井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue
 先日、『日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?』出版されたという話題の中で、高校の同級生についても触れた。
 その同級生の父親は、最初に出た『日本一醜い親への手紙』が話題になった当時「こんなことを言う奴は親を誤解してるんだ。ぶん殴ったって親は子供のためを思ってのことだ」と言った。
 このお父さんは、たしかに息子を思って殴っていたが、それは息子が「Fラン大」かそれに近いランクの大学に入ったうえ、真面目に勉強をせず、車を乗り回したり酒を飲んだりと、すべて親の金でやっていたから、ついに我慢できなくなってのことだった。
 こういう家庭では、親でも子でも、苦悩する者のことなど理解できないのだろう、という話だった。
 これに補足して、以下のような事実を紹介する。

 あるwebsiteのコラムが、自民党の片山さつき議員は、大手予備校の模擬試験で一番を取り続けたうえで東京大学に入ったと誇っていたけれど、そんなことをまだ自慢している感覚に奇異なものを感じたと述べていた。
 けれど、こんなことをする人は他にもいて、そんな人は、社会人になってからは誇るものがないのだろうかと、よく言われるものだ。そして実際に、学歴は立派だが仕事の実績は伴わない人がいて、そんな人の中に学歴を意味もなく誇る人は目立つ。

 ところが、そんなくだらない自慢ができないからと、家庭の事情で進学できない人を見下す人かいたら、どうか。片山さつき議員も褒められたものではないが、それ以下だろう。
 それをしていたのが、先述の同級生であった。最低レベルの大学に入ったものだから、入試レベルのことで自慢したり見下したりということは不可能であり、そこで、親がいないなどの事情から働きながら夜の大学に通ったり、健康上の問題で通信制の大学で学んだり、という同級生を「やーい、夜間」「二部~w」などと侮辱していた。親の金で遊んでばかりいながら、苦学している者に対して、である。
 ほかにも、クレジットカード使いながら自慢し、学生なんだから親が保証人となって持つことができているのに、あたかも自ら審査を通ったかのような態度で、持っていない同級生たちを見下すなどなど、それはそれはひどいものだった。

 これでは父親が怒ってぶん殴ってしまっても当然だ、と思ったら大間違い。そのお父さんが殴ってしまったのは、あくまで酒のだらしない飲み方などの素行に対して怒ったからであって、社会の弱者を見下して自慰したことに対してではない。それどころか、一緒になって同じことをしたのだった。
 それが、『日本一醜い親への手紙』にあるような子供を虐待する親の問題について、子供が親を誤解していると決めつけたことだった。実際に働きながら学んで、おたくの息子とは大違いの真面目な子もいるとたしなめられても頑として認めない。
 「そりゃ、ぜんぶ親のことを誤解してる奴らだ」と繰り返して「俺なんかなあ、一時はオヤジと口もきかなかったんだぞ。進学しないで家業を継げと言われたからだ。でもなあ、この家業を継いだおかげで今は安泰なんだ。だからオヤジに感謝してるんだ。進学するなと言ってる親はみんな同じ思いなんだ」
 こう、勝手に決めつけて、手前が親から財産を受け継いでいる結構なご身分であるという自覚がなく、手前の勉強しないバカ息子を金次第の低劣な私学に行かせている自覚もない。むしろ、息子を私大でも特に学費が高いところに入れてやって金を出しているとして満足げだ。

 つまり、息子のような自覚した悪意がないだけで、あとは「この親にしてこの子あり」なのだ。おそらく、親の七光りの政治家たちも、これと同じではないかと思う。そう思わせる材料がいっぱい見受けられる。



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# by ruhiginoue | 2017-10-06 12:30 | 社会 | Comments(4)
 童謡「どんぐりころころ」の替え歌「前原ころころ」が唄われているそうだ。「♪小池にハマってさあ大変」と。

 しかし小池百合子率いる「希望の党」は失速している。
 これは小池百合子が図に乗って調子づいて早く口を滑らせたから陰謀がバレて躓いてしまったからだが、ほんとうは安倍を見限って次の傀儡独裁政権を樹立させようとする工作であり、あのスノーデン氏にもぜひ意見を訊いてみたい背後関係があるのではないか。

