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by ruhiginoue
 独占!巨泉さん家族の怒り「あの医者、あの薬に殺された」~無念の死。最後は寝たきりに

 これは週刊現代のサイトに掲載されている同誌の過去記事の見出しであり、本文は下のリンク先を参照のこと。
 「独占!」という見出しだが、実は同様の記事を他誌も同時期に掲載していた。
 これもすでに紹介したとおりで、医師が防衛医大に勤務していた当時、不正な手術が裁判になり、学会だけでなく防衛医大内の医師たちからも批判が出て、防衛医大を運営する国は敗訴したうえ控訴もしなかったという異例の顛末であった。
 この医師の「前科」について取材を受け、コメントしたこともすでに紹介したとおりである。(大橋巨泉氏のモルヒネ投与医師はニキビ治療専門家だった│NEWSポストセブン

 これらの記事についてTwitterで紹介したところ、これを利用してあの左巻健男という大学教授が中傷していると、いろいろな人たちから知らされた。左巻健男という人は、自分が批判されたことがある相手に、その批判された問題とは関係のない別のことに対して、ブロックなどしながら@を消してアカウントを曝して陰口するのが常套手段のようだが、また同じことをしている。そんなことをしても、大勢の人たちが見ているのだからすぐ判るし、大人がガキっぽいことしてると思われるだけだ。 

 ところで上記の記事の話題に便乗して、左巻健男という人はTwitterでこう書いたのだ。
 「この医師を前科者と言えるなら、名誉毀損で裁判で負けて賠償金を取られたことがあるruhiginoue氏も前科者だけどなあ。」
 これもすでに紹介したとおり、名誉棄損裁判で勝訴して賠償金を取ったが、取られてはいない。また、取られた者が2ちゃんねるで仕返しと嫌がらせのつもりでいろいろと書いていて、そのため送信元の情報開示請求で同掲示板を経営している会社の登記簿謄本を東南アジアから取り寄せたという話と、これがそうだと画像の掲載をしているから、記憶している人もいるだろう。

 前にも言及したことだが、左巻健男という人は他の人に対しても「大阪のナマポ」と実名が判る形で中傷していた。これもやはり、もともとは2ちゃんねる掲示板の中傷だった。これを左巻健男という人は自分のブログで受け売りしていた。そして問題になってから伏字にして「屁を放って尻すぼめる」という諺のとおりであった。
 このように差別をするから、大学教授ともあろう者がと当たり前の批判したところ、その仕返しに2ちゃんねるネタをまた、というわけだ。

 さて、上記でいう「前科者」とは、もちろん刑事事件のことではないし、過去を無意味にあげつらうのでもなく、その医師が同じ問題をまた起こしたという意味である。これは話の流れから判ることだ。それを別問題とこじつけ事実に反することまで書いた左巻健男という人の無見識とやり方の卑劣さに呆れるしかない。

 そもそも問題の医師の過去は、国の機関に勤務する公務員が公務として行ったことに関する事実であり、しかも人命に直接的に関わることだから公益性があるけれど、名誉毀損は私的な事実にすぎない。
 だから、まず問題の次元が違うことを並列や比較するのは不適切であり、また私的事実を安易に公然化すれば、嘘ならもちろん仮に本当であっても、名誉毀損となり、個人情報の問題にもなる。
 この二点が左巻健男という人の認識から欠如している。これでも東京六大学の二か所で教鞭を執る教授なのか。やり方が陰湿なのは性格だからということかもしれないが、学問的見識まで疑わしくなる的外れは何故なのだろうか。的外れを江戸時代からの俗語でスカタンというが、これにより左巻健男という人は迷惑行為を繰り返すので反社会性を帯び、個人の問題では済まなくなっている。

 


