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by ruhiginoue
 無痛分娩で妊婦が死亡したことが報じられている。無痛分娩と陣痛促進剤の事故は昔から話題になっていて、被害者の会まである。

 これでよく問題になったのは、産婦人科で陣痛促進剤を使っていたのが母体のためじゃなく病院の都合で、土日祝日と連休や盆暮れの出産を避けようというだけだったのではないかということがしばしば見受けられたからだ。

 それらの中に、病院の院長が看護師ら他の従業員たちとゴルフに行く予定だったから、無理に出産を早めようとして陣痛促進剤を使用し、この結果、産まれた赤ん坊は重い障害を抱えてしまったという事件があった。
 このため裁判になり、医師の不適切が原因であることが判明したため賠償金の請求が認められたのだった。

 この事件は知る人ぞ知るだが、その後の話はあまり知られていない。その母親の訴訟代理人は当方の防衛医大の裁判でも代理人をした弁護士であり、裁判の結果を受けて院長が母親に謝罪した時も立ち会っていたそうだ。
 その話によると、年配の病院長が「大変でしょうが、その子をしっかり育ててください」と言ったら、若い母親は「あなたに言われなくても、この子はしっかり育てます。あなたこそ、大変でしょうが、しっかりした医師になってください」と言い、毅然とした態度だったそうだ。
 これに弁護士は、若い女性が母親になるとしっかりするものだなと感動したという。ここが、女性より男性は決定的に劣るところだろう。




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# by ruhiginoue | 2017-06-30 20:58 | 社会 | Comments(2)
 日本医師会が、医療ミス等を繰り返す医師27人に指導・勧告したと報道されている。よく、患者が医師の治療や対応に好感をもったり信頼したりで通院するようになると、常連客のような感じで「リピーター」と言うが、それとは逆というか同じ誤りを懲りず反省せずに繰り返す「リピーター医師」と呼ばれる者たちが一部に居る。

 これに対して、医師会というと同業者を庇ってばかりいるということで弁護士会とともに悪名高いが、しかしさすがに同じ誤りを繰り返せば見かねた医師会が指導や勧告をするということだ。

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 ところが、昔から、リピーター医師に対して医師会が、研修を受けるようにと大学院などを紹介までして、それが済むまでその分野に手を出すことを控えるよう忠告しても、同じ誤りを繰り返す医師には頑として聞き容れない者がよくいて、専門家たちからいくら指摘されても自分は正しいと言い張って同じことを繰り返すそうなので、リピーター医師とは個人の性格に起因するもののようだと昔から言われていた。

 そういえば、拙書『防衛医大...』でも述べたとおり、問題になった手術について大学病院の上司が、自分なら絶対にやらないし、選択肢に含めない、と明言し、また東大医学部教授で学会の理事をしている専門医から不適切であると指摘を受けても、執刀医は法廷で、自分こそ日本の第一人者であり、この手術がベストであると強弁していた。

 そして敗訴して防衛医大が控訴せず判決を受け入れるという異例の結果となったのち、その防衛医大講師は退職して開業し、美容外科ブームになったら美容診療所を開業し、そのあと在宅医療が厚遇されて俄かに始める医師が問題になり厚生労働省が対応に乗り出したという時期に、その俄かに始める医師の一人となり、大橋巨泉氏が被害に遭ったと遺族が述べたことで週刊誌からNHKまでが取り上げたということだった。
 その報道によると、患者の命を軽視して心無い言葉を言い放つなどが相変わらずなのでむしろ納得してしまうというものだった。

 こういうことには、医師の性格という個人的資質が影響大である。


【ここですでに取り上げた大橋氏の件は、このブログの左下にある検索欄に「大橋巨泉」とキーワードを入力すると出て来る】




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# by ruhiginoue | 2017-06-29 22:14 | 社会 | Comments(5)
 奈良市の地裁で27日に判決の言い渡しがあったさい、地裁の葛城支部と勘違いした被告側の弁護士が遅刻してしまい、このため開廷が約2時間遅れたそうだ。
 この言い渡された判決は無罪で、その弁護士はマスコミの取材に「せっかく無罪を勝ち取ったのに、場所を間違えてしまい、恥ずかしい。関係者に申し訳ない」と釈明したということだ。

