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by ruhiginoue
 判決が先日あった小金井ストーカー事件に想うことの続きである。
 その事件の被害者は、大学生である傍らでアイドルとして音楽活動をしており、出演しているライブハウスを訪れたところを待ち伏せ襲撃されたから、もともとストーカー被害に遭っていたにも関わらず危険を避けるための配慮が足りなかったのではないかという指摘があるけれど、しかし本職のスターとは違ってボディーガードを雇うなどの対処は、後ろ盾の組織力や資金などから限界がある。
 これが前回までの話であった。

 もう一つ問題があるのは、ライブハウスなどで小規模な活動をしている人たちは、客との交流を重んじ、固定ファンがいることだ。このため、客の方が勘違いの期待をしてしまう傾向が大スターより強い。
 過日、ある中学の国語試験の長文問題で、文中にある「妄想による虚しい行為」とは例えばどんなことか具体的に説明せよ、という出題に、ある生徒が「自分が行かないとアイドルが悲しむと思い込んでいるファンが握手会に行くこと」と書いたので、意味が合っていて具体的だから正解であるうえ面白いから先生がTwitterで紹介して「いいね」がたくさんクリックされていた。
 これはCDに握手券を付けて売るような商売の場合だが、そうでなくても、ライブハウスに来るのは固定ファンがほとんど、という人は武道館や東京ドームのような大会場にくらべて客の数が少ないので、熱心なファンは、勘違いや思い込みではなくほんとうに自分が行かないと目に見えて観客が減るということで、行かなければいけないと思う。

 こうして熱心な常連客になっているうちに、その中には、自分は相手にとって特別な存在だと思い込み始める人がいるというわけだ。大スターだと手が届かない所にいる人であるけど、それとは違い身近に思えるためらしい。

 最近では、インターネットでblogやTwitterやYouTubeなど動画サイトを通じて宣伝や発表ができるため活発化していて、そのため自称歌手も増大し、アイドルとは思えないし上手いわけでもない人や、いつ練習しているのかも判らない人までいるほどだ。
 しかし、そうなる前からこの種の活動はあったし、それをしている人たちにとっては、熱心な固定ファンなのかストーカーなのか区別できない人は、もともと悩みの種ということらしい。

 この件は、また続きを書くつもりだ。 
 



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# by ruhiginoue | 2017-03-04 17:35 | 社会 | Comments(3)
 東京都小金井市のライブハウス前で、出演するために訪れた女性がナイフで刺され一時は意識不明となる大怪我をしたが、この事件の犯人に懲役14年の判決となったと報道された。
 この被害者の女性は大学生であると同時に音楽活動をしていて、アイドルとしてファンがいたそうだが、そのファンのうちの一人がストーカーと化し、その執拗な付きまとい行為が原因で拒絶されたと感じ、刃物を購入して待ち伏せして犯行に及んだらしい。

 この事件について、犯人はまったく反省しておらず、これを法廷で露骨な言動によって表明していたから重刑となったが、しかし刑期を終えてから心配だと被害者は語ったそうだ。この調子では、長く刑務所に入っていても治らないのではないかということだ。
 その一方で、警察がストーカーの心理を知らず不適切な対応をしたとか、法律がSNSに対応していないとか、被害者が無防備であったとか、いろいろな指摘や意見が出ている。

 まず、気を付けないといけないのは、法改正をするにしても、こういう場合に必ず権力の側が悪用しようとして変な規定にしてしまい、SNSの言論を弾圧する方にもっていこうとすることだ。
 また、被害者は加害者からSNSでしつこくされたうえ付きまとわれ危険を感じていたのに、それでもライブハウスに出演しに行っており、これでは襲われに行ったようなものではないかという批判もある。