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# by ruhiginoue | 2017-05-15 17:42 | 学術 | Comments(4)
 『報道ステーション』というテレビ番組は、周防正行氏をゲスト出演させ「共謀罪」についての批判を語らせていたが、それは彼が『それでもボクはやってない』という映画を作り日本の司法が抱える問題を追及し、これをきっかけに法制審の委員を務めるなど発言を続けていたからだ。
 ところで、この映画は電車で痴漢と疑われ逮捕された男を主人公にしたものであったから、先日の事件すなわち電車で痴漢と言われて逃走した男性が転落死したことについて、何かコメントするだろうと期待した人もいたのだが、この期待は裏切られたという。

 この、痴漢にされそうになった場合の対処について、あるマスコミにもよく出る弁護士は、逃げられそうならその場から一目散に逃げてしまうのが一番だと、テレビなどで公然と発言していた。なぜなら、逮捕されるだけでも大変なことになり、そのあと裁判になったらもっと大変で、しかも裁判が公正とは到底言えない実態があるからだ。
 もちろん、これは逃げきれたらの話で、失敗してしまうこともある。そうなると不利になるだろうし、線路に逃げたら鉄道から損害賠償を請求されるし、それ以前に命の危険もある。
 だから、逃げないで弁護士を呼ぶべきだという弁護士たちがいて、これには疑問や反論が出ている。それらは要するに「きれいごと」だというものだ。

 まず、警察は弁護士を呼べないようにするものだ。「先進国」なら警官は弁護士に連絡する権利を告知しないといけないなどと決まっているが、日本は違う。
 また、弁護士を依頼したところで冤罪から救われる保証はない。日本では逮捕イコール犯罪者に近い。
 なにより、弁護士はあくまで「法の枠内」で勝つ専門家にすぎず、我々はそれより大きな「人生の枠内」で勝たなければならないのだ。罪を被せられた時点で既に大打撃であり、そのあと無罪を勝ち取っても破綻した人生は取り戻せない。
 こうなると、ほんの数パーセントでも賭けて逃走するという考え方も理解できなくはないし、だから弁護士のなかにさえ、それで成功するに越したことはないと言う者がいるのだ。

 そもそも、潔白なのに逃げると危険があるってことくらい誰でも知ってる。言われなくたって解っていることだ。それでも命がけで逃亡するのは、弁護士や裁判官が信用できないからだろう。それほど日本の法曹界は不信を買っているのだ。国選弁護士や弁護士会の当番弁護士に裏切られたとか、裁判は暗黒の魔女狩りとか、そういう現実が歴然とある。これを無視して弁護士を呼ぼうというのでは「きれいごと」と批判されても仕方ない。
 だいたい、有罪でも無罪でも勝訴でも敗訴でも、裁判の結果がどちらにしても、依頼人は人生を浪費してしまった負け組であり、どちらにしても報酬を得られる弁護士は勝ち組である。それでも弁護士に頼もうと呼びかけるのでは、善意で言っても商売のためかと疑われるだろう。

 前にも述べたが、知り合いの男性はカフカの小説さながらに逮捕のうえ性犯罪の犯人とされ刑務所に入ったが、真犯人が捕まり自供したので潔白と判明し国から賠償金が出た。
 このさい彼は国選弁護士に裏切られ、知らぬ間に勝手に犯行を認めたことにされてしまっていたのだった。これが問題になると、その弁護士が所属する弁護士会は、金を出して私選弁護士を雇わなかったのに文句を言うなと開き直った。

 あのとき、逮捕されたころへ来た弁護士が、任せなさいと言うので信用していたら、囚われている間の知らぬ間に犯行を認めたことにされ、勝手に親族を尋ねて被害者に慰謝料を払うからと出させていた。それも自己責任というわけだ。
 そして性犯罪の前科者となり偏見を受け、複数の免許を持ちながら職が無い彼は自殺未遂までした。リストカットの傷跡が痛々しかった。
 その後、名誉回復され社会復帰したが、捜査の不当性を問い国賠訴訟を起こしたら、職場に対し警察が嫌がらせをした。すると「人権派」「左翼」の人たちが「支援」すると寄ってきたが、「反権力」を叫ぶネタに利用されただけ。
 ついに彼は、裁判のため弁護士費用その他で出費がかさみ、無実なのに刑務所に入ったことにより受けとっていた賠償金を使い果たしてしまった。そのうえ心身ともにボロボロになって働くこともできなくなり、生活保護を受けて病気療養している。

