井上靜の気楽ゆえ率直な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも同様にe-mail:ruhig@outlook.jpまで


by ruhiginoue
 児童虐待の問題で、警察も児童相談所も、その対応は甘かったりぞんざいだったりする。この原因は悪意や怠慢より予算がないことが大きい。
 これは昔から指摘されてはいるけれど、利権があれば族議員が現れて予算獲得に尽力してくれるが、そうではないから、環境破壊の予算はあっても環境保護の予算がないのと同じことになる。
 ここまでは、誰だってよく言う。
 
 しかし、かつて大学で教育学を習っていた教授(のちに名誉教授)は、この問題について授業中に話しているとき、「予算が無いと言うけれど、『即位の礼』に幾ら使いましたか」と言った。
 この時は平成に入ってまだ記憶が新しい時だった。莫大な費用は話題になっていた。

 ただ、大学には右翼の教授も学生もいる。よく発言できたものだと思ったし、あんな発言はけしからんと言う学生もいた。
 しかし、その先生が着任した当時は学生運動が盛んだったりで、暴力沙汰もしょっちゅうだった。歯に衣着せぬ発言のため「一人一殺」と言ってる学生に絡まれたこともあるそうだ。
 これに慣れてしまったから、昭和に比べたら平成なんてヌルイと言っていた。

 それ以上に、子供のための予算が無い問題を語っていて自己保身を気にしているようでは教育学者失格だと言っていた。

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 ところで、平成も終わるときに、幾ら使うのだろうか。ただ、東京オリンピックの凄まじい予算超過の問題があって、そちらにみんなの意識が向いているようだ。無理もない。オリンピックひどすぎ。




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# by ruhiginoue | 2018-06-25 12:40 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 カビに注意の季節であるが、先日、不動産業の人とカビの話をした。もちろん、建物内の水回りのことである。
 そのさい「カビキラー」で壁紙の染み抜きができると建設業者が言っていたことについても話題になった。
 それはあくまで小さなシミを目立たなくする程度のことで、ちゃんと壁紙を貼り換えないとやはり醜いし、壁紙にシミがあると雨漏りする家だと思われてしまう。
 だから商品としての住宅ではカビキラーで染み抜きなんてダメだということだ。

 このカビキラーという商品の主な成分は、塩素と界面活性剤である。家庭用品売り場では洗剤として扱われている。だから、殺すという強烈な商品名にしているが、色を抜いたり落としたりが目的であり、そのためカビではないシミにもいちおう使えるということだ。
 そして、その効果と限界が商売の観点から話題になったのだった。

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 ところが、である。カビ対策ではなく染み抜きに使用できるのは、洗剤として商品の効能が汚れ落としと脱色だからだ、ということに対して、塩素は殺菌すると言ってツッコミを入れたつもりの人がいたそうだ。その人は、後からこの話を聞くなり得意になって言ったそうだ。自分は知っている。間違いを指摘してやった。という態度。
 それは住宅の水回りやプールの水などを論じていたのではなく壁紙のことであるし、衛生の問題ではない。なぜカビキラーという商品が他の目的に使用できるのか、という話題であった。そこへ殺菌作用もあると指摘しても無意味だ。
 
 なのに、その人は後から間接的に話を聞いて、部分的に反応したのではないか。しかし、建設や不動産のことを知らないとしても、この話はそう難しいことではないし、なにより的外れなことを言ってツッコミを入れたつもりなら、話の趣旨を理解できていないということになる。

 その通り、と不動産業者は言った。
 その人は教員だそうだ。仕入れた知識を使って何かすることができず、それを受け売りする仕事に就いた。業務に関わることで何が目的かという話題に、そもそも縁がない。だから、よく趣旨を理解できず的外れで無意味な断片的雑学を言うことで人を見下しては、錯覚による優越感に浸る。
 そんな困った人だそうだ。