 ただ、もともと芸能活動をしていればストーカーの被害には遭うのがむしろ当然で、ここで金があれば対策もとれる。今は亡きホイットニーヒューストンの映画『ボディーガード』のように腕利きの用心棒を雇う事もできる。やはり今は亡きデビットボウイは「ステージの上で殺されたい」と表では言いながら、親交のあったジョンレノンの事件があってからボディーガードの人数を増やしていた。
 これは大スターだから可能なことで、ライブハウスで小規模の活動をする人にとっては対策が困難ということが多いだろう。

 この項は次回に続く。
 





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# by ruhiginoue | 2017-03-03 16:48 | 司法 | Comments(5)
 「森友学園 8億控除」スクープした朝日新聞だが、朝日新聞も含めて大手マスコミは国有地を格安で払い下げてもらっていたから、どこの大手マスコミもこの問題について後ろめたくて向き合えないだろうと批判されてきた。
 それでも朝日は記事にした。
 また、朝日新聞と同様に最近の文芸春秋社は不動産業に熱心で、その土地はそれまでの御用報道の褒美だったのではないかとの疑惑があることを他の雑誌が指摘しているが、それはともかく、その不動産業のおかげで広告収入を気にしないですみ、今話題の電通など他の雑誌では躊躇う記事を発表し、さらに他で載せられなかった記事も持ち込まれるから「文春砲」といわれるものを連発している。

 ところが、朝日新聞に「おまえが言うな」と騒ぐ愚か者たちがいる。
 それでも言ったから朝日は偉いはずだ。「言うな」では、朝日を批判するというより政府の不正をかばっているだけだ。そんなことも解らないのだろうか。
 そもそも、土地の格安払下げなど大手マスコミを国が優遇していたのは懐柔して都合の良い報道にしようとする意図である。なのに、その件を、いつもは朝日などが反政府だとか左寄りとか言って非難してばかりいる政府ベッタリ権力媚売り連中が非難するなんて辻褄が合わず滑稽だ。

 しかも、後ろめたいはずなのに、手前を棚にあげて朝日新聞が報じ、これによって内閣が困るということは、自民党内の反安倍勢力から働きかけがあったのではないか、政権与党内に倒閣の動きがあるのではないか、などの推測がされている。
 こうした発想をみんなしており、これは前提となる事実から当たり前のことなのだが、それなのに「お前が言うな」の決まり文句しか出てこない人たちがいる。

 つまり、このところネトウヨと呼ばれる連中の勢いが衰えていると指摘されているが、これはネトウヨとの親和性を持つ安倍内閣の行き詰まりを意味しているということではないか。だから、大手マスコミ幹部との会食といった安倍式の手法も通用しなくなりつつあるということではないだろうか。
 
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# by ruhiginoue | 2017-03-02 18:03 | 芸能 | Comments(4)
 2月28日、愛知県警は、名古屋市にある「東海美容外科クリニック」で豊胸手術を受けていた同市在住の女性会社員(32)が意識不明になって搬送先の病院で死亡したことを発表した。
 この発表によると、その女性は前日の27日午後7時30分頃から局所麻酔で手術を受けていたが、途中から会話が出来なくなり、同9時20分頃に意識不明の状態で同市内の病院に搬送され約1時間後に死亡したという。
 その女性に持病はなく、同クリニックで手術を受けたのは初めてであり、男性医師が執刀し、看護師が立ち会っていたという。この男性医師は「通常通りの手順で手術していた」などと説明しているという。何かミスによる業務上過失致死の疑いもあるとみて県警は手術と死亡の因果関係などについて調べているとの報道だった。

 この豊胸手術がどのような内容であったかは不明だが、もともと美容外科は誇大広告が多いうえ、広告のスポンサーであるため特に女性むけの雑誌は批判や告発ができない。失敗もあるが、手術自体でなくても麻酔の事故などリスクは常に付きまとう。
 これらを十分に説明したうえでないと手術をしてはならないのだが、しっかり理解したうえで、それでもやるかと問われたら多くの人は躊躇したり断ったりするものだ。そうなると、商売のため隠匿したり、悪意はなくても言いそびれたりするものだ。派手な宣伝の費用も含めて莫大な投資をしているのだから回収しないといけない。

