井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue
 脚本家から小説家に転じた豊田有恒が、その著書で、かつて関与していた『宇宙戦艦ヤマト』の製作元締めの西崎義展について色々とほのめかしてることが話題になっている。

 この西崎義展という人には前に告発本が出ていて「狂気」とまで表現されているが、これについては以前から同作品に参加した漫画家の松本零士や脚本家の藤川圭介や作曲家の宮川奏らがさんざん語っていて、それに比べたら豊田有恒の話は控えめである。

 ところで、この西崎義展と豊田有恒の共通点は高校が武蔵であることだ。武蔵は開成と麻布とともに東大進学御三家と昔から呼ばれ、それに加えて関西の灘とか鹿児島のラサールとか一部の地域の猛進学校があるという構造は昔から今まであまり変わっていない。

 まず西崎義展だが、彼は東大を目指して開成を受験して失敗し、これで親と喧嘩になって家出のあと武蔵に入るが、結局は日大芸術学部に入り、エンターテインメントの世界に行く。この当時の日大芸術学部は、勉強しないで趣味ばかりという人が行くところであったと、知り合いの複数の卒業生が言っている。

 また豊田有恒は、中学・高校・大学と武蔵を出ていて、武蔵大学とその付属ということであるが、よく私立大学の付属高校には、受験校として有名で生徒のほとんどが他の大学に行くというところがあり、その代表格なのが武蔵であるから、武蔵高校から武蔵大学に進学する人は数年に一人くらいしかおらず、そんな人は武蔵の落ちこぼれと言われる。
 しかし豊田有恒は東大に現役合格していた。ところが当時は東京大学理科3類すなわち医学部が無く「進学振り分け制度」があって、東大に入学したあとで希望する学部の入試があり、これで受からなければ退学だった。だから、知り合いの東大医学部教授だった人は、もしも運よく受かっていなければ医者になっていなかったと言っていた。
 その制度がまだあった時代なので、豊田有恒は、病院を経営する親から家業を継げと言われたため、せっかく受かった東大をあきらめ慶応大の医学部に入らされた。そして嫌々のことだったから成績不振で卒業できなかった。そして武蔵大学の経済学部に入りなおして卒業する、というように、ずいぶんと遠回りでもったいないことをしている。

 このように、エリートコースを目指したが進学で失敗したのでエンターテインメントの世界に行って成功を目指して、成功したらひけらかしてコンプレックスを指摘される、ということなのだろう。




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# by ruhiginoue | 2017-10-18 15:49 | 映画 | Comments(0)
 久米宏氏がテレビ司会者として人気番組に主演してきた思い出を語り、特に『ザ・ベストテン』と『ニュースステーション』が双璧のようなものだから、これに多くの言葉を費やして語る本を出版した、という話題の中で、インタビューしている朝日新聞の記者に「朝日新聞は叩かれ足りない」と述べていたので、それはその通りだが、彼が言うと滑稽であるから失笑させられた。

 ちょうど今、安倍首相の評判が悪いのに自民党が選挙で「圧勝」しそうだと朝日新聞などが騒いでいるが、これには色々な指摘があって、それに対しての賛否もそれぞれあるけれど、そもそも民意が議席数に正確に反映されない選挙制度に問題があるためだ、ということでは一致をみるだろう。

 そして、これを今、朝日新聞の記者も指摘しているが、この選挙制度の危険はずっと前から朝日新聞の記者では特に石川真澄氏が懸命に訴え続けていて、その話を本多勝一氏も引き続き問題にしていたのだ。
 ところが、朝日新聞を退社してテレビに出るようになった筑紫哲也氏は『ニュースステーション』での久米宏氏と歩調を合わせて小選挙区制は政治改革になるという策動に迎合していたのだ。

 あの当時でさえ、それは間違っているとか翼賛政治と改憲になるとか指摘されていたが、政治学者だという福岡政行・駒澤大学助教授(当時)が共演してデタラメを言いまくって異論を説く者たちを中傷しまくり、その語彙の貧弱さとステロタイプには、まだ若輩だった者でさえ唖然とた。
 これが、日本で最も人気があるニュースショーだと海外メディアから紹介されたり、リベラルな報道姿勢だということで評価されたり反感を買ったりしていたのだから、日本は絶望だと心底から感じたものだ。

