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井上靜のblog(網誌)です。下記の著書を購入して支援を頂けたら助かります。下記の他は別人や海賊版なので買わないでください。アマゾンのコメント欄に嘘の書評が書いてあるのは過日倒産した出版社の宣伝です。この種の輩に対抗する意味でも何卒よろしくお願いいたします。品切れのさいはご容赦ください。


by ruhiginoue
 ♪Che vuole questa musica stasera~ 

 ヒロシです。
 『ニュースステーション』に眼鏡と髭で出演したら、大竹まことに間違えられたとです。
 
 ヒロシです。
 『ニュースステーション』で小沢一郎を持ち上げてまくったとです。
 
 ヒロシです。
 『ニュースステーション』で小選挙区制がいいと宣伝しまくったとです。
 政権交代どころか「安倍一強」になったとです。

 ヒロシです。
 『徹子の部屋』に出た時「僕の目の黒いうちは日本に戦争させない、という意気込みで『ニュースステーション』をやっていると言ったら、黒柳徹子に「あなたの目の色なんて関係なく戦争はいけない」と言われてしまったとです。
 実際には日本が改憲と戦争に進む露払い役だったとです。

 ヒロシです。
 反自民を装って右派を持ち上げて番組スポンサーの大企業にたくさんお金をもらい、後ろめたかったので東日本大震災の被災地に二億円寄付したとです。
 ぼくの貯金からすると、はした金だったとです。

 ヒロシです。
 二大政党制がいいなんて今も思っているとです。

 ヒロシです。
 日刊ゲンダイに「オオカミ中年」と書かれたとです。

 ヒロシです。
 週刊文春には「淫魔」と書かれたとです。

 ヒロシです。
 CNNの渡辺みなみとの関係を、週刊詩やスポーツ紙に何度も書かれたとです。

 ヒロシです。
 『ザ・ベストテン』の当時は、愛人が自殺未遂したとです。

 ヒロシです…ヒロシです…

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# by ruhiginoue | 2019-07-24 05:33 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 久米宏がNHKを批判して見せたことが話題になった。
 しかし、予算と人事を内閣に握られて権力から首根っこを押さえられているとか、とっくの昔から指摘されていたことをなぞっただけの内容だった。
 しかも、久米宏が相変わらずなのは、だからNHKも民営化して企業がスポンサーになれば良いという古臭い固定観念を平気で開陳して恥じないことだ。

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 かつて久米宏がやっていたころの『ニュースステーション』は、小泉内閣が進めた郵政民営化の時、それは国民の財産を大企業に売り飛ばすことになるという批判に対抗して、とにかく民営化はただただバラ色で素晴らしいと宣伝し、それを言うため番組に出てきたのはヤマト運輸の社長だった。番組のメインスポンサーが自社の利益になることを言うために。公私混同も甚だしい。
 また、「反自民」的な番組づくりをしてはいたが、それで代わりに小沢一郎など自民の中でも特に右派だった人たちをもちあげて、共産党などを排除せよ、平和も福祉も邪魔だと訴えた。
 これが、今ネット上で「反自公ネトウヨ」と言われている連中の基を作ったと言っていいだろう。

 もともと久米宏は、TBS所属さらにフリーランスのアナウンサーとして司会者をしてしたが、民放の立場からNHKを皮肉るだけなのに「官」を批判すれば反権力だと勘違いしていた。大企業にすりよっているだけなのに。
 そんな久米宏の馬鹿らしさに気づかない人が多すぎる。




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# by ruhiginoue | 2019-07-23 05:24 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 近所の大手チェーン店が嫌になり、そこのポイントカードを捨てた。
 よく、店でポイントカードを、最近ではアプリを、しつこく勧められる。それで付き合うと、だいたい不愉快になる。これも、結局はそうなったということだ。

 ここで買い物をしたら、ちょうど税抜きで1000円だった。
 このチェーン店のポイントカードは、100円で1点を税抜き500円に5点の加算とし、500円未満では切り捨てで1点も付かない。

