『朝日』以外は新聞じゃないか?
2014年 08月 31日
従軍慰安婦の問題で、朝日新聞が取り上げたものの信憑性なしと取り消したのは、全体の中の一部の、さらにその中の一部についてだが、これをもってすべてを否定する「一点突破全面展開論法」が一部で行われていて滑稽だ。それよりもっと滑稽なのは、同じことを昔から書いていた『読売』と『産経』が『朝日』を非難していることだ。
それによると、どうやら『読売』や『産経』はちっとも影響が無かったけど、『朝日』が書いたら影響力があったという僻み根性のようだ。それが歪んだ形となり『朝日』を非難しているというわけだ。他に解釈のしようがない。
それにしても、『産経』は、もともと新聞じゃないと言われてきて、実際にフジサンケイグループの中でお荷物いされてきたし、記事も素人臭いから、そんなのに影響力などあるわけないというのも理解できるのだが、これと『読売』は違うような気がする。
ところが、出版業界では、新聞の書評に取り上げられることは売り上げにつながるから歓迎するけれど、ただし、これは『朝日』でないと意味がないと言う人がいる。どこであっても取り上げてくれないよりはマシではあるが、しかし、ほんとうに影響力があるのは『朝日』だけだという。
なぜなら、『毎日』などは部数が少なく、影響力が乏しいからだ。
では『読売』は『朝日』より部数が多いけど、なぜ駄目なのか。それは、『読売』の読者は書評を読んで本を買うことがないからだ。これは同紙の特徴を象徴的に示している。
実際、欧米の大学などのメディア研究でも、充実した一流紙というと、アメリカのニューヨークタイムズとロサンゼルスタイムズ、イギリスのタイムズとガーディアン、フランスのルモンド、ドイツのフランクフルターアルゲマイネツァイトゥンク、日本の朝日新聞、が挙げられ、そのさい日本の新聞でもっとも部数が多い『読売』は、娯楽的な要素が強く、低レベルな庶民が読者に多いからだと指摘されている。
つまり『読売』は、一般紙の体裁をとっているけれど、実際はスポーツ新聞なのだ。そうとは知らず、記者上がりのチーママ社長であるナベツネこと渡部恒雄氏は、日本最大の発行部数の新聞で独裁体制を敷いたので日本国を好き勝手にできると錯覚し、改憲草案まで発表してみたが「笛吹けど踊らず」だった。
このナベツネ氏は、東大生の時にマルクスボーイで日本共産党に正式入党もしたが、後に転向したことはよく知られていることだ。しかし、よく高齢の共産党員には「『赤旗』の部数が増えれば日本が変わる」と言う人がいるけれど、これと同じで、ナベツネ氏も党員だった当時の癖というか願望というかが、抜けていなかったのだろう。
そんな、新聞ごときで国が変わるなんて、政党機関紙ですらありえないのに、スポーツ新聞ではなおさらである。なのに映画『市民ケーン』のような思い込みをする人でも社長になれてしまったうえワンマンと呼ばれるようにまでなるのだから、『読売』がその程度だったということである。
だから、『朝日』の中身にはいろいろと難があるけれど、それでもいちおう一般的に真面目な報道をする唯一の新聞である。はっきり言うと日本で新聞は『朝日』だけということだ。『朝日』がよいのではなく、他がダメというのでもなく、『朝日』だけが新聞で、ほかは新聞ではない新聞モドキということだろう。
それをみんな知っているのか、駅の売店でもコンビニでも、最も早く売り切れるのは『朝日』である、との現実がある。特に読む時間が限られていると、『朝日』の記事は斜め読みでも理解できる構成力と表現力があり、これは他紙を圧倒している。

それによると、どうやら『読売』や『産経』はちっとも影響が無かったけど、『朝日』が書いたら影響力があったという僻み根性のようだ。それが歪んだ形となり『朝日』を非難しているというわけだ。他に解釈のしようがない。
それにしても、『産経』は、もともと新聞じゃないと言われてきて、実際にフジサンケイグループの中でお荷物いされてきたし、記事も素人臭いから、そんなのに影響力などあるわけないというのも理解できるのだが、これと『読売』は違うような気がする。
ところが、出版業界では、新聞の書評に取り上げられることは売り上げにつながるから歓迎するけれど、ただし、これは『朝日』でないと意味がないと言う人がいる。どこであっても取り上げてくれないよりはマシではあるが、しかし、ほんとうに影響力があるのは『朝日』だけだという。
なぜなら、『毎日』などは部数が少なく、影響力が乏しいからだ。
では『読売』は『朝日』より部数が多いけど、なぜ駄目なのか。それは、『読売』の読者は書評を読んで本を買うことがないからだ。これは同紙の特徴を象徴的に示している。
実際、欧米の大学などのメディア研究でも、充実した一流紙というと、アメリカのニューヨークタイムズとロサンゼルスタイムズ、イギリスのタイムズとガーディアン、フランスのルモンド、ドイツのフランクフルターアルゲマイネツァイトゥンク、日本の朝日新聞、が挙げられ、そのさい日本の新聞でもっとも部数が多い『読売』は、娯楽的な要素が強く、低レベルな庶民が読者に多いからだと指摘されている。
つまり『読売』は、一般紙の体裁をとっているけれど、実際はスポーツ新聞なのだ。そうとは知らず、記者上がりのチーママ社長であるナベツネこと渡部恒雄氏は、日本最大の発行部数の新聞で独裁体制を敷いたので日本国を好き勝手にできると錯覚し、改憲草案まで発表してみたが「笛吹けど踊らず」だった。
このナベツネ氏は、東大生の時にマルクスボーイで日本共産党に正式入党もしたが、後に転向したことはよく知られていることだ。しかし、よく高齢の共産党員には「『赤旗』の部数が増えれば日本が変わる」と言う人がいるけれど、これと同じで、ナベツネ氏も党員だった当時の癖というか願望というかが、抜けていなかったのだろう。
そんな、新聞ごときで国が変わるなんて、政党機関紙ですらありえないのに、スポーツ新聞ではなおさらである。なのに映画『市民ケーン』のような思い込みをする人でも社長になれてしまったうえワンマンと呼ばれるようにまでなるのだから、『読売』がその程度だったということである。
だから、『朝日』の中身にはいろいろと難があるけれど、それでもいちおう一般的に真面目な報道をする唯一の新聞である。はっきり言うと日本で新聞は『朝日』だけということだ。『朝日』がよいのではなく、他がダメというのでもなく、『朝日』だけが新聞で、ほかは新聞ではない新聞モドキということだろう。
それをみんな知っているのか、駅の売店でもコンビニでも、最も早く売り切れるのは『朝日』である、との現実がある。特に読む時間が限られていると、『朝日』の記事は斜め読みでも理解できる構成力と表現力があり、これは他紙を圧倒している。

by ruhiginoue
| 2014-08-31 21:19
| 社会