 このように、潔白が完全に証明された人でさえ、いったん権力から目を付けられてしまったら人生が破滅的となるのだ。
 これについて弁護士に文句を言っても酷というものだ。どんな名医でも保健福祉政策はどうすることもできないのと同じだ。
 また、不当逮捕され無罪となった経験があるため同じ目に遭った人の相談に乗っている人が「弁護士は自分が逮捕されたことがないので実態を身をもって知らない」と言っていた。これは専門医が病気について詳しく知っていても病人の苦悩は知らないというのと同じだ。
 だから専門家の話は常にそれゆえの限界があるということを前提に話を聞かなければならない。
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# by ruhiginoue | 2017-05-14 17:42 | 司法 | Comments(5)
 今、FMでタン・ドゥンの曲を先週に引き続き放送しているが、これで思い出すのが昔、日本でほとんど知られていなかったタン・ドゥンが来日したとき横浜で聴いたことだ。
 当時の日本では、中国系の新進作曲家がいるという程度の認識しかなかった。
 そして横浜の関内で「新しい耳シリーズ」という前衛音楽のコンサートが毎年開催されていて、よく高橋アキらが出演していたが、そこにタン・ドゥンが出演するということだった。

 このシリーズには毎年のように行っていたが、ついでに関内だから近くの中華街で食事というのが恒例だった。埼玉県のかなり田舎に住んでいたことがあるけれど、その当時は行き来が「旅」のようで帰りが遅くなって大変だった。横浜のほうではこういう文化事業が普通にあるのに対して埼玉は違った。やはり「ダサイタマ」と皮肉られるように、そもそも意識が低い土地柄だった。それで退屈することより、日常生活の中での意識の低さに苛立ちや嫌悪を感じることが多かった。

 ところで、タン・ドゥンが公演したとき、あの武満徹が聴きに来ていて「あ、武満徹だ」と客たちが言っていた。
 そして終わってから、タン・ドゥンが武満徹のところに飛んできて大喜びで挨拶していた。タン・ドゥンは日本語ができないので英語を使っていた。それで、近くで聞き耳を立てていたら、平易な英語だから意味が解り、要するに武満徹が聴きに来てくれて光栄だということだった。
 たしかに、新進前衛作曲家が日本で演奏会したところ武満徹が聴きに来てくれたら、そりゃ嬉しいだろう。

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# by ruhiginoue | 2017-05-14 09:28 | 音楽 | Comments(0)
 「政府を、捜査機関を信用しなさい」「犯罪とは無縁の一般人は心配しなくていい」とただ繰り返しても、受け入れられるはずがない。

 これは朝日新聞5月12日の社説『共謀罪』審議 採決ありきは許されぬ」である。まったく正しい。大賛成である。
 しかし朝日新聞の最近の他の記事と整合性を欠いている。ほかの記事では逆のことを主張していた。以下、その4月18日の記事から引用。

