ノーベル賞と嫉妬
2016年 10月 15日
ノーベル賞は世界でもっとも有名な賞(ショー)だから、注目されるのは当然だし、賞金もなかなかの額なので、もらえれるなら結構なことだと思ってる人もいる。サルトルのように、それでも要らないと言ったカッコイイ人もいたが。
それで、ノーベル賞のたびに、授賞者を出せる国や社会の環境が話題になる。
前にノーベル賞を受けた人が、大学などの研究室ではなく民間企業に勤務していたことで話題になったことに加え、その受賞した開発で会社からもらった報奨金が少なく、受賞してからボーナスが出たことでも騒がれた。ノーベル賞に選ばれたら文化勲章というように、日本が自ら評価しないことが原因といわれる。
そのことで、田中という受賞者の方が勤務している会社を気遣って「ちゃんと給料をくれて自由に研究をさせてくれた」と記者会見で言ったところ、その部分だけ取り上げ「それに比べ中村という人はもっと金をよこせと会社を裁判に訴えてケシカラン」と非難した人たちがいた。
そして、彼がアメリカの大学で教鞭をとるため米国籍になり、蓮舫代表で話題の二重国籍が日本は認められないので日本国籍を失い日本人ではなくなったのに、その開発によりノーベル賞を受けたら「日本の誇り」と騒いだ。
こんなところが日本人の情けなさというか醜さというかだ。
あと、文学賞のボブ ディランのことをかつてジョン レノンとデビッド ボウイは歌詞の中で本名で呼んでいたことを思い出したが、これで候補だった村上春樹はまた逃したわけだ。
ある松本清張の小説に、大手出版社が主催する文学賞に選ばれた人を同人誌の仲間たちが「おめでとう」「我々も誇りに思うよ」と口々に言うけど実はみんな心の中では妬んでいて邪魔しようとする話があったけれど、これはノーベル賞でも、文学賞以外でも、同じだろう。
だから、ノーベル賞のたびに研究環境の充実などが課題であるといわれ続けてはいるが、授賞者が日本からでても、表向きでは喜んではいても内心では僻みと妬みばっかりだから、研究環境が良くなることは、おそらく無いだろう。
by ruhiginoue
| 2016-10-15 19:38
| 学術





