井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで。下記の拙書を購入でご支援をいただけたら助かります。


by ruhiginoue
 なんでもかんでも民営化すればいいという発想の問題を、ここで過日に話題とした。下は『ロボコップ』のオムニ社のロゴ。

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 この民営化を進めている側には、大企業の利益とは別の意図を持つ勢力がある。

 「保育園おちた日本死ね」というblogが、かつて話題になった。政府の標語「働く女性がSHINE(輝く)」をローマ字読みして、少子化の対策もせず日本に「死ね」というようなものだと皮肉ったのだった。
 これまで、保育所もどんどん民営化されていて、これにより保育士の待遇が劣悪になり、離職率は上昇、潜在保育士が増加、現場が疲弊していることが告発されている。
 こうした保育所の民営化は「公設民営化」という点で水道事業の民営化を先取りしたもの。民営化で「いいとこどり」したがる業者が真っ先に削るのは職員の給与である。すると民営化された保育所からベテランが消え、学校を出たての若い保育士やアルバイトばかりになる。
 だいたい、私立保育園の現場の惨状は昔からで、公立にいる経験豊富な保育士と、民間にいる疲れ果てた若い保育士の差は激しい。

 こうした保育所民営化を促進している勢力のひとつが東京地域政党の「生活者ネットワーク」である。
 よく女性の地方議員たちが「民営化した方が安くて良質」とか「自分も母親として」とか言い、従業員の待遇など知ったことではないという態度である。
 だから、地元に議員がいたら、みんなよく注視してみるべきだ。

 これは、もともと生活協同組合の政治部門であるが、次第に右傾化してきて、これが嫌で離脱した者がいたりと先細りである。なぜこうなったのか。
 そもそも「生活者ネットワーク」の「生活者」とは、セレブな消費者という意味だから「安全で美味しい食材」にしても「意識高い系の私たち」という気どりである。
 そして、世田谷区や武蔵野市など、セレブが多い傾向の郊外で勢力があり、国立のように市長与党という自治体もあった。この国立では、知り合いで自民党の支持者が生活者ネットワークに怒っていた。このように自民党が嫌う右派という特色がある。
 その一方、生活者ネットワークは一部に極端な反共産党がいるけれど、これはよくある右派の政治的な「反共」とは異なる特徴があり、公的責任とか従業員の待遇とかを問題にする共産党などは下賤の民の政党だという上から目線の嫌らしいものである。

 このため、同団体の議員らに対して公的責任はどうなのかと問題にしたことがあるけれど、すると「共産党みたいに公立しか知らない貧乏人なんですね。気の毒に私立のすばらしさを知らないのでしょう。なんなら【見るだけ】でもできるように紹介しましょうか」という凄まじい嫌みを直接言われたことがある。
 
 まったく、自分で聞いても、誰から聞いても、彼女たちは非常識にもほどがあるという話で、先細りならサッサと消えて欲しいものだ。



# by ruhiginoue | 2019-01-18 16:50 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 『DAYS JAPAN』の広河隆一を告発した『週刊文春』は「人権派」と大見出しである。
 もちろん、人権派と思われていた人が裏ではトンデモだったという方が印象として強烈である。しかし、それだけでなく「人権派」を全体的に攻撃する意図もあるのだろう。

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 もともと週刊文春は反動メディアだから、いくら有力政治家を失脚させるスクープで「文春砲」と称賛されても本質は変わっていない。
 しかし、『週刊文春』の何人かの記者と会ったことがあり、交換した名刺を何枚か持っているが、その体質はともかく、やはり第一線で活躍するだけに、みんな優秀であり、社会の物事をよく見ていて、その目は節穴ではなかった。

 だから『週刊文春』は、広河隆一なんて偽物であると、とっくに見抜いていたのだろう。
 それで見出しでも「人権派」はカッコ付きである。これは「いわゆる」という意味だから、そう言われているだけということで、そのことが後から発覚したのではなく、前から解っていたという意味のはずだ。

 ところが、広河隆一を本気で人権派と誤解してるバカは相当いる。だから『週刊文春』は広河隆一を人権派ということにしながら女性の敵だと告発し、反動メディアの立場から人権派攻撃に持って行ったと見るべきだ。