 この日、開廷時間の午後1時10分になっても弁護士が来ず、間違えて同支部に行ったことがわかり、裁判官が午後3時からに変更した。延期を告げられた男性被告は「弁護士が間違えるんですか。そんなことでいいんですか」と不服そうに述べたらしい。
 この被告は奈良県天理市内の男性(79)で、カラオケ店の女性経営者に約1週間のけがを負わせたとして、傷害罪に問われていたが、判決は「女性の供述には不合理な変遷があり、信用性が乏しい」などとして男性に無罪(求刑・懲役1年2月)を言い渡した。判決について検察は、控訴するかどうかなど「判決内容を精査し、適切に対応する」とのこと。

 これは弁護士が交通機関や健康上の問題が急に発生したのではないのに遅刻したのが珍しいということだろう。原告と被告は間違えることが珍しくないし、あと、時間通りに来たけれど緊張してしまいトイレに駆け込むことがよくある。
 これで前に知り合いに頼まれて傍聴したとき、被告の男性がそうだった。裁判官に限らずエライ人は自分が待たされると怒るが、そこは法曹人ではない不慣れな一般人だから緊張してしまうことを弁護士が裁判長に説得していて、裁判長も了承していた。
 そして遅れて来た被告人の男性は「すみません。気が張って尿意を催してしまいました」と言い、裁判長が「しょうがない」というように頷くと「シッコ猶予ということで」と言った。
 これは意識したダジャレだったのか、そんな余裕が緊張しているのにあるのか、と思っていたが、とにかくこの人は微罪ではあるが有罪となることは諦めていて情状酌量を求めていたところ実際に「執行猶予」付きの判決となった。

 ところで、判決の言い渡しで別の法廷になることはあり、伝言ミスか言い間違えか、当日行ってみたら違ったので遅刻してしまうということは過去にもあった。
 これは他でもない自分にも経験があり、これは拙書『防衛医大…』でも述べたとおり、早めに行ったので聞いていた法廷と違うことがわかってから間に合ったが、弁護士は間に合わず、勝訴だったので「だったら聞きたかったな」と弁護士は残念がっていた。

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# by ruhiginoue | 2017-06-28 15:45 | 司法 | Comments(2)
 いまドイツに関する本を連続して読んでいるが、その中に、かつてドイツではナチスが高支持率の一方で増大する軍事費のため税金と社会制度の掛け金が値上げされ国民が苦しみ出す、という話が出てくる。そして無関心だった人からナチスを支持していた人にまで疑問が発生するのだが、その時ナチスは反対を取り締まり弾圧する体制を整えていた、ということで、今の日本もそうだろう。

 だから選挙で共産党の候補者が「憲法九条を守る」と街宣やポスターで謳っているのを見かけて思ったのだが、それだけでは観念的で具体性が無いし、自衛隊を海外に出す危険という話はしているけれど身近さが乏しいのだから、軍拡による高負担が庶民にのしかかってくる恐怖も訴えるべきだろう。

 ところで、ドイツのコール元首相が死去したという報道が先日あった。ドイツ統一(正確には再統一)の立役者という報道しかされていなかったが、この人が中心になって行われたドイツ統一は、その後の世界に多大な害毒を垂れ流したので、実は今の世界の混乱の「戦犯」の一人と言っていい。

 この人の所属する旧西独の政党「キリスト教民主同盟」は、宗教界との関わりがあったのではなく、ただヨーロッパ共通の伝統的価値観という意味でキリスト教を名乗っていただけで、すなわち保守派ということであり、これと同じ名前の政党は旧東独にもあった。
 そして西側の党が東側の党を抱き込んで、西が東を併合する形で統一するという公約を掲げて選挙をしたのだが、統一したら東西の貨幣を等価交換するという条件であり、これだと西に比べて安い東のドイツマルクは突然価値が何倍にもなるわけだから、実質的には有権者の買収であった。そして選挙で圧勝する。

 その後は倒産と失業で混乱が起きるのだが、そこまで見通すより金の力に負ける人が多かった。そういう有権者だけが負けたのではなく、東側で権力から迫害されながら人権や自由のために運動してきた人たちと、その支援をしていたキリスト教会(政党名に掲げただけの保守派ではない本当の聖職者たち)の推す勢力は惨敗した。