 「俺じゃない!」 13日時45分ごろ、車内で女子中学生ら2人の胸や下着を触ったとして駅で降ろされた男性は、こう叫んで線路に飛び降り、走って逃げた。電車は約14分間、運転を見合わせた。都内では3月中旬以降、同様の事案が少なくとも6件起きている。 
 なぜ線路に逃げるのだろうか。鉄道営業法では、正当な理由なく線路に立ち入ることを禁じている。警察は都迷惑防止条例違反(痴漢)に加え、鉄道営業法違反の疑いも視野に捜査している。ある署の幹部は「線路から敷地外に出られる付近の防犯カメラを洗い、検挙する」と話す。
 一連の「逃走劇」には、鉄道会社も頭を抱えている。上野駅で、痴漢を指摘された人が線路に飛び降り、電車にはねられて死亡する事故が起きた。JR東日本によると、線路上に人が立ち入った場合は安全を最優先し、駅員らが人がいないことを目視で確認できた段階で運転を再開する。万が一の見落としも想定し、再開直後は徐行で運転するという。
 地下鉄の場合、さらに危険性が増す。東京メトロによると、線路脇に送電線が引かれている路線では、感電の恐れがある。送電線の電圧は600ボルト。人が立ち入ると電気を止める作業も必要になる。担当者は「地下鉄はトンネルなので、逃げても次の駅まで出られません」と予防線を張る。
 大阪市では12年、市営地下鉄御堂筋線で線路に降りて約1キロ逃げた男が駅員らに取り押さえられた。
 線路に逃げた人たちが、本当に痴漢をしたのかどうかは定かではない。痴漢をめぐっては、ネット上で「被害を申告した人と一緒に駅事務室に行くと現行犯逮捕される」といった内容や、冤罪(えんざい)を避けるために疑われたら逃げることを推奨する書き込みもある。
 これらについて、警視庁の捜査幹部は「申告があれば何でも逮捕するわけじゃない」。申告内容や第三者の目撃の有無などを検討してから判断する、としている。
 もし疑いをかけられたらどう対処すればいいのか。冤罪事件に詳しい立教大の荒木伸怡(のぶよし)名誉教授(73)は「やっていないならはっきり主張し、その場から動かずに弁護士を呼ぶことだ」。線路に降りる行為はやめた方が良いと言う。「業務妨害に問われる可能性があり、鉄道会社から損害賠償を請求される恐れもある」と指摘している。
 
 以上引用。
 この記事には、裁判がデタラメで信用できず、そんなもののために一生を棒に振るから命がけで逃げるのに、そうした司法の問題にまったく触れず、脅すばかりの法律家の話とともに、警察の言い分だけ一方的に紹介している。これでは共謀罪の強行する側が、「捜査機関を信用しろ」「一般人は関係ない」と同じである。

 もともと朝日新聞は、冤罪に対しては読売新聞より権力寄りなのは昔からずっと。
 かつて本多勝一記者が「あるスピード違反」という記事を書き、これは裁判所が警察の一方的な言い分を鵜呑みにするので捕まったら最後の「暗黒裁判」であるという実態を告発したものだった。
 すると、他にも酷い冤罪があるので取り上げてほしいという手紙が大量に来たそうだ。本多記者は周知のとおり司法が専門ではない。だから要望に応えられなかったというが、それなら大量の要望があるのだから新聞として力を入れてもよいはずだ。
 ところがそうはなならない、それどころか逆である。具体例は前にもここで挙げている通りだ。そうしたら、またこんな記事である。映画『それでもボクはやっない』の周防監督も、その時の経験で知った司法の問題から共謀罪を批判しているというのに。
 こんな批判精神も問題意識も無い記事の一方で、社説で国会審議についていちおう批判する。ここに朝日新聞の堕落がある。

 追記
 弁護士など他の専門家たちは、「駅の事務室に連れていかれると、職員に取り押さえられたとの解釈で後から来た警察に現行犯逮捕とされてしまうから、その場で毅然として潔白を主張して立ち去り、自分で言うだけでは相手が納得しないなら弁護士を呼ぶと言うべきだ」と説いている。
 この記事に出てくる「冤罪に詳しい」立教大名誉教授も「その場から動かずに」と述べているので、その前にある「被害を申告した人と一緒に駅事務室に行くと現行犯逮捕される」について、だから行くなという意味で言ったのに朝日新聞の記事ではその説明が欠落して単にネット上の風説であるかのようになっていた可能性がある。