 ここでも、前から何度も広河隆一と『DAYS JAPAN』の偽物ぶりは指摘していたし、他にもずっと変だと言っている人達がいることを紹介していた。それくらいだから『週刊文春』なんか気づいて当たり前である。

 そして、気づけないバカとして、ある政党がいい例だという指摘を最近になって受けた。そこに関与していたので身を以て知っているという人の証言である。
 その政党は全体的に頭の悪い人が多く、例えば「護憲」にしても、昔その政党の源流だった党が言っていたので、それをただ引き継いだうえ惰性で主張しているだけだから、憲法など読んだことがない人ばかりで、おそらく読んだところで一行たりとも理解できないだろう。それくらい度し難いデクノボーばかり。
 だから、そんな人たちは社会派っぽければそうだと思い込み、ホンモノかニセモノか判断するなど不可能で、『DAYS JAPAN』のことも具体的な内容ではなく、なんとなく良い雑誌だと信じていた、ということだ。

 これは確かにうなづける話で、この政党の他にも似たようなことは色々とあるはずだ。これを見透かして『週刊文春』はあのような見出しで記事を掲載したのだろう。


# by ruhiginoue | 2019-01-17 14:21 | 社会 | Trackback | Comments(1)
 かつて、中学のころの教師が少林寺拳法の有段者だったので、教わったことがある。少林寺拳法は各地に道場があり、警察や自衛隊でも一般開放した教室を催しているが、段位を獲得するためには四国にある本部へ行く必要がある。
 それで、この先生も四国にはるばる出向いたそうだ。当時は瀬戸大橋が無かったから小柳ルミ子のヒット曲『瀬戸の花嫁』みたいに船に乗って行き、さらに武術家たちが居並ぶ本部に着いたから、まるで『燃えよドラゴン』みたいな感じがしたそうだ。

 どうして少林寺拳法は、四国の本部に行かないと段位を取得できないのか。
 これは統制して分派ができないようにしているためらしい。他の武術だと、例えば極真空手は弟子たちが分裂して派閥争いになり大会も別々に開催しているけれど、こうならないようにして少林寺拳法は上手く行っているようだ。

 これと同様に、日本最古の政党となっている共産党は、分派ができないように腐心してきたから続いていると言える。
 このやり方を中央集権とか統制主義とか言って非難する者がいたけれど、現実を見れば、共産党から離れて別の団体を結成した者たちは皆うまくいかなかったし、他の政党でも社会党が路線対立から党勢が衰退したうえ分裂している。

 そもそも、どんなことでもそれについて特に関心のある人たちが集まってやっているのだから、それがダメだからと別にやったところで、うまくいくはずなど無いのだ。
 それなのに同類を名乗られては迷惑だから、分派ではなく無関係な連中が勝手にやっているだけということにしてしまうのが一番である。

 もちろん、目新しいと注目はされる。
 しかし、一時的である。歌舞伎を批判して新国劇ができて、一時は隆盛を極めたがすぐに衰退して、一番の演目だった国定忠治を最後に廃業し「赤城の山も今宵限り」のセリフでは出演者も観客も泣いていたそうだが、この一方で古いままの歌舞伎は続いている。

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 これは自民党を批判している保守政党も同じことだ。新自由クラブ、新党さきがけ、日本新党、新進党、これらの残党だから、民主党も民進党も立憲民主党も国民民主党も、一時の注目だけで終わり、自民党に吸収されるか自然消滅されるか、だろう。




# by ruhiginoue | 2019-01-16 15:56 | 政治 | Trackback | Comments(2)
 昔、政府予算について、防衛費を対GNP比1%以内としていたが、これはGNPが多かった時代に作られたことなので、歯止めを設けるというけど実際には軍拡の口実だったと指摘されていた。もちろんGNPも、ほんとうに経済力を反映した数値かというと正確さに疑念があった。
 ところが、この「歯止め」が守れなくなった。アメリカが軍拡に付き合えと要求してきたうえGNPの数値が減ったからだ。

 ここで御用評論家たちがマスコミとくにテレビで、アメリカとの付き合いのほうが大事だとか、対GNP比なんてもともと無意味だったとか、正当化の宣伝をした。
 しかし当時すでに指摘されていたとおり、経済の成長が鈍化した時こそ、軍拡に歯止めを設けておかなければ国力の衰退によってむしろ危険であるから、ここを無視しての正当化は「木を見て森を見ない」ものであった。
 