 そして、会計のさい合計が1000円なら税が加わり1080円だが、この店の会計は商品ごとに税金を足してから合計する。このさい代金によっては端数が出るから切り上げか切り下げとなる。
 このため、ちょうど税抜きで合計1000円だから税を足し1080円が、一部の商品に切り下げがあって1078円になった。
 これだけなら、少しだけど安くなるのでいいが、税抜きは1000円だからカードへ10点加算のはずなのに5点となっていた。支払いが1078円だから、ここから税金を抜けば999円になる計算なので、カードにつくポイントも500円以下は切り捨てで半分になるということだ。
 そして総合的には、消費税で少し切り捨てたがポイントカードの還元が減らせるわけだ。
 もともと、この店のポイントカードは点数が奇妙だったけれど、今回たまたまピッタリの買い物をしたので、そのカラクリがすぐ解かった。くだらない小細工でケチるものだと呆れた。
 それに、貯まったポイントで買う時も500円以上でないと使用不可だから不便である。

 もともと、どんなカードのポイントもシケたものだが、そのうえ、こういうトリックを用いてセコイことをするのだから、労力の無駄とともに不快感を併せて考えると、むしろ損である。
 だから、この店のポイントカードも捨てた。もうこのチェーン店では一切買わないことにした。

 ほんとうに常連客となって欲しかったら、一部のチェーン店がやっているように、カードを作ったら、提示してその場で値引きとするべきだう。
 それをポイント貯めてまた来いなんて、付き合っていられない。
 よく、ポイントカードやクーポン券は、遊びの感覚でやるものであって、節約を目的にやるものではないと言われている。益が小さすぎるし、費やす手間や思考の損失は少なくない。別のことに気持ちを向けたほうが楽しいし、節約または収入増につながる。
 だから、非良心なポイントカードは廃棄しよう。



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画像はイメージです





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# by ruhiginoue | 2019-07-22 05:25 | 経済 | Trackback | Comments(0)
 NHKから国民を守る党が参議院議員選挙で一議席くらいとれるかもしれないと心配している人たちがいる。

 すでに同党は地方議会に議席を持っているが、NHK問題だけを標榜しているのに地方議会は無関係だと指摘され、国政進出に向けての宣伝だと説明してきた。それなら参議院議員選挙で当選者をだせれば本来の活動ができるようになるので結構なはずだ。
 しかし、同党はNHK問題で反対運動をしているだけで政策がないし、代表者からして品が悪いためか、ろくでもない連中の寄り集まりである。

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 しかし、高すぎるNHK受信料を問題にすることは増税反対と同じように庶民に受けているのだ。
 ただし税金なら庶民に恩恵がいちおうある。どうせ自民党政権は、まずは土建屋や軍事産業を儲からせるために多くの税金を使い、庶民のためにはほんの少ししか使わない。それでも、ほんの少しだけだが庶民のために使う部分がある。
 それが受信料にはない。放送の内容に比して異様に高い受信料は、NHK職員たちの非常識に高い給与や贅沢な福利厚生になるだけ。

 だから、NHK反対運動だけで他はトンデモであると批判しても、NHKの暴虐に対抗する政治的な勢力が他に無ければ支持される。
 しかも、最近ではテレビが無いのに携帯電話やパソコンにオマケのテレビ的な機能が付いているだけで受信料を払えと迫り、こんなNHKの屁理屈に裁判所の「ヒラメ判事」どもがお墨付きを与えてしまう。
 それを最初からNHKは解っていて、自分たちは特別扱いされるのだと驕りまくって暴虐をふるっている。これは前に当サイトでも、当方の問い合わせに対するNHKの異常な対応として報告している。
 これだから、政治的な対抗措置をするしかない。
 