 そして、やはりテレビは良くないといくら言ったところで、内容ではなく雰囲気で訴えるテレビに乗せられてしまった人が多かったのだ。
 また、現在の朝日新聞の記者の中にも、小選挙区の害毒と共に小池一派の態度を問題にしている人がいて、そこで迎合する議員たちについては「リベラルははじく、なんて言われて、面接官の前で持論にふたをするような政治家はいらない。明日から別の職業についた方がいい」と厳しい指摘をしていて、まったく賛成ではある。
 しかし、ここで思い出したのは「朝日新聞に入りたかったら面接で私の名前を出してはいけませんよ」と本多勝一氏が言っていたことだ。

 だから、叩かれ足りないのは朝日新聞だけでなく、それ以上に久米宏氏である。『徹子の部屋』に出たとき「日本に再び戦争をさせない」という気概で『ニュースステーション』をやっていると述べていたが、現実は真逆であるのだから。



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# by ruhiginoue | 2017-10-17 15:54 | 社会 | Comments(0)
 選挙のついでに民主的な制度のふりをした有害無益な最高裁判事の国民審査が行われる。ここで、この裁判官を不信任しようという呼びかけがされているが、愚かなことだ。

 もちろん、自分としては辞めさせたい最高裁判事がいるけれど、その一方では良い仕事をしていると確信する最高裁判事もいる。
 そして、自分が評価している理由が逆に気に入らず辞めさせたいと言う人達もいる。

 つまり価値観の違いだ。それによって信任か否かと決めるべきではない。なぜなら司法は政治と違うし人気商売でもないからだ。それを投票したところで民主的ではない。こんな制度は廃止すべきであるから、みんな投票を棄権しよう。

 また、毎度のことだが、最高裁判事の審査にさいし、その簡単な経歴と仕事ぶりについて漠然とした情報が与えられていて、これで判断せよというのだから殆どの人たちはわからなくて困るし、そのうえ無知な人達が、わかったふりしたり、わかったと錯覚したりで、デタラメを言い散らしている。
 これは、審査される最高裁判事の関与した裁判について、法律を全然知らない人達の勝手な思い込みによる低劣な扇動である。

 もともと、判例時報でさえ裁判官や弁護士が読んで、その曲解にいい加減にしろと怒りたくなることがあるのだから、まして新聞記事などマスコミ報道はいいかげんな要約をしていることが珍しくない。
 かつて自分が勝訴した裁判について、相手が負けた愚痴を自分のブログに書いていたが、そこで裁判官を罵りながら判決の要旨が滅茶苦茶だったから、同じ被告が別件でも被告になっていたところで、こういうデタラメを書いていたと複写を見せ「チクって」やったのだが、担当の裁判官は率直に話す女性で「まあ、しかし新聞の記事だって司法記者が書いているはずなのに変な要約していることがよくあるのだから、素人ならしょうがないでしょう」と言った。

 なのに、二次情報であるマスコミの報道だけに頼って、裁判の内容を咀嚼しないで記事の切り貼りしたうえで騒いでいる人が大勢いるのだ。
 しかもネットで適当に知っふりしただけのことが多い。例えばあの憲法学の新鋭とマスコミに取り上げられる木村草太という人が最高裁について批判していると言う人の話をよく見たら、そのリンク先は有料会員しか読めない記事で、実際は彼が何と言っているか趣旨を知らなかったから、読みもせず見出しだけ利用しているのがバレバレだった。
 このような人がネット上には多い。

 あと、裁判所は全国各地にあるが最高裁は一つしか無いので全国から上告が集まり、最高裁には最高裁判事でない大勢の裁判官が勤務し下請けで振るいにかけているから、あの判事なら話を聞いてくれるはずだという期待がたくさん裏切られる、という話は前にした。
 このような実態を知らない人ばかり、というより知ることがほとんどできない。かくいう自分だって、東京地裁で原告の立場のさいに、たまたま当たった親切な裁判官から、地裁にいた裁判官が異動で最高裁に行ったことについて、最高裁判所に勤務する裁判官と最高裁判事は違うと指摘され、言われてみれば当たり前のことだが意識していなかったことに気づかされた。