 だから、金のために正当化する御用評論家がどう喚こうと、その虚偽を見抜く一般人は大勢いた。
 そして、こうした政府のやり方に反対する人がどれくらいいるかと街頭での投票をテレビのライブで実施したら結構な数になったのだが、するとスタジオにいた自民党の浜田幸一(今の浜田の父)が「東京でやるからだ。田舎でやれば違う」と言った。
 この田舎とは彼の選挙区の千葉のことだろう。選挙運動で握手するため作業中の人がいる田んぼへ入って行き、泥まみれになるのを目立たせるよう白いスーツを着た、そうやってたぶらかしてやった、などと誇る人らしい言い分であった。

 しかし、田舎でなくても、インタビューなんて対象を恣意的に選べば結論は操作できる。
 だから、渋谷か新宿の辺りで取られたと思われるテレビ局の街頭インタビューでも、「沖縄県の辺野古で、とうとう土砂が投入されましたが、どう思いますか」と言う質問に今風の若い女性が「へぇ~そうなんですかぁ~興味ないから分かりません」なんて、最初からそう答えそうな人である。
 そして、これを見た若い人は吊られて同調する。若い人は連鎖反応しやすく、同世代の人たちの自殺が相次いだと報道されると影響されて死ぬから、煽るのはよせとテレビは苦言を呈されてきたものだ。
 これを応用し、昔からテレビは政権に媚びて、この手法を用いて来たのだ。


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# by ruhiginoue | 2019-01-15 12:44 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 子供がテレビに夢中になっていて宿題をやらないと親が言うのと違い、大人でテレビばかりの人たちがいて、その家族が悩んでいることがある。
 このうち、好きな番組があるとか、興味がある内容を扱っているとか、そうではないが退屈なので何か面白いことはないかとつけてチャンネルを頻繁に変えている、というのではなく、ただつけっぱなしにしている人は、だいたい孤独だからだ。その証拠に、独居老人がよくやっている。
 ところが、家族と一緒に住んでいるのに、ひっきりなしにテレビという人は、だいたい配偶者に不満があるものだ。会話しても面白くないとか色々あって、だからテレビのほうがマシというわけだ。

 これについて、ある男性が言っていたけれど、もちろん妻は夫に不満があるだろうが、そうでなくても彼の妻はもともとテレビばかりという人で、それは子供のころからで、大人になっても変わらず、子供が勉強しているのだからたまには消せと言っても聞かないそうだ。
 そんな人の多くは田舎育ちの人が多く、テレビがついていないと世間から取り残されるという強迫観念に囚われているものだ。
 しかし、そんな田舎育ちの人でも、最近のテレビは内容が乏しくてうるさいばかりだから、テレビが要らなくなったと言うようになった。
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 ところが、前にデジタル放送で画質と音質が良くなるのでテレビがもっと楽しくなると言う人がいたけれど、それでも内容が伴っていなければ意味がないはずだが、そう言う人は内容がどうかと考える感覚がない。
 だから、そもそも画質と音質が良くなるという話も、そういう宣伝がされてるので素直に思い込むだけだから、内容がツマラナイのでは意味がないじゃないかと言ってもチンプンカンプンである。

 こんな人は、ビールの味などわからず「のどごしが」と宣伝をオウム返しするし、コンビニで大量廃棄されている恵方巻を食べると縁起がいいと信じているものだ。
 ある意味で幸せなのだろう。



# by ruhiginoue | 2019-01-14 06:22 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

嫦娥4号とカプリコン・1

 中国の探査機「嫦娥4号」が月面の裏側を撮影した画像が話題だが、月はどうして地球に同じ方向を向けているのかということを、かつてアイザック=アジモフが解説していて、それと同時に、月に6回も行って何が解ったのかというと調査の結果とうてい住めないということだと述べていた。

 また、住めないうえ、資源が見つかりそうもなく、それで月に行くことが何十年も途絶えていると言われている。ところが、行かなくなったことから、実は月に行ったのは嘘で、フェイク映像を見せられているのだという噂がある。
 しかし、月は空気が無いので風が吹かないから、宇宙飛行士の足跡や月面車の轍が何十年も残っていて、これを無人探査機が撮影したから、いちおう着陸はしたのだろうと言われている。予定の場からズレてはいたが。