 
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# by ruhiginoue | 2017-05-12 17:55 | 司法 | Comments(1)
 デビッドリンチが監督引退を表明したそうだ。彼の映画はみんな映画館で観たけど『デューン砂の惑星』だけ退屈だった。これはベストセラーの映画化だけど雇われ監督だったからだろう。

 引退表明といえばアランドロンも引退を表明したそうだ。二枚目(これはほんらい歌舞伎の言葉だが)の代表みたいに言われ、日本ではかつて喩え話に使われていた。(この場合は「例え」か)
 七十年代の後半、スナック菓子の宣伝で水谷豊が「あなたのライバルは」と訊かれ「アランドロンかなー」と惚けて言うCМが話題になったことがあるし、歌謡曲では榊原郁恵が「アランドロンとアルパチーノを足したより貴方がいい」という意味の題と内容の歌を唄っていた。
 この一方でドリフターズの番組でピンクレディーが唄う主題の中に「ドロンに痺れるお兄さん、遅れた人だと言われるよ。二枚目なんかじゃモテないよ。個性の時代なのを知らないのか」とのくだりがあり、人気絶頂を過ぎていることが歌詞に反映していた。

 さらに後、アランドロンの代表作とも言われる『太陽がいっぱい』についてルネクレマン監督は、アランドロンを起用したわけをインタビューで訊かれると「映画会社が、これから売り出すから使えと言ったからだ」という答え。よくあることではあるが、つづけて「それでも真面目にやれば文句ないが、役作りや演技がいいかげんで、海にロケに行けば遊んでばかりいて撮影に支障を来すくらい日焼けしやがって…」などと頭にきた思い出ばかり話していた。

 そんなアランドロンだけでなく、二枚目だけとバカというのはよくある話で、アメリカにも「バカプリオ」と言われる人などがいる。
 そしてドロンはモテるから、かなり歳になってから年下の女性と結婚したり、子供が複数いるけど母親は別とか、いろいろあって、そういう人が解りもしない政治の話をすれば安易に国士を気取るものだが、ドロンはよく「私は右翼だ」と言って、それらしい発言をしては薄っぺらだった。
 これとよく比較されたのがイヴモンタンで、モンタンは左翼っぽかったが父親がパルチザンだった影響で素養があったから、ことさら言わなくても中身があったということらしい。

 そして今回の大統領選挙でもやはりドロンはルペンを支持していた。 
 しかし、当選したマクロンも大同小異ではないか。それでこき下ろすならルペンのほうがやりやすかった。前はサルコジ大統領を猿乞食と言っていたが、次はルンペン大統領と言いたいところだった。ところが今度はマカロンを連想する。これだと人によっては美味しそうに感じる。前に銀座の専門店で買って食べたときはそんな美味しいとは思わなかったが。

 ところが、そんなマクロン大統領について、24歳年上の女性と結婚しているとかくだらない話ばかりマスコミは騒いで、政治がちゃんと語られていない。
 前にミッテラン大統領は、妻との間以外に子供がいて「隠し子」と報じられたが、それについてテレビのインタビューで「ええ、娘がいます。だから?」それで終わり。今度の大統領もそうだ。年上で教師だった人と結婚しているというけど、だから何なのか。政策とは全然関係がない。

 これだからドロンのことばかり言えない。マクロンはルペンほど右派ではないが、戦争をしかける恐れはむしろ強い。トランプよりヒラリーが危ないと言われたように。こういう話をしないで私生活の話ばかりしてウケると思っているマスコミは、市民をバカにしている。

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# by ruhiginoue | 2017-05-11 17:42 | 映画 | Comments(4)
 読売新聞に掲載された安倍総理の発言が問題になっている。これは自民党で議論されていたことではない勝手な内容であるという指摘が党内から出ているし、総理大臣の立場からは発言を控えるべきことでもあるから、その点では与野党どちらからも批判されている。
 そこで、官房副長官が、あの発言は自民党総裁としての個人的発言であったはずだという、訂正するような発言があった。これを追認するように安倍総理自身も、自民党総裁としての発言だと国会で答弁していた。
 しかし新聞には「首相インタビュー」と大見出しで、記事の文中も首相の発言という扱いであった。だから、これを国会でも詰問されていた。

