井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue
 光市事件について、検察側から証人が出たが、それは、首の圧迫に関して痕跡と一致する逆手では力が入らないから被害者に払いのけられる、などと弁護側の鑑定に対して一部漠然と反論したにすぎず、既に指摘されたとおり検察側の主張が正しいというには至っていない。
 だいたい、「逆手では力が入りにくいはずだ」なんて医学者でなくても言える。
 ただし、裁判ではこのようなお粗末な意見が権力の側だと採用されてしまい、時には裁判官が専門家でもないのに屁理屈をこねてみせるから批判されるので、それを防ぐため形式的に御用学者ないし無気力な専門科もどきをダミーとして登場させるのが、裁判の定石である。
 そして、報道がそれまでほとんど弁護側鑑定について無視して報道しなかったのに、それに対する反論になったら急に報道するというのだから、実に見え透いた情報操作である。

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# by ruhiginoue | 2007-09-20 23:03 | 司法 | Comments(1)

とんだオチがついた報道

 光市事件の被告は、法廷に入ると傍聴席の遺族を、ある公判では正視したので、これを遺族は「睨みつけられた」と言い、別の公判では視線を向けなかったので、「目を逸らした」と言った。
 どちらにしても、被告の態度が悪かったとマスコミは報じて非難したが、いったい被告はどうすれば良かったのか。それに、被告は斜視だった。
 もう、笑うしかない状態なのがこの事件の報道である。他にもいろいろある。
 こうした報道は、放送法違反で今後問題にされるという。
 また、懲戒請求を他人を焚き付けておいて自分ではやらず、その訳というのがようするに「めんどくさかった」という趣旨だったタレント弁護士は、賛同していた人たちからも「他人をバカにしている」とヒンシュクのうえ訴えられたが、その次はテレビや週刊誌で放言している人たちの番らしい。
 さらに次は、乗せられてデタラメな懲戒請求した一般人、そのまた次は、ネットでデタラメを書きまくっている人たちだろう。送信元から個人を特定する作業も進んでいるらしい。
 
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# by ruhiginoue | 2007-09-20 08:15 | 司法 | Comments(0)

苦し紛れの検察

 光市事件のやりなおし裁判で、赤ん坊の殺害について証言があった。
 被告は「赤ちゃんを落として死なせていたと思っていたが、取り調べの際、検事に『たたきつけない限りできない(頭の)あざがある』と言われ、そうなのかもしれないと思い認めた」と述べた。
 さて、これを検証してみよう。
 もともと検察は論告求刑などで「被告は赤ん坊が泣き止まないため激昂し、自分の頭上に持ち上げた姿勢から床に思いっきり叩き付けたが、まだ泣き止まなかったので首を絞めて殺した」と主張していた。
 これに対して被告は、「泣く赤ん坊をあやそうとしたが慌てていたため落としてしまった。叩き付けてはいない。首に紐を巻き付けたのはあやそうとしての飾り付けで、蝶結びにしたのであり絞めてはいない」と主張した。
 被告は身長が175センチで、それが頭上から床までとなると2メートルくらいになる。その高さからただ落ちただけでも、骨も固まっていない0歳児は死んでしまう確率が高い。しかも18歳の男性の力で思いっきり叩き付けたとしたらほぼ確実に即死だ。
 なのにまだ生きていて、だから首を絞めて殺したという検察の主張はどうもおかしいと言われてきた。また、0歳児なら強く絞めなくても蝶結び程度で窒息して死んでしまうことは充分に考えられる。
 このように、複数の法医学者が鑑定意見を述べており、したがって、もともと殺意はなく、誤って死なせたのもあり得るというのが弁護団の主張だった。
 してみると、被告の述べる「床に落として死なせたと思っていた」は、真偽はともかく少なくとも検察の主張よりは常識的である。
 ところが被告は、検察官に迎合させられてしまったと言う。記憶に反した不本意な調書を無理に認めさせられてしまったというのは、有実でも無実でもよくあることで、冤罪事件では定石ともいうパターンだ。このため本件では義憤にかられた弁護士たちが名乗りを上げたのだろう。
 しかし「意見よりまず証拠だ」
 すでに(裁判傍聴もせず、関係調書も閲覧せず、扇情的かつ政治的意図丸出しなマスコミ報道とネット風説だけに頼っている者以外にとっては)周知の通り、死んだ赤ん坊の遺体には、強打された痕跡も、首をきつく絞められた痕跡も無い。なのに、検察は何を根拠にして、かかる主張をしたのか。
 これについて、法廷で検察官は、赤ん坊が打撲傷を負っていないのは、「思いっきり床に叩き付けようとしながら、いったん手を止めたのではないか」と言って失笑を買っていた。激昂して思いっきり叩き付ける動作の途中で、何で手を止めるのか。そのうえ、それでも駄目だったから絞殺したというのは矛盾も甚だしい。だから検察側の鑑定人もお手上げの状態だ。
 これは裁判を記録した調書にも残されている。傍聴していた遺族も、もちろん目の前でのやりとりだからすべて知っている。そのためか最近はボルテージ低下が著しい。「検察に乗せられて引込みがつかなくなっているようだ。検察もむごいことをしたものだ」と、権力からセカンドレイプされてしまった遺族は、法曹関係者たちからも、報道関係者たちからも、同情されている。
 このことは同時に、取材した記者たちもわかっているということだ。実際に記事も書いていると聞く。しかし、今のところは、記事は没にされる。「事実でも、反感を買ったら商売に差し障ると上からのお達しだ」と。あくまで、「今のところは」である。