 どうであれ、「希望の党」については、先日、歌手の松山千春が「小池百合子の野望の党」だと言ってこき下ろしたが、週刊新潮は政局の記事の見出しに「小池百合子の希望・横暴・票泥棒」と見出しにしており、その騙しの手口がいかに悪辣であるかという批判が巻き起こっている。
 それで、党のシンボルカラーが緑なのでカップめんになぞらえ「緑のタヌキ」と皮肉られているわけだ。

 ところで、「同じ穴のムジナ」という悪い喩え方がある。ムジナはタヌキと外見が似ていて、同じ巣穴を共同使用し、どちらも化けて人を騙すので、違うようでいて同類であるということだ。
 そういうことでは、前原と小池はまさに「同じ穴のムジナ」である。

 そして、希望の党の公式ホームページとTwitterアカウントが出来て公開されたばかりだが、それで見たら小池百合子が緑色の服を着ていて、なぜか後ろ姿の背景画像である。その動画もある。歩いている後ろ姿を捉えた映像だ。
 これが不気味という反応がある。なんで後ろ姿なのか。
 もしかすると、緑のタヌキともいわれる代表者が振り返って
 「こんな顔かい」
と言うと、ノッペラボウなのではないか。小泉八雲ことラフカディオハーンの『怪談』の「ムジナ」みたいに。
 だから怖くて動画が見られないという人もいる。

 そして、『怪談』では、突然明かりが消えて真っ暗闇になるのだが、希望の党のために日本は失望どころか絶望となるだろう。
 
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# by ruhiginoue | 2017-10-05 15:44 | 政治 | Comments(4)
 小池百合子を「ババア」「婆」と言う人たちがいて、それを差別だと批判する人たちもいるが、その言葉と内容は不明確だったり不適切だったりしているので、それについて指摘しよう。

 まず、小池百合子都知事を「ババア」と言っている人たちは、だいたい反感を持っている人である。好意があったらババアとは言わないのが普通だ。
 ただ、『男はつらいよ』の寅さんは、よくケンカする実の母のことは「ババア」と言うが、他の人には言わないし、毒蝮三太夫はロケで年配の女性に「ババア」とか「きたねえババア」と言うが、天真爛漫な笑みを浮かべて無邪気な口調で言うから、毒舌を売りにした冗談であり、それが芸風であるから、視聴者からヒンシュクを買うことがなく、言われた当人も笑っている。また、彼は腕に自信を持っている寿司職人に「あんたの握った寿司ってホントに美味いの?」なんて平気で言ったりする。つまり、侮辱するのではなく挑発しているのだから、相手が否定することを前提に含めている。
 こういうことは例外で、だいたいは、ほんとに反感を持つ相手に否定的な意味で「ババア」と言うものだ。

 では、なぜ否定的意味で「ババア」と言うのか。これ以外の言葉でも、まず事実か否かの問題があり、事実でなければ、それを言うことが問題になる場合もあるが、事実であるなら、意味が無いのにことさら言うのが良くない場合と、言ってもいいが表現に侮辱的または差別的な意味がこもっているので良くない場合とがある。
 そして「ババア」とは高齢の女性を指す言葉だが、小池百合子都知事に関して言うと、まず女性であることは事実(もしも事実で無かったら大変な騒ぎになるだろうが、それはまた別問題である)であり、年齢的に(どの程度かはともかく)高齢に分類されることも事実だろう。
 そうなると、小池百合子都知事を指して「ババア」と言うことが問題になるのは、それを言う意味がどうあるのかということだ。高齢なのに地位に就いていることが問題なら普通は「老害」と言うものだ。なのに女性を対象にした言葉の「ババア」を使用するなら、男性の「ジジイ」「爺」はどうなのか。

 この件では過去に石原慎太郎都知事が「ババア」の言葉を使用して、歳をとっても男性は子供を作れるが女性は作れないので生きている意味がないうえ社会に迷惑であるという趣旨の発言をして批判され訴訟にもなった。特定の人に対する侮辱ではないので民事裁判の対象ではないから慰謝料などは認めないが、多くの女性を不愉快にさせる発言だった、という判決であった。

 このように性差別である場合もあるが、今の小池百合子都知事が「ババア」と言われている件では、性差別として言われていることかどうかは不明確である。あと、都知事選挙に立候補したことがある東郷健発行人(ゲイ雑誌の)は、年配になってから自分のことを「ババア」と言っていたが、これは自己主張であろう。