 これは世界中に影響し、自由とか人権とか民主とかいうけど要するに金だという風潮が世界中に定着してしまい、進歩的な勢力は無力感に陥り、欧米の資本主義は無条件に正しいので世界中に介入して金任せでも武力任せでもやりたい放題ということにエスカレートしたのだった。
 つまり今の世界中にあるもめごとの原因の、少なくともそのうちの一つであるのだが、そういうことをマスメディはろくに追及していないのでイライラさせられる。



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# by ruhiginoue | 2017-06-27 15:38 | 国際 | Comments(2)
 最近、分断国家と呼ばれた国についての本を読んで感じたが、ベトナムとドイツは共通していても朝鮮半島は違うということだ。ベトナムの南北は北が南を併合して統一したが、もともと南は傀儡政権だったので国としての体裁だけだったし、ドイツの東西は西が東を併合して統一したが、もともと東は連合国の分割占領が統一されたことから取り残された地域が後から国の体裁を整えたものだった。
 これらとは違い、朝鮮半島はもともと二つの国として成立しているので、片方が優勢となったり逆転したりということはあったけれど、どちらか片方があまり国ではないというベトナムとドイツの分断とは明らかにことなっていて、だから朝鮮半島にはまだ二国が存在しているのだろう。

 ところで、その二国の略称は、南が「大韓民国」で、北が「朝鮮民主主義人民共和国」であり、略称として「韓国」と「北朝鮮」というのが最もポピュラーだ。
 しかし日本が「北朝鮮」と言ったことに対し同国の外交官が「ジャパン」を「ジャップ」というように省略することで蔑称にしていると非難したことがある。ただ同国の人は略して言う場合だいたい「朝鮮」か「共和国」である。日本側は地域を言っただけだと反論したけれど、たしかに蔑称ならもっと省略して「北鮮」と「南鮮」と言う。
 これは英語では「ノースコリア」と「サウスコリア」だから、「北朝鮮」「南朝鮮」と書くこともあり、「高麗」ともいうが語源であり、この言い方を嫌う人もいるそうだ。
 どちらにしても国ではなく地域を言うだけである。

 だから、米国を近隣国と区別して北アメリカ大陸にあって「アメリカ」を国名に付けている連邦ということで「北米合州国」というのと同じように、自称の「大」と「民主主義人民」を取り、南が「韓民族の国」という意味の国名にしているから「南韓民国」、北は「朝鮮半島の国」という意味の国名なので「北朝鮮共和国」というのが外国から呼ぶさいには正確であり、この略称を「韓国」と「朝鮮国」にするのが適切ではないかと思うのだが、どうだろうか。



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# by ruhiginoue | 2017-06-26 16:36 | 国際 | Comments(3)
 矢口洪一元最高裁長官は「22歳で裁判官になれるって、やはりおかしい。大学出て司法研修所に1年行っただけで,世間のことがわかるわけがない」と発言し、40歳以上の社会経験のある人から裁判官を選ぶべきであると主張しているが、そんなことが最高裁長官までやってようやくわかったことなのかという疑問というか呆れというかの声があり、また、外国の例を見ると弁護士として働いた経験のある人が裁判官になるのだが、日本では裁判官もキャリア制度で、辞めてから弁護士になる「法曹逆一元化」だから、世間知らずの裁判官が荒唐無稽な事実認定をするなどの問題を、とっくに指摘されてきた。
 それに、裁判官は専門知識があればよいから、一般常識は裁判員が受け持ち、これを拡充するべきという意見もある。専門知識があればいいわけではないが、社会経験があればいいわけでもなく、例えば大阪では校長先生を社会経験のある人から登用させたら滅茶苦茶になり、しょせん「維新」の連中が関わっていたからだという批判がいっぱいである。

 そういえば、映画『評決』に描かれる裁判で、主人公の弁護士に反感をもつ裁判官が不公正な訴訟指揮をするけれど、この裁判官は「私だって弁護士の経験がある」と言う。これに主人公が「それは腐敗した連中相手の交渉役じゃないか。今も相変わらずだ」と詰め寄るけど、これに日本では輪をかけようになるだろう。法曹一元化をしたところで、辞め判・辞め検に代わって、政治家や大企業の顧問弁護士から転じた裁判官が幅を利かせるようになることは火を見るより明らかだ。

