『野火』の再映画化
2015年 07月 27日
『野火』が再映画化されて好評だ。
原作は大岡昇平の同名小説で、かつて高校の現代国語の教科書に載っていたことがある。「私は頬をぶたれた」で始まる出だしから「私」が敵の猛砲撃を受けて逃げ惑う仲間の姿を見てなぜか自分でもわからず笑い出すまでの抜粋だった。この続きは文庫本を買って読んだが、買ってから自宅にある文学全集に収録されていると気づき、損した気分になった。
『野火』を読んで思ったのは、映画にしたら良いということだった。そうしたら、すでに市川昆監督に映画化されていると知った。ただ、当時はビデオなど無かった。そうしたら、旧文芸座で毎年夏になると戦争特集があり、そこで『野火』も上映すると広告で知り、観に行った。
いきなり殴られる場面から始まるのは同じだが、原作のような恐い感じがしない。ジャングルの中を行進する場面はどう見ても『羅生門』で薮の中に入って行くあの場面のようで、映像も芥川也寸志の音楽も意識しているのが判る。
少々ガッカリした。二本立てで併映されていた、山本薩夫監督、野間宏原作、『真空地帯』のほうが印象が強かった。
市川昆監督は『ビルマの竪琴』を自分でリメイクしている。『野火』と同様モノクロ映画だったが、宝石の映像があるからカラーにしたいということだった。
そして公私共にパートナーの和田夏十が書いた同じ脚本を使ったが一部改ざんしていた。旧作と違い新作では、地元の人たちが日本軍に好意的に描かれている。
この再映画化はフジテレビの製作で、大々的な宣伝と営業がされた。フジテレビの社員はチケットを強制的に売らされ、「ノルマの大事」だと皮肉っていた。
そうしてリメイクされた『ビルマの竪琴』は、改竄されて戦争加害行為を隠蔽し、戦没者の追悼を訴え、当時の中曽根首相の靖国神社公式参拝強行に合わせたプロパガンダとなっていた。
しかし、それらの映画化を見てきた世代の監督が、『野火』を寄付やスタッフとキャスト兼任で再映画化し、告発が真に迫っていると好評であるから、日本映画にも良いことがあったのだった。
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原作は大岡昇平の同名小説で、かつて高校の現代国語の教科書に載っていたことがある。「私は頬をぶたれた」で始まる出だしから「私」が敵の猛砲撃を受けて逃げ惑う仲間の姿を見てなぜか自分でもわからず笑い出すまでの抜粋だった。この続きは文庫本を買って読んだが、買ってから自宅にある文学全集に収録されていると気づき、損した気分になった。
『野火』を読んで思ったのは、映画にしたら良いということだった。そうしたら、すでに市川昆監督に映画化されていると知った。ただ、当時はビデオなど無かった。そうしたら、旧文芸座で毎年夏になると戦争特集があり、そこで『野火』も上映すると広告で知り、観に行った。
いきなり殴られる場面から始まるのは同じだが、原作のような恐い感じがしない。ジャングルの中を行進する場面はどう見ても『羅生門』で薮の中に入って行くあの場面のようで、映像も芥川也寸志の音楽も意識しているのが判る。
少々ガッカリした。二本立てで併映されていた、山本薩夫監督、野間宏原作、『真空地帯』のほうが印象が強かった。
市川昆監督は『ビルマの竪琴』を自分でリメイクしている。『野火』と同様モノクロ映画だったが、宝石の映像があるからカラーにしたいということだった。
そして公私共にパートナーの和田夏十が書いた同じ脚本を使ったが一部改ざんしていた。旧作と違い新作では、地元の人たちが日本軍に好意的に描かれている。
この再映画化はフジテレビの製作で、大々的な宣伝と営業がされた。フジテレビの社員はチケットを強制的に売らされ、「ノルマの大事」だと皮肉っていた。
そうしてリメイクされた『ビルマの竪琴』は、改竄されて戦争加害行為を隠蔽し、戦没者の追悼を訴え、当時の中曽根首相の靖国神社公式参拝強行に合わせたプロパガンダとなっていた。
しかし、それらの映画化を見てきた世代の監督が、『野火』を寄付やスタッフとキャスト兼任で再映画化し、告発が真に迫っていると好評であるから、日本映画にも良いことがあったのだった。
by ruhiginoue
| 2015-07-27 06:02
| 映画