 さらに、日本は三審制といわれるが、事実を争うのは一審と控訴審の実質二回である。最高裁判所での上告審は法律審であるから事実認定は覆らない。
 それに、門前払いでなくても最高裁としては法制度上受け付けられない場合がある。今は亡き団藤重光最高裁判事も、明らかに無実の人が有罪になったけれど最高裁への上告としては不適法だったのでどうしようもないことがあり、中には死刑判決まであったと言っていた。
 そこで最高裁では取り上げられない制度であると伝えたところ、最後の望みをかけていた被告人の家族から「人殺し」と罵声を浴びせられてしまい、つらかったと言う。それで、死刑だけは取り返せないので廃止論を説いた。

 なのに、「この最高裁判事は、この事件でこんなことだったから不信任のバツつけよう」と、口から出任せのようなことを言う人たちが大勢いる。これらは言っているそばから法律も裁判もチンプンカンプンであることがわかってしまう。
 これはネトウヨ連中に限らない。野党の支持者とか現政権に批判的な人達でも、軽薄な人や無知な人ないし極端に左翼っぽい人になると、誤りと独りよがりで冷静な判断ができず、敵認定したらひたすら攻撃という猪突猛進型気質を発揮する。ネットだけなら大した害はないが、運動の現場ではしばしば迷惑な存在と化しているのが現実である。
 そして、最高裁判事国民審査でも同様のことをしているのだ。

 こういうことだから、そもそも最高裁判事の国民審査は制度自体が間違っているけど、今の制度を是と仮定しても、情報が乏しいうえ無知な人が法律や裁判の仕組みを知らずにデタラメを煽っているので話にならないのある。
 だから最高裁判事の国民審査は有害無益であるのでボイコットするべきだ。投票に行ったら「棄権します」と用紙を返却すること。




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# by ruhiginoue | 2017-10-16 16:28 | 司法 | Comments(0)
 「〆切を守る書き手は、他人にアタマを下げることが大嫌いなプライドの高い人たちで、〆切を延ばしがちな書き手は、他人にアタマを下げるかどうかよりも、作品の質にプライドを置いている人間なのではなかろうか」

 これは、ある、コラムやコメントを仕事にしている人の発言である。

 これに対して、仕事が遅くて他人に迷惑をかけても謝るのが嫌なだけなのに開き直っているという批判があった。
 また同業者からは、締め切りは守るべきで、これは仕事に対する責任だと指摘されていた。

 まず一般論として、完成度に拘り丁寧であるため時間がかかってしまうこともあるが、ただモタモタしている人や、それで編集や印刷にしわ寄せがいくことなど気にもしない人もいるし、そんなジコチューな人は当然ながら他人に頭を下げるのも嫌いである。

 かつて漫画雑誌の編集者たちの間で、原稿の完成が遅い漫画家の双璧として「オソムシ・オソジ」と言われていて、これは手塚治虫と松本零士のことだった。手塚治虫は原稿が完成したあとも手を入れたがり、これが遅くなる一因だったらしいが、頭を下げるのではなく逆に巨匠だからできたことだろうし、松本零士は描き始めるまでが遅くて始めたら早かったそうだ。

 過日、小林よしのりは、漫画の中で歴史の話をしているさい天皇の名を取り違えて書いてしまい、読者に指摘されて訂正していたが、文字を写植するさい出版社のほうで何故気づかなかったのかとも言われ、小林よしのりは締め切りに追われて慌てていたと釈明した。
 あのとき選挙演説していて遅れたからではないだろうが、このように、ギリギリになると校正や校閲の時間も少なくなりウッカリミスを世に出してしまうことにつながるから、早く仕上げて締め切りを守るのは自分のためでもある。

 これは音楽も同じことで、楽譜の誤植訂正はもちろんだが、演奏の質にも影響する。
 あの武満徹は作曲を委託されると務めて納期より早めに仕上げ楽譜を演奏家に渡していたそうで、これは演奏家にとってとても助かることだとピアノの高橋アキが言っていた。練習する時間はなるべく多いほうが良いに決まっているからだ。
 そして発表するさい演奏の質が高ければ曲の評価にもつながる。だから早く仕上げることは作曲家にとっても有益なのだ。

