摘されてきたことなのだが一向に改まらず、個々人がつらいだけでなく国力の衰退にもつながっている。

 この一方で北朝鮮は、若者は兵役より勉強や労働で頑張って国づくりに貢献するべきだという方針に転換している。
 かつてアメリカが韓国と日本に協力させて合同軍事演習を繰り返すと、これに威圧された北側は総動員で警戒に当たっていたが、その繰り返しによって働く暇もなくなり停滞してしまった。
 しかも、昔はともかく今では巡航ミサイルが飛んできたりするのだから、いくら軍隊に人を動員しても攻撃を防げない。それならミサイルを開発しながら若い者は勉強したり働いたりしたほうが良いということに当然なった。

 そして北朝鮮は建設ラッシュと言われるように建物や道路がつぎつぎに完成しているし、都会ではピザの店で若い人たちが働いたり食っていたりという、東京かと一瞬見間違える様子を外国メディアが放映していたりする。
 これらは、緊張感の強さから現実的で合理的な選択をせざるを得ないということだろう。北朝鮮に比べれば韓国も日本も緊張感が乏しいから、老人どもが若者に無意味な嫌がらせをするゆとりがあるということだ。
 しかし、そんな緊張感が欠如したことでは、韓国も日本も衰退が酷くなるばかりだろう。

 このように、本当の意味での緊張感が欠如しているので、これも前から言って来たことだが、日本ではタカ派ほど平和ボケしているのだ。
 また北朝鮮はミサイルを発射し、これは米大統領と日本首相の会談の最中に反応を見るつもりなどと憶測されているが、このミサイル開発について、知り合いの社民党の議員は「軍事はいけない。何でも話し合いで解決するべきだ」と批判していた。
 こうした社民党的護憲派とでもいうような考え方にいつも猛反対して現実主義者を気取っている人たちが、なんで北朝鮮を非難するのだろうか。「国防と安全保障に熱心な北朝鮮は偉い」と褒めるべきじゃないか?これが毎度不可解である。

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by ruhiginoue | 2017-02-15 12:42 | 国際 | Comments(7)
 「題名のない音楽会」の新しい司会が決まったそうだが、不可解なのは、なぜこの番組の名司会者だった黛敏郎が死んだら司会すぎやまこういち、とはならなかったのかということだ。
 あの番組は右翼だから愉快だったのだ。
 もともと、解りもしない者が無理して政治談議したがると今でいうネトウヨのようになるものだったが、その一つが音楽家で、All music and no work makes Toshirou dull boyという状態で時事問題と音楽作品の牽強付会を得意になって開陳する愚かしさ滑稽さが笑えたのだ。
 そして世の親たちは、「音楽なんて夢中になっているとバカになってしまうから勉強しなさい」と子供に言うネタにしていたものだった。

 また、作曲家の三枝成章が「民放はスポンサーの圧力で政治や経済の話が全然できないからNHKの受信料ちゃんと払おう」とバカなことを言ったことがある。
 今はもちろん昔からむしろNHKの方がひどいのは常識なのに。これは、クラッシック系の音楽で商売するのならNHKに媚びないとやっていけないから言ったのがミエミエだった。
 かつて音楽の教師に、音楽とくにクラシック系でやっていきたかったら、NHKと創価学会を批判してはいけないと言われたことがある。創価とは「民音」のことだ。
 あの西崎義展は音楽の仕事で民音と縁があり、『宇宙戦艦ヤマト』の監督は『人間革命』と同じであることは拙書『宇宙戦艦ヤマトの時代』で述べたが、そもそも音楽なんて信念を曲げてまでやることじゃないし、もう斜陽産業である。

 だからJASRACの件は虚しいと前に述べたが、これと酷似していると感じたのが各弁護士会および日弁連だ。ただし加入している人たちが率直に批判してるだけJASRACのほうがマシだが。
 このJASRACと裁判沙汰となっている音楽家もいるが、知り合いの「前衛」作曲家は、自分の作品を演奏するさい著作使用料を支払い、他で演奏された時に徴収してもらうためだからと言い、しかし自作自演の発表会以外では演奏されず払うばかりで、それでもいつか売れると信じているらしい。
 希望を持つのは自由だが…

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by ruhiginoue | 2017-02-14 17:45 | 音楽 | Comments(0)
 確定申告の広報で「申告書にはマイナンバーの記載が必要です」と大きく謳われている。
 もちろん「マイナンバー」とは総国民監視番号のことであるが、これを記載していないからといって申告を受け付けないわけにはいかない。
 
 これはすでに指摘されていることだ。
 ということは記載不要であるのだが、なのになぜ嘘つくのかと疑問を持つ人や批判する人たちがいる。

 このことで金融機関の人に聴いたことがある。
 周知のとおりマイナンバーは個人情報の漏えい(ダダモレとまで言われる)の危険が指摘され、アメリカでも番号が統一されていたら悪事に利用されてしまったので分野ごと別々にすることにしたというのに、どうしてその教訓を日本は無視するのかと批判されていた。