 また、言葉巧みに、時には強引に、契約させられてしまう事例もある。もちろん命にかかわることなので、後で拒否することもできるし、そうするべきだ。そうすればいいのだから、予約したけれど納得できなければ来なければいいと言って、来た方が悪いと責任逃れする医師もいる。
 ところが、大手クリニックで豊胸手術の契約をした女性が、強引にさせられてしまったと感じ、また失敗や支払いの不安もあったから、無視して予約日に行かなかったところ違約金を請求され、この支払いを拒否したら裁判に訴えられたという事件もあった。
 そして驚いたことに、その訴訟代理人は政治家の汚職を弁護して無罪を勝ち取ることで有名な法律事務所に所属している人たちだった。

 こういうことは、すでに雑誌に書いたり、それらをまとめたうえ書き加えた本を出したりして訴えてきたが、もう被害に遭ってしまった人たちから「私もです」「聞いてください」と出版社に電話がかかってきたり、「弁護士を紹介して」というメールが来たり、というほうが多いのが現実だ。


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# by ruhiginoue | 2017-03-01 17:51 | 社会 | Comments(0)
 オーストラリアのアボリジニ族の狩猟道具から玩具のブーメランが生まれたが、これはよく誤解されていて、標的に命中したうえ戻って来るという都合が良すぎる武器として活劇に描かれることがあるけれど、そんなことはあり得えない。ほんとうは回転することで弧を描き戻って来るから反復して投げることで鳥などの獲物を追い込むためのものだ。

 どうであれ、ブーメランとは戻って来るものである。そこから喩えとして例えばフランス映画『ブーメランのように』(1976年、原題『COMME UN BOOMERANG』)という題名の作品がある。これはアランドロン扮する元やくざ者の主人公が、今では実業家として成功しているけれど、その地位も財産もなげうって、逮捕された息子を警察から奪還する決意をし、かつての侠気を取り戻すという話である。
 また、西城秀樹のヒット曲『ブーメランストリート』も、「♪ブーメラン」と繰り返した後に「きっとあなたは戻って来るだろう」と唄う。

 ところが、誰が最初に勘違いしたのか、他人を批判した内容が自らにも当てはまるという意味で「ブーメラン」と言っている人たちがいる。もちろんいわゆるネットスラングであり、使っているのは程度の低い「ネトウヨ」ばかりである。
 ところが、これを産経新聞はサイトの見出しに使用していて、しかもネトウヨと同じように政府に媚びて「民進党の批判はブーメラン」と記載してしまう。これは、喩えとして不適切であるうえ、内容が記事にも論説にもなっていない。ただの提灯持ち、それもヘタクソなものだ。
 これが、よく2ちゃんねる掲示板など各地に丸写しされていて、ネトウヨが受け売りしているというより産経新聞の関係者が受け売りされているようにみせる自作自演をしているような、実に情けない状態である。

 これだけなら、一部の愚か者のやっていることですむが、総理大臣がよく口にするから日本は末期的だ。「ブーメラン」という間違った喩えのネットスラングを使用するだけで充分みっともないが、しかも「天に向かってブーメランを投げているようなもの」と身振りまで交えて国会で言っていた。この人は「天に唾はく」というよくある喩えを知らないのだろうか。
 これだから「云云」を「伝伝」と読み違えたりもするのだろうし、上に投げれば何でも落ちてくるが横に投げて戻って来ることに意味があるブーメランを、この人は知らないのかもしれない。
 
 こうしたお粗末は情けないが、それよりも、自分の不祥事を問題にされたら他人のことを言い出すというのが醜い。こういうことは小さい子供が大人に叱られたときにやることだ。これだから「還暦幼児」と言われるのだろう。
 