 こういうことだから、遅くなるのは質に拘っているから、なんて言うのは、ただの言い訳と開き直りでしかないこと明らかである。



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# by ruhiginoue | 2017-10-15 17:31 | 雑感 | Comments(0)
 前から何度も繰り返しているが、選挙には「立候補」するものであって「出馬」するものではない。字数が一文字どうしても削りたくて書くことが、たまにあるだけならいいが、いつもだから問題だ。なぜなら、競争に出るという話ばかりで、そうなると政策ではなく政局ばかりとなるからだ。
 そもそも選挙についてマスコミの仕事は、まず政策について知らせたり論じたりするものだ。それをしないで情勢の分析ばかりするから、「出馬」と書くのだ。

 今度の選挙についても同じだ。低投票率の状態で情勢の分析に紙面を大きく割く無意味なことをするより、政策や論戦の報道をして関心を喚起すべきだ。
 しかも、内閣支持率低下にもかかわらず野党の結束が上手くいかなくなって自民党の有利になったという調査結果なのに、与党に「勢い」と、あたかも自民党と公明党が自らの努力で支持を回復したように見出しをつける各大手マスコミの世論調査報道は、選挙中に行うには不適切な世論操作である。

 もちろん、あからさまな意図しての世論操作ではあるだろうが、それ以前に、日本では新聞が政策を論じられないから、政局とか言って世論調査などと意味のない事しかできないのだ。この原因は、言論報道が不自由であることや、報道関係者に政策を論じる能力のある人がいないからだ。

 また、世論調査によると20歳代に自民党支持が多く、これはアベノミクスの恩恵で就職が良かったと言う人がいるためで、だから若者は現実主義だと評価する誤った見解がマスコミに一般的である。
 なんともお粗末な発想である。普通に考えたら簡単に気づくことだが、一時的にたまたま自分に好都合だったことは政策が良いことにはらず、しかも先が続かないのだから今後は自分のためにも支持してはいけない。なのに、それが解ってないのだからバカとでもいうべきところであるが、それを逆に現実的だと評価してしまっている。

 こうなってしまうのは、日本に文化的な土壌がないからで、伝統的な貧困である。それを差し引いても、日本の大手マスコミは破滅的というか絶望的である。



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# by ruhiginoue | 2017-10-14 14:10 | 政治 | Comments(5)
 「水木一郎『俺は世界中で一番幸せな歌手』アニメ祭開幕で『ゼット!』連発」という見出しの記事で思い出した。
 過日、ある歌手からサインしてもらう機会があって、歌手にサインしてもらうなんて久しぶり、それも何十年ぶりで、小さいころに遊園地で水木一郎にサインしてもらって以来だった。
 その遊園地とは埼玉県の西部線沿線にあったところで、野外ステージの公演だった。この帰りに電車に乗っていたら水木一郎さんも帰るところで乗ってきた。毎度うちの母親がバカだから「あっ、またサインしてもらおうか」なんて言うものだから、聞こえてしまい水木さんは困ったようにうつむいてしまった。

 ところで、水木一郎宅は鎌倉八幡宮の近くにあり、憧れの鎌倉と言われる一等地で、庭も広い。
 これは『マジンガーZ』が人気で主題歌のレコードも売れたから印税がたくさん入ってきたさい、ちょうど宅地が売られていたのをみて、投資のつもりで買い、その後は『仮面ライダー』などアトラクションに出演して歌う仕事をたくさんこなして稼ぎ家を建てたということで、だから「水木一郎のマジンガー御殿」と呼ばれている。
 それで、あの時も埼玉県まで西武線に乗ってセッセと巡業に来ていたのかと納得した。そうやって水木一郎は堅実にやってきたから良かったということだろう。

 よく芸能人は売れて金が入ってくると無駄づかいと散財をしてしまい後で困るということが珍しくない。最悪なのが克美しげるで、『エイトマン』の主題歌など売れて金がたくさん入ってきたのに賭博などで使い果たしてしまい、愛人に貢いでもらって、奥さんにバレそうになって…周知のとおりであった。