 とにかく、寅さんや毒蝮三太夫のことも併せてみると、「ばあさん」「じいさん」ではなく「ババア「ジジイ」は言葉自体に悪い印象もあるが、実際に悪い意味になるかどうかが状況や文脈などによる言い方に影響される。

 その点は、前に江川紹子という神奈川新聞の元記者が、「オバサン」「ババア」と言われたことが、わかりやすいだろう。
 かつて(95年)テレビに出ていたとき唐突に号泣したことについてハッタリとかパフォーマンスとかの類ではないかと疑われたさい、当時の女子高生たちから「嘘泣きオバサン」と揶揄されたが、これは「女の子なら泣けばなんとかなる」というのは高校生くらいでもすでに潔くない態度なのに、それをいい年した大人がやっているという意味であった。
 その後も、さらに年齢を重ねてからTwitterでよく語尾を「~だにゃ」と書き、猫のアイコンを付けているから冗談のつもりなのだろうが、更にいい歳になったのに子供っぽいことをしていて、しかも気楽な話題でやっているだけなら「お寒い」で済むが、人権侵害になる発言でもやっていた不謹慎なので、このおふざけの内容が女性っぽくて年齢不相応だから「だにゃババア」と批判の意味で言われたのだった。

 そうなると、小池百合子都知事の場合、稲田朋美もと防衛相と同様に、少女漫画か美少女アニメのような仮装をしてみせることがあったから、いい歳してなにやっいるのかということで「コスプレババア」と言うのは、意味が通る。もう二十代になっても、まだ三十代になっても、稀には四十代になっても「ロリータファッション」をしている人だっているから、五十でも六十でもやって何が悪いという反論もあろう。ただ「歳をとったら引退と決まっている分野ではない」という反論はあっても、反感を表明することが年齢差別や性差別ということではない。あくまで言葉遣いが乱暴とか下品ということだ。

 ところが、小池百合子都知事について、その歳甲斐もないふるまいとは関係ないことで「ババア」ということが問題なのだから、他のことに対して表明した反感を別の問題にも持ち込んで不適切ということだ。それが結論である。



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# by ruhiginoue | 2017-10-04 15:49 | 政治 | Comments(6)
 「私が受けた行為は28年間生きてきたなかで最も醜い人権侵害」
 そう言って、あの詩織さんは損害賠償を請求して提訴したとの報道である。
 そして「最も」ではなく2番目になる。訴訟すれば「セカンドレイプ」が待っているからだ。これは国賠裁判や医療裁判も同じだが。

 先ごろ、アメリカでOJシンプソンが仮釈放された。失った自分のスポーツ記念品を取り返そうとしたが、このさい拳銃を持っていた(当人は否定)ので強盗とされ裁判で有罪となり服役していた。彼はアメリカンフットボールの殿堂入りするスター選手で、その後は俳優など芸能人として大活躍し、日本で公開された映画やテレビの作品も多い。
 そんなスターが「転落」したのは、元妻とその友人を殺害した疑いをかけられたことがきっかけであった。刑事裁判ではお粗末な捜査などが問題となり無罪となったが、被害者の遺族から民事訴訟を起こされると敗訴して多額の賠償金を支払わされる。このあいだ芸能人としての活躍ができなくなり収入が途絶えたうえ裁判で多額の出費を強いられてしまったのだった。
 このように、刑事裁判で納得できないなら民事裁判に訴えることで一定の成果が得られることもある。

 しかし、日本ではどうだろうか。そこそこの名誉回復がされた事件もあったが、逆に追及を諦めないことに対する報復的な対応をされることもある。
 特に詩織さんの場合は政治的な圧力により刑事裁判がつぶされたのだから、まだ民事裁判があると一縷の希望に賭けるしかないとはいえ、やるからには相当のリスクがある。
 まず、請求を棄却されたうえ証拠を無視してて荒唐無稽な認定をされる恐れが大きい。「枕営業」するため自ら誘ったことにされてしまったり、反訴されて逆に莫大な賠償金を払わされたりの恐れもある。最悪、口実をもうけて逮捕されたうえ国際的に悪名高い日本独特の密室取り調べで拷問や暴行を受けることもありうる。なぜなら、そうしたことは現実にたくさんあるからだ。
 そういう不正が存在しない国なら、最初から民事裁判などしなくても逮捕状が握り潰されることなく刑事裁判になっている。

