井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

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 冬休みが終わって宿題を学校で提出するとき困った思い出が、小学生の時にあった。今も忘れられない嫌な記憶である。
 それは、学校で担任の教師が指示したとおりに宿題をこなしていたのだが、それではダメだと両親が言い出したのだ。何がダメなのかというと、渡された書き取りの用紙に書き取りをして、日記をノートに書くようにと指示されたので日記に書こうとしたのだが、書き取りの用紙に日記を書けと言われたのだ。
 それでは先生の指示と違うと言ったのだが、両親がそろって、この用紙には日記を書くに決まっていると言ってきかないのだ。なんと親が言おうと、宿題は教師が指示したとおりにしなければならないものだし、そのうえ、その用紙は分量がちょうど書き取りをしたらピッタリで、日記を書くには少なすぎる。日記は五日分と指定されていて、書き取り用紙では一日分を書くにも足りない。
 これは見て簡単に解ることだし、先生の指定したとおりにすると分量など適切である。これを説明したのに、両親が同盟軍になって集中攻撃で頑なに否定し、どうしても書き取り用紙に日記を書けと言う。そのうえ、書けないなら教えてやると言って、言われたとおりに書けと命令された。口から出まかせのいいかげんなことを言われたとおりに日記として書かされて、用紙が足りないので取り切れトンボである。
 そして書き取りは、仕方ないからノートに書いて、先生に叱られたら逆に書いてしまったと言い訳しようと思ったのだが、書き取りをしていたら両親からやめろと言われた。書き取りの宿題は何かの間違いだと言い張るのだ。

 これでは恥ずかしくて学校に持っていけないと始業式の日に困ってしまい、新年早々に新学期から足取りも重く登校した。
 すると、まったく同じだった人が十数人いて、その全員が、やはり同じように親から強引にやらされて、先生に言われたことや分量のことをいくら子供が説明しても親が頑として受付けず、間違ったやり方を強要されていて、中には違うと言ったために親から殴られ、泣きながら宿題を書いたという子もいたのだった。
 これについて担任の教師は、なんでちゃんと説明したのに、そのとおりにしないのかと言ったけれど、そうしたくても親に無理強いされてどうしようもなかったのだ。指示されたとおりにしなかった児童全員が、そうだった。

 これは、親が何か思い込んでしまい、それで子供がちゃんと説明しても頭ごなしに否定し、子供が間違っているに決まっているということで強制したのだろう。
 それにしても、子供の説明したとおりにするとしっくりくるのに、それをなぜ受け付けないのかということがまず疑問だし、間違ったとしても取り返しがつかないことではないのだから、子供が言うとおりにやらせてもいいはずだが、それをなぜ拒むのかと疑問である。
 これが、うちの親だけだったら、どうせうちの親はバカだからで片付けることができるけれど、他にも同じ親がいたということは、共通する難を抱えた親がそれなりの数いたということだろう。




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by ruhiginoue | 2018-01-16 17:27 | 雑感 | Comments(1)

センター試験のムーミン

 センター試験の地理で、親しみやすくしようと思ったのかアニメの話をもち出して批判が起きている。
 これは、北欧についてテレビのアニメ映画『ムーミン』『ビッケ』『ニルス』の物語の舞台はフィンランドとノルウェーとスエーデンのどれか結びつけるようにする出題だった。
 しかし、アニメ作品を知らないと解けない問題では地理の問題として不適切という指摘があり、ただしバイキング姿の主人公とか言語の共通から推察できるという指摘もあり、しかし『ムーミン』はスエーデン系フィンランド人の作家によるものであり舞台のモデルは異なると言われていることから、これを知っているとむしろ混乱してしまうという指摘もある。

 さて、こうして議論となってしまったことについて、センターではどう対応するだろうか。
 これと同じように、次のような問題も出すことができる。

 横溝正史の小説および映画化で『八つ墓村』『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』と、物語のモデルとなった土地は岡山と岡山と兵庫の境と長野のどれか結びつけよ。  

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 そんなの、小説や映画を知らなければ解らないとばかりも言えない。モデルになった実際の事件とか湖とかで推察できる。
 というように、今回のセンター試験の地理は良くない出題である。



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by ruhiginoue | 2018-01-15 18:20 | 学術 | Comments(1)
 このあいだ、遺産相続の法律について語り合っていたところ、「遺留分制度」の話が出た。この遺留分とは、法定相続を受けられる立場の人が遺言によって受けられなくなった場合に、一定の割合で遺言の効力を否定して法定相続分から取り戻せる一部のことである。