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# by ruhiginoue | 2007-09-19 23:07 | 司法 | Comments(0)

たった2年で

 古田選手兼監督が成績不振により退団し、現役引退するという。
 しかしまだ2年目ではないか。
 師匠にあたる野村監督はヤクルト監督就任時に言っていた。「一年目が耕して種まき、二年目が水や肥料やり、三年目に花を咲かせる」と。そして最初はめちゃくちゃだったけど三年目にリーグ優勝し、「来年は実をならせたい」と。そしてその通りに日本一。
 だがその翌年は負傷者が相次ぎ、とくに古田の骨折が痛く、まためちゃめちゃに。さんざん罵倒されてしまったが「捲土重来」と言って実際にまた優勝それも他球団すべてに勝ち越す完全優勝。
 また、野村監督は南海時代には兼任監督として一時代を築いたが、不倫騒動(サッチーと)で「野球と女とどっちとるのかって女とります。野球は他の球団でもできますがあの女はこの世に一人しかいません」と啖呵きって、実際は追われるように退団し、一選手に戻り他球団を点々と。
 もちろん、いろいろあってのうえでのことで、野村監督によりすでに地盤ができていたから続く若松監督も優勝できたわけで、なのに古田監督は振るわなかったというのかもしれないが、せめてあと一年は続けるべきではないか。

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# by ruhiginoue | 2007-09-19 00:14 | 体操 | Comments(1)
 例の光市事件について、マスコミや世間で言われていることとは異なる反応を示しているのが、事件があった隣近所だと最近知った。
 あの事件は同じ団地内で起きた。被害者と加害者は同じ団地の別の棟に住んでいて、面識は無かったが、歩いてすぐのまさに「目と鼻の先」という位置だった。
 近所の人たちに取材した地元の記者(この結果は小さくローカル報道しかされていないから、地元の人でも少ししか、他の地域の人はほとんど、知らないらしいが)によると、加害者の家庭はムチャクチャもいいところで、よそのうちのことではあるが、あまりにひどいので隣近所でなんとかしてやらないと子供つまりこの事件の加害者がかわいそうだし、「そのうち何かまずいことに発展するのではないか」という何となくの不安は持っていたら、とうとうこんなことになってしまい「大変に悔やまれる」というのが、その家庭を知る近所の人たちの正直な心情だった。
 加害者の父親は(これは報道され、その一部映像がYOUTUBEにも投稿されたが)息子がこんな事件をやらかしたのに、記者に向かって「なんで俺のところに取材にくるんだ。関係ないだろう」などと言い放ったうえ、周りに諭されてやっと拘置所に面会に行っても息子と二言三言どうでもいいような会話をしただけだった、というような親父だ。
 その親父は、家庭内暴力を妻子にふるい、耐えかねた妻はとうとう自殺してしまう。首を吊って、糞尿を垂れ流している母親を十一歳の息子は見てしまったのだから、強烈なトラウマだろう。
 そして親父はフィリピン人女性と再婚した。この義母に、息子は幼児のように甘え、高校生にもなって、じゃれついたり抱きついたりしていたから、周りで見ていても異様だった。いきなり後ろから抱きつくこともあったそうで、これを知らない女性がされたら驚いて当然だが、やっている当人は幼児の感覚で、ただ身体の機能と腕力は身長百七十五センチの十八歳男性である。
 この少年の母親は、父親からの暴力にさらされ続けた共通の被害者として息子を溺愛していた。夫を憎み、そんな男性の子供は生みたくなかったが、息子は唯一の理解者であるし、また、実際に生んだ息子のことは可愛い。それで、母親は息子に「将来はお前の子供が生みたい」と倒錯したことを言っていた。
 このようにして、どうやら異常な感覚を植え付けられてしまったらしい息子は、目の前に若い母親がいて、死んだ母親を思い出してしまい、義母によくやっているように抱きついてしまい、驚いた(当たり前だ)被害者が暴れて声をあげたために力任せに押さえつけて死なせてしまったと弁解するのだが、それなら、母親の感覚なのに犯すとは変ではないかと問いつめられると、自分と被害者とは来世で添い遂げる間柄だと思ったと大まじめに言って被害者の夫を激怒させることになる。
 ほかにも、自分がしでかしたことについて、なんとかしてもらいたいと思った相手が、最初の警察の取り調べ調書にも記載がはっきりあるとおり「ドラえもん」というわけであるなど、事件を起こしてから被疑者は変なことを大まじめに話しているが、もともとが変だったわけで、それは育った荒んだ家庭のなかで醸造された異常さがもとにあり、これを知っていたから、近所の人たちは、「こうなる前になんとかならなかったか」と悔やんでいるということだった。