 また、その人の出ている大学は、何々が専門というのではなく、何々教育が専門というところで、出た人の多くは教師になるが、教育学部と少々違い、専門性を自ら生かさず教える仕事をするのを初めから前提にしている。
 それで、あの大学と大学院を出た人は、中身がない癖に偉そうにしている傾向があるのではないか。昔からそうだったから、弓月光の漫画で、嫌味な教師がそこの大学を出た設定だったのではないか、と言う。

 なるほど、言われてみれば懐かしい漫画は確かにそういう設定だったが、それはともかく、身内で他所の大学院を出てからその大学に一時勤務していた人がいるけれど、そこは入試の難易度だけそこそこ高いが、それにしては学問的に無気力な大学だと言っていた。それを思い出した。



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# by ruhiginoue | 2018-06-24 08:24 | 学術 | Trackback | Comments(0)
 自民党の穴見陽一衆院議員は、衆院厚生労働委員会で参考人のがん患者に向かってヤジを飛ばして問題になり、大分がん研究振興財団の理事を辞任した。その届け出が同議員からあり、理事長が届け出を受理したと、同財団は明らかにした。

 この議員は、自分が経営(二代目)している飲食チェーン店の禁煙や分煙について面倒だったから野次ったのではないかと指摘されている。そうだとしたら公私混同だし、そもそも参考人として国会に来てもらった人を野次るとは不適切な行為である。しかも、がん患者が病気について話していることに対してやらかすとは、その神経を疑われて当然だろう。
 こんな人が議員をしていられる社会の構造にも問題がある。

 それに、飲食店でも禁煙が増えているうえ、そうでなくても喫煙室を設置していたりの配慮をしている。ヘヴィースモーカの人だって言う。公共性のある場所では中座して一服すればいいのだから、他の人が飲食しているところで妨げになる臭いをまき散らすなど迷惑行為は言語道断だ、と。

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 それなのに、傍若無人に喫煙できないと自分が被害者になると言う人がいる。この奇妙な発想は、煙草を吸わない人からすると、ただの我儘だと思いがちである。しかし煙草をよく吸うけどマナーには気を付けていると言う人から見ると、精神を病んでいるように思えるそうだ。
 まず、普通に煙草が好きでよく吸う人としては、あくまで煙草を吸えればいいのであって、また、そのさい迷惑をかけないようにするなんて当たり前のことだとわかっている。
 ところが、煙草を吸ううえで意味がない我儘をして迷惑をかける人がいる。そんなことしたら加害者のはずだが、咎められたことで自分は逆に被害者だと信じ込む。
 これは精神を病んでいる以外にありえないし、実際そんな人を観察すると、だいたい他のことでもなにかと奇行があるもの、ということだ。
 
 これは当たっていると思われる指摘だから、煙草者でマナーが悪く被害妄想の人がいたら、よく観察してみたらいい。
 


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# by ruhiginoue | 2018-06-23 12:57 | 社会 | Trackback | Comments(3)
 大ヒットSF映画『スターウォーズ』の生みの親ジョージ=ルーカスは、2012年に、自身の映画製作会社ルーカスフィルムを『スター・ウォーズ』シリーズの権利も含めてをディズニーに売却している。そして独自の新作構想を持っていたが、「ファンのための作品にしたい」と考えるディズニーと意見が合わず、ここで自分が関わっても問題を起こすだけだとして新作からは距離を置いているそうだ。

 もともとルーカスは、『スター・ウォーズ エピソードI/ファントム・メナス』で言及された、全ての生命体の細胞内に存在している知的な共生微生物―ミディクロリアンの数が多いとフォースの感知能力に優れているとされる設定を、新作の中心に据えたかったらしい。しかし突然に提示されたこの考え方はファンに受け容れられなかったので、この設定を中心に据えた新作は作られなかった。
 しかし、もしも会社を売らなければ、その映画が作れたし、作っただろうから、多くのファンから反感を買ったはずだと、ルーカスは言う。