 もちろん、そのような現実を承知のうえで後戻りできない覚悟をして「ルビコン川」を渡ったのだろう。
 だから裁判に付随する問題について、詩織さん側は適切に対応するはずだ。
 例えば、マスコミはまだ相手にしてもいいが運動団体は構ってはならないということ。日本の運動団体は人権擁護に関心がない左翼崩れ老人の自己満足の場。人権侵害を受けた一般市民は支援ではなくネタとかダシにされるだけで、なかでも特に女性、まして性犯罪の被害者は酷い侮辱と嘲笑をされるのが実態だ。
 しかし、これらは言われなくてもわかっていることであろう。



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# by ruhiginoue | 2017-10-03 15:12 | 司法 | Comments(0)
 「リベラル」という言葉がトレンドのようになっているが、ここで日本社会の底の浅さが露呈している。リベラルとは左翼的のことだと言っている人がいたり、リベラルとはいい難いものごとについて言っていたりするからだ。

 もともと「リベラル」は「自由」のことだが、自由には個人の自由とか責任を伴った自由とか色々な意味合いがある。そして、枠にはめられていない自由という意味で言われることが多いフリーダムと、既成の枠から解放されるという意味で言われるリバティとの微妙な違いについて、そもそも日本人にはそうした自由についての発想が伝統的に存在しないから、使い分けができないという指摘もある。
 そういう背景があるため、リベラルとは社会の枠組みに従わないものだから左翼だという短絡的な発想も湧いて出るのだろう。

 また、リベラルと言うと理屈っぽいと受け止める人が日本には多い。理路整然と話すだけでリベラルと思われる。もと官房長官の枝野氏はその典型だろう。あの人は非常に保守的で、社民党の議員に言わせると右派だが、日本の保守派にありがちなナアナアで済ませ理屈は要らないと言う田舎臭い発言をしない。それでリベラルだと思われるのだ。

 あと、林家彦六も、よく共産党に判官びいきしてると公言していたが、それはイデオロギーに共感してるからではなく共産党が書生っぽいから好感をもっていると言っていた。彼は若いころから学があって理屈っぽいため、落語家たちの間で「インテリ」と言われていたが、これは褒めていたのではなく皮肉だった。
 それで、理屈は要らないというのを笑いに転化できのだろう。「なぜ餅にカビが生えるのでしょうか」「早く食わねえからだ」と。

 こうした日本では、その内容とは無関係に、学があることは理屈っぽいことにされ、田舎ではアカ呼ばわりされる。だから、昔から日本は田舎政治で、自民党はその象徴と言われたものだ。

 しかし、どんな分野でも、外国語に適切な訳語をあてることで発展してきたもので、「リベラル」の場合も、かつてその努力はされていた。「自由」を、金儲けの自由という意味で捉えると経済活動の規制をしない政策になるが、そういうのとは違う既成の枠や概念から解放されるものという意味での「自由」を「リベラル」とするなら「進歩的」と訳していたものだ。

 だから今の「リベラル」は、小沢一郎の自由党ではなく、かつて80年代、新自由クラブ解党後に自民党へ戻ることを潔しなかった田川誠一代表が作った都市型の保守政党「進歩党」が該当する。
 その進歩党は、自民党と変わらない政策を掲げながら随所に違いを見せて、経済を重視しながら汚職を無くすとか、アメリカとは友好的にするが言いなりになって軍拡しない努力も可能な限りするとか、なにより日本の政党としては初めて脱原発と再生可能エネルギーへの転換を公約にしていた。
 その点で田川氏は早すぎた。今だって理解していない日本人が多いのだから。
 しかし、あれから時代の方が追いつこうともしているので、もしかしたら枝野氏あたりが一定の成果を挙げるかもしれない。

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# by ruhiginoue | 2017-10-02 16:49 | 政治 | Comments(4)
 かつて、山崎雅弘という人は、中国での日本軍による残虐行為について告発は他にもあるのに朝日新聞の本多勝一記者ばかりが歴史修正主義者らに攻撃されていて、それは中国側の言い分を鵜呑みにするから付け込まれるのだと発言した。
 これに対して、本多記者の記事および記事に基づいた著書の内容は、そんな内容とは程遠いと述べた。(当blog2015年12月)
 