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# by ruhiginoue | 2017-02-28 16:56 | 政治 | Comments(0)
 トランプ大統領のTwitterは、やはり膨大なフォロワー数だが、フォローしている数は少なく、その多くは身内のものだ。
 しかし中には気に入った人のアカウントがいくつかあり、この一つがオライリーというアメリカの人気テレビ司会者だ。

 このオライリーは、ことさらタカ派ぶった発言をすることで受けをとることで知られ、視聴率を稼ぐのでハリウッドスターなみのギャラをもらっている。これは日本のテレビでいうと故やしき、辛坊、などが似たようなものであるが、しかしあくまでタカ派であって、日本のように弱い者いじめで受けているというのとは異なるから、まだ健全と言えるだろう。
 そしてオライリーは、自分の個人的な見解を問われると、「死刑制度なんて野蛮なものは絶対に反対です」とか「同姓婚の夫婦が養子をとることには賛成です。愛情のない両親よりは子供のためになるのだから」などと、本来はリベラルの主張だったことを言う。
 ではタカ派発言は受け狙いだけで本心ではないのかというと、そうではなく、無党派として言いたい放題と標榜していたが嘘で、実は共和党員だった。

 つまり、かつてリベラルとされたものが今では常識となってきたので、リベラル派の唱えることが特に進歩的ではなくなってしまい、特色を失ったということだろう。
 そこで、やはり受け狙いでタカ派発言をしてきたトランプが大統領に上り詰めた。これをリベラルが批判しても特色に欠け、しかも売れていてセレブといわれる芸能人たちがリベラルぶって批判しても庶民からは反発されこそすれ受け容れられはしないと指摘されている。

 また、田舎の庶民からすると切実な問題について、都会で成功した人たちの語ることは絵空事に見えてしまう。ここから生じた「地方の力」によって、惨敗に決まっていると言われていたトランプが当選したのだという指摘があるけれど、これで思い出したのは『ベストヒットUSA』の司会をしていた小林克也が「アメリカは広大な田舎なんです。みんなアメリカというとニューヨークやロサンゼルスといった大都会をまず思い浮かべるけれど、それはアメリカのごく一部で、他はどこまでも続く田舎なんです。そういうところで聴かれている歌がヒットチャートの上位になるんです」と言っていたことだ。

 かつて田中角栄総理が都会でどんなに批判されていても地方で支持されているという問題につて、大手マスコミが金脈問題やロッキード事件などで田中角栄批判の大合唱の中、朝日新聞は本多勝一記者が「田中角栄を圧勝させた側の心理と論理」を掲載した。
 いくら「列島改造」など田中総理の政策は大企業のためで地方は豊かにならないという実態を告発して批判してみせたとしても、地方の人たちはこう言う。
 「他の候補者は口先でよく公約しますよ、こんなに融資するの、生活を楽にさせるの。バカこくなって言いたいのう。カネは天から降ってこんし、地から湧いても来ないに。天からは雪ばっかし降ってくるし、地からは地震や洪水だわさ。田中先生は違う。夢みたいな公約などせんで、道が狭ければ広げる、雪があったらどかす、これだ」

 そして本多記者はこう指摘する。
 「角栄だけがなぜ悪い―この、中央政界やマスコミへの不信感は、角栄に投票しなかった住民の間にさえ一般的である。自民党の他の派閥のリーダーたち、福田赳夫や中曾根康弘や『大平』『三木』等々は、果たしてカネにどれだけキレイだというのだろう。『田中金脈』に熱中したジャーナリストにしても、田中以外に決して追及の手を広げようとはしないし、『自民党』を追及しようとしない。『角栄』だけに必死でしぼっている。これでは自民党内の他の派閥なりアメリカCIAなりに操作されている出版社に、かれらが利用されているだけだと噂されても仕方がない。こんな連中の『金脈追及』などチャンチャラおかしいとみる人々に対して、田中批判は何の説得力も持ち得ないのだ」