 ここで野党が同じ視点からNHKを問題にすれば、NHKから国民を守る党など消えてなくなる。そして野党は庶民に支持される。
 そして、放送の公共性云々と「高尚」な問題にして悠長に対応するのではなく、受信料と称して金を強奪されている庶民を救うべきである。

 そもそも、野党だって自民党の御用であるNHKに苦しめられてきたのだから。今日の選挙だって、NHKの凄まじい嘘に騙されている人たちさえいなければ、あれだけの不祥事と悪政の自民党は政権崩壊で、野党は楽勝のはずだ。




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# by ruhiginoue | 2019-07-21 05:39 | 政治 | Trackback | Comments(1)

戴冠式

 先日、いつも作曲家の吉松隆が解説するFM番組で、ヴォルトンの『戴冠式』を日本のオーケストラが演奏するのを放送していた。
 つづいて同じ演奏でチャイコフスキーの交響曲だっだ。これはとてもいい演奏で驚いていたら、吉松氏も素晴らしい演奏だったと言っていた。

 ところで戴冠式といえば『アナと雪の女王』で神田沙也加の吹き替えで「戴冠式だー♪窓もドアも空いている~なんて久しぶりなの~生まれ―てー初めて~」も有名である。

 しかし、もともと戴冠式の音楽はヴォルトン作曲のものであった。この人は映画音楽も書いていて、シェークスピア劇の主要な作品たちの映画化は代表的だが、他に戦争映画もあって空軍の話である。
 これについて吉松氏は、エルガーの『威風堂々』とともにヴォルトンも英国的な颯爽とした雰囲気の曲だと言っていて、個人的には前からバリーグレイ作曲の『サンダーバード』も似たような感じだと思っていた。

 しかしヴォルトンの『戴冠式』は、過日、英国でロイヤルウイングがあったさいに演奏されていてピッタリだと言われていたから、即位でなくても英国王室の雰囲気に合っているということだ。
 ところが吉松氏は日本でも新天皇皇后が即位したばかりと言い出し、これが因みにという感じではなく牽強付会としかいいようがなく、今後の儀式の日程まで説明していて、その口調からしても、NHKに言わされたのではないかと推測している。

 それに日本で皇室の話をテレビで取り上げるときはヘンデルの『王宮の花火』が相場である。この曲が合うのは馬車とかドレスとか英国の真似しているからで、鹿鳴館みたいに国粋主義者の方々が怒らないのだろうかと昔から疑問に思っていた。

 あと、飲み会があって、シャンパンのコルクを抜くときはシュトラウスで、ビールの王冠を外すときはヴォルトンを、口ずさむことにしていて、曲を知っている人には受ける。


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# by ruhiginoue | 2019-07-20 04:58 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
 国民健康保険の納付書が各自治体から送付される時期である。
 この高額さに庶民は苦しめられており、生活の質が低下して健康を損ねている人が大勢いる。
 今、問題になっているのは国民年金と同様に、健康保険も、その実質は人頭税である。

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 ただ、年金は掛け金を納めていたのに見合った受け取りが将来ないけれど、健康保険は今の時点で病気や怪我のさい助かると言っている人がいる。
 ところが、納めさせられた掛け金に見合った受け取りがないのは、健康保険も同じだ。健康保険で受けられる医療は必要最小限のものだけである。これは今の医療の水準からするとお寒いとかお粗末とかいう内容である。

 これだから、前に拙書『防衛医大の場合は』に出てきたとおり、不適切な治療で深刻な被害が生じたことについて嘲り笑った医師が他の病院にいたのだ。
 これについて既に読んで下さった方々は知っているとおり、その医師は、同じ科目の医師たちからも、その性格の悪さによる不謹慎な言動により嫌悪感を表明される人だ。
 ただ、そこでこの医師の人柄だけが問題ではなく、その医師が被害を嘲り笑った原因も問題で、これは個人ではなく構造的な問題だから、こちらのほうが深刻である。