 だいたい、中国の日本軍について告発を書いている人は色々いるけれど、その中で特に本多記者の記事を歴史修正主義者らが攻撃目標とするのは、そうすることに最も「インパクト」があるからだろう。
 なぜなら、同記者の知名度と朝日新聞の影響力そして『中国の旅』は朝日文庫の「本多勝一シリーズ」中で、ロングセラーとなった『日本語の作文技術』に次いで二番目のベストセラーであるためだ。
 これらの事実から、歴史修正主義者らが攻撃するさい標的とするのは当然のこと。こんなことは言うまでもないはずだ。

 ところが先日、その山崎雅弘を名乗るコメントがblogにあり、この件でe-mailを送ったということだ。実際にメールは来たので返信をした。
 すると、今度はTwitterで山崎雅弘という人のアカウントが、メールを出したら返信が来たという話をして、「冒頭の書き出しは『ご本人かどうかなど確認できないので』。どこまでも無礼な人だと呆れる。」と発信した。
 たしかに、その書き出しではあるが、それは、もし、なりすましを本人だと思い返信しては迷惑をかけるので、それに配慮してまず一般的内容にとどめると告げたまで。それがなぜ「無礼」なのか。

 また私信の内容を勝手に公開することは非常識ではないのか。そういうことを、なりすましがやることも考慮したわけだ。本人がやるとは思わなかったが。
 そして、この山崎雅弘アカウントのツイートに、内容を確認せず、また私信の内容を公然と話している非常識に気づかず、「いいね」している人たちがいた。それらはすべて匿名の無責任アカウントであったが、こういうこともあるから、やってはいけないことなのだが、どうも彼にはわかっていないようだ。

 また、Twitterでは実名と写真付きでさえ偽物があり、先日「永久凍結」されてしまった菅野完アカウントも早速偽物が出現し、ウッカリ騙された人もいたから、要注意である。
 ましてメールは、今問題の前原民進党代表が前に辞任した原因であり自殺者も出ている「偽メール事件」などがある。個人的にも、二年前、なりすましメールの被害に対して訴訟を起こして勝訴し賠償金を払わせたことは、ここで報告したとおり。(東京地裁立川支部)
 そのメールは内容こそもっともらしかったが、一見では判らなくても慎重に調査したら不可解な部分が見つかり、メールを所持している証人として出廷した人は、陳述書面での冷静な文体とは異なり、法廷で奇声を発したり、証言台で提示された書証の写しをひったくって破ったりの異常な態度で、そのさい本人が精神障害者であり手帳を持っていると自認した。そんな証人に、被告は騙されたのだった。

 このようなことがあるから、自分だけでなく相手方へも配慮して、まだ確認が取れないので一般的な範囲にとどまる返事であるとし、その範囲で話の趣旨については返答をしている。
 それを「無礼」とは何事か。例えば「ばか」とか不穏当な言葉があったなら問題にしてもいいが、そうではないのに、山崎雅弘という人は勝手に私信の内容を公然と誹謗したのである。

 また、山崎雅弘という人は、このblogをスクリーンショットで画像添付したうえ、「『彼の著書を読んだら典型的な[司馬史観]だったという指摘があり』とあるが、自分で私の著者を読んで確かめたわけでもないらしい」とtweetしている。
 これを読むと、山崎雅弘という人の著書について評価するさい、ただ「司馬史観」であると評した人の話を紹介したことになるが、実際にblogに書いたことは、そもそも著書への評価ではないのだ。要するに、その著書が保守派と同じだと指摘する人がいて、またTwitterでの発言はいちおう進歩的立場だが、内容的にはそうとは言えない、という話の前振りにすぎない。

 これは、もともと山崎雅弘という人に対して批判的な人たちの多くが指摘していることであり、それを前提としている話だ。
 「『リベラル』側にもそんな安倍晋三を後押ししているとしか思えない人間がいる。想田和弘と山崎雅弘である」
 「本当に『9条が大事』だと思っているのならこんなことを迂闊に書くものではない。安倍晋三への援護射撃以外の何物でもないと私は断定する。しかし、そんな想田和弘に同調するのが山崎雅弘である」
 など、ネット上でいくらでも拾ってこれるほど、山崎雅弘という人は偽リベラルであるという批判があり、そこから、著書に対してもそうだと指摘する人もいて、ただしここで問題とするのはTwitterでの発言である、ということだ。