 このように、なんの肩書や地位で行った発言か問題になるのは当然だが、さらに安倍総理は国会で質問されると、すでに話したことだからと答弁を拒み、それが載っている読売新聞を読めと言ったので、いい加減な態度だとか国会軽視だとか言って議員たちが怒り、仕切っている委員長も総理は「不適切」と指摘した。
 これが自民党総裁として党機関紙で発言するか、NHKで発表するか、あるいは記者会見でのことだったのなら、周知のとおりだとまだ言い得たが、その発言は一新聞であり、しかも論文を書いて掲載されたというのではなくインタビューである。インタビューは、インタビューした側が知りたいことを尋ねたのであり、これを発表すれば発表した側の見解である。

 だから、そのインタビューを前提にして改めて質問するということがある。それなのに、もうインタビューで言ったというのは間違いである。
 これを安倍総理はわかっていない。だから、前によくテレビのインタビューで、インタビューアーを無視して勝手にカメラ目線で話していたのだ。映像のあるインタビューでは、インタビューアーが映っていなくてもインタビューアーに対して話しているように撮り、目線は常にインタビューアーに向けてカメラに向けないようにするものだ。
 これと同じことで、新聞に載ったのが論文ではなくインタビューなのだから、「論文を読んでくれ」ならともかく「もうインタビューで言った」ではダメなのだ。

 どうも安倍総理は、人に伝えるということが解っていないようだ。

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# by ruhiginoue | 2017-05-10 17:39 | 政治 | Comments(4)
 報道によると、汗ばむ陽気となった6日、葛飾区の「郷土と天文の博物館」前の田んぼで、1年を通じて稲作を学ぶ同館の講座の一環の田植えがあり、親子連れなど約40人が参加、農村体験活動などをしているNPO「古瀬の自然と文化を守る会」(茨城県)のメンバーの指導で、子どもたちは「泥で足が動かないよ、助けて」と悲鳴を上げながらも、田んぼ2枚(約110平方メートル)の田植えを1時間半ほどで終えた。

 こういうの、どうなんだろうか。これはいちおう親子で自由参加なのだろうが、気が進まないのにやらされる子供は必ずいるものだ。
 かつて自分も小学五年の時、学校で強制された。身体が丈夫でないのに無理にやらされた子たちはつらそうにしながら我慢していた。今でいう「ブラック部活」と同じシゴキ感覚が、学校側にはあった。
 それを「米作りの大変さを身をもって知る必要がある」と教師は言うので、なんか中国の文化大革命の「下放」みたいだと言ったら、担任の女性教師に殴られてしまった。だから嫌な思い出だ。
 この程度のことは小学生でも五~六年生になれば普通に言う。よく運動会でマスゲームみたいなことをやらされるが「北朝鮮じゃあるまいし」とか言っていた。

 あと、ご飯を食べるなら作り方や作る大変さを知っておくべきだという、いちおうもっともな説明を教師がしても、ならコメなんて食べなくていいという子供が大勢いた。稲作は農作業の中でも特に大変な作業である。そんなことやめて他のものを食べたほうがいいのではないか。いや、もうすでにコメなんて好きじゃないからほとんど食べてないという人も、かなりいた。
 あと、左寄りな人の中には、天皇が労働とは程遠い儀式で田植えをしているのに頭にきてコメをボイコットしている人がいる。そもそも日本に貧富の差と重労働をもたらした稲作など否定し「瑞穂の国」であることをやめようというのだ。
 これは左翼だけでなく自民党など保守にも多いらしい。だからアメリカでさえトランプ大統領が拒否したTPPを促進し、日本の農業を壊滅させようとしているわけだ。