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# by ruhiginoue | 2007-09-18 23:03 | 司法 | Comments(0)

黒澤作品リメイク

 著作権問題についてはチャップリンの判決で述べたとおりだが、最近の黒沢作品のリメイクは廉価版DVDより犯罪的だ。
 この間放送された「生きる」なんて、こんな名作中の名作に勝手なリメイクする気がしれなかったが、内容も、演出と演技の迫力不足を補うため音楽を入れ過ぎていた。ほとんど同じ内容なのだが、オリジナルと違うのは音楽が入ることだという場面ばかり。
 「荒野の七人」をみて、「七人の侍」でデビューした土屋義男は笑いこけたというし、黒澤明監督も、宮崎駿監督との対談で「リメイクなんてたいていはろくなものにならない」と言っていた。
 それなら、「荒野の用心棒」のように図々しいほどの盗作のほうがむしろ楽しいくらいだし、「スターウォーズ」みたいに分野をそっくり変えてしまうのも面白い。
 はたして織田裕二の「椿三十郎」はどうだろうか。
 
 

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# by ruhiginoue | 2007-09-15 01:49 | 映画 | Comments(10)
 イタリアで、豚肉を不浄のものとするイスラム教の戒律を利用して嫌がらせしようという極右派議員の発言が批判されているらしい。
 カトリックが多数派という国情で、イスラム教徒が増加しはじめたことがきっかけのようだ。
 宗教の戒律は、異教徒にとっては不可思議だったり滑稽だったりする。だからカトリックだって「モンティーパイソン」から強烈にからかわれたことがある。貧乏の子だくさんの家で、お父さんが子供たちに「文句があったら教会に言え」と叫んだり、薬店で客が「俺はプロテスタントだから売ってくれ。イボイボがついたやつがいい」などと、すごい場面が連発だった。
 インドのヒンズー教徒はシバ神の乗り物である牛を大事にする。殺して食べるなんてもってのほかだ。
 日本でも、動物を食べるのはもっぱら魚と鳥で、四本足動物を殺して食べるのは野蛮だという信仰がありながら実際には食べているものだから、それがヒンズー教のカースト制度に影響された江戸時代の身分制度によって深刻な職業差別が起きたことは周知の通り。
 それで、神官の家系出身の大杜一族が創業した会社に食肉業界が接近し、ケガレなどと差別されていた業界を宗教的イメージで払拭しようとしたため、数ある同業者中からトップに躍り出たのが日本ハムだったといわれている。
 しかし、イスラム教の戒律はユダヤ教からの影響が多く、豚肉禁止もその一つで、キリスト教の宗派にも、食べるなら蹄の割れている動物にせよ、などと古文書の記述に従っているところがあり、それらをよくみると、つまるところ世界各地の宗教のさまざまな食に関する戒律は、殺すのは繁殖力の強い動物にしておけというエコロジカルな理由で、それが土地柄の生態系によって種が違ったと考えられている。
 だから宗教対立するより、乱開発で利益をあげ南北格差や雇用不安を作り出している多国籍企業を批判する運動で連帯するべきである。

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# by ruhiginoue | 2007-09-15 01:25 | 国際 | Comments(7)

薬剤師の過ち

 日野市立病院で、消毒薬の濃度を間違えたため、塗られた患者が負傷した。薬剤師の過ちであったと、病院側は説明している。
 医師と看護師は使用する薬品をいちいち自ら確認していられないので、安心して使用できるようにするのが薬剤師の責任だ。医者が間違えて処方箋を書いてしまったときも、指摘しなかった薬剤師まで責任を問われる。そうした場合にちゃんと対処できるようにと国家資格を持つ者が働いており、資格が給与にも反映される。人命に関わるのだから、素人がやってもいい単純作業ではないのだ。
 しかし「弘法も筆の誤り」ということもあるのだから、熟練したプロでも過ちがあることを前提に防止策を考えて採るのは職場の管理責任である。現場や個人に責任を押し付けて済ませる「トカゲの尻尾切り」ではいけない。
 薬学部は脇役部と皮肉られるように、医師の脇にいて目立たないほとんど裏方だが、その割には責任が重い。四年制から六年制となり責任はより重くなるが、医師に対して立場が強くなる訳ではないから大変だ。
 だから、プロが働いているといっても、事故防止には職場の管理体制の充実が必要だ。