 これは、やはりやめておいてよかっただろう。もともと『スターウォーズ』が受けた理由から乖離しすぎているのだから。これでは日本の『パラサイトイヴ』みたいだ。小説それ以上に映画化は忘れられているが、当時は話題だった。

 ところで、『スターウォーズ』の内容についての質問にどの程度の正確さで答えられるか、その正解の数によって『スターウォーズ』に登場するキャラクターで誰に相当するか試すサイトがあったのでやってみたところ、全問正解なのでR2D2だった。
 そんなに熱心に映画を観てないが、かつてそのノベライズ(原作ではなく小説化)を読んだからなのかもしれない。


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# by ruhiginoue | 2018-06-22 17:51 | 映画 | Trackback | Comments(7)

「あっ地震だ」

 いつのことだったか、どこかの飲食店で注文してから待っているとき、置いてあった週刊少年ジャンプを読んでいて、つい笑ってしまったことがある。

 それは長期連載された人気漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』であった。主人公の両さんこと両津勘吉巡査が将棋のゲームソフトを作り、これを上司の部長がやってみる。
 この部長は将棋が趣味の一つだからけっこう自信があり、また、どうせ両津のプログラムだから大したことないと思っていた。

 そして実際に部長は楽勝だと感じていたが、王手をかけようとしたら突然画面に「あっ地震だ」という文字が出て画面が揺れ始めて、将棋の駒が滅茶苦茶になる。やはり両津のやることだと部長は呆れる。


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 これを久しぶりに思い出したのは、群馬に続いて大阪で地震があったことによってだ。
 ただし、地震があっただけなら思い出しはしなかった。東日本大震災など他にも地震は起きているけれど、両さんプログラム将棋ソフトは連想しなかった。しかしこのたび連想したのは、地震があって大変なことになり、そちらに皆の目が向いたところで急に記者会見をすると言い出した加計学園の当局である。

 よくまあ、こんな見え見えのことができるものだと巷で呆れられているけれど、かえって顰蹙を買うだけではないだろうか。国会も「あっ地震だ」と同じことをしている。
 こちらは笑っているわけにはいかないが。



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# by ruhiginoue | 2018-06-21 17:37 | 社会 | Trackback | Comments(1)
 映画監督の想田和弘さんと舞踏家で映画プロデューサーの柏木規与子さんの夫妻が、国を相手取り婚姻関係の確認などを求めて東京地裁に提訴し、弁護団とともに記者会見した。

 これによると、想田さんと柏木さんはアメリカに居た時にマンハッタンにあるニューヨーク市庁舎で結婚の法的手続きをし、このさい夫婦別姓を選んだ。これは正式に現地の法律に基づいて行われているので、日本国内でも婚姻は成立しているとみなされる。
 ところが日本の法律では同姓にしないと夫婦の戸籍が作れないので、法的に正式な結婚をしているのに戸籍になっていないから事実婚と間違えられて面倒なことがあるという。
 しかし、相田さんは結婚当時、法制審議会民法部会が選択的夫婦別姓の導入を答申していたため、「1、2年経てば日本の法律が変わって別姓で届けられるだろうと待っていた」そうで、ところが「20年が経ってしまった」というわけだ。
 そして戸籍以外の公証手段が裁判所による判決しかないため、確認請求を求めると同時に、この法の不備は結婚の自由を定めた憲法24条に違反するとして、慰謝料合計20万円を求めて提訴したのだった。
 また、想田さんと柏木さんは「それぞれの個人の自由が、それ以外の個人の権利を侵さない限り、認めて欲しいと思います。我々が夫婦別姓を選んだとしても、僕ら以外に誰も影響は受けない。他者に不利益を与えない範囲の自由を認めて欲しいと思います。これは、別姓の問題だけでなく、言論の自由や表現の自由、思想信条の自由など、あらゆることに言えます」と述べた。