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 ところで、この映画『評決』は、少年時代に新宿の映画館で観たが、この当時よく一緒に映画を観に行った同級生は、興味が無いと言った。彼は、その前の時期に公開された洋画で話題になった『黄昏』『レッズ』『炎のランナー』などのアカデミー賞作品にもまったく興味がなく、当時の公開で観に行ったのは『ET』『遊星からの物体X』『ランボー』などで、アクションとSFの他はアニメしか観ない人だった。「だからお前はガキなんだ。彼女もできないんだ」と声に出さずに呟いたが、大人になっても同じだったから、趣味の問題だったのだろう。
 しかしこの当時、まさか将来自分で医療裁判をやるとは想像もできなかった。SFが現実になることより想像できなかった。

 ただ、『評決』を観た当時、結末に呆気に取られて理解できなかった。『12人の怒れる男』をテレビで見て面白かったので、同じ監督が陪審員をテーマにした映画を撮ったということで興味をもって観ることにした。ところが、『12人』で陪審員たちは、被告人の人種がマイノリティである偏見を排し証拠と証言について論理的に検証して無罪の評決をする過程がスリリングだったのに、『評決』では決定的な証言を裁判官が否定したのに対し陪審員たちは原告の訴えを相当と認めるので、呆気にとられたのだった。

 これと同じ印象をもった人は日本には多かったようだ。あのときポールニューマンふんする弁護士は、最終弁論で陪審員たちに「あなたたちが法であり、正義を実行する稀な機会です」と訴えるだけだから、まるで、情調に訴えたから逆転勝ちしたと誤解してしまいそうだ。実際にそう思ってしまった人たちが大勢いて、ネット上にもそういう意見がいっぱいある。

 しかし、情調に訴えて勝てるなら、『12人』を否定することになる。この被告人はマイノリティだが、これで思い出す米映画は『アラバマ物語』である。グレゴリーペックがアカデミー賞の熱演をした弁護士は、人種差別がもっとも強い時期の南部で、周囲の偏見にも関わらず黒人の被告人を熱心に弁護するが、白人ばかりの陪審員たちは有罪にしてしまう。法廷ではどう見てみても彼の勝ちだったし、白人女性が暴行を受けて負傷したのは父親のDVとしか考えられないのだが。しかも、それを傍聴人たちの前で暴かれて恥をさらした父親から主人公は逆恨みされてしまう。

 このように、『評決』の陪審員たちは証拠と論より情緒に流されたのだろうか。もちろん違う。
 よく映画を観ていると、裁判官が証言を排除しろと言ったのは、証人が証言を裏付ける物的証拠としてカルテのコピーを取っていたが、コピーは改ざんできるので証拠採用しなかった判例があるからだった。
 これに主人公は異議を申し立てて例外を求める。裁判官は異議を考慮するとしか言わず事実上の無視なのだが、これに陪審員が合わせないといけないのではない。また、物的証拠がなくても証言が内容的に周囲の客観的事実と符合していれば信用できるし、そもそもどうしてコピーを取っていたのかというと、その証言をした看護師は事故があった時に担当医の圧力でカルテの改ざんをさせられ、後から問題になるかもしれないと思ったからで、なにも無いのにコピーを取っておこうとするわけがない。
 しかも、専門的見地からは、そのような事故がなんの原因もなく起きるとは考えられず、そうなると、予想外の出来事だったという弁解は責任逃れのために言っているとしか思えなかった、という前提がある。
 さらに、看護師の女性の名を聴いた途端に、被告席の医師らは驚き一瞬狼狽していたし、その看護師は証言しながら、職を追われたことを涙ぐんで話した。これらの様子を陪審員たちは目撃している。これに対して、いくら判例を盾にして証言を排除しようとしても、無駄であろう。
 だから主人公の補佐をしている先輩の弁護士は「証言の効果は変わらないよ」と言うのだ。

 これらをちゃんと見て意味を理解できていないと、情緒に訴えたようにしか感じないだろう。
 そして特に肝要なのは、陪審員とは何かということだ。あの裁判官の横暴な態度と個人的感情に基づく偏向した訴訟指揮ぶりは、陪審員たちが直接目撃していて、それに反感も覚えているだろう。だから、官僚の独裁にならないよう市民がチェックするために陪審員がいるということである以上、裁判官の指示を無視して反対の判断をすることは当然である。
 この認識を日本では多くの人がもっていない。陪審員制度が無くなって久しく、今は裁判員制度があるけれど、これも陪審員と違って裁判官を補佐するものでしかない。このため、映画『評決』をちゃんと理解できない日本人が大勢いるのだ。



