靖国神社に政治家が参拝するのは祟りが怖いから
2014年 08月 17日
靖国神社に政府の関係者が参拝することが問題になるのは、まず、憲法で規定された政教分離に違反するからで、実際に宗教へ肩入れしている政治家は宗教団体の組織的な集票など個人的に利益を得ているから、癒着は公益を損なう。
また、戦犯まで合祀したため、国内だけでなく戦争の相手だった外国からも抗議された。昭和天皇が靖国参拝をしなくなったのは戦犯合祀が不愉快だったからで、そう述べていたことを宮内庁長官が書き残しており、周辺の事実と一致するため、この発言はほんとうだろうと、右派と呼ばれる人たちでも結論づけている。
それでも靖国神社にこだわって参拝する政治家がいるのはなぜか。ウケ狙いでやっている人がいて、例えば石原慎太郎など、そうとしか見えないパフォーマンスをしているけれど、そうではなく本気で熱心に参拝している人たちの様子には不可解な感じがする。
そもそも、詳しく分析すれば不利だとの指摘が当時からあったのに、それでも日本は必ず勝つと言って開戦を強行したのだ。日本は、神が人の姿となった天皇を中心にした神の国だから、戦争をすれば必ず勝ち、戦死した者も靖国神社に祀られ神になる、ということだった。
それは嘘だったことを、敗戦の現実が証明した。この現実を自認したということを、玉音放送によって政府と天皇が発表した。その記念日に、その嘘の犠牲者たちを、国に命を捧げた英雄だから神だといって祀る神社に、大臣や政権与党の議員らが参拝するというのは、過去に政府がしてきたことと整合性がない。
もちろん、靖国神社に参拝する人たちのなかには、単に現実をうけいれず妄想に囚われているだけの人もいるだろう。しかし、日本古来の伝統だからどうしても、という人たちも少なくないし、実際にそうした信仰がある。
日本人の精神風土のドロドロした部分を題材とした横溝正史の小説で、特に人気がある『八つ墓村』は、騙し討で惨殺した落武者らの祟りを恐れた村人たちが、村の守り神と祀りなだめた、というところから始まる話だが、このように、自分で殺しておいて、あとから祟りを恐れ神と祀る信仰が日本にある。
実は靖国神社も元は同じ発想だった。戦争で死に追いやっておいて、祟らないように祀り英雄とおだてた。だから、無謀な戦争によって敗北したら兵は犬死にであり、勝ってもいないのに英雄だと持ち上げるのでは辻褄が合わないようだが、しかし日本古来の特異な信仰によれば、犬死にさせてしまったから、祟らないで欲しくて英雄だと持ち上げるというのは、不可解ではない。
これを神社庁が隠蔽しようと國學院大学神道学科に圧力をかけたことがある。80年代の半ばに、靖国神社の成り立ちを指摘したうえで政治的な利用は英霊への冒涜ではないかと批判した神道学者に対し、国家護持運動の妨げになるとクレームをつけたため、不当な介入として問題になったのだった。
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また、戦犯まで合祀したため、国内だけでなく戦争の相手だった外国からも抗議された。昭和天皇が靖国参拝をしなくなったのは戦犯合祀が不愉快だったからで、そう述べていたことを宮内庁長官が書き残しており、周辺の事実と一致するため、この発言はほんとうだろうと、右派と呼ばれる人たちでも結論づけている。
それでも靖国神社にこだわって参拝する政治家がいるのはなぜか。ウケ狙いでやっている人がいて、例えば石原慎太郎など、そうとしか見えないパフォーマンスをしているけれど、そうではなく本気で熱心に参拝している人たちの様子には不可解な感じがする。
そもそも、詳しく分析すれば不利だとの指摘が当時からあったのに、それでも日本は必ず勝つと言って開戦を強行したのだ。日本は、神が人の姿となった天皇を中心にした神の国だから、戦争をすれば必ず勝ち、戦死した者も靖国神社に祀られ神になる、ということだった。
それは嘘だったことを、敗戦の現実が証明した。この現実を自認したということを、玉音放送によって政府と天皇が発表した。その記念日に、その嘘の犠牲者たちを、国に命を捧げた英雄だから神だといって祀る神社に、大臣や政権与党の議員らが参拝するというのは、過去に政府がしてきたことと整合性がない。
もちろん、靖国神社に参拝する人たちのなかには、単に現実をうけいれず妄想に囚われているだけの人もいるだろう。しかし、日本古来の伝統だからどうしても、という人たちも少なくないし、実際にそうした信仰がある。
日本人の精神風土のドロドロした部分を題材とした横溝正史の小説で、特に人気がある『八つ墓村』は、騙し討で惨殺した落武者らの祟りを恐れた村人たちが、村の守り神と祀りなだめた、というところから始まる話だが、このように、自分で殺しておいて、あとから祟りを恐れ神と祀る信仰が日本にある。
実は靖国神社も元は同じ発想だった。戦争で死に追いやっておいて、祟らないように祀り英雄とおだてた。だから、無謀な戦争によって敗北したら兵は犬死にであり、勝ってもいないのに英雄だと持ち上げるのでは辻褄が合わないようだが、しかし日本古来の特異な信仰によれば、犬死にさせてしまったから、祟らないで欲しくて英雄だと持ち上げるというのは、不可解ではない。
これを神社庁が隠蔽しようと國學院大学神道学科に圧力をかけたことがある。80年代の半ばに、靖国神社の成り立ちを指摘したうえで政治的な利用は英霊への冒涜ではないかと批判した神道学者に対し、国家護持運動の妨げになるとクレームをつけたため、不当な介入として問題になったのだった。
by ruhiginoue
| 2014-08-17 14:15
| 政治