 だから、この先どうなるか不安で不明確だから様子を見るべきであり、そこで従順すぎる御人好しさんたちに先ず実験台になってもらおうということらしい。
 また、当人は従順ではないが、ほとんど強制で会社から求められたりするから、そういう腐れ縁があったり拒否できない人たちも御気の毒ということだ。

 そして政党は出さなくて良いし、あと配当の場合は三年の猶予期間がある、など条件が違い、これは特権的な立場の人には配慮して、そうでない人たちが弾除けにされるとか矢面に立たされるとかいう状態になるわけなのだろう。

 とにかく、申告するさい危ないから書かないと言ってみたほうが絶対に良い。

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by ruhiginoue | 2017-02-13 12:30 | 経済 | Comments(7)
 プールの更衣室で自撮り写真をTwitterに掲載したことが話題の岡口基一裁判官が、次のようにツイートしていたので、これに対して自らの裁判体験から述べたいと思う。

 「あなたの知ってる裁判官を一人書いてくださいというアンケートをしたら,たぶん,この人が一位だろうね。児島惟謙それくらい,日本の裁判官って,情報が北朝鮮ばりにベールに包まれていて,人々の記憶にも残らない。」

 これは、歴史上の有名な裁判官しか知られていないはずだということで、おそらく「スイス人で最も有名なのはウイリアムテルだ」という皮肉と同じだろう。ただ、今の時点で活躍している人ではない裁判官を挙げてもいいのなら、死刑廃止論などで有名な団藤重光最高裁判事など有名な人はけっこういるはずだ。

 また、個人的に知っている現役の裁判官としては、鬼丸かおる最高最高判事のことは弁護士の当時に相談したことがあるから知っている。少ない姓なので法曹界に鬼丸はもう一人しかいない(当時)という話もしていた。最高裁判事の立場として限界はあるが、他の最高裁判事よりは良心的であり、このためネトウヨに非難されていた。
 もちろん弁護士だったから良心的とは限らないが、世間知らずのキャリア官僚ばかり裁判官になるから荒唐無稽な事実認定をするなど非常識な判決がいっぱいだ、という指摘は昔からされている。
 
 それに、もっと弁護士から裁判官になれば、知っている人が多くなる。なのに「法曹逆一元化」で裁判官から弁護士に天下る人ばかりだから、知らない裁判官ばかりになる。
 こういう問題について、わかっていないのか、わかっていても語れないのか、語るにはパンツ一丁姿をさらすより勇気が要るか、ということなのだろう。

 ついでに、このツイートについても。

 「る~るる,るるる,る~るる♪ る~るる,るるる,る~るる♪判決の理由中で,時々用いられるのが『るる』。当事者が,通りそうもない主張をたくさんしているときに,それらをまとめてばっさり排斥するときに使われるね。」

 命のかかった当事者の必死の叫びや、弁護士が著名な学者の意見まで添えて懸命に訴えているのを、中身に踏み込まず無視する裁判官がよく使うのが「縷々(るる)」である。
 「るる述べるがいずれも採用できない」というように。
 この常套句を、岡口裁判官は、通りそうもない主張をたくさんしているのをバッサリとまとめて排斥するのだと、正しいことのように言う。

 もちろん、独りよがり、引き延ばし、はぐらかし、ということも実際に少なくない。しかし、これに対して紋切り型の言葉で対応していると、そのうち便利な言葉となって片っ端からそれでかたずけてしまうようになる。
 だから、「縷々述べるが」「独自の見解であり」「裁判の公正と無関係であることは明らかである」「当裁判所としては採用しない」「却下する」などなど、裁判官がワープロに語句登録していて、それが無い昔はゴム印を作っていたはずだ、などと皮肉られてきたのだ。





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by ruhiginoue | 2017-02-12 22:54 | 司法 | Comments(0)

日本スゲーは本当

 寓居の中にあるものが耐用年数の限界に近づいてきた。ここで転居するなら廃棄したうえで新しいものと買い替えることで運搬費用の節約とともに心機一転という心理的な効能もあるが、今年度は転居の予定が無い。

 ただし、その多くが買い替える必要がなくなっているのだ。これは言うまでもなく、テレビもラジオもCDもパソコンで良いという人が増えているとおり、無用ということだ。
 あと電話も、もともと固定電話が要らなくなってきているので電話機が壊れたら修理も買い替えもしないで契約を停止してしまうのだ。できれば加入権を売ってしまいたいが、買う人が少ないので売れない。

 うちの真前には公衆電話があり、よく金券屋でカードを安く買ってきてかけているが、天気予報によるとまた大雪になりそうで、こういう時は不便である。北欧では大雪のため公衆電話が埋まってしまうそうで、だからノキアという会社が儲かっていると聞いたことがある。
 
 ところが、そうした話と無縁なものが一部にある。それは長い間にわたり故障知らずで先もまだまだ大丈夫そうなものだ。古いものほど壊れず長持ちしているのだ。
 これらはすべて、まだ国内で生産していた時代のものだ。なにより壊れないのが日本製品の長所だということは世界的に評価されてきた。そして、生産を外国に移して安くあげているものが壊れるなか、日本で生産していたものはピンピンしていて、まさに「日本スゲー」なのだ。

