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by ruhiginoue
 よくある履歴書の型式は、必要なことではなく、どうでもいいようなことばかりを、記入する書式になっていて、どこの馬鹿が考えたのかと言われてきた。だから会社によっては独自の形式で履歴書を作って使用している。
 よく売っていたり求人誌についていたりの履歴書で、特に必要がないのは本籍地どこどこ都道府県の欄だ。そんな大雑把なこと何の意味もなく、細かく聞けば出身地による差別にもつながる。

 また本籍地とは誰でも好きな所に勝手に決めることができる。引っ越すたびに住所と一緒に本籍地を移している人がいて、これは同じにしなければいけないと思い込んでいるのだが、逆に変えられないと思ってる人もいる。

 あと「分籍」といって家族とは別にして自分だけの戸籍を作ることもできる。これは結婚とか養子縁組とかしなくても自由にできる。役所では、「分籍したら元に戻せないけどいいですか」と訊かれるけど、後はどこにしてもいい。

 どこでも良いならばと特に人気があるのが千代田区の皇居である。
 それでもいいのだから、住んだこともなければ家族や親戚とも全然関係がないのに、松濤とか成城とか芦屋にしている人とか、伊勢神宮や靖国神社にしてる人もいるし、霞が関1-1の法務省だったり、自分が住んでる所の市役所や区役所にしている人もいる。国後とか択捉とか尖閣にする人もいるらしい。

 いろいろ変わった所や気をてらった所を本籍地にして面白がっている人がて、もちろん法律的にも社会的にも何も問題は無い。

 よく出身地差別問題があるから、その地区に自分の本籍地を移して、どこが本籍地でももいいじゃないかと差別に反対する意思表示でやろうかなと思ったことがあるけども、ほんとに出身地の人が不愉快になるかもしれないと思ったので、やめたことがある。
 
 とにかく、どこでもよいのだ。


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クワガタがいた。


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# by ruhiginoue | 2017-08-07 15:39 | 社会 | Comments(0)
 8月6日は1945年だと広島原爆の日だが、1977年なら『宇宙戦艦ヤマト』の劇場版第1作が公開された日である。

 この物語は、他の惑星からの攻撃によって放射能に汚染された地球を救うため宇宙戦艦ヤマトが活躍するというものである。

 そもそも『宇宙戦艦ヤマト』は、過去の名作からの剽窃が多く、B級作品の面白さだと言われてきたし、そんな作品が後に著作権争いで裁判をしているのは滑稽だとも言われたものだ。

 しかし製作者の西崎義展は『宇宙戦艦ヤマト』のテーマは「愛」であると説き、当時は中高生が受験などで悩み家庭内暴力や自殺をするので社会問題になっていたけれど、それに対する若者達へのメッセージであると発信し続けたのだった。

 さらに、敗戦から復興して上昇気運の日本に同調するようにナショナリズムを込め、それが軍国調と批判されると、続編では女性メロドラマの要素を強めて命の大切さを説いて見せ、巧みに時勢に迎合してきた。


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 若者たちに取り囲まれる西崎義展プロデューサー


 また、欧米のステューデント・パワー発露に影響されて日本でも学生運動が盛んになったが、それが行き詰まり衰退すると、サブカルチャーとかカウンターカルチャーと呼ばれるものに若者が引き寄せられ、消費社会の中に埋没しながら連帯ではなくたむろするようになっていた。
 そうした時代に見事な合致をしてたのだった。

 
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 映画館の前に若者たちが行列しているが、その中には大学生まで大勢いた。



 ところで、アメリカでは学生運動に代わって自由を求めるヒッピー文化が盛んになるが、そのほとんどは一般社会に吸収され、残されたものの一部はカルト化しチャールズ゠マンソン事件などを引き起こした。

 一方、やはり学生運動の衰退した日本では、89年の幼女連続誘拐殺害事件で死刑になる青年がオタクという言葉を一躍有名にしたうえ、95年のオウム真理教事件では、教団で毒ガスを作ってばらまきながら、教団製巨大空気清浄機のことを、宇宙戦艦ヤマトが毒ガス攻撃をかわしたメカに引っ掛けて“コスモクリーナー”と呼ぶ始末であった。