 まず、自分の財産を自分の死後にどうするかは、遺言によって自分の好きなように処分できると法律で定められている。だから、子供が複数いたら気に入った子供に全部または多くを与えて、そうでない子供には少なくするとか全然やらないとか、全部を愛人とか愛人の子供に与える、というようにすることができる。

 しかし、それでは残された家族にも「親孝行したはずなのに」とか「愛人の子供だけなんて」とか言い分があるだろうし、現実の問題として生活が不安定になってしまうこともある。
 そこで、遺言によってどう財産が分配されても、残された家族は遺言で他人の手に渡る財産から法定相続の一部を取り戻す権利が法律で認められている。

 また、極端な遺言により財産をめぐって遺族の間で憎悪が発生しても困る。あの『犬神家の一族』のように。
 この話では、信州財界の大物・犬神佐兵衛が裸一貫から築いた莫大な財産を残して死去すると、その遺言状には、恩人の血縁者の孫娘だからと佐兵衛が可愛がっていた珠世に全財産を与え、そうする条件として3人の孫息子の中から配偶者を選び、そうしなければ相続権を珠世は失い、ただし3人が死去した場合は無条件で珠代に全財産を与える、などと規定されていて、そもそも遺言とは揉め事を防ぐためにあるのに、逆に遺族の間で骨肉の争いをさせようとしているとしか思えないものだったから、おどろおどろしい発展をしていく。
 ということなのは周知りとおり。
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 しかし、ここから話は映画化のことに及んだ。相続人の珠世は絶世の美女ということになっている。そうするのが小説では当たり前かもしれない。
 しかし、これについて話していたうちの一人の女性が言った。それなのに、なんで映画化で珠世の役は松嶋菜々子なのか、と。
 そう言われてみれば、そうかもしれない。言われるまで意識していなかったが。



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by ruhiginoue | 2018-01-14 11:56 | 司法 | Comments(1)
 先日、病人や老人の施設や病院での排泄の問題について、大人たちが深刻な問題として語っているのを傍で聞いていた子供がスカトロジーと受け止めて笑ったが、それは子供だから仕方ないけど、大人のくせに同じように笑う人がいて、注意されてもダメだったから、しょうがない人なので絶交したという話をした。

 ただし大人でもあくまで下ネタとして認識していて、かつ、どうしても可笑しくなってしまうという自嘲自虐な話なら、これはそういうこともまあアリで、笑っていいというか笑うべきなのだろうが、そうではなく、深刻な問題として嫌なこと困ったこととして、ひとが真面目に語っているのに抑制できないとしたら全くダメだ、という指摘があった。
 これは今は亡き中島らも「明るい悩み相談室」の「通夜の席で笑いだしそうになって困る」と同じだ。もともと形式ばった儀式が滑稽なので、そういうのは我慢するものだとわかっているけど我慢できなくなってしまうことがある、ということで当人でなくても理解できることだ。
 しかし、笑っていけない場合と区別できないのでは困る。

 それで思い出したのは、その人があるテレビ番組を見ないで誤解した話をよくしていたことだ。
 これは田原総一朗が司会をしている「討論」番組だ。あれはもちろんカッコ付きの討論で、真面目なものではない。真面目なものなら、もっとマシな司会者とパネリストであるはずだ。
 これはついこのあいだも「新春討論5時間」と題して放送され、見た人たちが怒っていた。他人の話にすぐ口をはさんで勝手に話しだす者がいるだけでなく、それを司会の田原が止めないどころか田原自身がもっとも大きな声で口をはさみ滅茶苦茶な独自情報とか持論とかを喚き散らす。これでは討論ではないし、出ている人の中には真面目に話そうとする人が時々いて、その人がいつも気の毒になる。
 だから、見たら腹が立ってしまったという視聴者が多い。そんな番組だと知っている人は、もともと田原の討論番組なんて、くだないし時間の無駄だし精神衛生によくないから見ないほうがいいと言う。

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 こんな番組について、その排泄物の話を子供みたいに面白がって笑う大人は「だから自分もくだらないと思う」と言うのではなかった。
 では「そこが面白い」と言うことか。それなら、スカトロジーと同じで悪ふざけとして許される楽しみ方であるが、そうでもなかった。彼は興味がないので番組をみたことがないそうだ。
 彼は、どんな人が何を言うかと番組を試しに見てみたら不真面目な内容だったと言う人に対して「なら真面目に議論するなら良いのか」と言い「ハァ~(社会問題とか真面目な話が)好きだねえ~」と嘲りケッケッケッと嫌らしく嗤っていた。