 なのに、山崎雅弘という人は文句があるにしても自分はそんな(司馬史観)つもりではないと反論すればいいだけなのに、また受け止め方や解釈や評価は人それぞれのはずなのに、書いた自分が思うのと違うのだから読んでないらしいと的外れな反論をする粗雑な言質を展開している。根拠がないけど「らしい」と書いたから良いではないかと抗弁したが認められなかった判例を、彼は知らないのだろうか。

 ちなみに、「司馬史観」と言ったのは知人で、もちろんその人の独自の解釈であるが、持っている本の当該部分を見せてもらって読んだところ、その評価に賛成ではないが、にもかかわらずそう言われても仕方ないと思われる部分があり、なぜならそのように直接の記述をしてはいなくても、この著者は根がそういう発想に対して親和性があるからだろうと感じたのだ。だから紹介したまでであり、繰り返すが書評をしているのではない。

 ということで、たいへん問題なのだが、しかし、今ちょうど山崎雅弘という人が注目されているのは別件のこの発言である。

 「今回の小池新党騒動で一番意外な感じがするのは、小沢一郎氏が全面的にこの流れに同調していること。一部では『小沢氏が仕掛け人』との説もある。小沢一郎氏と自由党の政治的路線は、日本国憲法の理念に一番近いと思っていたが、大きな勘違いだったのかもしれない」

 この認識に対して「すっげぇなぁ…」と呆れている人もいる。
 小沢一郎が自民党幹事長だった湾岸戦争時に自衛隊派遣を主張したり、旧自由党時代に改憲試案で現行憲法が無効だと主張したりしたことを、山崎雅弘という人は知らないのだろうか。
 この二十余年、小沢一郎の何を見てきたのだろう。民意を反映せず議員たちが政局に明け暮れる主因である小選挙区制と政党助成金を作り、保守二大政党樹立がライフワークの小沢が日本国憲法の理念に一番近いはずがない。ちゃんと歴史を知れば正に今この状況こそ小沢一郎の本懐だろうに。
 憲法前文が、日本は戦争を起こしてしまったことへの反省をふまえて平和に貢献し国際社会における名誉ある地位を得たいと謳うのを、そのために海外派兵するのだとトンデモ屁理屈をこいた政治勢力の中心的人物が小沢一郎ではないか。それが憲法の理念に近いと言う人は、手前もそういう考えなのだろう。

 このような趣旨の指摘と批判が巻き起こっている。こうして、山崎雅弘という人が偽リベラルの軍国主義路線同調者だと以前から言われてきたことに、また補強する発言が飛び出したというわけだ。
 こうなると、山崎雅弘という人の本多勝一記者への中傷誹謗も、歴史修正主義を批判するとみせかけた婉曲な歴史修正主義への後押しだと考えれば、一貫性があって納得できるというものである。
 だから、それを問題にされたら図星だったので焦り、反論ではなく中傷誹謗で応じたということではないかと考えたりもする。もちろん、当人にその意識が無い可能性も否定できないが、いずれにせよ山崎雅弘という人が非常識で汚いやり方をした事実は変わらない。




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# by ruhiginoue | 2017-10-01 14:32 | 社会 | Comments(0)

高校生物は用語が多すぎ

 高校の生物の教科書で扱われる用語が2千語を超えており、日本史のような暗記科目であるという誤解を生んでいるとして、日本学術会議の分科会が、学習すべき用語を512語に絞るよう提言をまとめて発表した。

 この報道に「やはり」と思ったのは、ちょうど高校の生物の問題集(数研出版・新課程Lightノート生物)を買ってやっていたからだ。「ちょうど」といっても今年の前半のことになるが、用語の丸暗記ばかり多くて驚いた。なんと用語チェック一覧表まで付いていた。これが単調な作業でつまらなかった。読んで考えても理解できないということはなく、ひたすら暗記するものになっている。
 かつては、こんなではなかったはず。
 
 そう感じていたところ、同分科会によると、生物は扱われる用語が多く、生徒から知識の詰め込み科目だと受け止められ、大学で生命科学を志望する高校生も大学入試の選択科目で生物を敬遠しがちという報道である。
 そして、生命の設計図であるDNAが二重らせん構造である説明は求めつつ、構造を発見した研究者ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックの名は重要語から外したそうだ。当たり前だろう。これは生物学ではなく科学史に分類されることだ。