 この他にも夫婦別姓を求める訴訟が起こされており、今年はソフトウェア企業「サイボウズ」の社長、青野慶久氏ら4人が戸籍法上の問題を指摘して東京地裁に提訴し、戸籍の姓を変える手間の煩雑さや不利益を問題にしている。
 これは今の制度がいかに不合理かという問題だが、そのうえ、だから外国では当たり前の別姓を選択できるようにするべきで、そうしたところで、そうする人以外には無関係で何も影響しないのだから、制度を改正するべきだということなのに、どうして変わらないのか疑問に思うと言う人がいる。

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 しかし、想田監督は「僕らが自由に別姓を選んだとしても他者の不利益にならない」と言うけれど、そうは思わない人が、特に日本は多いのだ。皆が同じになることで安心できるのだから、別のことをする者がいるのは許せないのだ。
 これは実際に自民党の議員が言っていた。自民党の野田聖子議員が選択制夫婦別姓を支持していたけれど、これに対して別の自民党議員は否定的で、そのわけとは、皆と同じだから安心しているのに違うことをする人がいると不安をもたらすということだ。

 この姓の件に限らず、日本人は皆が同じであることでしか安心できないものだ。
 だから、自分が皆と違うと心配になるというだけではなく、誰か皆と違う人かいると、皆に合わせていることで得ている自分の安心感を揺るがされてしまい、人がどうしようと自分には関係ないはずなのに、迷惑だと感じるのだ。
 この影響の一つとして、夫婦別姓はあくまで選択制にするという話なのに、根強い反対があって実現しなかったのだ。
 


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# by ruhiginoue | 2018-06-20 18:48 | 司法 | Trackback | Comments(1)
 道徳を教科にして点数を付けるようになり、こんなことをするのではもはや道徳ではないのだが、もともとこれは偏った価値観を公教育で強制しようとする陰謀ということだろう。
 これについては、既に多くの指摘がされているから、これにからんで、ここは一つ別の問題を取り上げる。
 
 先日テレビで紹介された小学校の道徳の授業で「僕に命をくれたご先祖さま、ありがとう」と児童全員に言わせて、これに教師が満足そうにしていたという。
 こんなのはもちろん道徳ではないし、公教育で行ってはならないことだ。普遍的な価値観でもないことを強制していて、内容が一部の宗教の特徴であるから、思想信条や信教の自由への侵害であり憲法違反である。

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 これはアメリカでも問題になった。公立学校で生徒児童に「アメリカ人であることを幸せに思い、アメリカ国に忠誠を」という宣誓させているが、このさい「神に誓う」と締めくくられているので、思想信条と信教の自由を侵害していると批判が起きた。
 これに対しての反論とは、神とは特定の教会のことではないというものだった。しかし、神を崇める宗教でも「神に誓う」と言う宗教と、そうは言わない宗教があり、また神ではなく仏を信じる宗教もあり、また無宗教や無神論の人もいる。

 このようなことがあるとおり、具体的に特定の宗教ではないから良いと勘違いしている人が、どこにでもいるのだ。
 これは小学校のころの担任教師が、そうだった。給食の「合掌」の掛け声に続いて手を合わせ「いただきます」と言えと強制していた。これも具体的な宗教団体ではないが一部の宗教の特徴であり、クリスチャンなど食事前の祈りの仕方が違う。なのに、もたもたしていたり反抗したりするとビンタで、大柄な男性(当時27歳)が、年齢一桁の児童を転倒するほどの力を込めて殴る。
 それでいて、この教師は社会科の授業などで、ちょっとしたきっかけですぐに「自衛隊は憲法違反」と必ず言う。自分のやっていることは憲法違反だと思ってない。これが、自衛隊を合憲にするため改憲すべきということなら右翼なので解りやすいが、自衛隊を否定して言っているのだから奇妙である。平和主義者だが宗教に凝り固まって狂信的なのに自覚が無い人もいるから、それだったのかもしれない。

 どうであれ、宗教だけど習慣だというのは、クリスマスのように、誕生日でないのに誕生日ということにして忘年会するというような、もともと楽しんでやることだけにすべきだ。



