「防衛医大の場合は」の発端
2010年 02月 20日
部分的に皮膚が変色していて、特に問題が無い良性の場合と、皮膚ガンに発展したうえ臓器など他に転移して命を奪うこともある悪性の場合と、両方がある。
その症状は、いわゆる町医者から大学病院まで、複数の医師が良性の診断で一致していた。
そこで、国立防衛医科大学校病院(防衛医大)でレーザーにより色素を除去する処置をした。
ところが、それまで担当していた皮膚科の医師が退職し、その後にやって来た別の医師が問題だった。
その伊藤嘉恭という医師は、これまでやって来たことはすべて間違いで、手術するべきだと言い出した。なぜなら、今までは誤診により不適切な対処をしていたが、ほんとうは悪性なので完全切除しないと命にかかわるからだそうだ。これに患者は驚いたが、しかし「手術はすぐに終わり一気に完全に良くなる」と説明し、それでも渋る患者に強圧的な態度で同意させた。
ところが手術をし終わると、その医師は「完全に切除できなかったから、もう一回やる」と言い出し、さらに手術をくりかえした。「話が違う」と抗議しても、「始めたからには途中でやめることはできない」と勝ち誇ったような態度で、「やってしまえばこっちのもの」と言わんばかりだった。
そして入院して全身麻酔による手術は五回に及ぶ。実際にはせずに済んだが、大量出血が見込まれたので輸血の準備もしていた。非常に危険な手術だった。
そんな手術をくりかえしたあげくに、自分の執刀により傷跡だらけの状態となった患部を見て、「やっぱりこうまでして手術することは無かったな」と伊藤医師は苦笑して言った。しかし、試したい技法はやりつくして、医師としては興味が満たせてスキルアップが出来たという態度だった。実際に、そのとき使用した手術器材は、伊藤医師が個人的に医療機器製造業者に特別注文したもので、後にも先にも使用例が存在しない。
しかも、「手術することは無かった」と言うのだから、命に関わるという説明は虚偽だったことになり、これが後に問題となったら、防衛医大講師となった伊藤医師は、そんな説明していないと言い出した。では、なんで手術を薦めたのかというと、美容のためだと言う。そのズタズタという状態を、伊藤医師は美しくなったと強弁し、これを美しくないと言う者は人格が悪いと罵った。
また、裁判となったさい、命に関わる病気ではなく、患者本人が希望してもいないのに、麻酔や輸血による事故や合併症もあり得るハイリスクな手術をするように薦めて実行したのはなぜかと問われて、伊藤医師は、レーザーを続けることは「危険」だからと答えた。では何が危険なのかというと、「レーザーの跡は痒くなるんです。痒いのはけっこう辛いんです」と尋問のさいに言った。これは何かの冗談かと思われる方もいるだろうが、本当である。裁判の速記録にも載っている。さらに、手術で切ってしまったのが表面の皮膚だけであれば、ここまで大きな損傷とはならなかったのだけれど、実は筋肉まで大きく切ってしまっていた。だから外見の醜さと傷跡の痛みが大きくなったうえ、身体を支え動かす筋力が低下した。これは一生、元に戻らない。
この手術は内容的に非常識すぎないかと詰問され、伊藤医師は、それでも患者の同意を得たから良いと抗弁した。同意書を取っているから自分は絶対に間違っていないとも言う。
しかし、それにしては、どうしてその同意書に、その問題の手術名が記載されていないのかと法廷で問われた伊藤医師は、「大雑把に」「ポッと書いた」からだと言った。これも速記録にある。医師としてはそれで全然問題ではなく、問題だと言う方がおかしいと主張していた。
そのうえ、医学部を卒業して数年で日本一の権威者になった自分が間違うはずがないと繰り返した。医師は免許取得してから何年も研鑽してやっと一人前なのが常識だが。
このため、他の医師たちも裁判になったことで事実を知ることとなり、学会で「除名すべきだ」との意見が出たし、同じ病院に勤務する医師でさえ、「こんな手術をしたら裁判沙汰も当然だ」と明言した。
その「美容」手術の結果。撮影は防衛医大の研修医。裁判で伊藤医師は、この手術が美容的に最善であると強弁した。

それからは、裁判の一方で、異常な状態となった患部を治すための手術をくりかえすことになる。最初は同じ病院の他の医師たちによる手術を数回受けていたが、「手に負えない」と言いだしての責任逃れと治療拒否だった。それで他の病院に行き手術を受けることになった。治すにしても、医師の得意分野があるから、それに応じ複数の病院へ行き、手術を受けた。これらを加えれば、最初から数えて二桁回数の手術を受けたことになる。
防衛医大の場合は―ドキュメント医療裁判 | 商品情報(書籍)
肝炎訴訟との関係