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# by ruhiginoue | 2017-06-25 16:25 | 映画 | Comments(1)
 あの籠池氏がダミーの札束を見せて話題だが、大金を持ち歩くと危険なのは、今は亡き城南電機の宮地社長が有名であった。安売りするには先ず仕入れを安くするもので、大きな量販店が薄利多売をするにしても先ずは大量に発注し累進リベートで仕入代金を安くするものだが、これに小さな店が対抗するには仕入れるさいに買い叩くしかなく、これにもっとも効果的なのは現金払いしかも即金というわけで、宮地社長は多額の現金を持ち歩いていることを公言し、それを宣伝にしていたが、このためたびたび強盗に遭い、新聞の社会面に記事が載ると「城南電機宮地社長また強盗に襲われる」の見出しだった。

 この累進リベートだが、かつてやっていた仕事で、倉庫からの誤発送で量販店むけの荷物が別の個人経営の店に届いてしまい、引き取りに行ったことがあるのだが、そのとき商品と一緒に入っていた納品書を見た店の主が、単価が極端に違うと苦情を言ってきた。なんでうちには高く売るのかと言うのだ。大量に購入する代わりに値引きするのはよくあるうえ、大量になるほど値引きするだけでなく値引き率も上げるということを知らなかった。
 こういう経営者もいるので、取引価格を秘密にすることもないはずなのに隠さないといけなかった。倉庫の責任者はすみませんの一言で済むと思っていたが、営業に出て外交する者としては迷惑千万だった。 
 そんな思い出がある。だから書店は委託販売なので気苦労がない分だけはありがたい。

 ところで、籠池氏が警戒していたのは強盗ではなく警官の所持品検査だと言う。政治家それも総理大臣のところへ行くとなると警備がある。それに用心していたということだった。
 これを理解できない人も一部にいるだろうが、たしかに心配なことである。
 かつて自分でも、前に官庁街に行ったときのことだが、外国から要人が来日していてその警備で警官から所持品検査された経験があるけど、それが真面目な若い警官だったから心配なかったが、そうでなかったら貴重品を取られてしまい、警察に訴えても身内のことだから取り合ってもらえず、下手をすれば逆に警察を貶めたと逮捕されてしまうこともありうるし、裁判に訴えても証拠が無いとか色々と難癖をつけられてしまうだろう。
 こういうことは過去に実例もあった。だから強盗やスリよりむしろ怖い。

 もちろん、貴重品とか現金を官庁街で持ち歩くことはまずないし、もし持ち歩いていて、さらに不良警官に出くわす、という二重の不運の場合だろうが、籠池氏の場合は総理のところへ現金を持って行くうえ「国策捜査」までされている身の上だから、警戒しなければならなかったのだろう。

籠池氏の札束 に対する画像結果




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# by ruhiginoue | 2017-06-24 19:53 | 社会 | Comments(3)
 動画サイトにピアノを弾いているのを投稿したことがあって、これは観た方もいるが、他に楽器の演奏というと沖縄に行ったとき見様見真似で三線を弾いているのがあり、こちらは投稿していない。一緒にいた観光客がデジカメで録画して後でメールで動画ファイルにして送ってくれた(便利になったなあ)もので、上手くないのだが曲目でウケていたということでくだらないからだ。島倉千代子の『沖縄音頭』とか『ゴジラ対メカゴジラ』の「キングシーサーの歌」とか、そして「変なおじさん」も、まさに変なノリでオリオンビール飲んだ勢いでやっていた。
 これは、本当の蛇の皮が貼ってある「蛇味線」ではない簡素なものが、観光客に向けてご自由に使ってと置いてあるところがあるからだ。

 その時、舟で離れ小島にいくつか行ったが、その中のある島で、泊まった民宿のレンタサイクルの料金を、島を回って戻ってきて払うさい、時間貸しなので「何時から何時まで、ですね」と言ったら、そこの民宿を切り盛りしている女性が、「いや、何時間だよ」と多く言って、料金を高くした。このときの調子が強硬だった。船着き場との往復を自家用車を運転して送ってくれたりするときは大変に親切な人だが、お金のことになるとやけに押しが強いので、かなり驚いた。