 そして現在は、宇宙戦艦ヤマトがリメイクされているけれども、かつてとは違い下降線をたどる日本の中で自慰的ナショナリズムが流行している。



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# by ruhiginoue | 2017-08-06 12:17 | 社会 | Comments(3)

ポニーテールに罪はない

 女子のポニーテールは男子の劣情を煽るから禁止だという学校のことが「何を馬鹿なこと言ってるんだ」と話題になっている。

 もともと日本人の髪は太い直毛なので、長く伸ばして束ねるのが向いているから、古来から男女ともに、そうしてきた。
 ただ、女性はうなじが色っぽいとされ、それが昔から日本画にも描かれていたけど、しかし日本に限ったことではない。

 あのアメコミのハリウッド映画化『ハルク』に出演していたジェニファーコネリーが仕事の時に髪をアップにする場面があり、うなじが見える。これにアメリカの映画ファンのサイトでは「ジェニファーは正面から見ても横顔も美しかったけど、後ろから見ても美しかった」と騒がれていた。

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 ここでジェニファーは髪をアップしてるけどポニーテールではない。だから、うなじが色っぽいからとポニーテール禁止というのは合っていない。

 そして80年代前半の一時期にはポニーテールにしている女の子とそれを好む男の子は「ヤンキー」だったという現実があった。だから、その頃の記憶が抜けない人がポニーテールはダメと言ってるのではないか。

 例えば喜多嶋隆の小説に、『ポニーテールに、罪はない』『ポニーテールに、通り雨』『ポニーテールは、振り向かない』の“ポニーテール・シリーズ”があった。
 このうち『振り向かない』はテレビドラマになって人気があった。アイドルが主演のドラマで主人公のライバル役などで人気だった伊藤かずえが、では今度は主役にしようということで、初主演だと話題だったドラマだ。

 この数年前だが、中森明菜の最初のアルバムに収録され、シングルカットされてなかったが人気のある曲でも、こんな歌詞があった。
「♬ 人に言えない恋をしてます〜小さな部屋を2人で借りた〜ポニーテールを夏の陽差しがとくわ〜何があろうと〜あなたがいればいいの〜」

 その世代で、この頃の記憶が抜けてない教師がいて、その発想で「ポニーテール禁止」にしているんじゃないのか。



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# by ruhiginoue | 2017-08-05 12:20 | 芸能 | Comments(4)
 月刊誌サビオが隔月刊化すると広報している。これによって右翼商売の下火化を指摘する声がある。

 あの籠池氏のように、右翼商売をしていた人がちょっと都合が悪くなると、その周りに蟻のように群がっていた人たちが蜘蛛の子散らすようにして一気に散っていった姿を見れば、そういうご時世なんだろうと誰でも思う。

 かつて小学館は『サピオ』と週刊ポストによる右翼路線が90年代に盛んだったが、この当時は編集者に小沢一郎の熱心なシンパがいたから、というふうに聞いていた。
 けれどもそうではなく、後に小学館の編集者で『セブン』にも『ポスト』にも『サピオ』にもいたという人に訊いたら、あれはあくまでも商売だと言っていた。
 だから、橋下徹に対する評価が雑誌によって正反対だったりするということだった。確かにそうだった。
 つまり右翼といっても様々だから、どちらにも売りたいということだ。

 そのため、機を見るに敏な小林よしのり漫画も変わって、『サピオ』連載にしては政府に対して批判的になってきた。
 しかし『ポスト』の伊沢元彦なんかは相変わらずのワンパターンで、サッサと切ればいいのにと思う。

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大沼から小沼へ向かう途中。

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# by ruhiginoue | 2017-08-04 13:42 | 社会 | Comments(0)

