動植物はカタカナ表記
2013年 05月 31日
爽やかな春は過ぎ去ってしまったが、気温は上がり雨が降るから植物は元気そうだ。
動植物の表記は、漢字があってもカタカナにする習慣になっている。それで、漢字を見たことがあっても書かないから、読めても書けないことが多い。
昔、田原俊彦という歌手が、自分の歌のなかに「薔薇」の言葉があるので、なにか書く機会があるかもしれないので、漢字で書く練習をしたと言い、テレビの歌番組で書いてみせたことがある。それより歌のほうを練習するべきではないかと思われたが、それはともかく、たしかに「バラ」と書いてばかりだから漢字は書こうとすると思い出しにくい。
それに比べ、桜は単純だから書きやすいが、記事などはカタカナ表記で統一しているため、前に『しんぶん赤旗』が、春の花見の季節に党が集会を開いたという記事で、志位委員長が演説しているまわりは「サクラがいっぱい」と書かれていたから、変な意味になってしまうのではないかと思い、発行元の中央委員会に電話して指摘したのだが、「変な意味にしようと書く記者はいないし、党員なら変な意味に読んだりはしません」ということだった。ならいいんだけどね、と思った。
そんな季節をすぎ、選挙に向けて騒がしくなってもいて、昼間は蒸し暑くて不快である。真昼の蒸し暑さは自分の試練であるという歌詞が、韓国の歌にあった。この『朝露』は、直接政治的でないのになぜか禁止されていて、民主化運動の象徴的な歌とも言われる。英語の歌なら、we shall over come といったところか。
そういう歌が日本にはあるだろうか。よく、日本の歌は社会性が無いと言われ、これに多くの歌手たちが、歌で社会は変わらないと言い訳する。
それについて、『赤旗』に、クラシック系作曲家の池辺晋一郎氏が、こう言っていたのが掲載されていた。
「音楽で社会が変えられるかどうかと言えば、変えられない。岩よ動けと熱唱しても、まったく動かない。それと同じこと。ただ、大きな岩を動かそうとして、岩の下に手を入れて、そのとき唄えば力が出る。それが音楽だと思う」
この池辺晋一郎氏は、武満徹も伊福部昭も亡くなった日本にとって、今では代表的な作曲家と言われている。そして政治的な発言も、進歩的な立場から盛んだ。
また、駄洒落・親父ギャグの大家でもあり、「緻密な演奏を心がけて、四重奏団は始終相談している」などと言いまくり、音楽だけでなく政治の話をしている時にも、例えば志位委員長に向って、応援していると言って喜ばせながら、「僕はいつも、新聞は赤旗、ジャムはアオハタ」という調子であるから、この駄洒落攻撃に誰もが白旗だと言われたものだった。
このように、サクラとかいう話より、笑いをとれるほうに行きたいものだ。
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動植物の表記は、漢字があってもカタカナにする習慣になっている。それで、漢字を見たことがあっても書かないから、読めても書けないことが多い。
昔、田原俊彦という歌手が、自分の歌のなかに「薔薇」の言葉があるので、なにか書く機会があるかもしれないので、漢字で書く練習をしたと言い、テレビの歌番組で書いてみせたことがある。それより歌のほうを練習するべきではないかと思われたが、それはともかく、たしかに「バラ」と書いてばかりだから漢字は書こうとすると思い出しにくい。
それに比べ、桜は単純だから書きやすいが、記事などはカタカナ表記で統一しているため、前に『しんぶん赤旗』が、春の花見の季節に党が集会を開いたという記事で、志位委員長が演説しているまわりは「サクラがいっぱい」と書かれていたから、変な意味になってしまうのではないかと思い、発行元の中央委員会に電話して指摘したのだが、「変な意味にしようと書く記者はいないし、党員なら変な意味に読んだりはしません」ということだった。ならいいんだけどね、と思った。
そんな季節をすぎ、選挙に向けて騒がしくなってもいて、昼間は蒸し暑くて不快である。真昼の蒸し暑さは自分の試練であるという歌詞が、韓国の歌にあった。この『朝露』は、直接政治的でないのになぜか禁止されていて、民主化運動の象徴的な歌とも言われる。英語の歌なら、we shall over come といったところか。
そういう歌が日本にはあるだろうか。よく、日本の歌は社会性が無いと言われ、これに多くの歌手たちが、歌で社会は変わらないと言い訳する。
それについて、『赤旗』に、クラシック系作曲家の池辺晋一郎氏が、こう言っていたのが掲載されていた。
「音楽で社会が変えられるかどうかと言えば、変えられない。岩よ動けと熱唱しても、まったく動かない。それと同じこと。ただ、大きな岩を動かそうとして、岩の下に手を入れて、そのとき唄えば力が出る。それが音楽だと思う」
この池辺晋一郎氏は、武満徹も伊福部昭も亡くなった日本にとって、今では代表的な作曲家と言われている。そして政治的な発言も、進歩的な立場から盛んだ。
また、駄洒落・親父ギャグの大家でもあり、「緻密な演奏を心がけて、四重奏団は始終相談している」などと言いまくり、音楽だけでなく政治の話をしている時にも、例えば志位委員長に向って、応援していると言って喜ばせながら、「僕はいつも、新聞は赤旗、ジャムはアオハタ」という調子であるから、この駄洒落攻撃に誰もが白旗だと言われたものだった。
このように、サクラとかいう話より、笑いをとれるほうに行きたいものだ。
by ruhiginoue
| 2013-05-31 18:43
| 雑感