 このフェイク説から『カプリコン・1』という映画が作られたのだが、そのため誤解されていて、これはSF映画ではないのだ。背景にNASAの陰謀があるというだけで、話の筋としては、セットで芝居をやらされた宇宙飛行士たちが口封じのため消されそうになって逃げだし、やはり口封じで失踪したスタッフの件を追及していた記者が、宇宙飛行士を見つけて助け、追いかけられて逃げ回るという、まったくB級のサスペンスとアクションの内容である。

 この『カプリコン・1』の脚本・監督ピーター=ハイアムズは、後に『カナディアン・エクスプレス』という映画を、自ら脚本・監督で撮っているが、これは裁判で証言されないように口封じしようと狙う犯罪組織から証人の女性を守って逃げる検察官の話で、背景が違うだけで筋や見せ場は『カプリコン・1』と同じである。
 こちらはB級アクション・サスペンス映画として良く出来ていると公開当時から言われていた。

 ところが『カプリコン・1』はSF映画の大作だと勘違いしている人が、特に日本には多い。
 そのわけは音楽のド迫力のためで、この曲を『川口浩の探検隊』など色々なテレビ番組が場面を煽るために流用していたから、映画を観ていない人も音楽だけ知っている。そしてポスターの図案になっているロケットと宇宙飛行士を合わせた印象から、壮大なSF映画だと思い込んでいる人たちがいるのだ。

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 そして、作曲したジェリー=ゴールドスミスは、映画音楽のコンサートで来日したさい、よく『カプリコン・1』のレコードやCDにサインしてくれとせがまれるので「『カプリコン・1』は日本でポピュラーなのか?」と言ったそうだ。

 とにかく、『カプリコン・1』はSF映画ではないのだ。










# by ruhiginoue | 2019-01-13 06:03 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 安倍総理は、カルト宗教との癒着から「安部壺三」と皮肉られたり、選挙妨害の報酬をケチった仕返しでヤクザに火炎瓶を投げられたからと「安倍瓶三」と皮肉られたり、また嘘を平気でつくので「安部捏造」とも言われたが、それらとともに、激しい下痢を催す腸の持病から「安倍ゲリゾー」と侮辱されている。

 そのうち最後のものは、病気を揶揄することなので、皮肉ではすまないからダメだと言う人もいる。もちろん病気を揶揄してはいけないが、問題なのは、その対応である。
 まず、自ら「最高責任者」と言っており緊急事態に対応する立場でもあるのに、病気で深刻だったことを隠したことがある。前に中途で辞任した時がそうだった。

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 また、その後は新薬が効いていると言うけれど、便所に行くため国会を無断で抜け出して審議に影響し、議長から注意された。
 しかも、そのさい照れ隠しでズボンをズリ上げて見せる下品な仕草をして見せた。テレビに映ってもいるのに。この仕草は欧米だと卑猥な意味があるゼスチャーだから性犯罪の意図を疑われたりセクハラと看做されたりもする。

 もう一つ、安倍総理の身体的問題として、子供ができないことがある。これは女性のほうに原因があるかもしれず、不妊治療をしたが授からなかったと昭恵夫人が言っていた。
 これを「種無し」とか「産まず女」とか侮辱をしたら、今では差別として許されない。
 しかし、昔はそういうことが当たり前で、子供を作らないのは御家や御国のためにならないから、どんなに好きな相手でも離縁するというのが昔の常識だった。それも女性に対して男性から一方的に「三行半」を渡すことで離婚成立であった。このように昔は男女平等ではなかったのだ。

 そうした封建的な価値観を現代日本に復活させようという復古主義的極右団体の支持を受ける安倍総理は、自らも、男女平等や個人の尊重はとんでもないことであると公言し、そんなもの全否定すべきで、それが戦後70年も続いてしまって日本人の道徳が悪化したのだから「みっもとない憲法」を変えないといけないと主張し続けてきた。
 さらに、もともと差別主義者として悪名高い杉田水脈という女性を自民党の比例名簿に載せて当選させた。すると杉田議員は早速、子供ができない家庭は「生産性が無い」とし、同性愛者が円満な家庭を築いていることなどにケチをつけたうえで社会的に平等な扱いをしてはならないと誌上で発言した。