 こういうことだから、笑っていけないときまでも笑う人なのだろう。




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by ruhiginoue | 2018-01-13 12:00 | 雑感 | Comments(2)
 女優の真屋順子さんが死去したとの発表により、よく小さいころにテレビドラマで観た記憶が蘇ったが、多くの報道は、真屋さんが1970年代から始まったテレビの人気バラエティー『欽ちゃんのどこまでやるの!?』の母親役が人気だったことを強調している。
 この番組は人気があって80年代の半ばまで続いたが、80年代の一時期に少しだけ観たことがあるけれど、それまで全く知らなかった。だから、真屋順子といえばテレビドラマの俳優という印象が強い。

 そして、はっきり記憶しているものは時代劇に出ていたことであるが、それより印象が強いのは、なんといっても大映テレビのドラマで山口百恵の主人公をイジメる姑の役であった。
 この演技はたいへん評判で、新聞の批評にも「滲み出る中年女性のいやらしさ」という題で、その演技が絶賛されていたことを、小さかったのに読んで記憶している。そしてドラマを見ると、ほんとうに憎たらしいと感じる演技だと思ったのだった。

 そして、後に真屋さん自身がテレビでこの役を回想し、現実と区別ができなくなった視聴者から自宅に電話があり、若い女性の声で「鬼婆っ!」と罵倒されたりしたことがあると語っていた。だからこの役のため印象が悪くなると悩んだそうだ。
 ところが、後にやはり大映テレビで小泉今日子と対立する役を演じた賀来千香子は、ファンから反感を買うことを覚悟していたが、実際には何もなかったので、七十年代とは違い八十年代になると視聴者は現実と物語を区別するようになったのだろうと述べていた。

 そして、最近のテレビドラマで戦争が描かれたとき、艦隊が砲雷撃戦する場面がCGにより記録映像かと思うほどソックリに再現されていたのが評判になっていたので、その録画を見せてもらったところ、ほんとうによくできているのだが、そこで軍艦に乗っている軍人たちが出てきたら顔を知っている俳優たちなので一気に興ざめとなったのだった。
 つまり、俳優はあくまで演技しているという事実と、映像表現技術の進歩で現実みたいに見えることが、合わなくなったということだ。

 だから、もう劇映画やテレビドラマで俳優が活躍する時代は終わったということだろう。



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by ruhiginoue | 2018-01-12 12:15 | 芸能 | Comments(0)
 群馬県で85歳の男性が自動車の暴走運転をして大事故を起こしたことから、高齢者の危険運転がまた問題になっている。
 もともと、高齢者が周囲の忠告を聞かずに運転をして事故を起こしたことは多くあり、その犠牲者のなかにしばしば若い人や子どもがいる。だから、棺桶に片足を突っ込んでいるような年寄りが前途洋々の若い人の命を奪っているとして怒りがまき起こるのだ。

 そして今回の事件でも、もともと加害者の男性は運転すると車体を擦るなどを何度も繰り返しているため、家族から運転をやめるように言われ免許証も返すよう促されていたが聞かず、無職だから通勤するわけでもないのに自動車を運転したがり、家族の目を盗んで自動車で外出し、対向車と擦ったり塀にぶつけたりしたうえで登校中の女子高校生二人を相次いで跳ね飛ばして意識不明の重体にしたうえ、信号待ちの自動車に衝突して運転手に負傷させてやっと停止し、警察に逮捕されると「わからない」とか「気が付いたら事故になっていた」とか、とんでもない話をしていると報じられている。

 この、やめろと言われているのに聞かない群馬県の老人といえば中曾根康弘もと総理大臣である。自民党で終身比例名簿一位はもう終わりにして引退してほしいと言われても頑として拒否し、議員ではなく党の名誉職にと安倍(現総理)に提案されても受けつけず、これに業を煮やした小泉純一郎もと総理が、もう歳なんだから辞めてくれとストレートに言ったものだから中曾根もと総理は激怒した。
 そして記者会見を開き、目を潤ませながら血走らせたうえ唇を震わせて「なんと非礼な」「歳をとっても若い人の何倍も頑張っている人だっている」などと怒りをぶちまけて、自分もそうだと言うことだった。当時84歳だった。
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 このように、やめろと言われてもやめない人がいるのだが、しかし自動車に依存している社会にも問題がある。特に群馬は車社会で、一家族に複数台の自動車保有が普通のことだ。保有率などよく全国一になっている。
 そして高齢者は運転免許を返還すると、公共交通機関が貧弱なので何かと不便になる。