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# by ruhiginoue | 2007-08-30 17:58 | 社会 | Comments(1)
 著作権者とは、作品に対して芸術的・思想的な創造力を発揮した者とされているが、映画は例外で、費用が多くかかるため財界から圧力があり、著作権法が改定された。
 これに対して、日本映画監督協会では、監督こそ著作権者と認めるよう運動しており、昨年の二月二十六日に行われた創立70年の記念日(つまり二二六事件の日に偶然設立されたわけだ)の祝賀会でも、この運動について確認がされた。
 このとき私は、「監督が製作者も兼ねてしまえば、芸術的にも商業的にも思いのままではないか、スタンリー・キューブリックみたいに」と言ったところ、あるベテラン監督から「できることなら誰でもそうしたいけど、資金集めとなると大変なんだ」と言われた。
 とにかく、こういう事情なので、監督と製作者が著作権をめぐって裁判になれば、「宇宙戦艦ヤマト」のときみたいに、法律は製作者に味方する。
 しかし、チャップリンの作品はチャップリンの著作物という判決が言い渡された。かつて松本さんではなく西崎さんと判断した東京地裁が。チヤップリンの場合は、キューブリックと同じということだろうし、出演までしているから、それ以上なのだろう。

 というのが、以下引用の報道について。

格安DVDでチャプリン出演・監督の映画9作品の著作権を侵害されたとして、著作権を管理する外国法人がDVD制作会社2社に対して販売差し止めと損害賠償を求めた裁判で、東京地裁(清水節裁判長)は2007年8月29日、販売の差し止めと損害賠償約1,050万円の支払いを命じる判決を言い渡した。裁判では著作権の保護期間が争点となった。判決はチャプリン個人を著作者と認定し、保護期間は1977年のチャプリンの死後38年間で、まだ著作権が消滅していないと判断した。DVD制作会社側は、映画はチャプリン一人によるものではなく、プロダクションなどの団体の著作であり、保護期間は公開後33年間の規定を適用すべきと主張していた。Excite %u30A8%u30AD%u30B5%u30A4%u30C8 : %u793E%u4F1A%u30CB%u30E5%u30FC%u30B9
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# by ruhiginoue | 2007-08-30 16:57 | 司法 | Comments(0)
 この事件は、原告の男性が電車内で携帯電話をかけていた女性に注意したことがきっかけだった。声高に話していたうえ注意してもやめなかったから、キツい調子で「やめなさい」と言ったら、やっと通話をやめた。
 そのあと男性は、その女性に痴漢を働いたとして逮捕されてしまった。女性が警察に訴えたのだが、なのにその後女性は警察から話を聴きたいと何度呼び出されてもすっぽかした。これでは話にならないと嫌疑不十分で不起訴となった。電話のことで逆恨みから狂言したのだろうと思われ、今回の裁判となった。
 そんな女性の言うことをよく調べもせず逮捕する必要があったのかどうか。そんな警察の対応を問題にしているが、同時に女性の狂言も問題にしている。そういう裁判だった。
 そして、女性は車内通話は認めたが、痴漢の被害には遭ったと主張した。警察は、女性の言うことがもっともらしかったので信用したのだから、逮捕は正当だと言った。原告は、女性の証言が物理的にあり得ないと主張した。女性にしては大柄な人に対して、男性としては小柄な人が、股間に股間をくっ付けてきたなんて身長差から不可能だと指摘し、女性の証言は虚偽だと主張した。
 私は、「アブハチ獲らず」になるかも知れないから被告にするのは警察か女性かどちらかにした方がいいと主張していた。
 だが、原告は、手前の公衆道徳違反を注意されて逆ギレして狂言をやらかした女性がどうしても許せなかったと言う。
 では、女性の狂言により、原告も警察も迷惑したと主張すればどんな判事でも、権力にヘツラう裁判官にも、通りやすそうに思える。
 だが、そうしてしまうと、支援者の中には権力犯罪を追及する団体もあるのだから、そこから反感を買ってしまうし、強者に立ち向かわず弱者(悪者だけど)だけ追及するのは如何なものか。
 このあたりが難しくて、去年は激論になっていた。ほんとうに難しい。


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# by ruhiginoue | 2007-08-29 20:56 | 司法 | Comments(17)