フレデリック=フォーサイス『戦争の犬たち』
2011年 12月 11日
冷戦構造が変わってからすっかり冴えなくなってしまって、90年代に入ったころ自分でも書きにくくなったと告白していた英国の小説家・フレデリック=フォーサイスだが、その代表作の一つ『戦争の犬たち』を久々に思い出させたのがリビア情勢であった。
この『戦争の犬たち』は、プラチナ鉱山の利権を目当てに、アフリカ某国へ傭兵部隊を送り込みクーデターを起こし傀儡政権を樹立しようとする英国の資本家の陰謀を描いた小説で、モデルとなったのはアフリカのビアフラであった。
これと同様に、欧米はリビアの油田や金を目当てに、傭兵を雇うことで反乱が起きたように偽装したのだった。
ただ、そう順調にはいかず、全面的なNATOの軍事介入が必要であったわけだ。それだけ世界の情勢と構造が変化していて、特に欧米の衰退は著しいというより致命的で、一部の資本家は潤っても国全体に利益はなく、戦費の負担で財政が悪化するばかりで、お先は真っ暗である。
そんな絶望の欧米を象徴するリビア侵略は、中心となったのがフランスで、サルコジ大統領はかつて石油の取引で便宜をはかる見返りとしてリビアから選挙資金を受け、その後はユダヤ系に身と国を売って、秘密を知るカダフィとその次男のセイフ・アル・イスラムの口封じを目論んだと指摘されているが、そんなとんでもない大統領を批判するフランス国民たちは、サルコジと違いド・ゴール大統領は良かった言っている。
そのド・ゴール暗殺を目論む狙撃者と、阻止しようとする当局の攻防を描いたのが、もう一つのフォーサイスの代表作『ジャッカルの日』だった。さらに傑作と言えるのが、暗躍するナチ残党を追う記者の命がけの取材を描いた『オデッサファイル』で、この三傑作が代表作と言えるし、それ以外は実は大して面白くない。
この『オデッサファイル』は、今は亡き筑紫哲也氏が、飛行機の中で暇つぶしに読み始めたら夢中になってしまい、着いてからも仕事を後回しにして残りを読み切ったと言っていたので、それで翻訳の文庫本を読みはじめたら、自分も一気に読んでしまった。面白かったうえに読みやすい文だったからだ。
そのあと外国に行く身内に、飛行機の中で読む文庫本として貸したら、面白くて着く前に読み終えたと言い、お礼にとカナダでペーパーバックをおみやげに買ってきてくれた。
そして英語でも早く読めると言うので、読んでみたら日本語よりはずっと遅くなったが、確かにそうだった。先に翻訳を読んでカンニングしているだけでは説明できない早さだった。筑紫氏は英語で読んだから、少し残ったのだろう。それでも機内で長編をほとんど読んだのだから、それだけの英語力があったというわけだが。
後に筑紫氏はフォーサイスに会ってインタビューしているが、フォーサイスが言うには、彼は元新聞記者なので文学的な描写ではなく淡々とした文章を心がけ、読みやすくするため一文中の文節は七つまでと決めているそうだ。
そういうことかと納得したのだが、これは試みると実はなかなか難しいことだった。

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この『戦争の犬たち』は、プラチナ鉱山の利権を目当てに、アフリカ某国へ傭兵部隊を送り込みクーデターを起こし傀儡政権を樹立しようとする英国の資本家の陰謀を描いた小説で、モデルとなったのはアフリカのビアフラであった。
これと同様に、欧米はリビアの油田や金を目当てに、傭兵を雇うことで反乱が起きたように偽装したのだった。
ただ、そう順調にはいかず、全面的なNATOの軍事介入が必要であったわけだ。それだけ世界の情勢と構造が変化していて、特に欧米の衰退は著しいというより致命的で、一部の資本家は潤っても国全体に利益はなく、戦費の負担で財政が悪化するばかりで、お先は真っ暗である。
そんな絶望の欧米を象徴するリビア侵略は、中心となったのがフランスで、サルコジ大統領はかつて石油の取引で便宜をはかる見返りとしてリビアから選挙資金を受け、その後はユダヤ系に身と国を売って、秘密を知るカダフィとその次男のセイフ・アル・イスラムの口封じを目論んだと指摘されているが、そんなとんでもない大統領を批判するフランス国民たちは、サルコジと違いド・ゴール大統領は良かった言っている。
そのド・ゴール暗殺を目論む狙撃者と、阻止しようとする当局の攻防を描いたのが、もう一つのフォーサイスの代表作『ジャッカルの日』だった。さらに傑作と言えるのが、暗躍するナチ残党を追う記者の命がけの取材を描いた『オデッサファイル』で、この三傑作が代表作と言えるし、それ以外は実は大して面白くない。
この『オデッサファイル』は、今は亡き筑紫哲也氏が、飛行機の中で暇つぶしに読み始めたら夢中になってしまい、着いてからも仕事を後回しにして残りを読み切ったと言っていたので、それで翻訳の文庫本を読みはじめたら、自分も一気に読んでしまった。面白かったうえに読みやすい文だったからだ。
そのあと外国に行く身内に、飛行機の中で読む文庫本として貸したら、面白くて着く前に読み終えたと言い、お礼にとカナダでペーパーバックをおみやげに買ってきてくれた。
そして英語でも早く読めると言うので、読んでみたら日本語よりはずっと遅くなったが、確かにそうだった。先に翻訳を読んでカンニングしているだけでは説明できない早さだった。筑紫氏は英語で読んだから、少し残ったのだろう。それでも機内で長編をほとんど読んだのだから、それだけの英語力があったというわけだが。
後に筑紫氏はフォーサイスに会ってインタビューしているが、フォーサイスが言うには、彼は元新聞記者なので文学的な描写ではなく淡々とした文章を心がけ、読みやすくするため一文中の文節は七つまでと決めているそうだ。
そういうことかと納得したのだが、これは試みると実はなかなか難しいことだった。

by ruhiginoue
| 2011-12-11 21:51
| 文学