 郵便振替が使えるのは東京の用紙だと東京の他には山梨などだけだからコンビニ店で送金してと北海道の郵便局で言われたから不可解だったが、なんでだろうか。


 これは健康保険税の納付期限を過ぎたので仕方なく納めたからだが、取られたというのが正確だ。こんなのは国民年金と同じで実質は人頭税だ。


 なぜなら深刻な健康問題を抱える者にとってほど本当に必要な医療は保険の対象外だからだ。マイケルムーアの映画『シッコ』でも、健康保険の掛け金ばかり高くて治療が対象外なものを一覧にすると宇宙の彼方まで続くと『スターウォーズ』の冒頭場面をパロディにして皮肉っていたが、日本でも病気や怪我で診療を受けて保険が効いて良かったとか国民皆保険制度を守るべきだとか言う人の話を聞くと、深刻さの甚だしさが乏しい。


 それで、自費で診療を受けて負担に苦しみながら意味のない保険税を取られるという踏んだり蹴ったりとか往復ビンタとかいう状態だ。


 ならば、蓮舫議員のことで思ったのだが、外国籍になって日本人をやめて在日外国人になったらどうかと考えてみた。金次第の参政権など要らないから、ただでさえ破綻しているうえ安倍の株価偽装で貰えないこと確実な国民年金や有害無益な健康保険税を納めなくてよくなるほうがいいのではないか。


 さて、どうなのか。これから調べてみることにした。


郵便局とコンビニの後、ラムサール条約湿にて昼食。


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# by ruhiginoue | 2017-08-03 17:46 | 社会 | Comments(2)
 大学で専攻したなどによって、そのことについて自分は詳しい、というのではなく、自分のやったことが属する分野を持ち上げて、だから自分は頭がイイとか、そうじゃない人はバカとか、そんな奇妙な信念というか確信というかを持って誇る人がいる。

 これが大きくマスコミで取り上げられたのは、70年代の後半に起きた「芸大汚職事件」のさい問題になった音楽学部で、マスコミのインタビューに対し学生が「ボクたちのように音楽をやっているものはアンタらと違ってバカじゃないんだ」と言う姿がテレビで放送されたことだろう。
 これは一時的に話題だっただけで、しばらくすると忘れられたが、一体何を考えてるんだろうと呆れられたものだ。

 これを、ずっと後になってから、真似したわけではないだろうが、よく理系の人が同じことを言うようになった。大学では時間的拘束が長いので、だからたくさん勉強しているのだと、つい言いたくなるという事情もあるんだろう。

 この属性に依存した空虚な自尊心は、自分のやっていることが最高だというオタク趣味の一種であるか、あるいは自分のやったことそれ自体には自信がなくて自分がやっていることが入る枠に誇りを見出そうとする「社会の落伍者の愛国」のようなものだろう。

 しかし、誇るならあくまでも自分がやったことの実質的内容であって、やったことが入っている枠組みではない。あたりまえだが、自称愛国者と同じように、安易だから縋り付くのだろう。

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今日の日が暮れる。

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# by ruhiginoue | 2017-08-02 17:25 | 学術 | Comments(0)
 稲田防衛大臣がとうとう辞めたけど、不祥事で辞任するのに円満退任であるかのように拍手と花束で送り出され、この儀式を辞退しなかったことについて自衛隊の中で呆れている人もいると報じられている。

 この稲田朋美という人は野党の国会議員だった当時、防衛大臣に対して国会で批判しながら「いいい加減にして」などと厳しい言葉を浴びせ辞任を迫っていたが、その後、自分が防衛大臣になってから問題があって辞めるべきだと言う声が起きても、なかなか止めなかったから「いい加減にして」は手前のことだと批判された。

 これについて「他人を批判するときは威勢が良いけれど、自分がやったらダメだった」と言う人がいるけど、これは当たっていない。
 もともと稲田防衛相に限らずよく言われることだが、だいたい勘違いによる評価である。なぜなら、誰だって急にうまくできるわけないからだ。最初は不慣れだし、また本人がきちんとやっていても組織の中ではすぐには成果が表に現れないものである。