 そんな群馬県から出た中曾根総理は、国鉄分割民営化によって野党を支持する労働運動を潰し、これにより55年体制を終わらせたと誇った。そうした政治的意図とともに、国の財産を切り売りすることにも批判と反対が巻き起こっていたが、この問題に対して多くの群馬県民が「これからはモータリゼーションの時代だ」「もう公共交通機関など無用だ」「われわれは都会の者とは違う」と言っていた。

 そして都市部では違法駐車と交通渋滞が大変なことになり、またイラクなど産油国で戦争になったり、環境破壊が取りざたされたりで、自動車の増えすぎが問題となり、高齢化社会による交通弱者の大発生も深刻だ。

 しかし、さらにリクルート疑獄事件で渦中の人となった中曾根もと総理は、群馬県で「東京のマスコミから悪者にされている」などと強調し、それを聞いたいかにも地元という年配の人たちが同情して涙ぐみ、この見事な泣き落とし作戦によって再選している。
 これと似たようなことは買収とその証拠隠滅でパソコンにドリルで穴をあけた小渕もと総理の娘が、やはり泣き落とし選挙演説すると、いかにも地元の人という感じの人たちが「がんばってね」と励まして、やはり再選である。

 ついに、そんな群馬で老人が暴走し若い人が犠牲になった。
 さらに中曾根もと総理の作戦もあって野党は壊滅し、その悲願である改憲が実現して老人が戦争を起こして若者たちがバンバン死ぬ日本ということである。群馬県だけの因果応報という話ではすまないのだ。




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by ruhiginoue | 2018-01-11 08:30 | 政治 | Comments(5)
 神戸市北区内の養護老人ホームで、入居している95歳の男性が、同室の91歳の男性を、金属製の水筒で殴り顔面骨折や全身打撲の重傷を負わせたとして、兵庫県警神戸北署は、殴った男性を傷害の疑いで現行犯逮捕し、逮捕された男性は事実関係を認めているそうだ。
 同署の発表によると、今月9日午後1時半ごろ、ホームの室内で食事していた容疑者は、そのとき同じ室内で同室の男性が簡易トイレを使ったことに激高し、何度も殴りつけたという。当時、室内には2人だけだった。

 これが報道されると、多くの人たちからの反応は、どちらも90歳台の老人であることから、おそらく食事している者が食堂に行くことも、排泄している者が便所に行くことも、困難とか億劫だったので、こういうことになってしまったのだろうというものだった。
 そして、入院中にそういう嫌な思いをしたと言う話も多かった。食事している隣で排泄とは今どき刑務所でもないことだが、入院中は動けないのでよくあることだ。
 だから、なんとかならないものかと言う人が目立つ。深刻な問題である。

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 これについて、もともと昔から言われてきたことなので、かなり前に深刻な問題として語り合っていたことがあるのだけれど、そのときたまたま居合わせた人が子供を連れていて、その小学生の男児が傍で話を聞いていてなぜかバカウケし、そのあと、また面白い話をしてくれと言ったのだった。
 どういうことかと思ったら、ほんとうにあったひどい話として、入院食でカレーが出たとき、食べている入院患者の隣のベッドでは動けない人が簡易便器で排便していて、カレーを食べているすぐ隣から大便を排泄する音が聞こえてくると共に臭いが漂ってきた、なんてことまであったと問題が語られていたら、これをその小学生の男児は笑い話として受け取ったのだ。
 もともと小さい子供は排泄物の話をスカトロジーということで面白がるものだが、それで深刻な問題なのにギャグのように受け取ったということだ。

 それは仕方ないとしても、この話をすると面白がる大人がたまにいて、それが子供の生態を笑うのではなく、自らスカトロジーとして悦ぶ精神年齢の低い人だから困るのだ。そして、いい大人がガキみたいなことよせと注意しても「いゃー、うんこの話ってのは盛り上がるからなあ」と満面の笑みを浮かべて自分だけで盛り上がるのだから呆れさせられた。
 「小学生でも、うんこおしっこで笑うのはせいぜい三年生までだって注意されなかったかな」と言っても「おもしろいんだから、しょうがないよ、あっはっはっはっはっは」と。