 だから、お金が入ってきたら無駄づかいしてはいけないということを色々な人の例から学んだが、その最初は小さいころ遊園地の帰りに水木一郎さんだったのだ。




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# by ruhiginoue | 2017-10-13 17:48 | 芸能 | Comments(0)
 また近所で共産党の市議会議員の女性が選挙演説していて、毎度の語りの下手糞さでイライラさせられる。
 特に、「憲法九条」と「安倍内閣」や「消費税10パーセント」などが同じ調子なうえ、語尾が聞き取りにくいから、それが良いことなのか悪いことなのか不明だ、という点。
 こうなるのは、言わなくてもわかるだろうという内心が表れてしまっているからだ。そんなこと言われなくてもわかっているというような話であろうことは簡単に想像できるが、投票ならしてやるから煩いので黙っていて欲しいし、わかっていない人にわかってもらいたいなら、わかるように話すべきだ。

 これは人の話の受け売りだが、「最近、北朝鮮情勢を見れば、安保法制は正しかった」みたいな話が聞こえてくるけど、安保法の前後で何がどう違って良くなったのか訊ねると誰も具体的に答えられず、つまりわかってないで言ってるのはあくまで印象であって、その印象とは操作されているわけだし、しかも見方を変えれば安保法制自体が挑発だった。
 また、「今回は自民党入れる。北朝鮮が恐いから」と言う人が少なからずいて、これに対し「むしろ北朝鮮情勢を悪化させているのではないか」と諭しても、「野党は何もやらない。それよりかは何かするだけマシ」と。そうしたいい加減なことで自民を支持する人は多いだろう。
 これらはマスメディア特にテレビ特にNHKの「功績」だ。

 しかし、あえて言えば共産党が悪い。あの市議の女性に選挙させているからだ。
 だいたい、安倍内閣は不祥事を隠すために危機を煽りながら誤った対応をして日本を危険にさらしてしていると批判されているのに、その共産党の女性市議会議員は「北朝鮮の暴挙は許せません」「憲法9条を守ります」などとチグハグなことを連呼していた。「嗚呼、ダメだこりゃ」と思った。

 こんな話し方ばかりの人でないことは知っているが、同様または似たような人は少なくない。地元では組織力で票割りしているから当選しているが、国政はもっと幅広く呼び掛けないといけない。だから街宣車で走り回っている。なのに、これでは逆効果の悪宣伝だ。
 しかも、手前の選挙なら手前が落選するから勝手にしろだが、党およびその候補がいるし「野党共闘」が課題となっていて、共産党と組んでは駄目だと言っている連中がいるときに、これでは反共連中にとって格好の口実になるか、そこまでではないにしても悪宣伝を跳ね返せなくなる。
 だから、どうかこの女性市議および同じように語りのダメな人には国政選挙の演説はさせないで欲しい。



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# by ruhiginoue | 2017-10-12 21:13 | 政治 | Comments(7)
 これは特に強調しておくべきなので、しつこく強調しておかねばなるまい。

 今度の選挙で野党の候補者たちが安保法制など憲法問題にこだわっていることに対し、そうした問題を起こしてばかりいる安倍内閣に反対している人が、しかし、そんなことで有権者は投票してくれないとか、投票してほしければ生活に密着して寄り添う政策を説くべきだという、的外れな意見を述べていた。
 
 なにより今回の選挙は、国民の生活について争点であっても、だから景気対策というようなことではない。国民の生活が安倍内閣の暴政によって脅かされていることが問題になっていて、だから憲法によって立つ平和や人権が重要なのだ、ということだ。
 そして、安保法制について語るのは野党が一致していることを訴えるのに必要だからである。こだわるのは仕方ないし、むしろ当然のことだ。特に立憲民主党にとっては結党の根幹である。

 そのうえで、生活に寄った政策なら、共産党が健康保険の重圧に苦しむ庶民の問題を中心に訴えていて、これはほんとうに切実だが、しかし議会で提携している社民党と自由党は全体的に社会政策が新自由主義的で、社会保障の分野で公的責任を重視する共産党とは相容れない。
 だから憲法問題しか一致しないのだ。

 また、生活に寄った政策ということで投票されているのは公明党である。下層の庶民は、法治国家・立憲主義・基本的人権なんてサッパリ解らないうえ、とにかく微々たるものでもオコボレでも何でもいいから、政策ではなく直接施しをしてもらいたいのだ。
 こういう現実に即した主張をしなければ選挙運動を誤るが、今のところ野党は誤っていないから、これでいいのだ。