 まったく、国境に障壁を作ると言ったり、大手マスコミと対立して見せたり、というトランプ大統領と同じような図式ではないか。
 さて、トランプ大統領をアメリカのセレブに合わせて批判している朝日新聞を含めた日本の大手マスコミは、こうした認識を持ち合わせているだろうか。


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# by ruhiginoue | 2017-02-27 17:38 | 政治 | Comments(12)

文系の顔と理系の顔

 大学で文系の人は丸顔で理系の人は面長だと言っている人たちがいる。そんな印象があるれど統計をとったわけではなく、おそらく理系の人は頬がこけているからで、顔の形が違うのではないだろうとか、頬がこけているように感じるのも錯覚で、太っている人もよくいるから、神経質そうな顔つきによる印象だろうとか、いろいろな指摘がある。

 また、女性が男性に対して、イケメンは文系の方に多く、理系はオタクっぽい、という偏見をもっている人もいるが、これは文系に比べて理系にはオシャレしない人が多く、なぜなら実験などで服が汚れるからだと言う指摘がある。ちょうど芸術系で、音楽学部はオシャレする人が多いけど美術学部は汚れてもいい恰好をしているというのと同じことのようだ。
 
 このように、他の事情による印象が大きく影響していると言える。

 かつて83年だったと思うが、NHKのトーク番組『YOU』で、文系と理系というテーマだったことがある。その当時は不明だが、この直後は司会が糸井重里になっていた。
 この番組の中で「文系の顔と理系の顔」ということで大学生たちの顔を比較していたが、文系は良く言えば優しそう悪く言えばオットリという人相で、理系は良く言えばキリッと利発そう悪く言えば冷たそうという人相だということだった。
 これもサンプルが少なすぎて比較にならなかったが、ことさら極端な例を挙げていて笑い話にしており、つまり真面目なものではなかったのだろう。

 ここでSF作家の小松左京がゲストに出ていた。外国語を専攻した立場から科学を題材にした小説を書いているということで話をしていた。
 また、このとき彼が原作と製作をしていたSF映画『さよならジュピター』の話をして、その場面も一部紹介されていた。走りだったCGを本格的に使用したりと凝っていたが大赤字を出してしまったという映画だ。『日本沈没』のようなヒットを期待して引き受けて災難となった東宝は、続けて久しぶりにゴジラの新作を同じ監督で作り、これで取り戻したということだった。だからおそらく製作年度から83年の放送だったと推測している。

 しかし番組が面白くなかったのでテレビを消してしまったのだが、なのに同級生が興味深々で観たと言っていたから不可解だった。おそらく、学部と人相とか言っていて真面目な番組ではないと思った否かの違いだろう。
 やはり顔なんて関係ないはずだ。



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# by ruhiginoue | 2017-02-26 16:11 | 学術 | Comments(2)
 幼稚園児のころ、うちの母親から「日本で一番偉いのは天皇陛下で二番目に偉いのが皇后陛下」と教えられたので、その話を幼稚園で他の園児たちと話していたら、そうではないと担任の女性の先生が言った。
「みんなのお父さんお母さんが、みんな同じくらい偉いのよ。そういう意味で天皇陛下と皇后陛下がいるのよ」
 つまり民主主義とか象徴とかいう難しい言葉を使わずに園児たちに教えてくれたのだった。

 これをTwitterに投稿したら途端に、この部分だけあっという間に100以上retweetされ、そのあとに続く話は無視されてしまった。
 まあ、そのあとの話とは「これ以来なにかにつけて、うちの母親はダメだなと思うようになった」という個人的な話だから仕方ないが、そのうえで「今話題の塚本幼稚園だったら、うちの母親の言うとおりだと言うだろう」と、皮肉のつもりだったのだ。

