菊池誠に騙される共産党議員の頭の程度
2015年 07月 29日
個人攻撃は目的でないので、それが誰なのかはツィッターのフォローワーやリツイートでも見れば判るとだけ言っておくが、共産党の議員があの菊池誠センセイに騙されている様子があまりにも無様なので、嘆いておく。
まず、メディア懐柔や国民分断や世論操作の工作「PA」(パブリック・アクセスタンス)について、特に原発事故から盛んになっているので、共産党の機関誌『赤旗』は入手したマニュアルを暴露して注意を呼びかけており、そのなかに「文系はやたらと数字をありがたがる」という手口が紹介されているのだから、読んでいるはずの共産党の議員が騙されてはいけない、という前提がある。
ところがその議員は、その記事を全然読んでいなかった。まあ、共産党に限らず党員なのに機関紙を読んでいない人はいくらでもいて、聖教新聞と同様「お布施」の感覚でいる人も少なくない。
それに、読まずにチラ見しただけだったとか、忘れてしまったのかもしれないが、とにかく認識が全くなかったうえ、こちらからその記事を提示したのに、「菊池誠先生の著書は数値をあげているから正しい」と言い、それでいて数値が正確かという検証する能力は文系なので無いとも認め、さらに「私は日本共産党員として唯物的弁証法によって立っているから、科学的であることを重視している」という調子だから失笑させられた。これはギャグみたいだけれど言質を取っている。
しかも、数字など素人の部分でお粗末というだけでなく、政治とか社会の基本的な認識すらできていないことが、次の菊池センセイのツイートに共産党の同議員がすっかり感心してしまっていたことから判明した。
〝おそらく、人数で言うと、戦争反対の人は原発反対の人よりも圧倒的に多いと思うので、「戦争に反対の人は原発にも反対のはずだ」という思い込みは間違っている〟
解説するのもあほらしいが、自分の思うことを根拠に他人の思い込みを否定する奇妙さや実際の数はともかく、「こうであるはずだ」という言葉の表現は、何らかの訳や理屈によってそうだと考えることができる、という意味であり、思い込みではない。思い込んでいる場合は、推定などではなく断定する言葉を使うものだ。
そして、「戦争反対なら原発反対のはずだ」というのは、そういう考えの人なら、この考えにも賛同する可能性があり、少なくともそうでない人よりは可能性が高い、ということだ。
こんなこともわからない人が国立大の教授ではあるが、ただ、言葉の表現の適切さとか、戦争と原発に反対する理由が重なっていることとか、これらについては、素人だから詳しくないということかもしれない。だから仕方ないとまでは言えないが、そうであろうということで理解ならできる。
しかし、政治家は困る。とくに戦争と原発とで反対の人たちがいる構造については、ちゃんと考えていないと駄目だ。しかも共産党の議員なら、同党の理念や主義主張から、とくに関心が高くなければならない。どんな主張をどんな人に訴えるか、ということを考えなければならないからだ。
なのに、このお粗末である。これで議員が務まるのが信じられないが、駄目な人はどこの組織にもいるものだ。それがいちおうの位置にいたりすることも、よくある。だから仕方が無い。
「共産党に対する長年の信頼が少し損なわれてしまいましたよ」(羽仁五郎著『都市の論理』より)
まず、メディア懐柔や国民分断や世論操作の工作「PA」(パブリック・アクセスタンス)について、特に原発事故から盛んになっているので、共産党の機関誌『赤旗』は入手したマニュアルを暴露して注意を呼びかけており、そのなかに「文系はやたらと数字をありがたがる」という手口が紹介されているのだから、読んでいるはずの共産党の議員が騙されてはいけない、という前提がある。
ところがその議員は、その記事を全然読んでいなかった。まあ、共産党に限らず党員なのに機関紙を読んでいない人はいくらでもいて、聖教新聞と同様「お布施」の感覚でいる人も少なくない。
それに、読まずにチラ見しただけだったとか、忘れてしまったのかもしれないが、とにかく認識が全くなかったうえ、こちらからその記事を提示したのに、「菊池誠先生の著書は数値をあげているから正しい」と言い、それでいて数値が正確かという検証する能力は文系なので無いとも認め、さらに「私は日本共産党員として唯物的弁証法によって立っているから、科学的であることを重視している」という調子だから失笑させられた。これはギャグみたいだけれど言質を取っている。
しかも、数字など素人の部分でお粗末というだけでなく、政治とか社会の基本的な認識すらできていないことが、次の菊池センセイのツイートに共産党の同議員がすっかり感心してしまっていたことから判明した。
〝おそらく、人数で言うと、戦争反対の人は原発反対の人よりも圧倒的に多いと思うので、「戦争に反対の人は原発にも反対のはずだ」という思い込みは間違っている〟
解説するのもあほらしいが、自分の思うことを根拠に他人の思い込みを否定する奇妙さや実際の数はともかく、「こうであるはずだ」という言葉の表現は、何らかの訳や理屈によってそうだと考えることができる、という意味であり、思い込みではない。思い込んでいる場合は、推定などではなく断定する言葉を使うものだ。
そして、「戦争反対なら原発反対のはずだ」というのは、そういう考えの人なら、この考えにも賛同する可能性があり、少なくともそうでない人よりは可能性が高い、ということだ。
こんなこともわからない人が国立大の教授ではあるが、ただ、言葉の表現の適切さとか、戦争と原発に反対する理由が重なっていることとか、これらについては、素人だから詳しくないということかもしれない。だから仕方ないとまでは言えないが、そうであろうということで理解ならできる。
しかし、政治家は困る。とくに戦争と原発とで反対の人たちがいる構造については、ちゃんと考えていないと駄目だ。しかも共産党の議員なら、同党の理念や主義主張から、とくに関心が高くなければならない。どんな主張をどんな人に訴えるか、ということを考えなければならないからだ。
なのに、このお粗末である。これで議員が務まるのが信じられないが、駄目な人はどこの組織にもいるものだ。それがいちおうの位置にいたりすることも、よくある。だから仕方が無い。
「共産党に対する長年の信頼が少し損なわれてしまいましたよ」(羽仁五郎著『都市の論理』より)
by ruhiginoue
| 2015-07-29 09:54
| 政治