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# by ruhiginoue | 2017-10-11 18:04 | 政治 | Comments(3)

日本人のタカリ根性

 チェコ人は、カフカについて、プラハに居たがドイツ語で書いていたからドイツ文学と言うし、フィンランド人は、ムーミンの作者について、スウェーデン語を使っていたから違うと言う。なのに日本人はカズオ イシグロが英国籍で英語で書いてるのにノーベル賞ではしゃぐ。

 これについて、恥ずかしいと言う日本人もいるが、もともと金メダルやノーベル賞に便乗するのは日本人のタカリ根性だ。なにかあると寄ってタカって、便乗するだけならまだしもオコボレを頂戴しようとする。

 この日本人のタカリ根性は昔から指摘されているが、これが選挙にも影響し、選挙事務所ができると、運動を手伝う人たちのために賄う飲食物を目当てに寄ってくる人がいる。特に田舎がひどいもので、各候補の事務所を掛け持ちして回り、どっちが気前いいかと比較している。
 これが「先進国」だと、選挙事務所ができたら、興味を持った人は訪ねていき、居合わせた運動員から政策を聴くものだ。また、その政策に共感できたら、寸志という感じで幾らかの寄付を置いて帰る。

 私事だが、防衛医大訴訟の時も、実は、友達とかではない一部の野次馬的な者が、国を訴えても勝てないとか、そんなことをするものではないとか言い、「無駄」「非国民」などと、実にひどいものだったが、そんな奴らに限って、勝訴してマスコミに取り上げられると「テレビのインタビューみたよ」「陰ながら応援していた」などと言ってきて、中には「賠償金が入ったんだってな。今晩空いてるからな」と言った奴までいた。

 そういうクズは論外として、あの当時、なぜまとまった金額の振り込みがあったのかの事情を知らない銀行員が、投資しないかと「営業」に来ていて、正直言うと、それにのって増やしていたのだった。
 また、インタビューに対し稿料扱いで報酬を支払うとの申し出があり、ありがたく受け取った。そしてテレビの製作会社から振り込みがあったので、そこの銀行の人は、そっち方面の仕事をしていると思っていたそうだ。
 そういうのも、みんな投資に回していた。

 こうした背景に、知り合いの冤罪被害者のことがあったからだ。その人は無実の罪で刑務所に入ったが真犯人の逮捕で潔白が完全に証明され、何年も刑務所に入っていた賠償金が国から出た。
 そして、マスコミから取材を受けて報酬を払うと言われても、報道なのだからと辞退していた。このように、とても堅い人だった。

 ところが、すでに補償があったのに、警察の捜査の不正を問題にして国家賠償請求を新たに起こそうという話があり、これに彼はのったのだが、この大変さのため心身共に疲労困憊して体の具合が悪くなってしまい、仕事ができなくなった。
 そのうえ、補償で受け取った金があるから休養できるかと思っていたら、その金はすべて裁判のために使い果たしてしまったそうで、体調も悪いし貯蓄もないから生活保護を受けていると言うので驚いた。

 ということは、そこまで追い込まれる裁判をけしかけた人たちは、支援していると言っていたけど、金銭面では何も支援してなかった、あるいは、ろくに支援していなかった、ということになる。
 これで思い出したが、けしかけた人たちには左翼崩れの学生運動世代の老人が目立ち、あの人たちを実際に見てよく知っている。あれは支援すると言いながら自分たちの自己満足で反権力を叫ぶ材料に利用しているだけだ。
 そして、ダシにしているから、親身になることはなく、「人権」を標榜していても人権意識など欠片も無い。だから被害に対してもザマアミロと言わんばかり。それどころか、実際にそう口にして嘲り笑っているクズ連中である。

 あのとき連中は原告と一緒に写真を撮って運動のホームページに掲載していたが、「支援」していると見せるためのアリバイ工作でしかなかった。こんなことなら、小池百合子みたいに一人三万円とか言えばよかっただろう。裁判支援カンパとして協力してくれと言っても、あいつらでは払わないに決まっているが。