 その、自分がかつて通い卒園しているところは音楽大学の付属で、先生はその音楽大学の卒業生だったから、政治には素人ばかりだった。なのでむしろ単純明快に園児でも理解できるように教えられたのかもしれない。
 また、これは憲法の規定に沿った説明だ。今の日本の社会は建前として、偉い人とそうでない人の違いは無く、天皇がいて皇后がいるのは夫婦や父母ということだから敬われ、敬われても特別に偉いということではないし、もちろん偉さに順序がついているのでもないということだ。
 
 だからこそ今ちょうど議論になっている女性が天皇になることなどが色々と関わってくるが、それは別にして、いちおう今の憲法に規定されているとおりに教えるのが、幼稚園も含めて、また私立であっても、先生の仕事のはずだ。
 それに、この方が今の社会にとって自然に受け入れられるし、親しまれやすくもあり、反発されにくいはずだ。逆に、塚本幼稚園のようなのは社会と親和性が乏しく強引になりがちで、反発を買いやすく、反対しやすい。だから、こういう極端なことをしたがる右派は偽保守の偽装左翼ではないかと疑う人まで出るのだ。

 余談だが、幼稚園くらいのころは叩き込んだり刷り込んだりしやすいというのは本当で、だから塚本幼稚園では教育勅語を暗唱させたりするのだろう。音楽大学の付属幼稚園では、みんなで唄うのはドイツ民謡を音名で、そうやって憶えさせられたものだった。
 「♪ドレミファーソ、ソ、ラファドラソー」と、後で考えるといかにもという音階である。日本では「子ぎつねコンコン山の中」などの歌詞がつけられている。
 これら、あまり真面目にやってなかったけど、完全に憶えている。やはり幼稚園くらいが身につきやすいということだろう。

 
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# by ruhiginoue | 2017-02-25 09:12 | 社会 | Comments(5)

鈴木清順監督死去

 鈴木清順監督が93歳で死去したとのこと。

 その難解な作風に怒った映画会社の重役が独断で解雇したため問題になったことがあり、そういうことがあったためか、鈴木清順監督は円谷プロの作品にも関与していた。俳優としての出演もよくしていたが、その中で円谷英二にふんしたこともあった。
 円谷プロの作品には、政治的も含めて色々な事情から干された人が関与したものが少なくなく、このため前衛的だったり社会派だったりと深みがあって面白かったものだ。
 その中に『怪奇劇場アンバランス』があり、これに鈴木清順監督は参加していたが、そのさい別の挿話を担当した山際永三監督は、その市川森一脚本で唐十郎が主演し子供時代は名子役の高野浩之という話が、他の人から難解だと言われていたうえ鈴木清順監督にまで解らないと言われてしまい困ったそうだ。

 監督だけど俳優もする人としてジョンヒューストンとかフランソワトリフォーがいるけれど、鈴木清順監督はよく他の監督の作品に俳優として出演していた。そして逆にというか鈴木清順監督の作品『夢二』には悪役で長谷川和彦監督が出ていた。武久夢二に扮する沢田研二とは『太陽を盗んだ男』では監督と主演だったが、それが共演者になったのだった。
 その前には『ツゴイネルワイゼン』が話題だったが、こうした前衛芸術的な作品の前には日活で活劇を主に撮っていて、また『肉体の門』『河内カルメン』『けんかえれじい』は名高く、アニメでは『ルパン三世』に関与していた。

 『けんかえれじい』のヒロイン役は後に大橋巨泉と結婚したことで話題となったが、彼の死について医師の対応に問題があったことを語っていたことは、先に述べた通りである。

 この『けんかえれじい』には原作にも脚本にも無い脚色がしてあり、特に印象的だったのは北一輝と遭遇して主人公が影響される場面だった。喧嘩ばかりして放校された主人公は、転校先の校長がバンカラ型だったから理解されたりもする。
 このように主人公は政治に関心があるわけではないけど心情右翼というところで、公開当時は学生運動が盛んで、大学生から熱烈な支持があったという。
 ここで鈴木清順監督は、喧嘩だろうと学生運動だろうと若くて元気なんだから当たり前という姿勢で描いていた。
 ところが、弟のNHKアナウンサー鈴木健二は、著書で学生運動を批判しつづけ、それは、まじめに勉強しないでケシカランという単純なものだった。