その医師が大橋巨泉氏の遺族から批判されたという報道
その症状は、いわゆる町医者から大学病院まで、複数の医師が良性の診断で一致していた。
そこで、国立防衛医科大学校病院(防衛医大)でレーザーにより色素を除去する処置をした。
ところが、それまで担当していた皮膚科の医師が退職し、その後にやって来た別の医師が問題だった。
その伊藤嘉恭という医師は、これまでやって来たことはすべて間違いで、手術するべきだと言い出した。なぜなら、今までは誤診により不適切な対処をしていたが、ほんとうは悪性なので完全切除しないと命にかかわるからだそうだ。これに患者は驚いたが、しかし「手術はすぐに終わり一気に完全に良くなる」と説明し、それでも渋る患者に強圧的な態度で同意させた。
ところが手術をし終わると、その医師は「完全に切除できなかったから、もう一回やる」と言い出し、さらに手術をくりかえした。「話が違う」と抗議しても、「始めたからには途中でやめることはできない」と勝ち誇ったような態度で、「やってしまえばこっちのもの」と言わんばかりだった。
そして入院して全身麻酔による手術は五回に及ぶ。実際にはせずに済んだが、大量出血が見込まれたので輸血の準備もしていた。非常に危険な手術だった。
そんな手術をくりかえしたあげくに、自分の執刀により傷跡だらけの状態となった患部を見て、「やっぱりこうまでして手術することは無かったな」と伊藤医師は苦笑して言った。しかし、試したい技法はやりつくして、医師としては興味が満たせてスキルアップが出来たという態度だった。実際に、そのとき使用した手術器材は、伊藤医師が個人的に医療機器製造業者に特別注文したもので、後にも先にも使用例が存在しない。
しかも、「手術することは無かった」と言うのだから、命に関わるという説明は虚偽だったことになり、これが後に問題となったら、防衛医大講師となった伊藤医師は、そんな説明していないと言い出した。では、なんで手術を薦めたのかというと、美容のためだと言う。そのズタズタという状態を、伊藤医師は美しくなったと強弁し、これを美しくないと言う者は人格が悪いと罵った。
また、裁判となったさい、命に関わる病気ではなく、患者本人が希望してもいないのに、麻酔や輸血による事故や合併症もあり得るハイリスクな手術をするように薦めて実行したのはなぜかと問われて、伊藤医師は、レーザーを続けることは「危険」だからと答えた。では何が危険なのかというと、「レーザーの跡は痒くなるんです。痒いのはけっこう辛いんです」と尋問のさいに言った。これは何かの冗談かと思われる方もいるだろうが、本当である。裁判の速記録にも載っている。さらに、手術で切ってしまったのが表面の皮膚だけであれば、ここまで大きな損傷とはならなかったのだけれど、実は筋肉まで大きく切ってしまっていた。だから外見の醜さと傷跡の痛みが大きくなったうえ、身体を支え動かす筋力が低下した。これは一生、元に戻らない。
この手術は内容的に非常識すぎないかと詰問され、伊藤医師は、それでも患者の同意を得たから良いと抗弁した。同意書を取っているから自分は絶対に間違っていないとも言う。
しかし、それにしては、どうしてその同意書に、その問題の手術名が記載されていないのかと法廷で問われた伊藤医師は、「大雑把に」「ポッと書いた」からだと言った。これも速記録にある。医師としてはそれで全然問題ではなく、問題だと言う方がおかしいと主張していた。
そのうえ、医学部を卒業して数年で日本一の権威者になった自分が間違うはずがないと繰り返した。医師は免許取得してから何年も研鑽してやっと一人前なのが常識だが。
このため、他の医師たちも裁判になったことで事実を知ることとなり、学会で「除名すべきだ」との意見が出たし、同じ病院に勤務する医師でさえ、「こんな手術をしたら裁判沙汰も当然だ」と明言した。
その「美容」手術の結果。撮影は防衛医大の研修医。裁判で伊藤医師は、この手術が美容的に最善であると強弁した。

それからは、裁判の一方で、異常な状態となった患部を治すための手術をくりかえすことになる。最初は同じ病院の他の医師たちによる手術を数回受けていたが、「手に負えない」と言いだしての責任逃れと治療拒否だった。それで他の病院に行き手術を受けることになった。治すにしても、医師の得意分野があるから、それに応じ複数の病院へ行き、手術を受けた。これらを加えれば、最初から数えて二桁回数の手術を受けたことになる。
防衛医大の場合は―ドキュメント医療裁判 | 商品情報(書籍)
肝炎訴訟との関係
その医師が大橋巨泉氏の遺族から批判されたという報道
by ruhiginoue
| 2010-02-20 02:58
| 司法