 なぜ笑ったのかというと、患者は貧乏人だから。
 貧乏人だと笑うのも最低だが、では医師がそれを言うのはなぜか。保険治療したからで、保険だからお寒くてお粗末なことになり、そこから被害が生じたということだ。
 だから、保険だったので仕方ないと言えば裁判に訴えても患者が負けるということで、貧乏人ザマアミロということだ。
 こんなこと実際には、常に通用はしない(防衛医大の場合は保険だけでなく、国立病院で違法性が疑われる保険と自費の混合治療があった)のだが、通用する場合もよくある。だから無神経な医師なら露骨に表に出すのだ。
 
 そして、この程度なのは保険だからしょうがないということは、医療全体によくあることなのだ。
 なので、健康保険は高すぎるのだ。医師はよく解っていることだが、患者に知らない人が多い。



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# by ruhiginoue | 2019-07-19 04:50 | 社会 | Trackback | Comments(4)
 もともと国民年金は、人口が増加している時期に作られた制度で、その先に人口の増加が鈍り次には低下する時期が到来することを想定していなかった。
 そして、このままでは破綻しそうであることが実際に見えてきた80年代の半ばから、その時に社会に出た人たちは、年金の掛け金を納めるといっても実質は今の老人に払う年金のためでしかなく、将来、自分が年金をもらう時が来た時、最悪なら全く払いがないと指摘されていた。

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 ところが、その後、このことがより深刻な問題として語られるようになってきた時期、あるきっかけで話題になったら、既に高卒で就職していた同級生の男がいった「いやあ、そんなこと全然問題じゃないよ。自分がもらうためではなくお年寄りのために払うのは立派なことなんだから、俺は将来まったく年金をもらわないつもりできちんと納めているんだ」と誇らしげに言った。

 それでは年金ではないし、福祉として税金で行うことだ。こんな当たり前のことが、この人には理解できないのだ。社会制度の基本を知らないうえ、将来のことなど遠すぎて想像できないということでもある。
 
 これだから、今、年金などが問題になっていても、無関心な若い人が多くて当たり前のことなのだ。昔からそうだった。「今の若い人」ではない。
 



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# by ruhiginoue | 2019-07-18 05:03 | 社会 | Trackback | Comments(0)
 学歴社会を批判したつもりの人が的外れなことをBLOGに書いていた。
 それによると、最も優秀な人が集まる東京大学は年に3000人くらいの卒業生を輩出していて、これが毎年長年にわたり続いていたのだから、社会には優秀なはずの人たちが相当の数いるはずなのに、一向に社会の問題が解決しないのだから、つまり大学まで行ってたくさん勉強しても優秀な人にはなれない、ということだ。

 この誤解は、まず数に対する認識が原因である。
 そのように数を単純に足しても、それと同じ人数の人たちが社会で活躍していることにはならない。これは死んでしまう人がいるとか、一生のうち活躍できる期間は短いとかいうことだけではない。
 それ以上に、そもそも社会の中で人がそれぞれの能力に適した場で活躍することからして困難だという問題があり、しかも優秀な人が能力を発揮できる場は少ないのだ。
 この現実を認識していないから、単純な足し算をしてしまうのだ。

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 また、たくさん受験勉強して東大に入るのは、だいたい自分のためだ。
 これは、あの丸川珠代議員のように露骨な人がいるから解り易い。この人は東京大学を卒業してからテレビ朝日に入社してアナウンサーとして働いたが、これによって名と顔を売ったからと自民党から選挙に出て国会議員になった。これは周知のとおり。
 その前から、テレビで報道の仕事をしていて、そこから議員になる人ならいた。代表的なのが田英夫議員だった。ベトナム戦争の報道でアメリカに批判的だったためアメリカ追従の日本政府から圧力があり、そこで放送法が報道の自由の枷となっている現実を身をもって知り、これを問題にして選挙で訴え政治に転じた。
 こうしたことが丸川アナウンサーにはなかった。報道番組に出てはいたが、ただ売名に利用しただけで、そこから自民党に行った。このため元上司からも批判されていた。