 こんなに兄弟で違うのは意外だが、鈴木健二の大ベストセラー『気くばりのすすめ』がテレビで取り上げられたとき、かつて鈴木健二は、職場の後輩と暴力団組長の愛人が恋に落ちたとき、追って来たヤクザたちを相手に懸命な説得をして分かってもらったという武勇伝を語り、その再現ドラマ(鈴木健二の役はケンちゃんに引っかけて宮脇康之、組長は所ジョージ)が放送され、自慢話にスタジオ内は辟易ぎみだったがケチはつけられないので我慢していたが、そのときゲストで出演していた鈴木清順監督は、司会者から「お兄さん、どうですか。弟さん偉いですよね」と言われると恍けた調子で「親分が良くて、良かったですねえ」と言ったものだからスタジオ内が爆笑となった。
 
 そんな、色々なことを思い出した。


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# by ruhiginoue | 2017-02-24 15:08 | 映画 | Comments(0)
 時代錯誤の愛国主義や排外主義と民族差別を教育することに対して批判が起きたら、それをやっているのは私学だから何をしても勝手だとか、宗教系の私学だって同じだとか、そういう誤った認識を開陳している人たちがいる。

 とんでもないことで、私学だから何をしてもよいわけではない。宗教系の私学とは、宗教の理念に基づいた建学の精神であったり、宗教団体によって設立されていたりするものではあるが、そもそも学校に限らず世俗の事業を宗教が運営するのは、あくまで、その事業を介して宗教的な理念を社会的に具体化するためであり、宗教の教義とかドグマとかいうものそれ自体を強制することが目的ではない。
 
 これは宗教以外の政治その他でも同様である。その教義や思想それ自体は宗教団体や政治団体がやるべきことで、学校教育ではその基盤に教義や思想があっても、それ自体はついでに一般教養として添える程度にしておいて、そのうち特に興味や必要がある者は専攻すものだ。
 だから、私学で学ぶ者にどこまで押し付けてよいかという問題にもなり、これまでに、挙げていたらきりがないほどの実例があった。

 ついでだが、「瑞穂の國小學院」というのは滑稽だという人たちがいて、それは「國」「學」という字体のためだが、「國學院大學」というのもある。
 ここの体育の授業で、柔道では公立学校と違い道場に神棚もあったが、これに宗教が違うからと礼を拒否する学生もいる。担当教員が「生意気」と怒っていたが、私学で神道系だけど通う学生が強制される義務はない。入ったのはあくまで大学であり宗教団体ではないのだから、嫌なら拒否する自由もある。

 それなら他の科目にすればよいのだが、それに大学側は難色を示していた。なぜなら、宗教以前に体育の選択で柔道が不人気で、自分から希望する人はほとんどおらずジャンケンで負けた人ばかりだったから、宗教が原因で他にしたいと言うのを認めたら俄かクリスチャンや俄かムスリムの学生が現れてみんな柔道から去ってしまうであろうから。
 なので、あまり宗教を強制しなければいいのだが、柔道の講師は「安全祈願」だから必要だと言う。それは指導者が注意するべき義務だ。日本以上に柔道大国となったフランスでも、大統領が黒帯のロシアでも、道場に神棚なんてないだろう。そして精神論に依存する指導力不足から事故を起こしているのが日本の柔道である。

 これと同じで、精神論に依存して敗戦した反省の足りない人たちが、時代錯誤の愛国主義の学校をはじめ、それを贔屓する人たちがいて、国有地をバーゲンセールどころか「もってけ泥棒」のレベルのことをしたのだろう。


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# by ruhiginoue | 2017-02-23 12:51 | 社会 | Comments(3)