 このようにして他にも、枝葉の部分で必要不可欠ではないものを整理するという。
 そして改善されるのは結構なことだが、すでにやり終えた問題集で覚えたことは無駄ということになる。なぜなら、これは一般教養としてではなく高校の科目として内容を知ろうするのが目的だったからだ。



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# by ruhiginoue | 2017-09-30 19:52 | 学術 | Comments(0)
 拙書『朝日新聞の逆襲』の最後の部分で、朝日新聞を筆頭に日本の大手マスメディアはアメリカの大手メディアの受け売りをしたりNATO軍記者クラブから垂れ流しをして事実上アメリカに操作されていることを指摘した。
 そして民主化を偽装した傀儡政権が成立したり混乱したりの中東や北アフリカのイスラム圏諸国と同様に、日本もいずれは同じ策動によって、その形こそ違えども生活が破壊された自由のない破綻した社会へと転落してゆく危惧を表明していたが、この部分はあまり理解されなかった。

 ところが、過日すでに触れたとおり、朝日新聞が持ち上げたミャンマーのスーチー女史の化けの皮がはがれて、しょせんはアメリカの傀儡でしかなかったことがはっきりした。
 さらに、安倍の突然解散に続き前原の突然解党という事態になった。
 これらは元々ワンセットになっていて、野党共闘潰しと右派の独裁ないし翼賛会づくりを最初から目指して計画されていたことであり、前から民進党にもマスコミにも根回しがされていたはずだ。

 それは前原の知恵ではなく小池でも小沢でもない。政府の組織と委託シンクタンクの計画、アメリカの関与も可能性として低くない。安保法制、共謀罪、沖縄の美しい海を埋めて米軍基地を作る、抗議は無視して反対は弾圧する、などなど言いなり下僕として重宝だった安倍だが、経済政策の破綻で落ち目となったうえ不正が発覚して窮地となったから用済みだ。
 なら首のすげ替えである。武器を買わせたり、米軍の代わりに派兵を引き受けてくれ、国内の反対を取り締まってくれるのだったら、誰が総理でもいい。自民党が選挙で惨敗するだけでも面倒なことであり、しかも野党が結束して共産党の影響力が増大することは何としても防がないといけない。そうなる前に手を打っておこう。そう考えないわけがない。

 ただし、リビアやシリアのように内戦を起こす必要はなく、ロシアや中国のように工作など受け付けない大国とは違う、ということで日本に対しては選挙に向けて野党に手を回し、すると日本人はトロいからあっさりやられる。
 実際に、リビア、シリア、クリミア、ベネズエラ...これらアメリカの関与を指摘する人たちの中にすら、今回の安倍ー前原ー小池のクーデターに「これで安倍を辞めさせられる」と乗せられ浮かれている人たちがいるのだから、日本人はトロさは度し難いが、あるいは、よほど工作が上手ということで、ここまで周到に日本だけで出来るわけない。

 だからこそ、すでにコントロール下にあるメディも煽り立てる。テレビは民進党の護憲派議員を追い回し「安保法制を認めますか」「改憲を認めますか」とマイクをつきつけ、口籠る姿を電波に乗せてさらし者にし続けている。今や、平和とか護憲とか言って闘ってきた人たちは、汚職や秘書への暴力や不倫を疑われて離党した議員たちと同じように追い回わされ、屈服する姿を嗤われている。

 この騒ぎ方はリビアの政変とNATO軍介入の当時に酷似しているが、あの当時の報道などを批判的に見ていなかった者にはわかるまい。
 しかしアラビア語が出来てリビアでカダフィに面会したこともある小池百合子は、そのあとNATO軍にカダフィが殺されたら、その後の傀儡政権を公然と祝福していた。
 そんな人が日本の番になったら担がれていることは象徴的である。




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# by ruhiginoue | 2017-09-29 15:43 | 政治 | Comments(2)

iMacをappleに回収依頼した

 今日はapple社に電話をかけた。古いiMacがインストールできないことばかりになり動作もおかしくなってきたから処分するためにだ。
 ところが、金券屋で安く買ったテレカを使い近所の公衆電話でかけたら、何度かけても通話中で、そのあとしばらくしてから携帯電話でかけたら使われていない番号だという自動音声であった。このような違いは、どうした構造によるものなのだろうか。

