食べるだけなら親は要らない
2010年 12月 18日
親がいなくても、万引きなどで子供は生きていける。そんなこと終戦直後にはざらにあったし、その後も家庭の事情からそうして生きてきた人たちがいることは、例えば内田春菊氏らが体験談を披露しているとおり。
そうした子供たちを利用している悪い大人がいて、それはヤクザなどの犯罪者だが、それでも孤児院など社会の公的な制度より遥かにマシだったりすることは「オリバーツイスト」などに描かれている。
しかし、教育は違う。万引きした本を熱心に読んで勉強し、たいへんな知識を持ったとしても、それでは認められない。学校を出たり資格をとったりするから、就職したり開業したりできる。
これは給食も同じこと。給食は食べるだけのものではない。学校給食法により、教育の一貫と定義づけられているから、栄養の摂取だけでなく、その知識に興味をもつきっかけとし、食事作法や集団生活を学ぶのである。だから親が費用を滞納しようと、子供には給食を提供しなければならないのだ。
そうしてみると、「子供手当」がいかに馬鹿げているかが解る。親に渡したらパチンコ代などに消える家庭は論外だが、生活費に消えても間接的に子供のためになるじゃないかという親が少なくなく、それは、子供にただ食わせれば親の義務を果たしたと錯覚している人が今も多いという情けない状態であり、そんなところへばらまいても、子供のためになるはずがない。
そして、給食費滞納の親に困っているところが多いため、それを子供手当から差引きしようということになったが、それより給食費を無償化するべきだろう。給食は教育なのだから。
さらに学校教育自体も、義務教育だけでなく中等教育(高校)も高等教育(大学)までも無償とし、家庭の財政とは無関係に、誰でも自由に教育を受けられるようにするべきだ。
そうすれば、「子供手当」なんて不要であり、無責任な親が、単に子供が餓死しなかっただけなのに、「でも育ててやった」と言い訳することもなくなるだろう。
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そうした子供たちを利用している悪い大人がいて、それはヤクザなどの犯罪者だが、それでも孤児院など社会の公的な制度より遥かにマシだったりすることは「オリバーツイスト」などに描かれている。
しかし、教育は違う。万引きした本を熱心に読んで勉強し、たいへんな知識を持ったとしても、それでは認められない。学校を出たり資格をとったりするから、就職したり開業したりできる。
これは給食も同じこと。給食は食べるだけのものではない。学校給食法により、教育の一貫と定義づけられているから、栄養の摂取だけでなく、その知識に興味をもつきっかけとし、食事作法や集団生活を学ぶのである。だから親が費用を滞納しようと、子供には給食を提供しなければならないのだ。
そうしてみると、「子供手当」がいかに馬鹿げているかが解る。親に渡したらパチンコ代などに消える家庭は論外だが、生活費に消えても間接的に子供のためになるじゃないかという親が少なくなく、それは、子供にただ食わせれば親の義務を果たしたと錯覚している人が今も多いという情けない状態であり、そんなところへばらまいても、子供のためになるはずがない。
そして、給食費滞納の親に困っているところが多いため、それを子供手当から差引きしようということになったが、それより給食費を無償化するべきだろう。給食は教育なのだから。
さらに学校教育自体も、義務教育だけでなく中等教育(高校)も高等教育(大学)までも無償とし、家庭の財政とは無関係に、誰でも自由に教育を受けられるようにするべきだ。
そうすれば、「子供手当」なんて不要であり、無責任な親が、単に子供が餓死しなかっただけなのに、「でも育ててやった」と言い訳することもなくなるだろう。
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by ruhiginoue
| 2010-12-18 23:15
| 社会