 そういえば、周知のとおり旧ソ連圏では古い建物ほど頑丈で、新しいものばかり壊れてきたが、これはかつては技術も資金もあったうえ戦車で体当たりしても大丈夫みたいな設計思想だったからで、その後は原発事故などから国が破綻したという事情があると言われてきた。
 そして、これと日本は似ていると言う人もいる。

 とにかく、日本は丁寧に製造してきたわけで、これが変わってしまい、それでいて依存している中国が脅威だとか言っているのだから、変で困ったことになる。
 
 
 
 
 


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by ruhiginoue | 2017-02-11 22:24 | 経済 | Comments(0)
 給付型奨学金の制度について老人たちが、「自分たちの世代は苦労したんだから後の世代の人も苦労しなきゃ面白くねぇ」と言っていて、新聞の投書欄には「我々の世代はバイトで稼いだもんだ。自分で獲得する気概だって必要だ」と説く年齢六十代後半という人の話が掲載された。
 
 しかしこれは嘘だという指摘がある。
 「最近の若い者は」ではなく「最近の老人は」になってきたと言われているが、この老人世代は嘘つきの恥知らずが多く、自分たちの世代にこそ凶悪な少年犯罪が多くて、学生は勉強サボってばかりで、学生運動は過激派や暴力学生で無茶苦茶だったのだが、それを逆にして、昔と違って最近のガキは悪いことをしているとか、勉強しないで遊んでばかりとか、政治や経済に無関心とか、平気で嘘をつく。

 そして、昔も勤労学生はたいへんキツかったのだが、その実態を知らないくせに説教したがる奴は、苦学していないか、学歴詐称している可能性がある。こうした爺さんの中には苦学した話だけでなく、ちょっとオダテると戦後生まれなのに軍隊経験を語りだす者までいると笑い話のネタにされている。

 また、「大学の授業料は自分で稼いだもんだ」と言う人が60歳だとしたら、その大学時代の学費は物価を考慮して現在の8万円に相当する。つまり月にたった7千円を稼いだと自慢しているわけだ。これは国立だけでなく、私学でも昔はもっと安かった。
 そのうえ年金にしても、今もらってる老人たちは「国民年金くらい大学生だったがバイトして払った」と言うが、その1970年の保険料は450円で、当時は喫茶店のコーヒーが120円くらいなので、保険料はコーヒー4杯ほど。今と10倍は違うことになる。

 そして、今ではけた違いに高くなっている学費などを稼ぐために働いたら、税金も高くなってしまい払おうとしていた学費や教科書代や交通定期代などを取られてしまうし、昔とちがって大学の勉強は厳しくなっているから付いていけなくなることもある。

 さらに、昔は学歴があることで特別に有利なことがあったから大変でも意義があったのだが、今はそうではなく、これが学歴なんて無意味になっているということなら無理して大学に行くことはないけれど、学歴はあって当たり前という時代になってしまったから、無理してでも行かないと拙いし、そうしても特別に良いことがあるわけではない、ということだから問題が深刻なのだ。



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by ruhiginoue | 2017-02-10 22:14 | 社会 | Comments(5)
 つい先日「透析患者を殺せ」の暴言で大顰蹙だった長谷川豊もとアナウンサーが維新から選挙に立候補するそうだ。
 この「維新の党」について、関西生まれという知り合いは、そんな古臭い言葉に惹き付けられる人は首都圏に少ないだろうと指摘していた。かつて「維新」はプロレス団体が使っていて、これはかなり前のことで、そもそも洒落だし、歴史でも明治維新への否定的評価が一般的になってきているのだから、よい印象とは言い難い。
 なのに「維新」というのは関西の発信で、いろいろな意味で関西は首都圏よりかなり遅れているから、そんなことをしているのだろう、ということだった。

 しかし長谷川豊という人が立候補する予定なのは千葉ということだ。首都圏といっても千葉はやはり遅れている。
 また、千葉と群馬は医療が劣悪な県の双璧だと言われてきて、あの千葉大学医学部集団強姦事件などがあったさいも土地柄による後進性が絡んでいると受け取った地元の人たちが、やはり千葉だなと言っていた。
 
 また、防衛医大の件でも、敗訴した医師は防衛医大講師の職を去り、医療が貧困とか劣悪とかいわれる千葉のかなり僻地で開業し、当地でまた人命にかかわる問題を起こし、しかもこれが著名な芸能人だったので騒がれた。防衛医大講師のその後
 ところが、地元の人の話によると、あれだけテレビや週刊誌でなんども騒がれているのに、地元では、そもそも知らない人がいるし、知っていても他に医療機関がないから仕方なく頼っているという人たちがいるそうだ。

 そうなると、「透析患者は殺せ」の候補者に相応しい土地柄と皮肉の一つも言いたくなるし、実際にそれなりの得票になったり、もしかすると当選するかもしれない。

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by ruhiginoue | 2017-02-09 19:11 | 政治 | Comments(0)