 それはともかく、もう古い説明書にあった番号だったので、ホームページで調べたらやはり変わっていた。そしてフリーダイヤルになっていたのは結構なことである。それに問い合わせたところ、ホームページの中に申し込みのフォームがあるとのことで、その場所がここだと言われたところをクリックしたら出てきた。
 そして、シリアル番号とリサイクル番号を入力して申し込んだ。リサイクル番号があると無料で回収となる。これを忘れていて、たまたま説明書を見ていて気付いた。それまでは他へ有料の粗大ゴミとして出そうかと考えていた。気づいてよかった。

 このblogを始めたとき、Macを買ったのかと言った人がいた。最初に表示されるホームページがMacはエキサイトになっているからだ。たしかにそれがきっかけであった。このblogはシンプルなデザインが良いという評判の一方で、最初はサーバーに問題がよく起きていたし、改善したころから広告入りになり、広告なしは有料の方に、ということで、これをきっかけにエキサイトをやめてアメーバーとか他に乗り換える人たちもいた。
 それでもblogはエキサイトで続けていたが、iMacは使えなくなった。あと使えないのはwindowsXPである。これはワープロとスキャナーだけの使用になった。
 これらは十万円を超える値段だった。今はもっと性能が良くて二万円台もある。そして、これまでに買ったのはCOMPAQ、COMPAQが買収されて上からロゴが被せられているHewlettPackard、apple、Lenovo、など日本の会社のものが一つもない。意識したわけではないのだが日本の会社のものは気に入らなかったということだ。

 とにかく、パソコンと畳は新しいほうが良い。



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# by ruhiginoue | 2017-09-28 20:31 | 雑感 | Comments(0)
 『日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?』が出版された。

 『そんな彼なら捨てちゃえば』という邦題のハリウッド映画があって、親がヘビースモーカーゆえ早死にした彼女から忠告されても禁煙できず愛想尽かされて捨てられる男の挿話がある。
 その彼女を演じているのはジェニファー コネリーで、タバコなんかより迷わずジェニファーを選ぶと思うのだが、それは自分がタバコなんて嫌いだからか、それともジェニファーは好みのタイプだからか。

 ところで、あの高須力弥氏のツイートを読むと、彼にもこのテーマで一冊書いてほしいと感じる。

 この『日本一醜い親への手紙』という題は『日本一美しい…』が話題になったことに対するアンチテーゼで、親に虐待を受けた体験などが体験者自身たちによって赤裸々にづられている。その新しいシリーズというわけだ。

 その第一弾と近い時期に『母親は首に巻き付く蛇』という本が話題になった。心身を病む子供がクレヨンで描いた自画像に蛇が巻き付いていて、これは何かと問うたら描いた子は「蛇」ではなく「お母さん」と答えたことからきている。
 こうした親の抑圧に苦しむ人の話題がテレビで取り上げられて、その本の著者も出演していたのをたまたま見ていた。
 そこで司会役の山本コータローは「楳図かずおさんの漫画で『呪いの蛇女』というのがあったけど」と言ったのだが、ここで同席していた安部譲二は、親の虐待の後遺症で成人してからも体調が悪いという人のインタビュー録画に「へッ、大人になってもまだ治らないなんて、だらしねえ野郎だなあ」と言いウッ、シャッ、シャッ、シャッという感じに声を出して嘲り笑った。場の雰囲気が一気に悪くなってしまった。

 この話について、『日本一醜い親への手紙』の企画編集をした今一生氏は「ヤクザになって居直れるなら楽でいいけど、そんなことしたくないから苦悩するのであって、それがヤクザにはわからない」と指摘していた。まったく、その通りだ。

 わからない人といえば他にも、高校の同級生の父親がそうだった。
 最初に出た『日本一醜い親への手紙』が話題になった当時、その同級生の父親は「こんなことを言う奴は親を誤解してるんだ。ぶん殴ったって親は子供のためを思ってのことだ」と言った。
 このお父さんは、たしかに息子を思って殴っていたが、それは息子が真面目にやらず親の金で「Fラン大」かそれに近いランクの大学に入ったうえ車を乗り回したり酒を飲んだりしていたから、ついに我慢できなくなってのことだった。
 こういう家庭では、親でも子でも、苦悩する者のことなど理解できないのだろう。



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# by ruhiginoue | 2017-09-27 15:58 | 社会 | Comments(0)