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# by ruhiginoue | 2018-06-19 17:44 | 社会 | Trackback | Comments(5)
 第21回総合写真展の受賞作品の一つに、湖面から鳥の群れが一斉に飛び立つ様子を撮影したものがあったが、実は音と光で刺激し飛び立たせたものだったという、やらせより悪質な行為で撮影しており非難を浴びた。
 このところ、鳥の生態を知らない愛好家や、自分の撮影のことしか考えない愛好家が、傍若無人なふるまいをして問題になっていて、中には、営巣中の鳥を撮影したあと他の人に同じ写真を撮影させまいと巣を枝ごと撤去してしまう事件まであった。

 その、鳥を驚かせて撮影した人は、そんなことをしたと悪びれもせず、逆にそうやって上手く撮ったと自慢し、それで問題になっていたが、風貌から年配というより高齢というべきだった。こうした高齢の「カメラ小僧」が少し前から問題になっていた。
 この「カメラ小僧」とはアイドルやレースクイーンなどをカメラ持って追いかけている人のことだが、この行動をする人が、自然を撮影するのが流行る中にまで現れたから困ったことになる。

 かつて、自然保護に携わる若い人の活躍と苦悩をテレビが取り上げていた。生態系を守るためには靴底に付着した異物に要注意という場所に、観光客のために遊歩道を作り、ここから絶対に降りないようにと注意していても、これを無視する人が時々いるのだ。
 その様子をテレビが望遠で撮っていたが、カメラを持った爺さんが婆さんらを撮ってやると言って、場所を確保しようと立ち入り禁止の場所に入ってしまう。その時の爺さんの悦に入った表情ときたら実にスケベったらしかった。

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 あの、群馬県で85歳の爺さんが起こした事故も、そうだった。老人福祉センターに集う高齢者たちの中に80歳の女性がいて、この人を帰りに自分の車に乗せて送って行きカッコつけていたから、どうしても自分で運転したかったらしい。最近あちこちぶつけてばかりだからと心配する家族の送迎を頑として拒み、家を抜け出したのに気づいた家族が駐車場まで追いかけたが、ふりきるように発車してしまい、それで他の自動車にぶつけて壊し、続けて塀にもぶつけ、登校途中の女子高校生16歳と18歳の二人をはねて意識不明の重体にし(のちに16歳のほうは死亡)、さらに信号待ちで停まっていた自動車にぶつかって運転手を負傷させ、やっと止まって、これで警察に逮捕されると爺さんは「わからない」とか「気が付いたら事故になっていた」などと繰り返して言っているという、唖然茫然の事態であった。

 このうち、運転が下手になったのは寄る年波だからだが、マナーや女性に対する態度の問題は、今の老人の世代は若いころからのことであった。まさに石原慎太郎の世代で、障子紙を破れなくなったけどスケベは相変わらずで、だからクルマやカメラを凶器にしているのだ。



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# by ruhiginoue | 2018-06-18 17:55 | 社会 | Trackback | Comments(3)
 拙宅にある洗濯機は、シャープの穴なし槽である。これはシャープの特許らしい。

 全自動洗濯機は脱水も一緒の槽になっているため、槽の側面に穴がある。ここから貯めた水が外に出るので、槽の外にも水が溜まる。いわゆる無駄水である。このため、使う水の量が必要以上に多くなる。
 また、外側はカビだらけになるものだが、そこに入った水が逆流するので衛生的によくないし、時々固まったカビがワカメのようになって衣類に付着してしまう。

 そこでシャープは穴なし槽の全自動洗濯機を売り出した。槽の側面に穴がなく、側面が上に向かって一度ほど広がっているので、回転すると遠心力で水が上に向かい、上部の穴から排出され、外側で上から下に落ち、このとき外部も洗浄される、という仕組みだ。これはシャープが考案して特許を取得したから他社製品にはない。
 また、無駄水がなくて節水になるし、貯めた水は槽の中だけで回転するので勢いが良くなる。