 それでこの人とは絶交したけど、この話で友達をテストしてみることをお勧めしたい。老人ホームや入院患者の話として真面目に語っているのに笑い話と受け取る人が発見でき、そういう人は他のことでも精神的に問題があるものだ。現に、この話題だってそれ自体が老人とか病人とかで深刻な社会問題なのに悪ふざけするのだから、ほかでも絶対に不真面目であるはずで、そんな人とは付き合うのをやめるべきだ。




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by ruhiginoue | 2018-01-10 17:39 | 社会 | Comments(3)
 成人式といえば、かなり親しいほうだったある同級生は、退屈なので行かないつもりでいたのに、親から行けとうるさく言われてしまい仕方なく行って、ちょっと覗くようにしてすぐ帰ってしまったと話していた。
 このように親からうるさく言われた人はよくいるけれど、それはなぜなら一生に一度のことだから機会を逃してはいけないとのことだ。だからギャーギャーとやかましいわけだ。

 しかし、そう言うけれど、成人式なんていつだっていいはずだ。その年は災害があったとかの事情で成人式ができないとか参加できないとかで、後にあらためて開催したこともある。
 だから、その年に参加できなかった人が、翌年以降に参加できるようにすればいい。実際に知り合いで、翌年の成人式に参加した人がいる。病気で参加できなかったから無念だと言ったら、これを聞いた地元の役所の人から言われて、翌年の成人式に振り袖を着て参加させてもらっていた。

 こういうのが認知されるといい。学校では留年で卒業式に出るのが遅れることだってあるのだから、成人式なら会場が広くて参加者が多ければ簡単に混ざれて自由参加でいいだろう。
 これを勝手にやった人など、いくらでもいる。同級生と久しぶりに会えることを楽しみにしている人もいるけど、それには興味がない人もいるし、むしろ会いたくない同級生がいる場合もある。
 そういう意味では、地元ではなくよその自治体などが開催しているところに勝手に参加させてもらえるようにしたらいいだろう。

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 また、留年があるなら飛び級もあるので、翌年ではなく前年とかそれ以上前にでも参加できるようにすればいいし、これを実際に勝手にやっている人もいる。
 これは自分のことだが、先んずれば人を制すだから十八歳で選挙の投票はさせてくれなかったが成人式には盛装してもぐりこんだから二十歳のときはもう済ませたと言って気取っていたし、同級生には中卒で就職して十八歳で結婚と早い人がいたけど、法律だと婚姻により未成年者も成人とみなされるので、その人は十八歳だが結婚したので成人だと言って成人式に参加してしまった。

 ということで、成人式は早くても遅くても、いつやってもいいはずだ。



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by ruhiginoue | 2018-01-09 12:33 | 雑感 | Comments(1)

漫才師の深刻な職業病

 漫才の宮川大助が脳出血で倒れたとき、相方の宮川花子は一人で舞台に立ち、闘病中の夫がいかに大変かという話をしながら「あのとおり顔が大きいからCTスキャンで検査しようとしたら頭がつかえて困った」など笑いにもしていたけれど、その裏で実は笑いごとではすまないことを、大助が発病したときにしてしまったと花子が後悔を述べていた。

 それは最初に自覚症状があって気分が悪いと大助が言ったときのこと。稽古の最中だった。花子は大助が貧血を起こしたと思い、たまたまそこにあった菓子パンを与えて、甘いものを食べれば気分がよくなると言ったのだが、大助はぐったりして食べることができなかった。
 それで漫才の調子で勢いよく「食べろ」と言って、それでも食べないので、ぐったりしている大助の口に無理矢理に菓子パンを突っ込んだ。
 しかし、どうも様子が変なので、病院に連れて行ったが、救急車もタクシーも呼ばず歩いて病院に行き、その途中でフラフラしている大助に、花子は漫才の調子のまま「早く歩け」と、どやしつけた。
 そしてやっと病院に到着して診察を受けたところ、脳出血で深刻な状態であったと判明した。ここには専門医がいて迅速に適切な治療を受けることができた。運がよかった。もし、そうでなかったら手遅れとなって命に関わるところだった。
 これは、普段から夫婦漫才をやっているため、日常生活でも同じ調子になってしまったということだ。その意味では職業病というべきだろう。

