「アルジャーノンに花束を」じゃあるまいし頭が悪いから脳手術?
2013年 06月 07日
報道によると、宮城県石巻市の市立中学校で、40代の女性教諭が入学したばかりの複数の1年生に暴言を繰り返し、学校が保護者らに謝罪していたそうだ。同教諭は今年の新学期早々、体育の授業中に整列がうまくできなかった生徒に「頭が悪いなら脳みそを手術してきなさい」などと暴言を吐いたほか、掃除のやり方が分からず戸惑っていた生徒に「頭おかしいの」と発言するなどしたらしい。
この教諭の、他の暴言も併せて考えると、思い通りにならない他人は能力が劣っているという発想をする人なのではないかと考えられる。そういう困った人は時々いるものだ。
しかし、ダニエル キースの有名な小説『アルジャーノンに花束を』みたいに、脳を手術して知能が高くなるということは、今のところ現実には無い。そのため、場合によっては冗談として許される言い方になることもある。それと違って、現実に可能なら、そのほうが暴言になる場合もある。
以前、今は亡き中川昭一という国会議員が、自分と異なる政治的見解を持つ人たちについて、頭が悪いという趣旨の発言をした。これだけでも問題だが、そのうえで、「クロイツフェルトヤコブ病に感染して脳がスポンジ状になっている」と言ったから、患者とその家族から抗議を受け、中川は謝罪した。
よく頭がボケているという意味で「脳がウニになっている」という表現をするが、これは冗談ですむ。脳とウニの中身の外見が似ているけれど、現実に脳がウニになることは無いからだ。だから「中川昭一は酒飲んでばかりいるから、脳がウニになってるいる」というのは冗談とか皮肉になる。
しかし、クロイツフェルトヤコブ病は現実にある病気で、脳がスポンジ状になって死に至る恐ろしい病気だ。これで苦痛と恐怖と不安を感じている人とその家族がいるし、また家族を失い悲しんでいるたちが、現実にいる。しかも、これは薬害によって広がったのだから、政治の責任であり、ますます政治家の発言として許されない。
そういう観点だと、かつて自分が小学生だった当時の担任教師の暴言を思い出す。転校生が来て、彼は行動に問題があった。暴力をふるわれた人もいる。そのため自分も含めて同じ組の児童の多くが、嫌な思いをした。それで怒った担任の教師が言った。
「おまえは転校ばかりして友達ができないから、そうなんだ。もう転校しないように、お父さんに頼め」
これは、ひどいと思った。その転校生が嫌いだったけど、それは無いだろうと、9歳の小学生でも理解できた。
その転校生は実際に、転校してくる前にも、すでに何度か転校していたらしい。そして、しばらくしたら父親の仕事の関係で、また転校して行った。友達ができなくても当然だろうし、それが言動に影響しているかもしれない。
しかし、家庭の事情は色々ある。転勤が頻繁にある仕事かもしれないし、事業がうまくいかなくて債権者に追われているとか、政治的な理由から権力に追われて身分を欺いているとかで、バレそうになったら転校ということかもしれない。
そういうことが現実にあるから、転校しなければ良いんだとしても、そうだからこそ、安易に言ってはいけないはずだ。
ということで、教師の生徒児童に対する暴言は昔からあることだけど、しかし問題になって謝罪することもあるようになったのだから、昔よりは良くなっているのかもしれない。
1日1クリック投票をお願いします
この教諭の、他の暴言も併せて考えると、思い通りにならない他人は能力が劣っているという発想をする人なのではないかと考えられる。そういう困った人は時々いるものだ。
しかし、ダニエル キースの有名な小説『アルジャーノンに花束を』みたいに、脳を手術して知能が高くなるということは、今のところ現実には無い。そのため、場合によっては冗談として許される言い方になることもある。それと違って、現実に可能なら、そのほうが暴言になる場合もある。
以前、今は亡き中川昭一という国会議員が、自分と異なる政治的見解を持つ人たちについて、頭が悪いという趣旨の発言をした。これだけでも問題だが、そのうえで、「クロイツフェルトヤコブ病に感染して脳がスポンジ状になっている」と言ったから、患者とその家族から抗議を受け、中川は謝罪した。
よく頭がボケているという意味で「脳がウニになっている」という表現をするが、これは冗談ですむ。脳とウニの中身の外見が似ているけれど、現実に脳がウニになることは無いからだ。だから「中川昭一は酒飲んでばかりいるから、脳がウニになってるいる」というのは冗談とか皮肉になる。
しかし、クロイツフェルトヤコブ病は現実にある病気で、脳がスポンジ状になって死に至る恐ろしい病気だ。これで苦痛と恐怖と不安を感じている人とその家族がいるし、また家族を失い悲しんでいるたちが、現実にいる。しかも、これは薬害によって広がったのだから、政治の責任であり、ますます政治家の発言として許されない。
そういう観点だと、かつて自分が小学生だった当時の担任教師の暴言を思い出す。転校生が来て、彼は行動に問題があった。暴力をふるわれた人もいる。そのため自分も含めて同じ組の児童の多くが、嫌な思いをした。それで怒った担任の教師が言った。
「おまえは転校ばかりして友達ができないから、そうなんだ。もう転校しないように、お父さんに頼め」
これは、ひどいと思った。その転校生が嫌いだったけど、それは無いだろうと、9歳の小学生でも理解できた。
その転校生は実際に、転校してくる前にも、すでに何度か転校していたらしい。そして、しばらくしたら父親の仕事の関係で、また転校して行った。友達ができなくても当然だろうし、それが言動に影響しているかもしれない。
しかし、家庭の事情は色々ある。転勤が頻繁にある仕事かもしれないし、事業がうまくいかなくて債権者に追われているとか、政治的な理由から権力に追われて身分を欺いているとかで、バレそうになったら転校ということかもしれない。
そういうことが現実にあるから、転校しなければ良いんだとしても、そうだからこそ、安易に言ってはいけないはずだ。
ということで、教師の生徒児童に対する暴言は昔からあることだけど、しかし問題になって謝罪することもあるようになったのだから、昔よりは良くなっているのかもしれない。
by ruhiginoue
| 2013-06-07 00:53
| 社会