 これが国会議員による差別発言だと問題になり海外にまで騒ぎが広がると、安倍総理はいちおう杉田議員に注意したが、甘い対応だと批判を受けていて、おそらく自分で推挙したのだからバツ悪かったのだろう。
 このさい安倍総理は、自分も子供ができなかったから杉田議員の発言には傷ついたと言っていた。

 このように安倍総理は、自分が差別される立場になってみないと差別はダメだということが解らない。
 そういう人はよくいるもので、そんな人には道理を説いても無駄である。同じ病気の人などが不愉快になるという問題があるけれど、そこをなんとか配慮して、平気で差別する人だけは同じ内容の差別に限ってはしてもいい、とするしかないのではないか。





# by ruhiginoue | 2019-01-12 14:04 | 政治 | Trackback | Comments(2)

医大のネット広告

 最近、いくつもの大学医学部で、入試の採点が不正だったと発覚している。

 そのうち、卒業生の子供だからと特別扱いしていた日本大学などは、この種のことは昔からあったので、まだやっていたのかと呆れるしかない。
 ところが、順天堂大学では女子や浪人回数の多い受験生を不利に扱っていたそうで、その訳が、女子はコミュニケーション能力が高いので面接でも受け答えが上手だから、20歳過ぎれば差がなくなるので「男子を補正」するため女子を一律に減点した、というのだ。
 まったく変な話である。

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 すこし前に、東京医大で同じことをしていたことが問題になったけれど、それは腕力があったり産休とらなかったりの男性医師がもっと欲しいということだったので、それなら東京女子医大というのがあるのだから、東京医大は東京男子医大になればいいだろう。堂々とやらずにコソコソとやるから不正なのだ。

 これは順天堂も同じ。女性は男性より成長が早いから、学校の勉強なんて十代のうちは女性が男性に勝って当たり前だ。だから男性に配慮するなら、浪人を歓迎すべきだ。なのに、なんで浪人回数が多いと排除なのか。矛盾している。若い人のほうがこき使えて便利というのもあるだろうが、浪人の数年でそんなに大きな違いはないだろう。
 もっと後に志望する人だと体力の差がでるが、そんな後から医学部に入りたいと言い出す人はだいたい実務より研究がしたいからという人が多い。それを受け容れたくないのなら、そういう人はうちではなく東大に行ってくださいと言えばいい。そのほうが有利だし、現に東大は医学部に限らず年齢不問だと宣言している

 そんな時、ネット上の広告で、ハンガリーの医学部では英語で授業を受けられるから、国際医師になりたい人はどうかというのをよく見かける。これはどうなのだろうか。マジャル語は馴染みが無いけれど英語ならなんとかなる人は多いだろう。自分でも興味がある。ただ、どの程度の英語が必要なのかわからない。
 とにかく、外国で質が良いなら、金かけても行ったほうがいいだろう。
 


# by ruhiginoue | 2019-01-11 21:00 | 学術 | Trackback | Comments(2)
 『通販生活』2019春号に、落合恵子と広河隆一の対談記事が掲載されていて、おそらく出来上がってしまっていて対応が間に合わなかったのだろうとか、それで気の毒とか、色々と言われている。

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 ここに登場する小説家の落合恵子は、レイプやセクシャルハラスメントを題名そのものにして性暴力を告発する小説を発表し、それらが映画化やテレビドラマ化されている。
 なのに、その性暴力を仕事の立場を悪用して長きにわたって行使しつづけてきた広河隆一と対談とは、悪い冗談としか言いようがない。
 
 かつて『通販生活』は、今のように有名になる前の、「ナンシー関の記憶イラスト」あたりから、ずっと定期購読していて、当時どんな記事があったかみんな言えるくらい愛読してたけれど、社会派を始めてから共感できなくて止めてしまった。

 この社会派について、『通販生活』は、それが気に入らないと言う人たちに対して毅然として声明を発した。
 「そういうことが『左翼』だと言う人がいます。戦争まっぴら原発事故まっぴらが『左翼』なら、左翼で結構です。良い商品が買いたいだけだという人は、記事が読みたくないなら読まなくて結構です。そうした記事が不愉快だから購読しないという人は仕方がありません。今までご購入ありがとうございました」
 こんな趣旨だった。これは立派な姿勢だと思う。