 これについて、その翌々年に沖縄から東京に来た那覇に住む女性に話したら「ああ、あの島の人たちはそうだよ。山賊の子孫だからね」と言った。小島をアジトにしている山賊など昔いたけれど、その一種だということだ。
 それで思い出したのは、本多勝一記者の『アラビア遊牧民』に出てきた挿話だ。アラブ人たちが実に親切で、ベトウイン人たちは慎み深く気高かったが、遊牧民たちが本性を現すと、やはり昔から世界的に知られる砂漠の山賊の気質なのか、ヤラズボッタクリが当たり前という態度を取られたということだ。

 それはともかく、沖縄へ行ったときは観光もしたが社会科見学などもしてきたし、そういう話は既にここで何度もしているから、今日の「沖縄慰霊の日」については、今も変わらない思いである。


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# by ruhiginoue | 2017-06-23 17:53 | 社会 | Comments(5)
 おそらく官邸の陰謀だろうといわれている前川元次官を貶める記事のため、読売新聞に「まるで三流週刊誌のような内容だ」という苦情が寄せられ、怒って購読を中止するという長年の読者までいるということが報じられている。

 ところで、先日は新聞の盛んな英国の事情について触れたが、そのさい読売新聞は英国だとデイリーテレグラフ紙に該当すると述べた。同紙は英国の一般紙でもっとも発行部数が多く、他の一般紙でクオリティペーパー(高級紙)として分類されているザ・タイムズとガーディアンの両紙に比べると娯楽性がやや強く、日本で言うところの三面記事を重視し、論説は保守的だから選挙で保守党に投票する読者が多い、ということだ。

 ここに掲載している画像は英国のアニメ映画『風が吹くとき』(原作は82年、映画は86年の発表)の冒頭の場面だが、実写動画からはじまり、それについて報じる新聞を主人公のジムが読んでいる場面へとつなげて本篇であるアニメになる。
 ここでデビッドボウイの主題歌が流れている。『スノーマン』のアニメ化でデビッドボウイがナレーションを担当しているが、原作者が同じである。

 さて、『風が吹くとき』でジムが読んでいるのがザ・タイムズで、右隣にはデイリーテレグラフがあり、左隣にはファイナンシャルタイムズがある。ファイナンシャルタイムズはその名の通り経済紙で、英語で発行している新聞としては世界一の部数だが、英国以外での発行が多い。
 そして英国で発行部数が最も多いのはザ・サンで、これは大衆紙とかゴシップ紙とか言われていて、品の悪いい記事を売りにしているから日本では東スポのようなものだが、下ネタなど男性むけ記事が多いので、芸能やスキャンダルを好む女性は他の大衆紙を読んだりもする。

 この映画『風が吹くとき』で、ジムは硬い記事を熱心だが少し背伸びしたような感じで読んでいる。彼は労働階級である。この話は同じ作者の他の続編というかスピンオフ作品というかの内容で、前の話でジムは刑務所に入ったことがあり、妻に見送られながら護送されていく最後のほうがむしろ悲しい。

 この妻ヒルダは、後の会話でゴシップ紙しか読まないと言っている。だから夫のほうが少し博識であることが話す内容からわかる。
 それにしても、ラジオで戦争になりそうだと報じられているのを聴くとヒルダは「またドイツが攻めてくるんですか」と言う。「今度はロシアだよ」とジムが言うと「スターリンさんは感じの良い人だけど。お鬚が」という調子だ。

 そして、核攻撃で汚染が浸透してくると、田舎暮らしの二人は、お上が指示したとおりの荒唐無稽な対策をとり、政府を信じたまま衰弱して死んでゆく。
 この最後を今の日本は笑っていられない。北朝鮮がミサイル発射実験をしたら、標的となる米軍基地の近くでもないところで、従順な田舎の人たちは、雷対策と同じようにしゃがんだり伏せたりして頭を抱えることを、指図されたまま唯々諾々と従ってやっていた。