 だから自民党の支持者たちからも嫌われていた。
 ところが、あれでは当選なんて到底あり得ないと言われていたのに、番狂わせで当選した。同じ東京選挙区で自民党のベテラン議員が評判を落としたという幸運もあって、その票を食い落選させ取って代わるように自分が当選した。
 そして国会では下品なヤジで自民党のベテラン議員から党の品位を落とすと苦情を言われたり、これでも東大出かという不見識を露呈させたりしたが、現職の強みで自民党の基礎票を抱え込んで再選それもトップ当選だった。

 そして丸川議員は、国会で福島瑞穂議員が質問しているさいの蔑んだ視線が話題になった。福島議員も東大出の女性だが、弁護士から議員になり、野党の立場から真面目に質問しているのを見て「クソマジにやってバカじゃないの」と思っているのが表情から明々白々だった。
 こうした丸川式も優秀さの一種である。出世とか権力とか収入とかの点で重要なことで要領よく振る舞っているから、彼女はそれでいいのだ。
 つまり、優秀であっても志が低い人もいるということだ。そういう人は高学歴の人に多い。
 
 これを解っておらずに学歴社会を批判して見せても、的外れになるのだ。
 



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# by ruhiginoue | 2019-07-17 05:43 | 政治 | Trackback | Comments(2)
 山田洋次が椎名誠の小説をもとにした映画『息子』は、公開当時(1991年)存命だった黒澤明も絶賛していたし、内容的にまったく日本の話だが海外でも好評だった。

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 これはヒューマンドラマとして普遍性があったからだろう。また90年当時の日本国内のことではあっても、同じようなことは外国にもあるという題材が取り上げられていたから、理解されたのだろう。
 例えば、岩手県に住む主人公は、かつて彼が農閑期に出稼ぎ労働者をよくしていたから、成人した息子が働きに出ている東京を訪ねて行くと、新しい建築物を見てあれもこれも建設に参加したと息子の嫁に語る場面があり、こういうことは世界各地に共通している。
 そういう社会性が、もう昔の映画だが古典となっている一因のはずだ。
 この映画を思い出したのは、先日ここで、田舎の人は惰性で生きることを続けたいので社会に無関心ということを述べたことからである。

 まず映画は、主人公の妻の一周忌法要から始まる。東京から駆け付けた次男坊が題名の指す「息子」である。まず子供たちが独立して家を出て、さらに妻を亡くした主人公は独りになった。まだ健康だから農業は続けているけれど、いずれ高齢のため独り暮らしが困難になるかもしれない。
 その問題が集まってきた親族から語られると、それに備えていると長男が言う。次男はまだ独身だが、長男は結婚していて妻と小さい子供と一緒である。東京にある会社に勤務していて、最近マンションを買って越したが、そのさい父親を呼んで同居できるようにした。当時は「バブル」の経済状況で都市部の地価高騰が問題になっていた。部屋数が多いマンションは値段も高くなるので都心から離れた場所になり、それで通勤が大変だけど長男は我慢している。
 このように、ちゃんと考えたうえで出来る限りのことを一生懸命やっているのに、田舎の親戚や御近所たちが勝手なことを口々に言い出す。広い農家に住んでいたのに狭いマンションなんて耐えられないだろうとか、だから東京に行くなではなく東京で一戸建てにしろとか、到底無理なことを軽々しく言い、長男の一生懸命を理解しようともせず「なあ、もうちっと頑張れえ」などとニタニタしながら責める。
 これに長男は、困ったのと腹立たしいのとが混ざった様子で「いまどきサラリーマンに東京近郊で一戸建てなんて」とつぶやく。