 しかし出て来るのが、ろくでもない人ばかりだった。佐高信とか胸糞悪すぎ。これでは社会派ぶっているだけでニセモノだから、購読をやめたのだった。
 そして、やはり広河隆一が出て来た、まさか告発記事が週刊誌に掲載されるとは思わなかったのだろうが、そうでなくてもニセモノと気づかないとは間抜けである。
 
 ここで広河隆一は、危険な戦場に行くジャーナリストと自画自賛している。よく恥ずかしくないものだと思うが、だいたい「戦場ジャーナリスト」と名乗っている人達は気取っているもので、命がけのように装っているが、身の安全とマスコミに売ることが何より。それゆえ報道の中身はお粗末で、反権力と格好つけているが実際は真逆の効果の報道をしている。有名な人ほど、そうである。当たり前だが。
 これについては過日述べた通りであるし、拙書『朝日新聞の逆襲』でも主要なテーマの一つとしている。

 この格好つけ屋の最たる広河隆一は、立場を悪用しただけでなく勘違いもしてるようだ。彼は、フォトジャーナリストの仕事に憧れている人なら自分に憧れるあまり身体も提供するはずだと信じていた、という趣旨の弁解してた。
 ということは、彼は自分について、まるでロック歌手のスーパースターみたいに錯覚していたのだろう。それでフォトジャーナリズムに関心があると言う女性は、自分のファンだからグルーピーになると思ってしまった。

 これは、反権力の人が道を踏み外して残念なことになったのではなく、格好つけ屋がある意味で必然的にやらかしたことである。最初から見抜いていないといけないし、見抜けるはずだが、見る目の無い人達は少なくなかったのだ。




# by ruhiginoue | 2019-01-10 17:08 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 過日、子供が薬の副作用による被害に遭ったと訴えている親たちが、その子供を医療機関に連れて行ったら、そこで診察した医師から、そんなことは無いとか、子供が演技をしているとか、頭ごなしに嫌らしい調子で否定されたという証言をしていた。
 
 これについて、医師の性格や人間性の問題だと受け取っている人もいるし、あるいは製薬業界から研究資金の提供を受けていたり、そのような者が上司であったり、という関係が指摘される医師がいるので、その影響を疑う人もいる。

 それらもあるだろうが、現実は、もっと単純だったりする。
 例えば、医師は診察の依頼をされたら拒否できないので、仕方なく診ただけだということにもなり、後で証言などを求められても嫌なら断れるけれど、後から診た医師すなわち「後医」になると、自分の意思で診たことになるから、証言などを断れなくなることがあって、このため何か問題が起きた患者に対しては、巻き込まれたくないからと拒絶の態度をとることが多い。

 もっと深刻で醜いことに、被害の原因を作った医師が責任逃れしようとして、後から診察や治療をした医師のせいにすることがある。これを恐れて逃げる医師もいるのだ。

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 これは防衛医大が、そうだった。後で治療のために手術をした医師が悪いのではないかと、裁判で言い出したのだ。

 それで、裁判で明らかにしようということになったら、国が嫌がった。後で手術をしたのは東京警察病院である。防衛医大が責任逃れのため東京警察病院のせいじゃないかと言い出し、これについてどうかと東京警察病院に訊けば当然ながら反論するだろう。
 そうなると、裁判で自衛隊と警察が対立することになる。そんなこと国としては、やらせられない。
 そこで、国が責任をとって賠償金を払うけれど、悪いのは担当の医師だということにしたわけだ。

 このため、裁判所が国の非を認め、そのうえ国は控訴もせず受け入れ、非常に困難な国賠訴訟で患者側が勝ったから画期的だとマスコミに取り上げられたのだが、しかし責任問題としては「トカゲのシッポ切り」なのだ。
 この国側の目論見は成功し、現役自衛官から「しょうもない医者だけど、今はもう自衛隊の病院にいないんでしょう」と、よく言われたのだった。



# by ruhiginoue | 2019-01-09 20:30 | 社会 | Trackback | Comments(0)