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# by ruhiginoue | 2017-06-22 15:57 | 映画 | Comments(0)
 先日、ツイートしたその日はフォロワーら数人がリツイートしただけだったのが、次の日になって有田芳生議員にリツイートされたら途端にリツイートが1000以上に増えたので、やはり政治家はフォロワーが多いのだと認識したが、そのあとネトウヨが湧いて「有田憎けりゃリツイートも憎い」と文句を付けられた。そういう意味で政治家ってのは大変である。

 そのツイートは、稲田朋美防衛相の「グッドルッキング」発言についてだった。だから有田議員も関係するツイートで目についたものをいくつかリツイートのしたのだろう。

 シンガポールでの催しに参加した稲田朋美防衛相が、共に壇上に上がったオーストラリアとフランスの国防大臣に目をやり「私たち3人には共通点がある。みんな女性で、同世代。そして、全員がグッドルッキング!」と言い、これに仏豪の両大臣はこわばったような表情をし、会場で取材していた外国人の記者たちが目を見合わせた。

 この発言は、見てくれ良いのが自分も含めてなので、なんと図々しいと言われたが、冗談だったら一緒にされた人たちにも失礼なことである。
 しかし問題なのは、すでに指摘されているとおり、まず「女性を身体的美の観点から評価する男性目線」を自己内面化すなわち精神的に男性隷従している女性ということであり、「オッサンの見る世界」に同化してしまってる女性ということだ。

 このような女性は一般社会にもいるが、それが政治家であり、大臣の立場で国際的な催しに他国の大臣らと一緒の時に、その認識を開陳してしまったわけだ。容姿の美醜が女性の価値ではないという世界の人権常識がないということであり、そんな人が大臣を務めている日本は、よくて後進国、わるければ未開野蛮国とみなされるだろう。

 だいたい、「美人すぎる議員」なんて日本は言ってるので、欧米から日本は男尊女卑で女性は能力より容姿が評価されると蔑まれるのだし、ロシアはあの美人議員が特に日本ではネット上で騒がれたうえ元総理までファンだと言い出すものだから、彼女の写真を日本向けニュースサイトに積極的に掲載してハートマークをクリックさせ「いいね」がたくさんになり、いかにもロシアが支持されているようにプロバガンダするのだ。

 この問題で、十代の時の体験を基にツイートしたのだった。
 かつてアルバイトで、テレビドラマのロケにその他大勢のエキストラをやったことがある。六本木で外人が集まっている店という場面で、日本にいる外国人を集めていたが、人数が少し足りないので混ざって違和感の少ない外見の日本人も出ていたということだ。
 そのとき、北欧の成人女性と会い、ノルウェーから留学していると言っていたが、肌と髪の色が綺麗だと感動して言ったところ、褒めていても失礼になると注意された。人種的特徴だからデリケートなことだし、まず容姿を褒めて能力や人格は褒めないという皮肉に受け取られるからだ。
 
 これは、わかっている人には説明するまでもないことだが、まず「あなたは美しい」ではなく「あなたの肌と髪の色」なら、美容などの話題の中で必然的に出てきたという場合でもなければ、人種の問題に抵触してしまう。東洋人などが黒髪を美しいと言われてもそうだし、アフリカ系の身体的特徴についても、あのカルピスのマドラーが見られなくなったように、悪気がなくて可愛いということだったとしても、人種的身体的特徴をことさら言うものではないとうのが、いまや世界的常識だろう。

 そして、容姿を褒めることは、芸能人に対してすら悪意の場合がある。歌舞伎で、下手な役者だとヒットしないから食あたりしない野菜に喩えて「大根」と呼び、だが美男子なら客を呼べるので主役に次ぐ「二枚目」の看板に載せるから「大根だが二枚目」というけど、逆に容姿端麗でもっているだけで歌や演技など芸がダメだという意味になる場合もある。
 まして、芸人と違い容姿は全く無関係の仕事だと、褒める意味があるのは能力と誠実さだけである。なのに「グッドルッキング」と言った人がいて、それがなんと呆れたことに大臣なのだ。

 だから、いま話題の「日本会議」など復古主義の勢力が自民党を中心に幅を利かせていることも問題になるのであり、服の物は良いけど着こなしが悪いダテメガネの防衛相だけの問題では済まないのだ。

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 どんなに「グッドルッキング」でも、面と向かって仕事の話の時には言うものではないだろう。



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# by ruhiginoue | 2017-06-21 16:01 | 政治 | Comments(5)