 なので稲田防衛相は、あくまでも不祥事が問題なのである。それは度重なるもので、なのに辞めずに居座り続け、そして決定的な日報の問題が起きたから遂に辞めなければならなくなったのである。

 もちろんその職能についても疑問が出ている。これについて時々、女性だから男性の多い自衛隊の組織を動かせないのではないかと言う人がいるけれど、これも女性だから悪いのではなく、仕事のさいチャラチャラした服装をしていて、そこに仕事に向き合う姿勢が表れていたから反感を買っていたのである。

 その点を誤解しないでおかなければならない。稲田防衛相の問題は一般化できない。もちろん自民党の体質、少なくとも今の内閣の体質、という点では、その反映の人事として問題だろうが。


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月夜の北海道・大沼

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# by ruhiginoue | 2017-08-01 12:24 | 政治 | Comments(2)
 今井絵理子参院議員が神戸市会議員の男性と不貞行為を働いていた疑いで「一線は越えていない」という釈明が話題だ。芸能人からは「アイドルのような言い訳」、弁護士は「裁判所においては無理」と、到底通用しないものだと指摘されている。

 また、「一線は越えていない」がテレビで繰り返し流され、夏休みで子供が家にいるから見てしまう。「『イッセン』って?」と訊ねる子供に親が困るそうだ。

 だから小学校の先生たちは、今が夏休みで良かった、と胸を撫で下ろしていることだろうと言われている。先生が「いっせん」とは何のことかと質問されたり、叱られた言い訳に「いっせんはこえてません」と利用されなくて済んだからだ。


 しかし、どんなに空々しくても不倫したことを認めてはいけない。今は亡き大島渚が書いていた。結婚した当時、京都で旅館を経営する叔母さんから「浮気するならうちに来なさい。うちは口が固いから。一緒に旅館に入るところを見られても、部屋は別だったとお言いやす。一緒の部屋にいるのを見られても、食事していたとお言いやす。一つの布団に入っているのを見られても、眠っていただけだったとお言いやす。重なっているところを見られても、挿入はしてなかったとお言いやす」と。


 これで可笑しくなった大島渚は「なら、挿入を見られてしまったら」と問うたところ、「身は入れても気は入れてなかったと、お言いやす」という答えで、大島は笑い、つられて叔母さんも笑ったが、目は笑っていなかったそうだ。

 これは逆に言うと、それくらいやってはいけないのが不倫だということだ。




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朝の駒ケ岳を大沼から眺める。


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# by ruhiginoue | 2017-07-31 10:30 | 政治 | Comments(5)
去年、どうして医師や弁護士など専門職は自分の仕事の使命感よりも金儲けに関心が向くのかという昔から語られている問題について少し触れたところ、なんと医師や弁護士が実名を出して非難というより罵声を浴びせてきた。こんな品の悪い発言をして仕事に差し障りがないんだろうかと疑問になった。

その中に、乱暴な口をきくことで悪名が高いネトウヨ医師がいて、変な質問をしてきた。医学部に入れなかったのでひがんでいるのかと言った。おかしな話である。話の流れからすれば、病気や怪我のときに金がなくて医者に診てもらえなかったことがあるのかという質問になる。それなら自然だろう。

これで思い出したのだが、それより少し前、大学を卒業してからさらに専門の学校に行き今は看護師をしているまだ若い女性が「医者なんて仕事がつまらない」と言っていた。
かつては、看護師として働いた後さらに医師の免許も得て自分の才覚で働けるようになるというものだった。それがよくドラマ例えば『ER』など病院ドラマにも出てきたけれど、それはもう過去の話なんだそうだ。

この時は、よく聞くように医者もシステムの中に組み込まれた歯車のようになって才覚なんて必要なくなっているいると言われてはいたけど、いくらなんでもそこまでとは信じられなかった。
だが、どうもその「使命感ではなく、せっかく資格を取ったんだから金だ」という話をする人に出くわすたびに、その人の資質より、そもそも医者の仕事がつまらないものになったのではないかという気がしてきた。