 かつて「平成の米騒動」があった。90年代は天候不順により農作物の不出来で、北朝鮮は食糧難になっていたが、日本でもコメが足りなくなっていた。この当時に若い世代の人たちは、親の世代が無理して高いコメを手に入れて大喜びしていたのに唖然としていた。
 そして、せっかく苦労して手に入れたのだから自分で全部食べればいいと親に言う一方で、おかげでコメから解放されたと大喜びで他のものを食べていた。毎日パンやラーメンで嬉しいという同級生がいたし、自分の記憶でもあの当時はパスタばかり食べていて満足していた。

 だから、なにも苦労してコメを作ることないと考える人は、今ではもっと多いのではないか。コメを一切食べなくてもいいという人はもちろん、好きじゃないからなるべく食べたくないと言う人も少なくないはずだから。
 あの「むのたけじ」という100歳で死んだ紛い物の元朝日記者は、筑紫哲也の番組で農産物自由化に反対して「稲作が輸入されて日本人は長生きできるようになった。稲作を否定することは育ての親を侮辱することだ」と言っていたが、虐待し続けた親など否定して当たり前だと思った人は大勢いて、自分もそうだった。
 なので、必要とはいえない田んぼ作業を、強制だけはやめてほしいものだ。



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# by ruhiginoue | 2017-05-09 16:13 | 社会 | Comments(5)
 人種や民族への憎悪を叫ぶ「ヘイトデモ」が横行が横行している。汚い言葉の罵声をあげながら堂々と繁華街を練り歩き、これに反対する人たちは警察に制止される。つまり権力の公認であり、政権の意を受けているためだ。
 この中には右翼もいるが、むしろ普通の市民が多い。そして、社会に対して真面目に問題意識をもって運動に参加している。ただ、そういう真面目な人には、そのやり方に疑問を感じて途中で脱退してしまうということが、よくあるという。

 このような運動を広めた桜井こと高田という人の師匠だった西村という人(後に訣別)は、毛沢東の著書を愛読しているという。このことを併せてみると、庶民が政権の意を受けて権力の公認で排外主義的に気勢をあげながら街中を練り歩く様子は、文化大革命での紅衛兵と酷似している。上から指示されたとおりであるが、草の根からの愛国的保守運動ということだ。

 だから、このヘイトには中国も対象となっているけれど、実は昔の中国であったことの輸入と焼き直しのようなものである。
 もちろん、この種の運動ではなくても、同じ感覚で叫んだり喚いたりしている人たちは、よく見かける。中には、勝手に騒いでいる「エア御用」と呼ばれる人たちもいる。だから、けっこう普遍性がある感覚なのかもしれない。少なくとも東洋的な発想に基づいていることは確かだろう。



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# by ruhiginoue | 2017-05-08 17:30 | 社会 | Comments(2)
 アメリカのニューヨークタイムズ紙は、この5月3日に、電子版の有料購読者数が今年1月からの3カ月間で30万8千件増えて191万件に達したことを表明した。2011年に電子版を有料化してから四半期では最大の伸びで、前年の3月末と比べると1年間で75万5千件65%の増加となったという。
 このニューヨークタイムズ電子版の購読料4割増収は、トランプ政権批判が支持された結果とみられている。

 これを日本の朝日新聞が報じたところ、「他所のことを記事にするより手前がやれ」と朝日新聞を批判するツイートをよく見たが、これは記事の読み違いである。そう批判できるのは、それがニューヨークタイムズなど外国の新聞ではなく日本国内の新聞だった場合である。
 このニューヨークタイムズについての朝日新聞の記事は、外国と違って日本では政権批判なんて無理だという諦観を表明したものだ。
 それなのに、朝日新聞に頑張れとけしかけるのは無責任である。どんなことでも自分でやらずに他者に言うのは簡単だし、それで応援するならともかく、だいたいの人は何もしない。

