JASRACの無駄なあがき
2017年 02月 08日
JASRACの勝手な著作権料取り立て方針が顰蹙を買っていて、これはまるでNHKの受信料取り立ての勝手なやり方と酷似してるが、テレビ特に公共放送なるもの自体がそもそも必要なくなってきてるのになぜか、ということと同じように、プロが作ったものというだけでなく音楽それ自体が人間にとって必要がなくなってきているのになぜか、ということだ。
これはCDの売上などが低下したからだそうだけど、そもそも音楽自体が斜陽産業であり、AI(人工知能)による作詞・作曲・編曲が可能になって、音楽は誰でも自分で勝手に作って楽しめる時代になってきたから、♪Video kill the raio starーどころではなく、音楽教室から著作権料徴収すると言い出したJASRAC方針に反発というけど、いずれ音楽家も音楽教室も著作権もみな近いうちに消滅する運命なのだ。
この現実を認めたがらない人たちがいて、例えば苦労して音楽大学を出て音楽教室を開いている知り合いが「機械に頼らずに自分ですることに意味がある」と強弁していたが、まるで後期高齢者の世代が「最近の子供は鉛筆削り器やシャープペンシルを使うからナイフで削れない」と昔は言っていたのと同じで滑稽であったが、さらに進歩してパソコンや携帯電話などで簡便になり、かつてより頻繁に作文するようになってきてむしろ表現力が豊かになった部分もあり、こうしたカメラと同じ傾向は音楽になるとさらに強まるだろう。
だからJASRACの著作権管理も曲がり角とか行きどまりというべきであるが、そもそも音楽家の権利を守る活動に熱心だったのは芥川也寸志で、彼は父親の龍之介の死後その著作権収入があったから生活できたと言い、この件で友達の黛敏郎は「詠み人知らずの歌がもてはやされたように芸術の著作権とは本来は神に由来するものだ。ただ現代の芸術家は食っていかねばならない」と言っていた。
そして、その「現代」も遠い過去となったのである。しかも、人間が音楽を聴いて楽しいと感じることも、どんどんなくなっている。これは音楽だけでなく芸術や芸能について全体的に言えることだが、その問題は別に論じるとして、とにかくプロの音楽家とか著作権とかいうものは、その存在意義が消滅しかかっていて、これは止められないだろう。
だからJASRACの著作権徴収とこれに対する反発は、虚しい騒ぎなのだ。
by ruhiginoue
| 2017-02-08 22:43
| 音楽