 つまり、田舎で強い自民党には日本人のタカリ根性が影響しているだけでなく、それを批判している連中にだって同じことが言えるのだ。むしろ、反権力を標榜しながら権力犯罪の犠牲者を食い物にして笑っている分、たちが悪いと言える。
 こういうのを直接見ているので、それを考慮した対応をせざるを得ないのだ。



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# by ruhiginoue | 2017-10-10 19:51 | 社会 | Comments(11)
 もともと憲法とは普遍的な理念を謳うものであり、その時々に合わせて憲法の理念を具体化する行政法がある。これは法の常識だ。そして、外国で憲法を修正しているのは行政法にあたる部分である。基本理念を否定するのでは、改憲ではなく革命か政変になる。
 それを池上彰なんかが、外国では時代に合わせて何度も憲法改正をしているのに日本はそのままとデタラメを言い、テレビが垂れ流している。池上彰は原発事故のさいも、プルトニウムは重くて拡散しないので汚染の心配無用とデタラメ発言しながら、朝日新聞に対して誤報を産経新聞に指摘されたのだから読者に謝罪しろとデタラメを書き、その掲載に難色を示されると騒ぎ立てて話題作りに利用したうえ、便乗して騒ぐ週刊文春に説教を垂れてみせた。

 こんな池上彰を連載コラムに起用つづけた朝日新聞は、さらに低劣な三浦瑠麗を登場させて、また読者からヒンシュクを買っている。三浦の毎度おなじみクルクルパー発言は、先日掲載してしまった東京新聞が批判を浴びて慌てて同感しているのではないと釈明したばかりだ。なのに、朝日新聞は前回の大ヒンシュクによりもう載せるなと言われていながらまた載せた。
 これはよほどの圧力があったということだろうか。

 さらに「パーパールリ」こと三浦瑠麗は、ネット党首討論について「外交をテーマにする限りは実績が圧倒的な安倍さんが優勢」と言ってのけた。
 これについては、みんな既に呆れて言っている。三浦瑠麗が絶賛する安倍外交の「実績」はバラマキだ。国費の大損で、その見返りは、もらった国から安倍総理へリップサービスだけ。とくにロシアには手玉に取られて金だけ渡し領土を取られた。
 それでも、国内マスコミ向けバラマキで「ゴチソーサマ」の人たちは、お返しにオベンチャラを言うわけだ。「首相動向」に三浦瑠麗らと会食って書いてあった。批評するなら、馴れ合いや利益供与とみなされる行為をするものではない。そんな常識も持ち合わせていないとは非常識である。

 なんで三浦瑠麗という人は、現実を無視してまで、悪いことはなんでも左派のせいだと言うのか、という疑問が呈されているが、それが商売だから、に尽きる。風俗嬢に対して、お金をもらって性的なサービスを提供するのはなぜかと質問してもしょうがない。これと同じことだ。
 しかし、例えば伊達政宗は、あと30年早く、豊臣秀吉と徳川家康くらいに生まれていればと悔しがったそうだけど、三浦瑠麗も30年くらい生まれるのが遅かったのだ。いくら、地味な研究者ではいたくないからとしても、いまどき曽野綾子や櫻井よし子のようなマスコミ人の猿真似をしても時代遅れである。
 ただ、昔から御用学者というのはいて、マスメディアのお座敷に上がっていた。それが三浦のように露骨な態度となったのは、マスコミとくに朝日新聞の衰退が原因だ。

 今は昔だが、82年に当時の中曽根総理は、自分に不都合な報道や論説に不満をぶちまけて、「新聞が偏向していると学者が言ってきたので同感だ」と発言したが、これに対して朝日新聞の筑紫哲也が署名論説で「政治家が政策の正当性を自信を持って主張できないと学者を動員する」と喝破した。これを朝日新聞は一面に掲載した。
 そんな気骨のある記者がいなくなって、仮にいたとしても毅然とした論説は掲載されなくなり、そこへ三浦が土足で座敷に上がりこむようにしたということだ。
 これだから、朝日新聞は読者から見放され、どんどん売れなくなっているのだ。紙媒体の衰退とかいう以前の問題だ。



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# by ruhiginoue | 2017-10-09 21:00 | 社会 | Comments(3)