 そもそも日本では無理なことだ。相手が強くても勇気をもって批判する者を応援する文化は、日本に存在しない。モノ申した者が迫害されると権力に便乗して一緒に叩くか、見て嘲笑うか。それが日本の伝統的思考と行動である。
 その、ニューヨークタイムズが増益を発表した5月3日は朝日新聞阪神支局事件から30周年だが、これに「ゴミ記者を銃で処分した記念日めでたい」などネトウヨなどが異常者ぶりを発揮しているけれど、右翼はもちろん左翼とか人権派を自称してる連中でも、この話をしながら「ケッ、ケッ、ケッ」とか嫌らしく笑っている。そういう様子をことあるごとに何度も見てきた。

 これはただ日本人の習性で、他人のことだと残酷が快く不幸が楽しいのだ。だから強者に媚び弱者を虐げ、これに異を唱える者は生意気だと迫害する。このため、臆病者や卑怯者であることを潔しとしない者は、日本が嫌いだということになってしまう。是々非々というだけで「反日」と言い出す人たちがいるのも、この構造によっている。
 これをはっきりと認識して物事に当たるべきである。



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# by ruhiginoue | 2017-05-07 11:31 | 社会 | Comments(4)
 ロシアの日本語サイト「スプートニク」が、日本向けにアンケートをしており、安倍総理の主張する憲法改正についてどう思うかというものだが、選択肢が次のようになっている。
 1その内容が良いので賛成 2その内容が悪いから反対 3その内容では無意味だから反対 4憲法を読んだことが無いので何とも言えない

 これに、安倍総理が正直に回答したら、絶対に4だろう。冗談や皮肉ではなく。
 このうち3の意味がないというものは、自民党からも指摘が出ている。安倍総理は、2項まである憲法9条に3項を付け加えて自衛隊の存在を明記するという。そうなると、2項とどう整合性をとるのか、これまで日本政府は前の二つの項に反しないように限定しているから自衛隊は合憲であるとしてきたが、それは嘘だったということなのか、という問題が発生する。
 すると安倍総理は、合憲だけど違憲の疑いを持たれるので持たれないようにすると言った。こんな無茶苦茶を言うし、他のことでも前に行政府と立法府を間違えたりしたのだから、憲法を読んだことが無いこと確実だ。

 ほんとうの意味で憲法を改正したいのなら、例えば、軍事力保持を明記し、ただし自衛に徹しなければならないとし、そのために、どこの国とも、いかなる内容でも、軍事同盟を締結しない、という趣旨にして、安保条約は破棄、米軍基地撤去、というのはどうかと提案するなら、賛否とは別に議論や国民投票する意義があるだろう。
 それでアメリカをはじめ諸外国がどう反応するか、軍事費がよけいにかからないか、などの心配もある。
 しかし真の独立というなら外交も成功させるべきで、その自信が無ければ諦めたほうがいい。それに軍事費が増えても、その一方では、オスプレイに象徴される無用なものを在庫処分で割高値段で売りつけられることも、「思いやり予算」で米軍司令官の奥さんの化粧品代まで日本国民の税金で負担させられる卑屈なことも、沖縄の観光資源破壊も、横田のように首都の真ん中に外国軍基地がある屈辱も、厚木基地のすさまじい騒音も、米兵による暴行事件も、みんな無くなる。
 さて、どちらを選ぼうか。

 こういう現実の問題を解決する具体的な劇的変化のために議論をして、国民投票にかけるというなら、その手間暇費用は、結果がどちらであっても無駄ではない。
 ところが、安倍総理はただ条文を変えたいだけ。虚しい実績が欲しいだけで中身が無い。こんなことにつきあわされるなんて御免と思う人も多いはずだが、安倍総理と同じ頭の程度の日本国民も少なくないので、困ったものである。
 もう日本お終いということだ。
 


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# by ruhiginoue | 2017-05-06 15:07 | 国際 | Comments(2)