左翼が共産党を嫌うわけ
2014年 02月 04日
一度だけ会ったことがある(多分むこうはこっちを忘れている)映画評論家の佐藤忠男は、高卒の労働者から投稿マニアとなって、そこから評論家に転じたが、すると出版業界には大卒者が多く、そうした人たちと接したら共産党への愛憎が凄くて驚いてしまったと書いていたことがある。
その前まで彼は一般的な労働者の中にいて、そこでは共産党員というと政治に関心がある人だからと組合の役員に祭り上げられたりした程度だったのだが、それとは違い当時の高学歴者にとって共産党はちょっとした権威で、持ち上げたり批判したりすることは大層な意味をもっていた。それで同世代の映画監督・大島渚も、左翼を自称しながらやけに共産党批判するというわけだ、という趣旨も書いていた。
これが都知事選挙にも反映していて、七十歳とか八十歳の「後期高齢者」である左翼たちが細川元総理を応援し、当の細川陣営が共産党や社民党の応援は要らないと明言しているのに、共産党が他の候補者を応援していると言って罵るのである。
その一人が、大島渚の尊敬する澤地久枝であり、かつてパーティーの席上で野坂昭如に殴られた大島の眼鏡を拾ったのは澤地である。もともと権力を批判しない平和主義者だった澤地は、宇都宮候補の自宅に押しかけて選挙妨害するという異常な行動をとって耄碌ぶりを発揮した。
かつて左翼の人たちは、左翼として正しく運動するためには、その老舗である共産党の良くない部分を、失敗しないための手本としようと考えたが、それが本末転倒してしまい、本来の敵である右翼も自民党も独占大資本もアメリカ帝国主義も受け容れて、共産党を避けようという発想に逆転してしまったのだ。
そうした発想をかつて茶化したのが、ビートたけし初期のギャグであった。
「歩いていたら、道端に野糞みたいなのが落ちている。あれはウンコなのだろうか。近寄って見たらウンコのようだ。顔を近づけて臭いを嗅いでもウンコとしか思えない。手で触ってみたら感触もウンコだ。舌で舐めたら味もウンコ。やっぱりウンコだった。やあー、良かったですよ、踏まなくて」

その前まで彼は一般的な労働者の中にいて、そこでは共産党員というと政治に関心がある人だからと組合の役員に祭り上げられたりした程度だったのだが、それとは違い当時の高学歴者にとって共産党はちょっとした権威で、持ち上げたり批判したりすることは大層な意味をもっていた。それで同世代の映画監督・大島渚も、左翼を自称しながらやけに共産党批判するというわけだ、という趣旨も書いていた。
これが都知事選挙にも反映していて、七十歳とか八十歳の「後期高齢者」である左翼たちが細川元総理を応援し、当の細川陣営が共産党や社民党の応援は要らないと明言しているのに、共産党が他の候補者を応援していると言って罵るのである。
その一人が、大島渚の尊敬する澤地久枝であり、かつてパーティーの席上で野坂昭如に殴られた大島の眼鏡を拾ったのは澤地である。もともと権力を批判しない平和主義者だった澤地は、宇都宮候補の自宅に押しかけて選挙妨害するという異常な行動をとって耄碌ぶりを発揮した。
かつて左翼の人たちは、左翼として正しく運動するためには、その老舗である共産党の良くない部分を、失敗しないための手本としようと考えたが、それが本末転倒してしまい、本来の敵である右翼も自民党も独占大資本もアメリカ帝国主義も受け容れて、共産党を避けようという発想に逆転してしまったのだ。
そうした発想をかつて茶化したのが、ビートたけし初期のギャグであった。
「歩いていたら、道端に野糞みたいなのが落ちている。あれはウンコなのだろうか。近寄って見たらウンコのようだ。顔を近づけて臭いを嗅いでもウンコとしか思えない。手で触ってみたら感触もウンコだ。舌で舐めたら味もウンコ。やっぱりウンコだった。やあー、良かったですよ、踏まなくて」

by ruhiginoue
| 2014-02-04 23:27
| 政治





