日本は農業によって不幸になった
2016年 05月 21日
TPPの問題で、ほんとうは反対したいところなのだが、日本の農業と国民皆保険制度が崩壊するという批判があり、それで逆に賛成したくなったと述べたことがある。これは皮肉ではなく、実態がひどすぎるので本心である。
かつて佐高信は「究極の選択」という意味で「ダーティーなハト派とクリーンなタカ派」と言い、前者の代表例として田中角栄総理大臣、後者の代表例として小泉純一郎総理大臣を挙げていた。
そもそも、こんなことを比較することに意味があるとは思えないうえ、例が事実と違う。田中総理は単に対米追従ではなかったというに過ぎないし、小泉総理のような厚生族の汚さは土建屋の比ではない。
ところで、日本は農業国だったし瑞穂の国ともいわれてるから畑や田んぼがあって当たり前だというけれど、そうなってから貧しくなったとも言われている。労働がきつくなり貧富の差も発生した。これを他民族にも強要し、狩猟民族のアイヌから土を奪い、「同化」と農業を強いておいて工事をするのためなら取り上げ環境破壊をする。
こんな残酷非道なことを、どうして平気でやるのか。CWニコル氏は「日本人は自然を憎んでいるのか」と言って憤ったが、実際に憎いのだ。農耕をする前の日本人はアイヌのように自然と共生して恵みを受けていたから自然に感謝していたが、苦労ばかりするようになってしまったのだから嫌いになって当然だ。
とくに「貧農」と言われる人は、憎い自然を破壊したうえ公共事業の利権にありつければ、精神的および経済的に満足ということで一石二鳥だ。田中角栄や鈴木宗男といった政治家たちとそれを支持する田舎の人たちの捻くれた心情である。
このように農業を全否定も可能だが、それは極論だという立場をとるにしても、今の日本の農業は経営的に問題がありすぎるうえ健康面でも農薬の使い過ぎなど外国よりひどいという認識になる。
それで、農業は日本にとって諸悪の根源だから、アメリカとそれを支配する多国籍企業の圧力による農産物輸入の自由化は実は救世軍であると、皮肉ではなく言う人が昔からいたのだ。狩猟採取生活に完全に戻ることはできないが、産業化によって農業から日本は解放される。とくに稲作なんてしなくなれば天皇も神道も否定できる。
これは国民皆保険制度も同様である。(つづく)
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かつて佐高信は「究極の選択」という意味で「ダーティーなハト派とクリーンなタカ派」と言い、前者の代表例として田中角栄総理大臣、後者の代表例として小泉純一郎総理大臣を挙げていた。
そもそも、こんなことを比較することに意味があるとは思えないうえ、例が事実と違う。田中総理は単に対米追従ではなかったというに過ぎないし、小泉総理のような厚生族の汚さは土建屋の比ではない。
ところで、日本は農業国だったし瑞穂の国ともいわれてるから畑や田んぼがあって当たり前だというけれど、そうなってから貧しくなったとも言われている。労働がきつくなり貧富の差も発生した。これを他民族にも強要し、狩猟民族のアイヌから土を奪い、「同化」と農業を強いておいて工事をするのためなら取り上げ環境破壊をする。
こんな残酷非道なことを、どうして平気でやるのか。CWニコル氏は「日本人は自然を憎んでいるのか」と言って憤ったが、実際に憎いのだ。農耕をする前の日本人はアイヌのように自然と共生して恵みを受けていたから自然に感謝していたが、苦労ばかりするようになってしまったのだから嫌いになって当然だ。
とくに「貧農」と言われる人は、憎い自然を破壊したうえ公共事業の利権にありつければ、精神的および経済的に満足ということで一石二鳥だ。田中角栄や鈴木宗男といった政治家たちとそれを支持する田舎の人たちの捻くれた心情である。
このように農業を全否定も可能だが、それは極論だという立場をとるにしても、今の日本の農業は経営的に問題がありすぎるうえ健康面でも農薬の使い過ぎなど外国よりひどいという認識になる。
それで、農業は日本にとって諸悪の根源だから、アメリカとそれを支配する多国籍企業の圧力による農産物輸入の自由化は実は救世軍であると、皮肉ではなく言う人が昔からいたのだ。狩猟採取生活に完全に戻ることはできないが、産業化によって農業から日本は解放される。とくに稲作なんてしなくなれば天皇も神道も否定できる。
これは国民皆保険制度も同様である。(つづく)
by ruhiginoue
| 2016-05-21 17:53
| 経済