 これを購入したのは、そのとき古くなった洗濯機が壊れてきたから専門店へ買いに行って、カビの流入もするようになったと言ったら、それならと店の人が薦めたからだった。やや脱水が甘くなるようだが、気づかないかもしれないくらい少しの差で、それなら水がきれいであれば乾いてしまえば問題ない。
 これを使うと、また同じものが良くなると言う人もいる。

 ただ、これらは二槽式の洗濯機なら最初から問題がない。
 もともと二層式に比べ全自動の脱水が甘いことは全自動洗濯機の説明書に記載されているし、全自動と違い二層式は、無駄水どころか目分量でちょうどいい水量を入れられるから節水になるし、濯ぎと脱水のそれぞれ調節もできるから仕上がりに不安がないうえ節電にもなる。
 ただ、移し替えの手間がかかり終わるまで放置とはいかないけど、手際をよくすれば時間を短くてきるし、洗濯物の量と種類から分けて洗いたい場合は洗い濯ぎと脱水を同時にできるうえ、濯ぎの水を次の洗濯物に再利用もできる。
 また、槽が小さいので毛布などかさばるものは無理だが、それは頻繁に洗濯するものではないから近所のコインランドリーに行けばいい。

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 これによって、二層式にこだわったり、全自動式を使用していたけど二層式を見直して次から使用する人もいるそうだ。
 だから、二槽式の洗濯機を作る業者が減って、日本では日立だけになり、あとはハイアールなど外国のメーカーであるが、しかしそれはまだ売れているということだ。それで、次は二槽式の洗濯機にしてみようかと考えている。


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# by ruhiginoue | 2018-06-17 06:40 | 雑感 | Trackback | Comments(3)
 歌手の藤井フミヤが、芸能人同士で付き合いのあるお笑い芸人のヒロミについて、一緒に飲食店に行くと過剰に注文し、そのくせ小食なものだから、藤井フミヤが片付けることになると言っていた。それで、注文するさい多目だと藤井フミヤは怒るようになったそうだ。これは、やはり藤井フミヤと付き合いのあるお笑い芸人の木梨憲武も同様だと、藤井フミヤは言う。
 この話についてヒロミは、藤井フミヤが食べ残しを嫌うからだと言う。つまりヒロミは食べ残しが平気らしい。

 この、藤井フミヤの話は共感できる。食べきれない注文をするのは食べ物とその料金の無駄だし、品が悪いことだと感じるからだ。そう感じるようになったのは、自分の同級生に、やはり食べきれない注文をする人がいるからだ。
 その人は、あれもこれもと注文しまっくり、テーブルの上がいっぱいになるのを見て喜ぶ。まるで、ほんとうに欲しいかどうか考えられない子供のようだった。
 だから、後で食べ残しが多くて汚らしいうえ支払いの時に無駄が多いから不愉快になるというだけでなく、幼児性を剥きだされて見せつけられるから、一緒に食事していて楽しくなくなってしまうのだ。


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 これとヒロミや木梨憲武は全く同じではないだろうが、彼らは食べ残しても平気でいて、そんなことは嫌だと藤井フミヤは感じるということだから、この違いはどこか育ちが違うということだろう。これは友達なら我慢もできるが、恋人や夫婦だと致命的だ。

 かつて歌手の南野陽子と石井竜也が一時は親しくしていたが、それ以上の進展がなく別れてしまい、この原因として、一緒に外食したさいのことがあったと言われていた。コース料理で食べきれないものを包んで持ち帰るようにできるかと店の人に頼むことについて、残したら作ってくれた人に悪いしもったいないと南野陽子は言い、そんなことしたらセコイと思われてしまうと石井竜也は言い、この齟齬によって付き合えないということになったと週刊誌のネタにされていた。
 そうなるのは発想や価値観の違いだが、これも原因は育ちの影響だろう。




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# by ruhiginoue | 2018-06-16 18:08 | 芸能 | Trackback | Comments(5)