それならば、他でも、医師として働いてる人に、好きな仕事に就けて仕事が楽しくて充実してて良いんじゃないかと問うと「全然そんな事はない」とこた人に出くわすことが多いことにも納得できるのだった。



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# by ruhiginoue | 2017-07-30 17:22 | 社会 | Comments(0)
  昨年、大橋巨泉氏の死去とともに、医師の対応と経歴が問題になった。問題の医師が元防衛医大講師で、その当時の手術のさい不適切があり裁判となって、防衛医大側(国)が敗訴のうえ控訴もしないという異例の結果で、それくらい酷い手術であったわけだが、その後、防衛医大を退任した医師が専門外に手を出して、また問題を起こしたのだから、当方も元患者・元原告として週刊誌の取材を受けたのだけど、それについて専門医が巨泉氏の一周忌ということで記事を書いているから、それを以下に引用する。


巨泉さんの一周忌で 記事

【ドクター和のニッポン臨終図巻】

 タレントの大橋巨泉さんが82歳で亡くなってから、はや1年がたちました。命日の7月12日、ワイドショーでは大きく扱うかと思いきや、芸能ネタは女優の松居一代さんのことばかり(心のバランスを崩された人をおもしろおかしく大きく取り上げることには医師として疑問を感じますが…)。ならば私が医師として、哀悼の意を込めてここに書きます。

 巨泉さんは2013年にステージ4の中咽頭がんが発覚。リンパ節に転移していましたが、手術で摘出、大本のがんには35回の放射線照射を続けました。
 治療の甲斐あって、担当医から「がんはなくなった」と言われましたが、副作用による衰弱が著しく、その後2度の腸閉塞と手術。16年2月には左鼻腔内にがんが見つかり、抗がん剤と再びの放射線治療を受けています。
 同年4月より極端な体力低下が見られ、死を意識し始めます。「安楽死したい」と口にするものの、弟から「日本では安楽死は認められていない」と言われ、落胆したとエッセーに書いています。

 このころ、自宅のある千葉県で在宅医療を始めたものの、トラブルが続きました。在宅医は会うなり「どう死にたいですか?」と聞いてきたとのこと。これには本人もご家族も呆然としたそうです。
 背中の痛みを訴えたところモルヒネの過剰投与をされ、意識朦朧となりました。不審に思った家族がこの在宅医を調べたところ、元は皮膚科の専門医で、緩和ケアについては素人同然のようであった…という記事が週刊誌に大きく載ったのを覚えている人も多いことでしょう。
 結局、意識が低下した巨泉さんを見たご家族が救急搬送を依頼。ICUから3カ月間出ることのないまま、帰らぬ人となりました。

 その在宅医やモルヒネの過剰投与についてどう思うか? という取材を、私はいくつも受けました。国策として在宅医療推進が続く中、緩和ケアの技術や看取りの経験が未熟な在宅医もいることは事実で、この道のプロとしてはふがいない限りです。と同時に、モルヒネ=怖い薬というイメージが独り歩きしたことは非常に残念です。モルヒネは決して危険な薬ではありません。私も毎日使っています。

 そして何よりも、一時は安楽死したいとまで言っていた巨泉さんが、なぜ3カ月もICUに入ったまま最期を迎えたのか…。そもそも、どういう最期を迎えたいのか、ご本人と家族と医師が思いを共有できていなかったように感じました。文書でリビングウイル(生前の意思表明)をしていたのかも気になりました。

いずれにせよ、巨泉さんは在宅医療に多くの問題提起をしてくれました。巨泉さんの死を無駄にすることなく、より信頼される在宅医を育てていこうと思います。


 ■長尾和宏(ながお・かずひろ) 医学博士。東京医大卒業後、大阪大第二内科入局。1995年、兵庫県尼崎市で長尾クリニックを開業。外来診療から在宅医療まで「人を診る」総合診療を目指す。近著「薬のやめどき」「痛くない死に方」はいずれもベストセラー。関西国際大学客員教授。

                            


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# by ruhiginoue | 2017-07-29 18:19 | 社会 | Comments(0)