 ここで主人公が、自分はまだ大丈夫だからと言って険悪にならないよう話を終了させるのだが、この親戚らの軽々しさによる嫌らしさは、田舎の人たちの生態を見事に暴くような描き方である。
 まず、他人事だからと平気で非現実的なことを言い、また、なぜ非現実的なのか社会で問題になっている背景について考えもしない。これは、いくら交通やマスメディアが発達しても、もともと田舎に住んできた人たちの意識は変わらないということだ。そして最近のようにSNSが当たり前になってさえも同じなのだ。

 その証拠に、自民党の議員は田舎に行くと、若い女が子供をたくさん産めばいいんだと言い放つ。収入や子育ての環境が問題だから、それを何とかするのが政治なのに。しかし、そんなこと田舎の人たちは想像すらできない。だから、だ。
 これは映画と同じだ。

 こんなのは外国にもあるということだろうか。
 だから、地方からの出稼ぎ労働のことと同じで、日本映画の中で日本国内のこととして描かれていても、観た外国人は容易に理解できたということだろうか。




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# by ruhiginoue | 2019-07-16 05:37 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 「こんなレポートでは単位をやれない。まるで盗作じゃないか。もっとも、君が丸写しした一九分けのセンセイの論文だって、実は盗作なんだ」
 八十年代の映画の一場面、大学の研究室で講師が学生に言う。この「一九分け」とは竹村健一のことで、経済の本を書いて出版したら経済誌の記事からの丸写しだったことがあり、それが当時よく笑いのネタにされていて、テレビの演芸番組ではしょっちゅうだった。

 この竹村健一が89歳で死去したそうだ。 
 これで、堺屋太一・渡部昇一・竹村健一の「サンピン」が、ついに全員鬼籍に入ったわけだ。もしも地獄というものがあれば血池や針山で鼎談していることだろう。
 この「サンピン」とは渡部昇一・堺屋太一と共に竹村健一か谷沢永一のどちらだろうかと書いている人もいるが、当人たちは竹村健一としていて三人で「サンピン」と自称し鼎談する本も出版していた。
 一方、谷沢の方は長谷川慶太郎と共に元共産党員の転向右派として語られる方が多かった。

 また、「サンピン・イチスケ」とも言われ、これは80年代に自民党の御用マスコミ人として深田祐介も加えて語られることがあったということ。
 ただ、深田は、渡部と竹村が熱心に朝日新聞の悪口を言っているの対し、そういう批判は「当たっていない」と明言し、スタンスが微妙に異なっていた。

 ところで、竹村健一は政府の対米追従を擁護するにしても「アメリカの言うことには従わんといかんよ。アメリカが大丈夫なら日本も大丈夫なんやから」と、こんなの評論ではないことを言っていた。
 もちろん、テレビやラジオで主婦向けに言っていることを意識していたのだろう。彼は商売でバカげた言い方をしていたということだ。このとき番組のアシスタントをしていたのが小池百合子現都知事であるというのも関係してそうだ。

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 これについてタレント学者の羽仁五郎が「有暇マダムの無知につけこんでいる」と言い、元読売新聞記者でノンフィクション作家の本田靖春は「お茶の間の無知につけこむ世相講談師」と言っていた。
 また、タレントのタモリも「お茶の間の無知につけこんでいる人」と言い、『笑っていいとも』の初期に、当時は予め出演交渉せずいきなり電話をかけていたので、共通の趣味だったテニスで知り合ったと芸能人が言ったら「テニス?あの顔で」と笑い、そして竹村健一に電話したら怒ったように「今、見とった」、「明日来てくれるかな」「行かんよ」と拒否だった。

 しかし、竹村健一は、高齢で引退するより前に、そもそも自分が煽ってきた一人のはずなのに、あまりに右傾化したので自分で付いていけなくなってしまっていたらしいと言われている。
 そういう意味では、他の例えば保坂正康とか西部邁とか西尾幹二などと同じだったということだ。

 あと、ある同級生は、竹村健一は人相がアイザック=アジモフに似ていると言っていたが、そんな感じも確かにする。



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# by ruhiginoue | 2019-07-15 05:04 | 社会 | Trackback | Comments(3)