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 これより前のことだが、やはり漫才で活躍していた今は亡き内海芳江が、テレビで視聴者からの悩み事相談に対し「そんなことはね、気にしなきゃいいのよ」と強い調子で言い放ったが、この相談とは、生まれつきの身体的特徴を学校で男子たちから集団で揶揄されている女子の悩みだったから、ほかの出演者や共演している子役の女の子にも、それは違うと指摘されてしまった。
 この内海芳江は、江戸っ子の血を引いているからと非情とも取られかねないほどの毒舌を吐いて、たびたびバラエティ番組で共演者に対し容赦ない辛口コメントを飛ばしていた。この調子で、深く考えずに勢いに任せて言葉を吐いたから毒舌ではなく暴言になってしまったのだろう。
 これも職業柄のことで、やはり内海芳江も漫才やっていたことで罹った職業病だったと思われるが、しかしなぜ、同じことを言うにしても「こう言い返してやりなさい」とはならなかったのか。そう力強く言われたなら、悩む人も励まされたはずである。そうではなく、逆に悩む人に対して、気にするお前が悪いと責めた。

 つまり、お笑い芸人の毒舌と勢いは、それによっていじめている者に対し反撃するということではなく、いじめられている者に忍従せよと言うことで、いじめている者と一緒になって攻撃してやる、という発想なのだ。
 これは、すでにいろいろ指摘されていて、最近は特に問題になったりしているとおり、日本のお笑いには風刺がなく、逆に差別や弱い者いじめの劣情でウケをとろうというものであるからだろう。
 だから、漫才師らの職業病の症状が、自己保身を考えずついキツイことを強い相手に対して言ってしまった、というのではなく、逆に弱い者や困っている者をつい虐げてしまう、という形で表れるのだろう。





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by ruhiginoue | 2018-01-08 12:40 | 芸能 | Comments(0)
 『ビバリーヒルズコップ』がヒットした当時、主演の俳優エディマーフィーのマネをしたことがよくあった。それは、彼の独特の笑い方だった。

 ところで、そのエディマーフィーのマネすると称したテレビのお笑いが、服装や髪型など上辺をなぞり、そこで化粧により顔を黒く塗っていたため、こういうことは人種差別ギャグのすることだから、やったお笑い芸人とともに放送してしまったテレビ局の無見識も問題になっている。

 これは世界的に常識なのだが、人種ではなくエディマーフィーのマネだから悪くないと言っている人たちがいて呆れさせられた。これには当然ながら、悪くないと思っている人たちの無知に対して批判の声が上がっている。

 その前にも、性的少数者をコケにして笑いものにしたお笑い芸人がいて、これを平然と放送したテレビ局が問題になっているのに、またやらかしたということだ。そういう経緯であるから、日本のテレビ局の意識が低すぎるということだろう。
 どうして、こうなってしまったのだろうか。

 かつて、朝日新聞の記者だった当時の筑紫哲也さんが、その当時からテレビに出演していたけれど、そこで、ドリフターズのお笑い番組がPTAなどから「下品」などとやり玉に挙げられていることに対し、もっと問題にすべきことが他にあるのではないかと反論していた。

 そうしたPTAなどによるテレビ番組批判とは、コントの中で食べ物をぶちまけたりするから道徳違反であるとか子供の躾に悪いとかいうものが専らであった。それを強調するのは、もともと食べ物は大事にしないといけないものなうえ、当時は戦時中の食糧難の記憶が生々しい世代の人も多くいたからだ。
 けれど、それを言うなら、どうしてその食糧難を引き起こした戦争について、もっとタブーなく自由な報道をできないのかということを問題にしないのか。時代劇でも刑事ものでも殺人を平気で見せ場とし、権力が人権無視であるのも正義のためと正当化していることは問題ではないのか。
 たしかに行儀が悪いものはあるが、しょせんお笑いとはそういうものだ。それでも「食べ物を粗末にする」と批判するなら、どうして「人間を粗末にする」については無神経なのか。

 そういう話を筑紫哲也さんは述べていたが、そのとおり実際にテレビを批判している人や団体は、下品といってもお笑いでやっていることなんだからむしろ当然なことを不道徳と糾弾しても、お笑いであっても許されない生命や人権についてはやけに寛容であった。
 こういうことが続いて、とうとう今の国際的に恥をさらす意識の低いテレビおよび芸人という事態となったのだろう。
 つまり、最近になって急にこうなったということではなく、長年にわたる日本社会の未成熟と未発達ということだろう。




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by ruhiginoue | 2018-01-07 12:37 | 芸能 | Comments(4)